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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)5191号・昭52年(ワ)1419号 判決

第一 本訴について

一 被告が昭和四八年一一月一六日本件意匠権を取得したこと、本件登録意匠、すなわちその意匠登録出願の願書中の意匠に係る物品の記載並びに願書に添附した図面に記載され、かつ、写真により現わされた意匠が、いずれも別紙(〔編註〕省略)意匠公報表示のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 昭和四九年三月二六日、原被告間に、原告が取得すべき通常実施権の範囲の点を除き、原告主張のような内容の通常実施権許諾契約が成立し、即日、原告が被告に対して金五〇万円の対価を支払つたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右通常実施権の範囲につき検討するに、原告は、その範囲を全部とする旨の合意が成立したと主張し、成立に争いのない甲第一〇号証(原告作成の報告書)及び原告本人尋問の結果中には、これに添う記載ないし供述部分があり、また、成立に争いのない甲第二号証・乙第五号証の二・乙第一七号証の二(いずれも通常実施許諾書)並びに乙第五号証の一・乙第一七号証の一(いずれも通常実施権設定登録申請書)には、右範囲を全部とする旨記載されている。

しかしながら、右当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない乙第三号証、第一八号証の一、二、前掲甲及び乙号各証並びに原告(後記信用しない部分を除く。)及び被告(第一、二回)各本人尋問の結果をあわせ考えれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1 原告は、別紙第四目録記載の意匠につき、昭和四六年九月二一日に出願し、昭和四九年一一月二七日に至つてその意匠権の認定の登録を得たが、右出願直後から、これと同一のC型意匠に係る茶こしを製造、販売してきた。被告は、原告が右茶こしの製造販売をはじめた当時、いまだ本件登録意匠につきその意匠権の設定の登録を得ていなかつたが、右C型意匠は本件登録意匠に類似するものと考え、その旨原告に警告した。

2 被告は、昭和四八年一一月本件登録意匠につきその意匠権の設定の登録を得たので、翌四九年三月下旬、原告に対し、再度同趣旨の警告を発したところ、同月二六日、原告から大要「C型意匠に係る茶こしを、今後も引き続き有利に製造、販売したいので、本件意匠権につき独占的通常実施権を許諾されたい。原告は、右範囲をこえて、本件登録意匠を実施する意思はない。」との趣旨の申込を受け、被告もこれを承諾して、本件意匠権につき通常実施権許諾契約が成立する運びとなつた。

3 原被告は、右の通常実施権の設定の登録手続をすすめるため、直ちに特許庁を訪れ、同庁係官から申請手続の要領につき簡単な説明をうけるとともに、申請書及びこれに添附すべき通常実施許諾書のひな形(乙第一八号証の一、二。もつとも、これは意匠権用ではなく、特許権用であつた。)を貰い受け、右係官からうけた「この程度の単純な権利については、『範囲』の欄には全部と書くのが普通だ。」という一般的、かつ、概括的な説明を鵜呑みにし、それがそのまま本件にも妥当するものと誤解して、右ひな形に準拠し、通常実施許諾書(甲第二号証、乙第五号証の二、乙第一七号証の二)及び通常実施権設定登録申請書(乙第五号証の一、乙第一七号証の一)をそれぞれ作成したうえ、その「範囲」欄に「全部」と記入した。

前掲甲第一〇号証の記載及び原告本人尋問の結果中、右認定と異なり原告の前記主張に添う部分はいずれも被告本人尋問の結果(第一、二回)に照らし直ちに信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば、前掲甲第二号証、乙第五号証の一、二及び乙第一七号証の一、二中、通常実施権の範囲を全部とする旨の記載も、これを文理どおりに理解して、原告の右主張事実を証すべき資料とみることはできない。かえつて、右認定事実によれば、原被告間には、本件通常実施権の範囲を、C型意匠を実施する限度にかぎる旨の合意が成立したものということができる(ちなみに、被告は、本件第一回口頭弁論期日において、通常実施権の範囲を全部とする旨の合意が成立したとの主張を含む本訴請求の原因第二項の事実を認めた旨、同弁論調書に記載があり、反訴状の請求の原因第二項には、範囲を全部とする通常実施権の設定を許諾した旨の記載があるが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、これらは、単に、範囲を全部と記載した前掲通常実施許諾書及び通常実施権設定登録申請書を作成したことを認めた趣旨に過ぎないと認められるから、本件第九回口頭弁論期日において、被告が、右範囲をC型意匠実施の限度にかぎられる旨、その主張を明確にしたことをもつて、自白の撤回とみることはできない。)。

三 次に、被告主張の錯誤の点について判断するに、成立に争いのない甲第五号証、乙第七号証及び第一四号証、被告本人尋問の結果(第一、二回)及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第一〇号証の一、二並びに証人鳥居達朗の証言及び原告本人尋問の結果(いずれも、後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1 原告は、昭和四六、七年ころから原告製品の製造販売を始め、本件通常実施権許諾契約(以下、「本件契約」という。)を締結した昭和四九年三月末までには二〇万個以上を製造、販売したが、その後も引き続き右行為を継続する意思をもつていた。

2 被告は、本件契約締結の際には、原告が従来から原告製品を製造、販売してきたことを全く知らず、C型意匠の範囲をこえて本件登録意匠を実施する意思はない旨の前記認定のような原告の言明を信じて、その申込を承諾し、契約の趣旨に則つて右通常実施権の設定の登録をすべく、そのための作業を進めてきた。

3 しかるに、被告は、同年四月五日、新宿駅ビル名店会の高田屋において、原告の製造販売にかかる原告製品を発見し、ここにはじめて事の真相に気づき、右通常実施権の設定の登録手続をする意思を喪失した。

証人鳥居達朗の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、いずれも被告本人尋問の結果(第一、二回)に照らし直ちに措信することができない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

これらの認定事実によれば、被告は、原告がいまだ原告製品を製造、販売したことはなく、その後もその意思なきものと誤信して、本件契約の締結の意思表示をしたものであり、当時すでに、原告が原告製品を大量に製造販売し、その後も引き続き継続の意思を有することを知つていたならば、本件契約を締結しなかつたであろうことを推認することができるから、本件契約は、その重要な動機に錯誤があつたものというべく、さらに右認定事実によれば、右動機に関する事項は、本件契約を締結する際表示されていたのであるから、被告の本件契約における意思表示は、要素の錯誤によるものであつて、無効であるといわなければならない。

原告は、右錯誤につき、被告に重大な過失があつた旨主張し、その根拠として、原被告はかねてから同業者であつたし、原告が各種茶こしの製造販売を全国的に行なつていたことを被告は知つていたから、被告は、原告による原告製品の製造販売を容易に知りえたはずであるというが、成立に争いのない乙第一一号証の一、二及び原、被告(第一回)各本人尋問の結果(前者については、前記信用しない部分を除く。)に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、みずから取り扱う茶こしのカタログに、原告製品だけは掲載することをせず、被告に対しては極力原告製品の製造販売を秘匿しようとしていた様子が窺われ、のみならず本件契約の締結に際しては、前認定のとおり、原告は積極的に「C型意匠の範囲をこえて、本件登録意匠を実施する意思はない。」旨被告に対して言明していることに徴すれば、原被告がかねてから同業者の間柄である(このことは、本件口頭弁論の全趣旨から明らか)からといつて、また仮に原告が各種茶こしの製造販売を全国的に行なつていたことを被告が知つていたからといつて被告が、原告による原告製品の製造販売に気付かなかつたことにつき、重大な過失があつたものということはできないので、原告の右主張は採用することができない。

四 原告が、昭和四六年ころから、原告製品を毎月少なくとも二万個以上製造、販売してきたことは、当事者間に争いがない。

そこで、成立に争いのない甲第一三、第一四号証、乙第二号証の一、二及び第三号証を参酌しつつ、本件登録意匠と原告意匠とを対比すると、まず網状帽体部については、前者が二重網で、網目を構成する線条が太めであるのに対し、後者は一重網で、網目を構成する線条が比較的細い点で相異し、また、環状取付部の形状は周縁断面がその端部において前者はほぼ丸味をおびているのに対し後者は三角形の頂点状をあらわしている点で相異が認められるが、両者は、いずれも網状帽体部と環状取付部とから成り、右網状帽体部の底部が右環状取付部の一つの面において結合して一体をなし、環状取付部は輪状の縁取りを有する中空円形で、この中空部分に網目が円形にあらわれ、環状取付部の横側周縁にはほぼ等しい深さをもつて浅い凹状の溝を設け、そのために断面ほぼH状をなし、この凹部が急須の注ぎ口根元部分に着脱自在に嵌合される構成をもち、両者はともに鍔付き帽子状もしくは釜状を呈する点で、その基本的形状を共通にし、この点が看者の注意を惹くところであると認められるので、原告意匠は本件登録意匠に全体として類似するものということができる。

五 そうすると、原告意匠は本件登録意匠に類似し、かつ、原被告間に成立した本件契約は錯誤により無効に帰したものというべきところ、原告の本訴請求中、通常実施権の設定の登録手続請求は、右許諾契約の有効を前提とし、また、損害賠償請求は、原告意匠が本件登録意匠と同一でもなければ類似もしていないこと又は本件契約が有効であることを前提とするから、原告の本訴請求は、進んでその余の点につき判断するまでもなく、いずれも右前提を欠き、理由がないものといわなければならない。

第二 反訴について

一 被告が昭和四八年一一月一六日本件意匠権を取得したこと、本件登録意匠の内容が別紙意匠公報表示のとおりであること及び原告意匠が本件登録意匠に類似するものというべきであることは、いずれも本訴について説示したとおりである。

二 成立に争いのない乙第一四号証、証人鳥居達朗の証言及び原、被告各本人尋問の結果(後者については第一回)並びにこれらにより真正に成立したものと認められる乙第一五号証によれば、原告は、昭和四八年一二月一三日から翌四九年三月二六日までの間、別紙売上目録(一)記載のとおり、原告製品一一万個を金二六二万円で鳥居商店に販売し、合計金一一〇万円の純利益を得たことが認められ、これに反する証拠はない。

ところで、被告は、原告の右侵害行為当時、みずからは本件登録意匠の実施である事業をしていなかつたものの、これは、原告による原告製品の製造販売行為により、やむなく右事業を中止せざるをえなくなつたためであり、原告の侵害行為さえなければ、右事業を継続してそれ相当の販売利益をあげえたであろうことを前提に、本件についても意匠法第三九条第一項の規定の適用があり、原告の右侵害行為により被告が受けた損害の額は、法律上金一一〇万円と推定される旨主張する。しかして、被告本人尋問の結果(第二回)中には、被告が、昭和四五年から翌四六年にかけて行なつていた本件登録意匠と同一の意匠に係る茶こしの製造販売を、その後中止するに至つたのは、原告が原告製品を廉価で、かつ、大量に鳥居商店に販売するようになつた結果であるとの趣旨の供述がある。しかしながら、被告本人尋問の結果(第一回)中には、右事業中止の原因は、被告が従来その茶こしを装着すべき急須の製造を委託していた業者が事業に失敗し、その販売を担当していた者も被告方に来なくなつたためである旨の供述があつて、前後相矛盾し、いまだにわかに信用できず、他に、この点に関する被告の主張を肯認するに足りる証拠もない。したがつて、本件にも意匠法第三九条第一項の適用がある旨の被告の前記主張は、その前提を欠き、理由がないものといわなければならない。

そこで、被告は、原告に対して、本件登録意匠の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害額としてその賠償を請求しうるところ、被告本人尋問の結果(第一、二回)に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本件意匠権の通常実施料率は販売価額の五パーセントを相当とすることが認められるから、被告は、原告に対して、金一三万一〇〇〇円の損害賠償請求権を有するものということができる。

三 前顕乙第一四、第一五号証、証人鳥居達朗の証言及び原、被告各本人尋問の結果(後者については第一回)によれば、原告は、昭和四九年三月二八日から同年一〇月末までの間、別紙売上目録(二)記載のとおり、原告製品一八万個を金四六八万円で鳥居商店に販売したことが認められ、これに反する証拠はない。

これらの事実に、前記一において述べた事情をあわせ考えれば、原告は、なんら法律上の原因なくして、本件意匠権の実施料相当額の利得をし、その結果被告は同額の損失を蒙つたものというべきところ、本件意匠権の通常実施料率は販売価額の五パーセントを相当とすること前認定のとおりであるから、被告は、原告に対して、右販売価額金四六八万円の五パーセントに相当する金二三万四〇〇〇円の不当利得返還請求権を有するものということができる。

四 証人鳥居達朗の証言によれば、原告は現在でもなお断続的に原告製品を製造、販売していることを認めることができ、これに反する原告本人尋問の結果は措信しない。

五 原告が、昭和五一年三月二五日ころ、被告主張のような内容の告訴をしたことは、当事者間に争いがない。

しかして、これまでに確定した事実によれば、原告がした告訴に係る事実は犯罪を構成せず、原告自身このことを熟知していたものということができるから、右告訴は被告に対する不法行為となり、原告は被告に対して、右告訴によつて生じた損害を賠償すべき義務を負うべきところ、被告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告は、昭和五一年六月二八日野方警察署で、翌五二年五月二六日ころには東京地方検察庁で、それぞれ被疑者として取調をうけ、少なからずその名誉感情を害され、精神的苦痛を味わつたことが認められる。そして、本件においては、被告の右精神的苦痛を慰藉するためには、原告をして金一〇万円の慰藉料を支払わせるのが相当である。

第三 かくして、原告の本訴請求は、すべてこれを棄却することとし、また、被告の反訴請求については、原告製品の製造販売の差止め、前記二項記載の損害金一三万一〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和四九年四月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払、前記三項記載の不当利得金二三万四〇〇〇円及びこれに対する本件反訴状陳述の日の翌日である昭和五二年三月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払並びに前記五項記載の慰藉料金一〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年三月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余の請求はこれを棄却する。

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