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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9268号 判決 1978年8月31日

主文

一  被告らは各自、原告らそれぞれに対し二一二万七、五四九円とこれに対する昭和五二年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  各原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決第一項はかりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告それぞれに対し一〇五七万円とこれに対する昭和五二年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

昭和五一年五月三一日午後七時二〇分ころ、埼玉県春日部市大字粕壁五、七八八番地先道路で、訴外中里運転の乗用自動車(埼五六さ九〇七二号)が織林トキ子に衝突して負傷させ、同女は右負傷のため翌月二日死亡した。

2  被告エコー家具工業株式会社(以下、エコーと略称)の責任原因

被告は1の加害自動車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

3  トキ子の損害と各原告への配分

(一) トキ子の損害(一万円未満切捨て)

(1) 治療費 二九万円

(2) 逸失利益 二三七五万円

(イ) 算定基礎

トキ子は昭和二六年二月七日生まれの女性で、死亡時から四一年一〇か月は就労可能であつた。生活費は収入の四割、収入は昭和五一年六月から五二年三月までは事業所就労所得七〇万円、五二年四月から五五年三月までは同所得年収七六万円、五五年四月から九三年三月までの年収は昭和五〇年度女子労働者平均年収一三五万一五〇〇円を、昭和五一年、五二年の各賃上げ率八・八パーセントの割で上昇させ、これに家事労働分二〇パーセントを加算した金額とする。現価換算は昭和五二年三月末日を基準時としてホフマン式による。

(ロ) 算式

(1-0.4)×{(700000×10/12)+(760000×2.7310)+(1351500×1.088×1.088×1.2×19.2394)}

(3) 死者本人の慰謝料 四〇〇万円

(二) 原告らへの配分

原告らはトキ子の父母である。トキ子に生じた損害を二分の一ずつ相続と同様の配分で原告らに分配すべきである。

4  原告両名の損害

(一) 慰謝料 父母各三〇〇万円

(二) 葬儀費 父母各二五万円

(三) 弁護士費用 各九六万円

5  損害のてん補

(一) 原告各自に属する損害賠償金の弁済として、それぞれ七六六万円を上回らない金額を受領した。

(二) したがつて、本訴で請求する各原告に属する損害賠償金請求権の額は七六六万円ずつを差引き、それぞれ一、〇五七万円(一万円未満切捨て)とする。

6  保険金請求

(一) 自動車保険契約

被告日新火災海上保険株式会社(以下、保険会社と略称)は被告エコーとの間に、同被告を被保険者目的が加害自動車、保険期間は事故発生日を含み、保険金を三〇〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約を締結した。

(二) 第一次的主張(直接請求)

本件保険契約の内容をなす家庭用自動車保険普通保険約款第一章第一条、第六条一項は、損害賠償請求権者である原告が被告保険会社に対し保険金の支払を直接請求できる趣旨を定めたものと解される。

(三) 第二次的主張(債権者代位権)

(1) 既述の原因事実によつて、原告らはそれぞれ、被告エコーに対し一〇五七万円の損害賠償金請求権を有する。

(2) 責任保険の目的は、保険金によつて右損害賠償債務を弁済するということにあり、使途が特定されているから、被告エコーの無資力を要しない。

(3) かりに(2)の主張が認められないとしても、被告エコーは右損害賠償債務を弁済するのに十分な資力がない。

(四) 第三次的主張

(二)で述べた保険約款第六条第二項第一号によれば、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときは、保険者は損害賠償請求権者に対して損害賠償額を支払うことになつている。しかしながら、被保険者に対する損害賠償請求の訴に保険者に対する保険金請求の訴が併合されている場合には、賠償額確定の要件を緩和して、保険金請求訴訟を適法として許すべきである。

7  結論

よつて、各原告はそれぞれ、被告エコーに対し不法行為に基づく損害賠償金一、〇五七万円とこれに対する不法行為日ごの昭和五二年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告保険会社に対し6で述べた根拠に基づき、右損害賠償金および遅延損害金と同額の保険金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実は認める。同3、4の事実は知らない。同5のうち、原告らが合計で一、五三二万円を上まわらない弁済を受けた点は認める。同6のうち(一)の事実は認め、(三)の事実は否認する。

三  抗弁

トキ子にも、交通量の多い道路を加害自動車の接近に注意を払わないで横断した過失がある。

四  抗弁に対する認否

トキ子が横断中であつた点は認め、その余の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生とトキ子の過失について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。成立に争いがない甲第一九号証によれば、国道一六号線の岩槻市方面から野田市方面へ向う車線の幅員は七・五メートルあつて走行用と追越用の二車線に区分され、最高速度は毎時五〇キロメートルに指定されていること、事故が起きたのは工業団地から八木崎駅へ通ずる市道が国道と交わつた交通整理が行われていない交差点のなかで、トキ子は国道を工業団地側から六メートルほど渡つたところで事故に遭遇したことが認められる。前掲甲第一九号証や成立に争いがない甲第二一、第二七号証、証人中里芳雄の証言によれば、事故現場付近は照明設備がなくて、当時はすでに暮れなずみ、横断者の姿などは見分けにくくなつていたこと、中里は時速五〇キロメートル位で走行車線を走つていた先行車を事故現場の二〇〇メートルほど手前から追越車線に移つて追越にかかり、三〇メートルほど先行したあたりの追越車線上で、前照灯に照らし出されたトキ子を発見したこと、そのころ、前照灯は下向きにしてあつたため、せいぜい二五メートル前方のものしか見えない状態であつたこと、トキ子は身近かに迫りつつあつた中里運転の車に途中で気付いてはいなかつたようであることが認められる。ところで、前掲証拠のなかで中里運転車の時速が六〇キロメートルであるという部分は実際から離れている感があり、追越の経緯にてらすともつと高い速度であつたと推認されるし、中里が最初に気付いたときのトキ子の位置についても、まだ道路左端近くであつたという点は信じ難く、この点は恐らくトキ子が追越車線に入りかかつたあたりであろうと推認するのが自然である。そして、以上の事実を前提とすると、中里が制限速度に従つていたとすれば、トキ子が渡り切れるだけの一応安全な距離が横断開始時点ではあつた筈である。ただトキ子としても、比較的道幅のある、しかも暗い道路を横断するには刻々変化する状況にそなえて適宜右方に対する注意を払う必要があつたといえるが、中里の運転態様の危険性に着目すると、その点を大して非難するわけにはいかず、過失相殺しない方が相当である。

二  被告エコーの責任原因

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三  トキ子の損害と原告らによる承継

1  トキ子の損害

(一)  治療費 二九万円

原本の存在、成立について争いがない甲第四号証による。

(二)  逸失利益 一、〇三八万五、〇九八円

(1) 算定基礎

成立に争いがない甲第一、第二、第二九号証、第三〇号証の一、二、証人横山四郎吉の証言によつて真正に成立したと認められる甲第五、第六、第三一号証と右証言、証人阿部八重治の証言、原告織林きよの本人の供述によれば、トキ子は昭和二六年二月七日に生れ、昭和四二年三月三一日中学を卒業、単純軽作業的な職種を選んで自宅から働き出ていたが、昭和四六年一〇月からは面倒をみて貰つていた阿部の許に身を寄せて生活するようになり、事故当時はパートタイムの包装工として雇われ、一か月平均六万六、三九七円の給与を受けていたこと、収入はほとんど自分で消尽し、原告らへ送金することもなかつたことが認められる。右事実に照らすと、トキ子の逸失利益を算定するにあたつては、公刊の昭和五一年賃金センサス中の中学卒女子労働者の企業規模計・年齢計給与を基礎とし、労働可能年数は四二年、生活費は収入の五割とし、その現価はライプニツツ方式によつて換算することが不当とは考えられない。

(2) 算式

(82600×12+200000)×(1-0.5)×17.4232=10385098

(三)  慰謝料 四〇〇万円

2  原告らによる相続

(一)  甲第一、第二号証によれば、原告きよのは訴外八木幸三郎と昭和二三年一二月二四日婚姻、昭和二六年一〇月三〇日協議離婚の届出をし、そのご昭和三〇年四月四日に原告藤之助との婚姻届出を経ていること、トキ子は原告きよの、訴外八木幸三郎の長女として出生したということで昭和二六年二月一〇日品川区長あて原告藤之助によつて届出がなされ、昭和三〇年四月一四日右原告の養子となる旨の届出がなされたこと、他方、訴外八木幸三郎は鶴枝との間に昭和二八年八月二三日員夫を儲け、昭和三三年五月一日鶴枝との婚姻届出をし、昭和三四年二月一八日に昭和二二年一〇月二三日生れの幸蔵を幸三郎と鶴枝との間の長男として出生届出をなしたことが認められる。右事実に証人八木鶴枝の証言、原告きよの本人の供述を合わせると、原告きよのは北海道で一時期八木幸三郎と一緒に暮らしたことがあつたが、幸蔵が生まれるまえから既に幸三郎は鶴枝と同棲していたこと、原告きよのは生後一年に満たない幸蔵を幸三郎に託して以来、幸三郎の前から消息を絶ち、原告藤之助と暮らすようになつて同人との間でトキ子を出産したことが認められる。右によれば、嫡出否認の訴によるまでもなく、トキ子は八木幸三郎の子ではなく、原告藤之助の実子であることを認めることができる。

(二)  したがつて、原告両名だけがトキ子の相続人で、その権利を二分の一ずつ承継したことになる。

四  原告両名の損害

1  慰謝料 各自二〇〇万円宛

本件で顕われた関係事情を考慮すると、原告両名が親として蒙つた精神的損害の額は各自につき二〇〇万円と算定するのが相当である。

2  葬祭費 各自二五万円宛

原告きよの本人の供述、これによつて真正に成立したと認められる甲第三三、第三四号証によれば、原告両名が半額ずつ請求する葬儀費合計五〇万円は本件損害として相当と認めることができる。

3  弁護士費用 各自二〇万円宛

原告らがそれぞれ訴訟代理人へ支払うべき弁護士費用のうち右金額が本件損害として相当である。

五  損害のてん補

1  原告らが合計一、五三二万円を超えない弁済を受けた点は当事者間に争いがない。

2  原告各自において、右金員を半額ずつ、それぞれに属する本訴請求にかゝる損害賠償請求権の額から控除することは自認するところである。

六  被告保険会社に対する請求について

1  請求原因6の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  成立に争いがない甲第四九号証によれば、本件保険契約の内容をなす家庭用自動車保険普通保険約款第六条第一項に「対人事故によつて被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社に対して第三項に定める損害賠償額の支払を請求することができます」旨の規定がある。右規定の形式は同条第二項と独立し、内容上も第二項所定の事由がある場合に限定していないことが明らかである。その他の諸規定の関係からいつても、第六条第一項の規定を損害賠償請求権者が保険会社に対し、第二項所定の事由がある場合に限定されないで損害賠償請求権を行使することを容認した趣旨と解して矛盾を生せず、その外被告保険会社が右趣旨と異なる意思で右規定を設けたと解しなければならない根拠もその証拠もない。

3  原告訴訟代理人が力説するのは保険金の直接請求であるが、右六条一項で支払われる金員の法的性格に対して誤解がある模様で、要するに、被告保険会社が原告らに対し、直接、損害賠償すべきことを求める趣旨と善解できないわけではない。従つて、原、被告のその余の主張について判断するまでもなく、以下の結論に導かれる。

七  結論

原告らの各請求はそれぞれ、被告各自に対し、不法行為に基づく損害賠償金二一二万七五四九円とこれに対する不法行為日ごの昭和五二年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから認容し、その余の各請求は失当として棄却する。民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条

(裁判官 龍田紘一朗)

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