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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1143号 判決 1983年11月14日

原告 株式会社 不二家

被告 立川美枝子 外一名

主文

一  被告立川美枝子は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載1の建物のうち同目録記載2の一、二階部分を引き渡せ。

二  同被告は、原告に対し、金二五三万八六六六円及び昭和五〇年一二月一日から右引渡しずみまで一か年金三四四万三〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  被告株式会社お菓子のコトブキは、原告に対し右建物の一階部分を明け渡せ。

四  原告の被告立川美枝子に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 主文第一、第三、第五項と同旨

(二) 被告立川美枝子(以下「被告立川」という。)は、原告に対し、金八八四万三〇〇〇円及び昭和五〇年一二月一日から別紙物件目録(一)記載1の建物(以下「新建物」という。)のうち同目録記載2の一、二階部分(以下「本件一、二階部分」という。)の引渡しずみまで一か年金六二四万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(三) 仮執行の宣言

2  (予備的)

(一) 被告立川は、原告に対し、金一三〇〇万円を支払え。

(二) 被告株式会社お菓子のコトブキ(以下「被告コトブキ」という。)は、原告に対し、金一〇九一万七〇〇〇円及び昭和五〇年一二月一日から昭和五八年一一月三〇日まで一か年金三七四万四六〇〇円の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(四) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  主位的請求関係

1  請求の原因

(一) (当事者)

原告は、一般大衆を相手とする洋菓子の製造販売並びに喫茶及びパーラーの経営を業とする会社であり、被告コトブキは、和洋菓子の製造販売等を業とする会社である。

(二) (対被告立川)

(1)  原告は、昭和二八年一月一五日、被告立川から別紙物件目録(二)記載の建物(以下「旧建物」という。)を次の条件で賃借し(以下「旧賃貸借」という。)、右建物の引渡しを受けた。

期間 二〇年(同日から昭和四八年一月一四日まで)

賃料 一か月金八万円(その後の値上げによつて昭和四八年一月当時は金二〇万円になつていた。)

敷金 金三五〇万円

特約 被告立川は、旧建物の滅失等により建物を再築したときは、原告に同建物を賃貸する。

(2)  原告と被告立川は、昭和四八年一月前半、次の事項を合意した。

ア 原告は被告立川に対し、旧建物を次の条件の下に明け渡す。

イ 被告立川は、同年一〇月末日までに旧建物所在地(以下「本件土地」という。)上に地上六階地下一階建坪一一坪のビルを新築する。

ウ 被告立川は原告に対し、右ビルの一、二階を次の条件で賃貸し、同年一一月一日引き渡す。

期間 二〇年

賃料 一か月金三〇万円

敷金 金二二〇〇万円(償却金四〇〇万円)

(3)  原告は被告立川に対し、同年一月中頃、右合意に従つて旧建物を明け渡した。

(4)  被告立川は、同年末ころ、新建物の建築に着手し、昭和四九年八月下旬同建物を完成したが、現在に至るも本件一、二階部分を原告に引き渡していない。

(5)  原告は旧建物において店舗(以下「中野店」という。)を開設して既に二〇年余り営業を継続し、同店は中野駅前に所在して相当の固定客を有し、原告の他の支店に比して営業成績も相当よく、利益店として位置づけられていたものであるから、原告が(2) の合意通り昭和四八年一一月一日に本件一、二階部分の引渡しを受け中野店の営業を再開したならば、次の利益を得べかりしものであつたが、被告立川の履行遅滞によつて右利益を喪失した。

昭和四八年一二月一日から昭和四九年一一月三〇日まで金三六四万八〇〇〇円

昭和四九年一二月一日から昭和五〇年一一月三〇日まで金五一九万五〇〇〇円

昭和五〇年一二月一日から一か年につき金六二四万一〇〇〇円

(6)  被告立川は、原告が旧建物において既に二〇年余り中野店として営業を継続し、同店が相当の固定客を有し相当の営業利益を上げていたことを知つていたから、(2) の合意が履行されれば、原告が右営業利益を上げることを予見していた。

(三) (対被告コトブキ)(次の(1) (2) を選択的に主張)

(1)  (債権者代位権に基づく明渡請求)

ア 被告立川は新建物の所有者である。

イ 被告コトブキは本件一階部分を占有している。

ウ 請求の原因(二)(2) の事実(原告と被告立川との間における本件一、二階部分の賃貸借契約等)と同旨

(2)  (賃借権に基づく明渡請求)

仮に被告らが主張する被告ら間における本件一階部分の賃貸借契約が成立したとしても  ア 請求の原因(二)(2) の事実と同旨

イ 原告は、昭和四九年八月七日、東京地方裁判所に対し、原告を債権者、被告立川を債務者とする本件一、二階部分の処分禁止の仮処分を申請し(同裁判所同年(ヨ)第五五一二号仮処分申請事件、以下「本件仮処分事件」という。)、同月八日同内容の仮処分決定(以下「本件仮処分」という。)がなされ、同月九日その旨の登記(以下「本件仮処分登記」という。)が経由された。

ウ 被告コトブキは、本件一、二階部分について、原告と被告立川との間において紛争が生じ、右部分について本件仮処分及び本件仮処分登記が存在することを十分承知しながらあえて原告に打撃を与える目的の下に被告立川から本件一階部分を賃借しその引渡しを受けたのであつて、このことは次の事実から認めることができる。

(ア) 被告コトブキは、原告の競業者として原告に追いつき追い越すことを最大の企業目的として、原告の意匠に類似した意匠を採用したり、原告が出店している場所のすぐ近くに店舗を開設したり、かつて原告のチエーン店となつていた経営者がたまたま被告コトブキのチエーン店へ鞍替えした場合にはこれを利用して原告には将来性がないかのように宣伝するなど商道徳を逸脱した行為を行なつてきた。

(イ) 被告コトブキは、原告が旧建物において中野店を開設して長い間営業を継続してきたことを知つていたし、同被告としても本件一階部分に店舗を出すについては数千万円の投資をするのであるから、同部分を賃借するに際してはその権利関係を確認するのは当然の常識である。

(ウ) 仮に被告コトブキがその主張する賃貸条件で本件一階部分を借りたのであれば、同被告による営業は大幅な赤字が予想され、企業として同所に出店するメリツトは全くないのであつて、実際には被告立川と被告コトブキ間の賃貸条件は同被告に一方的に有利なものであつた。

エ ところで、原告の本件一、二階部分の賃借権は、旧建物について右のとおり、二〇数年に亘り使用してきた経緯から物権と同程度の保護が与えられるべきであり、また、原告が得た本件仮処分登記をもつて、賃借権についての登記を経由したと同視されるべきであつて、対抗力を備えた賃借権と同様に賃借権それ自体の効力として妨害排除が認められるべきである。

(四) よつて、原告は、被告立川に対し、本件一、二階部分についての賃貸借契約に基づき本件一、二階部分の引渡し並びに右契約の債務不履行に基づき金八八四万三〇〇〇円及び昭和五〇年一二月一日から右引渡しずみまで一か年金六二六万一〇〇〇円の割合による損害賠償金の支払いを、被告コトブキに対し、被告立川の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使し、又は右賃借権に基づき本件一階部分の明渡しを求める。

2  請求の原因に対する認否

(一) (被告立川)

(1)  請求の原因(一)の事実は知らない。

(2)  同(二)のうち(1) 、(4) の事実は認め、その余の事実は否認する。

(二) (被告コトブキ)

(1)  請求の原因(一)のうち被告コトブキが和洋菓子の製造販売等を業とする会社であることは認め、その余の事実は知らない。

(2)  同(三)の事実について

(1) のうちア、イの事実は認め、ウの事実は知らない。(2) のうちア、ウの事実は否認し、イの事実は知らない。エは争う。

3  被告らの主張

(一) (被告立川)

(1)  (賃貸借契約の信頼関係破壊に基づく無催告解除)

ア 請求の原因(三)(2) イの事実(本件仮処分等)と同旨

イ 右仮処分事件の申請は、原告が被告立川に損害を与える目的でなされたものであつて、原告の賃借権保全のために必要な限度を超えるものであるうえ、当時金融に苦しんでいた被告立川が新建物を担保にして他から融資を受ける道を事実上完全にふさいでしまつたため、被告立川と原告の間の信頼関係は完全に破壊された。

ウ そこで、被告立川は原告に対し、昭和四九年八月一七日ころ到達の内容証明郵便によつて、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(2)  (履行不能)

仮に原告と被告立川との間において本件一、二階に関する賃貸借契約が成立したとしても、不動産の賃借権者は所有者に対して目的不動産の処分を禁ずる権能を持たないから、賃借権を被保全権利とする処分禁止の仮処分を認めるべきではなく、この点で本件仮処分は無効というべきであるところ、被告立川は昭和四九年一〇月九日、被告コトブキに対し、期間三年賃料一か月金二五万円の約定で本件一階部分を(以下「本件第二賃貸借契約」という。)、昭和五〇年六月九日、株式会社日本交通公社に対し本件二階部分をそれぞれ賃貸したから、本件は二重に賃貸借契約がなされた場合に該当し、したがつて賃借権の優劣は対抗要件の具備の先後によつて決まるものであるところ、被告立川は被告コトブキ及び株式会社日本交通公社(以下「交通公社」という。)に対しそれぞれ右各部分の引渡しを了したから、被告コトブキ及び右会社の賃借権が優先し、原告に対し右部分を引き渡すことは履行不能となつた。

(3)  (被告立川の責に帰すべき事由に基づかないこと)

ア 新建物の建築着工が遅れたのは、中野駅前の周辺地主らが同駅前の美観を害しないための組合の設立を企図し、被告立川にもその加入を強く働きかけ、そのため新建物の建築確認がなされたにも拘らず、その通知書がなかなか同被告に交付されず、昭和四八年六月二二日漸くこれが交付されたためであつて、同被告の責に帰すべき事由によるものではない。

イ また、その間、異常な物価上昇があり、新建物の建築費も約六三パーセント高騰したため、被告立川は原告に対し賃貸条件の変更交渉を行ない、次の案を提示した。

(ア) 原告は被告立川に対し、無利息・二年後返済の約定で建築協力金として金一〇〇〇万円を貸し付ける。

(イ) 敷金三〇〇〇万円

(ウ) 償却一割五分

(エ) 賃料一か月金四五万円

しかるに、原告は右提案を拒絶し、請求の原因(二)(2) の賃貸条件における金額を三〇パーセント増額するに止まる態度を譲らなかつたが、原告は本件土地の恵まれた立地条件によつて原告の他の支店に優る利益を上げてきたのに対し、被告においては、右のように建築費が高騰しているうえ金融引き締め下において金融に苦しんでいたのであるから同被告の右提案は合理的なものであつて、賃貸条件の合意が成立しなかつたのは原告の責任である故、同被告が原告に本件一、二階部分の引渡しをしていないことは同被告の責に帰すべき事由によるものではない。

(4)  (損益相殺)

原告の損害額としては、原告主張のうべかりし営業利益から、原告が中野店における営業のために必要な商品の原材料、従業員の労働力その他の財産の費消を免れこれらを他の店に転用して得た利益を差し引くべきである。

(二) (被告コトブキ)

(1)  (占有正権原)

被告コトブキは、昭和四九年一〇月九日、被告立川との間において、本件第二賃貸借契約を締結し、同契約に基づいて本件一階部分の引渡しを受けた。

(2)  (被告コトブキの賃借権の優先)

仮に原告と被告立川との間に原告主張の賃貸借契約が成立したとしても、本件一階部分について二重の賃貸借契約が締結されたことになるところ、原告と被告コトブキのいずれの賃借権が優先するかは対抗要件の具備の先後によつて決せられるべきであり、前記(1) のとおり右部分の引渡しを受けて対抗要件を具備した被告コトブキの賃借権が優先するのであつて、本件仮処分の存在は、同被告の右優先的地位に影響を及ぼすものではない。

4  被告らの主張に対する認否

(一) (被告立川の主張について)

(1)  同主張(1) のうちアの事実は認め、その余の事実は否認する。

(2)  同主張(2) の事実は争う。

(3)  同主張(3) の事実について

ア アのうち新建物の建築着工が遅れたことが被告立川の責に帰すべき事由によるものではないことは否認し、その余は知らない。

イ イのうち新建物の建築着工が遅れた間に異常な物価上昇があり、新建物建築費も約六三パーセント高騰したことは知らず、被告立川が原告に対し賃貸条件の変更交渉を行なつたことは認め、その余は否認する。

(4)  同主張(4) は争う。

(二) (被告コトブキの主張について)

同主張(1) の事実は知らず、(2) は争う。

5  原告の反論

(一) (被告立川の主張(1) に対し)

被告立川は原告に対し、昭和四九年五月ころ、物価上昇を理由に請求の原因(二)(2) の賃貸条件を一方的に変更し、その変更条件を認めない限り原告との賃貸借契約を破棄する旨主張したため、原告は円満解決を図るべく同被告と賃貸条件の変更につき交渉したが合意に至らなかつたので、昭和四九年六月中野簡易裁判所に賃借権確認等請求調停申立(同裁判所昭和四九年(ユ)第九四号事件、以下「本件調停申立」という。)をしたが、同被告が調停期日に出頭したのは一回だけであつて結局不調となつた。

このような状況の下では、同被告が本件一、二階部分を第三者に賃貸するおそれが極めて高く、そのようにされたならば原告は中野店の営業基盤を事実上喪失し、多大の損害を被る結果となる故、自己の賃借権を保全するためにやむをえず本件仮処分事件を申請したのであつて、被告立川に対し損害を与える目的で右申請をなしたものではないのであつて、原告と被告立川との間の信頼関係は未だ破壊されていない。

(二) (被告コトブキの主張(1) に対し)

請求の原因(三)(2) イ、ウの事実(本件仮処分等)と同旨

右によれば、原告との関係では本件仮処分に抵触する被告両名間の本件一階部分の賃貸借契約は無効である。

6  原告の反論に対する認否

(一) (被告立川)

原告の反論(一)のうち、原告が被告立川と賃借条件の変更につき交渉したが合意に至らなかつたため、昭和四九年六月、中野簡易裁判所に本件調停申立をなしたが、同被告が調停期日に出頭したのは一回だけであつて結局不調となつたことは認め、その余は否認する。

(二) (被告コトブキ)

原告の反論(二)の事実は知らない。

二  予備的請求関係

1  請求の原因

(一) 主位的請求の原因(一)の事実(当事者)と同旨

(二) (対被告立川)

(1)  主位的請求の原因(二)(1) の事実(旧賃貸借)の同旨

(2)  同(二)(2) の事実(原告と被告立川との間における本件一、二階部分の賃貸借契約等)と同旨

(3)  同(二)(3) の事実(旧建物明渡)と同旨

(4)  同(二)(4) の事実(新建物完成等)と同旨

(5)  被告立川は、被告コトブキとの間で昭和四九年一〇月九日、本件第二賃貸借契約を締結し、交通公社との間で昭和五〇年六月九日、本件二階部分を賃貸し、それぞれ引渡しを了したため、被告立川の原告に対する本件一、二階部分の引渡義務が履行不能となつた。

(6)  被告立川が原告に対し合意通り本件一、二階部分を引き渡していれば、原告は昭和五二年一一月一日当時も右部分の借家権を有していたものであり、同日当時における右借家権価格は金一三〇〇万円である。

(三) (対被告コトブキ)

(1)  主位的請求の原因(二)(1) の事実と同旨

(2)  同(二)(2) の事実と同旨

(3)  同(二)(3) の事実と同旨

(4)  同(二)(4) の事実と同旨

(5)  被告コトブキは、被告立川との間において、昭和四九年一〇月九日、本件第二賃貸借契約を締結し、本件一階部分の引渡しを受けた。

(6)  (5) によつて原告は本件一階部分の借家権及び同所で営業することにより得べかりし営業利益を喪失したが、昭和四九年一〇月当時における右部分の借家権価格は金七八〇万円であり、原告が同年一二月一日から昭和五〇年一一月三〇日までに得べかりし右営業利益は金三一一万七〇〇〇円、同年一二月一日から昭和五八年一一月三〇日までのそれは一か年につき金三七四万四六〇〇円となる。

(7)  被告コトブキは競業者として原告に対して常に競争意識を持つており、原告の店舗のすぐ近くに自社の店舗を出したり、原告の信用及び強力な顧客吸引力を無償で利用する目的の下に原告の店舗の特異な意匠の外観に極似した外装を採用したり、かつて原告のチエーン店であつた経営者が被告コトブキのチエーン店に鞍替えした場合には、このことを宣伝するなど商道徳上許されない行為をあえて行なつてきた。そして、同被告は、本件第二賃貸借契約を締結し本件一階部分の引渡しを受けた当時、原告が二〇年余り旧建物において営業を営んでいたこと、本件一、二階について原告が借家権を有することを知つていたから、同被告には原告の本件一階部分についての借家権及び同所における営業利益を侵害するについて故意があつた。

(四) よつて、原告は、被告立川に対し賃貸借契約の債務不履行に基づく損害賠償金一三〇〇万円の支払い、被告コトブキに対し不法行為に基づく損害賠償金として金一〇九一万七〇〇〇円及び昭和五〇年一二月一日から昭和五八年一一月三〇日まで一か年につき金三七四万四六〇〇円の割合による金員の支払いを求める。

2  請求の原因に対する認否

(一) (被告立川)

(1)  請求の原因(一)の事実は知らない。

(2)  同(二)のうち(1) 、(4) 、(5) の事実は認め、その余の事実は否認する。

(二) (被告コトブキ)

(1)  請求の原因(一)の事実のうち、被告コトブキが和洋菓子の製造販売等を業とする会社であることは認め、その余は知らない。

(2)  同(二)のうち(1) 、(3) 、(4) 、(5) の事実は認め、その余の事実は否認する。

第三証拠<省略>

理由

第一被告立川に対する主位的請求関係について

一  甲第二八号証(成立については後記第三のとおり。以下の書証も同様。)及び弁論の全趣旨によれば、請求の原因(一)(当事者)の事実を認めることができる。

二  請求の原因(二)(1) (旧賃貸借等)の事実は当事者間に争いがない。

三  請求の原因(二)(2) (本件一、二階部分に関する賃貸借等)の事実について

甲第六ないし、第八、第二八号証、第二九号証の二、第三二号証並びに証人駒形吉勝の証言及び被告立川本人尋問の結果によれば、被告立川は、昭和四七年八月ころ、原告に対し、旧建物を取り壊して新しいビルを建築する計画を有しているので旧建物を明け渡してほしい旨申し入れるとともに本件一、二階を原告に賃貸する場合の賃貸条件を示したこと、右賃貸条件は、月額賃料が金三一万円に共益費(未定)を加えた額、敷金二六四〇万円(そのうち償却金四四〇万円)、期間三年又は六年、更新料が一か月の賃料相当額であつたこと、その後原告と被告立川が本件一、二階部分の賃貸借条件について何度も話しあつた結果、両者は昭和四八年一月前半、(一)原告は被告立川に対し旧建物を次の条件の下に明け渡す、(二)同被告は同年一〇月末日までに地上六階地下一階建坪一一坪のビルを新築する、(三)被告立川は原告に対し、右ビルの一、二階部分を期間二〇年、敷金二二〇〇万円(償却金四〇〇万円)で賃貸し、同年一一月一日右部分を引き渡す、(四)月額賃料については、被告立川は金三〇万円を、原告は金二九万円を主張しているが、右引渡し日までに円満解決する、との合意(以下「本件第一賃貸借契約」という。)に達したこと、原告は旧賃貸借の敷金三五〇万円を返還する旨の申入れを被告立川から受けた際に、本件第一賃貸借の敷金に充当して貰いたい旨の意向を示し、引き続き同被告に預けたままであることが認められる。

これに対し、被告立川は、右部分を賃貸する旨の合意は成立していない旨主張するが、原告が同合意の成立を見ないにもかかわらず旧建物を明け渡す旨の合意をすることは容易に考えられないし、被告立川自身、原告が右部分に入居すること自体は合意していた旨供述している点に照らしても右主張は採用することができない。

右認定事実によれば、本件第一賃貸借契約は、その賃料額については最終的な合意にまでは至つてはいないもののその差は僅かであり、いずれにしても賃料を支払うこと自体の合意は既に成立し、また、その余の目的物、期間、敷金及び償却金の額、目的物の引渡時期は確定しているのであつて、本件一、二階部分に関する貸賃借契約として有効に成立したものということができる。

四  進んで被告立川の主張(1) (賃貸借契約の信頼関係破壊に基づく無催告解除及び原告の反論(一)の各事実について判断する。

原告が、昭和四九年八月七日、東京地方裁判所に対して本件仮処分事件を申請し、同月八日本件仮処分がなされ、同月九日本件仮処分登記が経由されたことは当事者間に争いがない。

ところで、甲第九、第一〇、第一五ないし第一九、第二八号証並びに証人駒形吉勝の証言及び被告立川本人尋問の結果によれば、被告立川は原告に対し、昭和四九年五月ころ、建築費の高騰を理由に本件第一賃貸借契約の賃貸条件を変更し、月額賃料を金四五万円及び共益費の実費の合計額、敷金を四六五〇万円(償却金は敷金の一割五分)、期間を三年、更新料を一か月分の賃料としてほしい旨申し入れ、同条件を原告が承認しなければ右契約を破棄する旨主張したこと、これに対し、原告は、昭和四九年五月末被告立川に対し、右契約において合意した敷金二二〇〇万円(そのうち償却金四〇〇万円)及び右被告が右契約時に主張した月額賃料金三〇万円のそれぞれ三〇パーセント増額した案を提示したが、同被告はこれを拒否したこと、そこで、原告は弁護士に同被告との交渉を委任して同年七月まで話合いがくり返されたが、賃貸条件について合意がえられず、ついには右被告は本件第一賃貸借契約の成立自体を否定して本件一、二階部分を原告以外の第三者に貸してしまうことも辞さないと主張するようになり交渉は決裂したことが認められ、原告が右のように右被告と賃貸条件の変更につき交渉したが合意に至らなかつたため、昭和四九年六月本件調停申立をなしたが、同被告が調停期日に出頭したのは一回だけであつて結局不調となつたことは当事者間に争いがない。

右事実及び弁論の全趣旨によれば、このような状況の下において被告立川が本件一、二階部分を第三者に賃貸してしまう可能性が極めて高く、そのような事態になれば原告は中野店の営業基盤を事実上喪失し多大の損害を被る結果となること、そのため原告は自己の賃借権を保全するためにやむをえず本件仮処分事件を申請したのであり、同被告に損害を与える目的で右申請をなしたものではないこと、他方、本件仮処分は本件一、二階部分になされたに止まるうえ、被告立川本人尋問の結果によれば、同被告は、現に新建物建築にあたり、銀行ないしは信用金庫から金六五〇〇万円の融資を受けていることが認められ、右によれば、同被告が他から融資を受けることは十分可能であつたもので、本件仮処分によつて同被告が右融資を受ける道を事実上完全にふさがれてしまつたものとは認め難く、これらの点を総合すれば、原告と右被告との間の信頼関係が破壊されたものと認めることはできず、他にこれを肯定するに足りる証拠はない。よつて、被告立川の前記主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  次に、被告立川の主張(2) (二重の賃貸借による履行不能)について判断するに、不動産の賃貸借契約に基づく引渡請求権について当該不動産の処分禁止仮処分の被保全権利適格を否定する理由はなく、他に本件仮処分を無効とすべき事由もない。したがつて、被告立川が右仮処分に違反してなした処分行為は原告に対する関係では無効であるから、その余の点について触れるまでもなく右主張も採用の限りではない。

六  甲第二八号証及び証人駒形吉勝の証言によれば、原告が被告立川に対し、昭和四八年一月中頃、本件第一賃貸借契約に従い旧建物を明け渡したこと(請求の原因(二)(8) )が認められる。

七  被告立川が、昭和四八年末ころ新建物の建築に着工し、昭和四九年八月下旬同建物を完成したが、現在に至るも原告に対し本件一、二階部分を引き渡していないこと(請求の原因(二)(4) )は当事者間に争いがない。

八  次に、被告立川の主張(8) (右引渡債務の不履行が被告立川の責に帰すべき事由に基づかないこと)について判断する。

1  乙第一二号証、証人駒形吉勝の証言、被告立川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、新建物の建築着工が遅れたのは、本件土地が市街地開発事業の予定区域に含まれていたことや周辺地主らの住民運動が行われた関係で右建物の建築確認が昭和四八年六月一二日に至つてようやく下りたためであつて、被告立川の責に帰すべき事由によるものではないことが認められる。ところで、甲第二九号証の二によれば、本件第一賃貸借契約締結当時においては新建物建築の工期は九か月間を予定していたことが認められるから、右建築確認が下りた後直ちに右建築が開始されれば昭和四九年三月ころには新建物が完成する計算となるが、乙第二号証及び被告立川本人尋問の結果によれば、右建築許可が遅れた間に建築費が大幅に値上がりしたために建設会社が新建物の建築費の見積りを計算し直したこと、本件土地と隣地との境界について紛争が生じたこと、そのため新建物の規模を当初の計画より若干縮小したことが認められ、これらの事実を勘案すれば新建物の完成が昭和四九年八月下旬まで遅れたことについて被告立川に帰責事由があるとはいえないのであつて、したがつて、被告立川に対し昭和四九年八月以前については本件一、二階部分の引渡債務の不履行責任を問うことはできないというべきである。

2  甲第一一、第一七、第一九号証、乙第一、第二号証、証人駒形吉勝の証言及び被告立川本人尋問の結果(一部)によれば、新建物の建築見積額は、昭和四七年一二月一三日当時金四九〇〇万円であつたのに対し、その後の物価上昇によつて昭和四八年九月当時右額の一・六三倍の金七九八〇万円になつたこと、新建物は右上昇後の額によつて建築されたこと(なお、被告立川は新建物の建築費は金八七〇〇万円かかつた旨供述しているが、その中には同建物三階に入居したテナントの希望に基いて当初予定していなかつた追加工事を行なつた費用も含まれているので、同建物の建築費の値上がり率を考えるに際しては右額は基準として不適当であるので採用しない。)、そのため被告立川は昭和四九年五月ころ原告に対し前記のように賃貸条件の変更を申し入れ、その後原告と同被告との間において右条件の交渉が同年七月まで何度も重ねられたが結局話し合いは決裂したこと、右決裂直前における双方の最終案は、被告立川が敷金三四〇〇万円(償却率は一五パーセント)、建築協力金一〇〇〇万円(原告が同被告に対し、無利息、二年後返済の約定で貸し付けるもの)賃料一か月金四五万円、期間三年、更新料一か月分の賃料相当額(被告立川は右敷金が金三〇〇〇万円であつた旨主張し、かつこれに沿う供述をするが、同供述は甲第一七号証に照らし信用できない。)、原告が敷金二八六〇万円(償却率は一五パーセント)、建築協力金一〇〇〇万円、賃料一か月金三九万円、更新料無料とするものであつたこと、原告が経営している他の店舗についても本件と類似のケースが二、三例あつたため、原告の右案はこれらの例をも対比して提示されたものであること、右交渉において、被告立川は自己の右最終案を原告が承諾しなければもはや話合いの余地はないとする硬直な態度を示したことが認められ、また同被告はついには本件第一賃貸借契約の成立を否定して本件一、二階部分を原告以外の第三者に賃貸してしまうことも辞さない旨主張するようになつたこと、原告は同年六月本件調停申立てをして賃貸借条件の合意をはかるべく努力したが、右被告が調停期日に出頭したのは一回だけで、同被告には調停による話合いで解決しようとする努力も全く見られなかつたことは前記のとおりである。

右事実によれば、原告の提示した最終案が特別不合理なものであつて話合いの余地の全く無いものであるとは考えられないし、調停の席において裁判官の勧告等によつては原告としても右案よりさらに被告立川の最終案に近付くべく譲歩する可能性も十分予想されたのに対し、同被告は右交渉過程において極めて強硬な態度に終始し原告と円満に解決しようとする姿勢がほとんど窺われなかつたのであつて、これらの点に照らし、右話合いが決裂して原告に対し本件一、二階部分の引渡しが履行されていないことについて、被告立川の責に帰すべき事由がないということはできないから、同被告はこの点についての債務不履行責任を免れない。

九  そこで、請求の原因(二)(5) (原告の営業利益の喪失)について判断する。

甲第二八号証及び証人駒形吉勝の証言によれば、原告は、旧建物において中野店を開設して既に二〇年近く営業を継続し、同店は中野駅前に所在して相当の顧客を有し、原告の八〇ある直営店(直営店以外にはレギユラーチエーン店、フアミリーチエーン店がある。)のうちの一つであつて、その営業成績は直営店の中で中間に位置していたことが認められる。

ところで、甲第二九号証の二によれば、原告は新建物完成後本件一、二階部分の引渡しを受けてから一か月間は内装工事を行うため、中野店の開店は右完成から約一か月後になる予定であつたことが認められるから、原告の得べかりし営業利益を算定する際の基算日は、新建物が完成した昭和四九年八月下旬から約一か月を経過した後である同年一〇月一日と考えるのが相当である。

甲第二九号証の一、二、甲第三四号証及び証人飯泉龍雄の証言によれば、旧建物における中野店の利益高(これは売上高から人件費その他の経費をすべて差し引いた後の最終的な利益を指す。)は、昭和四六年度(昭和四六年四月から昭和四七年三月まで)の実績で金八四〇万五〇〇〇円、昭和四七年四月から昭和四八年一月中旬までの間の実績で金九〇一万七〇〇〇円であつたこと、本件第一賃貸借契約当時合意されていた敷金二二〇〇万円、償却金四〇〇万円及び右当時被告立川が主張した賃料一か月金三〇万円を前提として計算すると、本件一、二階部分において営業する場合の同店の予想利益高は、昭和四八年一二月一日から昭和四九年一一月三〇日までが金三六四万八〇〇〇円、同年一二月一日から昭和五〇年一一月三〇日までが金五一九万五〇〇〇円、同年一二月一日から昭和五一年一一月三〇日までが金六二四万一〇〇〇円であることが認められるところ、前記のとおり原告と被告立川との間において賃貸条件変更の交渉がなされ、原告としても敷金二八六〇万円(償却金は同額の一五パーセント)、賃料一か月金三九万円、建築協力金一〇〇〇万円とすることまでは譲歩していたから、右予想利益高をそのまま原告のうべかりし営業利益算出の基礎とすることはできないが、前記のとおり、同時期ころ本件の他にもこれに類似した例が二、三あつたが、これらの例と比較しても原告の右譲歩案は不合理なものであるとは認められないから、同案に従うこととし、これによれば敷金は右予想利益高が前提とする金二二〇〇万円に加えて金六六〇万円を差し入れる計算になるし、償却金も金四〇〇万円ではなく右敷金の一五パーセントとして計算し直す必要があり、また、新たに建築協力金一〇〇〇万円も必要であるところ、甲第二九号証の二によれば、右各金員は他からの借入金で賄われ、その際の金利は年一〇パーセントであること、償却金は五年間の定額引当によつて経理処理されることが認められるし、さらに、一か月の賃料も右予想利益高が前提とする金三〇万円に加えて金九万円は支払うことになるから、結局、右の金利、償却金引当金及び賃料を経費として控除する必要がある。

これらの点を考慮に入れて計算し直すと、別紙計算表のとおり、昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年一一月三〇日までのうべかりし営業利益は金二五三万八六六六円、同年一二月一日から昭和五一年一一月三〇日までのうべかりし営業利益は金三四四万三〇〇〇円となる。同日以降のうべかりし利益を具体的に確定しうる証拠はないが、甲第三四号証によれば、一年間につき少なくとも右金三四四万三〇〇〇円は下らないことが認められる。 なお、被告立川は、損益相殺を主張している(同被告の主張(4) )が、甲第二九号証の二によれば、前記利益高算出の計算に当つては商品の原材料費や人件費等必要経費はすべて控除していることが認められるし、また、原告が中野店を開店できなかつたために費消を免れた財産を他の店に転用して利益を得たことを認めるに足りる証拠はないから右主張は失当である。

十  つづいて、請求の原因(二)(6) (右営業利益についての被告立川の予見)の事実について判断するに、被告立川本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、同被告は、原告が旧建物において既に二〇年近く中野店を開設して営業を継続し、同店が相当の顧客を有しそれに応じた営業利益を上げていたことを知つていたことが認められるから、同被告は、原告に対し本件一、二階部分を引き渡したならば、原告が右営業利益を上げ得たであろうことを予見していたものといえる。したがつて、同被告は原告の右うべかりし営業利益について損害賠償責任を負うべきである。

第二被告コトブキに対する主位的請求関係について

一  請求の原因(一)(当事者)の事実のうち、被告コトブキが和洋菓子の製造販売等を業とする会社であることは当事者間に争いがなく、原告が一般大衆を相手とする洋菓子の製造販売並びに喫茶及びパーラーの経営を業とする会社であることは前記認定のとおりである。

二  請求原因(三)(1) (債権者代位権に基づく明渡請求)の事実についてはしばらく措いて、同(三)(2) (賃借権に基づく明渡請求)の事実について判断する。

1  原告と被告立川との間において、昭和四八年一月前半、本件第一賃貸借契約が成立したことは前記認定のとおりであり、乙第九号証、丙第一号証、証人桑原義勝の証言及び被告立川本人尋問の結果によれば、被告立川は被告コトブキとの間において、昭和四九年一〇月九日、一か月の賃料を金二五万円に共益費の実費を加えた金額、敷金三〇〇〇万円、建築協力金一五〇〇万円、期間三年とする本件第二賃貸借契約を締結し、本件一階部分を被告コトブキに引き渡したこと、甲第一二、第一三、第二八号証及び証人駒形吉勝の証言によれば、原告が同年八月七日東京地方裁判所に対し本件仮処分事件を申請し、同月八日本件仮処分がなされ、同月九日本件仮処分登記が経由されたことが認められる。

2  そこで、請求の原因(三)(2) ウ(被告コトブキの背信性)について検討する。   (一) 甲第二七、第二八、第三〇、第三一号証、証人駒形吉勝及び同桑原義勝の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告コトブキは神戸市に本店を置き、昭和四八年三月ころから関東地方へも進出してきたが、原告の競業者として、原告に追いつきこれを追い越すことを最大の企業目的として営業活動を行つていること、原告の店舗は傾斜の急な赤い屋根とその屋根の中央、店舗前側に白地に原告のマークを刻した三角形の看板を掲げ、極めて特徴的なデザインを採用しているが、被告コトブキは右のほか、その店舗についても右デザインに極めて類似したデザインを採用しているため、両者の店舗は注意深く観察しないと見間違えるほどであること、殊に、埼玉県の川越市や鶴瀬市などにおいては、右に加えて、原告が出店する際になした市場調査の結果を利用し、さらには、これと競合して商活動をなすべく被告コトブキが原告の店舗のすぐ隣りに出店するなどし、その結果、商品の配送車や郵便配達人が両店舗をしばしば間違えて混乱が生じたこともあつたこと、被告コトブキは、かつて原告のチエーン店となつていた経営者が同被告のチエーン店へ替わつた際、このことを文書に印刷し同文書の中で右経営者がチエーン店を替わつた動機として「コトブキは若さにあふれていますし、将来に期待が持てますから……」と述べた旨記載して、暗に原告に将来性がないかのような印象を与えるかの如き宣伝活動をしていたこともあつたことが認められ、右事実によれば、被告コトブキは原告に対し商道徳を逸脱した競争行為を行つてきたものといえる。

(二) ところで、本件の場合、甲第一四号証の一、二、三、乙第九号証、丙第一、第二、第四、第五号証、証人桑原義勝の証言(一部)及び被告立川本人尋問の結果によれば、被告立川は新建物の入居募集手続を株式会社アイ及び株式会社鈴や不動産に依頼していたこと、原告は両社に対し昭和四九年八月六日到達の内容証明郵便によつて原告と被告立川との間に本件一、二階部分に関する賃貸条件について紛争が存在する旨を通知したこと、しかし、被告コトブキは、右両社を通さないで不動産業者である有限会社美研(以下「美研」という。)を仲介人として、被告立川との間において本件第二賃貸借契約を締結したこと、被告立川は美研を全然知らなかつたところ、昭和四九年八月ころ美研から被告コトブキが本件一階部分の賃借を希望している旨の申し入れを受けたこと、被告立川は、当初は美研及び被告コトブキに対し本件一、二階部分は原告に賃貸することになつている旨返事していたが、原告との話合いが決裂した後は、本件一階部分を被告コトブキに賃貸する話に応じ、その際、被告コトブキは原告が旧建物において営業を行なつていたことを知つていたので、被告立川に対し原告との関係を質問したところ、従来から被告立川の所有建物の権利関係等について任されていた公認会計士の久万が被告コトブキに対し原告との関係は被告立川の方で責任を持つ旨話したこと、被告立川と被告コトブキとの本件第二賃貸借契約の契約書とされる乙第八号証及び丙第一号証には、借主として「三立製菓株式会社代表取締役松島勇平」(以下同社を「三立製菓」という。)、その代理人として被告コトブキの名が記載されており、しかも三立製菓の印が右二通とも欠けていること、右松島勇平は被告コトブキの取締役でもあること、しかし、三立製菓は右契約について全く何らの関係もない存在であること、被告コトブキとしては右契約書の借主名を同被告の名に書き換えることを考えていることが窺われないこと、また、被告立川は、被告コトブキに対し、昭和四九年一〇月九日ころ新建物前のアーケードの件についての申入書を、同年一二月一六日ころ及び同月二〇日ころそれぞれ本件一階部分について原告と被告立川との間で生じた紛争については被告立川が全責任を負い被告コトブキには何ら迷惑をかけない旨の念書を差し入れたが、右三通の文書の名宛人としては、いずれも三立製菓の名が記載されているうえ、右申入書は、名宛人として当初被告コトブキの名が印刷されていたものをわざわざ二本の線を引いて消した横に三立製菓の名が手書きされていることが認められる(なお、本件第二賃貸借契約の内容は前記認定のとおりであつて、被告コトブキに一方的に有利なものであつたことを認めるに足りる証拠はない。)。

右事実によれば、被告コトブキとしては、旧建物で原告が営業していたこと及び最初本件一、二階部分は原告に賃貸することになつていたことを知つている以上、原告が旧建物営業当時中野店において築き上げた暖簾を無駄にして本件一、二階部分から簡単に手を引くことは到底考えられないから、たとえ久万が原告との関係については被告立川が責任を持つと言つたとしても、原告との関係で被告コトブキが損害を被らないか十分調査したうえでなければ契約に踏み切らないであろうし、その上、証人桑原義勝の証言によれば、被告コトブキは本件一階部分に入居して店舗を開設した際に前記契約における敷金、建築協力金、賃料や内装費等によつて約五〇〇〇万円の投資をしたことが認められるが、かかる多額の出捐をするのであるから、被告コトブキとしてはなおさら被告立川と原告との関係について慎重に調査を尽したことが予想されるのであつて、一般に建物の登記簿謄本を閲覧することは簡単にできるから、被告コトブキとしては、右調査の一手段として本件一、二階部分の登記簿謄本を閲覧するなどし、これによつて被告コトブキは右部分に本件仮処分登記がなされていることを知るに至つたものであろうことは容易に推認し得るものというべきである。これに反する証人桑原義勝の供述は信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

さらに前記認定事実によれば、被告コトブキは、被告立川から新建物の入居募集手続を委任されていた不動産業者を通さないで被告立川が従来全く知らなかつた美研を仲介人としている点で、本件第二賃貸借契約の成立に関して被告コトブキの方から積極的に働きかけたことが認められ、また、右契約の借主として本来の借主である被告コトブキではなく、わざわざ同被告の取締役である松島勇平が代表取締役を務める三立製菓の名を使用している点で、被告コトブキには自己が右契約の当事者であることを隠そうとする意図のあつたことが推認される。

(三) 右(一)、(二)の事実を総合すれば、被告コトブキは、原告が本件一、二階部分について賃借権を有し、同権利を保全するために本件仮処分を得、右部分について本件仮処分登記が経由されたことを十分承知しながら、自らの利益を追求するためあえて原告が右部分において営業することを妨害し、原告に打撃を与えることを知悉したうえで被告立川から本件一階部分を賃借し、その引渡しを受けたことが認められ、被告コトブキは背信的悪意者というべきである。

3  一般に、不動産賃借権は対抗力を具備した場合には、賃借権それ自体に基づく妨害排除請求権が認められるし、権利の二重処分の場合に背信的悪意者に対しては対抗要件を備えなくとも権利を対抗できるとされているのであつて、本件仮処分登記は右の意味での権利の対抗要件ではないものの、本件一、二階部分について原告が賃借権を有し、同権利を被保全権利として本件仮処分がなされ、その旨の登記が経由され、しかも原告との関係において本件一階部分の不法占拠者である被告コトブキについて前記のようないわば背信的悪意者というべき事情が認められる本件においては、右賃借権についてその対抗力を具備した場合と同様に権利の保護が図られて然るべきであり、原告は右賃借権それ自体に基づいて被告コトブキに対し本件一階部分の明渡請求をすることができると解するのが相当である。原告において占有移転禁止仮処分を求めなかつたことは、原告の右請求権に消長を及ぼすものではない。

4  なお、被告コトブキは、本件は二重の賃貸借契約が設定された場合であるとして、先に引渡しを受けた同被告の賃借権が優先する旨主張する(同被告の主張(2) )が、本件仮処分に抵触する本件第二賃貸借契約は、原告に対する関係では無効であるから、右主張は失当である。

第三書証の成立について

一  甲第一一、第一二、第一三号証、乙第一、第二、第九号証の成立、乙第一二号証の原本の存在及び成立は争いがない。

二  甲第一四号証の一ないし三は、被告コトブキとの関係においては成立に争いがなく、被告立川との関係においては弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる。

三  甲第一五、第一七、第一九号証は、被告コトブキとの関係においては成立に争いがなく、被告立川との関係においては証人駒形吉勝の証言により真正に成立したものと認められる。

四  甲第七、第八、第一〇、第一六、第一八、第二七、第二八号証は証人駒形の証言により真正に成立したものと認められ、同証言により、甲第三〇号証が昭和五一年一〇月二〇日ころ当時の埼玉県川越市における原告と被告コトブキの各店舗の、甲第三一号証が同日ころ当時の同県鶴瀬市における右各店舗の写真であることが認められる。

五  甲第二九号証の二は証人飯泉龍雄の証言により、甲第三四号証は同緒方邦彦の証言により、丙第一号証は同桑原義勝の証言及び被告立川本人尋問の結果により、甲第六、第九号証、丙第二、第四、第五号証は同尋問の結果により、甲第二九号証の一は弁論の全趣旨により、それぞれ真正に成立したものと認められる。

六  甲第三二号証は、被告立川との関係においては成立に争いがなく、被告コトブキとの関係においては証人駒形吉勝の証言により真正に成立したものと認められる。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告立川に対し、本件一、二階部分の引渡し並びに金二五三万八六六六円及び昭和五〇年一二月一日から右引渡しずみまで一か年金三四四万三〇〇〇円の割合による金員の支払い、被告コトブキに対し、本件一階部分の明渡しを求める限度において理由があるからこれを認容し、被告立川に対するその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二 梅津和宏 寺内保恵)

(別紙)物件目録(一)(二)<省略>

(別紙)原告の得べかりし営業利益の計算表<省略>

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