東京地方裁判所 昭和51年(借チ)7号 決定 1978年8月31日
申立人 山本直昭
相手方 浜中藤一郎
主文
(一) 申立人と相手方との間の別紙物件等目録(一)記載の土地についての賃貸借契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更し、その期間をこの裁判の確定の日から三〇年間とする。
(二) 申立人は、相手方に対し、金一九七万円の支払をせよ。
(三) この裁判の確定の日の属する月の翌月一日から、第一項の賃貸借契約の賃料の額を月額金一万六、〇〇〇円に変更する。
理由
一 当事者の申立て及び主張
(申立人)
申立人は、主文第一項と同じ趣旨の裁判を求め、次のように述べた。
申立人(賃借人)と相手方(賃貸人)との間には、現に別紙物件等目録(一)記載の土地を対象とする同(二)記載の要領による賃貸借契約が存在する。申立人は、昭和三八年一〇月一日に申立外宮崎清三から本件土地上の建物(二階建木造居宅兼工場)と右借地契約上の借地人の権利とを譲り受けたものであるところ、次のような土地の利用に関する事情の変更があつたので、右賃貸借契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更するのを相当とするに至つた。
(1) 昭和四八年一一月、防火地域の指定
(2) 本件土地附近は、右借地権譲受け当時においては商業地、住宅地の混合的な状況で、営業的利用には制約があつたが、今日では、消費関連の店舗中心にいん賑になりつつある。また、附近には所々に不燃建築ができてきている。(要旨)
そこで、申立人は本件借地の利用効率の向上を図るため、鉄骨耐火造四階建の建築を計画し、相手方に対して本件借地契約を堅固な建物の所有を目的とするものに変更するように申し入れたが、相手方は、申立人が従前本件借地につき借地条件変更を認められた決定の内容の実現を見送つたことをとらえて、当初からその意思がないのに再度借地条件の変更を申し入れているもので、その態度は信用できないとして、交渉に応じない。よつて、裁判により借地条件変更の効果を得るため、本件申立てに及んだ。なお、本件では、借地条件の変更を財産上の給付をする条件付でする形の裁判でなくてもよい。
なお、本件申立人は、先に当庁に、本件借地につき本件申立てにおける同じ趣旨の借地条件変更の申立てをし(当庁昭和四六年(借チ)第一六号事件)(以下において、前回の申立てという。)、相手方に対し、裁判確定後六ケ月以内に金一三〇万円を支払うことを条件として本件賃貸借契約の目的を堅固な建物の所有を目的とするものに変更する裁判を得た。その裁判は抗告審(東京高等裁判所昭和四六年(ラ)第九〇一号事件)を経て確定したが、不幸にも申立人は、右裁判で定める期間内に建築資金の調達ができなかつたので、心ならずも相手方に対する右財産上の給付をなさず、期間を徒過してしまつたという経緯がある。しかし、申立人は、本件の申立てはもちろん、前回の申立ても、真に借地の利用効率向上のためにしているのであつて、前回の申立てによる裁判後である昭和四七年三月二一日訴訟上の和解により賃料を増額し、さらに昭和四八年六月相手方の賃料増額請求に異議なく応じている(現行地代)ことからしても、本件申立てに対する相手方の賃料増額請求妨害呼ばわりは、理解に苦しむところである。また、本件の裁判で借地条件の変更が認められたら、堅固な建物建築のための融資を得られる自信がある。
(相手方)
相手方は、本件申立てを棄却する裁判を求め、本件土地上に申立人主張の借地契約が存在していること及び当初契約当時と現在の附近の土地の利用状況についての申立人の主張事実は認めるが、要旨次の理由により、本件申立ては失当であると述べた。
(一) 申立人は、自ら述べるように、前回の申立てにおいて、今回におけると同じ申立てをし、これを認容する決定を得ながら、なんらの措置をとることなく、また相手方に対して一片の申入れもしないで、前記対価支払の期間を徒過している。右の対価支払は約束事として絶対に守らなければならないものであるのに、違約したものにほかならず、そのように権利放棄した者がまたも同じ趣旨の申立てをしてもよいとは思われない。およそ国の裁判には憲法からも一事不再理の大原則があり、確定判決がされている事項について重複起訴することは禁止されていると聞いている。本件申立ては、すでに解決済みの事項についてされたものにほかならないから、すみやかに棄却されたい。
(二) 今回の申立ては、権利の乱用にほかならない。
すなわち、右(一)の前回の裁判の期間、徒過の事実自体が本件申立ての不誠実性を端的に物語るのみならず、右の前回の申立ては、それより先相手方が申立人に対して提起した本件土地賃貸借の賃料増額確認訴訟の係属中に、昭和四六年四月一七日付をもつてされたものであるが、その後の経過をみると、まさに右の相手方からの賃料増額請求を妨害する手段として利用されたものであるとしか考えられない。現に、今回も、相手方において昭和五〇年四月一日からの賃料改定を申し入れたのに対し、申立人は一言半句の応答もしないで従前の賃料の供託を開始したので、やむなく同年七月これが増額請求訴訟の提起にふみ切つたところ、またも申立人は前回と全く同一の申立てをしたものである。以上の経緯をみても明白なように、本件申立ては、要するに、右賃貸人である相手方の求める賃料改定を妨害するための手段としてされたものであり、申立人は仮にこの申立て認容の裁判を得ても、そのとおり実行する意思も能力も全くないものである。
二 検討
本件で取調べた資料(当事者双方の陳述を含む。以下同じ。)によれば、本件土地を目的として、前記申立人主張の別紙目録(二)記載の賃貸借関係が存在することが認められる。
1 申立ての当否
まず、本件の資料によれば、申立人が主張するように、申立人は、先に当庁に本件申立てと同じ趣旨の申立てをし(前回の申立て)、昭和四六年一一月一〇日付けで”本件の申立人がその裁判の確定の日から六ケ月以内に本件の相手方に対し金一三〇万円を支払うことを条件に、本件の賃貸借の目的を堅固な建物の所有に変更する”旨の裁判を得たこと(昭和四七年三月一四日付けの抗告審の裁判を経て確定)、及び申立人が右裁判で定められた期間内に右所定の反対給付の支払をしなかつたことが認められる。そして、非訟事件の裁判(確定)によりすでに当事者間の一定の法律関係の形成、変更(本件の場合は借地条件の変更)が宣明された事項については、再度同一内容の裁判(当該法律関係の形成、変更)を求める利益を欠く(許されない)ことはいうまでもない。しかし、本件の申立人がした前回の申立てによる裁判は、その内容(主文記載)自体からして、所定の法律関係の形成(借地条件の変更)を直接に宣明したものではなく、その効果の発生を申立人から相手方に対してする反対給付に係らしめたもの、すなわち、申立人に対し右反対給付をすることにより所定の借地条件変更の効果を生じさせる権能を与えたにすぎない(この種事案においては、この形式の裁判をすることが多い。)。結局、前記期間の徒過により申立人が右反対給付をすることができなくなつた現状においては、前回の裁判は、形式的には確定残存しているが、本件借地条件の変更という実体に関する限り、もはや実効性のないものとなつている。すなわち、本件借地条件の変更に関しては、未解決の状態に戻つているものであり、この状態のもとでは、借地条件の変更をするに足る土地利用関係の事情の変化がある限り、借地人(申立人)は再度借地法の規定によるこれが変更を求める申立てをすることができるものと解すべきである。
なお、この場合、前回の裁判による反対給付をしなかつた借地人(申立人)につき、懲罰的な意味で当然再度の申立権を喪失するものと解すべき根拠もない(裁判所定の期間内に所定の反対給付をすることは、申立人にとつて厳密な意味での義務ではなく、それをしないことにより、いわばその裁判による借地条件変更の効果を生ぜしめる権利を失つたにすぎない。)。また、刑事訴追ではないからいわゆる一事不再理の問題にはならず、前回の申立てによる手続はすでに終了しているのであるから、いわゆる重複起訴の問題にもならない。
もつとも、本件の申立人が前回の裁判により本件借地につき借地条件変更の権能、機会を与えられながら、期間内の反対給付をしないでその権能を失つたという事実自体は存在したのであつて、このような借地人が、たちまち再度同趣旨の申立てをすることは、反対給付をすることができなかつた事情のいかんにかかわらず、一般的には、考慮すべき一切の事情(借地法第八条ノ二第四項)の中で、申立て(再度の)を容れるについて消極に働く事情の一というべきであろう。しかし、本件の場合、今日では前回の裁判による申立人の権利喪失後すでに数年を経ているという事情等からして、前回の反対給付の支払条件付申立て認容の裁判の存在等をもつて、直ちに本件申立てを失当なものとすることはできない。
次に、相手方は、本件申立てが、申立人が相手方からの賃料増額請求を妨害するためにした、権利の乱用に当るものであると主張するが、申立人側の本件手続の遂行がことさら相手方に対する右妨害にほかならないものとみるべき証拠はない。この場合、今回相手方が提起した賃料増額請求訴訟(当庁昭和五〇年(ワ)第六四六三号事件)は、後記のように、すでに請求棄却となつている(昭和五三年五月二〇日言渡の控訴審判決を経て確定)ことも考えられるべきである。なお、前回の申立てが従前の相手方の賃料増額請求を妨害するためにされたものであるとすれば、本件の申立てもそれと類似の意図でされたものであるとの推認をする一資料にはなるが、本件で取調べた資料からは、未だそのような推認をしうるに至らない(本件手続における申立人本人の尋問の結果中、昭和四七年における前回の裁判による反対給付の期間徒過につき、石油シヨツクによる融資不許が理由であると供述しているのは事実に反するが、資料によれば、前回の申立てによる手続の抗告審の裁判直後に相手方提起の賃料増額請求訴訟の控訴審における和解により相手方に対する一定の賃料増額請求に応じ、またその後も昭和四八年六月に相手方の賃料増額請求((現行賃料額))に応じていることが認められ、その点からみると、前回の申立てが相手方所論のような意図のものにほかならないとは認められない。)。
ところで、本件の鑑定委員会は、本件申立てに関し、「本件土地は、公法上の規整並びにその他の事情の変更により、堅固な建物の築造を相当とするに至つたものと認める。」との鑑定意見を提出しており、土地の利用状況等の観点において右鑑定意見をくつがえすに足りる資料はない。
以上の検討により、本件借地条件変更を求める申立ては、相当として認容すべきである。もつとも、今回は、右条件変更を後記申立人からの財産上の給付に係らしめることとはせず、右給付の支払義務とともに、この裁判により確定的にその効果を生ぜしめるものとする。
なお、右の借地条件の変更に伴い、将来の権利関係の明確を期するため、本件借地権の存続期間について、堅固な建物の所有を目的とする土地賃貸借契約の法定更新期間(三〇年間)に相当するだけ延長する措置を、併せ講ずるものとする。
2 附随の処分
本件の鑑定委員会は、本件において借地条件を堅固な建物所有の目的に変更することを認めた場合の措置として、要旨「相手方(賃貸人)に対する財産上の給付として申立人(借地人)に対し一九七万一、六四〇円の支払を命ずるのを相当とする。賃料は増額する必要がない。」との鑑定意見を提出している。
右鑑定意見について、相手方は、その意見の基礎の一となつた本件土地の更地価格の評価が低きに失し、ひいては本件借地条件の変更に伴い申立人が相手方に支払うべき財産上の給付額が低きに失するものと主張している。
しかし、右「更地価格」は、もとよりその時点における適正額としてのそれであるところ、本件借地については、本件申立てを含み前後二件の借地非訟事件及び相手方から提起された前後二件の賃料増額の訴訟事件が係属し、それぞれ鑑定委員会又は鑑定人による賃料額等の鑑定が行われ、その過程において、時点を異にしつつその額が見積られてはいる。しかして、本件については、特段の事由のない限り本件の鑑定委員会の意見による更地価格の評価(一、七三八万八、〇〇〇円。価格時点昭和五二年四月二〇日)によるべきであり、この評価をことさら非とするに足りる資料はない。本件の資料によれば、本件土地につき本件の鑑定委員会の評価以外では最もこれに近い時点で行われたものであり、また昭和四八年秋から昭和四九年にかけての経済の激変後のものである、別件昭和五一年(ユ)第二号土地賃料増額請求事件(職権付調停事件)において行われた鑑定では(価格時点昭和五一年七月一日)、これを一、四八〇万円余と見積つていることが認められ、この見積りと対比しても、更地価格に関する前記本件鑑定意見における評価を低きに失するとするのは当らない。次に、右鑑定意見に係る財産上の給付額(一九七万一、六四〇円)は、その見積りに係る更地価格として見積られたものの一割を超える額であるから、結果的にみても、当裁判所のこの種事案における平均的事例に達しているものであり、低きに失することにはなつているとは認められない。本件においては、右鑑定意見に係る額をもつて、本件借地条件の変更に伴い借地人たる申立人から相手方に支払う財産上の給付の額と定める(一万円未満四捨五入)。
次に、賃料額改定の点を検討するに、前記現行賃料額(一万二、八六〇円)は、昭和五二年半ばにおいては普通建物所有目的の借地条件下のものとして適正額に達していたことは、本件鑑定意見書中の理由記載に照らしてこれを認めることができるが(なお、資料によれば、本件の相手方が提起した現在の借地条件のもとでの右現行賃料額の改定を目的とする前記賃料増額請求事件について、第一審判決((昭和五二年七月二九日言渡し))及び控訴審判決((昭和五三年三月二〇日言渡し))とも、右相手方の請求を斥けていることが認められる。)、さりとて、現在の借地条件のもとでの賃貸借の賃料額として高きに失していたとも認められない(右の相手方提起の訴え及び控訴に伴い本件の申立人が提起した、右賃料額の減額確認等を求めた反訴及び附帯控訴もまた棄却されている。)。
ところで、本件鑑定意見理由書中の記載によれば、右鑑定意見が本件で借地条件を堅固な建物の所有目的に変更しても賃料を改定する必要なしとしたのは、借地条件を変更した場合の賃料額をいわゆる積算式の形をとつた試算方式により月額一万二、二八五円と試算したが(この場合の基礎価格である底地価格の見積り((普通建物所有目的の借地条件の場合よりも低い約三五〇万円))及び期待利廻り率の定め方((近隣地域における堅固な建物所有目的の借地条件の場合のそれらの状況から、年三パーセントを採用))には、ことさら非とすべきものはない。)、この試算額が前記現行賃料額(月額一万二、八六〇円)をすでに若干上廻つていることによる(価格時点昭和五二年四月一四日)。相手方は右の鑑定理由について種々の角度から反対の意見を述べているが、その反対の理由として挙げるところは、必ずしも右の鑑定理由を正しく理解してしたものであるとは認められない。しかし、一般的に言つて、建物の構造に関する土地賃貸借契約の借地条件を普通建物所有の目的から堅固な建物所有の目的へと変更することは、土地の有効利用の面で相当の利益を受けることになるので、特段の事由のない限り、右借地条件変更に伴う処理としては、その後の賃料額に改定を加えて然るべきである(もつとも、その改定の程度が土地利用効率の向上の程度に比例するものであることを要しない。堅固な建物所有目的の借地に係る、いわゆる継続賃料としての相当額が求められるべきである。)。
検討するに、(イ) 前記鑑定意見に係る試算額と現行賃料額との間差額はさほど大きくはなかつた(月額にして五〇〇円余)ところ、現在では、右鑑定意見に係る価格時点(昭和五二年四月二〇日)からは一年余の日時の経過があること、及び(ロ) 前述のように、鑑定意見は期待利廻り率として堅固な建物所有目的の賃貸借の底地価格に対する一般的な比率の状況を採用した積算法(いわゆる慣行的利廻り法)を用いることにより、本件借地について一般の賃貸事例の水準による賃料額を抽出しようとしたものであるが、本件においては、借地条件を改めた上でいわば再発足をするのであるから、いわゆる正常賃料を算定する場合のようには行かないにせよ、この種借地条件の継続賃料の額の一般的水準から踏みはずれない限り、若干高目に属することとなるのもやむを得ないと考えられることからして(将来にわたつて近隣地域におけるそれらの状況より高目であつてもよいというのではない。)、現在では、本件借地について、借地条件の変更に伴い、その変更後の賃料額を月額一万六、〇〇〇円とするのが相当であると認める。
三 まとめ
以上により、本件申立てを認容して当事者間の本件賃貸借の借地条件を堅固な建物の所有を目的とするものに変更するとともに、存続期間について前記所要の延長を施し、ただし、当事者間の衡平を図るため、右借地条件の変更に伴い、申立人から相手方に対し前記金一九七万円の財産上の給付をすることを命じ、この裁判確定の日の属する月の翌月一日から、本件土地賃貸借の賃料を月額金一六、〇〇〇円に変更することとする。
よつて、主文のとおり決定をする。
(裁判官 内田恒久)
(別紙) 物件等目録<省略>