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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9498号 判決 1977年2月25日

原告 甲山春子 外一名

被告 甲山一郎

主文

1  被告は原告らに対し、別紙物件目録記載(一)、(二)の土地につき真正な登記名義の回復を原因とし、被告らの持分を各二分の一とする所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

主文と同旨

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載(一)、(二)の各土地(以下「本件土地」という。)は、亡乙野松子が昭和二三年八月三一日に所有者訴外丙川一男から代金一九万八〇〇〇円で買受けて所有権を取得したもので、同日その旨の所有権移転登記が経由された。

2  原告らは、松子と訴外甲山太郎との間の子として出生したが、事情があつて、それぞれ右太郎とその正妻花子の間に生まれた嫡出子として出生届がなされ、戸籍上その旨記載されている。なお、被告は太郎と花子の間に出生した長男である。

3  松子は、昭和四〇年四月一日死亡したが、原告らが戸籍上相続人となつていなかつたため、松子の実母である乙野竹子が直系尊属たる相続人として、同年一一月一一日本件土地につき相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

4  次いで、竹子は、同四一年一月二八日頃、被告に対し本件土地を贈与し、同日被告に対し、登記原因を真正なる登記名義の回復とする所有権移転登記をした。

5  なお、原告らは、昭和五〇年一〇月、太郎の正妻花子から原告らを相手方とする親子関係不存在確認審判の申立(東京家裁昭和五〇年(家イ)第五六六〇、第五六六一号事件)を受けたことが機緑となつて、原告らが松子の子であり、本件土地につき相続権があることと、竹子及び被告によりその相続権を侵害されていることを知つた。

6  以上のとおり、本件土地は、原告らが亡松子の子として持分二分の一ずつを共同相続しその所有権を取得したものであるから、原告らは被告に対し、それぞれ相続回復請求権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。

二  被告の答弁

1  請求の原因事実1のうち、本件土地がもと訴外丙川の所有であつたこと、本件土地につき原告ら主張の日に訴外松子の名義で右丙川からの買受を原因として所有権移転登記が経由されたことは認めるが、その余は否認する。

本件土地は、原告ら主張の日に、被告が実父である訴外太郎から資金の援助を受け、代金六万円(坪当り六〇〇円)で買受けて所有権を取得したところ、太郎が松子名義で所有権移転登記をしてしまつたのである。

2  同2は認める。

3  同3は認める。

4  同4のうち被告が原告ら主張の日にその主張の趣旨の登記を経由したことは認めるが、その余は否認する。

被告は、本件土地が元来被告所有のものであつたので、父太郎及び竹子の同意のもとに、その登記名義を回復したにすぎない。

5  同5のうち原告らがその主張のとおり親子関係不存在確認審判申立を受けたことは認めるが、その余は不知。

6  同6は争う。

三  被告の仮定抗弁

かりに、被告が本件土地の買主でなく、所有権を取得することがなかつたとしても、被告は、原告ら主張の売買により被告が所有権を取得したと信じ、昭和二三年一一月一八日本件土地上に自己の名義で建築許可を受け、同月二一日頃から訴外社団法人○○○社△診療所と被告自身の居住の用に供する建物の建築に着手して本件土地の占有を開始し、その後は右診療所(後に右法人××診療所、さらに右法人××病院と改称)の実質上の経営者として所有の意思を以つて過失なく本件土地の占有を継続してきたものである。従つて、右占有開始の日から一〇年を経過した同三三年一一月一八日には取得時効が完成した。

かりに、善意につき過失があつたとしても、右占有の継続により前同日から二〇年を経過した昭和四三年一一月一八日には取得時効が完成した。

四  仮定抗弁に対する原告らの認否

1  抗弁事実中、被告が本件土地を占有してきたこと、善意であつたことはいずれも否認し、その余は争う。

本件土地は、訴外太郎が松子から無償で借受けたうえ、昭和二四年頃太郎が理事長となつている前記社団法人○○○社が建物を建築し、右建物において同法人が被告主張の診療所、病院を経営してきたものである。従つて、本件土地の占有者は右○○○社であり、被告ではない。しかも、被告は本件土地が訴外松子の所有であることを熟知していたものである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  本件土地がもと訴外丙川一男の所有であつたこと、昭和二三年八月三一日に乙野松子または被告のいずれかが右丙川から本件土地を買受けて所有権を取得したこと、本件土地につき右同日松子名義に所有権移転登記が経由されたこと、原告らはいずれも戸籍上訴外甲山太郎とその妻花子の嫡出子として記載されているが、真実はいずれも右太郎と松子との間に生れた松子の実子であること、松子が昭和四〇年四月一日死亡したこと、本件土地については、松子の死亡後同年一一月一一日に、戸籍上の相続人であつた亡松子の実母乙野竹子に対し、相続を原因とする所有権移転登記がなされたが、その後同四一年一月二八日に右竹子から被告に対し真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記がなされ、現に被告が登記簿上本件土地の所有名義人となつていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件土地は、亡松子と被告のいずれが買受けたものであるかにつき検討するに、成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二、同第五ないし第九号証、乙第二号証、同第七号証、証人甲山太郎、同甲山五郎の各証言、被告本人尋問の結果に口頭弁論の全趣旨を総合すると、松子は昭和一二、三年頃家政婦紹介所の紹介で原、被告らの父甲山太郎方に当初は女中として住込むようになつたが、太郎は、正妻花子が病弱であつたところから次第に松子を事実上の妻として遇するようになり、太郎と松子との間に昭和一七年四月二一日原告春子が、同一九年四月一二日原告夏子が生れたこと、太郎は戦争中、東京都目黒区△△△△にあつた自宅が戦災にあい、疎開してのちは、花子と共に静岡県○○郡下に居住し、松子もこれと同居していたこと、松子はその後東京に居住したり、他の男性と正式の婚姻をした事実はなかつたこと、終戦後昭和二三年に本件土地が購入されるにあたつては、土地の選定や売主との買受交渉、契約の締結にはすべて太郎があたり、売主の丙川から松子に対する所有権移転登記手続も太郎によりなされたが、太郎は松子の登記簿上の住所を現実の居住地ではなく、そのころ太郎が訴外五十嵐実と共に、○○堂なる名称で経営していた東京都渋谷区△△×丁目××番地の店舗所在地をもつてこれに充てたこと、被告は本件土地につき松子名義に所有権移転登記手続がなされたことを当時は知らず、のちにこれを知つたが、太郎や松子に対して特段の異議を述べた事実はなかつたこと、太郎は当時長男である被告が医師(被告は○○医学専門学校を卒業して昭和一九年九月に医師免許状を取得していた。)として成長するのを楽しみにしており、太郎と被告との間は通常の親子としての平和な状態にあつたこと、当時、被告は二五歳で、三級の厚生技官として厚生省に勤務中の身分であつたこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、右事実関係のもとで松子の所有権の取得の有無を考えるに、本件土地は松子の名義で登記がなされながら、その登記簿上の住所地は松子に関係のない場所がこれに充てられたが、右は松子が正妻でないことを太郎において配慮した結果と推認する余地が十分にあり、これと当時買受けの手続がもつぱら太郎によつてなされ、被告は松子が所有名義人となつたことも知らず、これを知つたのちも異議を述べていないこと、太郎が被告に買主とし、その代理人として買受けの交渉にあたつたものであるならば、登記簿上の名義人を被告とすることにつき障害となるような事情があつたと認めるに足りる特段の証拠がないにもかかわらず被告に無断で松子の名義にしたと考えるのは不自然であり、当時は太郎と被告との間にはなんらの確執もなかつたのであるから、太郎が松子を登記名義人としたことについては、太郎が、事実上の妻として遇していた松子の労に報いるため購入資金を出してやつて松子に買い与えた旨の証人甲山太郎の供述(なお、本件土地の購入資金を太郎もまた負担したことは被告の自認するところである。)や松子の甲山家における地位を強固にするために太郎が松子に土地を買い与えたのだとの趣旨の証人甲山五郎の供述の方がかえつて自然で納得させるものがあること並びに本件土地の登記名義人が松子になつていること自体の推定的効果を総合するときは、本件土地は登記簿の記載どおり、松子が買主としてその所有権を取得したものと認めるのが相当である。なお、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三号証の一、被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和二一年一一月頃から同二三年春頃まで、厚生省に勤務する傍ら、前記○○堂で働いてその収益を父太郎に渡していたことが認められるが、この事実はいまだ右認定を動かすに足りず、また、のちに認定するように本件土地が買受けられた直後、被告は太郎の協力を得て本件土地上に自己名義で診療所兼居住用の建物を建築しているが、この事実もまた当時の太郎及び松子並びに社団法人○○○社と被告との関係にかんがみれば、いまだ右認定を左右するに足りる程の反証となるものではなく、被告本人のその主張にそう供述は推信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみれば、本件土地は、松子の死亡により、他に特段の事情のないかぎり、その実子である原告らが相続人として共同でその所有権を取得したものというべく、松子の実母竹子のした相続登記、竹子から被告への所有権移転登記は実体上の権利関係を欠く意味において無効の登記といわなければならない。

三  そこで、被告の時効取得の抗弁について検討する。

1  前掲乙第七号証、成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証、証人甲山五郎、同甲山太郎の各証言、被告本人尋問の結果に口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告は昭和二三年九月頃から本件土地上に○○○社(○○○社は、昭和一七年に国民医療の普及向上のため医療機関の設置経営、生活困窮者に対する無料診療等を目的として設立され、太郎を理事長、被告その他を理事とする公益社団法人である。松子も生前は理事となつていた。)の事業の一環として診療所を開設すべく、太郎の協力を得て資材を集め、被告自身の名義で診療所住宅としての建物の建築申請手続を始め、同年一一月一八日その許可を受けて建坪六六・九二平方メートル(二〇・二五坪)の建物の建築に着手し、翌二四年四月これを完成して、日黒区○○町の住居から右建物に転居して居住し、同二七年には同じく被告の名義で木造瓦葺二階建一階二六〇・三九平方メートル、二階二五五・四〇平方メートルの建物(未登記)に改築して、当初は○○○社△診療所、次いで○○○社××診療所、その後現在まで○○○社××病院の名で被告が実質上の経営の主宰者として診療所、病院を開設してきたこと、被告は昭和二六年に厚生省を退職するまでは、同じく○○○社の理事である他の医師に右診療所における診療を委ね、退職後一時○○医大に勤務するようになつてからは勤務の傍ら、夜分右診療所での診療に従事するようになつたこと、もつとも被告は、昭和二六、七年頃、本件土地の近くに約八〇坪の土地を購入し、その後はこの土地に家を建てて居住するようになつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。右事実によれば、被告は、おそくとも昭和二三年一一月末頃には本件土地の占有を開始し、その後は本件土地上に建物を所有することにより本件土地の占有を継続してきたものということができる。

2  そこで、被告の右占有が所有の意思に基づくものであつたかどうかについて検討するに、本件土地の所有者である松子と太郎及び被告との関係は、前認定のとおり被告は太郎の子、松子はその事実上の妻として遇せられていたものであり、本件土地に対する実質的支配権は右の関係とその取得の経緯からして太郎にあつたものと認めるべきところ、その上に建築された建物は、被告の名義で建築されたものであつたにしろ、太郎を理事長とし、被告、松子らを理事とする○○○社の事業としての診療所に使用されるものであつたから、被告や○○○社が本件土地や土地上の建物を使用する関係は、いわば仲間内の関係であるためむしろあいまいではあるが、法律的に意義づけるならば、被告は本件土地を松子から無償で借受けてその上に建物を建築し、被告は該建物(当初建築の建物及び改築後の現建物)を○○○社に使用せしめていた関係になるものというべきである。しかるところ、被告本人尋問の結果によれば、本件土地の公租公課は被告が個人として支払つてきたと供述するが、そのような事実を前提としても本件土地の使用形態が無償使用であり、しかも、本件土地上の診療所は被告が実質的に経営してきたものであるからには、右のような公租公課の負担をした事実だけで直ちに所有の意思があつたとすることはできず、かえつて、被告が松子の生前太郎ないし松子に対し永年にわたり登記名義の変更を請求しなかつたことや前掲甲第一、第二号証の各一、二及び被告本人尋問の結果により明らかなように、松子の死後その実母竹子から真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記を受けた際、税務署から右登記原因は贈与であることを指摘され、特段の異議申立の手続をもとらず、昭和四二年四月に至り本件土地に対する贈与税の延納税額等六〇万九六二〇円の納税を担保するため本件土地に抵当権を設定し、同四七年三月三日これを完納したことなどに徴すれば、被告は右所有権移転登記を受けた同四一年一月二八日以降は本件土地を自己の土地として所有の意思をもつて占有するに至つたことが明らかであるが、それ以前においては、前判示のような関係者相互の身分関係と松子の所有となつた経緯からして、将来は被告自身の所有に帰することを期待し信じていたと認めるに十分であるとしても、当時の使用権原は使用貸借関係であつて、被告もまたそのように認識していたものと認めるのが相当であり、右認定に反する被告本人の供述は措信しがたい。

従つて、被告の時効取得の抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

四  してみれば、原告らは、松子の共同相続人としてそれぞれその相続分に応じて二分の一の持分割合により本件土地の所有権を取得したものというべきであり、本件土地につきなされた被告名義の所有権の登記はその実体を欠くものであるから、原告らの請求を理由があるものとして認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井直昭)

(別紙)物件目録<省略>

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