東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)83号 判決 1979年9月13日
原告 和田武彦
<ほか六名>
原告ら訴訟代理人弁護士 鎌形寛之
同 西越郎
被告 東京都世田谷区長
右指定代理人 嶋本全宏
<ほか三名>
主文
1 本件訴えのうち、被告がした特別区道路線の認定の取消しを求める請求に関する部分を却下する。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が昭和五〇年四月二六日付東京都世田谷区告示第四六号をもってした別紙一記載の特別区道路線の認定を取消す。
2 被告が昭和五〇年四月二六日付東京世田谷区告示第四八号をもってした別紙二記載の特別区道区域の決定を取消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
第二原告らの請求原因
一 被告は、昭和五〇年四月二六日付東京都世田谷区告示第四六号をもって別紙一記載の特別区道路線の認定(以下「本件認定」という。)をし、同日付同区告示第四八号をもって別紙二記載の特別区道区域の決定(以下「本件決定」という。)をした。
二 しかしながら、本件認定及び決定は、次の理由により違法である。
1 公共事業の計画決定に当たっては、当該事業の公共性の程度と事業遂行に伴い地域住民が被る不利益の程度との対比が当該事業決定に関する裁量の内容とならなければならないところ、本件認定及び決定に係る道路(別紙図面のA点(以下、アルファベット記号はいずれも別紙図面のものである。)とB点とを結ぶ道路。以下「本件AB道路」という。)及び右道路に接続して拡幅が予定されているB点とC点とを結ぶ道路(以下「本件BC道路」といい、本件AB道路と合わせて「本件道路」という。)は、以下に述べる事由があり、交通の発達に寄与せず、公共の福祉を阻害するものであるから、本件認定及び決定は、道路法第一条に違反し、著しく裁量を誤りその限界を逸脱しているもので違法である。
(一) 本件道路は、公共性がないか、あるとしてもその程度は著しく低い。すなわち、
(1) 本件道路ができても、本件道路の周辺地域には車を需要する公共施設はなく、その位置と方向から考えて、もっぱら自動車の通過道路として利用されるだけであり、地域住民の通勤・通学用、買物用等の生活道路としての効用はほとんど増加せず、特別区道に要請される地域住民の生活上の福祉向上とは無関係である。
(2) 本件道路ができても、自動車の流れはよくならず、かえって渋滞が生じ、通過道路としても価値がない。すなわち、環状八号線から城山通りを経て本件道路に進入してきた自動車は、C点で行止まりとなり、左(南)方へ行けば道路は途中で狭くなり、右(北)方へ行けば小田急線の「あかずの踏切」に行きあたり、現在より増加することの明らかな自動車はBC間に渋滞する。またAB間について考えても、A点から進入してきた自動車はB点で左に曲がる(一方通行規制のため)ことになり、現在でも混雑する祖師谷通り商店街(以下「商店街」という。)は、更に自動車による交通の危険が増大する。
(3) 本件道路ができれば、B点には信号機が設置されるので、商店街の人の流れは同所で中断される。そして、本件道路を横断する駅利用者等は、安全に本件道路を横断するためには遠回りして同所を通行することを強いられ、かつ小田急線祖師谷大蔵一号踏切(以下「踏切」という。)と右信号機との相乗的二重閉鎖作用により、踏切とB点との間の約八〇メートルの商店街の混雑はますます激しくなる。
以上のように、本件道路ができても、現在の交通をより混乱させるだけで、地域住民にも通過自動車にもほとんど利便をもたらさない。
(二) 本件道路は、地域住民に以下に述べるような被害を与えるだけで、その福祉向上には役立たない。
(1) 本件道路ができて自動車の交通量が増加すれば、その騒音、振動、排気ガスによって静かな住宅街の環境は破壊され、地域住民の安眠を妨げ、その健康に大きな悪影響を与える。
(2) 本件道路ができれば、前記のとおり交通混雑は現在より激しくなり、そのため、通勤・通学、買物等はより不便になり、また、地域住民は本件道路を横断する不便と危険とを新たに課せられ、自動車による交通事故が増加する。
(3) 本件道路敷地内に土地、建物を所有している原告らは、その全部又は一部を道路敷地にとられ、建物を収去したり、移動したりしなければならないが、右土地、建物の買収費によって現在と同等の土地、建物を取得することは不可能であり、そのために、更に多大の出捐を強いられるか、より条件の悪い土地、建物に移転しなければならないことになる。また、一部買収される者は、より条件の悪い住居で我慢しなければならないことになる。
(三) 本件道路より効用の高い以下に述べるような代替道路があるから、効用の低い本件道路を選定したことは、裁量の著しい誤りである。
(1) A、B'、C'の各点を結ぶ道路(以下「AB'C'道路」という。)
右道路は、A点から小田急線複々線化の予定線路敷に接着して商店街とB'点で交差し、更に都市計画街路補助二一六号線(以下「二一六号線」という。」のC'点に至る道路で、本件道路と比較して次の点で優れている。
(ⅰ) 小田急線の祖師谷大蔵駅に接し、位置的に見て同駅から約八〇メートル遠ざかる本件道路より合理的であり、前記(一)の(3)記載の本件道路による弊害がない。また、同駅前にバス停留所を設置することにより、同線との連絡に至便であり、かつ駅前広場を設けることができ、同線による商店街の分断を避けることができる。
(ⅱ) 電車路線に接着並行する片側道路であるので、近時の道路建設の原則に合致し、右路線に近接する住民を電車の震動等の公害から守ることができ、かつ、本件道路より自動車公害を受ける住民の数は少なくなる。また、防火作用でも本件道路よりはるかに優れている。
(ⅲ) 経済性についても、買収を要する件数は本件道路より少なく、また、小田急電鉄所有地を買収したり、同電鉄と共同買収するなどにより、買収費等の負担は軽くなる。
(2) A、B'、D、Eの各点を結ぶ道路(以下「A、B'、D、E道路」という。)
商店街が拡幅され、小田急線が高架化されれば、B'D間の踏切はなくなるので、A、B'道路と既存の幅員約八メートルのDE道路とを連結した右道路は、主要街路(幹線街路から区画街路へのアプローチのための道路)の機能と役割を果たし、かつ右のように既存道路を利用するので費用も最低ですむ。
(3) F、G、H、Iの各点を結ぶ道路(以下「FGHI道路」という。)
右道路は、踏切から三〇〇メートル離れたH点で商店街と交差しているので、前記(一)の(3)記載の本件道路による弊害ははるかに少なく、合計三一本の区画街路(各戸に直結する街路)に連結し、これらに対する主要街路の機能と役割を果たしており、経済性も本件道路に勝る。
(4) 既存道路の狭隘箇所の局所的拡幅
AC間の既存道路の車のすれ違いの困難な狭隘箇所を拡幅すれば、AC間の車の交通は円滑迅速化され、本件道路の建設目的は達せられ、資金的には最低ですみ、住民に与える被害も少なくてすむ。
(5) 商店街の拡幅
商店街の拡幅は、火災延焼危険度の除去やゴミ収集車、救急車の通行の面において本件道路より優れ、車の南北一貫通行を可能ならしめ、もって横方向の車の通行の円滑迅速化も図られ、本件道路に代替しうる。
2 憲法第三一条の規定する適正手続の原則は、行政手続にも適用されるべきところ、本件認定及び決定に至る行政手続は、以下に述べる事由があり、適正手続に違反するものであるから、本件認定及び決定は、憲法第三一条の要請をみたしておらず違法である。
(一) 新たに路線を決定するためには、周辺地域の交通実態、当該路線による交通状況の変化の予測、周辺地域への環境上の影響等を調査し、その上に立って路線を決定しなければならないのに、被告は本件認定及び決定に際して、何らの事前調査をせずに、漫然と机上で線引作業をしただけであり、前記1の(三)記載の代替道路等、本件道路より有益な代替道路が存在するか否かほとんど検討しなかった。
(二) 被告は、説明会において本件BC道路関係住民の意向調査を約束しながら、多数の反対意見の出ることを恐れて本件AB道路関係住民の意向調査しかしなかった。しかも、右意向調査において条件付賛成をも条件を検討せずに賛成に数え、賛成多数ということで関係住民を強引に説得し反対論をつぶしてきた。また、説明会に本件道路と直接関係のない商店街の本件道路建設促進派を集めて関係住民の意向表明に水をさそうとしたり、原告ら反対住民の請願が提出されるや促進派をして建設促進の対抗請願を提出せしめるなどした。
これらの被告の恣意行為は、信義則に反するもので一種の詐術であり、不公正な世論操作である。
(三) 被告は、七回説明会を開いたが、本件道路選定の理由について抽象的に合理性を述べるのみで実質的具体的な説明をほとんどしないまま、地域住民の意思を無視して一方的に説明会を打ち切り、本件認定及び決定をした。
(四) 本件AB道路選定の正当性を導き出すために、区有地と小田急電鉄所有地とを交換し、城山通りの中央近くまで楔状に浜田亮一の家屋敷地を突起せしめて、AB道路の選定が困難なように見せかけた。
(五) 本件道路を富士銀行世田谷支店前のB点まで湾曲させて、同銀行の利益を図った。
三 よって、原告らは本件認定及び決定の取消しを求める。
第三被告の答弁
一 請求原因に対する認否
請求原因一の事実は認めるが、同二は争う。
二 被告の主張
1 小田急線祖師谷大蔵駅を中心とした荒玉水道路、二一六号線及び都市計画街路補助五二号線(以下「五二号線」という。)で囲まれた地域(以下「本件地域」という。)は、商店街を主とした商業地域とそれ以外の住宅地域とからなっているが、本件地域内には狭隘な道路しかなく、中心的な道路は存在しないため、次に述べるような種々の弊害を生じてきた。
(一) 環状八号線、世田谷通り等の幹線街路(通過交通の処理の道路)から本件地域内に流入してきた自動車等は、すれ違いの困難な狭隘な道路の通行や一方通行路の迂回等を余儀なくされ、自動車交通の安全性、効率性の点においても、歩行者の安全確保の面においても支障を来たしている。
(二) ゴミ収集車の迅速な通行及び下水道の新設等についても支障を来たし、地域住民の日常生活の向上を阻害している。
(三) 本件地域内における路線バスの運行を不可能としている。現在路線バスは祖師谷大蔵駅の東方約三六〇メートルの山野公園前までしか運行されておらず、同駅利用者はその間を歩かなければならない不便を強いられている。
(四) 自動車等の通行が不便であるため、本件地域周辺の住民は商店街の利用を妨げられ、商店街の発展が阻害されている。
(五) 火災等の災害時に消防車等の緊急車の通行が困難であり、本件地域は消火活動が困難で延焼危険度が高い地域とされている。
2 そこで、被告は、右に述べたような弊害を除去するため、本件地域に中心的な道路を建設すべく同地域及びその周辺の道路状況を検討した結果、次に述べる理由によりA点から商店街とB点で交差し二一六号線のC点に至る本件道路を選定した。
(一) 現在ある区道城山通りは、環状八号線から約四七〇メートル先のA点までしかなく、先細りの状態で本件地域の狭隘な道路に接続しているので、現在右区道は、幅員(一一メートル)に見合うほど利用されていないが、本件道路の建設により本件地域を東西に横切って、幹線街路である環状八号線と二一六号線とを連絡する道路となり、右区道の効率的利用が図られる。
(二) 小田急線は、都市計画高速鉄道として現在の軌道敷より南側に一〇メートル近く拡幅される計画があるので、拡幅後の小田急線と本件道路との間に適当な距離を設けることにより、その間の土地が宅地として有効に利用されることになる。
(三) 本件道路の建設にあたっては、既存道路の片側だけを拡幅することによって概ねその建設が可能となるので、本件道路用地として買収すべき土地及び買収によって生ずる被買収者の移転等による生活への影響は、最小限にとどめることができる。
(四) 本件道路は、世田谷区総合計画に基づいて計画され、建設される主要街路であり、
主要街路としての本件道路が完成すれば、緊急車、ゴミ収集車はもとより一般自動車も幹線街路、区画街路の利用が容易になるから、迅速に区画街路の隅々まで進入することができるし、また、下水道の設置及び路線バスの運行にあたっても本件道路を効率的に利用することができる。そして、自動車は狭隘な道路の通行を避けることができるから、自動車交通及び歩行者の安全を確保することができる。
3 請求原因二の1の(一)及び(二)に対する反論
(一) 本件道路が完成すれば、JFABC間の道路は、その北側において一〇本、南側において二〇本、合計三〇本の区画街路たる区道に、また、J点において環状八号線、C点において二一六号線に接続することになるから、地域住民による利用が確実に予測され、幹線街路から区画街路へのアプローチのための道路としての役割を果たす。
(二) B点に信号機が設置されることによって待時間が要求されることになるが、これは交通の秩序を維持し歩行者の安全を確保するためにやむをえず課される制限であって、これをもって渋滞とするのはあたらない。右待時間はわずかなものであり、これによって地域住民が商店街の利用に不便を来たすことはないし、商店街の交通に渋滞が起こることもない。将来は小田急線の複々線化工事の完成によって軌道が立体化されるから踏切もなくなり、また、商店街も主要街路として拡幅されるので、商店街の交通は、現在よりもずっと円滑になる。
(三) 本件道路は、主要街路としての役割を果たす道路であるから、大型車両はもとより一般自動車についても地域住民の住環境を破壊するほどの交通量はなく、原告らが主張するほどの環境悪化はない。しかも、環境悪化を防止する措置として、本件道路の車道の両側にそれぞれ三メートルの歩道を設置して空間を確保し、歩・車道の境界に植樹帯を設けることにしている。したがって、本件道路の建設によって地域住民が受忍できないほどの環境悪化があるとは考えられない。また、歩行者は、右歩道の利用によって交通事故の危険から免れ安全が確保される。
4 請求原因二の1の(三)に対する反論
(一) AB'C'道路について
(1) 地域住民は右道路の南側からの利用しかできず、右道路の北側が区画街路たる区道と接することができないから、道路の使用効率が悪くなり、主要街路としての役割が半減する。また、本件道路だけで火災の際には延焼を防止する役割を果たす。
(2) B'C'間はほとんど既存道路を利用することができないから、買収費・工事費が非常にかさむし、一概に被買収住民が減少するということはできない。また、小田急電鉄所有地はその軌道拡幅に必要な土地であるから、これを買収することはできない。
(二) AB'DE道路について
(1) AB'間について、前記(一)の(1)と同様で道路の使用効率が悪くなる。
(2) B'D間の道路の延長は約四〇メートルと短く、この短い道路を通行する間にB'点とD点とにおいて直角の角度で二度曲がることは自動車等の車両にとって容易でなく、右道路及びその前後の道路であるAB'間、DE間において渋滞することが十分予測されるし、極めて見通しが悪く事故発生の危険度が高くなるので、主要街路として適さない。
(3) DE間の道路は現在幅員が約七・二メートルしかないから、これを主要街路とするには幅員を四メートル余り拡幅しなければならないが、両側に商店が立ち並んでいるため、右道路の延長約四〇〇メートルにわたっての商店の買収は非常に困難であり、莫大な買収費がかさむ。
(三) FGHI道路について
(1) 既に完成しているFA間の道路を利用することができず、また、A点より先の西側部分は依然先細りの状態のまま存続するから、右道路はあまり利用されず無駄になる。
(2) FG間の道路は、現在水道路として使用されており、その地下に水道管の本管が二本埋め込まれている関係上、大型車の通行禁止等の規制がされている。このように規制を受けている道路を主要街路化することは事実上困難である。また、右道路は都道であるから、これを世田谷区の主要街路とすることはむずかしい。
(3) FG間の道路のすぐ西側には主要街路の建設計画があるから、右道路を主要街路とする必要性に乏しい。
(4) FGHI道路は、本件道路に比べて消防車等の緊急車が本件地域内のすみずみに入りにくい。
(5) FGHI道路の延長は、本件道路の延長(七七〇・二メートル)より長く約一一五〇メートルあり、その幅員は約六メートルしかないから、幅員一二メートルの主要街路にするためには本件道路に比べて買収費・工事費がかさむ。
(四) 既存道路の拡幅について
(1) 主要街路は、幹線街路から区画街路へのアプローチのための道路であるから、地域住民の住居に直結する生活道路としての区画街路とは別の観点にたって計画、建設されなければならないものであり、既存道路である区画街路たる区道を拡幅して道路を建設しても、主要街路たる役割を果たさない。
(2) 地域住民にとって必要不可欠な生活道路たる区道を安易に主要街路化することは、住民の日常生活に不便を与え、都市生活を阻害する。
(3) 既存道路の幅員は広いところでも約四メートルしかないから、幅員一二メートルの主要街路にするためには買収費、工事費が非常にかさむ。
(五) 商店街の拡幅について
商店街については主要街路化の計画があるが、それは本件道路の代替として必要なのではなく、本件道路と共に必要な道路なのである。この両方の道路が相俟って交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進することになるのである。したがって、商店街を拡幅すれば、本件道路は不必要になるということにはならない。
5 請求原因二の2に対する反論
(一) 憲法第三一条の規定は、行政手続には適用がない。
(二) 仮に、行政処分をするにあたって憲法第三一条の規定に基づいた適正手続を必要とするとしても、どのような手続によるかは行政庁の合理的な自由裁量に任されているものであり、行政処分をするにあたって遵守を要求される適正手続は、刑罰を科する場合のそれよりも緩和されたもので足りるといえる。
したがって、被告としては、住民に自らの権利を守る機会を与え、行政当局の判断の適正を担保する手続をとれば足りるから、
(1) 地域住民に意見を述べる機会を与え、その理解と協力を得るために七回の説明会を実施し、大方の賛成を得たこと
(2) 出席住民の要望に基づいて意向調査を実施し、地域住民の意向を本件道路の建設にあたって反映させていること
(3) 本件AB道路の路線認定議案は、区議会でも慎重に審議され、議決前に区議会の提案に基づいて更に反対住民と話合いが二回にわたってもたれたこと
の手続をとったことにより、憲法第三一条の規定に基づく適正手続保障の要請は十分充たされたといえる。
第四被告の主張に対する原告らの反論
一 弊害の除去の主張に対して
1 本件道路建設により本件地域内の自動車のすれ違いの困難な場所が全部除却されるわけではない。
2 ゴミ収集車の迅速な通行は、本件道路上のみで可能であり、本件地域の隅々の各戸に至る距離、時間の合計に比べればごくわずかなものである。また、下水道の新設のために道路を建設するのは本末転倒で道路建設の理由にならない。
3 B点附近にはバスの転回を可能にするような場所はないから、路線バスは本件道路によってB点まで運行を延長することはできない。
4 本件道路ができても、車は商店街の変則的一方通行規制によって商店街の大部分を占めるB点以北に乗り入れることはできないから、車を利用して商店街で買物をしたり、商店が仕入車をより有利に運行して利益の向上を図るなど商店街の発展に寄与することはない。
5 本件地域内において消防車が接近しうる地点から二〇〇メートル以内で放水の届かない地点はないから、水利の分布状態さえ良好ならば、二八〇メートルのホース延長をもってすれば、本件地域内のいかなる地点における火災も初期に鎮火できるはずであって、火災時に備えての本件道路の必要性はない。
二 土地の有効利用について
本件道路は、右道路と小田急線との間の残存土地の住民の便益を少しも増加させず、かえって車、電車の騒音、振動等により環境悪化をもたらすもので、右土地の宅地としての有効利用は全くなく、かえってそれを低下させるものである。
三 世田谷区総合計画について
世田谷区総合計画は、区民の生活と道路との関係を人間的に把握し、区道が区民の生活をいかに向上させるかという視点が欠けていて道路建設のもたらす区民生活環境の変化についての配慮がない。
四 車公害について
被告主張の本件道路の構造によって、車公害による生活環境の破壊をどれだけ排除できるのか科学的な証明はなく、道路の永久性に鑑みると車公害の蓄積による地域住民の生命、健康への危険を阻止することは不可能である。
第五証拠関係《省略》
理由
一 本件認定の取消しの訴えについて
本件認定は、それによって当該路線に属する道路を特別区道(道路法上の道路の種類としては市道)とする(同時にその道路の管理者が世田谷区と決定される)効果を生ずる(地方自治法第二八一条第二項、第二八一条の三第一項、第二八三条第二項、道路法第八条第一項、第一六条第一項)に過ぎず、個人の権利義務に直接に法律上の影響を及ぼすものではないから、取消訴訟の対象となりうる行政庁の処分にはあたらない。
したがって、本件認定の取消しを求める訴えは不適法である。
二 本件決定の取消請求について
1 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
2 原告らは、本件決定は道路法第一条に違反し、著しく裁量を誤りその限界を逸脱しているもので違法であると主張するので、まずこの点について判断する。
(一) 《証拠省略》を合わせると、次の事実を認めることができる。
(1) 小田急線祖師谷大蔵駅を中心とする荒玉水道路、二一六号線及び五二号線で囲まれた本件地域は、商店街及びDE道路を中心とした近隣商業地域(近隣の住宅地の住民に対する日用品の供給を行うことを内容とする商業その他の業務の利便を増進するため定める地域)とそれ以外の第一種住居専用地域(低層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域)を主とする住宅地とからなるが、本件地域内には現在幅員が狭隘で、かつ屈曲の多い道路(区道)が不規則に存在しているのみであるので、地域交通を安全かつ効率的に処理するために中心的な道路を建設する必要があった。
(2) 世田谷区の長期的展望にたった総合計画を推進し、もって区民の福祉を増進するため昭和四三年四月世田谷区総合計画審議会が設置され、同審議会は、同年九月被告の長期的総合的な基本計画の策定についての諮問を受けて審議を重ねた結果、昭和四五年一一月世田谷区総合計画(基本計画)を答申したが、右総合計画中の道路計画によれば、道路をその性格、機能から幹線街路(通過交通の処理の道路)、主要街路(幹線街路から区画街路へのアプローチのための道路)、区画街路(各戸に直結する街路)の三種類に分類し、そのうち幹線街路は、東京都の所管で、本件地域附近では環状八号線、世田谷通り(補助五一号線)、五二号線(工事未了)、二一六号線(C'CI間を除いて工事未了)がこれにあたり、主要街路は、幹線街路に囲まれた地域毎にその地域の状況を考慮して計画されるもので、右四幹線街路に囲まれた地域では城山通りのJFA間が完了しているのみで、本件道路は右道路に接続して環状八号線と二一六号線とを結ぶ主要街路として計画されている。
(3) 本件地域内の中心的な道路として本件道路が計画されたが、その理由は、現在城山通り(幅員一一メートル)は環状八号線とJ点で、荒玉水道路とF点でそれぞれ交差し、A点までは完成しているが、その先は先細りとなり(そのため路線バスはA点が終点となっている。)、本件地域内の既存の狭隘な道路(区画街路)に接続しており、FA間の道路は余り利用されていないこと及びBC間には既存道路(区道)があり、これを一部拡幅することにより二一六号線に接続する主要街路として利用できることから、A点を基点に本件地域の中心である祖師谷大蔵駅附近を通る道路としてB点に接続した本件道路が計画されたものであり、これによりJFABC間の道路は、その北側において一〇本、南側において二〇本、合計三〇本の区画街路に、J点において環状八号線、C点において二一六号線にそれぞれ接続することとなり、主要街路として本件地域の交通の処理に役立つこととなる。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件地域内に中心的な道路を建設する必要性が存すること及び本件道路が右中心的な道路として設置される点についての合理性が存することが認められる。
(二) 原告らは、本件道路は交通の発達に寄与せず、公共の福祉を増進しないと主張するので、以下原告らの主張について検討する。
(1) 原告らは、本件道路はもっぱら自動車の通過道路として利用されるだけであり、地域住民の生活道路としての効用はほとんど増加しないと主張する。
しかしながら、本件道路が地域住民の住居に直結する区画街路と通過交通の処理のための幹線街路とを結ぶ主要街路の役割りを果たすものであること前記認定のとおりであり、主要街路としての性格から自動車交通を要素とするものではあるが地域住民の利用が前提とされているものでもあるから、もっぱら自動車の通過道路として利用されるだけとはいえず、原告らの右主張は失当である。
(2) 原告らは、本件道路ができても自動車の流れはよくならず、かえって渋滞が生じ通過道路としても価値がないと主張する。
しかしながら、前記認定の本件地域の性格すなわち、第一種住居専用地域を主とする住宅地と近隣商業地域とからなること及び本件道路の性格すなわち、幹線街路から区画街路へのアプローチのための道路であることから考えると、幹線街路の未整備の間に一時的にある程度の渋滞が生ずる可能性があるにしても、整備完了後にはそれほどの渋滞が生ずると認めるには足らないのみならず、そもそも本件道路は通過道路としての役割りを持つものではないから、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、本件道路ができればB点に信号機が設置されるので商店街は中断され商店街の混雑はますます激しくなると主張する。
しかしながら、本件道路が建設されてB点に信号機が設置されるとしても、商店街の通行が阻害されるほど混雑が激しくなると認めるに足りる証拠は存しないから、原告らの右主張は失当である。
(4) 原告らは、本件道路ができれば自動車交通量の増加により住宅環境は破壊され地域住民の健康に悪影響を与えると主張する。
しかしながら、前記認定の本件地域及び本件道路の性格から考えて、終局的にはそれほどの自動車交通量の増加があるとは考えられず、また《証拠省略》によれば、本件道路の構造は幅員一二メートルで、幅員六メートルの車道の両側に幅員三メートルの歩道が設けられ、右歩道上には車道との間に植樹帯が設けられるなどの環境保全措置、公害防止対策が計画されていることが認められるから、これらの事情を考慮すれば、本件道路が設けられ自動車が通行することによって地域住民に受忍限度を超える被害がもたらされるとまで推認するに足りないというべきである。よって、原告らの右主張は失当である。
(5) 原告らは、本件道路は地域住民に交通混雑による通勤・通学、買物等の不便、本件道路横断の危険等の被害を与えると主張する。
しかしながら、本件道路が設けられることによって終局的にそれほどの渋滞、混雑が生ずるとは考えられないこと前記のとおりであり、本件道路横断の危険は信号機の設置等の交通規則により一応防止できるものであるし、その他住民が被ることあるべき不便等は、前記本件道路の設置の必要性からして受忍すべき範囲を超えるものとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(6) 原告らは、本件道路敷地内の土地、建物所有者はその土地の全部又は一部を買収されることにより損害を被ると主張する。
しかしながら、私有財産は正当な補償の下に公共のために用いることができる(憲法第二九条第三項)ものであるから、右損害は結局右「正当な補償」の問題であり、補償額が適正でない場合にはこれを争う道も残されているのであるから、原告ら主張の事由によって本件道路の公共性が否定されるものではない。
(三) 原告らは、本件道路より効用の高い代替道路が存在すると主張するので、次に原告ら主張の代替道路について検討する。
(1) AB'C'道路について
(ⅰ) 祖師谷大蔵駅との連絡という点ではAB'C'道路の方がより接近していて便利ではあるが、本件道路でも同駅から約八〇メートル離れているに過ぎず、その間の所要時間は徒歩で一分程度に過ぎないものであるから、それ程の難点ということはできないし、B点に信号機を設置することによる通行阻害の点については、前判示のとおりである。また、駅前広場は、いずれの道路を建設しても設けることができるものであり、AB'C'道路でなければ設けられないものではない。
(ⅱ) 原告らの主張する片側道路は、それがもっぱら自動車の通過交通の処理のための道路として設けられるのであれば、震動、騒音等を除去するのに有効であるといえるが、本件道路が幹線街路から区画街路へのアプローチのための主要街路として設けられるものであること前記のとおりであるから、AB'C'道路では区画街路との連絡が半減し地域住民の利用が制限され主要街路としての道路の使用効率が悪くなる。
また、防火作用の点についても、それほどの差があるとは認められない。
(ⅲ) 《証拠省略》によれば、買収を要する件数は、AB'C'道路と本件道路とでおおむね同数であることが認められるし、買収費の負担においてAB'C'道路の方が本件道路より少なくてすむと認めるに足りる証拠は存しない。
したがって、AB'C'道路が本件道路より優れているとはいえない。
(2) AB'DE道路について
AB'間については前記(1)の(ⅱ)に述べたと同じ欠点があるし、非常に短い区間内でB'点とD点とにおいて二度もほぼ直角に曲がっているAB'DE道路は、計画的な道路網の整備という面で望ましいものではなく、本件道路より優れているとはいえない。
また、小田急線が高架化された場合にAB'道路とDE道路とを緩やかな角度で連結するという考え方についても、連絡の具体的方法についての主張がないので比較ができないのみならず、《証拠省略》によれば、DE道路の幅員は現在八メートル弱であるので、拡幅が必要となるが、右DE道路は商店街であるため多額の買収費用を要する等拡幅に相当の困難が伴うものと認められるから、この点からしても本件道路より優れているとはいえない。
(3) FGHI道路について
《証拠省略》によれば、FG間の道路は都道で、かつ水道管を埋設するために作られた道路であるので、各種の通行規制がされていることが認められるし、FGHI道路は位置的にみても、祖師谷大蔵駅を中心とする本件地域の中心的な道路として適当なものとはいえないし、その屈曲の多い形状や延長距離が長いこと等からみても、主要街路として本件道路に優っているとはいえない。
(4) 既存道路の拡幅について
前記認定の本件地域内の道路事情から考えて、既存道路の狭隘箇所を局所的に拡幅しただけでは本件地域の中心的な道路とすることはできず、計画的な道路網の整備に役立たない。
(5) 商店街の拡幅について
《証拠省略》によれば、商店街についても主要街路とする計画のあることが認められるが、その道路の位置、機能等から考えて、本件道路に代替しうるものとはいえない。
(四) 以上の次第であるから、本件決定は道路網の整備を図り、もって交通の発達に寄与し公共の福祉を増進するという道路法の目的に反するものではなく、裁量権の範囲を逸脱した違法が存するとは認められない。
3 原告らは、本件決定に至る行政手続は適正手続に違反するものであるから、本件決定は憲法第三一条に違反すると主張するので、次にこの点について判断する。
(一) 憲法第三一条の規定は、その位置及び表現等から考えて直ちに本件決定に関する手続のような行政手続に適用があるものと解することはできない。
しかしながら行政手続についても処分の性質、手続の性格に応じた適正手続の要請があると考えられるが、道路法は道路の区域を決定する手続については、その前提となる路線の認定についてあらかじめ当該市町村の議会(本件では世田谷区議会)の議決を経なければならない(同法第八条第二項)としているほかは何の定めもしていないので、いかなる手続を採用するかを一応行政庁の裁量に委ねているものと解さざるをえない。
(二) そこで、本件決定に至る手続について検討するに、《証拠省略》を合わせると、次の事実を認めることができる。
(1) 被告は、昭和四三年本件道路計画を内部的に決定し、その後地元住民の理解と協力を得るため地元住民に対する説明会を同年六月から同四九年四月二五日まで七回開催し、本件道路計画の内容、計画決定の理由、道路構造等について住民に説明し、住民からの質問に応答した。第一回説明会では区側から住民に対して本件道路の計画を説明したところ、住民からAB'C'道路等の代替道路案や反対意見が出て、区側でもこれを検討することとし、また祖師谷大蔵駅周辺の再開発問題等もあったため、説明会は一時中断された。昭和四六年一二月一六日に第二回説明会が開催され、従前の案を一部修正した本件決定に係る道路案が説明された。その際、住民側から意向調査の要求があったので、区が第一期工事として予定していた本件AB道路の関係者(道路敷地内の権利者)及び関連者(それ以外の者)について意向調査を実施したところ、右関係者についての調査結果は、賛成一名、条件付賛成三三名、反対三三名、わからない三名であり、右条件付賛成は道路の建設自体には賛成で、代替地、補償の問題及び移転時期等について条件を付けたものであった。その後の説明会で右調査結果が発表された。そして、第七回説明会では補償の問題について話し合われた。
(2) 昭和四九年三月本件AB道路に係る路線認定議案が区議会に提出されたが、区議会ではなお反対住民との話合いが必要として継続審議とされたので、その後二回反対住民と話合いが行われたが、結局物別れに終わり、同年六月右路線認定議案は議決された。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、本件決定に至る手続において信義則に反する被告の恣意行為があったと認めるに足りる証拠は存しない。
もっとも、前掲各証拠によれば、被告は、前記意向調査の際BC道路に関係する砧八丁目住民をその対象に含めていなかったことが認められるが、道路建設につき関係住民の意見を徴するのは、事前に関係住民の意見を徴し、できる限りこれを尊重して計画に取り入れるとともに、道路建設についての理解と協力を得ようとするにあること及び当時本件決定の対象に予定されていたのはAB道路のみであったことを考慮すれば、被告のとった措置が直ちに信義則に反するとか違法であるとはいえない。
したがって、右認定の経緯でされた本件決定にはその手続に違法があったと認めることはできない。
(三) また、原告らは、被告は本件AB道路選定の正当性を導き出すために土地交換等を画策してAB'道路の選定が困難なように見せかけたと主張する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、昭和四七年に区有地(区立山野公園の一部)と小田急電鉄所有地とを交換したことはあるが、これは小田急線の軌道拡幅のために行われたものであり、区が交換により取得した土地は現在公園として使用されており、右交換に係る土地はいずれもAB'道路の範囲内に含まれるものではなく、右道路と全く関係のないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、原告らの右主張は失当である。
更に、原告らは、本件道路を富士銀行世田谷支店前のB点まで湾曲させて同銀行の利益を図ったと主張するが、右路線決定の目的が特定の第三者の利益を図る点にあったような事実を認めるに足りる証拠は存しないから、原告らの右主張は失当である。
(四) 以上の次第であるから、本件決定には、その手続においても違法は存しない。
4 したがって、本件決定に原告ら主張の違法は存しないから、同決定の取消請求は理由がない。
三 よって、本件訴えのうち本件認定の取消しを求める請求に関する部分を却下し、原告らのその余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 菅原晴郎 裁判官杉山正己は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 藤田耕三)
<以下省略>