東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6401号 判決 1981年4月28日
原告
片倉チッカリン株式会社
右代表者
大村潔
右訴訟代理人
樋口和博
外二名
被告
松岡豊
被告
株式会社シグマ
右代表者
真鍋勝紀
右両名訴訟代理人
永松義幹
被告
日本マクドナルド株式会社
右代表者
藤田田
右訴訟代理人
河嶋昭
主文
一 被告松岡豊は原告に対し、原告から金八億円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明渡し、かつ右金員提供の日の翌日から明渡済まで一か月金八一万二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二 被告日本マクドナルド株式会社は原告に対し別紙物件目録記載(五)の建物部分から退去して右建物部分の直下敷地に当たる土地部分を明渡せ。
三 被告株式会社シグマは原告に対し別紙物件目録記載(五)の建物部分から退去して右建物部分の直下敷地に当たる土地部分を明渡せ。
四 原告の被告松岡豊に対するその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告松岡豊は原告に対し、
(一) (一次的請求)
別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を明渡し、かつ昭和五一年八月一五日から明渡済まで一か月金八一万二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
(二) (二次的請求)
原告から金八億円の支払を受けるのと引換えに、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ右金員提供の日の翌日から明渡済まで一か月金八一万二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
(三) (三次的請求)
別紙物件目録記載(四)の建物部分を収去して同目録記載(三)の土地部分を明渡し、かつ昭和五一年八月一五日から明渡済まで一か月金三七万八、四〇〇円の割合による金員を支払え。
(四) (四次的請求)
原告から金四億円の支払を受けるのと引換えに別紙物件目録記載(四)の建物部分を収去して同目録記載(三)の土地部分を明渡せ。
2 主文第二項と同旨
3 主文第三項と同旨
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は本件土地を所有している。
2 原告は昭和二一年八月一五日被告松岡から、本件土地を、バラック建物を建築する敷地として貸してほしいとの要請で、期間を一〇年の暫定期なものとして賃貸した。しかし右契約期間は借地法の適用により三〇年となつた。
3 原告と被告松岡間の本件土地賃貸借契約は、昭和五一年八月一四日をもつて期間が満了した。
4 原告は右期間満了に先立ち、昭和五一年七月一七日、被告松岡に本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、更に期間満了後も、被告松岡の本件土地使用について直ちに異議を述べた。
5 右異議には次のとおりの正当事由がある。
(一) 原告側の事情
(1) 原告は、肥料、農業用資材、LPG自動車用機器、石灰石、工業薬品等の製造、加工、販売を目的とする従業員六八〇・資本金五億円の株式会社で、肩書住所地に所在する三井生命ビルの八、九階708.03平方メートルを訴外三井生命保険相互会社(以下「三井生命」という。)から賃借し、これを本社事務所としているが、近年業務内容の拡充、多様化に伴なう人員・事務量の増加と、会議室の不足等のため本社事務所は現状において既に狭隘である上、原告は、三井生命ビル内に事務所を置く他の会社と異なり三井グループ系列の会社ではないこともあり、昭和五〇年末頃には三井生命から他のビルへの転居を促されるなどの事情が存し、自己所有の本社社屋を他へ建設する必要性に迫られている。
(2) 本件土地は、国鉄渋谷駅から至近距離の繁華街に所在し、周囲は現況においても高層ビル街区化が必至の地域で、付近には西武百貨店、NHK、映画館、専門店、飲食店等が軒を並べ、ショッピング、オフィス街を形成しており、環境、立地条件からみて原告の本社社屋建設のための敷地としては、原告が都内に有する唯一の適地である。
(3) 原告は昭和五一年当時、本社事務所の賃料として三井生命に対し年間金三、〇八五万五、六〇〇円という多額の金銭を支払つている一方被告松岡から本件土地賃料として受領していた金員は、固定資産税を差し引けば年間わずか金一五〇万円足らずであり、このようなアンバランスは会社経営上も放置することは許されない(なお、その後原告が三井生命に支払う事務所賃料は年間金四、六二二万円となつたのに対し、固定資産税の引き上げの結果、原告が被告松岡から本件土地の賃料として受領する金員は右土地の固定資産税額よりも年間金九〇万円ほど下廻るものとなつている。)。
これに対し、原告が本件土地を被告松岡から返還を受けられるならば、その地上に計画どおり地上八階、地下一階建のビルを建設し本社社屋を移転することができ、三井生命ビル内にとどまりつつ被告松岡に本件土地を従前どおり賃貸する場合に比し、ビル建設費、被告松岡に支払わるべき立退料等の負担を考慮しても、ビル建設後数年目には右負担を解消し、爾後黒字幅は逐年向上するというメリットがある。
なお、原告は仮に被告松岡から本件土地全体の返還を受けられないとしても、同被告が使用していない別紙物件目録記載(三)の土地部分のみでも返還を受ければ、その地上に現に二次的に計画している地上八階、地下一階建のビルを建設し、総床面積一、二八二平方メートルを本社事務所の専用とすることができる。
(二) 被告側の事情
(1) 被告松岡は本件土地上に本件建物を建築し昭和二三年以来現在までその一部でパチンコ店を営んでいるが、建築以来常にその建物全部を自己の営業のためにのみ使用していたわけではなく、本件建物の一部を他の者に賃貸し(昭和四九年一二月三〇日以降は被告マクドナルド及び同シグマに賃貸)、莫大な不労所得をあげていること抗弁2記載のとおりである(但し、被告松岡とその余の被告らとの契約が共同営業契約であるとの部分は除く。)。
(2) 被告松岡は、終戦後早くから本妻とは別居し、現在は渋谷区代々木三丁目に訴外服部錬子名義で敷地と共に購入した居宅に同女と同居しており、その子女は既に成人して就職している。
又、同被告はパチンコ店営業のみで莫大な収入を挙げ、本件建物のほかにも多数のパチンコ店を経営しているものと思われ、すでに莫大な財を蓄えた渋谷区内有数の高額所得者である。
従つて、本件建物でのパチンコ営業ができなくなり、又は本件土地のうち被告マクドナルド及び同シグマが使用している部分を明渡すことになり、両被告からの賃料収入を得られなくなつても、被告松岡が生活に困窮することはない。
(3) 被告松岡と同マクドナルド、同シグマの間には、被告マクドナルド及び同シグマは各自の賃借部分を居住用に使用することは許されず、両被告は被告松岡が本件建物を取り毀す場合には異議なくその占有部分から退去する旨の約定が書面でなされている。
(三) その余の事情
(1) 被告松岡は終戦直後本件土地付近が焼土と化し混乱した状況下に本件土地を不法占拠し建物を建て事後に賃借を申し入れて来たので、原告も止むを得ず事後承認する形で、権利金、保証金等は一切徴することなく(なお、この点の被告松岡の自白の撤回には異議がある。)、バラック作りの木造建物(当初はマーケット)の所有を目的として暫定期間一〇年間と定めて同被告に賃貸したもので、契約の趣旨としては一〇年経過後には四囲の環境、経済状況の変化に応じて契約内容、本件土地の利用形態を当事者間で互譲の精神に則り、再検討、再調整すべきことが当然予想されていた。
(2) 原告は昭和三五、六年頃から、本件土地にビルを建設してこれを原告と被告松岡双方で共同経営する案、土地を分割して使用する案など本件土地の合理的共同利用計画につき被告松岡にたびたび提案をしてきたが、同被告は本件土地の権利(利用・価値)の割合は借地権者である同被告が九割、土地所有者である原告が一割であるべきだとの非常識な主張に固執して、終始原告の提案を拒否し続けた。
(3) 一方被告松岡は本件土地賃貸借契約の期間満了の一年前である昭和五〇年春頃、当時既に朽廃にひんし、もはや四囲の環境にそぐわない状況となつていた本件建物に原告に無断で大改造を加え、一部鉄骨を使用したモルタル造りの現況建物とし、これを三つに区分して、その一部を被告松岡がパチンコ店として使用し、他の部分を被告マクドナルド及び同シグマに賃貸してしまつた。
被告松岡が原告の(2)記載の提案を終始拒否した上、期間満了を控えた時期に原告に無断で本件建物にかかる大改造を加え、莫大な不労所得を確保しようとしたことは、自己の利益に執着する余り、賃貸借関係の維持・存続の基礎となるべき信頼関係を自ら破棄して顧みないものである。
(4) 原告は昭和五六年二月一七日の本訴第三二回口頭弁論期日において被告松岡に対し、更に正当事由を補完する趣旨で金八億円を同被告に支払う用意がある旨述べ、又これに先だつ昭和五五年六月一八日の本訴第二七回口頭弁論期日において被告松岡に対し、同被告が別紙物件目録記載(三)の土地部分のみを原告に明渡す場合には、正当事由を補完する趣旨で金四億円を同被告に支払う用意がある旨述べた。
なお、原告は被告松岡との本件土地賃貸借契約の期間満了の直前である昭和五一年七月一七日同被告に対し、原告が本件土地上に建設する予定である新ビル内に同被告のパチンコ店のためのスペースを提供する用意があり、十分誠意をもつて話し合いたい旨述べると共に、同年一〇月二五日の本訴第一回口頭弁論期日においても、同被告に対し、正当事由を補強するため新ビル内のいかなるスペースをいかなる法律関係をもつて提供するのがよいか裁判所の提案ないし示唆を戴いて検討したい旨述べた。
6 被告マクドナルドは本件建物の一部分に当たる別紙物件目録記載(五)の建物部分を占有使用し、同シグマも同じく同目録記載(六)の建物部分を占有使用し、それぞれ各建物部分の直下敷地に当たる本件土地の一部を占有している。
7 本件土地の一か月当たりの使用料相当損害金は金八一万二、〇〇〇円であり、別紙物件目録記載(三)の土地部分の一か月当たりの使用料相当損害金は金三七万八、四〇〇円である。<以下、省略>
二 請求原因に対する認否<以下、事実省略>
理由
一請求原因事実中の原告が本件土地を所有していること、被告松岡豊が昭和二一年八月一五日本件土地を建物所有の目的で賃借し地上に本件建物を所有し、本件土地を占有していること、被告マクドナルドは本件建物の一部分に当たる別紙物件目録記載(五)の建物部分を占有使用し、同シグマも同じく同目録記載(六)の建物部分を占有使用し、それぞれ各建物部分の直下敷地に当たる本件土地の一部分を占有していることはいずれも当事者間に争いがない。
二存続期間満了による賃貸契約の終了について。
1 原告と被告松岡との本件土地賃貸借契約が昭和五一年八月一四日をもつて期間満了となること、原告は右期間満了に先立つ昭和五一年七月一七日、被告松岡に本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、更に期間満了後の被告松岡の本件土地使用に対しても直ちに異議を述べたことは、いずれも原告と被告松岡間に争いがない。
2 そこで、右異議を述べたことに正当の事由があるか否かにつき判断する。
(一) 原告側の本件土地を必要とする事情
<証拠>によると次の事実が認められ、これを履すに足りる証拠はない。
(1) 原告は肥料、農業用資材、LPG自動車用機器、石灰石、工業薬品等の製造、加工、販売を業とし、大正九年に設立され、従業員六八〇名を擁し資本金五億円(昭和四九年現在)の株式会社で、東京都千代田区大手町一丁目二番三号所在の三井生命ビルに本社事務所を置くほか、全国に支店八箇所、営業所五箇所、工場一二箇所、関連会社九社を有する。
被告は本社事務所として昭和四〇年四月三井生命から同ビル八階、九階の各一部合計708.03平方メートルの部屋を期間三年、賃料月額一〇九万二、三一八円、設備利用費月額八万五、六七二円との約で賃借したのであるが、原告の本社事務所に勤務する従業員のみでも約一〇〇名おり従来から手狭であつたが、近時の業務内容の拡充、多様化に伴ない事務量、従業員が増加し、原告程度の規模を有する会社の本社事務所としては甚だ狭隘なものとなつている。即ち、原告は全国農業協同組合連合会との取引上テレックス等の機器を導入する必要があるが、これを設置する適切な場所がなく止むなく自動車運転手の控室の一隅をこれに充てており、四〇名ほどいる女子従業員の更衣室もなく、一〇名ほど使用できるスペースをロッカーで囲んでどうにか確保している有様であるし、事務取締役、常務取締役の個室もなく取締役会長でさえ相談役と相部屋となつている。又会議室も二〇名ほど収容できる小会議室が一つあるのみで、役員会、地方の各支店から関係者を招集しての全体会議なども人数が多くなれば他の会社の会議室を借りて開かなくてはならないし、来客用の応接間も不足し、事務室の一隅をロッカーで囲んで仮応接室としている状態で、従業員の机、椅子が接近して置かれているため事務所内を楽に歩行することもできないなど、事務所が狭隘なことから種々の不便を強いられている。
そこで原告は昭和五〇年二月三井生命ビルの管理会社である三生不動産株式会社に、同じ三井生命ビル内の部屋を事務所用として借り増したい旨頼み込んだところ、三井生命自身も同ビル内に約二、〇〇〇の職員をかかえ、事務量の増大化から事務所が狭隘で困つているので、原告に事務所を貸し増すことは到底できない。むしろ同年四月頃完成予定の神田橋の日立ビルに原告の本社を移転して貰えると三井生命としても好都合であり、その際は三井生命の方で引越し代金は負担する旨の返答であつた。(なお、同様に日立ビルに移転してはどうかとの提案は九階の訴外富士石油株式会社に対しても三生不動産株式会社からその頃なされた。)。原告は日立ビルが場所的に不便で、賃料も三井生命ビルより坪あたり倍額近いとのことであつたため、原告の本社事務所としては不適当と判断し、右三生不動産株式会社の申入を断つた。しかし三井生命ビルは本来は三井系関連企業の事務用のビルで、これと無関係な他企業への事務所の賃貸を目的とするビルではなく、三井生命も事務所の狭隘に困窮していることから、早晩三井生命がビルの七、八、九階に入居している他社に円満裡に退去を求める可能性が強く、その際は三井生命と資本関係がなく賃借面積の大きい原告と前記富士石油株式会社がまずその対象とされることは必至の状態でその可能性は逐年増加している。
(2) 原告は、本件土地のほか、東京都内に一〇〇坪を越える土地として、世田谷区代田一丁目三六三番地三に508.69平方メートル、日野市高幡七八七の五、六に1,101.84平方メートルの土地を所有しているが、双方とも原告本社事務所用地としては場所的に不便であるほか、日野市の土地は警視庁の鉄筋五階建の寮が建築されていて原告の使用は殆ど不可能であるし、代田の土地は地上に高圧線が通つているため高層ビル建築には規制がありせいぜい将来の社宅用地として使用できるだけで、いずれも本社事務所用地としては不適当である。
これに対し本件土地は、渋谷駅から至近距離の繁華街に存し、いわゆる公園通りの入口付近に位置し、向かい側には西武百貨店があり、パルコ、映画館、専門店、飲食店などが軒を並べ、周囲の建物は殆ど高層建築でその中に各種の企業が事務所・営業所を設け、又NHK放送センターも近く、ショッピング街、オフィス街が形成され、原告程度の規模を有する会社の本社事務所用地としては場所的には最適ともいうべき土地である。
(3) 原告は三井生命に対し、本社事務所の賃料(但し、設備利用費、駐車料を含む。)として年間昭和四一年は一、五二一万五、八八〇円を支払い、これが相次ぐ値上げで昭和四九年には二、一一〇万〇、六二〇円、昭和五〇年には二、五六七万七、七六八円、昭和五二年には三、七三四万六、四〇〇円となり、一方原告が被告松岡から本件土地の地代として支払を受けている金員は、年額で昭和四一年一六七万八、九九二円、その後数度の値上を経て昭和四九年が八四七万三、八〇〇円、昭和五〇年が九七四万四、〇〇〇円(以降は被告松岡が同額を供託している。)であり、原告が本件土地を所有していることにより賦課されている固定資産税、都市計画税は年額で昭和四一年が六六万九、〇四〇円、その後年度毎の改定により昭和四九年が六二五万四、五八〇円、昭和五〇年が七五二万四、七二〇円、昭和五五年が一、〇六五万九、八九〇円である。そこで本件土地賃貸借契約期間満了の前年である昭和五〇年をとつてみると、原告は、一方で本件土地について被告松岡から支払われた地代と固定資産税、都市計画税の差額二二一万九、二八〇円を利得しているに過ぎず、他方で本社事務所用部屋の賃料として年間二、五六七万七、七六八円を支払つていることになり、収支の均衡を著しく失つしている。又(1)において認定した事情から原告は三井生命からの賃料値上の請求はこれをむげに拒否できない立場にあり、逆に後記認定のように本件の地代を値上げすることは必ずしも容易でないため、収支の不均衡は増々拡大していく状況にある。
(4) 以上認定した事情から、原告としては昭和四九年初め頃から、昭和五一年八月一四日に賃貸借期間の満了を迎える本件土地を被告松岡から返還を受け、ここに原告の本社事務所用ビルを建設する計画を取締役会で度々討議するようになつた(昭和四九年以前の原告の本件土地利用計画については後記認定のとおり。)。
本件土地上に建設するビルは地域の建ぺい率一〇〇パーセント、容積率八〇〇パーセントの規制からも地下一階、地上八階建として、被告松岡のパチンコ営業用店舗を併設する前提で、原告の本社事務所と被告松岡のパチンコ店とがいかにしたら併存し得るかも取締役会で種々協議した結果、賃貸借期間満了の三か月前頃には訴外西松建設株式会社から本件土地全体を敷地とする案で、地下一階、地上八階建、総床面積二、七七一平方メートル、うち一階三二五平方メートルに被告松岡のためのパチンコ店舗部分を設ける本社事務所用ビルの基本設計書及び費用総計四億八、〇〇〇万円との見積書が提出されるまで計画は具体化し、更にその頃資金についても訴外株式会社富士銀行銀座支店から融資の承諾を得、仮に五億円を借入れてビルを建設しても、金利負担、所要の償却、固定資産税等の負担を見込んでも、数年後には現状のまま本社事務所を三井生命から賃借しているのに比して有利であるとの収支計画も作成された。
その後昭和五四年には計画が更に具体化され、本件土地全体を敷地とし地下一階、地上八階、総床面積3,881.05平方メートル、一階及び地下一階に合計498.18平方メートルの被告松岡のパチンコ店舗用部分を設ける第一案、本件土地(三)を敷地とし地下一階、地上八階、総床面積1,282.9平方メートルとする第二案の設計図が作成された。
なお、原告は昭和五〇年九月一日から昭和五一年八月三一日の第六一期事業報告によれば当期損失金を出し、無配となつているものの、その後は一割配当にまで回復している。
(二) 被告松岡側の本件土地を必要とする事情
<証拠>によると次の事実が認められる。
(1) 被告松岡は本件土地を原告から賃借して引渡しを受けると、終戦直後の食料事情と本件土地が国鉄渋谷駅に近いとの立地条件を活用し、食料、飲食店を中心とするマーケットを建築することとし、昭和二二年六月本件建物を建築して、二〇名ほどの店舗賃借人を入居させ、自らは本件建物内で当初は模型飛行機店を開き丸大デパートと称して開始した。
その後、被告松岡は、昭和二三年三月から本件建物内で丸大遊戯場の名称でパチンコ店を始め、店舗賃借人には自己が必要とする都度立退きを求め賃借人もこれに応じ逐時立退いたが、被告松岡が本件建物全体をパチンコ店(及びそれに付帯する設備等)として使用したことはなく、昭和四五年頃には本件建物は被告松岡の経営するパチンコ丸大、丸大遊戯場スマートボール、弓場遊戯場のほか、賃借人による理容店、喫茶店、歯科医院が営業しており、昭和四九年頃には店舗の賃借人が全員立退いたため、本件建物一階は半分程度を被告松岡がパチンコ丸大として使用しているほかは空室となつていた。
被告松岡は昭和二三年三月にパチンコ店を始めて以来、渋谷遊戯業組合長の職にあり、全国遊戯業協同組合連合会理事長、全国遊戯場組合連合会会長、東京都遊戯業協同組合理事長、東京都遊戯場組合連合会会長を歴任し、三〇年近くパチンコ業界の発展隆盛のため盡力してきたが、本件建物のほかにはパチンコ店舗を有しておらず、本件建物のパチンコ店での売上げと、従前は本件建物の店舗賃借人からの賃料収入(昭和四九年以降については後記認定。)が、収入の大半で、被告松岡の年間の営業所得は昭和四八年度が一、二七五万円であり、昭和四九年度のそれは一九四万円と激減しており、被告松岡がパチンコ店の営業を継続すること自体困難となる経営危機が生じ、後認定のとおり被告マクドナルド及び同シグマと本件建物の一部の賃貸借契約を締結するに至つた
(2) 被告マクドナルド及び同シグマは昭和四九年末頃、偶々本件建物のうち一階の一部が空室となつたまま放置されていることを知り、本件建物は渋谷駅周辺の繁華街にあつて大通りに面し、人の通行量も多く、大量の食品販売や遊戯場には最適で、即時営業に使用可能な建物が数少なかつたこともあり、被告松岡に対し本件建物のうち空室となつている部分を利用させて欲しい旨申し入れた。被告松岡は当時の経営危機状況を乗り切るためには、本件建物に店舗賃借人を入居させ、保証金、権利金、賃料等の収入を得るのが得策であると判断し、被告マクドナルドとは昭和四九年一二月三〇日に共同経営予約契約書を、被告シグマとは同年二〇日共同営業契約書をそれぞれ取り交し大要次ぎの内容の契約(契約の性質は後記認定のとおり)を結んだ。即ち被告マクドナルド及び同シグマは賃借して使用する建物部分の側躯体工事及び電気工事の費用(工事は被告松岡において行ない、被告マクドナルド及び同シグマはその割合に応じて費用を負担する。)を負担し、被告マクドナルド及び同シグマの各店舗の内装工事費は各自が負担すること、保証金各二、〇〇〇万円、一年間の前払賃料各一、〇〇〇万円、契約終了時に内装を取り毀す費用七〇〇万円(但し、被告マクドナルドのみ。)を被告松岡にそれぞれ支払うこと、賃料は被告マクドナルドについては同被告の月額売上の八パーセント(但し、最低保証年一、〇〇〇万円)、被告シグマについては同被告の月額売上額の一〇パーセント(但し、上限を年一、〇〇〇万円とする。)、期間三年とし契約終了後は一年毎に更新するものとし、本件建物中別紙物件目録記載(五)の部分を被告マクドナルドに、同(六)の部分を被告シグマに賃貸して引渡した被告松岡は同年末から同五〇年初め頃にかけて本件建物の躯体に一部鉄骨を使用するなどして大規模な改造を施し、被告マクドナルド及び同シグマは各賃借部分に内装工事を施して、それぞれ一階をハンバーガー等の販売、総合機械ゲーム場に、二階部分を各営業のための事務所等として使用している。(なお、被告マクドナルドが別紙物件目録記載(五)の建物部分でハンバーガー等の販売を、同シグマが同(六)の建物部分で総合機械ゲーム場を営んでいること、被告松岡が被告マクドナルド及び同シグマから各保証金として二、〇〇〇万円を徴したことは当事者間に争いがない。)。
そして被告松岡は昭和五〇年度には一、五四八万八、二九六円、昭和五一年度には二、二六四万一、七〇二円、昭和五二年度には三、〇四九万六、一七四円、昭和五三年度には三、三四四万八、八一七円、昭和五四年度には三、四四一万二、八八八円を被告マクドナルド及び同シグマから建物使用の対価として得、パチンコ店の営業も被告マクドナルド及び同シグマから得た保証金等により、立席を椅子席にするなど店舗の改装を行なつたこともあり昭和五〇年度にはやや回復し営業所得年間一、三九九万五、五六八円となつた。しかしパチンコ店営業による営業所得は昭和五一年度から再び下降し、昭和五一年度九二六万四、六二六円、昭和五二年度が七三万五、一二二円、昭和五三年度が六四五万七、九〇九円、昭和五四年度が九四万六、二八六円となり、パチンコ店営業による被告松岡の所得は、被告マクドナルド及び同シグマからの賃料収入による所得と、昭和五〇年度においてほぼ同額であるが、昭和五一年度においては二分の一以下、昭和五四年度においては三〇分の一以下となつている。
なお被告らは被告松岡と被告マクドナルド及び同シグマとの契約は共同営業契約である旨主張し、前認定のとおり被告ら間に取り交された契約書もこれに沿う体裁となつている。しかしながら、被告松岡と被告マクドナルドとの契約では被告松岡は利益のみを得、損失は分担しないことが明示されていること、被告マクドナルド及び同シグマからの収入は被告松岡の不動産所得に計上され、被告松岡は契約更新にあたり被告マクドナルド及び同シグマからそれぞれ更新料を徴していること、一方被告松岡本人尋問中にも、被告松岡は後日被告マクドナルド等を立退かせる際の立退を容易にするため共同経営契約との体裁をとつた旨の供述部分があることなどによれば、右契約は単に賃料が月額売上額の多寡によつて変動するに過ぎず、近時まま見うけられるところのビル内店舗(テナント)賃貸借契約と同一というべく、被告らの主張は理由がない。
(3) 本件建物が前認定のとおり昭和四九年末から同五〇年初にかけて大改造された後、本件建物一階の被告マクドナルド及び同シグマに賃借されている部分を除く部分で、被告松岡はパチンコ商営業(従業員八名、台数約二五〇台)を行ない、又二階の同じく被告マクドナルドらに賃借されている部分を除く部分を従業員五名用の宿舎、応接室、丸大事務所、倉庫等として使用し(なお、空室となつている部分も存する。)ている。被告松岡が本件建物二階の応接室に寝泊りをしていることは認められるが、これを単なる寝泊りのために使用しているのか、生活の本拠としているのかについては必らずしも審らかではないが本件建物の形状設備等を考慮すると常時、居住し、日常生活を過す場所として使用していることには疑問がある。
被告松岡には妻との間に二人、服部錬子との間に二人の子供がいるが、既に全員就職し、独立しており、妻とは長期間別居し、扶養の必要がなく、服部については同女の資力があつて生活費等の面倒をみる必要もない。そして被告松岡が長期間本件建物においてパチンコ店を営業してきたこと、その間右営業により損失を出したことはなく、他に事業を行なつてはおらず店舗賃借人から莫大な賃料収入を得ていることによれば、被告松岡はかなりの資産家であると推測される。(なお、被告松岡が高額所得者名簿に記載されていることは当事者間に争いがない。)
<証拠判断略>
(三) その余の事情
<証拠>によると次の事実が認められる。
(1) 本件土地は戦前原告が株式会社高島屋と共同でいわゆる一〇銭ストアーを経営するのに使用し、その後は原告の倉庫のために使用してきたのであるが、空襲で周囲が焼土と化し、終戦後も一面の焼野原となつていた。
被告松岡は本件土地附近の建物で昭和一九年頃から模型飛行機の販売を行なつていたが、空襲により焼け出され、その後に移り住んだ居宅も所有者から立退きを迫られ、止むなく昭和二〇年八月頃から、本件土地が空地のまま放置されているので所有者の了解を得ることなく、約一八坪の仮設建物を建築して居住するようになつた。当時本件土地周辺は、国鉄渋谷駅に近接していることから、終戦直後の食料事情を反映して、バラックの食料品マーケット等の食品市場、飲食店等が開設されつつあつたが、土地所有者と土地利用者間の権利関係は明確ではなく、土地利用者間でも利用権をめぐつて紛争が生ずるなどしており、被告松岡も本件土地に移り住んだ時点では本件土地所有者をも知らず、昭和二一年六月頃原告から立退きを求められて初めて本件土地の所有者が原告であることを知つた。その後原告と被告松岡間で数次の交渉の結果、原告が被告松岡の本件土地の先行した占拠を追認する形で、前認定のとおり昭和二一年八月一五日本件土地賃貸借契約が締結された。
(2) 原告と被告松岡間で、被告松岡が本件土地にマーケットを建築し、内部に店舗賃借人を入居させることは合意されていたが、本件土地に被告松岡が建築する建物は、当時周辺に存した建物同様、バラック状の木造建物であることが前提とされており、実際に本件建物も、当時の資材不足を反映して鉄骨等の使用されていない木造建築物である。その結果約定でも期間はバラック様の建物の存在し得る期間として一〇年とされ、当事者双方も契約期間が長期に亘るものとは考えてはおらず、又契約締結に際して当事者間には権利金、保証金等の授受は一切なく、逆に契約解除のときは、被告松岡は原告に立退料、権利金等の請求を一切しないことが約された。
なお被告松岡本人尋問中には、本件土地上に建築する建物には契約当初から鉄骨を使用することが認められており、又被告松岡は契約締結に際し、原告に権利金を二〇万円支払い、契約も長期に亘る旨了解されていた旨の供述部分が存するが、成立に争いのない甲第四八及び第四九号証によつても当時極度の物資不足の折から、契約締結にあたり鉄骨の使用の是非が約されることは不自然であるし、支払つたとする権利金の額は当時としては高額なものであるほか授受についての被告松岡本人の供述は甚だ曖昧であり、本件土地賃貸借契約書第四項の規定の仕方等からも前記被告松岡本人の供述部分はいずれも措信できない。
(3) 本件土地賃貸借契約の当初の期間満了が近ずいた昭和三一年八月頃、原告は被告松岡を相手どり本件土地の返還を求める訴訟を提起したが、右訴訟中、裁判所から借地法上本件土地賃貸借契約は期間が三〇年となる旨指摘され、以後昭和五一年八月一四日の到来するまで被告松岡に対する本件土地の明渡請求は棚上げすることとし、右期間満了を待ちわびるとともに、期間中は被告松岡の協力を得て原告と被告松岡と共同で本件土地を利用するべく、種々の提案を同被告に対してなしてきた。(なお、被告松岡本人尋問中には昭和三七年頃まで原告から本件土地を低廉な価格で買つてもらいたい旨の提案があつた旨の供述部分が存するが、時期を同じくする甲第三三号証の一ないし三の記載等により、右供述部分は容易に措信することはできない。)。その間、本件土地地代の値上げについても昭和三六年には原告が被告松岡を相手どつて地代値上げの訴訟を提起し、その訴訟の過程で被告松岡が原告の担当者に不穏当な発言をして脅すなどの事態が発生したこともあり、被告松岡が原告の求めに応じて地代の値上げを快く応じてきたとの事実はない。(<証拠判断略>)
(4) 本件土地周辺は前認定のとおり西武百貨店、パルコ、映画館、専門店、飲食店などが軒を並べ、企業の事務所、常業所を収容する高層ビルが林立し、木造二階建の本件建物は場所柄にそぐわない状態となつているが、原告の本件土地上にビルを建設する計画は前(一)において認定したとおり、具体的でかつ資金的裏付けのあるものである一方、被告松岡には同様な本件土地にビルを建設する具体的計画はなく、被告松岡が昭和二三年パチンコ営業を始めて以来、銀行取引を一切せず、すべて現金取引で営業しており、融資を受ける銀行等も具体的に存しないため、数億円を要するビル建設費をいかに調達し得るか疑問である。(ちなみに被告松岡は以前消防署から本件土地が防火地域に指定されていることから本件建物を防火建物とするよう再々勧告を受けたにも拘らず、昭和四九年末に至るまではこれを無視している。)
<反証排斥略>
(5) 被告松岡は昭和四九年末から昭和五〇年初にかけて前認定のとおり本件建物に大改造を加えているが、右時点は本件土地賃貸借契約期間満了の一年余前であるにも拘らず、右改造工事をするにつき原告に何ら連絡せず、これを知つた原告の従業員が工事中止を申入れたのに対しても単なる修繕である旨述べて工事を強行した。
右大改造の加えられる前は、本件建物は前認定のとおり終戦直後の資材不足の折に建築された建物であるため、再々の修繕にも拘らず柱などは朽廃に近い状態となつていたが、右工事により本件建物中被告マクドナルド及び同シグマの使用部分は外観は新築にも近い状態となり、被告松岡の使用部分も外観は一応改善された。しかし一部鉄骨を使つたほかは終戦直後の資材をそのまま使用しているため骨組み等はかなりいたんだ状態にある。
(6) 被告マクドナルド及び同シグマはいずれも被告松岡に対し各自の賃借部分を居住用に使用せず、被告松岡が本件建物を取り毀す場合には異議なくその占有部分から退去する旨約しており、被告シグマ代表者もこれを肯認していることによれば、仮に原告が被告松岡から本件土地の返還を受け、被告松岡が建物買取請求権を行使し、原告が被告マクドナルド及び同シグマに対する建物賃貸人の地位を承継しても、原告が被告マクドナルド及び同シグマを別紙物件目録記載(五)、(六)の建物部分から立退いて貰い、本件土地全体を前(一)において認定した計画に従つて利用することは容易であろうと推測される。
(7) 原告は昭和四七、八年頃から被告松岡に本件土地の賃貸借契約期間満了後の利用方法につき協議を持ちかけ、本件土地を分割する案、本件土地上にビルを建設してこれを原告と被告松岡で共同利用する案等を種々提案したが、被告松岡は本件土地の借地権価値は土地所有権の時価の九割であるから土地を分割するのであれば九割が同被告が取得すべきであるし、さもなくば、更新料を支払うので更新されたい旨強硬に主張し原告の事情等を顧慮することなく自己の意見を固執して円満な解決を協議することがなかつた。原告は昭和四九年初頃から取締役会において、被告松岡との本件土地利用方法を種々検討し、前認定のとおりの自社ビル建設計画を立てると共に、昭和五一年七月二六日本訴を提起し、これに先立つ同月一七日被告松岡に対し原告が本件土地上に建設する予定である新ビル内に同被告のパチンコ店のためのスペースを提供する用意があり、十分誠意をもつて話し合いたい旨述べ、又本訴訟手続においても被告松岡の現在のパチンコ店と同規模の店舗面積は原告の建設する新ビル内に同被告の希望に沿うように確保する旨の提案を度々したが、被告松岡はこれを一貫して拒否した。
<証拠判断略>
(四) 原告が昭和五五年六月一八日の本訴第二七回口頭弁論期日において被告松岡に対し、同被告が別紙物件目録記載(三)の土地部分のみを原告に明渡す場合には、正当事由を補完する趣旨で四億円を同被告に支払う用意がある旨述べ昭和五六年二月一七日の本訴第三二回口頭弁論期日において被告松岡に対し、更に正当事由を補完する趣旨で八億円を同被告に支払う用意がある旨述べたことは訴訟上明らかである。
(五) 以上認定の事実によると、原告は現在の本社事務所は狭隘である上三井生命から立退きを求められる危惧があり、被告松岡から本件土地地代として得ている収入に比して莫大な賃料を三井生命に支払わなければならず、又本件土地が原告が都内に有する唯一の原告本社事務所用ビル適地であることにより、本件土地を自己で使用し、ここに本社事務所用ビルを建設する必要があり、そのために具体的かつ資金的裏付けのある計画を作成している。しかし、被告松岡は昭和二三年以来本件建物を生活の糧を得るためのパチンコ店及び本件建物内店舗を他へ賃借して賃料を得るため使用しているものであつて、その間パチンコ業界の指導的立場にあつて業界人としての自負心も大きいと共に、パチンコ店の従業員八名を雇傭しているので本件建物全体を収去して本件土地を即時無条件に原告へ明渡してしまつたのでは、生活の糧を一切失なう上、本件土地に見合う土地を被告松岡の自己資金で購入することは不可能なので、明渡即廃業となり回復すべからざる打撃を受けることになるから、原告に右のとおりの本件土地の自己使用の必要性があつても、これのみでは本件土地全体の即時無条件明渡を求めるための正当事由があるものとはいい難く、従つて原告の被告松岡に対する一次的請求は理由がない。
(六) 二次的請求について
(1) 正当事由の判断にあたつては、契約期間満了時における原告、被告松岡間双方の土地使用の必要性につき斟酌するにとどまらず、右契約締結の経緯、あるいは如何なる建物の所有を目的としたかも重視されて然るべきところ、本件土地賃貸借契約は前認定のとおり、被告松岡の占拠が先行した形で終戦直後の混乱期に締結されたもので、目的建物はバラック様のものであり、かつ契約締結にあたつて権利金、保証金等の授受もなかつたのであるから、土地の価格に匹敵するが如く高額の権利金等の支払が行なわれる借地権とは、更新の際の正当事由も自ら別異に解釈されるべきは当然である。
(2) 原告は被告松岡に対し本件土地賃貸借契約期間満了が近づいた昭和四七、八年頃から本件土地の利用方法につき種々の協議を持ちかけ、とりわけ、期間満了の直前には被告松岡に対して原告が本件土地上に建設するビル内に被告松岡の店舗用面積を確保する旨提案し、その後も更にこれを具体化し、設計図でも一階及び地下一階に被告松岡のための店舗面積合計498.18平方メートルを確保して、被告松岡がパチンコ店営業をたとえ本件土地を原告に返還しても継続できるよう、種々の配慮をしていた。
被告松岡が本件土地全体を自己のパチンコの営業のためにのみ使用しているものでないことは前認定のとおりであり、特に昭和四九年末頃からは本件建物のうち別紙物件目録記載(五)、(六)の部分を被告マクドナルド及び同シグマに賃貸して莫大な賃料収入を得、右収入は被告松岡の本業であるパチンコ店営業による年間営業所得の昭和五一年度で倍、昭和五四年度で三〇倍以上に達している。このことは被告松岡の本件土地を必要とする理由が、現在は大半において本件建物一部を他へ賃貸して金銭収入を得ることにあるといつても過言ではない。
従つて、原告が右賃料収入に見合う金員を被告松岡に支払う場合には、原告の本件土地明渡を求める正当事由が補完される場合もあるということができる。
(3) 原告が被告松岡に支払う用意がある旨述べている八億円との金額は、昭和五四年度の被告マクドナルド及び同シグマから被告松岡が得ている年間賃料収入(三、四四一万二、八八八円)と被告松岡の年間のパチンコ店の営業所得(九四万六、二八六円)の合計額三、五三五万九、一七四円の単純計算で二二年分に該当し、中間利息を仮にライプニッツ係数を用いて控除すると被告松岡が向こう二〇年間に得るであろう収入額(3535万9174(円)×12.4622=4億4065万3098(円))の倍額に匹敵するし、又鑑定の結果により認められる本件土地の借地権価格の約半額に該当するが、本件土地中被告松岡が自己のパチンコ店営業用に使用しているのもこれに見合う約半分に過ぎないこと、右金額を被告松岡が取得すればパチンコ店の従業員八名に対する措置、あるいは被告松岡の寝泊りする場所も確保(なお、被告松岡が本件建物を生活の本拠としていることには疑問があること前認定のとおり。)できるであろうことによれば、原告が被告松岡に対して八億円を正当事由の補完として提供することによつて、原告が被告松岡に対し本件土地の明渡を求める正当事由は具備されるものと認めるのが相当である。
なお被告松岡には、長年に亘つてパチンコ業界の指導的立場にあつたとの自負心があり、右自負心は原告が正当事由の補完として八億円を被告松岡に対し支払つても、填補される性質のものではないが、本件土地におけるパチンコ店営業の占める重要性、その経営状態、あるいは被告松岡は原告がパチンコ店の営業を継続できるようにとなした種々の提案を一切拒否したことなどによれば、原告側の本件土地を自己使用する必要性がこれより重視されても止むを得ないものというべきである。
又原告が被告松岡に対して八億円の提供を申立てたのは本件土地賃貸借契約期間満了から四年以上経た時点であるが、前認定のとおり原告は期間満了の頃から被告松岡に対し新ビル内に同被告のパチンコ店舗用面積を確保する旨の提案をなしており、従つてこれに加えて立退料の提供を原告が申立てることは当時から予想されていたものというべく、四年以上経た時点での金員の提供といえども本訴訟の経過に照らし遅滞なくされたものと認められるから、これを正当事由判断の基礎として支障なきものと解するのが相当である。
(4) 被告松岡は昭和二三年以来一貫して本件建物でパチンコ店を経営し土地の繁栄に寄与し、あるいは本件土地を他者の侵奪から守るなどした旨主張するが、これらは仮に認められたとしても、三〇年の長きに亘り本件土地の賃借人の立場にあつた被告松岡の当然の行為というべきであり、前記認定に何ら影響を及ぼすものではない。
3 本件土地の昭和五〇年当時の地代が一か月八一万二、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがないのであるから被告松岡が本件土地を占有することによつて原告に与える損害は一か月八一万二、〇〇〇円を下らないものと認められ、これを履すに足りる証拠はない。
4 よつて原告の被告松岡に対する二次的請求は理由がある。
三被告マクドナルド及び同シグマに対する請求について
1 被告マクドナルドが別紙物件目録記載(五)の建物部分を占有使用し、同シグマも同じく同目録記載(六)の建物部分を占有使用し、それぞれ各建物部分の直下敷地に当たる本件土地の一部を占有していることは一において認定したとおりである。
2 被告マクドナルド及び同シグマは抗弁として、右被告らの本件建物一部の占有使用は被告松岡との共同営業契約に基づくものである旨主張するが、右事実の認められないこと前記二2(二)(2)記載のとおりであり、又被告松岡の本件土地賃貸借契約は期間満了により終了したこと前認定のとおりであつて、他に被告マクドナルド及び同シグマから本件土地一部の占有正権原の主張はない。
3 よつて原告の被告マクドナルド及び同シグマに対する請求はいずれも理由がある。
四結論
以上の次第で原告の被告松岡豊に対する請求は、原告から八億円の支払を受けるのと引換えに本件建物を収去し本件土地を明渡し、かつ右金員提供の日の翌日から明渡済まで一か月八一万二、〇〇〇円の割合による使用料相当損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告の被告マクドナルド及び同シグマに対する請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、本件の場合仮執行は相当でないと思料するからこの点の申立を却下して、主文のとおり判決する。
(岡田潤 並木茂 高林龍)
物件目録<省略>