東京地方裁判所 昭和51年(ヨ)6708号 決定 1977年2月28日
債権者
入野トミ子
右訴訟代理人弁護士
五十嵐敬喜
債務者
津吉三千代
債務者
大長埼建設株式会社
右代表者
帆足秀男
右両名訴訟代理人弁護士
小山出来雄
主文
一 債権者入野トミ子が、債務者らのために、この決定送達の日から一〇日以内に保証として債務者らのため全部で金六〇〇万円をたてることを条件として、債務者らは債権者に対し東京都港区西麻布四丁目一七六番二〇宅地474.67平方メートルに建築中の別紙建物目録記載の建物につき、別紙図面(一)(両側立面図)、同図面(二)(北側立面図)、同図面(三)(四階平面図)の各赤斜線部分で特定される建築部分の建築工事をしてはならない。
二 債権者のその余の請求を却下する。
三 申請費用は債務者らの負担とする。
理由
第一申請の趣旨および申請の理由は別紙添付「不動産仮処分申請」書写のとおりである。
第二当裁判所の認めた事実
当事者間に争いのない事実並びに本件各疎明資料、債権者、債務者ら各本人審尋の結果を総合すると、次の各事実が一応認められる。
一、当事者
(一) (債権者)
債権者は昭和三四年来前掲住所地に655.40平方メートルの宅地(以下、「債権者宅地」という)を所有し、且つ、右土地上に一階219.15五平方メートル、二階174.76平方メートルの二階建居宅(地下一階37.78平方メートル)(以下、「債権者居宅」という)を所有し、母(八一歳)および子供とともに生活をしている。
(二) (債務者)
債務者津吉三千代(以下、「債務者津吉」という)は、債権者宅地に隣接する東京都港区西麻布四丁目一七六番二〇所在の宅地474.67平方メートルの宅地(以下、「本件土地」という)を所有し左記記載の建物(以下、「本件建物」という)を建築すべく、昭和五一年八月一九日建築確認申請をとり、建設を業とする債務者大長崎建設株式会社に本件建物建築工事を請負わせ本件建物を建築しようとしている。
債務者らが計画している本件建物の概要は以下の如くである(なお、建築基準法(法律第八十三号「建築基準法の一部を改正する法律」による改正前のもの)違反の事実はない。又、港区には中高層建築物の建設に関する指導要綱は存在しない。)。
1 用途 共同住宅(マンシヨン)
2 構造 鉄筋コンクリート
3 工事種別 新築
4 階数 四階建(但し、地下一階)高さ13.400メートル
5 敷地面積 471.89平方メートル
6 建築面積 306.00平方メートル
二、本件土地の地域性
本件土地並びに債権者宅地の存する西麻布四丁目(以下、「本件地域」という)は都心部に近いところに存在しいわゆる高級住宅街であり、東を西麻布三丁目との境界道路、西を南青山七丁目との境界道路、南を日赤中央病院前道路(以下、「日赤前道路」という)、北を放射二二号線で囲まれた地域であり、都市計画法上の指定は従前は住居専用地域、第二種高度地区、第三種容積地区であつたが、昭和四八年一一月以降第二種住居専用地域、第三種高度地域、容積率三〇〇%に指定された。
本件地域の現況・実態についてみると、本件地域内には階層別には一―二階建の建物が殆んどの低層住宅街であり、七階以上の高層建築は北を走る放射二二号線にそつた部分と東側の西麻布三丁目との境界道路にそつた部分に存在するのみである。又、用途別にみると、独立住宅が大半を占め、共同住宅兼住宅、共同住宅を含めると大半が住宅に使用されている住宅地域といつてよい。更に構造別にみると、木造造(軽鉄造を含む)が大半を占めており木造住宅街といつてよい。
本件土地は西麻布四丁目の南側に存し日赤前道路(幅員一一メートル)に面している。
債権者宅地東側には高さ13.640メートルの高陵中学校、西側には高さ一一メートルのジヤーデイン・マセソン笄町アパートが存在する。
三、日照被害の状況
(一) 従前の日照の状況
債権者は前同高陵中学校によりほぼ午前中の日照を、前同ジヤーデイン・マセソン笄町アパートにより夕日をそれぞれ奪われていたものの、午後の日照は確保されていた。
(二) 本件建物の完成によつて債権者が受ける冬至期における日照被害の状況
1 (本件建物自体による日照被害の状況)
(1) 債権者居宅一階南側壁面中央開口部且本件土地地盤面よりGL一メートル(なお、債権者宅地と本件土地には0.5メートルの高低差があり債権者宅地の方が五〇センチメートル高い)において
日影は午前一〇時五〇分ころ(以下、時間はいずれも「ころ」であるがこれを省略する。)から日没まで。
(2) 債権者居宅前面(南面)の庭(南一二メートル、東西二七メートル、合計三二四平方メートル。日本式庭園)の中央(この中央点は本件土地の敷地境界線から五メートルの内側の中央)且本件土地地盤面よりGL一メートルにおいて日影は午前九時四五分から日没まで。
2 (債権者居宅の東側に存在する前同高陵中学校および西側に存在する前同ジヤーデイン・マセソン笄町アパートの複合日影の状況)
(1)(ⅰ) 債権者居宅前同壁面中央開口部且本件土地地盤面よりGL一メートルにおいて
日影は日の出から午前一〇時七分までおよび午前一〇時五〇分から日没まで。
日照時間約四三分。
(ⅱ) 前同壁面中央開口且債権者宅地地盤面よりGL一メートルにおいて
日影は日の出から午前九時四五分までおよび午前一〇時五五分から日没まで。
日照時間約一時間一〇分。
(ⅲ) 前同壁面中央部且債権者宅地地盤面よりGL1.5メートルにおいて
日影は日の出から午前九時四五分までおよび一一時二五分から日没まで。
日照時間約一時間四〇分。
(2) 前同庭の中央で且本件土地地盤面よりGL一メートルにおいて
日の出から日没までが完全日影となる。但し、春秋分時において一三時一五分ころから一五時までの約一時間四五分の日照を与える。
四、本件建物の建築目的
本件建物はいわゆる賃貸マンションとして建築されるものである。なお、債務者津吉は肩書住所地に居宅を所有している。
五、被害の非回避性
本件日照の被害は債権者宅地全体に亘るため、債権者において建物を改造する等によつても直ちにその被害を回避できる性質のものではない。
六、当事者間の接衝の経緯並びに設計変更の可能性
(一) 債務者らにおいて本件建物建築に関し債権者と接衝を持ち始めたのは昭和五一年四月下旬ころからであり、その後何回か日影図等の図面交付に関し交渉があり、八月一三日債権者および前同ジヤーデイン・マセソン側から債務者らに高さを三階にして欲しい旨の手紙が着き、建築確認許可のおりた八月一九日に債務者らは爾後の交渉は港区調整委員会で話し合うという念書を債権者ら関係者の間で作成した。その後九月一八日同調整委員会において債務者らと債権者も含めた近隣者間で設計変更につき接衝をなし、その席上債権者は本件建物の高さを一〇メートル三階建にして欲しい旨の希望を出したが、債務者津吉は元来五階建は近隣のことをも考慮して四階建にしたものであり、又、債権者への日影も考慮して本件建物を南側道路ぎりぎりに建てたこと、又、債権者らのプライバシーは尊重するつもりである旨を説明したうえ、三階建では採算はとれない、日照に関しては金銭補償により解決をして頂きたいということで結局物別れとなつた。なお、この間債務者は塔屋の位置を若干移動し本件建物の東西角を若干切り落してはいるものの、その余の設計変更は前同採算上の都合から無理である旨主張し拒否した。なお、債務者らは当初九月二八日着工の予定であつたが、話し合いの余地を残すべく着工は一〇月一五日までに延期した。
(二) 裁判所における審理において、債権者はその申請書において当初本件建物の全面差止を求めたが、後日三階にしても法律第八十三号「建築基準法の一部を改正する法律」第五十六条の二別表(に)、(二)の中間値に違反するが三階までは許容限度として建築を認めるという態度を示した。しかし、これに対して、債務者は採算上の理由からこれを強く拒絶した。債権者は更に設計変更につき譲歩し左記案を提案し(変更後の請求の趣旨とほぼ同じ範囲(塔屋部分の一部を削除を除いて全て同じ)の設計変更を内容とした案)、債務者も設計変更案三案(内一案は撤回)を提示した。そこで、各場合に債権者の受ける各冬至期における日照阻害について検討すると次のようになる。
1 別紙図面(四)記載のA、B、C、D、E、Fの各点を直線で結ぶ範囲に設計を変更した場合(以下、「債権者案」という)
(1) 前同壁面中央開口部且本件土地地盤面よりGL一メートルにおいて
日影は日の出から一〇時七分までおよび一二時三〇分から日没まで。
日照は一〇時七分から一二時三〇分までの約二時間二三分。
本件建物が完成図通り四階建となつた場合より約一時間四〇分長く日照を享受しうる。
(2) 前同境界線より五メートル内側中央且本件土地地盤面よりGL一メートルにおいて
完全に終日日影となる(但し、春秋分時には一三時一五分から一五時までの約一時間四五分の日照が享受できる)。
2 別紙図面(五)記載の、a、b、c、dの各点を直線で結ぶ範囲に設計を変更した場合(以下、「債務者第一案」という)
(1) 前同壁面中央開口部且債権者宅地地盤面よりGL1.5メートルにおいて
日影は日の出から九時四五分までおよび一二時四〇分から日没まで。
日照時間二時間五五分
(2) 債権者居宅南側壁面右端より一メートル且債権者宅地地盤面よりGL1.5メートルにおいて
日影は日の出から九時五分までおよび一一時一〇分から一四時三〇分までおよび一五時三〇分から日没まで。
日照時間約三時間五分
(3) 債権者居宅南側壁面左端より一メートル且債権者宅地地盤面よりGL1.5メートル
日影は日の出から一一時三〇分までおよび一二時三〇分から日没まで。
日照時間約一時間
3 別紙図面(六)記載のa、b、c、dの各点を直線で結ぶ範囲に設計を変更した場合(以下、「債務者第二案」という)
(1) 前同壁面中央開口部且債権者宅地地盤面よりGL一メートルにおいて
日影は日の出から九時四五分までおよび一二時三五分から日没まで。
日照時間約二時間四五分
(2) 前同壁面中央開口部且債権者宅地地盤面よりGL1.5メートルにおいて
日影は日の出から九時四五分までおよび一二時四〇分から日没まで。
日照時間約二時間五五分
第三当裁判所の判断
一人間が生活の本拠とする土地建物において日照通風等の恵みをうけることは、健康で快適な生活環境を確保するための必要不可欠な生活利益であり、第三者の建物等の建築による当該生活利益の侵害は当該土地建物に対する利用の侵害といえ、かかる利益(人格的利益)を第三者により侵害された場合は、被害者側、加害者側および社会的事情等を総合比較較量したうえ、当該侵害またはそのおそれが社会生活上一般に受忍すべき限度を超えていると認める時は、第三者の他人に被害を与える行為は違法となり、被害者は物権法上の訴権理論を援用し物権を根拠として第三者の建物の建築の差止を請求しうる。
二そこで、前記認定事実を基礎に債務者らの建築しようとしている本件建物の完成によつて債権者にもたらされる日照の被害の程度が債権者の受忍限度を著しく超えるか否かについて検討する。
(一) 日照被害の状況(冬至期)
1 債権者は日照測定点を本件土地地盤面よりGL一メートルとし日影図を作成したのに対し、債務者は債権者主張の日照測定点に関し終始異議を述べ、債権者宅地よりGL1.5メートルでの測定を強く主張したので、まず、日照測定点についていずれの立場を採用するのが妥当かについて考えるに、債権者の土地利用方法は通常の土地利用のそれと相違せず、債権者主張の本件土地地盤面よりGL一メートルは実質上債権者宅地地盤面よりGL0.5メートルであり、その0.5メートルの高さは事実上床上の高さに該当し、これに、日照は全身で享受してこそ快適平穏な健康的生活が確保されることを合わせて考慮すると、日照測定点については債権者の主張が相当であると考える。
2 そこで、日照測定点を本件土地地盤面よりGL一メートルとして本件日照被害の状況を見ると、前記認定の如く本件建物が完成すれば、前同壁面中央開口部において日の出から午前一〇時七分までおよび午前一〇時五〇分から日没までが日影となり、日照時間は僅か約四三分となる。又、債権者居宅前面の庭の中央部においては、日の出から日没まで終日完全日影となる。このように、債権者は従来午後十分に享受して来た日照のほとんどを奪われる結果となり、債権者の快適で健康な生活環境が著しく侵害されることは明らかである。
(二) 本件土地の地域性・将来の発展性
かかる如く、本件建物が完成するならば債権者の受ける損害は甚大であるといわざるをえないところ、本件地域は前記認定の如く都市計画法上第二種住居専用地区、第三種高度地区と指定され中高層住宅を予定した住宅地であるので、その地域性・将来の発展性につき検討するに、本件地域は前記認定の如く昭和四八年一一月以降指定換えとなり将来中高層住宅化が予定されているところであるが、現在の土地の利用状況は主として低層住宅街、木造住宅街(軽鉄造を含む)といつてよく、高層建築は放射二二号線、東側西麻布三丁目との境界道路にそう部分の如く道路側の部分にあるといつてよく、疎明資料から認定される本件地域内道路の道路の狭さ並びに前記法律第八十三号による建築基準法五十二条(容積率)、五十六条の二(日影による中高層の建築物の高さの制限)の改正創設等から考えて、放射二二号線、本件土地を含む日赤前道路を前面道路とする敷地では開発が進むことは予測されるが、債権者宅地を含む主要道路の内側地域では、若干の変化は考えられるもののほぼ現状のまま推移すると予測される。なお、本件土地を含む日赤前道路を前面道路とする敷地では開発が進むことが予測されるとはいうものの、良好な建築空間の確保を指標して改正された容積率の引き下げ(前同法五十二条)並びに前同五十六条の二の創設による日影規制により無秩序な中高層建築は許されなくなると考える。
都市計画法上の公的な用途地域の指定を受忍限度の判断基準として考慮すべきは当然であるものの、地域性を判断する場合は、その将来の発展性も含め現在の土地利用の状況を基準とするのが相当であり、前記の如き現在の土地利用状況、将来の発展性からすると債権者の日照・健康で快適な生活は重く保護されなくてはならず、前記の如き債権者の日照の喪失を考えると、本件土地が日赤前道路を前面道路とする敷地であり開発が進むことが予測される土地であり、未だ前記当該条項号が施行されず、右に係る都条例の測定もみない現在では本件建物には現行建築基準法違反の事実はなく、債務者らの債権者との交渉過程を見ると建築の目的において債権者を害する意図を帯びた悪質なかけこみ建築とは認められないこと並びに前記用途地域の指定を十分斟酌しても、本件建物の完成により債権者の蒙る日照・健康で快適な生活への被害の程度は社会生活上一般に受忍すべき程度を超えているといつてよく、その日照を含めた健康で快適な生活を確保するため本件建物の完成は許されず設計変更を免かれないといわざるをえない。
なお、同法前記改正、創設条項号は未だ施行されず、それに係る都条例も制定されていないものではあるが、同法の改正案は既に昭和四九年三月下旬国会に提出され時間をかけて審議されて来ており、それは厳存たる社会的事実であり(なお、当該改正創設は真に住民の快適で健康的な生活への強い切望によりなされたものといつてよく、住民の快適で健康的な生活を侵害する無秩序な都市開発への強い反省に基くものであるといつてよい)、且同法は既に昭和五一年一一月一五日に公布され、その施行日も附則によれば公布の日から起算して一年を超えない範囲において政令で定める日から施行するとされていることからして、近い時期効力を及ぼすことは確実であり、かかる状況下においては未だ同法前記改正、創設条項号が効力を有しないとはいうものの、前記趣旨の下に生れた当該改正、創設条項号を受忍限度の判断基準の一つとすることは(勿論施行前であるから施行後のそれと比較して判断基準としての作用の度合は弱くなると考えるが)、社会的具体的妥当性を求めて生れた私法上の受忍限度論の理念に何等もとるものではない。確かに同法五十六条の二に係る都条例の制定には相当の日数を要すると想像されるが、その一事をもつて前記受忍限度の判断基準となることを否定することはできない。土地所有者、建築業者は当該条項号が公布されている現在においては、施行されていなくても、その趣旨を組み入れ将来の本件地域の実態に合わすべく施行後の建築物とバランスを失しないようその旨努力するは、その利潤の減少を犠牲にしても、日照問題が相隣関係の問題であることをも考えると、社会生活上要求される一般に忍ぶべき範囲内に入るといつてよい。よつて、本件地域の将来の発展性に関し同法前記改正、創設条項号を考慮することは相当であると考える。
(三) 設計変更
1 前記債権者案によると、前同壁面中央開口部且本件土地地盤面よりGL一メートルで日照を測定した場合、前記認定の如く本件建物完成による場合より約一時間四〇分長くなり約二時間二三分の間日照は享受しうることとなる。
2 このように、債権者案によれば債権者居宅南側壁面中央開口部において債権者に確保される日照時間は本件建物完成による場合より約一時間四〇分長くなるが、その時間は債権者の従前享受していた日照時間との関係、本件地域の実態・将来の発展性等からいつて債権者の健康で快適な生活を確保するためには必要最小限度のものであり、この限度で債務者らに設計変更を求めるは相当であると考える。加えて、前記認定の如き本件建物の建築目的、被害の非回避性を考慮するとなお更である。
しかし、疎明資料によるとこの約一時間四〇分の日照時間の延長は債権者案の塔屋東側半分の削除(債務者提案の削除の部分側)によりもたらされるものであり、同西側半分の削除は何等関係がないことが一応認められる。
3 そこで、同西側半分の削除を求める設計変更を債務者らに求めることの当否を検討する。
前同境界線より五メートル内側且本件土地地盤面よりGL一メートルでの冬至の日照は債権者が本件で差止を求める部分を全部認容したとしても、又、債権者案によるも、本件建物完成による場合と同様終日完全日影であり当該削除は庭の日照には何等影響がなく、唯、春秋分時において一三時一五分から一五時までの約一時間四五分の日照を与えるに止まるものであることからすると、債権者案は日照確保の点からすると意味がないとも考えられなくはない。しかも、疎明資料によれば債権者宅庭の範囲には高さ約五ないし六メートルの樹木(シイ高垣、マキ高垣)が約一ないし1.5メートルの幅で立ち並んでいることが一応認められ、この事実からすると冬至における従前の庭の地表の日照はほとんどないのではないかと推認され、このことからすると従前の庭の日照の喪失という点から当該西側半分の削除を求めるのは不当ではないだろうかとの疑問も生ずる。
しかし、当該高垣が従前冬至の日照を完全に庭から奪つていたとの適確な疎明はなく、かえつて他の疎明資料により認められるその木の間からもれる日照の存在、その日照によつて庭の地表が受けたであろう生命力を考えると、その従来有していた日照を本件建物の完成が奪うことは庭の樹木の自然のたたずまいを壊わすであろうことが推認されるので、冬至においては完全日影となり差がないものの少なくとも春秋分時において約一時間四五分の日照を与える結果となる同西側半分を削除することが、庭の最低限度の日照確保ひいては債権者の健康で快適な生活の確保のため(庭は住居と一体となりそこに生活する者の快適な環境を造りその健康で快適な生活を保障する)に必要であると考える。
更に、当該設計変更は冬至における日照には意味をなさなくても、債権者に仰ぐ天空の広さを与えるものであり、本件地域の前記実態、将来の発展性を合わせ考えると、良好な建築空間の確保という観点からいつて当該変更を求めることがその将来の発展性をも考慮した本件地域の実態に合致するものと考える。
このように、日照測定点を本件土地地盤面よりGL一メートルをもつて相当とし、債権者に確保すべき日照時間は前記認定時間をもつて必要最小限度であると思料する。
よつて、債権者案をして相当であると考えるので(後記一部却下部分は除く)、その余の債務者案に対する判断はここではあえて示さない。
4 債務者らも本件審理の過程おいて前記の如く設計変更案を提示したが、債権者案の範囲に比較するとその差は大きく、債務者らはその根拠として賃貸マンシヨンとして採算上困難である旨度々主張したのであるが、本件土地所有者として債務者津吉が本件土地の最大限最効率の有効利用を希求するは当然でありその気持も十分理解でき、その受ける損害も考慮すべき事情とはいえるが、日照は隣人の健康で快適な生活という人格的利益に係わる相隣関係の問題であることを考えると、その土地の利用は当然制約されざるをえない。債権者案の如き設計の変更をさせることが債務者津吉の利潤を減少させることは想像に難くないが、当該設計変更をしても、当該設計変更部分が全く使用できなくなるのではなく、その使用方法に変化を生ずるにすぎなく、部屋数は原案通り同数確保しうるものであり、確かにそのことによる賃貸面積の減少は債務者の利潤の減少を招来するが(当該設計変更をしても完成時の場合の二九〇%の充足率(96.66%)が275.84%(91.9%)になるものであり著しい低減をもたらすものではない)、未だこの程度の設計変更では採算を失することになるとは考えられず、賃貸人としての債務者津吉の存立が危険に瀕するとも考えられず、又、当該設計変更は建築学上も困難であるとも考えられないから、当該設計の変更を債務者に命じたとしてもその設計変更により失われる債権者の利益を考えると、それは社会生活上債務者として一般に受忍すべきものと思料する。更に、債権者の当裁判所における設計変更に関する譲歩、その理由を考慮すると叙上設計変更を債務者に命ずるは決して酷でないと考える。
5 しかし、債権者の求める塔屋部分の削除は日照の確保並びに良好な建築空間の確保という観点からいつてもその理由がない。
三従つて、債権者に最低限度必要と認められる日照・健康で快適な生活の確保のためには少くとも主文掲記の範囲内において本件建物の建築の差止めを命ずることが必要であり、更に、本件建物が当初の設計通りに完成すると後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから保全の必要性も認められる。
故に、債権者の本件申請は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余はこれを却下することとする。
なお、主文掲記の設計変更により生ずる損害等具体的事情を総合勘案すると右認容部分につき債権者に六〇〇万の保証を立てしめるのが相当であると思料する。
よつて、主文のとおり決定する。
(古屋紘昭)
申請の趣旨および申請の理由<省略>
別紙は(三)〜(六)<省略>