東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)97号 判決 1977年7月27日
原告 吉永多賀誠
被告 麹町税務署長
訴訟代理人 押切瞳 海老沢洋 ほか二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、昭和四九年一二月二〇日付でなした原告の昭和四六年分、同四七年分、同四八年分の所得税の各更正処分(但し、昭和四七年分については総所得金額六、七九〇、六三八円を超える部分)及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1(一) 原告は青色申告書提出の承認を受けている東京第一弁護士会所属の弁護士であるが、昭和四六年、四七年及び四八年の各所得税について、被告に対し次表の各確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は原告に対し次表の各更正欄記載のとおり各更正処分および過少申告加算税賦課決定(以下、「本件各更正処分」及び「本件各賦課決定」という。)をなした。
昭和四六年分
区分
年月日
所得金額(円)
本税額(円)
過少申告加算税額
(円)
給与所得
事業所得
計
確定申告
昭47・3・14
一、五三七、五五〇
九三五、一〇〇
二、四七二、六五〇
△四二〇、八二九
-
更正
〃49・12・20
-
三、一一三、四三二
三、一一三、四三二
△二八四、二〇四
六、八〇〇
昭和四七年分
区分
年月日
所得金額(円)
本税額(円)
過少申告加算税額
(円)
給与所得
事業所得
計
確定申告
昭48・3・14
一、一八一、六〇〇
五、一八三、六三八
六、三六五、二三八
三一三、六〇〇
-
更正
〃49・12・20
-
七、二八五、七〇二
七、二八五、七〇二
六九五、八〇〇
一九、一〇〇
昭和四八年分
区分
年月日
所得金額(円)
本税額(円)
過少申告加算税額
(円)
給与所得
事業所得
計
確定申告
昭49・3・15
一、〇三三、八五〇
三、八五一、二五七
四、八八五、一〇七
△六一三、一七七
-
更正
〃49・12・20
一〇、八〇〇
五、三〇一、二五三
五、三一二、〇五三
△四七三、七一七
六、九〇〇
(注)本税額欄△印の金額は、還付金額を示す。
(二) 原告は昭和五〇年二月二〇日国税不服審判所長に本件各更正処分及び本件各賦課決定について審査請求をしたが、同所長は請求後三か月を経過しても裁決しなかつた。
2 しかしながら本件各更正処分には以下の違法があり、本件各賦課決定共いずれも取消されるべきである。
(一) 手続的違法(理由附記の不備)
税務署長が青色申告をしている居住者の確定申告を更正するにあたつては、所得税法一五五条二項の規定に基づき更正の理由を附記しなければならないところ、本件各年分につき原告が各委任者から受け取つた旅費、日当、宿泊料のうち、原告の収支帳に記載した日当を除くその余を収入計上もれがあつたとして収入金に加算し、さらに事件経費帳に記載した旅費、宿泊料は旅費交通費として容認する旨の記載があるに止まり、日当の必要経費性を否認したが、被告の本件各更正通知書(<証拠省略>)によれば、更正の理由として日当を否認する理由の記載がないので、右各更正通知書にはその理由附記に不備があり、本件各更正処分は違法である。
(二) 実体的違法
(1) 本件各顧問料について
被告は別表(一)記載の各顧問料収入(以下、「本件各顧問料収入」という。)を事業所得と認定して本件各更正処分をなしたが、右各収入はいずれも原告の確定申告どおり給与所得と認定すべきであり、本件各更正処分には所得の種類を誤つて認定した違法がある。
(2) 本件各日当について
被告は別表(二)記載の各旅費、日当、宿泊費(以下、「本件各出張費」という。)を事業所得と認定して収入金に加算し、うち旅費、宿泊費については必要経費に算入して本件各更正処分をなしたが、旅費、宿泊費、日当はいずれも実費弁償金であつて事業所得に該当しないから本件各更正処分には、原告の総所得金額を過大に認定した違法がある。
3 なお、被告主張の昭和四七年分の更正決定中、宇都宮回漕店から収入金額四二五、四〇〇円の計上もれがあつたこと、したがつて右金額を収入に加算することは認める。
4 よつて、原告は本件各更正決定(但し、昭和四七年分については申告額に前記3の金額を加算した総所得金額六、七九〇、六三八円を超える部分)の取消を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実はすべて認める。
2(一)請求原因2の(一)につき、本件各更正通知書記載の附記理由が原告主張の趣旨のものであることは認めるが、それが違法であるとの点は争う。
即ち、本件各更正通知書(<証拠省略>)記載の附記理由とその添付別表の所得金額欄中、「その他の事業所得」欄に記載された増減差額とを対照すれば、右差額は給与所得とは認められず事業所得として加算された顧問料と収入金計上もれとなつた日当の合計であることは計算上明らかである(昭和四八年分については別表に増減差額の記載はないが「<B>更正後の額」から「<A>更正前の額」を差し引けば結果は同じである。)。
したがつて、原告の収入金計上もれとなつていた旅費、日当、宿泊費中、日当が必要経費として認められなかつたことはその理由の記載上明らかであつて、原告の日当を否認する理由の記載がないとの主張は失当である。
(二) 同2の(二)の(1)の事実中、被告が別表(一)記載の各顧問料収入を事業所得と認定して本件各更正処分を行つたことは認めるが、その余は争う。
(三) 同2の(二)の(2)の事実中、被告が別表(二)記載の各旅費、日当、宿泊費を事業所得と認定して収入金を加算し、このうち、旅費、宿泊費については必要経費に算入して本件各更正処分をなしたことは認めるが日当の性質に関する原告の主張は争う。
3 同3の点は後記被告主張のとおりであり、同4は争う。
三 本件についての被告の主張は次のとおりである。
1 原告は別表(一)記載のとおり、本件各顧問料を取得したが、これらは以下のとおり、いずれも所得税法上、給与所得に該当せず事業所得であるから、これに基づき課税標準、税額等を計算した本件各更正処分はいずれも適法である。
(一) 所得税法二八条にいう給与所得とは、雇傭契約又はこれに準ずる関係に基づいて使用者の指揮命令に服し、これに従属して提供した労務の対価として使用者から支払を受ける給付にかかる所得であり、同法二七条にいう事業所得とは自己の危険と計算において独立に営まれる業務で、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められるもの(事業)から生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものは除く。)をいい、両者の本質的差異は、報酬と対価関係に立つ労務の提供が他人の指揮命令に服してなされるか否かにあり、弁護士の業務一般が右の事業に該当することは異論がないものと思われる。
(二) ところで、原告は、東京都干代田区内幸町一-二-二大阪ビル内に自己名義の法律事務所を有し、弁護士業を営んでおり、その一環として顧問契約を締結しているが、原告と別表(一)に掲げる各顧問会社との間の顧問契約(以下、「本件顧問契約」という。)には、詳細な契約条件は存在せず、顧問会社に法律問題が生じた都度、原告が法律相談に応じ、その対価として毎月定額の報酬を得ているに止まり、原告が顧問会社の指揮命令に服して一定の期日、あるいは一定の時間に、一定の場所で勤務するなどの関係は存しない。
また、別表(一)記載の株式会社干疋屋総本店からの顧問料収入は、昭和四六年は一、二〇〇、〇〇〇円、同四七年は七三三、三三二円、同四八年以降は二六六、六六四円となつているが、これは右会社が共同ビル等を建築するにあたつて、原告に法律相談を依頼する回数が増加したので、通常の顧問料より高額となつたがビル完成後の同四七年の春以降は通常の顧問料になつたものである。
右の事実よりすれば、原告の顧問契約に基づく報酬は、通常の場合、相談回数も少なく一定しているため(多い会社で月に一度位、少ない会社で二年に一度位)、顧問料が比較的少額で一定額になつているが、相談回数が一時的に増加すれば、一時的に増額しうるものといえる。したがつて、右の如き顧問契約はまさしく弁護士業務の一環としてなされるものであり、そのような契約に基づいて受ける報酬は事業所得というべきである。
(三) 原告は後記のとおり、昭和二六年一月一日付直所一-一所得税法に関する国税庁基本通達一〇七項を根拠に本件各顧問料を給与所得であると主張するが、右通達と昭和二七年四月三〇日付直所一-六六通達(二八)とを併せ考えれば、弁護士が依頼者から受け取る顧問料は、その支払を受ける時期及び金額があらかじめ一定していても、当該支払者の指揮の下に専属的に業務に従事していなければ給与所得としては取り扱われないことが明らかである。
2 原告は、その受任事務処理のため、事務所所在地外に出張する場合、依頼者から旅費、日当、宿泊費として別表(二)記載の金員を受領していたが、日当の一部を除いて事業所得の金額の計算上、収入金額に算入していなかつた。そこで、被告は本件各出張費等を事業所得の総収入金額に加算し、このうち旅費、宿泊費のみを必要経費として容認し収入金額から控除したが、本件各更正処分には以下のとおり、原告の総所得金額を過大に認定した違法はない。
(一) 事業所得における総収入金額に算入すべき金額とは、法律上別段の定めがないかぎり、事業所得を生ずべき業務の遂行上、収受した金銭、あるいは金銭以外の物、又は、権利その他経済的利益のすべてが含まれる(所得税法三六条一項)。
したがつて、弁護士である原告が依頼者から受任事務処理のため事務所所在地外への出張に際し受領した本件各出張費は、受任事務処理遂行上の役務に対する対価として収受した金銭であつて、事業所得の総収入金額を構成するものであり、所得税法九条一項四号にいう非課税所得に該当せず、弁護士等の事業所得者については、旅費を非課税所得とする旨の規定は存しない。
ちなみに同条の立法趣旨を敷衍すると所得税法(昭和三二年法律第二七号による改正前のもの)六条三号においては、「旅費・学資金及び法定扶養料」とのみ規定されていたため、給与所得者のみでなく、弁護士等の事業所得者の旅費も非課税所得であるとする趣旨に解釈されるおそれもあつたので、この点を明確にするため現行法の如く給与所得者の旅費に限るように改正されたのである。
これに対し、弁護士等事業所得者については、実際に支出された旅費、宿泊費等は、必要経費として総収入金額から控除されるのであるから、それが仮に、実費弁償金的な性質を持つものであつても、旅費等を総収入金額に算入することによつて課税上不利益を受けるわけではない。
したがつて、被告が原告の事業所得の計算に際し、本件各出張費等を総収入金額に算入したことは違法ではない。
(二) 本件日当を必要経費として認めなかつた理由は次のとおりである。
弁護士が受任事件処理のため出張する場合に受領する日当は、事件の依頼を受けた時、依頼者との間で取り決めた弁護士報酬とは別に受け取る一日当たりの手当すなわち報酬であり、実費弁償金的性質を有する旅費、宿泊費とは性格を異にするものである。そして、原告の帳簿等に日当に対応する必要経費の記帳があれば格別、被告所部の職員が原告の帳簿等を調査したところ、日当、旅費、宿泊費についての収入支出の明細が明らかに記録されておらず、また原告からも右収入支出の明細についての説明もなかつたから、被告は原告に事件を依頼した者等の調査により日当、旅費、宿泊費の別に収入金額を把握し、旅費、宿泊費については実際に支出されたものと推認し必要経費として容認したが、日当については日当の持つ前記性質を考慮して必要経費に算入しなかつたものである。所得税法施行規則は、原告のような青色申告書を提出する事業所得者には、その事業に関する帳簿書類を備え付けて、右帳簿書類に事業所得の金額に係る取引のすべてを記録するとともに、右記録した一切の帳簿と当該記録の基礎となつた原始記録を整理し、五年間これを保存すべき旨を義務づけており(同規則六三条)、また事業所得の金額は総収入金額から必要経費を控除して算定することになつているから、その収入、経費の一部が零細であるからといつて加算、減算の記帳等を省略することは認められない。
(三) 原告は後記のとおり、別表(二)の大日本機械工業株式会社及びゼノア株式会社から支払を受けた日当で申告済みの分は全額必要経費として容認されていると主張するが、被告は右日当については、原告が収入金額として申告しているので別表(二)には計上しなかつたのであつて、当該金額を必要経費として容認したものではない。
また、原告は青色申告書を提出する事業所得者であるから、所得税法一四九条の規定により各係争年分の確定申告書に所得税青色申告決算書を添付して提出しているが、その損益計算書には経費として租税公課、旅費交通費、通信費、接待交際費等の科目の決算額を計上している。
そして被告は右決算額をすべて必要経費として容認しているから、仮に、原告が右各会社からの日当を事業遂行上の直接または間接の経費として費消し、決算書のいずれかの科目に経理してあれば、結果的には右各会社からの日当をその限度で必要経費に算入したことになるが、日当即必要経費として容認しているわけではない。
3 原告は依頼者宇都宮回漕店株式会社より受任事務処理の報酬として昭和四五年七月に一、九三〇、〇〇〇円、同四七年四月に六九七、〇〇〇円を受領していたが、いずれも受領の際、所定の源泉徴収がなされていなかつたところ、同社は同四七年五月、原告に対し支払うべき報酬の一部である四二五、四〇〇円をもつて前記未徴収の源泉徴収税にあてた。したがつて右四二五、四〇〇円は報酬の一部であつて収入金額に算入すべきものであるが原告は右収入を申告しなかつた。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の主張1、2の各事実中、原告が別表(一)記載のとおり本件各顧問料を取得したこと、その受任事務処理のため事務所所在地外に出張する場合、その主張する如き出張費を受領したが、日当の一部を除いて事業所得の金額の計算上収入金額に算入しなかつたこと、被告が右出張費を事業所得の総収入金額に加算し、このうち旅費、宿泊費のみを必要経費として容認したが、日当についてはこれを否認したこと、及び同3の事実はいずれも認める。
2 本件各顧問料収入は事業所得であるとの主張は争う。
(一) 事業所得と給与所得の意義及び両者の区別についての被告の主張は大要これを争わないが、これによれば、給与所得は雇傭又はこれに類する原因にもとづき、非独立的に提供される労務の対価として受ける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付を意味するものであつて、報酬と対価関係に立つ労務の提供が、自己の危険と計算とによらず、他人の指揮命令に服してなされる点に事業所得との本質的な差異があるものというべきである。したがつて、提供される労務の内容自体が事業経営者のそれと異ならず、かつ、精神的、独創的なもの、あるいは特殊高度な技能を要するもので、労務内容につき本人にある程度自主性が認められる場合であつても、その労務が雇傭契約等に基づき他人の指揮命令の下に提供され、その対価として得られた報酬もしくはこれに準ずるものであるかぎり、給与所得に該当するというべきである。
所得税法二八条の給与所得とは専属的労務供給契約に基づくものを指すのではないことは同法一九四条一項五号に「二以上の給与等の支払者から給与等の支払を受ける場合には」という規定が存することからも明らかである。
なお、昭和二六年一月一日直所一-一所得税法に関する国税庁基本通達一〇七には「弁護士、税務代理士、医師のような自由職業者が会社等から受ける顧問料、手当等はこの支払を受ける時期および金額があらかじめ一定しているいわゆる固定給である等給与所得であることが明らかなものは」給与所得としている。
以上の観点から弁護士の顧問料収入を検討すると、弁護士が会社又は企業者との継続的労務供給契約(顧問契約)に基づいて会社又は企業者から求められた事項につき意見を述べ、鑑定を行うことによって会社又は企業者から定期、定額の支払を受ける報酬は給与所得であるというべきである。
(二) 被告の株式会社千疋屋総本店からの顧問料収入に関する主張は争う。
被告は、株式会社千疋屋総本店の顧問料につき、「法律相談の回数が増加したので通常の顧問料より高額となつたが、ビル完成後は通常の顧問料になつた」というが、これは事実に反する。法律相談の回数が増加したのではなく増加が予想せられたので改訂したのである。また、通常の顧問料とは何を指すか不明であるが、顧問料の額は予想される弁護士の労務の量によつて取り決めるのである。報酬の額が増加したことをもつて弁護士が顧問会社に供する労務が弁護士業務の一環であつて、その報酬が事業所得を構成するとみることはできない。
3 被告の本件各日当に関する主張は争う。
(一) 弁護士が受任事件処理のため事務所所在地外に出張する場合に依頼者から支払を受ける日当は、出張費のうち運賃、宿泊費に含まれない旅行中の昼食代その他の雑費の支払にあてるため実費弁償金として定額支給される旅費の一種であつて、弁護士の事業収入ではない。また日当は役務に対する対価たる性質を有しないので、いわゆる報酬ではない。このことは、刑事訴訟法三八条二項、民事訴訟費用等に関する法律二条五号、その他訴訟関係法令で日当を報酬と区別し、また、甲第六ないし第八号証の弁護士会の定める各報酬規則でも日当が報酬でないことを明定していることからも明らかで、日当は実費弁償金である。
およそ、事業所得における総収入金額とは、経費を差引き余剰(経済的利益)を生ずべき収入のことであつて、経済的利益を生じない収入、即ち、日当の如き実質弁償金は総収入金額に含まれないものである。
なお、所得税法九条一項四号の定めは実費弁償の性質を有する鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、食費等のように路程、日数、夜数に応ずる給付を対象とするものではなく、移転料、着後手当、扶養親族移転料、支度料、死亡手当等実額給付と断定しがたいものにつき所得税を課さないことを規定したものである。前者の路程、日数、夜数に応ずる給付は実費給付であることが明らかであり、右規定をまつまでもなく所得と考える余地のない給付である。
したがって、同条の規定を根拠に、給与所得者の旅費、日当宿泊費のみが同条により非課税所得とされているとの被告の主張は失当である。
(二) 仮りに日当が所得税法三六条の収入にあたるとすれば、それは旅費、宿泊料と同一性質をもつものであるから、同法三七条により必要経費として容認さるべきであり、これを控除して課税所得は算定さるべきものである。そして、所得税法上、申告の有無により必要経費の算定を左右する規定はないので、日当はその申告の有無を問わず総収入金額から控除して所得金額を算定すべきものである。
したがつて、被告が別表(二)の大日本機械工業株式会社及びゼノア株式会社から支払を受けた日当で申告済みの分は全額必要経費として容認し、原告の収支帳に記載のない日当のみを否認したのは違法である。被告は原告が日当を事業遂行上の直接または間接の経費として費消し、決算書のいずれかの科目に経理してあれば日当をも必要経費として算入したことになるというが、日当を費消したことは同一出張の旅費、宿泊費を容認したことからみて当然であり、被告は原告の決算書のいずれの科目にも経理していない旅費、宿泊費を必要経費として認めているのに、日当のみを容認しないのは違法である。若し、日当の如き必要経費につきその支出がなく、その額がそのまま課税所得として存在すると主張するのであれば、その事実は被告において立証する責任があり、申告者たる原告に日当の支出日、支出先、支出金額を個々具体的に主張立証する責任はない。
(三) 原告が出張に際し、日当から支出した金員について
(1) 依頼者三光デイーゼル工業株式会社の場合
原告は右依頼者から新潟地方裁判所長岡支部昭和四三年(ワ)第一四号売掛代金請求事件、他六件を受任したが、右依頼者の代表者は新潟県佐渡両津市在住で裁判所所在地に依頼者の事務処理をする者がいないので、原告は長岡出張に際し、証人の住所調べその他訴訟関係の事実調査をみずから行つたが、その費用は全て、原告が右依頼者から受け取つた日当から支弁した。
(2) 依頼者古川恒平の場合
原告は右依頼者から松山地方裁判所西条支部昭和四五年(ワ)第一八〇号建物収去土地及び建物明渡請求事件を受任したが、右依頼者は東京に在住し、右裁判所所在地には原告に協力すべき者がいなかつたので、原告は西条出張の際はみずから事実調査を行い、また開廷が午前一〇時の場合は、この時刻に間に合う汽車が西条駅に停車しないため新居浜駅で下車し、タクシーで裁判所に行かねばならなかつた。これらの費用は原告が右依頼者から受け取つた日当から支弁した。
したがつて、別表(二)の各日当は全て費消されたものである。
第三証拠<省略>
理由
一 本件各更正処分の経緯
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 本件各更正処分の違法事由の存否
1 手続的違法(理由附記の不備)の存否
(一) 請求原因2の(一)の事実中、本件各更正処分に関する各更正通知書(<証拠省略>)の各処分の理由欄の附記理由の各記載が原告主張のとおりであること、原告がその請求原因3で自認する被告の昭和四七年更正決定中に示された宇都宮回漕店からの収入金額四二五、四〇〇円の計上もれがあつたことはいずれも当事者間に争いがなく、また、<証拠省略>によれば、右各通知書には右各記載のほかいずれも別紙2が添付され、被告が本件各更正処分において収入金に加算した旅費、日当、宿泊費の内訳(支給者、収入の日時、金額)、及び昭和四七年分の別紙2の(注)には大日本機械工業株式会社の日当について、同四八年分の別紙2の(注)にはゼノア株式会社の日当についていずれも申告ずみであるとの記載があることが認められる。
(二) 原告本人尋問の結果によれば、原告は会計処理のため原告弁護士事務所の収支に関する帳簿(事業収支帳)と、事件依頼者の委任事務処理について依頼者の負担となるべき費用の収支に関する帳簿(受任事件金銭出納簿)の二つの帳簿を有しており、原告は前者の帳簿には原告が自己の事業所得の計算に必要であると判断した依頼者から受け取つた報酬等の収入金額、必要経費等を記帳し、後者の帳簿には原告が受任した事件について依頼者から受け取つた裁判所に納付する予納金等、委任事務処理のための費用で、原告が自己の事業所得の計算に必要のない依頼者からの預り金であると判断したものの収支を記帳していたこと、原告は依頼者から受け取る旅費、日当、宿泊費は原則として後者の受任事件金銭出納簿に記帳しておき、それを事業所得として申告しなかつたが、大日本機械工業株式会社(商号変更後の名称はゼノア株式会社)から受取つた日当については、右会社が右日当から源泉徴収をしたので、その事実を申告するため例外として前者の事業収支帳にその収入を記帳し、事業所得として申告したこと、原告は被告が税務調査の際、後者の受任事件金銭出納簿を調査し、右帳簿の記載に基づき申告されていない旅費、日当、宿泊費を収入に加算して本件各更正処分をなしたことを知つていたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) ところで、青色申告者に対し更正をするには所得税法一五五条二項によりその更正通知書に更正の理由を附記しなければならないが、右規定は更正をする税務署長の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的とするものであり、したがつてそれはまた、申告にかかる所得の計算が納税者の帳簿の正当な記載に基づくものである以上、その帳簿書類の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障したものである。
(四) これを本件各更正通知書の理由附記についてみると、前記認定事実によれば、右各通知書の処分理由欄の各2項に被告が事件経費帳を調査した結果、旅費、日当、宿泊費として支給された金員が収入計上もれであつたから収入に加算するとの記載があり(その内訳は別紙2に記載されている。)、各3項には旅費、宿泊費については旅費交通費として容認するとの記載がなされている。
右記載によれば、本件各更正処分が、原告の帳簿の記載を無視して他の資料によりなされたのではなく、原告が事件経費帳(前記、受任事件金銭出納簿を指す。)に記帳していた旅費、日当、宿泊費の収入が申告されていないので、これらを右帳簿に基づき収入に加算し、うち旅費、宿泊費については支出があつたものと推認し必要経費に算入してなされたものであること、要するに、その2項と3項の各記載を併せ読めば事件経費帳に記載がありながら所得として申告されていない旅費、日当、宿泊費のうち日当のみを所得としたことが容易に了解できるのである。
即ち、原告は源泉徴収された前記日当のみを収入として申告し、それ以外の別表(二)記載の各日当を申告していなかつたところ、被告がその未申告分について事件経費帳(受任事件金銭出納簿)に基づき収入に加算したことが前記各更正通知書の処分理由欄の記載から理解することができ、原告もそのことを十分に了解していたものであり、果してそうであるとすれば、更にすすんで右日当を必要経費に算入しなかつた理由についてまで附記する必要はないものというべきである。
蓋し弁護士が依頼者から受領する日当は、その事業所得の算出上必要経費に該当しないゆえにこれを控除しないとする判断が更正通知書全体の記載から読みとれる以上、青色申告の更正処分に理由附記を要求する法の趣旨は一応充足されたものということができるからであり、また、何故に右日当は必要経費に該当しないかという点は優れて法律解釈上の問題であつて、その説明的記載まで要求されているものとは解しがたいし、かかる理由の記載がなされないかぎり青色申告納税者の権利の保障に欠けるものとも考えられないからである。
よつて、本件各更正処分通知書の理由附記にはいずれも不備がなく、したがつて本件各更正処分に原告主張のような違法はない。
2 実体的違法の存否・その一
(本件各顧問料について)
(一) 原告が別表(一)記載の各顧問料収入を得たこと、被告が右収入を事業所得と認定して本件各更正処分を行つたことは当事者間に争いがない。
(二) ところで、所得税法二七条にいう事業所得とは自己の計算と危険において対価をえて継続的に行われる業務から生ずる所得をいい、他方、同法二八条にいう給与所得とは雇傭関係又はこれに準ずべき関係に基づく非独立的労務(従属的労働)の対価をいうものと解すべきであり、したがつて、この両者の異同は、所得の生ずる業務の遂行ないしは労務の提供が、前者は自己の計算と危険において独立性をもつてなされるのに対し、後者は対価支払者の支配、監督に服して非独立的になされるとともに自己の計算と危険を伴わない点にあるものと解するのが相当である。
(三) <証拠省略>によれば、原告は昭和四六年ないし同四八年当時、自己の法律事務所を有し、特定の事件処理及び法律相談等の業務をその内容として継続的に弁護士の業務を営んでいたこと、別表(一)記載の各顧問会社と原告の間の本件各顧問契約はいずれも口頭によつて締結され、右各契約において原告は右各会社の法律相談等に応じて法律上の助言をすることが義務づけられているが、この業務は原告の前記本来の弁護士業務とその内容において異ならないこと、右各顧問契約には勤務時間、勤務場所についての制限はなくこの契約は六、七社との間で締結されており特定の会社の業務に定時専従する等格別の拘束を受けるものではないし、仮に右各顧問会社からの訴訟事件の依頼があつたとしてもその事件を受任するか否かは全く自由であること、また原告は右各顧問契約に基づき各顧問会社から毎月定時に定額の顧問料を受け取つていたが、右会社中、株式会社千疋屋総本店から受け取つていた顧問料については、右会社が二つのビルデイングを建築するため、原告に対しそれに関連した法律相談をする回数が多かつた昭和四六年及び同四七年六月分までは顧問料は月額一〇〇、〇〇〇円であつたが、ビルデイング完成後は特別の問題もなくなり、相談回数も減少したので月額約二〇、〇〇〇円に改訂されたこと、右各顧問契約の実施状況についてみると、各顧問会社が多くの場合電話により、時には右各会社の担当者が原告の事務所を訪ねて、随時、法律問題等につき意見を求め、原告はその都度原告の事務所で、多くは電話により時には同事務所を訪れた担当者に対し口頭で(例外的にメモを手渡すこともある。)、右の法律相談等に応じて述べていたが原告の方から右各社に出向くことは全くなかつたこと、右の法律相談の回数は会社によつて異なり、月に一回というところから二年に一回というところもあること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(四) 前記説示、認定の事実からすると、本件各顧問料は、それが定期に定額が支払われる点で通常の給与所得と共通性を有してはいるが、本件各顧問契約に基づき原告が行う業務の態様は各顧問会社から監督、支配、介入等のなされる余地がなく独立性を有しているのであるから、右各顧問料が、定期に定額支払われることの一事をもつて各顧問会社と原告の関係を雇傭関係又はこれに準ずる関係とみることは相当でなく、むしろ、原告が自己の計算と危険において営む弁護士業務の一態様とみることができる。
したがつて、本件各顧問料収入は事業所得というべきであるから、被告が本件各顧問料収入を原告の事業所得と認定し、この認定に基づいてなした本件各更正処分には何らの違法はない。
3 実体的違法の存否・その二
(本件各日当について)
(一) 原告が別表(二)記載の各旅費(交通費)、日当、宿泊費の収入を得たこと、被告が右収入を事業所得と認定して収入金に加算し、うち旅費、宿泊費については必要経費に算入して本件各更正処分を行つたことは当事者間に争いがない。
原告は本件各旅費、日当、宿泊費を収入に加算したことが違法であると主張するが、被告は右出張費のうち、旅費、宿泊費については全額必要経費に算入しているのであるから、本件の争点は被告が本件各日当を収入に加算したこと及びそれを必要経費に算入しなかつたことにある。
(二) そこで、弁護士が出張の際、事件受任の時に取り決めた弁護士報酬とは別途に依頼者から受け取る日当の性質について検討するに、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すれば、それは弁護士が依頼者のために出張先で業務を行う必要上、自己の事務所所在地を離れ、比較的遠距離を列車等の交通機関により往復せねばならないこと、長時間当該事件のため拘束されること等に対する対価、即ち、報酬としての性質を有するものと解するのが相当であるが、一面、その中から出張中の旅費、宿泊費に含まれない少額の諸雑費が支出されることも予定されているものと推認され、その限度では実費弁償金としての部分をも包含しているものというべきである。以上の点と所得税法九条一項四号が給与所得費の出張者(但し、その旅行について通常必要と認められるものに限る。)を非課税所得としている反面、弁護士等の事業所得者については出張費を非課税所得とする旨の規定が存しないことを併せ考えれば、所得税法は弁護士の日当をも課税対象にしているものと解するのを相当とし、右日当は事業所得の総収入金額に加算されるべきものであり、日当が弁護士の事業所得算出上収入にならないとする原告の所論は採用できない。
そして、前記認定事実によれば原告は本件各日当を各依頼者から受け取つたのであるから、被告がこれを原告の事業所得の総収入金額に加算したことには何らの違法はない。
(三) 次に、原告は右日当は旅費、宿泊料と同一性質をもつものであるから、仮りに収入にあたるとしても全額必要経費として容認されるべきものと主張するけれども、弁護士が出張にあたつてその依頼者から受領する出張費中、旅費、宿泊料についてはその使途が比較的明瞭であるため、これを全額必要経費として容認するのは相当であるけれども、前認定の日当の性質に照らせばその経費性は必ずしも明瞭ではなく、これを旅費、宿泊料と同性質のものであるとして当然に必要経費に算入すべきものとは解されない。
また、事業所得の算出上、必要経費の存否及び額についての立証責任は原則として課税庁側にあるものと解すべきであるが、実額課税である青色申告において、課税庁が認定しなかつた簿外経費を納税者が訴訟において初めて主張する場合は、衡平の原則上具体的にその内容を主張立証することが必要であり、これがなされないかぎり客観的にみてその存否、数額について何らの確認の仕様がないときは、納税者の側で経験則に徴し相当と認められる範囲でこれを補充しえない以上、これを存在しないものとして取扱われても止むを得ないものというべきである。
そこで本件事案をみると、原告(青色申告者)は本件各日当を出張中の諸雑費、とくに出張先の最寄駅から裁判所等への往復等の交通費としてことごとく費消した旨主張し、原告本人尋問の結果にはこれに副う供述があるが、これらはいずれも支払先、支払年月日、支払金額等具体的でなく(このことは、そもそも日当は弁護士の収入に該当せず、仮りに該当するとしても、当然に経費に算入さるべきであるとする原告の立場からすれば、当然ともいえる。)、また、原告備付の帳簿には右主張に対応する経費の記帳がなく、これらのため客観的にその存否、数額について確認の仕様がないことを併せ考えれば、原告の右主張は採用できない。
よつて、被告が本件各日当について必要経費に算入すべき分を認定しなかつたことには何らの違法もない。
4 以上の理由により本件各更正処分には、原告主張のような手続的違法事由(理由附記の不備)及び実体的違法事由(所得金額を過大に認定したこと)のいずれも存しないものというべきである。
三 よつて、本件各更正処分及び本件各賦課決定はいずれも適法であり、これが違法であるとしてその取消を求める原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 安部剛 山下薫 高橋利文)
別表(一)(二)<省略>