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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)942号 判決 1976年3月29日

被告 大東京信用組合

理由

一  請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二  抗弁について。

1  《証拠》によれば、抗弁1の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

2  《証拠》によれば、抗弁2の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

3  本件差押転付命令正本が、昭和四九年一〇月二二日被告に送達されたことは、当事者間に争いがないから、前項で認定した特約により被告の訴外会社に対する第一債権は右同日、期限の利益を失い弁済期となつたというべきである。

4  被告が原告に対し、昭和五〇年六月一四日に到達した書面により、右第一債権と第二債権とをその対等額につき相殺する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

5  債権者が、手形貸付債権及び手形買戻請求権をもつて、債務者が債権者に対して有する債権と相殺するときは、債務者に手形を交付しなければならない。そして、右受働債権が債務者から他の者へ転付されているときには、債権者は、右転付債権者に対して相殺の意思表示をするとともに、原則として、手形を同人に交付して相殺すべきである。しかし、右のような場合でも、相殺の結果、転付以前に遡つて受働債権が消滅するようなときは、転付は効力を生せず、転付債権者に手形を返還すべきではないから、相殺するにあたつても、同人に手形を交付してする必要はないと解するのを相当とする。

これを本件についてみるに、被告は前示のように第一債権が弁済期となつた昭和四九年一〇月二二日、前記特約に基づき自己の第二債権の債務につき期限の利益を放棄したことにより、右第一債権と第二債権は同日相殺適状になつたものである。そうすると、第二債権は相殺により転付以前に遡つて消滅することとなるから、被告は相殺の意思表示をするにあたり、原告に手形を交付してする必要はないというべきである。(最高裁判所昭和四六年(オ)第一一一〇号昭和五〇年九月二五日判決)このことは、第二債権の一部が転付されたに過ぎない本件においては、なおさら強い理由をもつて肯定されなければならないというべきである。

しかしながら、右の場合には、被告は訴外会社に対し手形を返還しなければならないことは理の当然というべきである。

そこで前示認定の抗弁2(三)の特約につき判断する。

このような特約が、債権者を信用し、債務者自ら手形受戻の利益を放棄して二重払の危険を覚悟で締結される以上、その特約の効力を否定する理由はないようであるが、しかし、右特約を無制限に有効と解することも、債務者に一方的な不利益を課することになりかねない。従つて、債務者の利益をも考慮して、合理的な限度において効力を決すべきものと解する。ところで本件においては、自働債権を行使するのは信用組合であるところ、銀行取引においては、かような取扱いが一般に慣行化しており、また、受働債権である第二債権が原告によつて差押えられ、かつその一部が原告に転付されているのであるから、被告が相殺に供した債権についての手形(成立に争いのない乙第四号証によれば、第一債権中、第一債権目録(一)(二)記載の手形の振出人三晃エンジニアリング株式会社は、昭和四九年一〇月二二日当時、すでに銀行取引停止処分を受けていた。)を債務者に返還しなかつたことには合理的な理由があると解すべきである。

してみると、手形を訴外会社に交付することなくしてなされた被告の相殺の意思表示も有効というべきである。

三  結論

よつて、被告の抗弁は正当であるというべく、原告の本訴請求は理由がないから棄却

(裁判官 小川正澄)

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