大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(わ)2698号 判決 1978年6月29日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区銀座三丁目一〇番一九号所在の株式会社月刊ペン社の編集局長として、同社が発行する月刊誌「月刊ペン」の企画、編集、執筆等を担当しているものであるが、昭和五一年一月号以降連続特集を組み、諸般の面から宗教法人創価学会(以下単に創価学会と略称)を批判するにあたり、同会における象徴的存在とみられる会長池田大作の私的行動をもとりあげ、

第一  昭和五一年三月一日付発行の右「月刊ペン」三月号誌上に「四重五重の大罪犯す創価学会」との見出し(八〇頁)のもとに、「池田大作の金脈もさることながら、とくに女性関係において、彼がきわめて華やかで、しかも、その雑多な関係が病的であり、色情狂的でさえあるという情報が、有力消息筋から執拗に流れてくるのは、一体全体、どういうことか、ということである。こうした池田大作の女性関係は、なんども疑つてみたけれども、どうも事実のようである。」(八八頁乃至八九頁)、「このような俗界にも珍しいほどの女性関係をとり結ぶ、日蓮大聖人の生まれかわり(!!)、末法の本仏(!!)といわれる“池田本仏”が、煩悩に満ちた現実の人生から、理想の人生への変革を説く清浄にして神聖な仏教を語り、指導する資格は、絶対にない、ということだ。」(八九頁)、「池田大作の女性関係は、その数も多いが、まさに病的であるということ。創価学会の実体は、調査すればするほど日本版『マフイア』という以外に表現のいたしようがない存在であるが、ことさら池田大作自身によつて代表される非常に病的な邪教の実体には、ただただあきれるばかりである。」(九〇頁)旨執筆掲載したうえ、合計約三万部の右三月号を、同年二月五日ころ、月刊ペン社において直接頒布したほか、東京出版販売株式会社等を介し、東京都中央区銀座五丁目六番一号所在の近藤書店ほか多数の書店において、佐久間進ほか多数の者に販売・頒布し、もつて公然事実を摘示して池田大作及び創価学会の名誉を毀損し、

第二  前同年四月一日付発行の前記「月刊ペン」四月号誌上に「極悪の大罪犯す創価学会の実相」との見出し(七六頁)のもとに、「戸田・大本仏に勝るとも劣らない漁色家・隠し財産家“池田大作・本仏”」との小見出しをつけ(八七頁)「彼は学会内では“池田本仏”であり、その著書(?)『人間革命』が日蓮大聖人の『御書』と同じ地位に祭りあげられているにかかわらず、彼にはれつきとした芸者のめかけT子が赤坂にいる。これは外国の公的調査機関も確認しているところである。さらにT子のほかにもう一人の芸者のめかけC子が、これも赤坂にいるようである。ところで、そもそも池田好みの女性のタイプというのは<1>やせがたで<2>プロポーシヨンがよく<3>インテリ風―のタイプだとされている。なるほど、そういわれてみるとお手付き情婦として、二人とも公明党議員として国会に送りこんだというT子とM子も、こういうタイプの女性である。もつとも、現在は二人とも落選中で、再選の見込みは公明党内部の意見でもなさそうである。それにしても戸田のめかけの国会議員は一人であつたので、池田のそれは大先輩を上回る豪華さではある!しかも念のいつたことには、この国会議員であつた情婦のうちの一人を“会長命令”(!?)かなんかで、現公明党国会議員のWの正妻にくだしおかれているというのであるから、この種の話は、かりに話半分のたぐいとして聞いても、恐れ入るほかあるまい。」(八七頁乃至八八頁)、「池田大作が渡米のさいに買つた(?)、当てがわれた(?)という金髪のコールガールの話などを踏まえて、学会内部でさえ、昨年中世間をさわがせた共産党と創価学会との十年協定の背後には、女狂いの池田大作が、ソ連訪問旅行のさいに、K・B・G(ソ連秘密情報機関)の手によつて仕組まれた女性関係の弱身につけこまれた国際謀略の疑いさえある、といううがつた説を唱えるものもでている。」(八八頁)と、右記事中、落選中の前国会議員T子は創価学会員多田時子であり、同M子は同会員渡部通子であることを世人に容易に推認しうるような表現で執筆掲載したうえ、合計約三万部の右四月号を、同年三月五日ころ、月刊ペン社において直接頒布したほか、東京出版販売株式会社等を介し、前記近藤書店ほか多数の書店において、前記佐久間進ほか多数の者に販売・頒布し、もつて公然事実を摘示して池田大作、多田時子、渡部通子並びに創価学会の名誉を毀損し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件各所為は公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的をもつて、公訴事実記載の事実を摘示したものであり、しかも摘示した事実は被告人において真実と信ずるにつきやむをえない相当な根拠・資料をもつてこれを確信し、執筆掲載したものであつて刑法第二三〇条ノ二第一項の各要件を充足するものであるから、被告人は無罪である旨主張し、本件摘示事実が右公共の利害に関する事実に該当する理由として、

1  創価学会は、約七七〇万世帯、会員約一、〇〇〇万人を擁するといわれるわが国最大の宗教団体であり、創価学会に関する重要な関心事は単に同会内における内部的問題にとどまらず、広くわが国の社会全体にとつても重大な公共的関心事といえるものであり、

2  創価学会の会長たる地位は、日蓮大聖人の教義を身をもつて実践する指導者としての立場にあり、その社会的活動は社会一般の大衆に対し様々な形で影響を与えるのであるから、宗教家・指導者として池田大作会長のその地位にあることの適否は、全人格的判断がなされるべきであつて、私生活上の事実であるとしても、その者の社会的活動の適格性を判断する資料とされるべきである。

3  また多田時子、渡部通子についても、両名は現在創価学会婦人部の幹部として指導的立場にあるばかりでなく、元衆議院議員としての要職にあつたことを考慮すれば、本件摘示事実は単に私的問題にとどまらず、前記池田会長の場合と同様、右の地位にあることの適格性並びに創価学会の在り方・本質に関わりを有し、さらに創価学会のわが国において占める重要な地位からみて国民全体にも多大な影響を及ぼす重要な公共的関心事であるから、社会全般の利害に関する事実というべきである、

と主張する。

よつて按ずるに、刑法第二三〇条ノ二第一項は、刑法第二三〇条第一項の公然事実を摘示し人の名誉を毀損した行為であつても、その摘示されたところが公共の利害に関する事実であり、その行為の目的が専ら公益を図るに出たものであるときは、その事実の真実であることが証明されれば、名誉毀損罪の成立が阻却され罰せられない旨規定しているものである。従つて、公然事実を摘示して人の名誉を毀損した行為であつても、右第二三〇条ノ二により名誉毀損罪の成立が阻却され罰せられざる結果となるためには、まず摘示された事実が公共の利害に関する事実でなければならない。そして、その公共の利害に関する事実とは、基本的人権の尊重と個人の尊厳の維持を定め、かかる社会の維持・発展・進歩のための批判の自由やその基礎となる事実の報道の自由を含む言論・出版の自由を保障している憲法のもとにおいて、個人の名誉の保障と言論・出版の自由との調和を図り規定された右刑法第二三〇条ノ二の法意に照し、その摘示された事実が公・私いずれの生活上のものであるかを問わず、一般社会又は関係部分社会の利害に関するもので、その事実の公表がその社会のために有益であり、そのための必要性を有するものであることが相当程度明白なものであることを要するものであるから、右事実の公表が一般社会・一般公衆に向けて公表された場合には、これにより名誉を毀損される者が一般社会の利益にかかわるべき地位・立場にあるもので、その事実摘示・公表の手段・方法を併せ考慮し、これにより名誉を毀損される者の名誉に対する侵害の程度をも参酌してもなおこれを摘示表現することが一般社会にとつて有益・必要であり、その必要の限度内にとどまつているか否かによつて決められるべきものである。

そこで、本件についてみると、まず各摘示事実は、一般大衆を対象とする総合雑誌である月刊誌「月刊ペン」に掲載され出版という方法によつて公表されたものであつて、その内容は前記判示の通り三月号に「四重五重の大罪犯す創価学会」、四月号に「極悪の大罪犯す創価学会の実相」「漁色家・隠し財産家池田大作」等との見出しのもとに、同会会長池田大作が女性関係において病的・色情的であり、妾の芸者がいるほか元国会議員のお手付き情婦多田時子・渡部通子がいる等というものであり、かかる記事が池田大作・多田時子・渡部通子の名誉を毀損し、右池田大作が会長の地位にあり多田時子・渡部通子が婦人部幹部の地位にある創価学会の名誉を毀損するものであることは明らかである。

そして、前記の事実が公共の利害に関するものと認められるかどうかについて検討すると、なるほど創価学会は弁護人の主張のとおり大規模な団体ではあるが、本来個人の自由にゆだねられた信教に関する集団である宗教団体であり、右池田大作等が前記のとおりの地位にあるもののその地位とても私的自治にまかされている宗教団体内の地位にすぎないものではあるが、その言動は事柄によつては社会上ある程度影響があるものであるから、右池田大作等の言動やこれに関する事項は抽象的にみた場合一定の限度内において公共の利害に関係を有することがあり得るものであるが、前述のとおり本件摘示事実は宗教団体である創価学会の会長池田大作の私生活上における不倫な男女関係の醜聞を内容とするものであつて、その表現方法も不当な侮辱的・嘲笑的表現を用いているばかりでなく、その文体・内容においても「色情狂的でさえあるという情報が流れてくる」、「なんども疑つてみたけれども、どうも事実のようである」、「芸者のめかけが赤坂にいるようである」、「この種の話は、かりに話半分のたぐいとして聞いても恐れ入るほかあるまい」、「女性関係の弱味につけこまれた国際謀略の疑いさえあるといううがつた説を唱えるものもでている」等の表現のもとに不確実な噂・風聞をそのまま取り入れているのみならず、元米軍情報機関関係者(CIC要員)と自称する安藤龍也こと武井保からの書面に記載されている文章を、右武井保の身元の確認等を含む適切な調査もしないで、そのまま転写して前示の事実摘示の記事にしている個所も少なくないものであり、このような事項に関しての、このような噂・風聞を、右のように適切な調査・検討のないままに、右のような表現方法をもつて、一般大衆を対象とする雑誌に執筆・掲載して広く一般社会に公表することは、一般公衆に対する警告あるいは社会全般の利益の増進に益する等の効果があるとは認められず、反面右のような侮辱的・嘲笑的な表現方法によつて不確実な噂・風聞という形で右のような私生活上の男女関係の醜聞を摘示・公表された者が受ける名誉の侵害は重大なものがあると認められるところである事情を参酌して、総合的に考慮すれば、本件摘示事実を一般社会に公表することは公益上有益とは認められず、又公共の利益を保持するための必要があるものとは認められない。とすれば、本件摘示事実は「公共の利害に関する事実」に係る場合に該当しないものというべきであるからその余の「その行為の目的が専ら公益を図るに出たものであること」及び「事実が真実であること」等の要件の判断に立ち入るまでもなく、被告人の本件各所為は刑法第二三〇条ノ二第一項に該当しないものといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の池田大作・創価学会に対する各所為及び判示第二の池田大作・多田時子・渡部通子・創価学会に対する各所為はいずれも刑法第二三〇条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するところ、右各所為はそれぞれ一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により各一罪としていずれも犯情の重い(判示第二については最も重い)池田大作に対する名誉毀損罪の刑で処断することとし、それぞれ所定刑中懲役刑を選択し、右各罪は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるので、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を処断することとする。

そこで情状について按ずるに、被告人の本件各犯行は、前述のように「月刊ペン」の執筆者の一人でもあり編集責任者である被告人が、当初の意図においては宗教上の見解から創価学会の教義・教理を批判することにあつたとはいえ、本件の三、四月号の発行にあたつては、同会歴代会長の私生活上の行動を公表し、仏教の根本理念に照して欺瞞性があるとして批判する特集を企画し、元米軍情報機関関係者(CIC要員)と自称する安藤龍也こと武井保から提供された同会会長池田大作に関する男女関係の醜聞を暴露する内容の情報をその信憑性について十分な調査・確認をしないまま自己の執筆する記事にそのまま取り入れ、かかることにより生ずる結果についても考慮することなく毎月約三万部印刷される「月刊ペン」誌上に発表し販売・頒布したものであつて、執筆者としてこのような情報の真実性について十分な調査をおこたり、雑誌編集者としてこのような記事が掲載された雑誌を印刷し販売・頒布するに際し慎重な判断を欠いたものであり、その摘示事実の表現方法は噂・風評をあげ侮辱的・嘲笑的なものであつて、これにより蒙る被害者らの被害を考え併せると、被告人の犯情・刑責は軽いものとはいい得ないものである。しかしながら、被告人の本件所為に至る本来の意図は、興味本意あるいは金銭的利得を企てたものではなく、自己の宗教上の知識・見解から創価学会の教義等を非としこれを批判しようとしたものであり、前記の様な調査・配慮をおこたり欠くにいたり、前述の様な表現方法となつた原因の一端には、被告人は過去においても創価学会批判の著書の出版を同会から妨害されたことがあり、これに対する憤激の情があつたものと推測し得るところであること、及び被告人の長年にわたる言論執筆出版活動において、本件類似の事件を犯したことが全くないばかりでなく、他の前科・前歴もないこと等の事情が認められるのみならず、本件について被告人が被害者らに対し遺憾の意を表わし被害者らも被告人に対し寛大な処分を望んでいるものであるから、かかる点も含めて考慮したうえ、被告人を懲役一〇月に処し、刑法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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