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東京地方裁判所 昭和50年(借チ)33号 決定 1977年6月30日

申立人 竹居治彦

右代理人弁護士 植木敬夫

相手方 伊藤信孝

右代理人弁護士 浦田乾道

主文

本件申立を棄却する。

理由

一  (申立の要旨)

(一)  申立人は、昭和三六年七月八日、相手方から東京都渋谷区元代々木町三六番四宅地七七・四八平方メートルの内四六・五六平方メートル(以下本件土地という。)を、目的非堅固建物所有、期間 二〇年の定めで賃借し、右地上に木造瓦葺二階建居宅一棟 床面積一、二階各二六・四四平方メートルを所有している。

(二)  ところが、本件土地の附近は、本件賃貸借契約締結後、準防火地域に指定され、北側隣地及び東側隣地にそれぞれ堅固造り三階建建物が新築されるなど周辺には、中層の鉄筋または鉄骨造りの堅固建物が多数存在し、現在では、事情の変更により、堅固な建物の所有目的とするのが相当であるに至った。

ところで、現在、申立人方は、申立人夫婦及び実子三人の計五人であるところ、近く妻の両親を引取り同居させねばならない事情が生じ、そのため増築する必要があるところ、本件土地の地積等から三階建としなければならない。

そこで、申立人は、本件土地の賃借権の目的を堅固建物所有に変更し、本件土地上に鉄筋コンクリート造り三階建居宅に改築すべく計画中であるが、目的変更につき相手方との協議が調わないので、借地条件変更の裁判を求める。

二  (決定理由)

(一)  本件の資料によれば、申立の要旨(一)の事実が認められるほか、本件土地は、準防火地域、第一種住居専用地域、第一種高度地区に指定されており、本件土地の属する元代々木町一帯は、準防火地域、第一種高度地区の指定を受けているほか、第一種住居専用地域、又は、住居地域に指定されていること、本件土地は、同町四〇番地附近を頂とする丘陵の頂附近の南側にあって、小田急線代々木八幡駅の西北方約四〇〇メートルの地点、環状六号線(山手通り)から西へ約二〇〇メートル入った地点に存すること、同丘陵頂上附近の高台には、環状六号線から同丘陵頂附近を経て西原一丁目に通じる道路沿いに、鉄筋コンクリート造り三階建または四階建の富士銀行社員寮五棟のほか、鉄筋コンクリート造り三階建共同住宅(マンション)「ロイヤル・ヨヨギ・ガーデン」、ベトナム大使館等が存し、右道路から分岐し本件土地が接面する幅員約七メートルの三和銀行私道の奥には、鉄筋コンクリート造り三階建三和銀行社員寮二棟が建ち、大規模な高級住宅街を形成している観があるが、右私道南側と環状六号線(但、右幹線沿いの部分を除く。)との間に挾まれ、右高台の南側下方に広がる街区は、閑静な小規模の一般住宅街を形成しており、本件土地は、右高台の直下にあって、右私道の南側に接面し、右街区の一角に存すること、この街区を概観するに、低層の個人用木造家屋が殆んどであり、建築年度の比較的新しい建物は、東京都内の市街地の普通の建物にみられる外壁、軒裏を防火構造としたものであって、未だ耐火構造の建築物に移行するには至っていず、堅固建物は僅少であり、三階建のものは殆んどなく(四階建は全くない。)、将来、商業地域、(準)工業地域又は繁華街等となることが予測される地域でないことが認められる。

(二)  そこで、借地法第八条の二第一項に規定する事情の変更の要件の存否について判断する。

1  まず、本件土地を含む地域は、本件賃貸借契約締結後、準防火地域に指定されたが、建築基準法六〇条によれば、準防火地域に指定された地域内の建築物については、地階を除く階数が四以上である建築物は耐火建築物(借地法にいう堅固建物に該当するといいうる。)とし、地階を除く階数が三である建築物は耐火建築物又は簡易耐火建築物としなければならないものの、階数が二以下である建築物(ただし、延べ面積の点で制限がある。)は、外壁及び軒裏を鉄鋼モルタル塗り等の防火構造とすれば木造でも許されるのであるから、準防火地域の指定があったからといって、必ずしも耐火建築物すなわち堅固建物にすることが強制されるわけではなく、したがって、準防火地域の指定は同条項に例示されている防火地域の指定には含まれず、「その他の事情の変更」の問題としてとらえられる(この点は後述する。)にすぎない。

2  次に、同条項が事情の変更の具体的例示として掲げている「附近の土地の利用状況の変化」が認められるかどうかについて検討する。

この附近の土地の利用状況の変化により現に借地権を設定するにおいては堅固建物所有目的とすることを相当とするに至りたる場合とは、借地権設定当時、当該借地の附近の土地の標準的使用が、木造等非堅固の建物所有目的であると認められていたものが、その後、土地の合理的、効率的利用の面で変化がみられ、その地域の標準的使用としては、堅固建物所有目的とするのが合理的であると認められるようになり、現実的にも、その附近の土地に堅固な建物が立ち並ぶようになって、当該借地の利用としても、堅固な建物の敷地として利用するのが通常人の合理的な利用方法であると認められる状況に変化していることをいう。

この附近の土地の利用状況の変化は、むろん客観的、かつ、現実的なものでなければならないが、借地法第八条の二第一項が附近の土地の利用状況の変化を事情の変更の具体的例示として掲げたのは、当該地域に存する不動産は、当該地域を形成する自然的・人文的各地域要因の作用の結果、用途的に共通性をもち、機能的にも同質性を持つに至るため、個々の不動産(例えば、土地)の最有効使用は、当該地域の地域的制約を受け、したがって、当該地域の標準的使用、いいかえれば附近の土地の利用状況との相互関係のもとにおかれることになるので、最有効使用にいたっていない不動産については、経済的合理性に基づいて行動する限り、当該地域の標準的使用に近づけようとするのが通常人の合理的判断となるからである。

したがって、右にいう附近の土地の範囲は、無制限なものではなく、右述の観点から、地域的特性を形成する自然的・人文的諸条件の相関結合により構成される地域のうち、主として用途的な機能を中心として構成される用途的地域をもって画されるべきものと思われる(なお、都市計画法ないし建築基準法にいう用途地域指定区域内(一指定区域内)においても、用途の同質性において微妙又は明確に異なる複数の地域が点在しうるのであるから、右用途地域をもって、この用途的地域ということはできない。)。

これを本件についてみるに、前認定事実関係のもとにおいては、本件土地が属する用途的地域は、前示三和銀行の私道と環状六号線(但、幹線沿いの部分を除く。)との間に挾まれた高台南側下方にかけて広がる低層小規模の一般住宅街をもって構成されているものというべく、右高台頂附近といういわば一等地に位置する街区は、これと異なる別の用途的地域を構成しているものと認められるところ、本件土地が属する右用途的地域内においては、その標準的使用は、低層小規模の非堅固建物所有と認められ、未だ堅固な建物は僅少であって、借地法第八条の二第一項にいう附近の土地の利用状況の変化の現実性がない。

右と異なり、附近の土地の利用状況の変化ありとした鑑定委員会の意見は、叙上の理由により採用し得ない。(なお、鑑定委員会は、前示のような大規模共同住宅等の存在により附近の土地の利用状況の変化が現実化し、本件土地の借地条件変更の相当性ありとするが、右共同住宅等は、当該地域に指定された建築に関する公法上の制約のもとにおいて、広大な敷地を利用したうえ、共同住宅等の所有目的という主観的特殊事情のもとに築造されたものであって、右建物等が順次築造されたことにより、現在、その主観性が払拭されて当該地域の標準的使用としては堅固建物所有目的が合理的と認められる程度に客観化されたとは到底認めることはできないうえ、本件土地の最有効使用の観点からしても、一般通常人が合理的に行動するかぎり、本件土地に現在借地権を設定する場合には、堅固建物所有目的とすることを相当とするに至ったとも解することはできないから、いずれにしても、同委員会の意見は、採用の限りでない。)

3  さらに、同条項にいう「その他の事情の変更」が認められるかどうかについて、以下に検討する。

その他の事情の変更とは、「防火地域の指定」、「附近の土地の利用状況の変化」のような具体的変更はないが、一般的に借地権設定当時と比べて当該借地の客観的状況が変更して当該借地の客観的利用状況としては、堅固建物所有が相当とするような状況に変化してきている場合をいい、これを詳述すると、土地の最適の用法は、自然的人文的諸条件の変化に対応して変ってくるものであるから、右客観的状況の変更とは、用途的地域の地域的特性を形成する地域要因のうち土地建物の用法に作用する各要因の変化、具体的には、用途的地域内における鉄道の敷設、駅の新設、都市計画等に基づく幹線道路又は接面街路の拡幅・新設等交通体系の具体的変化、官公庁等による公共施設、商業施設の具体的施策又はそれに基づく実施、あるいは、都市計画法及び建築基準法による商業地域、工業地域等堅固建築物の築造が要請されるような用途地域への指定換え、各種法律の施行により堅固建物の建築が強制ないし要請される場合など行政的要因の推移、さらに、隣接地域の用途性との相関関係ないし隣接地域の再開発等が当該地域に与える影響(例えば、現在では、低層小規模の店舗が立ち並ぶ地区であるが、これの背後地である住宅地域が再開発されて一大団地となって人口が集中した、あるいは、集中が予測されることに伴い、今後、当該地域が中・高層の商業地域に発展することの必然性が認められる場合など)などをいい、その変更により、当該用途的地域が堅固建物所有の用途性へ移行することが必至とみられる場合のように、当該借地を含む用途的地域の全部又は一部が市街地として発展し、又は当然に発展することが予測され、当該地域の標準的使用としては、店舗・事務所等客の来集を目的とする建築物を中、高層の規模のものとして築造することが相当であると認められるような変化ないし過渡的現象が現実的に存することをいうと解される。

これを本件についてみるに、右客観的状況の変化としては、準防火地域の指定のみであるところ、現在、右指定のほか、第一種住居専用地域、第一種高度地区、容積率一五〇%建ぺい率六〇%の指定がなされているから、これらの各規制のもとでは、三階建建物を築造するときは、特殊の設計をするか、敷地内に空地を確保するなどして右制限緩和の適用を受けるなどの必要があり、そのこととの関連において、本件土地が属する用途的地域の標準的使用は、敷地面積が東京都内の市街地の一般住宅地域の平均的画地面積にほぼ均しいことから、低層の中小規模の住宅所有となっているのであって、殆んど二階建てまでであり、建築年度の比較的新しい建物は、東京都内の市街地の普通の建物にみられるように外壁をモルタル塗にして防火構造としたものであって、未だ耐火構造の建築物に移行するには至っていないから、準防火地域等の指定のみをもって、「その他の事情の変更」に該当するものとはいうことができず、かえって、本件土地が属する地域が住居地域の指定から第一種住居専用地域に指定換えされたこと、さらに昭和五一年度の建築基準法改正の趣旨、ことに日影規制に関する条項が新設されたこと等を考慮すると、将来、本件土地附近が三階建以上の建物の建築に移行することは全く予測されない。したがって、また、前示高台附近に堅固共同住宅等が立ち並んでいるからといって、現在及び将来にかけて、右影響を受けて本件土地附近に中層の堅固建物が建築されるとも認め難い。

なお、申立人の主張中には、自己の家族数が増え建物が狭隘となったため、部屋数の増加を要するところ、右必要を充すためには、三階建にしなければならないとし、人口の都市集中化現象から、市街地が発展する趨勢にあり、住宅難を解消するため堅固建物の築造を許容すべきである等主張する部分もあるが、右は、借地法第八条の二第一項にいう客観的事情の変更に該らない主観的事情の変更であり、市街地再開発による住宅難解消等は、本来行政的施策にまつほかない事柄であって、これらを事由に、法第八条の二第一項によって、国(裁判所)が介入して強制的に借地条件の変更をすることは、本制度の趣旨を超えるものであって、到底許容されるべきものではない。

三  以上のとおりであるから、本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 寺西賢二)

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