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東京地方裁判所 昭和51年(刑わ)4760号 判決 1978年9月29日

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、全逓信労働組合東京西北地区本部書記長であつて、郵政省が昭和五一年九月一二日に予定していた簡易保険業務総合機械化計画(オンライン化計画)に伴う荻窪郵便局への端末機搬入に抗議するため、ほか多数の同労働組合員とともに、同月一一日、東京都杉並区桃井二丁目三番二号所在の荻窪郵便局に集合していたものであるが、

第一  同日午後五時三三分ころから同五時三六分ころまでの間、右荻窪郵便局一階職員通用口付近において、同局庁舎内の秩序維持のため、取締り、警備等の任務に従事中の郵政事務官松永幸二(当三七年)らに「何をやつているんだ、そこどけ」などと言いながら、右松永に対し、同人着用のネクタイを掴んで引つ張り、振りまわし、ワイシヤツの襟元を掴んで首を締めつけ、あるいは肩を突き飛ばし、更にネクタイを掴んでいた手を急に放して同人の背中を壁にぶちあてるなどの暴行を加え、もつて右松永の前記職務の執行を妨害し、その際右暴行により、同人に対し、加療約一〇日間を要する左側頸部、左前胸部挫傷、右背部挫傷の傷害を負わせ

第二  同労働組合東京西北地区本部執行委員長三部明光と共謀のうえ、前同日午後五時三七分ころから同五時四七分ころまでの間、前同所において、前同様の任務に従事中の郵政事務官外山雄三(当四三年)に対し、同人着用のワイシヤツの襟元あるいは頭髪を掴んで引つ張り、手首を掴んで捻じあげ、大腿部を膝蹴りにし、あるいは右側腹部をつねるなどの暴行を加え、もつて右外山の前記職務の執行を妨害し、その際右暴行により、同人に対し、加療約一週間を要する左前胸部、左上腕部挫傷、右示指部、右側腹部擦過創等の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(省略)

なお弁護人および被告人は、被告人が、松永に対し、本件通用口のドアが開く前に両手で同人の襟首を掴んでドアの方に押し、ドアの外に出た後マンホール上付近で同人のネクタイを引つ張つた事実、外山に対し、再び通用口の内側に入つた際、同人とお互いに胸倉を掴みゆさぶり合い、管理職員から引き離された後お互いにつばを二回ずつかけ合つた事実はあるが、同人らに対しそれ以上の暴行を加えたことはなく、三部もまた外山の髪の毛を掴んだのみで、同人に対しその余の暴行を加えたことはなく、かつ被告人と三部との間に共謀の事実もないから、本件公訴事実について被告人は無罪であると主張する。

そこで、本件証拠をみると、本件の被害者である松永幸二、外山雄三ほか検察官申請の各証人が、いずれも当局側の管理職員であるのに対し、被告人ほか弁護人側申請の各証人は、いずれも全逓組合員であり、本件が前説示のように端末機搬入をめぐる当局と全逓との対立抗争中に生じたこともあつて、それぞれの立場から、恣意的、作為的に供述している部分が多々見受けられ、中立的立場にある第三者が皆無であるところから、右両立場からする供述の取捨選択には、十分の考慮を払う必要があると思われる。

しかるところ、本件犯行直前、犯行現場である職員通用口のドアの外側には加藤〓二ほか三名の管理職員がドアを背にして立ち、ドアは閉められ、ドアの内側には、前記松永、外山ほか七、八名の管理職員がドアの前に立ち並んでいたこと、被告人は同局中庭で行われる予定であつた判示の抗議集会の参加状況を確認するため二階の窓から外を見たとき、三部明光が通用門から通用口に向けて歩いてくるのを認め、同人に会うべく階段を降り通用口に向つたところ、ドアが閉められ、その前に管理職員らが立ち並んでいるので、同人らが三部の入局を阻止しているものと思い、三部を中に入れようとして、「何をしているんだ。どけどけ。」といいながらドアに近付きドアのノブに手をかけようとしたこと、折からドアの外では、三部ほか二名の組合員と加藤ら管理職員らとの間で局内立入の許否をめぐり二、三やりとりがなされ、加藤において三部らの立入を了承し、まさにドアを開けようとした矢先に本件が勃発したものであること、以上の事実が前掲各証拠によつて認められ、この点については、右両立場とも、特に異論を唱えるものではない。

しかし、被告人のその後の行動なかんずく、本件の発端となつた事情については、右両立場からする供述は完全に相反するのであつて、本件が極めて短時間のうちに行われたことからみれば、その発端となつた事情は、その後の行動の帰趨を決める極めて重要な事柄と思われるので、以下この点に関する供述を中心に吟味することとする。

被告人は、先ず、松永とのトラブルに関しては、「ドアのノブに手をかけようとした途端、外山にいきなり胸を突かれ、同人に抗議しようとしたら、他の管理職員らからもみくちやにされたうえ、松永から足先で強く膝の辺りを蹴られた。」「そこで改めて同人に抗議すべく同人の襟首を掴まえて押したら、ドアが開き、押し出された形でドアの外に出た。」「マンホールの上付近で松永に抗議すべく同人のネクタイを引つ張り、同人との間で引つ張り合いをした。」「その間管理職員らは絶えず自分を取り囲み、突く、押す、引く、引き離すなどの暴行を加えた。」旨を、次に外山とのトラブルに関しては、「松永とのトラブルの後、小康状態が続き、再び通用口の中に入ると外山が壁際で立つていたので、先刻の態度を抗議すべく同人に近寄つたらいきなり同人に胸を押され、その後お互に胸倉を掴み、ゆすぶり合つた。」「そのころ周囲は管理職員だらけで、同人らが自分を掴まえ引き離そうとして一方的に前同様の暴行を加えていたもので、自分が外山に対し判示の暴行を加えることができる状況にはなかつた。」「管理職員らによつて、引き離された後、双方お互いにどちらからともなく、つばをかけ合つた。」旨を供述し、証人三部、同深瀬、同井川らは、ほぼこれに副う供述をし、更に証人三部は、外山の髪の毛を掴んだことはあながち否定していないものの、右腹部をつねつたことは全面的に否定しているものであり、これに対し、証人松永は、「被告人がドアのノブに手をかけたので、その手を掴んで制止したところ、襟元を掴まれたうえドアの内側ないし外側において、連続的に判示各暴行を受けたものである。」旨、証人外山は「被告人と松永のトラブルの後、通用口から中に入ると、被告人から襟元を掴まれ、その胸を押し返したが、その後は全く一方的に、判示各暴行(右側腹部をつねる行為を除く。)を受けたうえ、二回にわたり顔につばをかけられ、更に三部からも頭髪を掴まれ、右側腹部をつねられるなどの暴行を受けたものである」旨を各供述し、右各供述は、その相互間において、また証人加藤の供述により補強されている。

しかしながら、被告人および弁護人側証人らの供述を仔細に検討してみても、外山が被告人を突き、松永が被告人を蹴つたとの点を除けば、外山が、ドアの内側から外側にかけて松永と被告人とのトラブルの間松永に助勢して被告人に積極的に暴行を加えたとか、松永が、被告人とのトラブルの最中、防禦の程度を起えて、被告人に対し積極的に暴行を加えたことを認めるに足りるものはなく、また、松永が被告人から解放されるや、途中外山と被告人との間にトラブルが発生しているのを知りながら、外山に助勢もせず、ひたすら郵便事務室に難を逃れた旨の同証人の供述を否定するものも見当らないのであつて、このことを検察官側証人らの各供述に照らして考えると、被告人供述のように、いきなり胸を突くほどの外山が、証人外山、同深瀬の各供述によつても明らかなように、被告人の行動のあおりで地下階段に落され「貴様何をする。」とどなるほど憤激した心理状態にあつたのに、何故その後、報復的に、或いは積極的に被告人に対し暴行を加えるに至らなかつたのか、行動心理の面からみて一貫性を欠き、甚だ不自然と思われるのであり、また、被告人が松永から蹴られたということは、犯行現場においてこれを強調し、管理職員側からの挑発行為だとなじり、当公判廷でも事件の端緒として重視してきたところであるが、該事実を目撃した者は皆無であるうえ、証人日下部の供述によれば、被告人は、本件トラブルにより受傷したとして、医師である同証人に診断を求めながら、その際、膝を蹴られたとの訴え出をせず、同医師も該部分の診断をしなかつたことが窺われ、蹴られたことに強い被害感情を抱いている被告人として右の態度は極めて不可解というべきである。

もつとも、被告人が、犯行当時「お前蹴つたな」と言つていたことは、証人松永も有体にこれを認め、証人三部、同井川も被告人からその旨聞いたと供述しているけれども、これは、もみ合いの中で生じた些細な身体の接触を針小棒大にとらえて攻撃の端緒としたとも考えられ、右言辞のみから、その事実の存在を推定することはできない。また、被告人および弁護人側証人らは、昭和五一年三月牛込郵便局での組合の集会における外山の言動を例にあげ、同人が激情的な性格ないし気質の持主であることを強調しているが、右供述のみによつては、いまだこれを認めるに足りないものである。

以上の諸点によれば、外山から胸を突かれ、松永から膝の辺りを蹴られたとの被告人の供述は極めて疑わしいばかりでなく、他方、被告人が通用口ドアに近付いてきた時の言辞および動機自体からみてすでに荒々しい態度であつたことが容易に推認でき、更にさかのぼれば、これより先、全逓組合員ら多数により同局三階の庶務会計課が実力によつて占拠され、その中にあつて被告人は管理職員の制止を振り切つてドアを開け組合員を同課内に招き入れ、或いは管理職員からカメラを取り上げて感光させるなどして気勢をあげ、一方当局側は当日一貫して柔軟な姿勢で警備にあたつていたことが、被告人および証人中西、同遠藤、同松永、同外山の供述によつて認められ、当時の彼我の力関係、両者の姿勢、被告人の行動経過に照らすと、通用口の警備にあたつても、管理職員の側において、殊更強硬な手段をとるべき必要性に乏しかつたのに反し、被告人の側には、実力を行使してでもドアを開けようとする意図があつたものと推認され、これに、外山とのトラブルの最中、被告人が外山の顔につばをかける(この点については、被告人および証人三部も、その供述態度および供述内容に照らし、これを否定しない趣旨と解する。)という極めて侮蔑的な行為を敢えてしたこと、被告人および弁護人側証人らの各供述も、被告人において、松永、外山の両名に対し、その趣旨および程度はともあれ、有形力を行使したこと自体を否定するものではないことなどを総合して考えると、本件行為の全般を通じ、被告人に攻撃的、積極的態度があつたものといわざるを得ず、結局、本件の発端に関する被告人および弁護人側証人らの各供述は信用しがたく、ひいては発端に引き続きなされた被告人のその後の行為に関する供述もまた信用しがたいものといわなければならない。

しかるところ証人桑野の供述および前掲診断書二通によれば、松永、外山の両名は、本件犯行の直後医師である同証人の診断を受けた結果、それぞれ、前判示の各傷害を受けたことが判明し、右各傷害はいずれも同人らが被告人または三部から受けたとする前判示の各暴行に見合う個所に生じたもので、右各暴行により生じた蓋然性が極めて高いこと(外山の右示指擦過創についても、被告人の一連の行為とこれに対する同人の防禦行為の間に生じたことが明らかであるから、これを除外すべき理由は見当らない)のほか、外山からは同医師に対し頭に痛みがあることの訴え出もあつたことが、証人遠藤の供述によれば、本件直後松永の首筋にいわゆるみみずばれが生じていたことが、前掲実況見分調書抄本によれば、通用口ドアの外側のマンホール付近の壁に角型の突起物があり、その位置が、松永の右背部挫傷の位置とほぼ符合し、右突起物によつて受傷した蓋然性が高いことが前掲任意提出書、領置調書各二通およびワイシヤツ二枚、ボタン計六個によれば、本件犯行の翌日に行われた実況見分の際、証人松永、外山の供述にほぼ一致する場所から、同人らのワイシヤツの各ボタンが発見、領置され、右各ボタンは、同人らが犯行当日着用していたワイシヤツの損傷状況とそれぞれ合致していることが、それぞれ認められ、右事実によつて、証人松永、同外山の供述の信用性が裏付けられている。

なお弁護人は、証人松永、同外山、同加藤の各供述の信用性を争い、その理由を詳述しており、なるほど、右三証人の供述には、弁護人指摘のとおり、通用口ドアが開いた時の状況とか、ドアの開閉と松永に対する暴行との時間的、場所的関係について、一見喰い違いがあることを否定できないけれども、本件のように、短時間のうちに、突如として連続的に暴行がなされた場合に、まさにその渦中にある松永と、制止に従事している外山と、ドアの外で見守つている加藤とでは、自らその立場および位置の相違があり、かかる異る条件のもとでそれぞれ事態の推移を認識するとき、行為の前後、順序、四囲の状況についてこの程度の認識の喰い違いを生ずることは経験則上稀有のこととは思われず、その大綱において供述が一致している以上、右三証人の供述の信用性を否定することはできないものといわなければならない。弁護人指摘のその余の点は、ひつきよう、被告人および弁護人側証人らの各供述を前提として反論しているものであるか、或いは独自の経験則違背をいうのであつて、判断の限りではない。

以上説示した諸点に鑑み本件各証拠をみると、検察官側証人らの各供述は、ときに誇張に過ぎる点もみられないではないが、具体的かつ詳細で、それぞれ一応前後一貫し、相互間の些細な喰い違いを除けば特に著しく不合理な点はなく、全体としてみて右証人らが口裏を合わせて事件を捏造したという節が見当らないのみか、客観的証拠とも符合しており、その信用度は極めて高いものといえるのに反し、被告人および弁護人側証人らの各供述には、とりわけ事件の発端およびその後の被告人の行動に関し、当局に対する感情的対立のあまり、殊更事実を歪曲し、作為している形跡が見受けられるとともに、全体として、客観的状況ないし人間の行動心理にそぐわない不合理、不自然な点が多く、この点に関する各供述を信用することは困難である。

右の観点から証拠の取捨選択を行つた結果、結局、本件各公訴事実(三部との共謀の点も含む。)は、前掲各証拠によつて証明が十分に尽くされたものというべきであるから、弁護人および被告人の前記主張は失当である。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、次に述べる理由により、被告人は本件公務執行妨害罪につき、無罪であると主張する。

1  公務執行妨害罪における「公務」が業務妨害罪における「業務」よりも特に保護される所以は、公務員を特に保護するのではなく、国家又は公共団体の作用を特に保護する必要があるからであるが、本件警備行為はその目的、態様に照らし、民間企業における施設管理権に基づく警備行為となんら本質的に異ならないのみか、本来郵便局の業務自体も基本的には民間企業における業務と異ならないことを併せ考えると、本件警備行為を民間における警備行為より強く保護する必要性は全くなく、従つて、本件において、松永、外山が公務員の身分を有するとの一事をもつて同人らの本件警備行為が「公務」にあたるものとはいえない。

2  本件において、松永、外山らは通用門から本件通用口にかけての警備を命ぜられ、通用口の外側で警備の配置に就こうとしたところ、通用口ドアの外でトラブルが発生したためその解決をまつて、ドアの内側で待機していたものであつて、右の段階ではいまだ同人らが職務の執行に着手したものと評価することはできず、また、被告人と外山との間にトラブルが発生した段階でも、同人は単に壁際に佇立していただけで、なんら警備行為に従事していなかつたのであるから、右両名に対する被告人の行為は、右両名の「職務の執行にあたり」なされたものとはいえない。

3  ドアを開けようとした被告人を阻止した松永、外山の行為は、組合員らが局舎内から外に出るについてはなんらの制限をしないという局側の基本方針に反していただけでなく、右行為は、警備の責任者からの指示に基づくものではなく専ら同人らの状況判断の誤りに基因してなされたものであり、従つて、同人らの右行為は、具体的権限を欠く過剰警備行為であつて違法である。

4  被告人は、松永、外山らが警備行為についていたとの認識すなわち同人らが職務執行中であることの認識がなかつたから公務執行妨害罪の故意を欠く。

5  被告人の松永、外山に対する行為は、いずれも、組合役員である被告人の局舎立入権に対する両名の不当な侵害行為ないし暴行に対し右権利を守るためにした正当な抗議行動ないし防衛行為であり、全体的にみれば被害者はむしろ被告人であつて、被告人の行為が軽微であり、かつ右行為が抗議行動に付随してなされた点に鑑みると、被告人の行為は可罰的違法性を欠くものである。

二1  前掲各証拠によれば、本件犯行前の全般的状況はおよそ次のとおりであつたことが認められる。

郵政省が昭和五一年九月一二日に予定していた荻窪郵便局への端末機搬入に抗議するため、全逓西北地区本部傘下の組合員が、その前日である本件当日の一四時から同局内で業務対策会議を、一八時から同局中庭で前判示の抗議集会を開催するとの情報を得た同局では、同集会および会議を開くについて、庁舎管理権者である同局局長遠藤久二夫(以下単に局長という。)に対し、庁舎の目的外使用の許可申請もなされておらず、かつ、同局中庭には郵便物運送の自動車の出入も多く庁舎内外において混乱することが予想されたため、同局長が郵政省庁舎管理規程(昭和四〇年一一月二〇日公達第七六号)に基づいて有する庁舎管理権の執行として警備を実施することとし、あらかじめ他局に対し応援の管理職員の派遣方を依頼したうえ、当日午前中に、同局長を対策本部委員長とする対策本部を設置し、同局および他局からの応援の管理職員をもつて構成する対策班分担編成表Ⅰ、Ⅱを作成した。同表Ⅰは同日一三時三〇分から一七時一五分まで、同Ⅱは一七時三〇分から二〇時三〇分までの各警備体制を内容とするもので、管理職員らは同局長の命により解散命令、局舎内外の警備、非違行為の現認、集会参加者のチエツク、連絡の権限を付与され、組織としては本部ほか四班に分れ、警備班は更に七班に分れて通用口ほか六か所の出入口の警備を担当し、特に通用口の警備範囲は通用門から通用口までとされていたが、通用口は通常職員の出入口とされ最も出入の多い場所であつたため、警備人員も多く、責任者宇野課長ほか一七名が割り当てられ、本件の被害者である松永および外山ならびに証人加藤〓二もその構成員に含まれていた。

当局は、同日一一時三〇分ころ、勤務に関係ない者の入局を禁ずる旨の立看板、貼紙を通用門ほか各出入口に掲示するとともに、各出入口の警備に就いたが、組合員の入局を阻止できず、一四時三五分から前記のように三階の庶務会計課を多数の組合員によつて占拠され、急拠出入口警備の者らを庶務会計課に引きあげさせ同課内の警備を補強する一方、応援者の参集をまち、その間右占拠組合員の約半数が局外に退出し、その余の者がなお占拠しているという状態の中で、一七時三〇分ころ、分担表Ⅱに基づく警備に移行することとし、労務連絡官を介し、警備の運用について、組合事務室やトイレに用のある者は少人数であれば入局させてもよいなどと一般的な指示がなされたうえ、同時刻ころ、管理職員らはそれぞれその部署に向つた。

通用口の警備については、ドアの外側と内側の配置分担までは特に割振がなかつたため、適宜二手に分かれ、加藤ほか三名がドアの外に出てドアを閉めてその前に立ち、松永、外山ほか五、六名がドアの内側でドアを背にして立ち並んだが、そのころドアの外側では三部ほか二名の組合員が加藤らに対し入局を申し入れ、両者の間で声高にやりとりがなされ、そのことは松永、外山らも気配でこれを察していたところ、間もなく、加藤において、三部が組合役員でもありまた前記の指示もあつたことから同人らの入局を了承し、ドアを開けようとした矢先に、ドアの内側では、前記のように被告人が荒々しくドアに近寄つてドアを開けようとし、松永、外山らがこれを制止したことから本件が発生するに至つたものである。

しかして、松永幸二、外山雄三は、いずれも郵政事務官の身分を有し、松永は新宿郵便局庶務会計課主事の、外山は牛込郵便局庶務会計課長の職にあつたところ、いずれも荻窪局長からの応援要請を受け、人事院規則八ー一二・二一条一、二項、郵政省職務規程七条による手続を経て、本件当日同局に至り、同局備付の受令簿に押印のうえ、同日から翌一二日までの間の併任辞令を適法に得て、同局長の庁舎管理権の執行として本件警備の職務に従事していたものである。

2  第一点について

以上の事実を前提として弁護人の主張について判断するに、その主張の第一点は、松永、外山の本件警備行為が、ひろく公務員が取り扱う事務にあたることが明らかであるから、右両名の職務が公務に該当することは疑いのないところである。近時、公務執行妨害罪における職務を権力的公務に限定すべきとの見解があり、所論もこれに立脚しているものと思われるが、当裁判所としてはこれに左袒しがたい。

第二点について

その主張の第二点は、警備は通用口の外側でなされるべきであり、松永、外山らはその内側において待機していたにすぎないという点で、明らかに前認定に反するだけでなく、右警備が庁舎管理規程九条の庁舎内立入制限を目的としていることからみて、出入錯綜、不測の事態発生に備え、規整の実効を期するため、ドアの内外に分れて警備することは、むしろ通例であつて、その主張のように規整を必らず通用口の外側でしなければならないとする道理は全くないのであるから、右主張は結局その前提を欠くこととなる。

しかして、松永、外山の両名は、ドアを背にして立ち並んだ時点において、警備の配置についたと認めるのが相当であり、従つて右両名は、被告人が通用口に至つたとき、すでにその職務の執行に着手していたものというべきである。

そして、右両名は、その後終始被告人の暴行を制止し、その職務を執行したものであり、被告人の松永に対する暴行が終つた後、外山の職務執行が一見停止ないし中断されたような外観を呈した一時期があつたとしても、それは被告人の不法な行動により警備の実効を期し得ない事態に陥つたからであり、これをもつて外山が任意に職務を中断又は放棄し、或いはその職務が終了したものと解するのは相当でないというべきである。

第三点について

その主張の第三点についてみるに、松永、外山の両名は、適法な手続を経て、併任辞令を受け、局長の有する庁舎管理権に基づき庁舎管理規程九条の措置をとるべく、具体的には分担表Ⅱにより配置の割振を受けて本件警備の職務に従事していたものであつて、右両名が本件警備行為につき、抽象的、かつ具体的職務権限を有していたことは明らかであるところ、両名がその権限を行使するについて、過剰かつ違法な点があつたか否かについてみるに、右両名の供述によれば、右両名は通用口ドア内側において警備に就いた矢先に、通用口ドアの外側のトラブルを気配で感じる一方、右ドアの内側では、被告人が前記の言辞、態度で突つ込んできてドアのノブに手をかけようとしているのを見て、とつさに被告人が外の組合員を中に入れようとしているものと判断し、被告人を制止したというのであり、同人らの右措置は、当時責任者の判断を仰ぐ暇のない程緊急の状態にあつたこと、ドアの外側では現実に前記のトラブルが発生していたこと、三階の庶務課ではいまなお約四〇名の組合員による占拠が続けられ、一方中庭には組合員らが集会参加のため続々参集しつつあつたことなどの当時の具体的状況に即して考えると、警備担当者としての注意義務を十分に尽くした妥当な判断に基づく裁量であつたというべきである。

そして、たしかに、本件警備に際し、局内から外に出る者についてまで特段の指示があつたことは認めるに足りないが、それは、平穏裡に、かつ、警備に妨害を与えない方法でなされることを当然の前提にしていたからであつて、本件のように暴力手段をもつてドアを開けようとすることをも是認する趣旨のものと解すべきではなく、従つて右両名の措置が、局の基本方針に反したとするのはあたらない。

以上のとおりであるから、松永、外山の本件職務執行について、過剰ないし違法な点があつたものとは認めがたい。

第四点について

その主張の第四点は、被告人において、松永、外山が管理職員であり、かつ本件通用口の警備の職務に従事していたことを十分認識していたことが明らかであるから、被告人については優に公務執行妨害罪の故意を肯定することができる。

第五点について

その主張の第五点についてみるに、本件において、局長が庁舎管理権に基づき庁舎管理規程九条の措置をとつたことはもとより適法かつ正当であり、その局長の命によりその執行にあたつた松永、外山らにおいて、被告人の本件暴行を制止した行為はこれまた公務員としての適法は職務の執行というべきであり、反面、被告人には局舎立入権が認められるといつても、それは無制限のものではなく、庁舎管理の面からする制約のあることは理の当然であつて、本件のように暴力行為をもつて右権利を行使するが如きことが許されないのは論をまたないところである。

してみれば、右両名の行為が、被告人の有する局舎立入権を違法に侵害したというのは不当な非難というほかなく、被告人の行為をもつて正当な抗議ないし防衛行為と解すべき余地はないものといわなければならない。

そして、被告人の地位、経歴に照らすと、被告人においてかかる所為に出るほかに他に適当な方法がなかつたと認めることはできないし、犯行による被害の程度も決して軽微とはいえず、犯行の態様も、その目的、動機、手段に照らして社会通念上許容される限度を超えたことが明らかであるから、可罰的違法性を欠くものと認めることはできない。

以上のとおり弁護人の主張はいずれも理由がないから採用しがたい。

(法令の適用)

一  判示所為

いずれも刑法九五条第一項、二〇四条(判示第二については更に刑法六〇条も適用)、罰金等臨時措置法三条一項一号

一  科刑上一罪

刑法五四条一項前段、一〇条(いずれも、一罪として重い傷害罪の刑で処断)

一  刑の選択

所定刑中懲役刑選択

一  併合罪加重

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第一の罪の刑に加重)

一  刑の執行猶予

刑法二五条一項

一  訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文

よつて、主文のとおり判決する。

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