東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9290号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
1 原告は、昭和四九年八月二二日頃被告に対し、東京都八丈島八丈町大字三根字郡ケ平に木造亜鉛鋼板葺平家建居宅一棟床面積58.58平方メートルを工事代金六二〇万円で建築することを注文し、被告はこれを請負つた。(以下「本件請負契約」という。)
2 本件建物は、昭和五〇年一〇月五日夕方、八丈島付近を通過した台風一三号の被害を受け、屋根部分が一部の束柱を残して全部風で吹き飛ばされた。
【判旨】
二ところで、原告は、被告のした本件建物の建築工事には瑕疵があり、前記台風一三号による被害は右瑕疵があつたが故に生じたものである旨主張し、これに対し被告は、右被害は不可抗力によるものであると主張するので、判断する。<中略>
ところで、<証拠>を総合すると、台風一三号は、昭和五〇年一〇月五日一六時四〇分頃、八丈島の北二〇キロメートル付近を毎時約六〇キロメートルの速度で通過したが、この時の勢力は、中心気圧九四五ミリバール、中心付近の最大風速(一〇分間の平均風速をいう。)毎秒四五メートル、風速毎秒二五メートル以上の暴風域は中心の南東側二三〇キロメートル、北西側一四〇キロメートルであつたこと、八丈島測候所では、同日一六時四〇分に最低気圧九四七ミリバールを観測し、一六時三一分には同島観測史上最高の最大瞬間風速毎秒67.8メートルを記録し、一六時五〇分から一七時にかけては、最大風速毎秒35.5メートル(この時の最大瞬間風速毎秒六六メートル)を記録したこと、そして、一六時二〇分から一七時頃までの間は最大風速毎秒三〇メートル以上、最大瞬間風速毎秒五〇メートル以上の強風が吹き荒れ、その風向は、一六時三〇分頃までは南寄り、一六時四〇分以降は西寄りであつたが、一六時四〇分頃から一七時五〇分頃までの間は風向が一定せず、地形による複雑な影響を受けたものと推定されていること、そして、最大風速が毎秒二〇メートル(最大瞬間風速で毎秒三〇ないし四〇メートル)に達した一五時五〇分頃から、窓ガラスの破損や屋根の飛散が目立ち始め、これらの飛散物が風下の家屋に二次的被害を及ぼすようになり、八丈島全土にわたり甚大な被害が発生したこと、被害はあらゆる分野に及んだが、住宅だけを例にとつても、二八五棟が全壊、五二四棟が半壊、一、二六八棟が一部破損の被害を受け、その被災率は全島の住宅の五割を超えたこと、また、学校等の公共建造物、車庫・倉庫等の非住宅、農水産施設等にも同様の被害が生じたほか、鉄塔、鉄筋コンクリート製電柱、ブロツク塀、墓石、樹木が多数倒壊したり、マンホールの鉄製の蓋が浮上り移動する等の被害も発生したこと、木造建物の被害で特徴的なことは、本件建物がそうであるように、屋根が、ふき材や下地のみならず、小屋組もろとも吹き飛ばされた例が数多くみられたことで、中には、梁と束柱、束柱と母屋の結合材としてかすがいが用いられていたにもかかわらず、かすがいがのびて役に立たなかつた例もあつたこと、本件建物が存在する三根地区(本件建物が同地区に存在することは、当事者間に争いがない。)は、大賀郷地区とともに、八丈富士(標高八五四メートル)と八丈三原山(標高七〇〇メートル)との鞍部に位置し(三根地区が右両山の鞍部に位置することは、当事者間に争いがない。)、地理的に複雑なためか、台風による強風と地形効果の相乗作用により、猛烈な強風に襲われたものと推定されており、殊に本件建物が存在する郡ケ平地区は、八丈富士の裾野に沿つて吹く南西の風の通り道となつており、平生から風の強いところとして知られていたこと、本件建物の周辺殊にその南方及び西方は平地で、強風を遮るものが全く存在せず、本件建物の周囲には石垣も防風林も設けられていなかつたこと(右事実は当事者間に争いがない。)、本件建物に最も近接した建物は、南方約一〇〇ないし一五〇メートルの地点に存在した訴外北山俊延所有の建物六棟であつたが、そのうち鉄骨造平家建の資材置場は、長尺鉄板葺の屋根全部と外壁全部が吹き飛ばされ、プレハブ軽量鉄骨造平家建資材置場も組立式の屋根が全部吹き飛ばされ、プレハブ軽量鉄骨造二階建工場は全部倒壊し、小波鉄板葺木造平家建倉庫も屋根が全部吹き飛ばされ、鉄筋コンクリート造平家建事務所は、南側及び西側のサツシ戸等のガラスが全部破壊し、そこから侵入した強風のため内部の建具等が大きな被害を受け、他の一棟も屋根と外壁の一部が破損したこと、また、右訴外北山所有建物の南方約五〇メートルの地点に存在した八丈町所有の鉄板葺コンクリートブロツク造平家建ブロツク工場は、屋根が合掌ごと東方約七〇メートルの地点まで吹き飛ばされ、その更に約一〇〇メートル南方にある東京都教育庁所有のコンクリートブロツク建教職員住宅も、長尺鉄板葺屋根の大部分が破壊され、前記訴外北山所有建物の南東約一五〇メートルの地点にある訴外沖山久則所有の木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅も、屋根、ガラス窓等が破壊される被害が生じたこと、以上の事実が認められる。証人鷹取七郎の証言中右認定に牴触する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、被告が本件建物の屋根の構成部材の結合方法として採用し施工した前記のような工法は、八丈島における木材建物の建築で普通に用いられていた工法であつて、格別手抜き工事がなされたとも認められない。しかして、台風一三号のもたらした強風は未曽有ともいうべき強烈なものであり、八丈島全土にわたつて甚大な被害が発生したことは前叙のとおりであり、本件建物と同様の被害を受けた木造建物が他にも数多くあつたことを勘案すると、本件建物の前示被害は、本件建物の所在地である三根地区郡ケ平が強風による被害を受けやすい地形的特質をそなえていることに加えて、本件建物の周辺に強風を遮るような建造物等がなく、石垣や防風林などの防風施設も設けられていなかつたために生じた、不可抗力によるものと認めるのが相当である。<証拠>によれば、本件建物の浴室のコンクリートブロツク壁上部と桁との結合のために用いられていたアンカーボルトが、ナツトによつて締め付けられていた形跡がなかつたこと、火打梁が、ボルトによつてではなく、釘で桁に固定されていたことが認められるけれども、前叙のとおり、本件建物の被害は束柱又は母屋から先の屋根部分が強風によつて吹き飛ばされたことによるもので、梁及び桁には何らの影響もなかつたのであるから、仮に右のアンカーボルトがナツトで締め付けられ、また、火打梁がボルトで十分に固定されていたとしても、やはり右被害は発生したものと考えられ、したがつて、右の点は、それが工事の欠陥といい得るかどうかは別として、右被害との因果関係を欠くというべきである。また、梁と束柱、束柱と母屋との結合方法として、一か所について二本以上のかすがいを用いるなど、十分な本数のかすがいが使用されていたとすれば、あるいは本件のような被害を防ぐことができたかも知れないと原告が考えるのも無理からぬ面はあるけれども、それとても可能性判断の域を出ないのであつて、前叙のような、台風一三号のもたらした強風の想像を絶するほどの烈しさとそれによつて全島的に生じた甚大な被害の状況、本件建物の置かれた地形的環境等を勘案すると、右のような工法を用いることにより本件被害を防ぎ得た蓋然性が高いとまで認めるには足りず、右のような強風のあり得ることまでを予想して建築工事にあたるべき義務はないと解するのが相当である。
(魚住庸夫)