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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)107号 判決 1978年4月17日

原告 小澤多カ枝 外三名

被告 江戸川税務署長

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和五〇年二月一二日付で、原告らの昭和四九年五月一日付相続税に係る各更正の請求に対してした更正をすべき理由がない旨の各処分はいずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  原告らは昭和四七年一一月一日死亡した加藤貞治の相続人である(なお、同人の相続人としては原告らの他に、訴外亡加藤多満、訴外加藤昊及び同江上桂位がいる。)が、右相続に係る相続税について原告らがした各申告、修正申告、再修正申告及び更正の請求、右各更正の請求に対して被告がした更正の請求をすべき理由がない旨の各処分(後記原告らの異議申立てに対する決定により維持されたものを、以下「本件各処分」という。)、右各処分に対して原告らがした各異議申立て並びにこれに対する被告の各決定の経緯は別表一及び二記載のとおりであり、相続財産中医療法人社団応仁会(以下「応仁会」という。)に対する出資持分の価額について原告らのした各申告等及び被告のした本件各処分等の状況は、別表三記載のとおりである。

二  しかしながら、本件各処分は、相続財産中応仁会に対する出資持分の価額を、相続開始時における応仁会の純資産価額(後記被告の主張1(一)参照)を基にして一億四二八六万八〇二〇円と評価したものであるが、右出資持分の価額は、以下述べるとおり、被相続人の応仁会に対する払込済出資金額である八〇四万八九〇三円と評価されるべきものであるから、本件各処分は右の点において相続税の課税価額を過大に評価認定した違法がある。すなわち、

1  相続税法第二二条に規定する「時価」とは、当該財産の客観的価値をいうものであるが、いわゆる出資持分の定めのある社団たる医療法人(すなわち、解散時における残余財産の分配が出資額に応じて出資者に対してされる旨の規定を定款に有するものをいう。)に対する出資の客観的価額は、払込済出資金額により評価すべきものであり、昭和三九年直資五六直審(資)一七相続税財産評価に関する基本通達(以下「評価通達」という。)一九六に示されているいわゆる純資産価額方式によるべきではない。

2  もし純資産価額方式による評価額が、医療法人に対する出資の客観的価額であるとすれば、相続人が相続開始時において右評価額に相当する金額を現実的に取得し得る可能性がなければならないが、次に述べるとおりそのような可能性はなく、右出資は、その経済的実質において、相続開始時点の当該法人の純資産価額に相応する価値を全く有しない。

(一) 出資持分の譲渡について

医療法人制度は、民間医療機関の整備充実を図らなければならないということから、資金の集積を容易ならしめるとともに事業の永続性を確保するため、私人の病院等に法人格を付与する必要性が認められた結果、昭和二五年に医療法の改正により創設されたものであるが、同法は右目的を達成するために医療法人に対し種々の法的規制を加えており、とりわけ同法第五四条において剰余金の配当を禁止している。

したがつて、医療法人に対する出資持分は受くべき配当に対する元本という資本的な性質は全く有せず、また後記のとおり、退社による払戻しも禁止されていると解すべきであり、出資持分の譲受人が解散による残余財産の分配を自ら実現することも不可能であるから、かかる出資持分が純資産価額方式による評価額によつて譲渡される可能性は全く存しない。

(二) 退社による払戻しについて

退社による払戻しが認められるとすれば、医療法人はその業務の遂行において多大な困難に直面し、ひいては医療業務遂行の基盤を危くして存続し得なくなることは明らかであるが、このことは、前記のとおり医療法が剰余金の配当を禁止してまで医療法人の内部充実を図り、もつてその事業の永続性を確保しようとした目的と正に相反するものであるから、退社による払戻しは同法の解釈上禁止されているものと解すべきである。昭和三二年一二月七日付総第四三号厚生省医務局総務課長回答は、退社による払戻しは退社当時のその法人が有する財産の総額を基準として、その社員の出資額に応ずる金額でなくても差支えないとするものであるが、このような回答が出されるに至つた事実自体医療法が退社による払戻しを認めていないことを示すものである。

なお、応仁会定款第八条は退社による払戻しを認めているが、右規定は、各都道府県知事に対する昭和二五年八月九日厚生省医発第五二一号厚生省医務局長通知において示された定款例に規定されているものを踏襲したにすぎず、前述したところによれば、右通知に係る定款例及び応仁会の定款中右規定部分はいずれも違法、無効というべきである。

(三) 解散による残余財産の分配について

出資持分の譲受人は、当然には当該医療法人の社員たる地位を取得するものではないから、当該法人の解散による残余財産の分配を自ら実現することは不可能であるのみならず、解散時において、出資持分に応じて残余財産の分配により取得する価額が相続開始時の純資産価額方式による評価額と同一であり得ないことも明らかである。

3  以上からすれば、出資持分の客観的価値は、当該法人の純資産価額に相応する金額が払込済出資金額を上廻つている場合においても、右払込済出資金額に基づきこれを評価すべきものである。

4  評価通達一七九の(3)、一九六では、取引相場のない小規模会社の株式及び企業組合、漁業生産組合その他これに類似する組合等に対する出資の価額は純資産価額方式により評価するものとされているが、右小規模会社は勿論企業組合等はいずれも営利法人であるのに対し、医療法人は、医療事業という極めて公益性の強い事業の継続性の確保等のために創設された法人であつて、公益性を強く有し、営利を目的として病院等を開設することは医療法第七条第四項によつて原則的に禁止されている。

ところで、評価通達は会社以外の法人について、営利法人か否かの区別に従い、その出資に対する評価方式を規定したものと解されるところ、いわゆる協同組合のうち、右企業組合等の営利法人を除いたもの、例えば構成員の相互扶助を目的とする農業協同組合等の非営利法人に対する出資の評価については、その一九五において、原則として払込済出資金額によつて評価すると明示しているのであるから、医療法人がその性格上本来的に非営利法人である以上、右評価通達一九五によつて、払込済出資金額をもつてその出資の価額を評価すべきものである。

よつて、原告らは本件処分の取消しを求める。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一の事業は認める。同二のうち、本件処分において、相続財産中応仁会に対する出資持分の価額を相続開始時における応仁会の純資産価額を基にして一億四二八六万八〇二〇円と評価したことは認めるが、その余は争う。

二  被告の主張

1  本件相続税に係る相続財産のうち、応仁会に対する出資持分の価額は、以下に述べるとおり、純資産価額方式により評価すべきであり、同方式により右出資持分の価額を評価してした本件各処分には何ら違法はない。

(一) 評価通達によれば、取引相場のない株式又は出資のうち、小規模会社の株式又は出資並びに企業組合等の出資については、原則としていわゆる純資産価額方式によつて評価することとされている(評価通達一七九の(3)、一九六)。純資産価額方式とは、資産の財産的価値で評価しようとするものであり、総資産価額から総負債価額を控除し、更に清算所得に対する法人税等の額を控除した額(純資産価額)を基にして、株式会社にあつては右純資産価額を発行済株式の総数で除した金額を一株当たりの株式の評価額とするものであり、企業組合等にあつては、出資の持分に応じた価額によつて評価するものである(評価通達一八八の(6)、一九六)。

(二) 医療法人に対する出資の評価方法については、評価通達では特に定めていないが、その実態から勘案すれば純資産価額方式により評価すべきものである。

すなわち、医療法人は医療法により特別の法人格を認められているものではあるが、法人格を取得することについて個人企業としての一般の開業医と特に変つた経営形態を要求されているものではない。医療法人の中には、個人開業医が法人組織に切り替えたものが多く、その出資の大部分を少数の同族出資者が保有し、役員も特定の出資者とその同族関係者によつて占められ、法人の経営は、利害関係が一致する同族関係者によつて支配され、これらの者の意思によつて法人の行為又は計算を自由になし得るのが実情である。

このような医療法人に対する出資持分の性格を考えると、実質的には法人の財産に対する持分という本質を持つものということができるのであり、右出資持分の価額を当該法人の純資産価額を基にして評価することには合理的理由がある。

(三)(1) 応仁会は、昭和三一年七月二三日被相続人加藤貞治が個人で経営していた加藤病院を経営する目的で設立された社団たる医療法人であり、その出資者及び出資額並びに役員等の状況は別表四記載のとおりである。なお、被相続人加藤貞治の出資は、同人が個人経営当時病院として使用していた同人所有の土地・建物その他の病院設備・薬品等一切を現物出資したものである。

また、応仁会は昭和五一年五月一四日解散したが、解散時に同族関係者に対する貸付金残高が一億二六三一万余円あり、解散直前期の支給確定退職金一億九五一六万余円のうち同族関係者に対するものが一億八五〇〇万円を占めている。そして、被相続人加藤貞治は、昭和一二年個人医院開設以来死亡するまで医師として医業に従事し、また応仁会設立後は理事長の地位にあり死亡退職金五二五万円を支給されたが、昭和五〇年に応仁会を退職した原告加藤守也、同哲志の退職金は各五五〇〇万円、哲志の妻成子の退職金は一二〇〇万円である。

(2) 以上の事実関係からすれば、応仁会は同族関係者によつて支配され、これらの者の意思によつて行為又は計算がされていた典型的な法人というべく、応仁会の財産に対しては、実質的に出資者が直接的支配権を有しているものと認められ、応仁会の定款第八条及び第四〇条において、それぞれ出資者は各出資額に応じて退社による払戻し及び解散した場合の残余財産の分配を受ける権利を有することを明示していることに照らしても、応仁会に対する出資の価額を純資産価額を基にして評価することは最も合理的である。

2  原告らは、医療法人に対する出資は、その経済的実質において、相続開始時点の当該法人の純資産価額に相応する価値を有しないと主張するが、以下述べるとおり、右主張は失当である。

(一) 出資持分の譲渡困難性について

出資持分の第三者への譲渡が困難であるという点については医療法人のみならず、一般の中小企業の株式、出資についても同様であり、特定の同族関係者による独占的支配関係にある個人類似の法人に特に顕著である。すなわち、配当のないことが換価性のないことの決定的要因となるのではなく、同族支配という特殊性によつて株式の第三者への移動が抑制されているものと考えるべきである。

(二) 退社による払戻しについて

医療法には退社による払戻しを禁止する明文の規定はなく、同法が剰余金の配当を禁止して医療法人の内部充実をはかつているとしても、そのことから直ちに退社による払戻しが禁止されているものと解することはできないし、退社による払戻しによつて、医療法人の一部の資産が減少したからといつて当該法人が存続し得なくなるものでもない。

また、原告らの主張する昭和三二年一二月七日付厚生省医務局総務課長回答は、医療法人の定款に「退社した社員は、その出資額に応じて払い戻しを請求することができる。」と規定されている場合に、出資社員が退社に際し自己が現物出資した土地の返還を要求したのに対し、土地そのものではなく金銭をもつて払戻すことの可否について、茨城県衛生部長に対してした回答であり、その内容は、「退社社員に対する持分の払戻は、退社当時当該医療法人が有する財産の総額を基準として、当該社員の出資額に応ずる金銭でなしても差支えないものと解する。」というものであつて、右回答は正に被告の本訴における主張と一致するものであり、また退社による払戻しが現実に行なわれている事実を示すものである。

(三) 解散による残余財産の分配について

既述のとおり、退社による払戻しが認められる以上、医療法人の出資持分に応じた残余財産の分配を受けるために解散を要求する実益はないから、原告らのこの点に関する主張は前提において失当である。

3  原告らは、医療法人に対する出資の客観的価値は、当該法人の純資産価額が払込済出資金額を上廻つている場合においても、右払込済出資金額により評価すべきであると主張するが、応仁会の定款には、退社による払戻し又は解散による残余財産の分配は払込済出資金額により行なうとの定めはなく、右原告らの主張の正当性を根拠づけ得るものはない。

また、仮に原告ら主張の評価方法によつた場合、純資産価額が払込済出資金額に満たないときには、出資の評価額は実質的な経済的価値を伴わない価額となり、合理的でない。

4  原告らは、医療法人は性格上本来的に非営利法人であると主張するが、医療法人であつても収益事業を営むことは可能であり、このことは何らその本質に矛盾するものではない。そして、医療法人は法人税法上、公共法人、公益法人等以外の一般法人として営利法人と同様の取扱いを受けているが、これは医療法人が収益事業を営むからにほかならない。医療法人の年々の利益は、医療法が医療法人の営利企業化を防止する趣旨から社員に配当を禁止している結果、法人内部に留保され資産の増大化が避けられないのであつて、本件についてみれば、応仁会は昭和三一年に純資産八五四万余円で発足したのであるが、本件相続開始直前期末に当期利益一七五九万余円を計上し、帳簿価額で一億四五七六万余円(相続税評価額にして一億七四七三万余円)の期末純資産を有していたものである。

これに対し、農業協同組合は、本来組合員の相互扶助を目的として設立される法人であり、組合員に対してその事業を行なうものであるから、同族出資者やその関係者によつて支配されることはないし、組合員が組合の事業を利用するについては実費主義が建前であるから、理論上組合に利益が生ずることはあり得ず、組合は出資総額に対応するもの以外の財産を通常保有しないこととなる。したがつて、農業協同組合に対する出資の価額を、原則としてその財産の価額を反映した払込済出資金額により評価することには合理的な理由がある。もつとも、実費主義を貫くことの技術的困難性から、実際上組合に配当可能な剰余金を生ずることはあり得るが、このような剰余金は、原則として出資額に応ずる配当又は組合員の利用分量に応ずる配当により組合員に還元され(農業協同組合法第五二条)、組合に留保されるものはその存立を維持するためのごく限られた特定の積立金(同法第五一条)しかないのである。

以上のとおり、収益事業を含む医療法人と組合員の実費主義をとる農業協同組合とでは、その有する財産の状況が全く異るから、双方の出資の価額を同一の評価方法で評価することは合理的でない。原告らは、農業協同組合の出資の価額を払込済出資金額によつて評価することは、非営利法人に対する出資の評価の原則によるものと主張するが、右のように、右評価は農業協同組合が非営利法人であることによるものではないから、原告らの主張はその前提を誤つた独自の解釈である。

第四被告の主張に対する原告らの認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張1冒頭の主張は争う。但し、被告主張のように応仁会に対する出資の価額を純資産価額を基にして評価した場合、本件相続税の課税価額の合計額及び原告ら各人の課税価額がそれぞれ本件各処分のとおりとなることは認める。同1(一)は認める。同1(二)のうち、医療法人に対する出資の評価方法については、評価通達で特に定めていないことは認めるが、その余は争う。同1(三)(1)は認める。同1(三)(2)は争う。同4のうち、応仁会が昭和三一年に純資産八五四万余円で発足したこと、本件相続開始直前期末に当期利益一七五九万余円を計上し、帳簿価額で一億四五七六万余円(相続税評価額にして一億七四七三万余円)の期末純資産を有していたものであることは認める。

二  原告らの反論

1  被告は、応仁会の定款第八条及び第四〇条により、出資者は各出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受け得る権利があるから、このような法人に対する出資持分の価額は純資産価額を基にして評価するのが妥当であると主張するが、既述のとおり右定款第八条の規定は医療法に違反し無効であるから、被告主張の根拠となり得ないのみならず、農業協同組合においては、農業協同組合法第二三条が脱退組合員に対する持分の払戻しを明文により認めているにかかわらず、評価通達一九五は右組合に対する出資は払込済出資額によつて評価するとしていることからしても、被告の右主張は理由がない。

2  被告は、医療法人の多くは同族出資者及びその関係者によつて支配されており、応仁会もそれに該当するから、本件出資の価額を純資産価額方式により評価することは合理的であると主張するが、このような法人であつても、医療法人の非営利法人及び医療法の剰余金配当禁止規定に反することはできないのであつて、そうである限り、評価通達一九五により払込済出資金額をもつて評価するのが相当であり、また、医療法人に対する出資の価額の評価方法を当該法人に対する出資者が同族関係者か否かによつて区別する法令上の根拠は全くないから、被告の前記主張には合理的理由がない。

第五証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、被告が本件各処分において、相続財産中応仁会に対する出資持分の価額を、相続開始時における応仁会の純資産価額を基にして一億四二八六万八〇二〇円と評価したこと(この事実は当事者間に争いがない。)を理由に、本件各処分は相続税の課税価額を過大に認定したもので違法であると主張するので、以下右応仁会に対する出資持分の価額を純資産価額を基にして評価することの適否について判断する。

1  相続税法は、相続税の課税価額は相続により取得した財産の価額の合計とすると規定し(同法第一一条の二第一項)、当該財産の評価については、財産の価額は当該財産の取得の時の時価によるとし、原則としていわゆる時価主義を採用している(同法第二二条)。そして、右規定にいう時価とは、当該財産の客観的交換価値、すなわちそれぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行なわれる場合に通常成立すると認められる価額(評価通達一(2)参照)をいうものと解するのが相当である。

もつとも、現実に譲渡される可能性の少ない財産の中には、その時価を把握することの困難なものがあり得るけれども、そのような場合であつても、当該財産について合理的と考えられる評価方法を用いて時価を算出すべきは当然であり、この観点から、出資持分の定めのある社団たる医療法人に対する出資持分について、いかなる評価方法を用いるのが合理的であるかを検討する。

2  医療法人制度は昭和二五年医療法の改正により、民間の医療機関等医療事業の経営主体に対し、法人格を取得する途を開き、資金集積の方途を容易に講ぜしめる目的で創設されたものであるが、医療法人の設立に当たつては、開設する病院等に必要な施設又はこれに要する資金の保有が必要とされている(医療法第四一条、第四五条第一項)ものの、その開設する医療機関が病院又は医師若しくは歯科医師が常時三人以上勤務する診療所であることを除いては、その行なうべき医療事業の内容や経営形態に関して特に一般の個人開業医と異つたものを要求されているわけではなく、医療事業には実際上相当の収益を伴うことからすれば、通常の場合医療法人は右収益事業を行なつている点において特に一般の私企業とその性格を異にするものとは考えられない。このことは、法人税法において医療法人は民法上の公益法人等とは異なり、原則として一般の営利法人と同様に取り扱われており、財団たる医療法人又は社団たる医療法人で持分の定めのないものであつて、一定の厳格な要件を満たしたうえで大蔵大臣の承認を受けたものについて、例外が認められている(租税特別措置法第六七条の二)にすぎないことに照らしても明らかである。

また、医療法人は、医療法第五四条の規定により剰余金の配当を禁止されているけれども、これは医療行為が有する公益性に鑑み、医療法人が営利法人化することは妥当でないと考えられたためであつて、右配当が禁止されていることの故をもつて、前示の医療法人の性格を別異に解さねばならないものではなく、他面右配当禁止規定は剰余金を施設の整備改善に充て、もつて医療内容の向上を図ることを期待する趣旨にいずるものであつてみれば、医療法人にあつては、資産が法人内部に蓄積され、その資産は年々増大していく可能性が大であるから、その純資産価額は払込済出資額を上廻つている可能性が大である。

そして、医療法人の出資持分を有する者が当該持分を譲渡することを禁止する法令の規定は見当たらない。また医療法人からの退社による払戻しについても、これを禁止する明文の規定は置かれていないし、退社による払戻しが可能かどうかは出資者の財産権に係ることであつてみれば、これを禁止する明示の規定がないのにかかわらず、前示剰余金の配当禁止規定の趣旨から、当然に医療法上退社による払戻しが禁止されているとの解釈を導くことはできない。

なお、成立に争いのない乙第一号証によれば、原告ら主張に係る昭和三二年一二月七日付総第四三号厚生省医務局総務課長回答は、昭和三二年一一月一三日三二医発第五四二号茨城県衛生部長から右総務課長宛照会に対する回答であり、その趣旨は、退社社員に対する払戻しができることを前提とし、医療法人の定款にその旨の規定が置かれている場合に、現物出資者に対する払戻しを、退社当時当該医療法人が有する財産の総額を基準として、当該社員の出資額に応ずる金銭でしても差支えないというものであると認められるから、同回答が原告ら主張のように退社による払戻しが禁止されるとする見解に立つものでないことは明らかである。

3  ところで、評価通達は、出資持分の定めのある社団たる医療法人に対する出資の価額の評価方法については何ら定めがないけれども、同通達一九六によれば、組合員に対しその事業又は家計の助成を図ることを目的とするのではなく、商業・工業・漁業などの事業そのものを行ない、それ自体が一個の企業体として活動する企業組合等の法人について、当該法人に対する出資の価額は、いわゆる純資産価額(評価通達一九六、一八八(6)参照)を基にして評価するとされている。

そして、前示の医療法人の性格、その純資産価額は払込出資額を上廻つている可能性が大であること、更に医療法人の出資持分を有する者が当該持分を第三者に譲渡し、あるいは退社により持分に応じた払戻しを受けることが禁止されていないと解せられることなどからすれば、仮にある時期に出資持分の定めのある社団たる医療法人の出資持分の譲渡が行なわれるとすれば、たとえその譲受人が前示配当禁止規定により出資持分に応ずる配当を受けることはできないにしても、その譲渡価額は法人の純資産価額を基礎としその出資持分に応じた価額に近似したものとなるであろうことは、見易いところである。

そうしてみると、出資持分の定めのある社団たる医療法人に対する出資持分の時価は、原則として右評価通達一九六に定める評価方法に準じて、課税時期における当該法人の純資産価額を基にして、出資の持分に応ずる価額によつて評価するのが合理的というべきであり、他により妥当な評価方法は見当たらない。

4  これを本件についてみれば、応仁会は昭和三一年七月二三日被相続人加藤貞治が個人で経営していた加藤病院を経営する目的で設立された社団たる医療法人であり、被相続人加藤貞治の出資は、同人が個人経営当時病院として使用していた同人所有の土地・建物その他の病院設備・薬品等一切を現物出資したものであること、応仁会発足時の純資産価額が八五四万余円であつたのに対し、本件相続開始直前期末には当期利益一七五九万余円を計上し、期末純資産価額は一億四五七六万余円(相続税評価額にして一億七四七三万余円)であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、応仁会の定款第八条には、退社した社員はその出資額に応じて払戻しを請求することができる旨の、同第四一条には、解散した場合の残余財産は払込済出資額に応じて出資者に帰属する旨の各規定(なお、原告らは、右定款第八条の規定は医療法が退社による払戻しを禁止している趣旨に違反するから無効であると主張するが、前記のとおりそのように解すべき根拠はないから、右主張は失当である。)が置かれている事実が認められ、以上の事実関係に照らせば、前示原則に従い、相続財産中応仁会に対する出資持分の価額を相続開始時における応仁会の純資産価額を基にして評価したことは妥当なものとして首肯することができる。

5  原告らは、医療法人に対する出資持分は、純資産価額を基にした評価額によつて譲渡される可能性がないこと、退社による払戻しは医療法の解釈上禁止されているものと解すべきこと、解散による残余財産の分配を自ら実現することが不可能であること等の理由により、相続人が相続開始時において右評価額に相当する金額を現実的に取得し得る可能性がないから、経済的実質において右評価額に相応する価値を有せず、右出資の価額は払込済出資金額により評価すべきであると主張する。

しかしながら、医療法人に対する出資持分の譲渡を禁ずる法令の規定は見当たらず、また退社による払戻しが禁止されていると解する余地もないことは前示のとおりであるし、出資持分の譲渡が現実的に困難であるということは、一般に中小企業の株式ないし出資、とりわけこれらの企業が同族関係者によつて支配されている場合にもいえることであつて、医療法人に対する出資に特有のことではないから、右譲渡の困難性は、前示の評価方法の合理性を失わしめるものとは到底いえない。

そして、医療法人の出資持分の取得者が、当該出資持分を第三者に譲渡し、あるいは退社により持分に応じて払戻しを受けることが禁止されているものではないと解される以上、その者が自己のみで当該法人を解散し、その残余財産の分配を実現することはできないにしても、前示評価方法の合理性を否定することはできないといわねばならない。

さらに、原告らは医療法人に対する出資の価額は払込済出資金額により評価すべきであると主張するけれども、前示のとおり医療事業には実際上相当の収益を伴うこと及び剰余金の配当が禁止されていることからして、医療法人の資産が年々増大していく可能性が大であり、本件の応仁会についてみても、同会発足当時から本件相続開始当時までに相当の資産の増加が認められることは前示のとおりであり、一般個人開業医に対する相続税課税における財産の評価との対比からいつても、原告らの主張には全く合理性がない。

6  原告らは、医療法人は性格上本来的に非営利法人であるから、農業協同組合等の非営利法人に対する出資の評価についての規定である評価通達一九五によつて、払込済出資金額をもつて医療法人に対する出資の価額を評価すべきであると主張する。

しかしながら、医療法は医療法人が営利法人化することを防止する目的の下に剰余金の配当を禁止しているものの、逆にこのことと実際上収益事業を行ない得ることから資産が法人内部に蓄積され、その資産は年々増大していく可能性が大きく、これを本件についてみても応仁会発足当時から本件相続開始当時までに相当の資産の増加が認められることは、前示のとおりである。これに対し、農業協同組合にあつては、組合員の相互扶助すなわち組合員の事業又は家計の助成を図ることを目的とし、組合自体の金銭的利益を図り、あるいは組合員にその利益を分配することを目的とするものではない(農業協同組合法第八条参照)から、本来組合事業の遂行に伴い組合は収益の生ずることは予定されておらず、組合資産が著しく増加することはあり得ないものというべきである。もつとも現実に生じた剰余金は、組合員の事業の利用分量に応じ、又は組合の非営利法人性に反しないよう一定の制限を設けたうえで、払込済出資額に応じて組合員に対し配当することが認められている(同法第五二条)けれども、このことは右に見た組合の目的ないし事業の性格に何ら影響を及ぼすものではない。そして、かかる性格を有する農業協同組合等の法人に対する出資の価額を、営利法人的色彩の強い企業組合等と区別して、原則として払込済出資価額により評価するとしている評価通達一九五の規定は合理的なものというべきであるが、医療法人に対する出資の評価について、法人の性格が異なる農業協同組合等と同様に同通達一九五に定める払込済出資金額による評価方法によるのは合理的ではなく、原告らの前記主張は失当である。

7  以上のとおり、被告が本件各処分において、相続財産中応仁会に対する出資持分の価額を、相続開始時における応仁会の純資産価額を基にして評価したことは正当であるから、本件各処分に原告ら主張の違法はない。

三  よつて、原告らの本訴各請求は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 山崎敏充)

別表一 本件の相続税の総額の課税の経緯

(単位 円)

年月日

区分

総遺産価額

債務控除額

課税価額の合計額

相続税の総額

48・4・28

申告

一、〇八三、一七三、二二四

一五、九八六、六三五

一、〇六七、一八六、〇〇〇

五八八、八〇五、〇〇〇

48・9・26

修正申告

一、〇九〇、五五七、四八〇

二二、六二三、〇二六

一、〇六七、九三四、〇〇〇

五八九、三〇三、〇〇〇

49・3・2

再修正申告

一、一一五、九二五、八六四

二一、五二三、〇〇〇

一、〇九四、四〇二、〇〇〇

六〇九、九四九、〇〇〇

49・5・1

更正の請求

九八〇、七七一、七六七

二一、五二三、〇〇〇

九五九、二五八、〇〇〇

五一六、八四七、〇〇〇

50・2・12

同処分

更正をすべき理由がない旨の通知(再修正申告に同じ)

50・4・12

異議申立

更正をすべき理由がない旨の処分取消請求

50・7・10

同決定

一、一一五、五九〇、八八四

二一、五二三、〇〇〇

一、〇九四、〇六四、〇〇〇

六〇六、七二一、七〇〇

別表二 原告ら各人の相続税の課税の経緯

(単位 円)

区分

課税価額

納付税額

申告

一四二、四八六、〇〇〇

七八、六〇五、四〇〇

修正申告

一四二、四八六、〇〇〇

七八、六一三、〇〇〇

再修正申告

一四六、七一四、〇〇〇

八一、三三一、一〇〇

更正の請求

一二八、五三九、〇〇〇

六九、二五七、四〇〇

同処分

更正をすべき理由がない旨の通知(再修正申告に同じ)

異議申立

更正をすべき理由がない旨の処分取消請求

同決定

一四六、六四〇、七〇〇

八一、三〇〇、七〇〇

(注) 申告等の年月日は別表一と同じである。

(別表三、四、省略)

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