東京地方裁判所 昭和51年(刑わ)6041号 判決 1981年1月29日
主文
一、被告人森路英雄及び同出頭忠次をいずれも懲役一年にそれぞれ処する。
二、但し、この裁判の確定した日から、被告人森路英雄に対し五年間、被告人出頭忠次に対し三年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。
三、訴訟費用については全て被告人らの連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人森路英雄は、東京都千代田区永田町二丁目一四番二号所在の株式会社日本報道新聞社の会長と称して実質上同社を経営し、同社の発行する旬刊新聞日本報道新聞の編集、発行等を総括的に掌理しているもの、被告人出頭忠次は、同新聞の編集人兼発行人であるところ、被告人両名は共謀のうえ、日興証券株式会社の経営状況並びに同社代表取締役中山好三及び同社常務取締役生田俊彦の主として私事などに関し、右新聞に暴露中傷記事を掲載頒布しようと企て、その際それによって同会社の信用・名誉並びに右中山好三及び生田俊彦の各名誉をそれぞれ失墜・毀損するもやむなしと考え、昭和五一年五月一〇日号の同新聞誌上に、「急進日興に黒い噂」、「日興証券・中山体制の“誤算”」、「急成長の陰に“息切れ現象”」、「露呈した『中山天皇』急進改革の“歪み”」、「投資家無視でつっぱしる“株屋体質”」などの見出しのもとに、右中山好三の顔写真などを掲載したうえ、(1)某証券記者の言として、「日興証券の社員Aは客から集めた三百万円を遣い込みした。中山体制になってからの過酷営業のシワ寄せということができる。ノルマを達成するためにお客から集めた金をテバリに使ったんじゃないですか」などと記載し、さらに大蔵省証券局担当官の「それはマズイ。すぐ事実関係の確認をします」との談話を載せたうえ、結論的に、「第一線の営業マンが中山体制下の過酷な営業に消化不良をおこし、ある者はテバリという証券業協会従業員規則第九条違反を起こした」旨記載し、あたかも、日興証券株式会社の営業政策が過酷であり、そのため社員が俗にいうテバリをしたかの如く内容虚偽の事実を掲載し、(2)「不動産売買に関与で大蔵省調査」という見出しのもとに、本社を神戸市におく六甲バクー株式会社が茨城県水海道市に工場用地を買収しようとしたことに関連して、「日興証券西武支店がこの土地を斡旋したが、これについてはノーコメントである。これは証券取引法では不動産売買の仲介ができないからである。日興証券は投資家保護を大前提とした証券取引法の精神を踏みにじろうとしていた。その違法行為に気づいたため、六甲バターの工場進出を“一時中断”させたというのが真相でないか」との旨の記載をしたうえ、大蔵省証券局担当官の「利益の有無にかかわらず、証券会社が不動産売買に関与することは許せない。仲介も同じである。全く知らなかった。すぐ調査する」旨の談話を載せ、結論的に、「日興証券の社員が、証券取引法四三条にそむいて不動産仲介業務を買って出、紹介した企業の幹事会社になることを狙ったわけである。」、「……日興証券の“ガムシャラ”ぶりを物語っている。」旨記載し、あたかも、日興証券株式会社が、違法な不動産売買の仲介ないし斡旋をし大蔵省において調査の対象となっているかの如き内容虚偽の事実を掲載し、(3)前記中山好三が昭和四四年当時小田原市城山四丁目所在の小田原支店の社宅を購入したことに関し、「四四年当時、つまり中山現社長が小田原支店長社宅を購入したときの小田原支店長だった生田俊彦氏は、その時の支店長社宅の払い下げの“功績”が高く評価されてか、現在常務に昇進している」、「中山社長の支店長社宅払い下げが、公正な入札ではなく“思惑”によってなされた見方も成り立つ、中山氏が払い下げれば支店長の住む所がなくなるのを知りながら強引に小田原支店長宅を安値で買ったことも考えられる。専務という地位を利用して買った疑惑がある」旨記載したうえ、結論的に、「……中山体制下の一握りの幹部社員による“日興私物化”の現われといっていいだろう。」など内容虚偽の事実を掲載して、昭和五一年五月二八日、同都中央区日本橋兜町二丁目三〇番地先路上において、さらに同月三一日、同区日本橋兜町一丁目五番地先路上において、これを通行人である前田賢久他多数の者に手渡して頒布するなどし、もって、虚偽の風説を流布するとともに公然事実を摘示して、前記日興証券株式会社の信用・名誉並びに前記中山好三及び生田俊彦の名誉をそれぞれ毀損したものである。
(証拠の標目)《省略》
なお、弁護人らは、被告人らの前記各供述調書はその取調べの経過などからみて任意性と信用性に欠けていることが明らかなので事実認定の証拠に用いるべきでない旨主張するが、《証拠省略》によって認められる前記各供述調書の作成経緯、状況、その供述内容が他の関係各証拠にも符合する自然なものであることなどよりみて、これが任意性を有することは勿論のこと、その供述の信ぴょう性も概ね肯認できることは明らかなので、弁護人らの右主張は採用できない。
次に、弁護人らは、押収してある被告人森路作成の前記日記帳(手帳)で犯罪事実を認定することは同被告人の供述拒否権を侵害したことになり違法である旨主張するが、被告人森路の供述により同手帳は同被告人が日常の出来事などをその都度自然に備忘用にメモしたものであることが認められるから、これが任意性と信用性は優に肯認されるところであり、又同手帳の押収手続や証拠調手続(証拠請求に対し弁護人側から何んら異議は述べられていない)にも何んら違法なところはみられない(弁護人らはその後被告人森路にこれを示して質問した際にも異議を述べたこともない)のみならず、弁護人らは自己に有利な証拠としてこれを援用しているのであり、又これを証拠に用いたとしても被告人の供述拒否権の侵害にならないことも明らかなので、この点に関する弁護人らの主張はとうてい採用できない。
(弁護人らの法律上の主張について)
第一、構成要件該当性について
前掲関係各証拠によると判示事実は優に肯認できる。即ち、被告人森路は東京都千代田区永田町二丁目一四番二号所在の株式会社日本報道新聞社のオーナー、会長などと称して実質上同社を経営し、同社発行の旬刊新聞日本報道新聞の編集、発行等を統括的に掌理していたものであること、被告人出頭は昭和五〇年一〇月に同社に入社し同五一年一月ころから同新聞の編集人兼発行人となったこと、同新聞の昭和五一年五月一〇日号(以下「五月一〇日号」と称す)誌上には判示各見出しのもとに、日興証券株式会社(以下「日興証券」と称す)代表取締役社長中山好三(以下「中山好三社長」と称す)の顔写真などを掲載したうえ、判示(1)(2)(3)記載の様な後記の虚偽の記事を掲載摘示したこと、同記事は同新聞の記事内容全体や表現の全趣旨(とりわけ「急進日興に黒い噂」などの大見出し部分)と相俟って読者をして、判示(1)(2)の記事については日興証券の中山好三社長らの営業政策が過酷なために同社社員がノルマ達成のためにやむをえず証券業協会従業員規則九条に違反して俗にいうテバリをしたこと、日興証券自体も証券取引法四三条に違反して違法な不動産売買の仲介斡旋業を営んだために監督官庁である大蔵省において調査の対象としている(弁護人主張の趣旨には読めない)ことなど、日興証券もその社員も共に違法な行為を行っている事実があるが、これは同会社の経営体質や営業政策が一般大衆投資家を無視した前近代的株屋体質に起因する過酷さ強引さの現れであるかの如き印象を一般読者に与え、又判示(3)の記事については中山好三社長が専務当時その地位を乱用して不当な方法で不動産(小田原支店長の旧社宅)を不当な安値で取得し、またその頃日興証券小田原支店長だった現常務取締役生田俊彦(以下「生田俊彦」と称す)も会社の実力者である中山好三専務(当時)の右不動産取得に有利になるように取り計って右支店長社宅を予め明渡しておいた功績により昇進し現職にあり、日興証券は中山好三社長以下一部の者が株主の利益保護や一般社員の福祉厚生施設などを無視して私利私欲に終始し企業を私物化している会社であるかの如き印象を一般読者に与え、もって日興証券の名誉と信用並びに中山好三及び生田俊彦の各名誉をそれぞれ毀損させるものであること、同記事を掲載した同新聞の前記五月一〇日号は二万部発行されうち多数のものが判示日時場所において多数の通行人に頒布された(これが名誉信用を毀損させる行為であることは明らかである)こと、被告人らには後述の様に日興証券や中山好三、生田俊彦を攻撃中傷しその名誉信用を低下失墜させることの認識があった(同記事自体からも少なくとも未必的故意が窺える)こと、被告人らには判示記事の掲載公表につき後記共謀があったことなどの事実が認められ、他方同認定に反する被告人らの各供述はにわかに措信できない。なお、弁護人らは同記事の主な部分は主として記者の推測、見解、論評などを表明記載したもので事実の摘示には当らない旨主張し、又同記事には噂、風聞とか某証券記者の言、あるいは断定的表現形式を避けて疑問、推測、見解、論評の表明などといった表現形式をとったり、又は「証券会社の社員が証券業協会従業員規則九条に違反してテバリをした」とか「……違法行為に気づいてか」などと記者の事実に対する判断評価を混じえた記載がなされていることは所論のとおりであるが、同記事はその内容全体、表現形式の全趣旨などからみても、程度の差はあっても読者に前述の様に判示(1)(2)(3)記載の虚偽の事実が真実存在するかの如くに推知印象づける(とりわけ違反とか違法など評価を記載した部分はその対象行為の存在とその違反、違法性を一層強く印象づける)ものであるから、右の様な表現形式によっても事実を摘示したものと解することが相当である。
してみると、被告人らは共謀のうえ、本件日本報道新聞五月一〇日号に判示記事を掲載して判示の様に頒布し、もって虚偽の風説を流布するとともに公然事実を摘示して、日興証券の名誉と信用並びに中山好三社長及び生田俊彦の名誉をそれぞれ毀損したものであることは否定できないところである。
よって弁護人らの右主張は採用することができない。
第二、被告人両名の刑事責任について
一、被告人出頭について
《証拠省略》によると、被告人出頭は株式会社日本報道新聞社発行の日本報道新聞の昭和五一年五月一〇日号の編集人兼発行人として同新聞の企画、編集、発行、頒布などの全てに関与したものであることが認められるから、同新聞の前記記事を掲載公表することにより惹起した前記刑事責任を免れえないことは明らかである。
二、被告人森路について
弁護人らは、被告人森路は本件新聞の企画、編集、発行、頒布等には全く関与していないので前記刑事責任を負わない旨主張し、同被告人も同旨の供述をして争う。
そこで検討するに、《証拠省略》によると次の諸事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(1) 株式会社日本報道新聞社は、登記簿上被告人出頭が代表取締役(昭和五一年七月五日就任)で被告人森路は役員でない(同被告人は昭和五〇年一一月六日北野建設株式会社及び同社代表取締役北野次登に対する名誉毀損、信用毀損事件で懲役二年、執行猶予五年の判決を受け、同月七日登記簿上は代表取締役の地位を辞任した)が、被告人森路はその後も会長、オーナーとして同社の経営のみならず、同新聞の企画、編集、発行、頒布などを統括的に掌理(自他共に認めているが、これは昭和五一年六月初めの被告人森路と各証券会社交渉担当者らとの会合などからも窺える)したり編集方針を指示決定したりしており、又記事内容の如何によってはその掲載発表の中止又はその全部あるいは一部を変更させるなどの権限を有していた(たとえば、被告人森路は日本報道新聞の昭和五一年四月一日号の記事原稿の書き直しをさせたり、同新聞同月二〇日号及び同年七月一日号の各発行、頒布などの中止を最終的に決定した)こと。
(2) 被告人森路は本件記事の企画、取材、編集、発行、頒布などに関与していたこと。
① 被告人森路は、昭和五一年三月下旬から同年四月上旬ころに、被告人出頭ら編集員に対し、予備取材の情報交換の趣旨ではあるが今後の取材対象の企業として他の十数社の企業名と共に日興証券の名をもあげ、その情報として、昭和四九年一〇月号の「宝石」に作家清水一行が記載した小田原支店長社宅払下げ問題の記事があること、日興証券の前社長が新潟で死亡したが腹上死らしいこと、生田常務は結婚していないが女気がないことはおかしいこと、日興証券の某支店長の女性問題があることなどの情報を教示したこと。
② 被告人森路は、その後某支店長の女性問題の情報源である山一証券社員のもとに自ら赴き詳細を尋ねた際、同社員から太陽新報のBがコンフィデンシャルロビーに同問題を取り上げている旨教えられるや、Bに直接電話して被告人出頭を紹介し同人の取材の便宜を計ったほか、自らもBから同女性問題に関し取材したこと。
③ 被告人森路は、被告人出頭から右取材結果日興証券には女性問題以外にもいろいろ問題があった旨の報告を受けたり、同年四月下旬になって被告人出頭ら編集員から編集会議で日本報道新聞五月一〇日号で日興証券を取り上げることに決まり本取材に入ったことなどの報告を受けて、日興証券に関するしかも記述方法の如何によっては暴露中傷記事として名誉信用などを毀損させるおそれのある記事が取材、編集されつつあることを知ったこと。
④ 被告人森路は、同年五月五日、本件新聞記事の原稿を作成中の被告人出頭に同人のドイツ出張に関して電話した際、同出頭から同五月一〇日号の新聞記事について、小田原支店長社宅の払下げの件、西武支店社員のテバリの件、日興証券が不動産売買の仲介斡旋をした件及び渋谷支店長の女子社員とのスキャンダル事件などを取り入れて日興証券の体質・営業政策などを論じるつもりであることなど同記事のテーマー、骨子及び構想などの報告を受けて、被告人森路はかねてより情報を提供したり取材報告を受けて知っていた日興証券や中山好三、生田俊彦の名誉信用にかかわるしかも構想記述方法の如何によっては暴露中傷記事にも発展しかねない記事の原稿が作成されつつあることを知ったので、その際被告人出頭に対し、大蔵省の証券行政の全体の立場からあるいは他の三大証券会社との比較において、しかも公共性に注意して記事全体を構成記述したり、監督官庁の大蔵省証券局担当官のコメントを取り入れたり、又遠山順一の助言指示を受ける様になどと指示したこと。
⑤ 被告人森路は、その後(同月八日から同月一〇日までの間に)に発行済の同新聞記事を閲読して同記事が前記テーマーによる暴露中傷記事のおそれがあり被告人出頭にした前述の注意指示の趣旨が生かされておらず、その記事全体の内容、構成、表現方法(とりわけ判示見出しなどに不穏当さがみられる)などからみても書き過ぎで名誉信用などを失墜させる不安危惧の念を抱いた(被告人森路は前記名誉毀損事件で執行猶予中の身であり、しかも日本報道新聞の実質的には最高責任者として記事の真実性や公共性には細心の注意を払うべき立場にあったのであるから、同人の能力経験及び本件記事の内容表現などよりみても前記不安の念は容易に推認しうるところであり、同被告人は捜査段階ではその旨の自供をしている。他方被告人森路は当公判廷においては被告人出頭の記事については不安はあったが信頼のおける遠山順一に全てを任せていたので安心していた旨の供述をするが、同年五月一日に入社したばかりの遠山順一に五月一〇日号の記事の取材、編集等を全て任せ切れたかは疑問であり、むしろ責任逃れの弁解とも解せられる)が、直ちにその内容を検討して同新聞の発行、頒布などを中止したり、あるいは内容表現方法に変更を加えたりすることもなく、同新聞の発行、頒布を承諾(《証拠省略》(とりわけ前記手帳の記載)によると、被告人森路が同新聞の街頭頒布の承認をしていたことも優に肯認しうるところであるが、仮りに同被告人の供述のように同承認をしていなかったとしても、新聞は発行されれば当然に頒布されて公衆に閲読せられるべきものであるから、発行された新聞紙の頒布を中止しない限りこれが頒布され公衆の閲読に供せられることを認めたことになる)し、同新聞はその後に郵送により又は路上で通行人に手交されて頒布されたこと。
右認定の各事実によると、本件新聞の編集、発行等を中止変更する権限を有する被告人森路が、本件新聞の企画、編集、発行、頒布の全過程において前述の様に関与したことは明らかなので、被告人森路に前記刑事責任のあることは優に肯認しうるところであるが、被告人森路が発行済の同新聞記事を閲読するまでは、同新聞記事については被告人出頭からそのテーマー、構想及び骨子などについての報告を受けて認識した(これらの報告を受けて直ちに信用・名誉毀損に当ると判断することは難しい)としても、その内容、構成、表現方法など(名誉毀損罪の成否についての重要な判断事項である)は未だ確定していなかったのでその具体的な認識はない(被告人出頭はその後の五月六日にも更に取材したり、大蔵省証券局担当官に照会したりしており、また遠山順一は被告人出頭作成の原稿の構成表現方法などにも大巾に書き直しをさせているし、判示見出し記事もその後に作成されている)のみならず、被告人森路は被告人出頭に対し名誉毀損などにならない様にとの配慮(前記執行猶予中の身であるから)の下に前記注意指示までも与えていたのであるから、被告人森路が被告人出頭と電話で意思を相通じて本件記事(名誉信用毀損などに発展するおそれのある記事)の掲載公表を共謀したという趣旨の共謀責任を肯認することは相当ではないが、その後に発行済の本件新聞記事を閲読して同記事が名誉毀損などに発展するおそれのある暴露中傷記事であるかも知れないことを具体的に認識しながらこれが発行、頒布の中止変更することもなく(被告人森路の前記立場や本件記事作成の関与状況などよりみて同発行頒布を中止変更すべきであった)そのまま発行、頒布を承認したのであるから、少くともこの段階においては、被告人出頭と意思を相通じて本件記事の掲載公表を認識・認容したことによる共謀責任は否定できないところである。
なお、弁護人らは、被告人森路は、当時持病の多発的硬化症が悪化し新聞の編集等に関与できる状態ではなかった旨、また同年五月一日に入社した遠山順一に全てを任せておいたので同新聞の編集、発行などに実際関与する必要もなかったし事実全く関与しなかった旨、さらに同新聞の企画前の段階で予備取材の参考に情報を教示したが以後の取材、編集などには全く関与していなかった旨など縷々述べて、被告人森路には前記刑事責任のない旨主張し、同被告人も同旨の供述をしているが、《証拠省略》などによると、前述の様に被告人森路は予備取材前の情報交換の段階にとどまらず本件新聞の企画、取材、編集、発行、頒布などの全ての段階において前述の様に関与していた(日興証券が取材候補にあがって本件新聞ができる迄の約四〇日余の間に被告人森路が教示承認した情報の殆んどが本件記事に取り入れられている)ことが認められるし、また遠山順一が同年五月一日から日本報道新聞社に実質上の編集等の顧問として入社し前述の様に本件記事の作成に関与したことは認められるが、これがために被告人森路の責任が否定されるものではないことは前述のとおりであり、さらに被告人森路の病状も本件記事の企画、取材、編集、発行などに関与することを妨げる程悪化していなかったことが明らかなので、右認定に反する被告人らの供述は措信できないし、弁護人らの右主張は全て採用することはできない。
第三、刑法二三〇条の二第一項の主張について
弁護人らは、縷々述べて、本件記事は「公共の利害に関する事実」を摘示したものであること、被告人らには私怨、私情は全くなく「専ら公益を図る意図」で同記事を掲載公表したものであること、摘示事実は主要部分において真実であるが、仮りに事実に反する部分があるとしても被告人らが真実と信じたことにつき相当の理由があったことなどを縷々主張して、被告人らには刑法二三〇条の二第一項により名誉毀損罪は成立しない旨主張する。
ところで、現代社会における証券会社の機能役割の重要性に顧みると、社会の公器としての新聞が証券会社の営業政策・経営状況・体質などを正確に報道したり適切に批判し社会一般の関心を喚起しその監視の下で一般大衆投資家の保護と証券会社の経営の健全化をはかることは、社会公益上必要なことであってそれ自体公共の利害に関するものであることは明らかであり、そのためには何よりも真実を正しく報道することを使命とする新聞の表現報道の自由は最大限尊重保障されなければならないことは多言を要しないところであるが、他方その意図においても公益目的の存することが必要なことは勿論のこと、新聞の構成、記述、表現方法なども当該目的を達成するうえで相当と認められるだけの責任ある真しなものでなければならず、新聞の社会公器性、報道表現の自由の重要性、証券会社の公共性などの名の下に徒らに他人の名誉・信用などを失墜毀損することは許されないこともまた多言を要しないところである。
以下かかる観点から、弁護人らの主張を検討することとする。
一、摘示事実の真実性と被告人らの認識について
(一) 摘示事実の真実性について
そこで、刑法二三〇条の二第一項の要件のうち、まず摘示事実の真実性の存否について以下に検討することとする。
(1) テバリの記事について
《証拠省略》によると、日興証券西武支店に勤務していたC(本件記事にはAと表示されている)は昭和五一年一月二〇日突然行方不明となったが、その後の調査で同人は顧客の金を横領して所在不明となったことは判明したが同人がテバリを行った確証は得られなかったこと、従って本件記事の様にテバリを前提にして直ちに日興証券の営業政策が過酷であるとはいえない(一般に証券業界ではノルマが厳しいといわれる風説があったり、同旨の新聞、雑誌、週刊誌などの記事(確証の有無・程度は必ずしも明らかではないが)のあることも否定できないが)こと、被告人出頭は編集員織田茂に指示して大蔵省証券局担当官に後記六甲バターの不動産売買の仲介の件で電話照会させたが、その際テバリの件については照会しなかったので同担当官は何んら言及していなかったことなどが認められるにもかかわらず、本件新聞には判示各見出しのもとに、日興証券社員Aは日興証券の過酷な営業ノルマを消化するためにテバリを行い所在不明となった旨、又読者に日興証券の社員が違法なテバリを行ったので大蔵省が調査の対象としていると印象づけるために、大蔵省証券局担当官が「それはマズイ、事実関係を調査します。」と述べた旨の各記事を掲載公表しているので、同新聞の判示事実摘示は虚偽のものであることは明らかである。
なお、弁護人らはCから事情聴取を行いテバリの不存在が立証されない限りテバリの記事が虚偽であることの立証がなされたことにはならないので信用毀損罪の虚偽の風説を流布したとはいえない旨主張し、また事実Cから事情聴取が行われていないことは所論のとおりであるが、日興証券の調査結果並びに《証拠省略》その他本件関連の全証拠によっても、Cがテバリを行ったとの事実は勿論のこと、Cが顧客の金を横領(その使途は全く不明)して所在不明になったこと以上にCが過酷なノルマを消化するために苦労したり悩んでいたとか、それとの関係でテバリを疑わせる様な事実あるいは形跡は窺えない(種々の風評があったり、又臆測はできても、いずれも確証による合理的な疑いとまではいえない)ので、テバリの不存在を推認せざるをえない。
(2) 日興証券の不動産売買の仲介斡旋の記事について
《証拠省略》によると、日興証券神戸支店長青木良昭は、昭和四九年暮ころ同店の顧客でしかも個人的にも親しい間柄にある六甲バター株式会社(以下「六甲バター」と称す)社長塚本信男から関東進出の工場用地の紹介を頼まれたので、関東所在の各支店に照会した結果、西武支店より、その顧客で工場用地に心当りのある不動産業者の株式会社一井(以下「一井」と称す)を紹介されたので同代表取締役上村忠光を六甲バターに紹介したこと、その際右青木良昭としては右不動産の売買が成立すれば日興証券が六甲バターの幹事会社になりうる期待のあったことも否定できないこと、右六甲バターは以後右「一井」を介して工場用地を所有する水海道市と交渉を重ねたが、同五〇年一〇月末に主として価格の点で折合がつかずに同交渉は不成立に終ったこと、日興証券(神戸支店や西武支店も)は右土地売買の具体的交渉の成否には何んら関与していなかった(神戸支店では六甲バターに「一井」を紹介したいきさつから手数料の件で相談を受けたことが二回あったり、右交渉の経過について報告を受けたことはあるが)ことなどが認められ、これらの事実によると、前記青木良昭は六甲バターに右「一井」を紹介したのは単に個人的好意に留まらず日興証券の業務に付随して行われたものであることも認めざるをえないが、右はただ一回の不動産会社の紹介行為(弁護人ら主張の様に不動産の紹介が不動産会社の紹介に先行しているが全体的にみて紹介行為に留まっている)にすぎず、これが証券取引法四三条所定の業務に当らないので、右行為をもって直ちに違法と評価しえない(同法の趣旨からみて好ましいことではないが)こともまた明らかである。従って、日興証券が証券取引法四三条に違反する不動産売買の仲介斡旋をし、日興証券がそれを違法行為と気付いて六甲バターの工場進出を一時中断させた旨の本件新聞の事実摘示が虚偽であることは明らかである。又本件新聞には本件記事に関し、前述の様に、「不動産売買に関与で大蔵省調査」の見出しの下に大蔵省証券局担当官が証券会社の不動産売買への関与仲介は許されないものであるから右事実について早速調査すると述べた旨掲載摘示されているが、《証拠省略》によると、当時の大蔵省証券局業務課企画係長であった窪田雅博は、昭和五一年五月六日日本報道新聞の記者織田茂の電話照会に対し、証券取引法四三条の兼業禁止に当る場合を一般的に説明したが、日興証券の件については日本報道新聞の方で調査して全貌が明らかになったら記事にする前に一報してくれと話したにすぎず(日興証券の件が証券取引法四三条に該当するか否かの照会はなかった)、大蔵省が右事実を違法と決めつけて早速調査するといったことはなく、又現に何んらの調査もしていなかったことが認められるので、右記事が虚偽のものであることもまた明らかである。
(3) 小田原支店長社宅払い下げの記事について
《証拠省略》によると、日興証券(日興ビルディング株式会社が社宅等の所有管理等を行う)においては、昭和四二年ころから社員の持家を推進するために社宅を順次社員全員に公告して公開入札の処分をして来た。その一環として小田原市城山四丁目に所在し隣接する小田原支店長社宅(支店長社宅代りに使用していたもの)等三棟についても社内報で空家一棟とその敷地、さらには空家二棟(支店長が使用中のものを除く)とその敷地などに区分して順次公告したがいずれの場合にも買受希望者がなかったので、更に同四三年九月九日の社内報で空家三棟全部(当時の支店長生田俊彦が使用していた一棟は使用上不便なため同支店長が同年六月に他に転居したので空家となった)とその敷地全部(三六四坪)を金二、四六四万円の最低入札価格で公告したが、社内外にも買受希望者がいなかった。そこで老朽化している右建物二棟を取りこわして建物一棟と敷地全体を隠居地用あるいは別荘地用として公開入札処分をすることにし不動産鑑定士にその評価を依頼したところ、前の評価額より低い金二、〇一二万円と評価されたので同価格で公告したが、それでも社内外にも買受希望者がいなかったので、日興ビルディングの社長猪熊文雄は買い渋る中山好三と数回にわたって交渉を行い同人を説得させた結果、中山好三は前記金二、〇一二万円(中山好三の指示により不当に安価な評価額を出させたことは全く窺えない)でこれを買取ることになり、昭和四四年七月二五日付で売買契約を締結したこと、生田俊彦は昭和四二年一一月から同四四年一月まで小田原支店長であったが、右土地と建物の売買には何んら関与していなかった(生田は中山の社宅買取の便宜をはかって明渡したものでないことも明らかである)ことなどが認められるにもかかわらず、本件新聞には中山好三が専務の地位を利用して強引に右社宅と敷地を不当な安値で買取った旨、又生田俊彦が右支店長社宅の払下げに関与協力した功績が評価されて昇進し現職にある旨などの記事が掲載摘示されているので、同記事が虚偽のものであることは明らかである。
以上の次第で、本件記事(判示(1)(2)(3))は少くともその主要部分において真実に反する虚偽のものであることが明らかなので、これに反する被告人らの各供述部分(同旨の関係人らの供述も含む)は措信できず、弁護人らの本件記事の真実性に関する主張は採用することができない。
(二) 被告人らの認識について
弁護人らは、被告人らは本件新聞の編集発行につき時間の許す範囲内で可能な限りの取材を行ったり既刊の雑誌、週刊誌、情報紙などを参考にしたりして本件記事を取材、執筆したのであるから、判示摘示事実が虚偽の事実であることについては全く認識がなかったし、又被告人らがそれが真実と信じたことについては取材した資料、根拠などからみても相当の理由があった旨主張するので、《証拠省略》により以下に検討することとする。
(1) 被告人出頭について
被告人出頭が本件各記事(判示(1)(2)(3))を執筆掲載するに際して入手した全資料、根拠(本件記録中に窺える一切の)を仔細に検討しても、判示(1)の記事については、C(本件記事ではAと表記されている)がテバリをしたことを窺わせる確たる資料、根拠は何にもなく、精々被告人出頭がCが顧客の金を横領して所在不明となったことから直ちにテバリをしたのではないかと軽卒かつ飛躍的に臆測したにすぎない(同被告人が臆測した根拠となった日興証券のノルマが過酷とか、証券業界ではテバリが公然の秘密であるなどの風説が確たる資料、根拠に基づいていることを窺わせる証拠もない)うえに、本件記事自体においても、「テバリに使ったんじゃないか。」と某証券記者の談話などの表現形式で暗示的に掲載摘示したり、更に読者をしていかにも真実らしく感じさせる手段方法として、確証もないのに某証券記者の談話の形で「日興のノルマが業界でも最も厳しいことで有名である。ノルマについて行くために仕方なく客の金に手をつけたのでしょう。」などと記載したり、あるいは前述のように全く取材したこともない大蔵省証券局担当官の「それはマズイ。すぐ事実関係を確認します。」との談話を作り上げていることなどに鑑みると、又判示(2)の記事については、日興証券が六甲バターと水海道市との工場用地の売買の仲介ないし斡旋をしたことを窺わせる確実な資料、根拠(本件全資料、根拠によるも)は何にもみられず、精々その基になったコンフィデンシャルロビーNo.162号や大陽新報四月一五日号などには日興証券を「仲介人」「仲介者」というまぎらわしい表現を用いて記載しているが、その実体を仔細に検討してみると日興証券が六甲バターに不動産業者「一井」を紹介したり、同「一井」に対し六甲バターに適当な土地の斡旋方を要請した(日興証券が不動産取引に直接関与したり、「一井」にその指示をしたというものでもない)ことが窺えるにすぎず、しかも日興証券の右行為が証券取引法四三条所定の業務に当り違法であることを窺わしめる資料、根拠は何にもみられない(これに添う《証拠省略》もにわかに措信できない。又前述の様に被告人出頭や編集員織田茂らは大蔵省証券局担当官への電話照会の際にもこの点の確認すらしていない)し、日興証券が違法行為であることに気付いて六甲バターの関東への工場進出を一時中断させたことを窺う資料、根拠も全くみられないうえに、本件新聞には前述の様に取材とは趣旨内容を全く異にする大蔵省証券局担当官の「証券会社の不動産売買への関与、仲介は許されないものであるから右事実について早速調査します。」などの談話を記載していることなどに鑑みると、さらに判示(3)の記事については、《証拠省略》によると、本件記事の様に生田俊彦が支店長社宅の払下げに便宜をはかる様な形式でこれに関与したとかその功績により昇進して現職にあるとか、中山好三が専務の地位を利用して強引に社宅を不当な安値で買取ったことなどを窺わせる確たる資料、根拠(本件全証拠によっても)は何にもみられないし、かえって藤山直房の取材メモに記載されていないことが記事には記載されていること、被告人出頭もこれを認識してか、本件記事自体にも「……見方も成り立つわけである。」、「……考えられるわけである。」、「……地位利用(?)ではないかとの疑惑である。」などという曖昧な表現形式をとっていること、被告人出頭の推論過程も同被告人が供述しているように、生田俊彦支店長が昭和四三年六月に本件社宅から新社宅建築までの間暫定的に民間借家へ移住した(中山の買取に協力する意図で移住したのでないことも明らかである)こと、その後の昭和四八年九月に別の場所に支店長の新社宅ができたこと、旧支店長社宅は短期間のうちに再鑑定まで行われ中山好三はその算出された低い評価額(地価は上昇傾向にあったのに)で買取ったこと、生田俊彦は同期入社員のうちでも昇進が最も早かったこと、清水一行がこの問題で日興証券に取材の申込みをしたが日興証券側は取材拒否をしたことなどの断片的事実を拾って無責任で軽卒な推測により判示摘示事実を結論づけていたことなどが認められることに鑑みると、被告人出頭には本件摘示の判示(1)(2)(3)の各事実が事実に反することを少くとも未必的には認識していたことは容易に窺われるところであり、右摘示事実を真実と信じた旨の被告人出頭の供述はにわかに措信できないものといわざるをえない。
仮りに、被告人出頭が判示(1)(2)(3)の各摘示事実が真実であると信じていたとしても、前述の様に確実な資料、根拠によるものではなく、又本件資料とくに既刊の週刊誌、雑誌、新聞、情報紙、その他の資料等に現われた記事や風説、伝聞などから窺えるあいまいで不確実な諸事実を十分に調査検討したりさらに確認のための取材を行うこともなく、とくに本件記事が直接該当関係者らの名誉信用などを低下失墜させるおそれが強いので同人らの意見を十分に徴すべきであるのにこれも行わず(いやしくも新聞記事として掲載公表するためには、取材できなかったものについては少くともそれに代る信頼しうる資料、根拠に基づく取材が必要である)に、これらの資料などから窺えるあいまいで不確実な事実や更にこれらの事実から軽卒かつ飛躍的に推論臆測した一層あいまいで不確実な事実などをそのまま真実と誤信して掲載公表したのであるから、右誤信につき客観的にみて相当の理由があるとはとうていいえない。
(2) 被告人森路について
被告人森路は前述の様に昭和五〇年一一月六日名誉・信用毀損事件で懲役二年、執行猶予五年の判決を受けその執行猶予中であり、しかも本件判示摘示事実が日興証券や中山好三、生田俊彦の名誉信用などに係る記事であることも明らかであったのであるから、同記事の内容、構成、表現方法やその真実性、公共性などについて一層強い関心と細心の注意を払わなければならないのに、《証拠省略》によると、入社後日も浅くその能力経験などからみても多分に不安のある被告人出頭の執筆、編集にかかる同新聞の五月一〇日号の日興証券に関する前記記事に関し、記事のテーマ、内容などから前述の様に名誉信用の失墜毀損になるかも知れないとの不安危惧の念を抱きながらも、公共性について一般的抽象的な注意指示をしたのみで、その真実性とか公共性について被告人出頭らに対し確認したり吟味検討した形跡は全く窺えない(遠山順一に全てを任せ切れる様な状況にもなかった)し、又その後同新聞を閲読した際にも、同新聞の記事につき前同様の不安危惧の念を抱きながらもその発行頒布を中止したりあるいは内容などを変更させることもなくそのまま頒布することの承諾をもしたことが認められるから、被告人森路には本件記事の虚偽性について少くとも未必的認識のあったことは否定できないところである。
仮りに、被告人森路が弁護人ら主張の様に本件摘示事実が真実であると信じていたとしても、前述の様な諸事情を考慮すると、被告人森路の右誤信は確たる資料、根拠によるものでないことが明らかなので、右誤信につき客観的にみて相当な理由があるとはとうていいえない。
以上の次第で、弁護人らの本件摘示事実の真実性及びその錯誤に相当な理由のあったことに関する前記主張はいずれも採用することができない。
二、摘示事実の公共性について
弁護人らは本件摘示事実はいずれも「公共の利害に関する記事」に係るものであるから公共性を有する旨主張し、被告人らも同旨の供述をするので、前掲関係各証拠により検討するに、仮りに、弁護人ら主張の様に、本件摘示事実がその主要部分において真実を記載したものか、あるいは真実を記載したものではないとしても被告人らが真実と信じたことについて相当の理由があったとしても、以下に述べる様な理由で、本件摘示事実は「公共の利害に関する記事」を掲載公表したものと解することはできない。
即ち、本件摘示事実のうち、判示(1)の中山体制下の日興証券の営業政策が過酷なためにその社員が証券業協会従業員規則九条に違反してテバリを行った旨の記事や、判示(2)の日興証券が証券取引法四三条に違反して不動産仲介業を営んでいるとする記事など、日興証券やその社員が違法行為を行っているとの事実を摘示した部分は、その真偽はともかくとしても、その記載部分を同新聞一面記事の中山好三社長の写真下の「……今こそ日興証券は投資家保護の大前提に立って、営業政策に無理がないかどうか再確認する必要がありはしまいか。」の記事や「投資家無視でつっぱしる株屋体質」「近代経営への脱皮が課題」などの大見出し部分、「日興証券は投資家保護を大前提とした証券取引法の精神を踏みにじろうとしたわけである」、結論的に、「……今、中山社長に求められるのは“株屋”を排した近代的経営感覚―。それなくして、真の“快進撃”はありえないだろう。同社の株主及び一般社員も、それを待ち望んでいるのではあるまいか。」の記事その他日興証券の営業体質・方針などを批判した記事などと相俟って見る限りにおいては、又判示(3)の小田原支店長社宅払下げに関する記事も、その真偽についてはともかくとし、又その表現自体には誇張されて穏当さを欠く部分のあることは否定できないとしても、同記載部分を「日興証券は株主の利益確保や一般社員の福利厚生施設の充実は二の次、三の次の問題で中山社長以下一部幹部社員が私利私欲で走っている企業といえなくもない。」などと中山体制下の日興証券の体質、人事などを指摘批判した記事その他同旨の記事などと相俟ってみる限りにおいては、本件判示各記事はいずれも証券会社における大衆投資家保護の見地から中山体制下の日興証券の体質、人事、営業政策などを指摘批判した批判記事の一例として、これが「公共の利害に関する事実」を摘示したものと解することもできないわけではない。
しかし、本件判示各記事を同新聞の記事全体の関係、とりわけその表現、記述などが公益目的を実現するうえで相当であるかについてみるに、同新聞の前述のような「急進日興の黒い噂」、「露呈した『中山天皇』急進改革の歪み」、「日興証券中山体制の誤算」、「急成長の陰に“息切れ現象”」、「小田原社宅払下げの“怪も”」などの大見出し、「西武支店営業マンの失踪、六甲バター事件で不動産仲介業務、そしてS支店長のスキャンダル……」などの小見出し、S支店長のスキャンダル記事と一体として本件摘示事実を構成記載していることその他日興証券や中山体制を不相当な表現で厳しく攻撃した記事もみられることなどの記事全体の内容、構成、記述方法など全体的関連においてみれば、その表現方法などが公共の利害に関する真しな報道批判記事と云うためには、不穏当で相当なものとはいえないために、被告人らの主観的意図はともかくとして、また、本件新聞の商業性やミニコミ性を考慮に入れても、その記事自体からは、一般読者には大衆投資家保護や日興証券の経営健全化の見地からその体質・営業政策・人事などを正確に報道したり真しに批判した公共的記事とは解されず、むしろ前記不相当かつ不穏当な記述表現方法(前述の様な故意の虚偽記述も含めて)で日興証券の経営状況や中山好三、生田俊彦などの主として私事などを暴露攻撃した興味本位の中傷記事との印象を与えることは否定できないので、本件摘示事実は「公共の利益に関する事実」を掲載公表した真しな公共的記事と解することは相当でない。
以上の次第で、弁護人らの本件摘示事実が公共の利益に関する事実に係るとの前記主張は採用することができない。
三、公益目的の存在について
弁護人らは、被告人らは専ら公益をはかることを意図して本件記事を掲載公表した旨主張し、被告人らも同旨の供述をしているので検討するに、仮りに本件記事に関する弁護人らの前記真実性(その誤信に相当な理由が存した旨の主張も含む)及び公共性に関する各主張がいずれも理由があるとしても、以下に述べる理由によって、被告人らが専ら公益をはかることを意図して本件記事を掲載公表したことまでは認めることはできない。
即ち、前記第三の一、二で述べた様な諸事情を考慮すると、本件記事の企画、取材、内容、構成、摘示表現方法(前述の様に故意に虚偽の記事を掲載していることも含めて)などよりみても、本件記事が社会公益の実現を意図した責任ある真しな公共的記事といえない(本件新聞の商業性とミニコミ性を考慮しても)ので、同記事自体からは被告人らが専ら公益をはかることを意図していたと推認することは困難であるうえに、さらに《証拠省略》によって認められる諸事情、即ち、本件記事の企画、取材、編集などの過程において被告人森路が被告人出頭らに対し予備取材の参考となる情報交換としてではあるが今後の企業の取材対象として十数社の企業名と情報を提示した(いずれも公共性にかかわる情報として提示したことは窺えないし中には公共性にかかわる情報というよりはスキャンダル情報あるいは暴露的情報といえるものもある)が、その際教示された日興証券の情報としては判示摘示事実(3)の情報のほかに、日興証券の前社長、生田俊彦常務及び渋谷支店長などの主として女性醜聞情報(公益よりは暴露中傷を意図したり興味本位のものと思料される)の方が多かったこと、被告人森路は特に右渋谷支店長の女性醜聞情報については強い関心を持って自らも積極的に取材したり被告人出頭を同情報に詳しい太陽新報のBに紹介したりして取材の便宜をはかったこと、被告人出頭においても被告人森路の教示した主として女性醜聞情報につき公共性の観点から特に検討したうえで取材執筆するに至ったという形跡はみられないこと、本件記事をみても本件摘示事実(1)と(2)との間にこれと一体として公共性とは関連性の少いS支店長の女性スキャンダル記事(本件においても暴露中傷記事といえる)を摘示(被告人出頭の原稿では実名でしかも詳細に記載していたことが窺える)しこれを日興証券の体質・営業姿勢の生んだ歪み例(被告人ら主張の関連性にも疑いがある)としていること、本件新聞記事の中には前述の様に公益の実現を意図した記事としては不穏当で誇張した表現で日興証券の営業政策や体質、中山体制の問題点を興味本位に暴露したり攻撃した記事もみられること、被告人森路は日頃から記事の公共性について十分に注意したり被告人出頭らにも注意指示しており、特に他人の名誉信用にかかわる本件記事については五月五日の電話でその旨強調したと述べているが、記事内容に立ち入った具体的な指示注意はしていないのみならず、又本件記事を閲読した際にもその取材、表現、内容等からみても日興証券や中山好三、生田俊彦の名誉信用などを失墜毀損させるのではないかとの不安危惧の念を抱きながらもこれが発行、頒布の中止変更の措置をとることもなくそのまま発行頒布を了承した(被告人森路が記事の公共性を強く意図していたとすれば同新聞の発行頒布の中止変更につき被告人出頭がドイツ出張中としても遠山順一らと検討すべきであったのにこれを行った形跡もみられない)こと、被告人森路は当時の生田俊彦秘書室長の同被告人や日本報道新聞に対する態度(日本報道新聞をブラックジャーナル視したり被告人森路を評価しなかったり、新聞雑誌などの取材には快よく応じなかったり、賛助金や寄付金など経済的要求には非協力的態度に終始したことなど一切の事情)に不満反感を持っていたし、又被告人出頭も右のような事情(全てではないにしても)は察知して被告人森路に同調していた(日本報道新聞社の規模性格、被告人出頭の立場及び被告人らの間柄などより窺える。他方被告人出頭はその様な事情は全く知らなかった旨供述するが、同供述はにわかに措信できない)ので、被告人らにおいて公共性の名の下に日興証券や中山好三、生田俊彦らを攻撃中傷する動機のあったことは肯認しうるところであるし、又これが本件記事の掲載公表の遠因となっていることも否定できないところである(賛助会員の企業については記事の掲載公表は行っていないことからみても明らかなように、賛助会員でなくなった日興証券を取り上げる動機に不純な意図がある)こと、被告人森路は日興証券に関する記事を掲載公表することにより他の企業、とくに賛助会員企業(その頃、被告人森路は賛助企業に対し種々の名目で多額の経済的出捐の要求をしていたので、この事実を全く考慮していなかったといいきれるかは疑わしい)や同業者らに対する影響力を認識していたことも否定できない(経済的利得を直接的に意図していたことまでは認定できないとしても)ことなどによると、被告人らの意識の中には被告人らが主張するような日興証券の営業体質・営業政策などを指摘批判して一般大衆投資家の保護とか日興証券の経営健全化を図ることを意図したという公益目的が全くなかったとはいえない(本件新聞の記事自体や取材ノートの記載、被告人らの供述などからも窺える)としても、日興証券や中山好三、生田俊彦らを攻撃中傷(事実に基づいてではあるが)するという不純な動機意図のあったこともまた否定できないところなので、被告人らには弁護人主張の様な公益目的の存在を肯認しうる諸事情もあり、又事実被告人らにその目的のあったことは前述のとおりであるけれども、被告人らが専ら(あるいは主として)公益目的でもって本件記事を掲載公表したことまでは認定できず、他方、右認定に反する被告人らの供述はにわかに措信することはできない。
以上の次第で、弁護人らの本件記事の公益目的の存在に関する前記主張は採用することができない。
第四公訴棄却の主張について
被告人森路の弁護人は、本件名誉毀損罪は親告罪であるのに被告人森路に対する告訴がなされていないので、同被告人に対する本件起訴は法令の手続に違反して違法無効であり刑事訴訟法三三八条により公訴棄却の判決がなされるべきである旨主張する。
そこで検討するに、日興証券株式会社、中山好三及び生田俊彦ら告訴人三名代理人作成の昭和五一年七月五日付司法警察員に対する本件告訴状によっても、同人らは本件犯罪事実について「日本報道新聞発行人兼編集人出頭忠次、日本報道新聞取材担当者某」を被告訴人と特定明示して告訴しているのみで被告人森路を被告訴人とする告訴(又はその追完)のないことは所論のとおりであるが、名誉毀損罪は何人に対しても成立するいわゆる絶対的親告罪であるから、右告訴人らは同告訴状によって本件犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思表示をしていることは明らかなので、たとえ本件犯罪事実について被告人森路を被告訴人と明示した告訴がなされていなくても、本件告訴状によって本件犯罪事実について判示の様に本件共犯者と認められる被告人森路に対しても告訴の効力が有効に及んでいるものと解するのが相当である。
してみると、弁護人の前記公訴棄却の主張は理由がないので採用することはできない。
(法令の適用)
一、判示各所為のうち
(1) 判示各名誉(日興証券、中山、生田の)毀損の所為につき
いずれも刑法二三〇条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条(いずれも懲役刑の選択)
(2) 判示信用(日興証券の)毀損の所為につき
刑法二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条(懲役刑の選択)
二、観念的競合(右各(1)と(2))の処理につき
刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の最も重い判示日興証券に対する名誉毀損罪の刑で処断)
三、宣告刑につき
被告人両名についていずれも懲役一年
四、刑の執行猶予につき
被告人両名についていずれも刑法二五条一項
五、訴訟費用の連帯負担につき
刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条
(量刑の事情)
被告人森路は株式会社日本報道新聞社発行の旬刊新聞日本報道新聞の編集、発行等を総括的に掌理する最高責任者、又被告人出頭は同新聞の編集人兼発行人でいずれも日本報道新聞について責任ある立場にある者であるが、新聞が社会の公器として報道の自由、表現の自由が強く保障尊重されるのは何よりも真実を正しく報道したり正当に批判したりすることを使命としているためであることを知悉しながらも、共謀のうえ、新聞の社会公共的使命と表現の自由の重要性、証券会社の社会公共性などを冒称して、判示の様に公然と虚偽の事実を摘示して日興証券の経営状況並びに中山好三及び生田俊彦の主として私事などを攻撃中傷した記事を掲載した本件日本報道新聞五月一〇日号を二万部も発行し、その中の約半数を国会議員、行政官庁、マスコミ関係者、日興証券の支店長クラス以上の会社員を含む証券業界の関係者らに郵送し、残りの数千部を証券会社の集中する兜町の日興証券所在地付近の路上で多数の通行人に街頭頒布し、もって新聞の使命と責務を逸脱し表現の自由と社会公益の名の下にいわゆるペンの暴力により日興証券の名誉・信用並びに中山好三及び生田俊彦の名誉をそれぞれ失墜毀損させたものであって、本件犯行を全体的にみるとこれが罪質、態様及び犯情において悪質でその社会的影響にも大きいものがあるといわざるをえない。又本件犯行の動機においても前述の様に専らではないにしても、被害者らに対する攻撃中傷の意図、さらには賛助企業などに対する経済的効用の認識など不純な動機意図のあったことも否定できないので芳しからざるものがあるといわざるをえない。本件犯行により被害者である日興証券や中山好三、生田俊彦の名誉信用は低下失墜し(本件記事内容や本件後の反響からみても明らかである)同人らの受けた財産上及び精神上の損害には大きいものがあるが、被告人らはその責任を痛感して被害者らに対し卒直にその非を認め謝罪して慰藉の途を講じるべきであるのに、被害者らに対し縷々述べてその正当性を主張したり本件告訴がなされるや国会議員秘書らを通じて告訴取下げに奔走したりするなど反省改悔の情はみられず、被害者らも被告人らに対し厳しい処罰を求めているところである。さらに、被告人森路は昭和五〇年一一月六日本件と同種の名誉・信用毀損事件で懲役二年、執行猶予五年の判決を受けたのであるから(株)日本報道新聞社における責任ある立場及び新聞人あるいは執筆者としての責務に思いを至し細心の注意を払って同種事犯を再び繰り返さない様に鋭意努力すべきであるにもかかわらず、その後僅か半年も経たない右猶予期間中に本件犯行を犯し、又被告人らは本件新聞以前にも「伊藤萬河村社長は“実質前科一犯の真相”」と題する記事(三月二〇日号)を掲載発行したり、さらにその後にも結果的には中止になったけれども日本報道新聞(昭和五一年七月一日号)に本件記事に関連する日興証券及び中山好三の名誉にかかわる記事をそれぞれ掲載公表せんとしたものであって、同被告人には法無視の態度もみられ今後新聞の社会的使命とその責務の重大性やさらに他人の名誉信用の尊重などに対する深い配慮をもって慎重に自戒執筆しない限り再犯のおそれも否定できないところである。なお、被告人森路には今迄にいわゆるブラックジャーナリストとして芳しからざる生活をして来た一面のあることも看過できない。被告人出頭においても同種の前科前歴こそないが今後も執筆活動を続ける限りは本件を機会に同様の深い配慮と自戒の念をもって慎重に執筆しない限り再犯のおそれも否定できないところである。
以上の様な事情を合わせ考えると、被告人らの本件犯行は罪質、態様及び犯情において悪質で芳しからざるものがあり、その結果も軽視できないものがあり、これが社会的にも法律的にも重い罪に当ることは多言を要しないところであって、被告人らに対し厳しく刑事責任を追及し再犯の防止及び社会における同種事犯の防止をはかることが相当であり、とりわけ本件事案の罪質、態様、犯情及び結果などを考慮すると、前記執行猶予中に本件犯行を行った被告人森路に対しては実刑判決をもって臨むことにも十分な理由のあるところである。
しかし一方、本件摘示事実には、内容構成表現方法などに前記の様に問題があるにせよ、本件日本報道新聞五月一〇日号の記事全体との関連においてみると、これが社会公共性にかかわる記事、即ち前記虚偽の記事も含まれているが、日興証券の体質・営業政策などを大衆投資家保護の見地から指摘批判せんとして既刊の雑誌、週刊誌、新聞、情報紙などで取り上げられた事項を参考に掲載公表した部分も多く含まれているし、被告人らには前述の様に専らではないにしても本件記事の掲載公表について一般大衆投資家保護のために日興証券の経営姿勢・体質を指摘批判するという公益を図る意図のあったことも否定できないこと、被告人出頭らは不十分ではある(同被告人には未熟さもあって十分と思っていたとしても客観的には不十分である)が一応の取材を行ったり、あるいは信ぴょう性に疑いがあるので更に取材確認しなかったことに問題があったにせよ、日興証券の内部事情を取り上げ記事として公表したが問題とされなかった既刊の雑誌、週刊誌、情報紙などの記事を参照引用して本件記事を執筆掲載したものも多くあって、摘示事実の中には故意による虚偽の記事のあることも否定できないとしても、他は表現方法に不穏当な部分があるに留まっている記事や断片的な事実から軽卒な臆測により真実と軽信して記載した記事なども多く含まれており、全然取材を行わずに事実無根の中傷暴露記事を悪意に掲載公表した悪質な事案とは趣きを異にしていること・被告人らは昭和五一年三月ころ企業の取材対象につき検討したが、その頃日興証券の内部事情を暴露しその人事、営業政策などを批判的に取り上げた雑誌、週刊誌及び情報紙などが多数発刊されていたので、被告人らには前述の様な動機があったとしても日興証券には格好の取材問題があると判断し予備取材のうえ本取材に入りその取材過程で摘示事実などに疑惑を抱き日興証券側に取材を求めたが、日興証券側のかたくなな取材拒否により疑惑は解明せず(他にこれに代る取材を求めることも困難な状況にあった)かえってこれを真実と軽信するに至ったという取材の不十分さが日興証券側の事情に起因していることも看過できないこと、被告人らが本件記事を掲載公表するに至った経緯及び動機には前述の様な事情があったとしても、被告人らの本件犯行の動機が専らの私怨、私情とか不法な経済的利得の実現(いわゆるバネの理論)を意図していたことまでは認められない(被告人森路にその様な意図動機があれば本件記事の取材執筆にもっと強く関与指示したものと思える)こと、被告人森路の本件記事の掲載公表に関与した程度状況も前述の様に予備取材の選択前に十数社の企業や日興証券に関する情報を示唆したこと、S支店長の女性問題に関する取材(本件犯罪事実ではない)をしたり被告人出頭をCに電話紹介したこと、被告人出頭らの日本報道新聞五月一〇日号の本件記事に関する取材報告を受けたり、被告人出頭から五月五日の電話で同五月一〇日のテーマ・骨子、内容及び構想の報告を受け公共性に注意して取材執筆する旨の助言指示をしてこれを了承したことなどの程度(これまでの段階では未だ名誉信用毀損に当るか否かについて確定的な認識はもてない)でこれ以上に本件摘示事実に関し自ら積極的に企画、取材、執筆等に関与したり被告人出頭らに取材、編集等の指示をした事実は認められず、従って同被告人の右の様な関与の程度状況によっても本件記事の刑事責任は否定できないとしても、同被告人の主たる責任根拠は、同新聞の発行頒布などの中止変更権限を有する同被告人が自らも前述の程度状況にではあるが関与した本件記事を閲読した際にこれが名誉毀損等に当るおそれがあることの不安危惧の念を抱きながらその発行頒布を中止変更せずにこれが発行頒布を承諾したことに主として共謀者としての責任が求められていること、他方被告人森路には新聞記事の掲載公表による名誉毀損等の轍を二度とふまないためにも新聞記事の公共性については不十分ではあるが日頃から注意指示し被告人出頭らにもその旨助言注意していたうえに、被告人出頭の記事には不安があったので五月一日からは編集顧問として信頼のおける遠山順一を雇い入れて新聞記事の公共性に関する助言指導を依頼し、更に本件記事についても五月五日の電話で不十分ではあるが公共性に関する注意助言を行ったのであるから、被告人森路には前述の様に自己が指示注意した様な配慮が十分に生かされていない本件記事の掲載公表を承認したとはいえ、本件犯罪遂行意思は必ずしも当初から強固なものとして存在していなかったことは容易に窺えるし、本件犯行が当初からの計画的犯行とは趣きを異にしていること、本件記事はその内容構成表現などに問題はあるが、とりわけ構成表現方法に留意し穏当で行き過ぎのない真しな批判記事として掲載公表すれば本件記事の問題性の大半は解消したと思料されるが、これらの指導は入社後日も浅いので全てを期待することが困難であるとしても遠山順一が第一次的にはこれに当っており(被告人らも遠山の指導を受けて大丈夫と安心したことも否定できない)、その指示指導の不十分さが本件の一因となったことも否定できないこと、本件摘示事実が真しな批判記事かあるいは興味本位の中傷記事かの印象を左右する重要な役割を果す見出し記事の部分などについては被告人出頭が他の編集員らと相談して決定したり、被告人らの責任は否定できないとしても他の編集員らが責任をもって担当決定して来たものも多いこと、被告人出頭においても本件記事の掲載公表について被告人森路と同様に不純な攻撃中傷の動機意図のあったことは否定できないとしても、その程度は被告人森路よりはさらに低く、本件記事は主として被告人出頭の素朴な正義感に基づく攻撃的性格が編集責任者としての配慮の不足やその未熟さなども加わって軽卒な臆測と不穏当な表現を伴って(遠山順一の指導の不十分さも加わって)本件犯行に発展した面のあることも否定できないこと、本件告訴に際しても被害者らは被告人森路を直接の被告訴人としていないこと、被告人らは本件の刑事責任について一応は争っているとはいうものの本件を惹起し被害者らに迷惑をかけたこと自体については反省後悔し今後再び同種事犯を起さない様に十分注意すると述べていること、被告人らは本件について既に十分な社会的制裁も受けているが、とりわけ被告人森路は本件のために自ら創設した日本報道新聞社の賛助企業による賛助金も全て打ち切られ社員らも全員退社し事実上同社が解散消滅を余儀なくされ現在休眠会社になるに至ったので日本報道新聞による再犯のおそれはなくなったこと、被告人森路は今後「ニューパワー」と題する近未来国際戦略専門誌の執筆活動に専念する予定でその準備を進めていると述べているので企業記事の掲載による再犯のおそれは少くなったこと、被告人らは本件で相当期間勾留されたこと、被告人らの家庭の事情、被告人森路が日本報道新聞で果した役割には功罪両面あるが功績面でも評価すべきものもなかったわけではないこと、被告人森路の健康状態、被告人森路には前記名誉・信用毀損罪による前科はあるが他に見るべき前科前歴もなく、しかも執行猶予期間は既に経過したこと、被告人出頭には前科前歴もなく比較的真面目に生活して来たこと、その他前記第三の一ないし三で検討考慮した被告人らに有利に斟酌しうる諸事情など量刑上有利又は同情すべき事情もかなり多くみられる。そこでこれら量刑上有利不利な一切の事情に被告人らの本件加担の程度状況及び刑の均衡などをも総合考慮すると、被告人森路の刑事責任を被告人出頭の刑事責任より重く量定することは相当でないので結局被告人両名につき前記各刑をそれぞれ量定し、被告人らに対し情状によりその刑の執行を前記の様にそれぞれ猶予することとした次第である。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 小林一好)