東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)71号 判決 1976年5月20日
原告 大久保正次
被告 国税庁長官
訴訟代理人 木下秀雄 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、差戻しの前後を通じ全部原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因1及び2の事実(本件処分の経緯及び理由)については、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件処分は税理士法三七条違反を理由とするものであるところ、右規定は倫理規定であつて罰則規定ではないのであるから、本件処分は根拠法条及びその明示を欠き違法であると主張する。
しかし、<証拠省略>によれば本件処分は税理士法三七条違反を理由として同法四六条一項の規定に基づいてなされ、かつ原告に対する本件処分の通知書にもその旨の記載がなされていることが認められる。そして、右税理士法四六条が、被告に対し、この法律--同法三七条を含むことは当然である。--に違反した税理士を同法四四条所定の懲戒処分することができる権限を認めたものであることは、規定の文言上明白であるから、本件処分には何ら根拠法条及びその明示に欠けるところはないというべきである。
原告の右主張は失当である。
三 原告は、本件処分は事実を誤認したものであり、原告には税理士法三七条に違反する所為はないと主張する。
そこで本件処分の理由とされた事実の存否及び本件処分の当否について判断する。
1 処分理由(一)について
<証拠省略>によれば、次の事実が認められる。
原告は、昭和二五、六年ころから税理士として山秀木材の経理及び税務に関与するようになり、同社の税務書類の作成等を担当していたものであるところ、山秀木材は、昭和三五年二月ころから、同社の昭和三三年七月一日から昭和三四年六月三〇日までの事業年度の法人税について、四谷税務署の調査を受け(同社が右調査を受けたことは当事者間に争いがない。)、右法人税について増額更正処分をされることが予想されるようになつた。そこで、そのころ原告は、山秀木材の代表取締役三沢昇三とその対策について相談した結果更正処分にともなう山秀木材の税務処理を税金の納付を含め一切原告が担当し、山秀木材はその費用として原告に対し五〇〇、〇〇〇円を支払うこと、そして、原告は右五〇〇、〇〇〇円から山秀木材が右更正処分の結果新たに納付すべき法人税等の追徴税額を税務署に納付し、残余金があれば、それを右税務処理に関する報酬として原告が取得すること、との合意に達した。三沢は、右合意に基づき、四谷税務署の前記調査が終了するころの昭和三五年四月一五日、いずれも同日を振出日とし、金額一〇〇、〇〇〇円、振出人山秀木材、受取人欄白地、満期をそれぞれ同年五月から九月までの各二五日とする約束手形各一通、合計五通(金額合計五〇〇、〇〇〇円の本件手形)を原告に対し交付した(本件手形が原告に交付されたことは当事者間に争いがない。)。ところで、山秀木材の前記事業年度にかかる法人税の増額更正処分は、同年四月下旬ころされ、そのころ納付すべき税額も具体的に確定したが(右税額は五〇〇、〇〇〇円を上回るものではなかつた。)、原告は、交付を受けた本件手形を四谷税務署に納付しなかつたばかりでなく、かえつて、本件手形を割引によりすべて現金化し、自己の自動車を購入する資金の一部として費消した(原告が本件手形の金額を費消したことは当事者間に争いがない。)。その後、三沢は、四谷税務署から前記更正処分による納税の督促をうけて初めて原告が右税金を未納のまま放置していたことを知り、直ちに原告に対しその責任において右税金を早急に納付すべきことを指示したが、原告は、資金ぐりが意のごとくならないため、同税務署から分割納付の了解をとりつけて結局前記更正処分の後約二年かかつてようやく右税額を完納した。
原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は<証拠省略>に照らして措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
2 処分理由(二)について、
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
原告は、自らが代表者となつて、昭和二八年五月一四日、株式会社大久保税務会計事務所を設立し、唯一人の税理士有資格者として事務を処理していたものであり、同社は、その法人税につき所轄税務署長の青色申告の承認を受けていたのであるが、設立以来三事業年度にわたり法人税の確定申告書を提出せず、また、金銭出納帳元帳、補助簿等の記帳がまつたくなされていなかつたため、昭和三二年六月二二日付で右承認の取消処分をうけ(同社が右取消処分をうけたことは当事者間に争いがない。)、右三事業年度とも所得の実額の把握が困難であるとして推計により所得金額が認定され、同社の前記設立の日から昭和二九年四月三〇日までの事業年度及び昭和三〇年度(昭和三〇年五月一日から昭和三一年四月三〇日までの事業年度をいう。以下これに準ずる。)については、法人税のほか無申告加算税を賦課する決定をうけた。その後、同社は、昭和三一年度及び昭和三四年度については期限内に法人税の確定申告をしたが、昭和三二、三三年度及び昭和三五年度はいずれも法人税法所定の確定申告の期限から約一年ほど遅れて確定申告書を提出した。
<証拠省略>のうち、右認定に反する部分は、原告において前記青色申告承認取消処分について別段の不服申立をしていない事実(右事実は弁論の全趣旨により明らかである。)等に徴しても措信できないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
3 ところで、本件処分の理由として被告において認定した前示争いのない事実は、以上認定の事実と同一に帰するから、本件処分には原告の主張するような事実誤認の違法は存しないものというべきである。
そして、右認定のような原告の所為は、次に述べる理由により税理士法三七条に違反すると解するのが相当である。すなわち、
税理士法は、税理士の業務が国の財政及び国民生活の双方にわたつて占める役割の重要性にかんがみ、税理士の資格を厳重に定め(三条)、税理士会に入会している税理士でない者が税務代理等の税理士業務を行なうことを原則として禁止し(五二条、二条)、その他税理士の権利等の諸規定を整備するとともに、税理士が「中正な立場において納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高める」(一条)職責を有することとし、税理士に対し信用失墜行為の禁止(三七条)等の義務を課している。したがつて、税理士法三七条によつて禁止される「税理士の信用又は品位を害するような行為」とは、単に反倫理的な行為というのではなく、税理士の前記の職責に反し、あるいは右職責の遂行に著しく悪影響を及ぼすような行為のうち、反倫理的な行為、言い換えれば税理士としての職業倫理に反するような行為を意味するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告は、前記1認定のように、依頼者から同人に対する更正処分にかかる税金納付のために交付された本件手形を、依頼者に無断で自己の用にあて費消したばかりでなく、さらにその後右税金の納付を完了するまで右更正処分の後約二年を要しているのであつて、このような原告の行為は、依頼者との約旨に背反するのみにとどまらず、刑法上の犯罪行為をも構成しうる疑いが濃厚な悪質なものであつて、まさに「納税義務者の信頼」を裏切り、「税理士の信用又は品位を害する」重大な信用失墜行為として税理士法三七条に違反することは明白であるといわなければならない。
また、前記2認定の事実についても、一般の個人あるいは法人において右認定事実にかかる行為があつたとしても、それだけでは直ちに反倫理的であるとは評価されえないとしても、本件においては、前記税務会計事務所の税務処理は、とりもなおさずその代表者であり、かつ唯一の税理士たる原告の行為そのものにかかつているのであるから、右事務所に前記認定のような事実があることは、すなわちそのまま税理士たる原告に帰責されるべきものであるところ、納税義務を適正に実現し、納税に関する道義を高めるべき職責を有する税理士が、自己が代表者となつている法人に前記認定のような確定申告の不提出等の税務処理をするがごときは、一般の場合とは同列に論じられず、その職責に反し職業倫理にも抵触すると断ずべきであり、したがつて、税理士法三七条に違反するものといわなければならない。
以上要するに、本件処分において、その理由とされた事実が税理士法三七条に違反するものとした被告の判断に違法はないというべきである。
四 原告は、本件処分は苛酷に失し、被告に裁量権濫用の違法がある旨主張する。
しかし、<証拠省略>によれば、原告は、本件処分を受けるより前である昭和三八年六月一二日付で、被告から九か月の税理士業務停止処分を受けていることが認められるのであつて、右処分の存在とあわせて本件処分の理由とされた前記認定の原告の行為の態様その他の諸事情を勘案すれば、原告が山秀木材の更正処分にかかる税額を完納し、結局同社に損害を及ぼさなかつたこと等原告に有利な事情を考慮しても、一年の税理士業務停止を相当とした本件処分が苛酷に失し、被告に裁量権の濫用があつたものとはいうことができない。
五 以上によれば、本件処分には、原告主張の違法は存せず、適法なものというべきである。
よつて、原告の本訴請求は、理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)