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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9543号 判決 1976年7月26日

原告

破産者

新世乳業株式会社

破産管財人

長谷部茂吉

右訴訟代理人

春田政義

被告

畜産振興事業団

右代表者

岡田覚夫

右訴訟代理人

浦上一郎

外二名

主文

被告は原告に対し破産者新世乳業株式会社を譲渡人、三協乳業株式会社を譲受人とする破産者新世乳業株式会社の被告に対する出資持分一二四口額面合計一二四〇万円の譲渡につき承認の意思表示をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告

主文と同旨

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  新世乳業株式会社(以下破産会社という)は、昭和四七年二月二九日午前一〇時東京地方裁判所において破産の宣告(昭和四七年(フ)第二七号事件)を受け、同日原告が破産管財人に選任された。

2  被告は、畜産物の価格安定等に関する法律(以下法という)に基づき設立された法人で、法一二条に定める目的を有するものである。

3  破産会社は被告に対し出資持分一二四口額面合計金一二四〇万円(出資一口の金額金一〇万円)を有する。

4  原告は、乳業者であつて出資持分の譲受について適格を有する三協乳業株式会社(以下三協という)に対し、破産会社の被告に対する右出資持分を譲渡しようとして、昭和五〇年一〇月一六日被告に対し右出資持分の譲渡についての承認を申請した。

5(一)  法二一条一項が出資持分の譲渡を被告の承認にかからしめたのは、譲受人の適格を審査させることを目的とするに過ぎないものであるから、譲受人が適格者である限り、被告は出資持分の譲渡につき承認する義務がある。

(二)  法一九条が、出資者に対して持分の払戻しを禁止するとともに、被告が出資者の持分を取得することも、また、質権の目的とすることも禁止しているのは、被告に対する出資持分の出資者に対する債権の担保的機能を営むものでないことを示すものである。従つて被告は譲渡承認拒否に名を藉りて、破産債権に過ぎない破産会社に対する求償債権の回収を計ることは許されないから、被告は出資持分の譲渡につき承認する義務がある。

よつて被告に対し破産会社を譲渡人、三協を譲受人とする破産会社の被告に対する出資持分一二四口額面合計一二四〇万円の譲渡につき承認の意思表示をすべきことを求める。<以下省略>

理由

一請求原因1ないし4は当事者間に争いがない。

二被告の出資持分譲渡承認義務の存否について判断する。

原告は、法二一条一項が譲渡につき被告の承認を要するとした趣旨は、出資持分の譲受人が同条二項の乳業者等であるか否かの譲受資格の審査をさせることのみを目的とするものであつて、法一九条が被告の出資者に対する持分の払戻しを禁止し、被告が出資者の持分を取得することも、質権の目的とすることも禁止している趣旨は、被告に対する出資持分が被告の出資者に対する債権の担保的機能を営むものでないことを示しているものであるから、被告が破産会社に求償債権を有するとしても、出資持分の譲渡につき承認を拒むことはできない旨の主張し、

被告は、法二一条一項によつて譲渡につき被告が承認しなければならないのは、出資持分の譲渡人が被告から債務の保証を受けておらず、または、被告に対し譲渡人が求償債務を負つておらず、被告の債務の保証を受ける必要が全くなくなつた場合に限られ、同条の承認は、債務引受の場合の債権者の承諾、合名会社の社員の持分譲渡の場合の他の社員の承諾と類似のもので、被告の不承認によつて出資者がその地位を離れることができないことになつても己むを得ないものであると主張する。

そこで、考えてみるに、畜産振興事業団(以下事業団という)は、財団的色彩の濃厚な非営利特殊法人であつて、出資者の出資金のみによつて事業が営まれ、その収入は出資金の利息、保証料(年〇、七三パーセント)等に過ぎず、事業団の出資金を充実し、これを確保することは、事業団存立の基礎であることが明らかである。法一九条が「事業団は出資者に対し、その持分を払いもどすことができない。事業団は出資者の持分を取得し、又は質権の目的としてこれを受けることができない。」と規定しているのは、この趣旨を宣明したもので、出資に係る資本金を充実し固定化させるべきことを企図しているもので、これは株式会社における資本充実の原則に比すべきものであるが、事業団においては出資金の大半を政府出資に依拠していることに鑑みれば、その公的財産維持という公益的観点からも、資本金の充実は一層強調されねばならないことはいうまでもない。

しかし一方、法は乳業者等の経営に要する資金の調達の円滑化及び畜産の振興に資するための事業に対する助成等を目的として事業団を特殊法人としたものではあるが、乳業者等を事業団に強制加入せしめる立前をとつているわけではない。

およそ、自由主義民主主義の我が国においては、団体加入の自由があれば、脱退の自由もなければならない。法は右のように資本金の充実をはかるため、出資者に持分の払戻しを認めず、従つて出資者に脱退の自由がないので、脱退の自由の代替的機能を果す制度として法二〇条に、出資持分の譲渡の制度を用意することによつて、至上命令である資本充実の原則を貫こうと配慮しているものと解せられる。

脱退の自由が保障されねばならないように、その代替としての持分の譲渡を余りに制限的に解するときは、出資者の財産権を侵害する結果になりかねない。

以上のように、資本金充実の原則と持分譲渡の自由の要請とのかねあいで、法二一条の事業団の持分譲渡の承認またはその拒否の合理的限界が画されねばならないと考える。換言すれば、出資持分の譲渡は原則として自由であり、前記資本金充実の原則を害するときにのみ、譲渡が制限されると解するのが相当である。

かように考えると、法が被告の承認を要するとしたのは、譲受人の資格審査のためのみであるとする原告の主張は、資本金充実の原則を配慮しない見解で、左袒し難いし、また持分の譲渡人が被告から債務の保証を受けておらず、または被告に対し求償債務を負つておらない場合にのみ譲渡を承認すべき義務があるが、そうでない場合は被告において拒否できるとする被告の主張もまた持分譲渡自由の要請を顧慮しない恣意的見解といわざるを得ない。

ところで、持分譲渡にともない前記資本充実の原則を損わない配慮がなされているか否かを検討してみることとする。法を通観するに、出資者の権利とは事業団によつて債務の保証を受ける権利が、ほとんどすべてであり、これが、いわば中核をなす権利というべく、付随的に事業団の解散時において残余財産の分配を受ける権利、及び業務方法書の変更等の通知を受ける権利が定められているに過ぎない。しかして出資者の義務とは、何かというに、右権利に対応するものとして事業団が保証債務について代位弁済をしたとき、出資者が事業団に対し、その求償義務を負担するに至るのみである。他に出資者の義務と目されるものは見出し難い。ところで法は二一条三項において「出資者の持分の譲受人は、その持分について、譲渡人の権利義務を承継する。」旨の規定を措いている。そうすると法は、正に出資持分の譲渡に際し、資本金充実の原則を害さない周到な配慮をしているというべく、譲受人は、譲渡人の保証を受ける権利のみならず、譲渡人の既に負担している求償義務をも承継するものと解せざるを得ない。

右規定の趣旨を出資持分権者の出資者たる地位ないし権利の移転承継のみを定めるものだとすれば、わざわざ法が明文を設ける必要はないはずで、出資持分が譲渡されても前記資本充実の原則が損われないように、しかも持分の譲渡がしやすいように持分譲渡の自由への道を開いているものと解するのが相当である。

もつとも、<証拠>によれば、行政担当者及び被告事業団は、法が「その持分について譲渡人の権利義務を承継する」と定めるのは、右の出資者の権利のみであつて、出資者の求償債務のごときは、持分から流出する権利義務ではなく、持分とは別個の個々具体的な債務保証契約から派生する権利義務であるから、右法二一条三項の義務には含まれないとの解釈をなし、そのように運用していることが窺われるが、当裁判所はさような見解を採らない。

以上の考察から、当裁判所は、被告には出資持分譲渡の申出を原則として承認すべき義務があり、譲受人が乳業者等の有資格者でないとき、または譲受人の資力が譲渡人の資力に劣り、譲渡承認をすることによつて被告の求償権行使が危くなるときにのみ譲渡承認を拒否できるものと解する。しかして出資持分の譲渡の承認を拒否できる右例外の場合に該ることの主張、立証は被告において、これをなすべきであると解するのが相当である。

けだし、保証といえば本来、対人的な色彩の強いものであるが、被告事業団の行う保証は、出資者のために無限に保証するものではなく、<証拠>によれば、被告の保証する最高限度額は出資額の一〇倍に限られる、いわば出資額に専属的な比喩的にいえば対物的な特殊性を有するものであること、保証人と主債務者の関係は、保証人が主債務者の債務を代位弁済して、主債務者に対して求償権を取得するまでは、具体的な権利義務関係に立たないことに鑑みれば、被告事業団が譲渡人のため現に債務の保証をしているときに出資持分の譲渡がなされると出資者でない者の保証をすることになるとか、出資持分の一部譲渡がなされると法律関係が複雑になるとか、譲渡人に対する融資者(主たる債務の債権者)と譲受人に対する融資者が異ることになるなどのことは杞憂に過ぎず、そのことの故に譲渡の承認を拒否する合理的な理由にはならない。

ところで、本件においては、前示承認を拒否できる事由についての何らの主張、立証がない。

(ちなみに、本件においては、出資持分の譲渡人は破産会社であつて、被告において求償権を行使できる可能性はほとんどないのに、譲受人は正常な営業をなしている三協であるから、少くとも破産会社より資力において優るものと認められ、被告の譲渡人(破産会社)に対する求償権の行使が譲渡承認によつてむしろ可能になり、資本金充実の原則を一層安固ならしめ得ること火をみるより明らかである。)

してみると、被告は原告の三協への出資持分譲渡について承認をなすべき義務があるといわねばならない。

よつて、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用について民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小川正澄)

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