大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8454号 判決 1978年8月22日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告徳見義人、同徳見ハルエそれぞれに対し、各金八九八万一六五二円及び内金八一七万一六五二円に対する昭和四〇年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告らの身分関係)

原告徳見義人(以下原告義人という。)、同徳見ハルエ(以下原告ハルエという。)は訴外亡徳見修身(以下亡修身という。)の父母であり、亡修身は後記事故当時陸上自衛隊第一〇二建設大隊第三中隊所属の自衛官であつた。

2  (事故の発生)

亡修身は、昭和四〇年一一月二日右自衛隊の演習からの帰途、道を間違えた先行車にその旨連絡するため、右陸上自衛隊第一〇二建設大隊第三中隊所属の自衛官訴外佐野賢二士長(以下佐野士長という。)の運転する自衛隊用ジープ(〇一―二八六二号、以下本件事故車という。)の助手席に同乗して御殿場方面から国府津方面に通ずる道路を時速約五〇キロメートルで進行中、同日午前五時一五分ごろ、神奈川県足柄上郡大井町金子二六八七番地先路上において、右事故車の助手席側のドアを開けて車外に顔を出していたところ、折から対向進行してきた自動車に衝突し、そのため脳挫傷の傷害を受け、同日午前五時四五分ころ死亡した。

3  (責任原因)

(一) 右事故は、佐野士長が本件事故車を運転し本件事故地点を進行するに際し、当時未だ夜が明けず、かつ霧雨が降つており、視界が悪かつたうえ、道路の幅員が約六・九五メートルしかなかつたのであるから、自動車運転者としては適宜徐行するとともに道路左側を進行して対向車両との接触事故を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然道路中央附近を進行した過失により発生したものである。

(二) また、被告は、被告が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が被告若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき、いわゆる安全配慮義務を負つており佐野士長は公務として自動車の運転というそれ自体に危険性のある義務に従事していたのであるから本件事故車の運転をなすにあたり自己の職務行為の不適切な遂行により同乗者である亡修身の生命身体を危険にさらすことのないよう配慮すべき義務を被告の機関ないし履行補助者として負担していたものである。

(三) ところが、本件事故は、前記のように佐野士長の過失により惹起されたものであるから、被告は国家賠償法一条一項又は安全配慮義務不履行に基づき右事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  (損害)

(一) 逸失利益

亡修身は昭和三一年三月熊本県立東高校を卒業し、同三二年九月に陸上自衛隊に入隊し、本件事故当時満二七歳であつた。したがつて、本件事故により死亡しなければ、満六七歳まで四〇年間就労可能で、その間昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表(産業計男子労働者旧中、新高卒の平均給与額)記載の金額と同額の収入を得たはずで、生活費として右収入の五割を控除するとともに、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除すると、亡修身の逸失利益の死亡時の現在価格は左記計算式のとおり金一三二三万一三〇四円である。

(計算式)

(101,200(円)×12(月)+327,800(円))×(1-0.5)×17,159=13,231,304(円)

よつて、亡修身の死亡による得べかりし利益喪失による損害は金一三二三万一三〇四円である。

(二) 相続

原告らは法定相続分に応じ、右(一)の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続により取得した。

(三) 慰藉料

(1) 原告らは、その前途に期待をかけていた亡修身を失ない、筆舌に尽くせぬ精神的打撃を受けたもので、これが慰藉料は各金二〇〇万円が相当である。

(2) 仮に債務不履行に基づいては原告ら固有の慰藉料請求権が認められないとするならば亡修身本人の慰藉料を請求する。すなわち、亡修身は本件事故により生命を失い甚大な精神的苦痛を受けたもので、これが慰藉料は金四〇〇万円が相当である。

(3) 原告らは右(三)の(2)の慰藉料請求権を二分の一ずつ相続により取得した。

(四) 損害の填補

原告らは、被告から公務災害に基づく遺族補償金としてそれぞれ金四四万四〇〇〇円の支払を受けた。

(五) 弁護士費用

原告らは本訴の提起追行を原告ら代理人に委任したが、右により支出する弁護士費用は、本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきで、その額は損害賠償請求額の一〇パーセントが相当であるから原告らそれぞれにつき各金八一万円となる。

よつて、原告らはそれぞれ被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として、各金八九八万一六五二円及び右の内前記弁護士費用を除く八一七万一六五二円に対する本件事故の日である昭和四〇年一一月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、本件事故車が当時時速約五〇キロメートルで走行していたことは否認し、その余の事実は認める。ただし、事故現場は一八二七番地先路上である。

3  同3の(一)の事実中、本件事故が未明に発生したものであること、現場附近には霧雨が降つておりそのため視界が悪かつたこと、道路の幅員が約六・九五メートルであること、一般に車両の運転手は車を運転するに際し道路の左側を進行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務を有すること、佐野士長が事故当時道路中央附近を走行したことは認めるが、その余の事実は争う。

同3の(二)の事実中被告が一般的に公務員に対し安全配慮義務を負つていることは認めるが、右義務は、被告が公の施設等もしくは公務員の管理者としての立場において配慮すべき義務であつて、具体的な公務遂行上の公務員相互間における安全に関する注意義務とはその範ちゆうが異なり、危険な結果を惹起させる可能性のある任務に従事する公務員がその同寮の公務員に対する関係でその危険を避けるために尽くすべき注意義務を被告の安全配慮義務とはいい得ない。しかも本件事故時において亡修身は指揮官を命ぜられ、佐野士長を指揮監督していたのであるから、佐野士長が亡修身に対しその安全を配慮すべき義務を負うことはない。

また、佐野士長が右義務の履行補助者であることは否認する。履行補助者というためには、被告が義務として負う安全に対する配慮を具体化するための任務すなわち直接当該公務の安全管理にかかわる業務に従事していることが必要で、佐野士長は単に兵員輸送という任務に従事していたものであつて、公務員の安全に対する配慮を具体化するための任務、すなわち直接当該公務の安全管理にかかわる業務に従事していたものではないから履行補助者とはいえない。

同3の(三)は争う。

4  同4の(一)の事実中、亡修身の学歴、自衛隊の入隊時期事故当事の年齢が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は不知。

同4の(二)の事実は不知。

同4の(三)の事実は争う。原告ら固有の慰藉料は債務不履行に基づく損害賠償の内容とはなりえない。

同4の(四)の事実は認める。

同4の(五)の主張は争う。

三  抗弁

仮に被告に国家賠償法に基づく損害賠償責任があるとしても、昭和四〇年一一月三日、前記第一〇二建設大隊第三中隊長訴外猪塚祐二一尉(以下猪塚一尉という。)が、原告義人、亡修身の兄訴外徳見信治(以下信治という。)に対し、本件事故の原因についても、当時早朝でかつ霧雨のため視界が悪かつたのに本件事故車の運転者である佐野士長が前方を確認せず、狭い道路で先行車両を無理に追い越し、道路中央寄りを走行中亡修身がジープの右ドアを開けて後方車両に合図をしていた際対向車に当てられ死亡した旨事故内容を具体的に説明したほか、同日右信治を、同月五日には遺族をそれぞれ現場に案内したうえ、現地において、車両の接触位置、亡修身が車外に転落した位置、ジープのドア及び対向車のステツプの金属棒の飛散状況等を説明したのであるから、同日までに原告義人は本件事故が佐野士長の過失と対向車の運転者の過失とによつて生じたものであり、佐野士長ひいては被告が加害者であることを知つたというべく、また、原告ハルエはその後間もなく原告義人らから説明を受け右同様の事実を知つたというべく、したがつて、同日から三年が経過したことにより、原告ら主張の損害賠償請求権は時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、原告義人、及び亡修身の兄信治が、昭和四〇年一一月三日に猪塚一尉から本件事故内容を説明されたこと、同日、信治が現場に案内されたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。原告義人らは、右猪塚から、本件事故は、事故車が道路中央より左側に停止していたところ、対向車に当て逃げされたために発生したものであつて、自衛隊側には手落ちがなく、原因はもつぱら対向車の無謀運転によるものである旨説明を受けたもので、そのため、原告らは本件事故はもつぱら対向車の無謀運転という一方的過失によるものと考えていたところ、昭和五〇年五月二二日ころ、本件事故の調査にあたつていた原告ら訴訟代理人である井上恵文弁護士から初めて、本件事故当時本件事故車は停止しておらず、本件事故車の運転者である佐野士長にも過失があつたことを知らされたものである。したがつて、原告らが、佐野士長ひいては被告が本件事故の加害者であると知つたのは井上弁護士から説明を受けた同日ころであつて、被告の消滅時効の抗弁はその起算点を誤つたものであり、右抗弁は理由がない。

第三証拠〔略〕

理由

一  亡修身が陸上自衛隊第一〇二建設大隊第三中隊所属の自衛官であつたこと、原告ら主張の日時、場所(なお事故現場の番地については、成立に争いのない乙第一号証の五、六、九、一六によれば一八二七番地であつたことが認められる。)において、陸上自衛隊の演習からの帰途中の佐野士長運転の本件事故車に同乗していた亡修身が折から対向進行してきた車両と衝突し、そのため亡修身が脳挫傷の傷害を受け、同日午前五時四五分ころ死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、本訴請求のうち国家賠償法に基づく損害賠償請求に対して、被告において、右請求権は時効により消滅した旨主張するので、まずこの点について判断する。

成立に争いのない乙第一号証の五、八ないし一〇、甲第五号証の二、三、証人徳見信治、同安田喜一の各証言によると、原告義人及び亡修身の兄である信治は、本件事故の翌日である昭和四〇年一一月三日、早速前記第一〇二建設大隊の朝霞駐屯地を訪れ、同大隊副大隊長である安田三等陸佐及び第三中隊長である猪塚一尉から、本件事故の経過について説明を受けたが、その際、本件事故当時は早朝であり霧雨が降つて見通しが悪かつたこと、亡修身が同乗していた佐野士長運転の本件事故車が演習の帰途に道を間違えた三両の車両を引返えさせるため、これを追いかけて二両目の車両を追い越し、狭い県道のカーブしている道路中央寄りのあたりで、亡修身が後方車に停止の合図をするため車の右側に身を乗り出していたところを、折から対面進行してきた自動車に当て逃げされたもので、対向車両の運転者の所在が不明なため事故の状況が右の程度しか明らかでないとの説明を受けたがその際右安田三佐、猪塚一尉において、当方に過失はなく、専ら相手方の一方的過失によるものであるとの説明はしなかつたこと、前同日に信治が自衛隊側に案内されて本件事故現場へ赴いた際、本件衝突時の本件事故車の位置について、現地で右と同趣旨の説明を受けたうえ本件事故現場が、上り勾配のカーブのため、天候の良い時でも三〇メートル先くらいまでしか見通すことのできない危険な場所であることを信治自身において確認していること、佐野士長が本件事故に関し、昭和四一年四月三〇日小田原簡易裁判所において徐行ならびに左側進行の注意義務を怠つたとして罰金四万円の略式命令を受けたこと、原告らが本訴を提起するに至つたのは、最高裁判所の昭和五〇年の判例により自衛隊における事故につき債務不履行を理由として損害賠償の請求ができる場合があり、その場合には消滅時効期間が一〇年であることを聞き知つたためであることがそれぞれ認められる。証人徳見信治は、前記説明を受けた際、本件事故は事故車が停止中に発生したものであるとの説明を受けた旨供述するが、同供述部分は前掲他の証拠と対比してそのまま措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、原告義人及び兄信治は、前記説明を受け、また事故現場へ案内された当時、本件事故が公務中の事故で、相手方車両の運転者の過失が主な原因であるが、本件事故車を運転していた佐野士長にも一部過失があることの疑いを多分に抱いたものと認めざるを得ず、また当事者間に争いのない原告ら及び信治との間の身分関係からするならば、原告ハルエもそのころ右の各事実を知つたものと推認される。証人徳見信治の証言中右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうだとするならば、原告らの国家賠償法に基づく損害賠償請求権は本件事故後約三年を経過した昭和四三年一一月ごろ、時効により消滅したものというべきである。

したがつて、被告の右抗弁は理由があるものといわなければならない。

三  次に債務不履行責任について検討する。

1  被告国が一般的に公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負つていることは当事者間に争いがない。ところで、被告に対し、右安全配慮義務の不履行を理由として損害の賠償を請求するには、被告自らの注意義務違反を理由とするか、若しくはその履行補助者の注意義務違反を理由とすることが必要であつて、公務に従事中、同僚の注意義務違反によつて損害を受けたとしても、同僚が被告の履行補助者でないかぎり、その公務がそれ自体危険性を有するものであつたとしても、右を理由として被告に対し損害の賠償を請求することはできず、その点において民法七一五条、国家賠償法に基づく請求とは異なるものというべきである。

そこで、本件において佐野士長が被告の負担している安全配慮義務の履行補助者に当るか否かの点であるが、被告の右安全配慮義務は被告が場所、施設若しくは器具等を設置管理し、又は勤務条件等を支配管理していることに由来するもので、したがつてその履行補助者も職務として右管理支配の業務に従事しているものをいい、管理支配を受けて単に公務に従事しているにすぎない者は、その公務がそれ自体危険性を有するとしても、被告の安全配慮義務の履行補助者にはあたらないと解するのが相当であり、前記二において掲記した各証拠によれば、佐野士長は本件事故当時管理支配の業務に従事していたものではなく、管理支配を受けて単に車両を運転していたにすぎないことが認められるから、同人は被告の履行補助者ではないというべきである。

2  したがつて、原告らの債務不履行を理由とする請求はその余の点を判断するまでもなく、その理由がないものというべきである。

四  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例