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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10796号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

『原告は、東京都中央区日本橋三丁目五番九号所在英邦社ビル内において「日本橋診療所」という名称で診療所を主宰している医師であり、伊藤怜子と昭和三一年に婚姻し、爾来昭和四九年頃迄普通の夫婦として生活を共にしてきたが、それ以降夫婦仲が悪くなり、怜子は実母の許で外泊することが多くなり、昭和五一年一〇月からは別居生活をするようになつた。ところで、怜子は、かねてから飲食店経営を志向していたところ、昭和五〇年五月訴外山田フードシステム株式会社代表取締役山田輝明と知り合い、同年一〇月以降同会社の経営にかかる料亭「おかむら」を無給で手伝うようになつた。ところが、右「おかむら」の経営状態は苦しく、そこで、怜子は、右山田から営業資金の融通の要請をたびたび受け、当初は同女自身の手持資金とか友人からの借入金をもつて融通していたが、その後その資金調達ができなくなり、そこで、昭和五一年一月頃、右山田から金一、五〇〇万円の貸主がいるので会つて貰いたい旨要請された。そこで、怜子は、同月二三日頃、当時の被告代表取締役であつた金井威憲と会い、同人に対し金一、五〇〇万円の融通を懇請し、その際、原告の承諾を得ていなかつたにもかかわらず勝手に原告を右債務につき連帯債務者とし、かつ本件建物に担保権の設定をしてもよい旨述べ、さらに、原告が医師であること等をも述べた。そこで、金井は、怜子の右言分について格別疑問を抱くこともせず、金一、五〇〇万円の融通をしてもよいことを述べると共にこの債権担保のため原告が連帯債務者兼連帯保証人となり、かつ本件建物に根抵当権を設定するに必要な書類として原告の委任状、印鑑証明書、本件建物の権利証、火災保険証書等を持参することを要求した。そして、金井は、翌二四日、原告に直接右連帯債務者兼連帯保証人となり本件建物に根抵当権を設定することの確認をするため原告の前記診療所に電話をしたところ、あいにく原告が不在であるということで右の点の確認をすることができなかつたが、電話口に出たのが看護婦であることを知り怜子の述べていることは間違いないものと判断した。そして、怜子は、同月二五日頃、金井に対し、本件建物の権利証、原告の印鑑登録証明書、委任状、原告を連帯債務者兼連帯保証人としその名下に原告の実印が押捺された根抵当権設定金員借用証書一通原告作成名義の本件建物に抵当権を設定する旨の担保差入証書一通、振出人が原告名義の小切手一通等の書類を持参して示した。しかし、右書類のうち、印鑑登録証明書は怜子が同月二四日原告の実印を勝手に持ち出しこれを利用して目黒区役所から交付を受けたものであり、その他の書類も怜子が原告の承諾を得ることなく原告不知の間に原告の実印を勝手に利用して作成したものである。』という事実関係のもとで、被告主張の基本代理権を認定したうえで、表見代理の正当理由につき以下のとおり判断した。

【判旨】

(三) そこで、被告に怜子を代理人として本件各契約を締結するにつき代理権を有するものと信じたことにつき正当な理由があつたか否かにつき検討する。

<証拠>によれば、被告の当時の代表者金井が怜子を代理人として右各契約を締結するに際し、怜子から先に認定した書類の交付を受けた外に原告および怜子の各実印を示されたこと、被告の主張する各書類の交付を受けたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、金井は、先に認定したところによれば、怜子の言葉を信用して同女に原告を代理する権限があるものと信じ、その確認の方法として原告の主宰していた診療所に電話したが、原告が不在でその点の確認を得ることができなかつたにもかかわらず、それ以上の方法をとらなかつたというのである。してみれば、金井には怜子に原告を代理する権限があるものと信ずるにつき正当の理由があつたものということはできず、民法一一〇条所定の表見代理は成立しないものというべきである。

以上のとおりであるから、被告の表見代理に関する主張は採用することができない。

(林豊)

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