東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)114号 判決 1977年7月21日
原告 新産別運転者労働組合東京地方本部
被告 新宿公共職業安定所長 ほか一名
訴訟代理人 玉田勝也 鳥飼俊夫 ほか四名
主文
本件各訴をいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
(本位的請求)
1 被告神奈川県地方労働委員会(以下、被告委員会と略称する。)が昭和五一年五月七日付で被告新宿公共職業安定所長(以下、被告所長と略称する。)に対してなした職業安定法(以下、法と略称する。)第二〇条第二項に基づく通報及び被告所長が同月一二日付で原告に対してなした右条項による措置を求める処分はいずれも無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
(予備的請求)
1 被告委員会が昭和五一年五月七日付で被告所長に対してなした法第二〇条第二項に基づく通報及び被告所長が同月一二日付で原告に対してなした右条項による措置を求める処分はいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告所長
(本案前の裁判)
主文と同旨。
(本案についての裁判)
1 原告の各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告委員会
1 原告の各請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 原告は、自動車運転者を主体として組織する個人加盟の職種別労働組合であり、法第四五条による労働大臣の許可を受けて労働者供給事業を行なつているものである。
2 ところで、被告委員会は、昭和五一年五月七日付で、被告所長に対し、次のような内容の法第二〇条第二項に基づく通報を行なつた。
「(一)原告は、従来、横浜市磯子区所在の鶴菱運輸株式会社(以下、会社と略称する。)磯子出張所に対し組合員である労働者一五名を供給していたが、そのうち八名が昭和五一年三月五日、原告から脱退して新たに全国自動車運輸労働組合横浜合同支部鶴菱分会を結成した。
そのため、会社は、同社と原告との間の昭和五〇年七月一日付労働協約及び同四九年五月二日付確認(合意)に基づき、同五一年三月八日、右八名に対し、同月九日以降の就労を拒否する旨通告した。
そこで、右八名は、昭和五一年三月二四日、横浜地方裁判所に対し地位保全の仮処分を申請し、同裁判所は、同月二六日、右申請を認容する決定をし、現在労使間にはこの決定に基づく就労の問題をめぐつて紛争が繰返されている。なお、会社は、同年四月七日、右決定に対し異議の申立をした。
(二) かかる状態は、法第二〇条第二項にいう同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞の多い争議が発生している状態というべきである。しかるに、原告は、会社磯子出張所に対し争議の発生時と同じ員数の労働者を供給しているが、このような行為は労働争議の解決を妨げることになると思料する。よつて、貴職において速やかに適切な措置を講じられたい。」
3 次いで、被告所長は、原告に対し、右通報を伝達するとともに、この通報に基づき、昭和五一年五月一二日付で、原告が会社磯子出張所に対して行なつている労働者の供給については法第二〇条第二項の規定に留意したうえ速やかに措置されたい旨の命令を発した(以下、上記の被告所長の行為を、単に行為という。)。そして、右の措置の内容は、原告の会社に対する供給人員を一一名(前記仮処分の申請者は当初八名であつたが、うち四名がその後申請を取り下げたので、仮処分の申請を維持する者は四名となつた。そこで、原告が従来会社に供給していた労働者一五名から右の四名を差し引くと一一名となる。)の範囲内にとどめるというものであつた。
4 しかし、被告らのなした右各処分(通報及び行為)には次のような違法がある。
(一) 被告委員会のなした通報は、事実を誤認し、法第二〇条第二項の解決を誤つたものである。
(1) 被告委員会は、原告からの脱退者と会社との間に生じた紛争をもつて同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞の多い争議が発生している状態であると認定している。
しかし、同盟罷業又は作業所閉鎖は使用者と従業員との間に雇用契約関係が存続していることを前提とした争議形態である。しかるに、会社は、従来から原告に対し、原告の組合員以外の労働者を就労させないことを約束している(なお、このことは原告の組合員で会社に就労する者の全員が熟知している。)から、原告から脱退した者は、会社に就労する基盤を失うのであつて、会社との間の雇用契約関係がその後も存続するいわれはない。従つて、原告からの脱退者と会社との間では同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞はありえないから、被告委員会の認定には事実を誤認した違法がある。
(2) 被告委員会は、原告が会社に対し争議の発生時と同じ員数の労働者を供給していることは争議の解決を妨げることになると判断している。
しかし、原告は、将来原告から脱退者が生じ、その脱退者と会社との間で紛争が起るというようなことを予想しえない時期に会社と労働協約を締結しており、紛争の発生後も、その労働協約に基づく義務の履行として従前どおり一五名の組合員を会社に供給していたものである。従つて、原告は、法第二〇条第二項本文(第四八条で準用)にいう「求職者を無制限に」会社に供給していた訳ではないし、いわんや原告からの脱退者と会社との間の紛争の解決を妨げる目的で一五名の組合員を供給していたものではない。
また、法第二〇条第二項但書(第四六条で準用)は、「当該争議の発生前、通常使用されていた労働者の員数を維持するため必要な限度まで労働者を紹介する場合は、この限りでない」と規定しており、労働者供給事業の事業主に争議介入の悪意がない場合における例外的措置を特に定めているところ、本件は少なくとも右但書の適用を受けるべき事案である。
従つて、被告委員会の判断には法第二〇条.第二項の解釈を誤つた違法がある。
(二) 次いで、被告所長は、被告委員会の右のような違法な認定判断に覊束されると称して、原告に対し、法第二〇条第二項に留意したうえ速やかに措置すべきことを命じたものであるが、その行為は、内容が全く不明確であるばかりでなく、被告委員会の処分の前記違法事由をも承継しているから、同じく違法というべきである。
5 ところで、原告は、昭和五一年三月一八日付で、労働省職業安定局長より、同月二二日から二年間労働者供給事業を行なう許可を受けたものであるが、同局長は、右許可に当たり、原告に対し、労働者供給事業の運営については法令又はこれに基づく行政庁の指示に従うことを心得るよう命じた。また、被告所長は、同月三一日、原告に対して右の許可書を交付するに当たり、原告は公共職業安定所の補助的機関として関係法令を遵守するように指導した。
そこで、法第四六条、第二〇条第二項に基づく被告委員会の通報及びこれに基づく被告所長の行為(なお、この両者が相まつて通報が完成されるものと解する。)が原告に対してなされた本件において、原告がこれらに従わないときは、「法令又はこれに基づく行政庁の指示」や、「関係法令の遵守」の指導に違反したものとして、労働者供給事業の許可を取り消される虞があるし、また、許可の期間の更新の際に不利益を受けることも容易に推認される。従つて、右各処分が右に述べたような性質を有するものである以上、これらはいずれも行政事件訴訟法所定の抗告訴訟の対象となりうる行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(以下、単に行政庁の処分という。)に該当するというべく、しかも、かかる処分が存在する以上、原告は会社に対し一一名を超える組合員を供給することができないのであるから、右各処分の無効確認又は取消しを求める法律上の利益がある。
6 よつて、原告は、第一次的には右処分の無効確認を求め、第二次的にはこれらの処分の取消しを求める。
二 被告所長の本案前の主張
被告所長の行為は、原告に対し義務を命じるなどの法律上の効果を発生させるものではないから、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分には当たらない。
すなわち、被告所長は、被告委員会から昭和五一年五月七日付で原告主張の通報を受けたので、同月一二日付で原告に対し、右通報文書の写しを添付して、被告委員会から右通報があつたので、原告が会社磯子出張所に対して行なう労働者の供給については法第二〇条第二項の規定に留意したうえ速やかに措置されたい旨の通報をなしたものにすぎない。
しかも、同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞が多いか否かの判断及び労働者を無制限に紹介することによつて労働争議の解決が妨げられるか否かの判断は専ら労働委員会の権限に委ねられているのであり、それゆえ法第四六条、第二〇条第二項に基づく通報は労働委員会から公共職業安定所長又は労働大臣の許可を受けた労働者供給事業者に対して行なわれるのであつて、公共職業安定所長がそのような通報の形成に介入することは予定されていない。本件においても、被告所長は、原告と同様通報を受ける地位にあるにとどまり、自ら通報をなしうる地位にはなかつたのである。従つて、被告所長が被告委員会からの通報を通報という形式で原告に伝達したのは、単に原告に対する監督者的立場からこれを伝達するという趣旨でしたものにすぎない。
三 被告所長の本案についての主張
請求原因1及び2の事実は認める。
同3の事実は認めるが、「命令を発した」のではなくして、右二に記載のように、通報を伝達したものにすぎない。
同4の事実のうち、被告委員会が原告主張のような認定をしたこと、法に原告主張のとおりの規定があること、被告所長が原告に対し法第二〇条第二項に留意したうえ速やかに措置すべきことを通報したことは、いずれも認めるが、その余の事実はいずれも争う。
四 被告委員会の本案についての主張
請求原因1及び2の事実は認める。
同3の事実のうち、被告所長から原告に対し被告委員会の通報が伝達された事実は認める。
同4の事実のうち、被告委員会が原告主張のような認定をしたことは認めるが、その余の事実は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。また、請求原因3の事実(但し、被告所長の行為の性質等がいかなるものであつたかの点を除く。)については、原告と被告所長との間では全部争いがなく、原告と被告委員会との間では、被告所長から原告に対し被告委員会の通報が伝達されたことは争いがなく、その余の事実は、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によつて認められる。
なお、法第四六条によれば、労働組合法による労働組合が法第四五条による労働大臣の許可を受けて労働者供給事業を行なつている場合には、法第二〇条の規定は労働組合の行なう労働者供給事業についても準用されるが、その場合における法第二〇条第二項に基づく労働委員会の通報は、当該労働組合の事務所の所在地を管轄する公共職業安定所を経由して労働組合に伝達されるべきものと解すべきところ、右に判示した請求原因2及び3の事実によれば、本件における法第二〇条第二項に基づく被告委員会の通報は、被告所長によつて代表される新宿公共職業安定所を経由して、原告に対し伝達されたものと解するのが相当である。
二 ところで、原告は、被告委員会のなした通報及び被告所長のなした行為はいずれも行政事件訴訟法にいう行政庁の処分に該当すると主張して、右通報及び行為の無効の確認又は取消しを求めている。そこで、その主張の当否について検討するに、まず、行政事件訴訟法にいう行政庁の処分とは、行政庁の行なう行為のうち、その行為によつて直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上定められている行為であつて、仮にその行為が違法であるとしても、いわゆる公定力(一応適法な行為と推定される効力)が認められ、それが正当な権限を有する機関によつて取り消され又は無効が確認されるまでは法律上又は事実上有効なものとして取り扱われる行為であることを要し、行政庁の行なう行為であつても、右のような性質、効力を有しない行為は、ここにいう行政庁の処分には含まれず、抗告訴訟の対象とはなりえないものと解すべきである。
三 そこで次に、被告委員会のなした通報が右の二に述べたような性質、効力を有する行為であるか否かについて検討する。
法第二〇条第二項、第四六条によれば、労働委員会が「事業所において、同盟罷業又は作業所閉鎖に至る虞の多い争議が発生していること及び求職者を無制限に紹介することによつて、当該争議の解決が妨げられること」(以下、単に法第二〇条第二項所定の事実という。)を通報した場合においては、その通報を受けた労働組合はその事業所に対し求職者を紹介してはならないとされており、そして、労働組合がこれに違反してその事業所に対し求職者を紹介した場合には、法令に違反したとして、法第五〇条第一項に基づき、労働大臣により事業若しくは事務の停止又は許可の取消しの処分を受ける虞がないわけではない。
しかしながら、労働委員会は本来労働者供給事業について指導監督の権限を有する機関ではないから、労働委員会のなす右通報は、それ自体によつて直接労働組合の行なう労働者供給事業を制限又は禁止することを意図する権力的意思活動ではなくして、単に労働委員会が法第二〇条第二項所定の事実の存在を認識した旨の通知としての性質を有する行為にすぎないというべきである。しかも、右のような性質の通報に公定力を認める法律上の根拠は全く存在しないから、一旦労働委員会の通報がなされたとしても、その通報の基礎になつた事実の認識に誤りがあり、法第二〇条第二項所定の事実が客観的に存在しない場合には、その通報を受けた労働組合は、労働委員会自体による通報の撤回やその他の機関による通報の無効確認又は取消しをまつまでもなく、求職者の紹介を適法に継続することができるものと解すべきである。そして、右のような場合には、仮に労働組合が法令に違反したとして労働大臣により事業若しくは業務の停止又は許可の取消しの処分を受けたとしても、その労働組合は、通報自体の無効確認又は取消しを求めることを要せず、直ちに、労働大臣による右処分の効力を争うことができるものと解すべきである。
そうすると、被告委員会のなした通報は、右の二に述べたような性質、効力を有する行為ではないというべきであつて、行政事件訴訟法にいう行政庁の処分には該当しないものといわなければならない。
四 そこでさらに、被告所長のなした行為の性質、効力について検討する。
前記の一に判示したところからすれば、被告所長のなした行為は、右の三で述べたごとく行政事件訴訟法にいう行政庁の処分には該当しない、単なる認識の通知としての被告委員会の通報を原告に伝達した行為にすぎないというべきであるから、そのような行為が同じく行政庁の処分に該当しないことはいうまでもない。さらに、仮に被告所長のなした行為に被告委員会の通報の伝達以外の何らかの指示、勧告等が含まれていたとしても、公共職業安定所長は、労働大臣の許可を受けて労働者供給事業を行なう労働組合に対して行政上の指導監督を行なう権限を有しているものの(法第四条第四号、第八条、同法施行規則第六条第四項)、それ以上に前記の二において述べたような性質、効力を有する行政庁の処分としての命令等を発しうる権限を認める法律上の根拠は存在しないのであるから、これをもつて被告所長のなした行為が行政庁の処分に該当するということはできない。
そうすると、被告所長のなした行為も行政事件訴訟法にいう行政庁の処分に該当しないことは明らかである。
五 以上に述べたとおり、被告委員会のなした通報及び被告所長のなした行為はいずれも行政事件訴訟法にいう行政庁の処分に該当しないものであるから、それらの無効の確認又は取消しを求める本件各訴は、いずれも不適法というべきであつて、却下を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村長生 富田郁郎 石井宏治)