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東京地方裁判所 昭和51年(合わ)354号 判決 1977年12月05日

主文

被告人本山邦彦を無期懲役に、同相馬国次を懲役一五年にそれぞれ処する。

被告人両名に対し未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれ右各刑に算入する。

被告人両名から、押収してある木箱一個を、被告人本山邦彦から、押収してあるハンマー一個、小切手一通の偽造部分、委任状一通を、それぞれ没収する。

訴訟費用は全部被告人本山邦彦の負担とする。

理由

(被告人両名ならびに被害者清水貞雄の身上、経歴等)

一  被告人本山邦彦(以下本山という)は、東京都に生れ、都内の高等学校を経て、昭和三八年四月早稲田大学文学部に入学し、同四〇年三月同大学を中退した後、都内の放送会社のアルバイト、広告代理店の店員、カメラマンの助手等をして働き、同四六年三月A子と結婚し、同年七月ころ、新聞広告により日本技研商事株式会社(以下日本技研商事という)に入社したものの、同四七年二月ころ同会社を退社し、その後自ら美容器具の販売をしたり、美容器具の製造販売会社に勤務したりしたが、同四九年七月交通事故によりむち打ち症になり、またそのころ右会社が倒産したため定職を失い、翌昭和五〇年一月ころから再び日本技研商事に出入りするうち、同年七月再入社のうえ、東京営業所長として同都新宿区百人町二丁目一〇番九号パールビルデンス二〇二号室の同社事務所で勤務していたもの、被告人相馬国次(以下相馬という)は、北海道に生れ、昭和四二年三月同地の中学校を卒業後、集団就職で神奈川県藤沢市内の会社に工員として入社し、その後牛乳販売店の店員、靴卸売会社の従業員、ガードマン、飲食店従業員等を転々としながら、その間平塚商業高校定時制を卒業し、またマッサージ学校に通ってマッサージ師の免許を取得するなどした後、昭和五〇年五月ころ、新聞広告により前記日本技研商事に入社し、前記パールビルデンスの事務所で勤務していたものである。

二  被告人両名が勤務していた前記日本技研商事株式会社は、代表取締役清水貞雄(昭和八年一月三一日生、以下清水という)の設立経営にかかり、資本金二、〇〇〇万円で美容器具等の販売を目的とし、他に関連会社として同じく同人が代表取締役をし右美容器具の製造を担当する日本技研株式会社(資本金一、〇〇〇万円、事務所同都新宿区北新宿四丁目三番一号、以下日本技研という)が存在したが、右清水は独身で同都同区百人町二丁目七番三号十全ビル三〇三号室に単身居住していた。

(罪となるべき事実)

第一  強盗殺人、死体遺棄

((動機および共謀の経緯等))

被告人本山は、昭和四六年七月日本技研商事に入社したが、その後各地の営業所に派遣されて精勤したのに年末のボーナスも支給されなかったため、これを不満として翌昭和四七年正月の新年会に欠席したところ、前記清水からつらく当たられて仕事も与えられないようになり、香港に支社を開設してその責任者にしてやるとの入社時の約束も一向に履行されないこともあって、同人を恨み、同年二月ころ喧嘩別れのような形で同会社を退社するに至った。その後同被告人は、前記のとおりむち打ち症となって失職中の昭和四九年九月ころ、妻の経営する喫茶店の権利書を担保に金融業者から、月八分の高利で二〇〇万円を借り受け、また、そのころもと日本技研商事の販売員で性的関係のあったB子から、結婚してスペインにいるが夫と別れたいので力を貸して欲しい旨懇請されてその境遇に同情し、自らスペインへ赴いて離婚の実現に協力してやる旨約するなどし、再び日本技研商事に出入りするようになった昭和五〇年一月ころには、右借金の返済やスペイン行きの旅費捻出に苦慮していたところ、翌二月ころ一旦は妻の母等に右借金を返済してもらったものの、更に同年三月妻に無断で再び前同様の条件で右金融業者から二〇〇万円を借り受けるに至り、また、右B子からはスペインへ来てくれるよう頻りに催促を受け、定職もない不安定な生活の中で借金の返済や旅費捻出の必要に迫られながら焦燥を重ねていた。このようにして過すうち、同被告人は、前記清水と韓国旅行をともにした同年五月ころから、同人が多額の財産を所有しているものと見込み、同人を殺害してその財産を奪い金策の悩みを解消しようと心ひそかに思うようになり、その後同年七月中旬ころ購入した別荘地の代金支払の必要も重なって、次第に右の思いをつのらせ、更に日本技研商事に再入社後の同年八月ころには、むち打ち症のせいもあって仕事に打ち込めず、営業成績も上らないことで、前記清水から激しく叱責されるに及んで、さきに入社した際の前記の如き同人の仕打とも思い合せ、同人に対する憎悪の念を昂め、遂にこのうえは同人を殺害してその財産を奪い取ろうと決意を固めるに至った。

一方被告人相馬は、前記のとおり昭和五〇年五月ころ日本技研商事に入社し、マネージャーとして女子販売員の教育、運営管理を担当したものの、販売成績が思うように上らず、そのため被告人本山とともに夜遅くまで事務所に残されて前記清水から愚痴や説教話を聞かされることが続き、残業代等の支払もなく、加えて同年七月上旬同会社の自動車を勤務上運転中女子高校生に対して重傷を負わせる人身事故を起こし、その治療費や示談金に多額の金員を要するとして苦慮していたところ、右清水がその支払についても曖昧な態度をとり続けていたこともあって、同人に対しかねて強い不満を抱いていた。

被告人本山は、前記のようにして犯行の決意を固めたものの、体力も乏しく単独では到底清水を殺害して死体を処理することは困難であると考えていた折から、自己の部下である被告人相馬が右のような状況にあることを熟知していたところから、同被告人を犯行に加担させるべく誘いこむこととし、同年八月中旬ころ、前記日本技研商事事務所付近の喫茶店において、同被告人に対し前記犯行計画を打ち明け、清水を殺害してその財産を奪おう、同人を殺せば会社は自分の自由になる、一人当りの分け前は四、五千万円になるなどと申し向けて誘った。しかしその際は同被告人から即答を得られないまま、被告人本山は、続いてその二、三日後重ねて右喫茶店において被告人相馬を右同様誘い、同被告人において前記の如き金員の必要に迫られていたところから大金を入手できるとの誘惑にかられ、清水に対する不満の念もあって、漸くこれに応ずる意向を示すや、その後も頻繁に前記日本技研商事事務所や付近の喫茶店において同被告人と謀議を重ね、殺害の時期、方法については、右事務所内で被告人両名と清水の三人だけになった際の適当な機会に睡眠薬を飲ませて眠らせたうえ首を締めて殺すこととし、同社長殺害後は、被告人本山において、清水は海外出張中である旨言いつくろって会社の経営に当りつつ、同人の土地、株券、預金等の財産を徐々に処分し、被告人相馬に対し分け前を与え、前記交通事故に伴なう諸費用も支払うようにすることなど種々打ち合せを遂げた。そしてその間、被告人本山において、同月下旬ころ前記十全ビル三〇三号室の清水の居室に赴き、株券、貯金通帳、現金等財産の所在を確かめるなどするとともに、右謀議に基づき前記日本技研商事事務所において、被告人本山が、二度にわたりコーヒーやビールに睡眠薬を入れ清水に飲ませたもののいずれも失敗に終ったため、被告人両名は、更に謀議の挙句、同人の殺害は被告人両名のいずれかが同人と話をしている隙に他の一方が同人の頭部をハンマーで殴り殺す方法によることとし、その死体についても、布団袋に入れて一旦前記日本技研事務所二階の空室に運んだ後被告人本山が他に土地を求め被告人両名でそこに埋めることを打ち合せ、被告人本山において自宅からハンマー一個を前記日本技研商事事務所に持ち込んで同室のロッカー内に隠し、ひそかに殺害の機会を窺っていた。

((犯行状況))

一 被告人相馬は、昭和五〇年九月二〇日、前記清水とともに当時同人が企画していた衣料接着剤の販売状況を視察し、同日午後六時ころ前記パールビルデンス二〇二号室の日本技研商事事務所に帰り、同室においてひとり残っていた被告人本山を交え右視察結果等について話し合ったが、同日午後八時ころ、右清水が一時中座して外出した際、被告人両名は、翌日が日曜日で死体の処理に都合がよく、また右衣料接着剤の販売が軌道に乗れば関係者の出入りも多くなるので、今日が絶好の機会であるとして、この際かねて謀議の右清水を殺害してその財産を奪う計画を実行に移すことを決意し、被告人本山が清水の話し相手をしている間に被告人相馬がハンマーで同人を殴打するとの分担を取り決めた。このようにして、やがて清水が同室に立ち戻るや、被告人本山がソファーに坐った同人と向き合って会話を続けるうち、同日午後一〇時ころ、被告人相馬があらかじめ同室内のロッカーから取り出しておいた前記用意のハンマーを両手に持ち、やにわに同人の背後から、その後頭部目がけて力まかせに一撃を加え、更に、一瞬よろけるようにして立ち上った同人の頭部を右ハンマーで滅多打ちに強打して、一二ヶ所にわたる頭部挫創(うち九ヶ所は頭蓋骨骨折を伴う重傷)を負わせ、その間被告人本山が出入口ドアに施錠した後、被告人両名において、ソアァーにうずくまって呻き声を出している同人を床上に引き摺り下して仰向けに倒し、被告人本山が着用していた皮製バンドをズボンから外してその首に巻きつけ、被告人両名において右バンドの両端を強く引張って締めつけ、よって、即時同所において、同人を絞頸による窒息により死亡させて殺害したうえ、その背広上衣ポケットから同人所有の現金約一、八〇〇円、鍵束一束および電話帳一冊を強取し

二 被告人両名は、かねて謀議のとおり、引き続き、同月二一日、前記日本技研商事事務所において、右清水の死体を折り曲げて麻紐で縛ったうえ、毛布等で包み、布団袋に入れて梱包し、これを普通貨物自動車に積載して同所から前記日本技研事務所二階の空室に一時搬入し、ついで同月二四日、同所において、右布団袋をダンボール箱で包んで木箱に詰めたうえ、同月二八日、これを普通貨物自動車に積載して同所から同区百人町二丁目二三番五号財団法人日本キリスト教婦人矯風会駐車場内に運び込み、更に同年一〇月一日、右木箱を積載したままの前記普通貨物自動車を同所から埼玉県所沢市上新井一四二番地並木寿ぎ江方まで運転し、右木箱を同女方物置内に隠匿した後、同年一一月一六日、右木箱を普通貨物自動車に積載して同所からあらかじめ被告人本山が借り受けておいた千葉県香取郡栗源町大字西田部字二階九九一番地の一磯部ゆき江所有の土地に運搬し、同日その場で被告人両名が組み立てて同地に建てたスチール製物置内に搬入して隠匿し、もって、右清水の死体を遺棄し

第二  被告人本山は、同年八月下旬ころ、前記十全ビル三〇三号室において、前記のとおり清水の財産の所在を確めた際、同人所有の金塊一個(時価約二〇万円相当)を窃取し

第三  被告人本山は、前記のとおり清水を殺害した後、同人に代わって前記各会社を経営してその犯行の発覚を防ぎつつ、

一 同年九月末ころ、右十全ビル三〇三号室において、清水徳助ほか二名の共有にかかり、何人の占有にも属しない山種証券株式会社発行の清水貞雄あて株券預り証合計三四通(計三一銘柄、三万九、〇〇〇株分)及び印鑑五個を持ち去って横領し

二 同年一一月下旬ころ、右同所において、株式会社サンロード(同月三日前記日本技研商事を商号変更したもの)所有にかかり、何人の占有にも属しないビデオコーダーおよびビデオカメラ各一台(時価合計約二〇万円相当)を持ち去って横領し

三 昭和五一年三月二〇日ころ、前記パールビルデンス二〇二号株式会社サンロードにおいて、前記清水徳助ほか二名の共有にかかり、同社事務員相原陽子の占有する株券六通(時価合計七四万四、五二六円相当)を窃取し

四 昭和五〇年九月二三日、前記日本技研事務所において、行使の目的をもって、ほしいままに、情を知らない同社事務員後藤民子をして、株式会社三和銀行大久保支店を支払人とする小切手用紙一葉の金額欄にチェックライターで「\1,500,000」、振出日欄にペンで「50・9・23」と各記入させたうえ、振出人欄に「日本技研株式会社代表取締役清水貞雄」のゴム印を、その名下に「日本技研株式会社代表取締役之印」と刻した印鑑をそれぞれ冒捺させ、もって、日本技研株式会社代表取締役清水貞雄振出名義の金額一五〇万円の小切手一通の偽造を遂げ、同日、同区百人町二丁目二七番九号株式会社三和銀行大久保支店において、同店係員に対し、右偽造にかかる小切手をあたかも真正に成立したもののように装い、換金を求めて提出、行使し、同店係員をしてその旨誤信させ、よって、その場で同店係員から現金一五〇万円の交付を受けてこれを騙取し

五 昭和五一年一月一二日、前記十全ビル三〇三号室において、新宿北郵便局第一集配課勤務郵政事務官白井昭夫が株式会社三和銀行大久保支店差出にかかる清水貞雄あて書留郵便物(株式会社三和銀行大久保支店発行・金額五二〇万円・満期日昭和五〇年二月八日の清水貞雄名義定期預金証書一通在中)を配達しようとして前記書留郵便物配達証の受領印欄に押印を求めるや、これを奇貨として自己があたかも清水貞雄本人であるように装い、「貞雄」と刻した印鑑を右配達証の受領印欄に押捺し、右白井をして被告人が清水貞雄本人であって右書留郵便物の正当な受領者であると誤信させ、よって、その場で右白井から右書留郵便物一通の交付を受けてこれを騙取し

六 同年三月二六日、前記日本技研株式会社において、行使の目的をもって、ほしいままに、情を知らない同社事務員松田艶子をして用紙一枚にペンで委任者清水貞雄は本山邦彦を被委任者として右清水名義をもって山種証券株式会社新宿支店に保護預けしてあった株券取扱い権限の一切を委任する旨記入させ、右委任者名下に前記「貞雄」と刻した印鑑を冒捺し、もって、清水貞雄作成名義の委任状一通の偽造を遂げ、同日、同区西新宿七丁目九番一四号山種証券株式会社新宿支店において、同店支店長廣田紀男に対し、右偽造にかかる委任状をあたかも真正に成立したもののように装い、第三の一記載の領得にかかる株券預り証三四通等とともに、右預り証記載の株券の売却方を依頼して提出、行使し、同人をしてその旨誤信させ、よって、同人から、いずれも同所で右株券売却代金名下に、同月三〇日現金一、〇六四万一、九六〇円、同年四月一五日現金三七万五、二六〇円、同月三〇日現金一八七万七、六七〇円の各交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

被告人両名の各弁護人は、被告人両名は前記清水を殺害するにあたり、同人が身につけている金品を強取することを共謀したことはなく、その犯意もなかったのであるから、強盗殺人罪は成立しない旨を、また被告人本山の弁護人は、昭和五一年九月三〇日付起訴状の公訴事実第一の二ないし四の各窃盗については、いずれもその被害物品が右清水ないしその相続人の占有下にあったとはいえないから、占有離脱物横領罪が成立するにとどまる旨、および同被告人が逮捕前警察官に対し右清水の殺害および死体遺棄を告白したことは、該事実に関する代理若しくは本人による自首に該る旨をそれぞれ主張するので、以下順次検討する。

一 強盗殺人の成否について

被告人両名は、いずれも当公判廷において、本件共謀の趣旨とするところは、清水を殺害したうえ同人が所有する土地、株券、預金を順次処分してこれを分配することにあり、殺害時同人の身につけている金品を奪取することまでを共謀した事実はなく、捜査段階においてこれに反する自白をしたのは、大罪を犯した罪悪感から、殺害直後に同人の身につけていた僅かの金品を奪取したという如きは些細なことであると軽く考えて捜査官に理詰めに追及されるままにこれを肯定したもので、右は真実に反する旨供述している。

ところで、判示認定のとおり、被告人両名が清水殺害を計画した主要な動機は、これによって多額の金員を入手することにあり、そのための主要な方策として、被告人両名が、同人殺害後被告人本山において清水に代り日本技研商事等関係会社の経営にあたりつつ同人所有の土地、株券、預金を見つけ出しこれを徐々に処分換金して分配することを念頭においていたことは明らかであるが、前掲関係各証拠を総合すれば、被告人本山は右清水が独身で身寄りも殆どなく前記十全マンションの居室にひとり暮しをしており、また日本技研商事をはじめ同人経営の各会社はいわゆる個人会社であるところから、同人を殺害することにより同人が個人名義および会社名義で所有する財産は全体として同被告人が自由に処分しうる状態になるものと考え、その点は被告人相馬も十分に了解していたことが認められ、それについて清水の右居室に隠してあると見込んだ現金や殺害時同人が身につけている金品を右処分の対象から除外する旨の明示ないし黙示の合意がなされた形跡は毫も窺われず、またそれを除外しなければならぬ特段の事由も認め難いばかりでなく、現に被告人本山は判示第二のとおり清水殺害に先立ち右居室に現金を含む財産の隠し場所を探しに行き、更に、殺害の犯行現場においても、被告人本山は、清水殺害後引き続き同人の上衣やズボンのポケットを探って財布、小銭、鍵束、電話帳等を抜きとったうえ、財布の中味の札を見ながら被告人相馬に対して「思ったより少いな。今すぐ金はいらないだろう。」と言い、同被告人も「いいですよ。」と答え、被告人本山において財布の札を右小銭、鍵束、電話帳とともに奪取しており、以上の現金等の奪取は極く自然に当然のことの如く行なわれ、被告人相馬においても、被告人本山が清水の上衣やズボンのポケットを探り、財布を抜きとるなどするのを認識しながら特にこれを意外の所為と感ずることもなく、同被告人に対し右のとおり応答していることが認められ、これらの諸点を併せ考えれば、清水を殺害した際にその現場で同人が身につけている金品を奪うことも被告人両名の間において暗黙裡に当然のこととして了解されていたものと認めるのが相当である。この点を肯定する被告人両名の捜査官に対する各自白は、その内容がその余の点に関する供述ともよく照応して相互に矛盾なく自然かつ合理的であり、また被告人両名が当公判廷において捜査官に対する供述全般について逮捕後は犯した罪の重大さを反省しできる限り記憶を喚起して正直に供述した旨述べていること等に照らし、十分信用に値するのに反し、被告人両名のこの点に関する当公判廷における各供述は、前記現金等を奪取したが故に殺人罪ではなく強盗殺人罪として起訴されたものであると知った後の供述であり、不自然、不合理な弁解的部分も多く、たやすく信用することはできない。

以上のとおりで、被告人両名の本件共謀には、殺害現場において清水の所持する金品を奪うこともその内容として含まれていたものと認めるのが相当であり、現金についてはもちろん、鍵束、電話帳についても、被告人本山において右奪取後右鍵束の鍵を使用して前記十全マンションの清水の居室に随時出入りしていたことや、同人の財産発見の手がかりの一助になるとして右電話帳を暫く保管し所要部分を写し取るなどして利用していたことを併せ考えると、不法領得の意思があったことは明らかであり、強盗殺人罪の成立を否定する前記弁護人の主張は採用できない。

もっとも、論告を通じ検察官が本件強取の目的物に含めていると認められる腕時計については、事件の発覚を恐れ細心の配慮を払っていた被告人両名が、さして高価でもない被害者の血痕の付着した腕時計を手許に保持して使用したり他に売却するなど敢えて発覚の危険を冒す如き挙に出ることはたやすく首肯し難く、右時計は捨てるつもりであった旨の被告人本山の当公判廷における供述や、右時計を取ることは考えていなかった旨の被告人相馬の検察官に対する供述も一応了解でき、右時計について不法領得の意思があったとするにはなお疑問の余地があり、本件強取の対象から除外して認定するのが相当である。

二 窃盗の成否について

弁護人主張にかかる昭和五一年九月三〇日付起訴状の公訴事実第一の二、三について前掲関係各証拠によれば、清水殺害後被告人本山が判示第三の一、二記載のとおりの各日時、場所において同記載の物をそれぞれ持ち出して領得したことが認められる。ところで人を殺害した後に右殺害当時被害者が占有していた財物を奪取する犯意を生じてこれを奪取した場合において、なお被害者の占有を侵害したものとして窃盗と評価すべき場合のあることは既に承認されているところであるが、これには一定の限度があり、死亡後相当の期間を経過し、あるいは死亡と全く別個の機会に財物を奪取したような場合には、もはや被害者の占有を侵害したものと評価することはできないというべきである。本件の前記各事実は、判示のとおり清水を殺害しその死体を梱包して殺害現場から他に搬出した後、一〇日近くないし約二月を経過した後に、殺害現場とは全く異なる同人の元住居においてなされたもので、時間の近接性、機会の一連性のいずれをも欠き、同人の占有を侵害したものと評価することはできない。また、右清水は独身で同居人もなく、同人の相続人らは右各犯行当時その死亡を知らなかったのであるから、各被害財物が相続人らの占有に移ったと言うことも困難である。結局右各財物は右犯行当時何人の占有にも属していなかったものというほかはなく、被告人本山の右領得行為は占有離脱物横領罪を構成するにとどまるので、前記各公訴事実については、この限度において判示のとおり認定した次第である。

なお、同公訴事実第一の四については、被害にかかる株券は犯行当時株式会社サンロードの事務員相原陽子が同会社事務所内の自己の机の引出しの手提金庫内に保管していたもので、同人の占有下にあったものであるから、右事実については判示第三の三のとおり窃盗の責任は免れず、この点に関する弁護人の前記主張は採用しない。

三 自首の成否について

《証拠省略》によれば、前記清水の実兄市川國吉は、長期間にわたる清水の所在不明とこの間における被告人本山の不審な言動から、右清水が既に何人かに殺害されており、かつ同被告人がその秘密の鍵を握っているのではないかとの疑念を抱き、自ら同被告人を追及するともに、昭和五一年七月六日警視庁へ相談に赴き、更に同月一四日新宿警察署に捜索願を提出し、その結果同署においては殺人事件の疑もあるとして捜査を開始し、同月一六日同被告人の出頭を求めて右清水の所在等につき事情を聴取したこと、同被告人は右の経緯により早晩清水殺害の犯行が発覚するものと観念していたところ、右一六日の事情聴取を終えた後同夜かねてじっ懇の楠不二夫から詰問され、遂に共犯者とともに清水を殺害しその死体を遺棄した旨を具体的に告白し死刑か無期になるのではないかと泣き伏すに至ったが、その際楠から一旦帰宅のうえ明朝再び同人宅を来訪するよう、そこで弁護士を紹介するからよく相談して自首してはどうかとの旨勧められ、同夜は一旦帰宅したこと、右楠は以上のように同被告人を一旦帰宅させたものの、事案の重大性に鑑み同被告人が共犯者と連絡して逃亡または自殺を図る虞もあると危惧し、自己の判断において翌一七日午前七時三〇分ころ知人の警察官に右の旨を電話通報し、ついで同日午前九時ころ右警察官からその旨連絡をうけた警視庁刑事部捜査第一課長からの電話に対し前夜の経緯一切を伝えたところ、右課長において同被告人の右告白は間違ないとして捜査員を右楠の指定場所に差向けて同被告人から直接事情を聴取させることとしたこと、その結果、右楠と打合せたうえ右捜査第一課所属の警察官三名が、同日午前一一時過ぎころ楠宅において同被告人と面接事情聴取して同被告人による前記犯行の真実性を確めた後、同被告人を新宿警察署へ任意同行し、引続き取調べを継続するとともに、被害者の死体が存在することの確認を得て、同夜同被告人を逮捕したこと等の諸事実が認められる。

以上一連の経緯に徴すれば、右のとおり楠が知人の警察官、更に右捜査第一課長に対して被告人本山らによる前記犯行の情報を提供したのは、同人独自の判断に基づくものであって、なんら同被告人の意思によるものではなく、従ってこれをもって代理による自首ということはできず、また右捜査第一課においては、右情報に真実性ありとして楠宅に警察官三名を派遣し同被告人の事情聴取をなしその自白を得るに至ったものであり、右事情聴取に先立ち既に同被告人による本件犯行は官に発覚していたと認めるのが相当であるから、同被告人の右自白が自首に該らないことは明らかである。よって弁護人のこの点に関する主張は理由がなく採用できない。

(法令の適用)《以下省略》

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