大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)5928号 判決 1979年3月23日

原告(亡中野善雄訴訟承継人) 中野睦紘

右訴訟代理人弁護士 大貫正一

同 穴戸博行

同 米田軍平

被告 小川清治

右訴訟代理人弁護士 奥川貴弥

同 上條義昭

主文

一  被告は、別紙目録(一)記載の土地につき、原告のため山形県知事に対して農地法第五条による許可申請手続をせよ。

二  被告は、原告に対し、別紙目録(一)記載の土地につき、前項の許可を受けたことを条件として所有権移転登記手続をせよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一  主文第一、二項と同旨。

二  被告は、原告に対し、別紙目録(一)及び(二)記載の土地を明け渡せ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  右第二項(土地明渡請求)につき仮執行の宣言。

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  中野善雄(訴訟承継前の原告)は、昭和二八年九月二日、被告から農地法第五条による山形県知事の許可を受けることを条件として別紙目録(一)記載の土地(以下「本件畑」という。)を代金五万円で買い受けた。

二  本件畑は、不動産登記簿上の地目は畑であるが、昭和二八年九月以前から現況が宅地になっている。

三  中野善雄は、昭和四〇年四月二〇日、別紙目録(二)記載の土地(以下「本件宅地」という。)の所有権を相続によって取得した。

四  原告は、中野善雄が昭和五三年二月一七日に死亡したので、相続人間の遺産分割の協議をしたうえ、本件畑及び宅地の所有権を相続によって取得した。

五  被告は、本件畑及び宅地を占有している。

六  よって、原告は、被告に対し、本件畑につき、原告のため山形県知事に対して農地法第五条による許可申請手続をし、この許可を受けたことを条件として原告に対する所有権移転登記手続をすること、並びに、本件畑及び宅地を明け渡すことを求める。

〔請求原因に対する認否〕

請求原因第一項の事実を否認する。

同第二項の事実を認める。

同第三項の事実は知らない。

同第四項のうち、中野善雄が原告主張の日に死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。

同第五項の事実を認める。

〔抗弁〕

一  仮に本件畑の売買契約が認められるとしても、被告は、昭和五一年六月五日、子供である小川清昭に本件畑を贈与し、その所有権移転登記手続をした。したがって、右売買契約に基づく被告の義務は、履行不能によって消滅した。

二  被告は、昭和二八年九月二日以前より、本件宅地につき管理処分権を有する中野善雄から、普通建物所有の目的で本件宅地を賃借している。

〔抗弁に対する認否〕

抗弁第一項の事実は知らない。

同第二項の事実を認める。

〔再抗弁〕

一  被告は、本件畑の売買契約に基づく被告の義務が履行不能によって消滅した旨主張する。しかし、被告から小川清昭に対する本件畑の贈与による所有権移転登記手続は、後記第三項3のような経緯から推定相続人である小川清昭に対してされたものであり、かつ、被告は無資力の状況にあるので、民法第四二四条所定の詐害行為に該当する。原告は、小川清昭を相手方として被告から同人に対する贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を山形地方裁判所に提起し、右訴訟は、現に同裁判所に係属している(昭和五二年(ワ)第八〇号事件)。このような事情にあるので、被告の前記義務は、履行不能によって消滅した、とはいえない。

二  中野善雄と被告は、昭和二八年九月二日、本件宅地の賃貸借契約を合意解約した。すなわち、本件畑の売買契約は、被告がその家族と一緒に東京に移住するので買って欲しい旨中野善雄に申し入れたことから成立したのであるが、その際、被告は、本件宅地の賃貸借契約を合意解約し、三か月以内に本件宅地を明け渡すことを約した。

三  仮に右合意解約が認められないとしても、中野善雄は、昭和五一年九月二二日の本件口頭弁論期日において被告に対し、本件宅地の賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。

右解約の理由は、次のとおり。

1 被告は、本件畑の売買契約直後、妻子を置去りにして情婦と共に家出した。

2 被告の妻子は、途方に暮れていたが、まもなく被告の妻が交通事故によって片足切断の重傷を負い、生活保護を受ける窮状に陥った。中野善雄は、このような妻子の窮状に同情したので、本件宅地の明渡しを猶予してきた。

3 中野善雄は、昭和五一年四月二四日、ようやく被告の住所を突き止め、本件畑の売買契約の履行を被告に求めた。ところが、被告は、これに応じなかったばかりか、同年六月五日に子供である小川清昭に本件畑を贈与したと主張している。被告は、中野善雄から本件畑の売買契約の履行を求められたので、その履行を免れるため急きょ子供に本件畑を贈与したのであって、右贈与は、中野善雄に対する重大な背信行為であり、このような被告との間に中野善雄が本件宅地の賃貸借契約を継続することは不可能である。

〔再抗弁に対する認否〕

再抗弁第一項につき、詐害行為取消権の行使は、金銭債権についてのみ認められ、特定物債権については認められないから、原告の主張は理由がない。

同第二項の事実を否認する。

同第三項につき、1の事実は否認、2の前段の事実は認め、後段の事実は否認、3のうち、被告が昭和五一年六月五日に子供である小川清昭に本件畑を贈与したと主張していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告の小川清昭に対する本件畑の贈与は、本件宅地の賃貸借契約とは全く別個のことであるから、右賃貸借契約に少しも影響を及ぼすものではない。むしろ、小川清昭らは、被告名義で二十数年間にわたって本件宅地の賃料を支払っており、賃借人としての義務に欠けるところがないから、原告が主張する解約の理由は、失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、中野善雄は、昭和二八年九月二日、被告から宅地として使用する目的をもって本件畑を代金五万円で買い受け、その日に内金三万円を、翌三日に残金二万円(ただし、内金八、〇〇〇円については、被告が中野善雄に対して負担する昭和二五年度から同二八年度までの本件宅地の賃貸借契約に基づく賃料八、〇〇〇円と相殺したものである。)をそれぞれ支払ったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

中野善雄が昭和五三年二月一七日に死亡したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、遺産分割の協議等を経て、本件畑の売買契約から生ずる中野善雄の請求権を相続によって取得したことが認められる。

右認定の事実によれば、被告は、本件畑につき、原告のため山形県知事に対して農地法第五条による許可申請手続をし、この許可を受けたことを条件として原告に対する所有権移転登記手続をしなければならない。

もっとも、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五一年六月五日、次男である小川清昭に本件畑を贈与し、同月一五日、その所有権移転登記手続をしたことが認められる。しかし、農地の売買契約から買主に生ずる農地法所定の許可申請協力請求権、その許可を受けたことを条件とする所有権移転登記請求権等は、売主に対してそれらの手続に協力すべきことを請求し得る契約上の権利であって、本件の場合のように、売主が将来相続人となる者に対して農地を贈与したような特別の事情があるときは、その相続人は、農地の売買契約から生ずる売主たる被相続人の義務を承継する関係にあるから、被相続人の義務は、贈与後においても依然として消滅しないと解するのが相当であり、前認定のような被告から小川清昭に対する本件畑の贈与及びその所有権移転登記手続の完了という事実は、売主たる被告が負担する本件畑の売買契約から生ずる協力義務の履行を法律上不能ならしめるものではなく、買主たる中野善雄は、右の事実によっても前記請求権を失わず、その履行を求める利益を有するというべきである(なお、原告は、小川清昭を相手方として被告から同人に対する贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を山形地方裁判所に提起し、右訴訟が現に同裁判所に係属していると主張しており、その詳細は不明であるが、仮にこの訴訟で原告が勝訴するときは、売主たる被告が負担する本件畑の売買契約から生ずる協力義務の履行が事実上も可能になると思われる。)。

二  次に、本件畑の明渡請求につき判断するに、本件畑が昭和二八年九月以前から現況が宅地になっていること及び被告が本件畑を占有していることは、当事者間に争いがない。しかし、農地の売買についての農地法所定の許可は、公益上の必要に基づき要求されるものであるから、裁判所は、当事者が自白した事実に拘束されず、本件畑が農地であるかどうかを認定しなければならない。《証拠省略》によれば、本件畑の大部分は実際にも畑として使用されており、前項で認定した本件畑の贈与についても農地法所定の許可を受けていることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると本件畑は、その所有権の移転につき農地法所定の許可を受けることを要する農地と認めるのが相当であって、この許可の対象から外れた土地であると認めることはできない。だからこそ、原告も本訴で被告に対し本件畑につき農地法第五条による許可申請手続等を求めているはずである。このように本件畑は農地であり、農地の売買については、農地法所定の許可を受けなければ所有権移転の効力を生じないから、中野善雄が被告から本件畑を買い受けても、その許可を受けていない以上、本件畑の所有権は、被告から中野善雄ひいては原告に移転せず、依然として被告に属する。したがって、本件畑の所有権に基づく原告の請求は、理由がない。

三  本件宅地の明渡請求につき判断する。

《証拠省略》によれば、中野善雄は、昭和四〇年四月二〇日、本件宅地の所有権を相続によって取得し、同年一〇月二日、その所有権移転登記手続をしたことが認められ、同人が昭和五三年二月一七日に死亡したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、遺産分割の協議等を経て、本件宅地の所有権を相続によって取得し、同年五月一九日、その所有権移転登記手続をしたことが認められる。

被告が昭和二八年九月二日以前より本件宅地につき管理処分権を有する中野善雄から普通建物所有の目的で本件宅地を賃借し、これを占有していることは、当事者間に争いがない。

そこで、原告主張の右賃貸借契約の合意解約の成否につき判断するに、中野善雄は、合意解約についての原告の主張に沿う供述をするけれども、右供述は、前掲甲第一号証(売渡証)にもその旨の記載がなく、これを裏付ける証拠が皆無であること、《証拠省略》によって認められる次の事実、すなわち、昭和二八年九月以前から本件宅地の上には小川太吉所有名義の木造草葺平屋建居宅、床面積七六・〇三平方メートル及びその付属建物として木造草葺平屋建物置、床面積一五・八六平方メートルが存在し(ただし、本件訴訟提起後、いずれも焼失して現存しない。)、右居宅に被告の母、妻チマ及び子供らが居住しており、昭和二八年度の本件宅地の賃貸借契約に基づく賃料については、前認定のように本件畑の売買代金の支払の際に相殺によって清算されたのみならず、昭和二九年度から同五〇年度までの分についても、中野善雄が被告の妻子から異議なく受け取り、被告宛ての領収証を交付してきたもので、その間、中野善雄が被告の妻子に対して本件宅地の賃貸借契約が合意解約された旨述べたことがないことに照らしてたやすく措信できない。

したがって、原告主張の合意解約の事実を認めることはできない。

原告は、更に、被告の背信行為を理由として本件宅地の賃貸借契約を解約したと主張するので、まず、原告主張の解約理由たる事実の存否につき判断するに、《証拠省略》によれば、被告は、本件畑の売買契約直後、妻子を置去りにして情婦と共に家出したこと、被告の妻チマが昭和二九年か三〇年ころ交通事故によって片足切断の重傷を負い、被告の母や子供らをかかえて生活に困窮したこと、中野善雄は、被告の所在を捜していたが、昭和五一年四月二四日、ようやく被告の住所を突き止め、本件畑の売買契約の履行を被告に求めたこと、しかし、被告は、本件畑を売り渡したことを否定し、その後まもない同年六月五日、次男である小川清昭に本件畑を贈与し、同月一五日、その所有権移転登記手続をしたことが認められる。なお、中野善雄は、被告の妻子の窮状に同情して本件宅地の明渡しを猶予してきた旨供述するが、前認定のように原告主張の合意解約の事実が認められないので、右供述は、措信することができない。

右認定の事実によれば、被告は、原告が主張するとおり、中野善雄から本件畑の売買契約の履行を求められたので、その履行を免れるため急きょ子供に本件畑を贈与したものと推認するに難くなく、右贈与が中野善雄に対する背信行為であることはいうまでもない。しかし、他方、前認定のように、本件宅地の賃貸借契約は、被告の家出後も二〇年以上の長期にわたって継続してきたもので、その間、被告の妻子が賃料を支払っており、中野善雄と被告の妻子との間には格別トラブルがあったような事情も窺われないことと、被告の背信行為の性質が本件宅地の賃貸借契約に基づく賃借人の義務(信義則上の義務を含む。)との間に関連が薄いことを考え合わせると、被告の前記のような背信行為のみでは、被告に本件宅地の賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような背信行為があったとまでは認められない。

したがって、原告主張の被告の背信行為を理由とする本件宅地の賃貸借契約を解約する旨の意思表示は、その効力を生じない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求のうち、被告に対し、本件畑につき、原告のため山形県知事に対して農地法第五条による許可申請手続をし、この許可を受けたことを条件として原告に対する所有権移転登記手続を求める部分は理由があるので認容し、本件畑及び宅地の明渡しを求める部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例