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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8798号 判決 1979年4月12日

原告 石井政曻

右訴訟代理人弁護士 新井旦幸

同 井上準一郎

被告 株式会社静岡相互銀行

右代表者代表取締役 川井盛雄

右訴訟代理人弁護士 平岩新吾

同 堀家嘉郎

右堀家訴訟復代理人弁護士 桑田勝利

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一三八二万七一五四円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡石井曻(以下「亡曻」という)は昭和三五、六年ころ、東京都中央区銀座七丁目一二番一四号所在の被告銀行東京支店において、被告銀行に対し六〇〇万円を預け入れ、架空名義の定期預金口座二口(金額各三〇〇万円)を設けた。

2  亡曻は、右定期預金契約時に被告銀行との間で被告銀行は亡曻のために、右預金を原則として期間一年の定期預金として預かり、満期の到来するごとにその元利合計を元本として新たに定期預金を設けるという方法(以下「書替」という)で定期預金契約を自動継続していくことに合意した。

3  被告は右約定に基づき、定期預金の数次の書替を行ない、亡曻の昭和四一年八月二四日現在の定期預金口座は別表1のとおりになった(以下、右預金を「本件預金」という)。

4  亡曻は昭和四三年一二月五日死亡し、その妻石井まき、子らである原告、石井文子、稲好千波、および金井菊子が共同相続し、昭和四四年二月、相続財産分割協議の結果、原告が単独で前記各定期預金債権を相続することに相続人全員が合意した。

5(1)  右協議が成立した後、右相続人全員の代理人である原告、内藤光一、および木野克己は、被告銀行に対し、原告が前記各定期預金債権を単独で相続した旨を口頭で通知した。

(2) 仮にそうでないとしても、右内容の事実を、前記相続人全員が昭和五三年一二月九日付内容証明郵便で被告銀行に通知し、右通知は同月一一日に被告方に到達した。

6  前記2の約定に従い、被告銀行の定めた利率、源泉徴収分の控除等に基づいて昭和五三年一〇月三一日現在の前記各定期預金の元利合計額を算出すると、別表2のとおり、総計一三八二万七一五四円となる。

7  よって原告は被告銀行に対し、定期預金六口の返還請求権に基づき、その昭和五三年一〇月三一日現在の元利合計額である一三八二万七一五四円の支払を求める。

二  請求原因事実の認否

1  請求原因1ないし3の事実は否認する。仮に請求原因3の各預金債権と亡曻との間になんらかの関係があったとしても、右各預金の債権者は亡曻がその代表取締役をしていた訴外石井石油株式会社(旧商号は株式会社石井油店。以下「訴外会社」という)であって、亡曻個人ではない。

2  同4のうち、亡曻の死亡および共同相続の事実は認めるが、預金を原告が単独で相続したとの事実は知らない。

3  同5の(1)の事実は否認する((2)の事実は明らかに争わない)。

4  同6の計算方法は争う。原告主張の自動継続の方法で各預金の元利合計を算出すると昭和五三年九月三〇日現在で総計一三二四万八八五四円になる。

三  抗弁

(1)  被告銀行は預金の受入等をその業務とする相互銀行である。

(2)  別表1記載の各定期預金(以下「本件預金」という)はその満期日よりいずれも五年を経過している。

(3)  被告は昭和五一年三月二五日、本訴の第三回口頭弁論期日において消滅時効を援用した。

四  抗弁事実の認否

抗弁事実は全て認める。しかしながら前記のように亡曻と被告銀行との間には自動継続の特約があり、満期が到来しても被告銀行はその元利合計を新たに元本として定期預金契約を継続させる義務を負っていたのであるから、消滅時効期間は進行しない。

五  再抗弁

1  担保権設定による権利行使の阻害

亡曻が預け入れた定期預金二口(以下「預入時の本件預金」という)は訴外会社の被告銀行に対する借入金の担保として亡曻より被告銀行に差入れたものであり、その後も別表3のとおり、訴外会社の被告銀行に対する借入金全部の担保とされ、原告は払戻請求権を行使し得なかった。

2  事実上の拘束預金

仮に右預金が正式の担保でなかったとしても、亡曻は訴外会社の被告銀行に対する借入金に見合うものとして、被告銀行の求めに応じて六〇〇万円を預け入れたのであり、いわゆるにらみ預金として事実上の拘束を受けていたため、払戻の請求をすることは不可能であった。

3  債務の承認

(1) 被告は、原告およびその代理人である内藤光一の度重なる預金債権確認の要求に対し、被告銀行は、被告銀行の従業員で本件預金等を勝手に解約し、その金員を費消した訴外金子圭司(以下「金子」という)に対して被告銀行が昭和四三年七月二七日、東京地方裁判所に提起した損害賠償請求訴訟(同地方裁判所同年(ワ)第八六四四号)で本件預金の預金者が亡曻であることが明らかになれば、その段階で支払う旨の回答をした。

(2) 右訴訟の第一審である同地方裁判所民事第一二部の判決が昭和四六年三月三〇日に言渡され、本件預金が亡曻に帰属するものであったことが明らかになった。

(3) 昭和四六年秋ころ、被告銀行の所管責任者である本店調査部検査役の遠藤孝は原告の代理人である内藤光一に対し、本件預金債務を被告銀行が原告に対し負っていることを承認した。

(4) 原告は右(2)(3)の各時点より五年を経過する前である昭和五〇年一〇月二〇日に本件訴訟を提起した。

4  信義則違反

(1) 市中銀行においては一般に預金債権について消滅時効が完成した後でも、預金者からの払戻請求に応ずることとしている。これは、日本経済の振興に貢献し、かつ一般預金者を保護するという市中銀行の社会的使命ないし公共的性格に由来する長年にわたる取扱慣行である。

(2) 原告は被告銀行の銀行業務に対する信頼感の下に、平穏かつ円満な交渉を通じて本件預金問題の解決を計るべく、長期間にわたり謙虚に交渉を行なってきたのであり、被告銀行による消滅時効の援用は、銀行業者の社会的使命を忘れ、私利私欲に出たものであって、信義誠実の原則に反し、また権利の濫用にも当たり、許されるべきではない。

六  再抗弁事実の認否

1  再抗弁1、2の各事実はいずれも否認する。

また、仮に再抗弁2の事実が存したとしてもそれはあくまで心理的な拘束を与えるにとどまり、法的な意味で払戻請求をなし得ないほどの拘束力を有するものではない。

2  同3の(1)ないし(3)の事実はいずれも否認する((4)の事実は明らかに争わない)。

3  同4の(1)のうち、時効の援用をしない一般的慣行があることは認めるが、その余は争う。(2)の事実は否認し、かつ主張は争う。原告は一度たりとも被告銀行に正式な払戻請求をしたことはない。

また原告は信義則違反をいうが、実際は銀行の単なる好意的なサービス業務を前提として主張であって、なんら法的意味を有しない。そのサービス業務も、もっぱら銀行の預金獲得上の手段と、対外的な信用保持の上からなされているものである。さらに仮に銀行に原告主張のような責務が存するとしても、本件預金のように帰属の明らかでない預金についてまで消滅時効を援用しないという取引慣行は存しない。

七  再々抗弁

1  仮に預入時の預金が担保であったとしても、その被担保債権である訴外会社の八〇〇万円の借入金は昭和四一年一〇月三一日には完済されている。

2(1)  仮に右時点以後も訴外会社の被告銀行に対する他の借入金の担保になっていたとしても、被告銀行は昭和四二年一月末日までに訴外会社の借入金の担保となっていた預金の担保としての拘束を全て解除した。

(2) なお仮に自動継続の特約が存在したとしても、それは担保の管理方法としてなされていたものであるから、担保としての拘束が解除されるとともに、自動継続の特約も当然解除になったとみるべきである。

3  仮に右の時点で担保が解除されなかったとしても、原告は昭和四三年一月ころには金子が本件預金を横領して費消したことを知った。従ってその時点で原告は本件預金の裏担保としての意味が全く失われ、かつ自動継続の特約も解消されたことを確知したのであるから、右時点以後はいつでも、また遅くとも直後の満期日である同年八月二四日には全ての預金の払戻請求が可能となったはずである。

八  再々抗弁に対する認否

1  (再々抗弁1の事実は明らかに争わない。)

2  同2の(1)の事実は否認し、(2)は争う。

訴外会社の被告銀行に対する借入金の完済日は昭和四八年四月三日であり、その時点まで本件預金は訴外会社の担保となっていた。

3  (同3の前段の事実は明らかに争わない。)

第三証拠《省略》

理由

第一請求原因について

一  《証拠省略》によれば、預入者が誰であるかは別として、請求原因3記載のとおりの本件預金債権が存在していたことが認められる。

二  また、《証拠省略》を総合すれば、昭和三六年ころ、訴外会社は株式会社大宝映画の設立資金として八〇〇万円を被告銀行から借り受けることになり、その担保のため亡曻から被告銀行東京支店の石田久次長に六〇〇万円が架空名義の定期預金二口(各三〇〇万円)を預入れるべく手渡されたこと、右預入時にいわゆる自動継続の特約がなされたことがそれぞれ認められる。

右の担保の点に関する認定に反する《証拠省略》はにわかに信用できず、また、《証拠省略》のいずれにも本件預金が担保として記載されていないが、乙第六号証は正規の担保品明細表であり、その余の各号証はその記載および証人遠藤の証言により正規の担保品明細表から作成したものであると認められ、かつ《証拠省略》によれば、預入時の本件預金はいわゆる裏預金であって、銀行の担当者が秘密裡に保管しておくものであることが推認されるので、前記各号証に本件預金の記載が存しないことは当然であり、裏預金を担保にした場合も担保明細表に記載するとの証人遠藤の証言は直ちには信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  さらに《証拠省略》によれば、昭和四二年ころ、被告銀行の従業員である鈴木四郎が訴外会社に対し預金の勧誘に行った際、訴外会社の経理部長である内藤光一から裏預金の存在を指摘されたので、被告銀行で調査したところ、本件預金が存在し、かつ金子が預金者に無断で本件預金につき解約の手続をとり、受領した金員を着服費消していたことが判明した事実が認められる。そして本件全証拠によっても原告以外に本件預金の預金者であることを被告銀行に主張した者が存するような事情は全く窺われず、亡曻の預入時である昭和三六年ころから本件預金の成立時である昭和四一年までの間に元本六〇〇万円の定期預金を一年ごとに書替をすると、元利合計額がほぼ本件預金の元本額の合計額と一致すると推認されること、以上の事実に加えて《証拠省略》を総合すると、亡曻の手から預け入れられた六〇〇万円の定期預金は数次の書替を経て、被告銀行に裏預金として保管され続け、その事務も石田久から金子らに引継がれ、昭和四一年八月二四日現在で別表1の各預金(本件預金)として管理されていたことが認められ、右認定を妨げる証拠は存しない。

四  そこで次に本件預金の預金者について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、預入時において現金が亡曻より被告銀行東京支店次長の石田久に手渡されたこと、その現金は亡曻個人の出捐にかかるもので、訴外会社の資金によるものではないことが認められ、以上の認定によると、出捐者、預入行為者がともに亡曻個人なのであるから、本件預金の債権者は亡曻個人であったと判断される。

被告銀行は本件預金の債権者は亡曻ではなく、訴外会社であると主張し、確かに《証拠省略》によると、石田久と金子が被告銀行の金子らに対する損害賠償請求訴訟において、本件預金を訴外会社に帰属するものと供述していること、《証拠省略》によると、右第一審の判決中で訴外会社が預金者と認定されていることがそれぞれ認められるが、右判決の判断は前記石田久、金子の各供述を根拠にするものであると推認されるところ、石田久も金子も本件預金が訴外会社のものであることの根拠をはっきり証言しておらず、却って《証拠省略》によれば、石田久、金子とも、本件預金が亡曻個人の出捐にかかるものであることを知っていたことが推認される。

また《証拠省略》によれば、本件預金に関する交渉は主として訴外会社の従業員である内藤、木野の両名が担当していたこと、預入時の預金が訴外会社の借入金の担保になっていたこと、《証拠省略》によれば、訴外会社の借入金の担保となっていた預金の中には亡曻個人名義のものもかなり含まれていたこと、さらに《証拠省略》によれば、訴外会社はいわゆる同族会社であり、訴外会社の社長である原告の私的な用件についてもその従業員が使用されていたことがそれぞれ認められるので、交渉にあたっていたのが訴外会社の従業員であることから、本件預金が訴外会社に帰属するものであると推測することはできず、他に前記預金者に関する認定を覆すに足りる証拠は存しない。

第二時効の成否について

一  本件預金について債権者が亡曻であったことが認められるので、次に時効の成否について判断するに、抗弁事実については全て当事者間に争いがない。

この点につき、原告は自動継続の特約が存するから時効期間は進行しない旨主張するが、前述のような預入時の預金が数次の書替を経て本件預金として設定されたことは認められるが、それ以後も同様の書替が行なわれたことを証する証拠は存せず、却って前述のように、本件預金は金子が無断で満期に解約し、受領した金員を費消してしまったのであるから、その後の書替は行なわれなかったものと推認される。そうすると自動継続の特約は、定期預金の満期が到来したときに銀行が書替をする契約上の義務を負うというのにとどまり、実際に書替がなされなかった場合にまで、当然に新しい定期預金契約が銀行と債権者との間に設定されるものではないと解される(そう解しないと当事者の特約で永遠に時効にかからない債権を設定できることになり、一年満期の定期預金という契約の性格にも矛盾し、また予め銀行に時効の利益を放棄させることと等しくなり、不当である)ので、自動継続の特約の存在のみでは時効期間の進行は妨げられないと判断するのが相当であり、従って、原告の右主張は失当である。

二  再抗弁1の事実については、前述のように本件預金が訴外会社の被告銀行に対する八〇〇万円の借入金の担保になっていた事実は認められるが、その後も訴外会社の被告銀行に対する借入金全部の担保となっていたとの証人内藤の証言は根拠が明確でないから信用できず、証人木野の証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証も同人の証言によりその内容の信憑性に疑問があり、他に、本件預金が訴外会社の他の借入金の担保になっていたことを認めるに足りる証拠はない。

三  しかして再々抗弁1の事実は原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところ、本件預金の時効は右被担保債権の完済日後に最後の弁済期日の到来する昭和四二年六月二四日から起算し、五年後の昭和四七年六月二三日の経過とともにすべて完成したものと認められる。

四  次に再抗弁2について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、本件預金は訴外会社の借入金についてのいわゆるにらみ預金として事実上の拘束を受けていたものと認めるのに十分である。

ところで《証拠省略》によれば、いわゆるにらみ預金とは、単に預金者に対し事実上の拘束力を及ぼしているだけであり、銀行に借入金を有する企業に対して、銀行が貸付額に対する一定の割合(預貸率)の定期預金をするように指導している結果、企業から預け入れられている預金であること、現に昭和四六年ころ、原告は被告銀行に本件預金の払戻請求を口頭でしていることがそれぞれ認められるから、訴外会社としては一定の預貸率を維持すればよいのであり、個々の預金については払戻請求権を行使することが可能であったと推認される。

従って本件預金がいわゆるにらみ預金であったとしても、そのことは時効期間の進行を妨げる事由とならず、結局再抗弁2は失当である。

五  再抗弁3の(1)について判断するに、《証拠省略》を総合すれば、被告銀行の調査部検査役である遠藤が内藤および木野に対し、原告主張の訴訟において、判決が言渡され、亡曻の預金であることがはっきりすれば、被告銀行の川合社長を説得して払うようにしたい旨述べたこと、その際遠藤は川合社長が払戻に反対していることをも示唆したことが認められ(る。)《証拠判断省略》また再抗弁3の(2)の判決においては本件預金が訴外会社に属するものと認定されていることは前述したとおりである。

再抗弁3の(3)について判断するに、《証拠省略》によれば、前記遠藤は、第一審判決が出されたことを内藤らに伝えた上、「あんな頑固な社長でも今度は考えるでしょう。」と述べたことが認められるが、右供述は被告銀行の代表者である川合が払戻に反対していることを前提にして、個人的な意見として払戻に言及したに過ぎず、被告銀行を代表して債務の承認をしたものではないと判断されるので、消滅時効の中断事由にはならず、他に右再抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。よって再抗弁3は失当である。

六  最後に再抗弁4について判断する。

まず、市中銀行が消滅時効を援用しないで、預金者の払戻請求に応ずる一般的慣行が存することは公知の事実であるが、これは単なる銀行のサービス業務としてなされているだけであり、なんら法的根拠はないものと解され、この慣行の存在のみをもって、銀行が消滅時効を援用することを権利の濫用ないし信義則違反であるということはできない。

ところで、《証拠省略》によれば、被告銀行は本件預金等を無断で解約し、受領した金員を私的に費消した金子およびその身元保証人らに対し損害賠償請求訴訟を提起し、昭和四六年三月三〇日第一審判決言渡がなされたこと、金子に対しては請求額の全額が認容され、また身元保証人のうち二名については連帯して二〇〇万円とその遅延損害金の限度で、うち一名については一五〇万円とその遅延損害金の限度で、それぞれ被告銀行の請求が認容されたこと、金子圭一および身元保証人の一名については一審で判決が確定し、他の二名についても東京高等裁判所において裁判上の和解が成立したこと、被告は身元保証人のうち一名に対してはその所有にかかる土地、建物に対して仮差押をしたことが認められる。

また被告銀行の従業員である遠藤の本件訴訟での証言は、前記の別件の訴訟での証言と対比すると、原告側からの払戻請求の有無などについて異なっている点があり、さらに前記のように遠藤が、内藤、木野に対し被告銀行がいつかは預金の払戻請求に応ずるであろうと期待させるような言動をした事実が存する。また《証拠省略》によれば、前記訴訟において遠藤が本件預金につき徳義的な問題もあり、払戻請求にいずれは応じなければならないであろう旨証言していることが認められ、以上の事実を考慮すると、被告銀行が本件訴訟で消滅時効を援用することはいささか信義に反する面があることは否めない。

しかしながら、一方原告側の事情について判断するに《証拠省略》および前述の認定事実によれば原告は被告銀行から、払戻請求には応じられない旨を何度か示唆されながらも、いつかは応じてくれるであろうという単純な期待を漫然と抱いて、交渉を継続していたに過ぎないと認められ、被告銀行の行為により、より強い権利主張をなすことを思いとどまったような事情は認められず、しかも、被告銀行の金子らに対する訴訟の第一審判決が出てから四年半も後である昭和五〇年一〇月二〇日に本件訴訟を提起したことは本件記録上明らかであり、時効制度の趣旨に鑑み、以上のような事情の下では、未だ被告の消滅時効の主張が信義則に反するとか、また権利の濫用に当たるものと断ずることはできない。

七  結局、以上の認定によれば、本件預金債権は昭和四七年六月二三日の経過とともにすべて時効により消滅したものというべきである。

第三結論

以上の事実判断によれば、本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田幸夫)

<以下省略>

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