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東京地方裁判所 昭和51年(ソ)12号 決定 1976年11月09日

抗告人 株式会社殖産相互銀行

相手方 田中七郎

主文

一  原決定を取消す。

二  相手方の別紙物件目録記載の不動産に対する競売手続停止決定の申立を却下する。

三  本件抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  抗告人は、「原決定を取消す。」との裁判を求め、その抗告理由は、別紙記載のとおりである。

二  よつて按ずるに、民事調停規則六条による競売法による競売手続停止の制度は、紛争の実情により事件を調停によつて解決することが相当である場合、例えば、債務者に誠実な義務履行の意思と将来におけるその可能性とが認められ、かつ、債権者において直ちに完全な満足を受けなくても、その経済上甚だしい影響を及ぼさないと認められるのにかかわらず、債権者による現在の権利実行が債務者の生活を危たいに瀕せしめる場合などにおいて、調停の目的となつた権利に関する競売法による競売手続の進行により、債務者の経済的基礎が破壊され、その結果債務者の誠実な債務履行の意思やその可能性が失われて調停の成立が不能になり、または著しく困難になるのを防止し、もつて調停手続の円滑な進行を図るのを目的とするものと認められる。

そこで右見地にたつて本件をみるに、本件記録及び豊島簡易裁判所昭和五一年(ノ)第二九号債務協定調停事件記録ならびに当審における相手方審尋の結果を総合すれば、別紙物件目録記載の不動産に対する競売手続がなされた根抵当権の被担保債権は、抗告人・相手方間の昭和四八年一月三〇日及び同年九月二五日各締結の相互銀行取引、手形・小切手貸付等を内容とする継続的取引契約に基づき、昭和四九年九月三〇日、返済期昭和五〇年五月六日、遅延損害金年一八・二五パーセントとの約定のもとに抗告人から相手方に貸付けられた貸金残金五、六〇〇万円及びこれに対する返済期後の昭和五〇年五月一〇日から完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金債権であること、抗告人は、右返済期後の同年一〇月一日、東京地方裁判所に対し右根抵当権に基づき本件競売の申立をなし、同日、同裁判所は競売手続開始決定をなしたこと、相手方は昭和五一年二月二八日、抗告人を相手方として、豊島簡易裁判所に対し、右債務の弁済方法につき債務協定調停の申立をなすとともに、右競売手続の停止決定を求める申立をなし、同簡易裁判所は、同年三月二日、右競売手続の停止の決定をなしたこと、右調停事件は、その後四回の調停期日を重ねて結局同年六月二五日不調となつたこと、右調停手続において相手方は、一か月金一〇〇万円宛の割賦弁済の提案をなしたにすぎず、これに対し、抗告人側においては、相手方の債務弁済の誠意の有無及びその支払能力の程度について信を措くことができないとし、かつ、本件競売手続により右債権は十分回収しうる目途があり、他方相手方は右手続により本件不動産を失うほかは経済的基礎を破壊されることはないとの見解から、右の提案には全く応じなかつたこと、抗告人は、右調停不調後、直ちに前記競売手続の続行申請をなし、東京地方裁判所は、続行後の第一回競売期日を昭和五一年九月三日午後一時と指定したこと、ところが、相手方は、同年八月二八日、同簡易裁判所に対し、再び、抗告人を相方として、既に経由した右調停手続において合意をみるに至らなかつた相手方提案の調停試案とほぼ同旨の内容である相手方は申立人に対し、貸金債権金五、六〇〇万円につき損害金の免除及び元利金につき一か月一〇〇万円宛の分割弁済を認める旨を申立の趣旨として債務協定調停(以下本件調停という)の申立をなしたこと、相手方は、右申立と共に再度本件不動産に対する競売手続停止の申立をなし、同簡易裁判所は、同年九月一日これを容れて停止決定(原決定)をなしたこと、相手方は前記競売手続開始決定以降現在に至るまで抗告人に対し全く前記債務の弁済をしていないばかりか、本件調停が不調に終つたときは、さらに右述の条件での割賦弁済による債務協定調停を申立て併せて競売手続停止決定を求める申立を繰返すとの態度を表明していること、前記債権に対する遅延損害金は一日当りに換算して約二万八、〇〇〇円の割合で発生し、本年九月末日現在既に一、四〇〇万円を超える多額となつていることが認められる。

以上認定した諸事実、ことに相手方が本件調停を申立るに至つた経緯、現在相手方が抗告人に対して負担している債務の状態及び相手方の右調停に望む態度に徴すると、相手方が果して誠実な債務者として抗告人に対して負担する債務を履行する意思及びその可能性を有するかどうか甚だ疑わしいといわざるを得ないから、抗告人、相手方間の本件紛争を調停によつて解決することが相当であるとはたやすく認め難い。このような状況の下において相手方から調停の申立があつたからということだけで、本件競売手続の停止を命ずることは、到底前叙の制度の趣旨にそわないものというべきであるから結局相手方のした本件競売手続停止の申立は権利の濫用に該るものであつて許されないものというべきである。

してみると、相手方の本件競売手続停止の申立は理由がなく却下を免れないものであり、これと趣旨を異にする原決定は不当として取消すほかないものである。

三  よつて、民事訴訟法四一四条、三八六条、八九条を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 川上泉 寺西賢二 梶村太市)

(別紙)抗告の理由

一 抗告人は債権者として田中七郎を債務者兼所有者として、別紙目録記載の不動産につき不動産競売手続の申立をなし、東京地方裁判所昭和五〇年(ケ)第七一三号で昭和五十年十月一日、その手続開始決定を得た。

二 右競売事件の不動産競売期日は、昭和五十一年三月五日午後一時と決定され、その期日の通知を受けたが、これより前右田中は豊島簡易裁判所に対し民事調停を申立、それに基きその調停事件終了まで、右競売手続の停止を申立て同庁に於て昭和五十一年三月二日同庁昭和五十一年(サ)第三〇二号事件として右競売手続停止決定がなされ右競売事件は停止された。

三 右調停の豊島簡易裁判所昭和五十一年(ノ)第二九号の調停事件の最初の期日から債務者田中七郎には誠意なく、一日約二万八千円の遅延損害金が生じ、最低競売価額は三八〇三万円也であり、申立債権元金で五六〇〇万円あり、右元金につき昭和五十年五月十日から完済まで年一八、二五パーセントの割合による遅延損害金債権を有し日々刻々損害が累積するので調停不調を抗告人は申立てた。

右田中は、代理人が山形市在本店で陳情するというので、やむなくそれを待つていた、結局本店の直ちに競売を続行すべしとの見解を右田中が山形市まで行つて確認し、結局昭和五十一年六月十五日の調停期日に於て、本来不調となるべきところ、田中七郎本人を出頭させてあきらめさせるので今一回続行ということになり、同月二五日右田中は約束に反して出頭せず最初から抗告人主張の通り、同日調停は不調となつた。

四 抗告人は直ちに同日調停不成立による調停終了証明申請をなし、翌日その証明を得て、右競売手続の続行を受け、続行後の第一回競売期日が昭和五十一年九月三日午後一時と指定され、抗告人はこれを競落すべく関係者間を奔走して待期したがまたもや右原決定の如く、競売手続の停止となつた。

五 全く予測外のことである。

原決定には左の違法瑕疵がある。

(一) 原決定の基礎たる民事調停は、既に昭和五十一年(ノ)第二九号事件のむしかえし同一事件であり、それは既に本年六月二十五日不調に終つている。同一事件ないし実質同一事件についての競売手続再度の停止は、再訴の禁止等の法の趣旨からしても許されない。

(二) 前回の調停に於て、抗告人は全額の弁済あるときのみ話し合に応じ、全額一時弁済あれば競売申立を取下げるそれ以外調停に応ずる意思もなく、今度の右簡易裁判所昭和五十一年(ノ)第一二二号の調停事件の調停に応ずる意思は全くない。本店の意思も前回と同様であり、その後も不変である。

(三) これは手続的にも違法である。前回の調停が不調に終つた事件を故意に黙否して裁判所の判断の資料に欠缺をもたらしたものである。当然に関連事件として引用すべき前回の調停事件の内容を故意に作為をもつて黙否して、云はば裁判所を欺罔して競売手続停止決定を騙取したと云うべくその手続における違法があり、実質的にも詐取行為という一つの不法行為であり実質的にも違法であり、公序良俗に反する全体行為として直ちに原決定は取消さるべきである。田中七郎本人は勿論のこと前回と今回の調停の代理人の事務所は全く同一のところであり、今回代理人に於ても当然前回の調停不調終了を知悉していたものと想定される。

(四) 最低競売価額は前記の如く三八〇三万円であり債権元金は五六〇〇万円でありその遅延損害金は一、〇〇〇万円を越え刻々損害が殖える状況で、債権者の抵当権実行の権利ひいては憲法によつて保障されている個人の基本的財産権利益を危殆に陥れ不法に侵害することとなる再度の本競売手続の停止決定は許されない。

(五) (四)記載の如く損害が累積される蓋然性が極めて高く、一方、申立人は一般庶民の金融機関として預金積金を受け入れ、云はば国民大衆の汗の一滴たる受入預積金を運営して、利子をつけ、国民大衆に還元して資金を貸付ける社会的責務がある。徒らに損害額拡大を看過することは、顧客たる国民大衆に対する背信行為となり、これを国民のための裁判所は放置する筈がない。当行の貸付金の回収は一般国民の多くの人の利益財産を保護するものであり、社会性が高いこと、一方相手方は債務の支払を延滞しているものであること、即ち相手方に違法があり相手方は一人であり、申立人多数の健全な国民の金銭をその人々の利益のために預つていること公共の福祉の一端を申立人は荷つていることを留意され憲法上の国民の権利保護、公共性の優先の見地から判断され、直ちに右競売手続の停止を解くべきである。

前述の如く、直ちに無担保、無条件で右競売手続の停止を解き、その続行を求めるため本申立に及ぶものである。

(別紙)物件目録<省略>

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