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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4448号 判決

争いのない本件特許発明の特許請求の範囲の欄の記載と成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報。別添特許公報と同じ。)の記載とを総合すれば、本件特許発明の構成要件は次のとおりであることが認められる。

1 表面が可塑材料から成り、平坦型のタイプ文字並びに打出し型のタイプ文字を形成するのに適した、印刷に用いうるところの、矩形の板から成るものであつて、該板の表面の一区域が照合用サインを受けるために割当てられていること

2 前記サイン区域には、このカードを無効にする記号が平坦に印刷されていること

3 該記号は、熱可塑材料のフイルムにより隠蔽されていること

4 該フイルムは、その表面に平常認めうる筆記文字を担持するとともに、筆記用材料を該フイルムの全厚に浸透せしめるに適し、かつ、該フイルムは熱処理によつて前記無効記号を有する区域に永久的に接着されていること

5 該フイルム表面から筆記文字の一部を除去しただけで、前記無効記号が視認可能となること

6 照合用印刷カードであること

原告は、イ号物件及びロ号物件並びにハ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属すると主張するので、判断する。

1 被告は、原告主張の期間イ号物件を製造販売したことはない旨否認するので、まずこの点について判断する。

証人和田毅の証言中には原告主張の期間被告が検甲第九号証すなわちイ号物件を製造販売した旨原告主張に沿うような供述部分があるが、同供述部分は、証人小松崎積佳の証言に照らし直ちに措信し難く、他に、被告が原告主張の期間イ号物件を製造販売したと断ずべき証拠はない。却つて、証人小松崎積佳の証言によれば、訴外株式会社タカラホテルは、昭和四三年一〇月一日タカラスイミングクラブを開設、発足させてその会員を募集したこと、同訴外会社は会員申込者にその証として交付する会員カードの製造を、当初は「日本事務機」に一〇〇〇枚、次いで「カードサプライ社」に依頼し、これに基づき右「カードサプライ社」によつて製造され右訴外会社に納入された会員カードが検甲第九号証であること、その後右「カードサプライ社」が倒産したため、右訴外会社は昭和四七年か四八年ごろ、被告に会員カードの製造を依頼し、その際、「カードサプライ社」の製品と同様の、すなわち検甲第九号証と同様のカードであることを希望したが、被告はこれを断わり、被告の製品として納入した会員カードが検乙第一号証であることの各事実を窺い知ることができ、してみれば、被告が検甲第九号証すなわちイ号物件を製造販売したものではないことが推認される。

よつて、被告がイ号物件を製造販売したことを前提とする原告の請求部分は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2 次いで、ロ号物件及びハ号物件が本件特許発明の技術的範囲に属するかどうかについて判断する。

(一) ロ号物件の構造を示すことに争いがない別紙物件目録(二)の記載と本件口頭弁論の全趣旨によれば、ロ号物件の構造は、次のとおり分説することができる。

(1) 表面が可塑材料から成り、平坦型のタイプ文字並びに打出し型のタイプ文字を形成するのに適した、印刷に用いうるところの、白色矩形の板から成ること

(2) 右矩形の板の表面の一区域が照合用サインを受けるために割当てられていること

(3) 照合用サインを受けるために割当てられた、矩形の板の表面の一区域(サイン区域)には何らの記号も、通報も印刷されないこと

(4) 右サイン区域の上に、熱可塑材料のフイルムが、熱処理によつて、永久的に接着されていること

(5) 右フイルムは、その表面に、平常認めうる筆記文字(サイン)を担持するとともに、筆記用材料(インキ等)を該フイルムの厚さ全部にわたつて浸透させるのに適した性質を有し、かつ、その表面側は白色であるが裏面側は薄空色に着色されていること

(6) 照合用印刷カードであること

(二) ハ号物件の構造を示すことに争いがない別紙目録(三)の記載と本件口頭弁論の全趣旨によれば、ハ号物件の構造は次のとおり分説することができる。

(1)ないし(4)

ロ号物件の(1)ないし(4)と同じ

(5) 右フイルムは、その表面に、平常認めうる筆記文字(サイン)を担持するとともに、筆記用材料(インク等)を該フイルムの厚さ全部にわたつて浸透させるのに適した性質を有し、かつ、その色は、厚さ全部にわたつて一色である。

(6) 照合用印刷カードであること

(三) そこで、本件特許発明の構成要件とロ号物件及びハ号物件の各構成とを対比すれば、本件特許発明においては、サイン区域にはこのカードを無効にする記号が平坦に印刷されているのに対し、ロ号物件及びハ号物件はサイン区域には何らの記号も通報も印刷されていないことにおいて既に本件特許発明の構成を欠くものといわざるをえない。

(四) 原告は、本件特許発明の基本的技術思想は、プラスチツク製の照合用サイン区域に、インクの載りがよく、かつ、プラスチツクカードと親和性があつて熱処理により右カードに永久的に接着し、しかもサイン文字がその全厚に浸透するという性質を有する熱可塑材料フイルムを接着するものであり、右フイルム上に直接筆記用具にてサインするだけで、そのサイン文字が右フイルムの全厚に浸透するので、右フイルムを削りとる等の方法で除去しないかぎり、右サイン文字を消去しえなくなり、しかも、右フイルムを削りとつた場合には、右フイルムと材質の異なるプラスチツクカードの表面部分が現われるので、サインを偽造しようとしたことが一見して明らかになり、サインの偽造を容易に防止することができる点にあり、サイン区域に予めこのカードを無効にする記号が平坦に印刷されていることは、単にサイン偽造防止効果を強化するいわゆる補完的性質の技術であるところ、ロ号物件は、本件特許発明の右基本的技術思想をそのまま採り入れたものである以上、前記補完的作用を実現する手段として、着色したフイルムを使用している点で、本件特許発明と異なつたとしても、それは、本件特許発明の補完的作用効果と同一の作用効果を有するものであつて、本件特許発明の出願時置換可能な技術であり、しかも、この技術に想到することは当業技術者にとつて容易であるから本件特許発明の技術的範囲に属し、また、ハ号物件は、補完的作用効果を実現するための手段を特に用意していない点で、本件特許発明と異なるが、本件特許発明の基本的技術思想はそのまま採用しているから、その技術的範囲に属するものである旨主張する。

しかしながら、本件特許発明の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の欄には、「前記サイン区域にこのカードを無効にする記号が平坦に印刷され、該記号は熱可塑材料のフイルムにより隠蔽され」と明白に記載されており、また、前顕甲第二号証(本件特許公報)によれば、本件明細書の発明の詳細なる説明の欄には、「従来一般に周知のこの種照合用印刷カードの欠点は、カード上の照合用サインの偽造の防止が不完全なことである」(別添特許公報一頁左欄一五行ないし一七行)こと、「本件発明はこの欠点を除くことを目的とし、そのために、サイン区域にこのカードを無効にする記号を平坦に印刷し、該記号を熱可塑材料のフイルムにより隠蔽し、該フイルムがその表面に平常認め得る筆記文字を担持すると共に筆記用材料をその全厚に浸透せしめるに適し、且該フイルムが熱処理によつて前記無効記号を有する区域に永久的に接着され、フイルム表面から筆記文字の一部を除去しただけで前記無効文字が視認可能となるようにしたものである。」「従つて本発明の照合用印刷カードを不法に悪用することは困難である。」(同公報一頁左欄二一行ないし三一行)、「輪廓25及び31が板21上に印刷され且亦商号例えば36或は人目に着くデザイン配列37をも印刷される際に区域30は以下記載される様に該用具を無効にするための記述通報を押印され、又本例の上記記述された無効通報はサイン帯片35が付着される区域全域に亙り無効(VOID)なる語の繰返し印刷から成る。」(同公報一頁右欄一六行ないし二二行)、「本発明により、この用具を構成する板の厚さを実質上厚くしないサイン帯片を接着され且打出された資料を担持した板がサイン帯片の下の区域に無効通報を印刷その他の方法で描かれ且これ等の通報は例えば消去することにより有効なサインを変更せんとする場合に露出される如くなされた非常に便利な印刷装置或は用具が提供される」(同公報二頁右欄六行ないし一二行)と記載されているのであつて、これらは、本件特許発明においては、矩形の板の表面の一部であるサイン区域に、このカードを無効にする記号が平坦に印刷されることが、本件特許発明の構成に欠くことのできない要件の一つとする記載であることが認められ、原告が主張するように、単なる補完的性質の技術でないことが明らかである。そして、本件明細書の発明の詳細なる説明の欄の記載を仔細に検討しても、「サイン区域に、このカードを無効にする記号が」印刷されていなくてもよい旨の記載ないしはこれを示唆する記載はない。

しかして、以上の認定に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、以上みてきた発明の詳細なる説明における本件特許発明の構成とこれにより奏する作用効果を前提に前記確定したごとく「サイン区域にこのカードを無効にする記号が平坦に印刷される」ことを、その特許請求の範囲として特許出願をし、前記のとおり特許をえたものであることを認めえ、したがつて本件特許発明は、「サイン区域に、このカードを無効にする記号」が印刷されていないものは、その技術的範囲に含ましめないものと解するのほかはない。これに反する証拠はない。

原告は、サイン区域にこのカードを無効にする記号が印刷されていなくても、右サイン区域の上に熱可塑材料の着色されたフイルムが熱処理によつて接着されていること(ロ号物件)は、いわゆる均等物として本件特許発明の技術的範囲に属する趣旨の主張をするが、その主張の採りえないことは叙上説明から明らかである。

右のとおりであるから、ロ号物件及びハ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属さないので、本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とする請求部分もまた理由がないものといわねばならない。

よつて、本訴請求は理由がないので、これを棄却することとする。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

1 原告(その商号は、日本アドレソグラフ・マルテイグラフ株式会社であつたが、昭和五四年一〇月一日現商号に商号変更した。)は、訴外アドレソグラフ・マルテイグラフ・コーポレイシヨン(米国デラウエア州法に基づいて設立された法人)から、昭和四四年七月一日、同訴外人の有する特許権(発明の名称を印刷用装置とする、昭和三三年一〇月二日出願、昭和三六年七月二八日出願公告、同年一二月一四日特許登録、特許番号第二八九、八六七号)(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)につき、日本においてその実施品を製造販売使用する、独占的通常実施権の許諾を受け、原告はこれに基づき、昭和四六年一月二六日、被告との間に、次の内容の再実施契約(以下、「本件契約」という。)を締結した。

(一) 原告は被告に対して、本件特許発明の実施品を製造販売するにつき、非独占的な再実施権を許諾する。

(二) 被告は原告に対して、本件契約に基づき許諾された権利及びサービスの対価として、毎歴年の各四半期終了後四五日以内に、各四半期内に製造販売した本件特許発明の実施品の販売価格の七パーセントに相当する額の金員を支払う。

(三) 本件契約の存続期間は昭和四六年三月二三日から昭和五一年七月二七日までとする。

2 被告は、昭和四六年四月一日から昭和五〇年二月一五日までの間に、別紙製造販売数量表(一)記載のとおり、別紙物件目録(一)記載の印刷カード(以下、「イ号物件」という。)を一〇二七万五五〇〇枚、別紙物件目録(二)記載の印刷カード(以下、「ロ号物件」という。)を四六五万枚、別紙物件目録(三)記載の印刷カード(以下、「ハ号物件」という。)を三六七万四五〇〇枚、合計一八六〇万枚を製造販売した。

3(一) ところで、本件特許発明の特許出願の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「表面が可塑材料から成り、印刷に用い得る平坦型のタイプ文字並びに打出し型のタイプ文字を形成するに適する矩形の板からなり、該板の表面の一区域が照合用サインを受ける様に割当てられる照合用印刷カードにして、前記サイン区域にこのカードを無効にする記号が平坦に印刷され、該記号は熱可塑材料のフイルムにより隠蔽され、該フイルムはその表面に平常認め得る筆記文字を担持すると共に筆記用材料を該フイルムの全厚に浸透せしめるに適し、且該フイルムは熱処理によつて前記無効記号を有する区域に永久的に接着され、フイルム表面から筆記文字の一部を除去しただけで前記無効記号が視認可能となることを特徴とする照合用印刷カード」(別添特許公報の特許請求の範囲の欄の記載参照)。

(二) 本件特許発明の構成要件を分説すれば次のとおりである。

(1) 表面が可塑材料から成り、平坦型のタイプ文字並びに打出し型のタイプ文字を形成するのに適した、印刷に用いうるところの、矩形の板から成るものであつて、該板の表面の一区域が照合用サインを受けるために割当てられていること

(2) 前記サイン区域には、このカードを無効にする記号が平坦に印刷されていること

(3) 該記号は、熱可塑材料のフイルムにより隠蔽されていること

(4) 該フイルムは、その表面に平常認めうる筆記文字を担持するとともに、筆記用材料を該フイルムの全厚に浸透せしめるに適し、かつ、該フイルムは熱処理によつて前記無効記号を有する区域に永久的に接着されていること

(5) 該フイルム表面から筆記文字の一部を除去しただけで、前記無効記号が視認可能となること

(6) 照合用印刷カードであること

(三) 本件特許発明の基本思想は、照合用印刷カードのサイン区域に一定の性質を有するフイルムを接着し、このフイルム上にカード使用者がサインすることにより、従来に比し極めて簡易な方法でカードの偽造を防止することにある。

すなわち、プラスチツク製の照合用印刷カードの照合用サイン区域に、インクの載りがよく、かつ、プラスチツクカードと親和性があつて熱処理により右カードに永久的に接着し、しかもサイン文字がその全厚に浸透するという性質を有する熱可塑材料フイルムを接着するものであり、右フイルム上に直接筆記用具にてサインするだけでそのサイン文字が右フイルムの全厚に浸透するので、右フイルムを削りとる等の方法で除去しないかぎり右サイン文字を消去しえなくなり、しかも、右フイルムを削りとつた場合には右フイルムと材質の異なるプラスチツクカードの表面部分が現れるので、サインを偽造しようとしたことが一見して明らかになり、サインの偽造を容易に防止することができる。これが本件特許発明の基本的技術思想であり、基本的作用効果である。

右のサイン偽造防止効果は、プラスチツクカードの照合用サイン区域に、予め無効通報(特許請求の範囲の欄には「無効記号」と記載されているが、これに限定されないことは、発明の詳細なる説明の欄の記載から、明らかである。)を用意しておくことにより、一層強化される。けだし、右サイン区域の上に接着されているフイルムを除去すると用意されている無効通報が直ちに現れるので、サインを偽造しようとしたことをより一層容易に発見しうるからである。この技術は、サイン偽造防止効果を強化するものであり、その意味で、補完的性質の技術である。

これを要するに、本件特許発明の目的であるサイン偽造防止は、本件特許発明の基本的技術思想を用いることによつて、すでに達成されるのであり、前記補完的作用効果については、これをどのような方法で実現しても差し支えないし(その意味で、補完的作用効果を実現するための技術は、すべて置換可能性を有する。)、さらにいえば、補完的作用効果を実現するための方法を何ら講じなくとも、本件特許発明の目的は達成されるのである。そして、本件特許発明の基本的技術思想を用いることによつてその目的を達成するものは、すべて本件特許発明の技術的範囲に属すると解すべきである。

4 そこで、本件特許発明の構成要件とイ号物件、ロ号物件、ハ号物件の各構造とを対比すると、次のとおりである。

(一) イ号物件は右3(二)記載の構成要件のすべてを充足するから、本件特許発明の技術的範囲に属する。

(二) ロ号物件は、本件特許発明の基本的技術思想をそのまま採り入れたものであり、ただ前記補完的作用効果を実現する手段として、着色したフイルムを使用している点で、本件特許発明と異なるにすぎない。そして、この技術は、サイン用フイルムを削り取るなどの方法で除去すると右フイルムの削り取られた部分の色彩が現れる結果、フイルムが除去されたことが直ちに視認可能となり、サイン偽造の試みが容易に発見できるという本件特許発明の補完的作用効果と同一の作用効果を有するものであつて、本件特許発明の特許出願当時置換可能な技術であり、しかも、この技術に想倒することは、当業技術者によつて極めて容易である。したがつて、ロ号物件は本件特許発明の技術的範囲に属するものということができる。

(三) ハ号物件は、補完的作用効果を実現するための手段を特に用意していない点で本件特許発明と異なるが、本件特許発明の基本的技術思想はそのまま採用しているから、その技術的範囲に属するものというべきである。けだし、ハ号物件においても、プラスチツクカードと材質を異にするプラスチツクカードの表面が現れて、サイン偽造の試みが容易に発見できることになつており、この作用効果こそまさに本件特許発明の本質そのものだからである。

5 右のように、イ号物件、ロ号物件及びハ号物件はいずれも本件特許発明の技術的範囲に属するから、本件契約にいう、「本件特許発明の実施品」に当たる。

6 イ号物件、ロ号物件及びハ号物件の販売単価はいずれも金一五円であつたから、その総販売高は、前記総製造販売枚数一八六〇万枚を乗じて得られる金二億七九〇〇万円である。したがつて、本件契約に基づき、被告が原告に支払うべき実施料の額は、右総販売高の七パーセント(本件契約による約定率)に相当する金一九五三万円である。

7 よつて、原告は被告に対し右実施料金一九五三万円及びこれに対する約定履行期の後である昭和五一年六月五日から支払ずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

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