東京地方裁判所 昭和51年(ワ)70034号 判決 1979年4月16日
原告
日石丸紅株式会社
右訴訟代理人
元木祐司
外一名
被告
東京キグナス石油販売株式会社
右訴訟代理人
垣鍔繁
外二名
主文
一、原告と被告間の東京地方裁判所昭和五〇年(手ワ)第二四七四号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五一年一月一六日に言い渡した手形判決を取り消す。
二、被告は原告に対し、金八一一〇万二〇〇七円及びこれに対する昭和五〇年七月三一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決二項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文二ないし四項と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因(約束手形金請求)
1 原告は、別紙約束手形目録のような手形要件の記載がある約束手形三通(以下「本件各手形」という。)を所持している。
2 被告は、本件各手形を振り出した。
3 本件各手形は、いずれも支払呈示期間内に支払のため支払場所に呈示されたが、その支払を拒絶された。
4 よつて、原告は本件各手形の振出人である被告に対し、本件各手形の手形金合計八一一〇万二〇〇七円とこれに対する満期の日である昭和五〇年七月三一日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。
二、請求の原因に対する認否
1ないし3の事実はいずれも認める。
三 抗弁(売買契約の解除)
1 被告は原告から、昭和五〇年五月三一日ころ、次のとおり石油製品を代金合計金八一一〇万二〇〇七円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。
(一) 引渡年月日 昭和五〇年六月二日
引渡場所 日本鉱業株式会社水島製油所
引渡方法 エクスパイプ(EX)
引取油槽船 田淵海運所属光晴丸
品種 A重油(AFO)
数量 二〇〇万二四〇リツトル
単価25.03円
金額 五〇〇六万六〇〇七円
(二) 引渡年月日 昭和五〇年六月三日
引渡場所 丸善石油株式会社千葉製油所
引渡方法 エクスパイプ(EX)
引取油槽船 昭和油槽船所属光星丸
品種 白灯油
数量 一〇〇万リツトル
単価 26.03円
金額 二六〇三万円
(三) 引渡年月日 昭和五〇年六月五日
引渡場所 東亜燃料工業株式会社川崎工場
引渡方法 エクスパイプ(EX)
引取油槽船 熊沢海運所属第五登美恵丸
品種 A重油(AFO)
数量 二〇万リツトル
単価 25.03円
金額 五〇〇万六〇〇〇円
2 本件各手形は、前項の売買代金支払のために振り出された。
3 原告は被告に対し、本件売買契約に基づき、石油製品の引渡債務及びその確認方法としての引渡証明書類(積荷協定書・揚荷協定書・荷物受取書)の交付ないしそれに代わる告知義務を負い、右各債務は被告の売買代金支払債務よりも常に先履行の関係にある。
4 被告は原告に対し、昭和五〇年八月四日到達の書面によって、同月九日までに前項の各債務を履行するよう催告した。
5 被告は原告に対し、昭和五〇年八月一四日到達の書面によつて、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
6 仮に、前項の解除の意思表示が有効でないとしても、被告は原告に対し、昭和五〇年一二月五日の本件第一回口頭弁論期日において、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 1及び2の事実はいずれも認める。
2 3の事実のうち、原告が被告に対し石油製品の引渡債務を負つていること及び右引渡債務が被告の売買代金支払債務よりも常に先履行の関係にあることは認め、その余の事実は否認する。
3 4ないし6の事実はいずれも認める。
五 再抗弁(解除権の消滅)
1(一) 石油製品の売買は、精製元売業者から最終需要家に対して直接売り渡されることは稀であり、通常は精製元売業者と販売業者との間で品種・数量・引渡方法等を定めて売買契約が締結され、更に販売業者間で品種・数量・引渡方法等を同一に定めて転売された上で最終需要家に対して売り渡されるという形式がとられるが、中間に介在する販売業者間においては、精製元売業者から最終需要家に対して石油製品の引渡が履行された場合には、販売業者間の引渡についても履行されたものとして、代金の決済をなす旨の合意が存する。
(二) 原告及び被告はいずれも石油製品の販売業者であり、原・被告間にも右(一)の合意が存する。
(三) 本件売買契約は、石油製品の品種・数量・引渡方法等を同一に定めて、訴外日興石油株式会社(以下「日興」という。)と訴外帝国石油株式会社(以下「帝石」という。)、帝石と原告、原告と被告、被告と訴外日軽商事株式会社(以下「日軽」という。)、日軽と日興との間で順次環状に締結された売買契約の一つであるから、右売買契約がすべて成立した時点で最終需要家に対する引渡が履行されたのと同視しうる状態になった。
2 被告は、本件売買契約を締結するに際して、その目的物が最終需要家に対して引渡されることが予定されていないいわゆる空取引であることを知つており、かつ、原告に対し物品受領書を交付することによって、その目的物が最終需要家に対して引渡されなかつたとしても代金の支払を拒まないという意思を表示した以上、被告が最終需要家に対する引渡が履行されなかつたことを理由として本件売買契約を解除するのは、信義則に反し許されない。
3 抗弁1(三)の取引については、精製元売業者である訴外東亜燃料工業株式会社から最終需要家である訴外白土礦油こと白土留吉に対して引渡が履行された。
六 再抗弁に対する認否
1 1(一)及び(二)の事実はいずれも認める。同(三)の事実のうち、日軽と日興との間の売買契約の成立については否認し、その余の事実は認める。本件売買契約が環状をなす取引の一つであれば、最終需要家に対する引渡が履行されたのと同視しうる状態になつた旨の原告の主張は争う。
2 2の事実のうち、被告が原告に対し物品受領書を交付したことは認め、その余の事実は否認する。信義則違反の主張は争う。
3 3の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一本件手形金債権について
請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二売買契約の解除について
抗弁事実は、原告が被告に対し石油製品の引渡証明書類交付等の附随義務を負つていること及びこれが被告の売買代金支払債務よりも常に先履行の関係にあることを除き、いずれも当事者間に争いがない。
本件売買契約に付随して、特に引渡証明書類の交付ないし告知義務があるかどうかについてみるのに、<証拠>によれば、石油製品の販売業者間の取引については、石油製品の最終需要家に対する引渡を確認することなく、納品書・請求書・物品受領書等のやりとりをするため、これらの書面が発行されたからといつて最終需要家に対する引渡が履行されたとはいえず、精製元売業者、引取油槽船の船長、最終需要家等が積荷協定書・揚荷協定書・荷物受取書を作成交付した場合に初めて、最終需要家に対する引渡が履行されたことになるものとは認められるが、原告が被告に対しそれら引渡証明書類交付等の義務を格別に負つていることも、ましてや、これが被告の売買代金支払債務よりも常に先履行の関係にあり、本件売買契約の重要な要素で、その不履行が解除を正当とするようなものであることについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。
しかし、抗弁事実中、前判示の当事者間に争いがない事実のみによつても、被告が主張する解除の抗弁事実が認められる。
三解除権の消滅について
そこで、再抗弁について判断する。
1 再抗弁事実のうち、石油製品の売買においては、精製元売業者から最終需要家に対して直接売り渡されることは稀であり、通常は精製元売業者と販売業者との間で、品種・数量・引渡方法等を定めて売買契約が締結され、更に販売業者間で品種・数量・引渡方法等を同一に定めて転売された上で最終需要家に対して売り渡されるという形式がとられるが、中間に介在する販売業者間においては、精製元売業者から最終需要家に対して石油製品の引渡が履行された場合には、販売業者間の引渡についても履行されたものとして代金の決済をなす旨の合意が存すること、原告及び被告はいずれも石油販売業者であり、原・被告間にも右の合意が存すること、本件売買契約は、品種・数量・引渡方法等を同一に定めて、日興と帝石、帝石と原告、原告と被告、被告と日軽との間で順次締結された売買契約の一つであることは当事者間に争いがない。
2 <証拠>によると次の各事実が認められ、証人犬伏泰三の証言中右認定に反する部分は採用しない。
(一) 日軽は、石油製品については販売業者であり、昭和五〇年四月以前において自らが最終需要家となつた例はない。
(二) 石油製品の販売業者が他の販売業者又は精製元売業者から石油製品を買い受ける旨の契約を締結するのは、通常、転売先の買い受けの意思を確認した後であり、その確認もせずに自らの売主に対して売買の目的となつた石油製品の受領書を交付することはしない。
(三) 日軽は被告に対し、昭和五〇年六月九日ころ、本件売買契約の目的となつた石油製品についての受領書を交付した。
(四) 日興は、昭和五〇年五月当時、本件売買契約の目的となつた石油製品を被告から買い受ける予定でおり、その代金の支払に充当する目的で第三者振出の約束手形を被告に交付していたが、同年六月初旬、日興は、取引経路を変更して右石油製品を日軽を経由して買い受けることとし、被告及び日軽に対してその旨の交渉をした上で、被告から既に交付していた右約束手形のうち額面金額一億三三四四万三〇四一円分の返還を受け、日軽に対し、同月九日ころ、これに他の第三者振出の約束手形を加えて、日軽に対する本件売買契約の目的となつた石油製品の代金も含めた買掛債務に充当する目的で交付した。
以上(一)ないし(四)の事実を総合すると、日軽と日興との間では、納品書、請求書、納品受領書等何ら売買契約の成立をそれ自体で立証するような書面のやりとりは行なわれなかつたものの、昭和五〇年六月九日ころまでに、本件売買契約と品種・数量・引渡方法等を同一とする売買契約が成立していたものと推認するのが相当であり、この認定に反する証人宗像克明の証言はあいまいな部分が多く信用することができず、他にこの認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
3 右認定事実と前記1判示の当事者間に争いのない事実とを総合すると、原・被告間の本件売買契約は、品種・数量・引渡方法等を同一に定めて、日興と帝石、帝石と原告、原告と被告、被告と日軽、日軽と日興との間で順次締結され、結局、日興に発し日興に収束した環状の売買契約の一つを成すものであるから、最後の、日軽から日興に対して売り渡す旨の売買契約が成立した時点で、精製元売業者から最終需要家に対する引渡が履行されたのと同視しうる状態になつたものと解すべきである。
なお、最初の売主でかつ最終の買主となつた日興が、当初から本件売買契約の目的となつた石油製品を最終需要家に現実に引渡す意思を有しておらず、自ら買い戻すことを企図していたとしても、このような日興の行為が社会経済法規上もしくは企業活動上規制の対象となるかどうかは別論として、この一事をもつて本件売買契約を無効と解すべき理由はない。
4 よつて、原告が主張する解除権消滅の再抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由があり、被告の解除権行使はその効力を生じなかつたものといわねばならない。
四結論
以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから、これを棄却し、原告に訴訟費用の負担を命じた主文一項掲記の手形判決は不当であるから取り消すこととし、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条二項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(舟本信光 山崎潮 田中豊)
別紙約束手形目録<省略>