東京地方裁判所 昭和51年(ワ)4674号 判決
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【判旨】
1 本件土地の状況
<証拠>によると、本件土地は千葉県館山市西部の大賀地区を流下する蟹田川の河口付近左岸(南東岸)に位置する帯状の土地であつて、南から北へ川面に向けて緩やかな下り勾配をもつて傾斜し、その形状は別紙物件目録添付図面のとおりであり、地上には雑草や灌木が繁茂している。なお、蟹田川をはさんだ対岸には海上自衛隊ヘリコプター基地が存在している。
2 関東大震災による海底の隆起
<証拠>によると、次の事実を認めることができる。
(一) 大正一二年九月一日発生の関東大震災の際、館山市周辺は激震を記録し、館山湾沿岸では約一五〇ないし一八〇センチメートルほど土地が隆起した。その結果、ビリドの鼻(大賀鼻)から波口に至る海岸線は、従前の位置より平均して幅四〇メートルほど海の方へ突き出した。
(二) これを本件土地付近についてみると、震災前である大正七年一二月二日旧海軍水路部が刊行した海図(乙第三一号証の一)と、震災後である昭和二三年三月六日運輸省水路部が刊行した海図(乙第三三号証の一)を、大山と洲宮付近に所在する三角点を基準点にして重ね合わせると、蟹田川河口付近の左岸(東南岸)に、ビリドの鼻方向に細く河口(西南)方向に広い楔形の新たな土地が、本件土地付近を含めて西南方向に形成されていることを認めることができる。
(三) 原告は、昭和四三年九月二六日に被告(関東財務局千葉財務部)あてに請願書を提出したが、同書面に添付した申立書(甲第七号証の一〇)において、本件土地付近の海岸線が関東大震災によつて隆起し、そのため幅二〇間ほどの新たな陸地が生じたこと、隆起後は同部分を大賀部落の人々の共有地たる網干場の延長として、また船曳場として利用するようになつたことを自ら申し立てている。
右(一)ないし(三)によれば、本件土地は、その西南に接続する一帯の海岸線と共に、関東大震災の際に海面下の地盤が隆起して新たに形成されたものと推認できる。
(大石忠生 賓金敏明 長井浩一)