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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)171号 判決 1978年1月30日

埼玉県春日部市大字内牧一五〇二番地

原告

内田俊雄

右訴訟代理人弁護士

市江昭

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

金沢正公

小川修

大沢清孝

上條晃一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四九年一一月一五日付で原告に対してした加算税賦課決定に係る租税債務のうち重加算税額四六万二〇〇〇円の租税債務が存在しないことる確認する。

2  被告は原告に対し金一五四万〇五〇〇円及びこれに対する昭和五一年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第二項につき仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決及び仮執行の宣言が付される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二請求の原因

一  原告が同人の昭和四六年分所得税についてした確定申告及び修正申告(以下「本件修正申告」という。)並びに被告が右所得税につき原告に対してした過少申告加算税及び重加算税賦課決定の経緯は別表一のとおりであり、その納付状況は別表二のとおりである。

二  しかしながら、本件修正申告のうち、所得金額五八〇八万五九七八円、税額三一九七万一〇五〇円〔右所得金額から申告に係る所得控除金額九一万八三〇〇円を控除した課税所得金額五七一六万七〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)に対応する税額〕を超える部分は、以下の理由により無効というべきであり、したがつて、右申告の無効部分が有効であることを前提としてされた重加算税決定(以下「本件決定」という。)のうち税額八〇四万七二〇〇円(その計算関係は別紙のとおり)を超える部分も無効である。すなわち、

1  原告は昭和四六年一〇月二二日埼玉県北葛飾郡庄和町大字下柳字古川端七三六番一外二筆の土地(以下「本件土地」という。)を訴外 限会社千葉工業(以下「訴外会社」という。)に対し代金七五〇万円で売却し、その取得価格は六一五万九〇〇〇円であつたから、右売却に係る所得金額は一三四万一〇〇〇円であつた。

2  原告は昭和四八年五月二六日所得税法違反等容疑により関東信越国税局(以下「国税局」という。)係官の査察を受け、その後も取調を受けていたところ、昭和四九年九月一七日国税局に出頭した際、係官から原告の昭和四六年分の所得税に関する売上、経費、所得の各金額の計算書を示され、これに基づいて修正申告をするよう指示を受け、同計算書には本件土地売却代金九八七万円、同売却に係る所得金額三七一万一〇〇〇円と記載されていたのみで、これについて何らの説明もされなかつたが、原告は右係官の示した各金額は国税局係官の査察の結果によるものであるから正しいものであると誤信し、その内容について具体的認識を欠くまま、本件修正申告をした。

3  しかして、訴外会社代表取締役千葉仁也が国税局係官に提出した答申書によれば、本件土地売買は直接取引でなく不動産業者木村一郎が仲介していることが明白であり、また本件土地売買につき作成された公正証書には原告受領の七五〇万円が売買代金額として明記されており、原告が作成した代金領収証の金額もこれと一致していることからすれば、買主である訴外会社が代金として九八七万円を支払つていたとしても、その全額が直ちに売買代金となるのではなく、そのうちから仲介人に対する報酬を差引いた後の金額で、原告が当初から売却価格をいわゆる仕切値として指定していた七五〇万円が本件土地の売買代金額であつたことは明白である。

4  したがつて、右売買代金及び同売買に係る所得金額を前記2の各金額としてした本件修正申告のうち、前記1の各金額を超える部分は重大かつ明白な錯誤に基づくものであるから、無効というべきである。

三  よつて、原告は、本件決定に係る租税債務のうち四六万二〇〇〇円の租税債務が存在しないことの確認及び被告に対し本件修正申告に係る租税債務として被告に納付した金員のうち、前記無効部分に係る金一五四万〇五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

第三請求の原因に対する認否

請求の原因一の事実は認める。同二の1のうち、原告がその主張の日に本件土地を訴外会社に売却した事実は認めるが、その余は争う。同二の2のうち、原告が国税局の査察を受けたこと(なお、その日は昭和四八年五月二二日である。)、昭和四九年九月一七日国税局に出頭したこと、国税局係官が所得金額等の計算結果を原告に示したこと、原告が本件土地の売却代金を九八七万円として本件修正申告に係る所得金額を計算したことは認めるが、その余は争う。同二の4は争う。

第四被告の主張

一  原告は訴外会社に対する本件土地の売買代金を九八七万円と誤信したと主張する。

しかしながら、国税局の係官が原告に示した所得金額の計算の基礎となる売上、仕入、経費の各数額は、原告から昭和四九年八月三日付で国税局の楢本係官に提出した答申書のほか訴外会社代表取締役千葉仁也が昭和四八年一二月二〇日付で同小松係官に提出した答申書及びその他の国税局係官による本件土地売買の仲介者等に対する反面調査の結果を総合判断して決定したものであり、とりわけ右原告提出に係る答申書添付の簿外不動産取引明細表に「売上年月日昭和四六年一〇月二二日、売上先有限会社千葉工業、売上金額九八七万円」と記載されており、かつ同明細表の備考欄に「この取引金額の契約書は作りませんでしたが、手数料とも実取引額に間違いありません。」と明記されていることからすれば、原告は前記係官から示された各数額の内容を十分に熟知していたものであり、本件修正申告のうち本件土地売買代金に係る部分は誤信に基づいてされたものではない。

二  仮に本件修正申告について原告が主張する錯誤があつたとしても、その錯誤は客観的に明白かつ重大なものではないから、修正申告が無効となるものではない。

第五原告の反論

被告は、原告が昭和四九年八月三日付答申書により本件土地の売買金額が九八七万円であることを自認しているから、本件修正申告については錯誤はないと主張するが、原告は右答申書の作成自体につき本件修正申告についてと同一の錯誤に陥つていたのであつて、同答申書に右金額が記載されているからといつて本件修正申告に錯誤がなかつたことにはならない。

第六証拠関係

一  原告

1  甲第一号証の一、二、第二号証ないし第四号証、第五号証の一ないし七、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二及び第一〇号証ないし第一二号証を提出(第一号証の一、二、第二号証ないし第四号証、第五号証の六、七及び第六号証は写をもつて提出)

2  原告本人尋問の結果を援用

3  乙号各証の原本の存在及び成立は認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二を提出(ただし、写をもつて提出)

2  甲第一号証の二の原本の存在及び成立並びに第一〇号証の成立はいずれも知らない。その余の甲号各証の成立(第一号証の一、第二号証ないし第四号証、第五号証の六、七及び第六号証については原本の存在及び成立)はいずれも認める。

理由

一  請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件修正申告のうち所得金額五八〇八万五九七八円、税額三一九七万一〇五〇円を超える部分は、原告が昭和四六年一〇月二二日本件土地を訴外会社に売却した(この事実は当事者間に争いがない。)売却代金は七五〇万円であり、右売却に係る所得金額は一三四万一〇〇〇円であるのを錯誤によりそれぞれ九八七万円及び三七一万一〇〇〇円と誤信して修正申告をした(原告が本件土地の売却代金を九八七万円として本件修正申告に係る所得金額を計算したことは当事者間に争いがない。)ものであるから、無効であると主張する。

しかしながら、修正申告書記載の課税標準等又は税額等の計算の過誤の是正につき、国税通則法第二三条所定の更正の請求の方法によらないで、その記載内容につき錯誤を主張し得るのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、法に定める方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限られるものと解すべきである。

ところで、本件において原告が錯誤として主張する事実関係は、前示のとおり本件土地の売却代金額等を誤信して修正申告をしたというにとどまり、本件修正申告書自体に誤記、誤算等外部的に明白な誤謬が存在するという場合ではないのみならず、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証の一、二並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、本件修正申告より先昭和四九年八月三日付で国税局の楢本係官に対し答申書と題する書面を提出し、同答申書添付の簿外不動産取引明細表中には、本件土地売買につき、売買代金九八七万円、仲介料有限会社豊島屋商事に対し二〇万円支払つた旨の記載があるほか、その備考欄に「この取引金額の契約書は作りませんでしたが、手数料とも実取引額に間違いありません。」と記載されていること、同答申書は国税査察官が原告に対してした査察結果を記載した文書を原告において調査検討した結果作成したものであること(なお、原告は右答申書作成時にすでに本件土地の売却代金額につき誤信があつた旨主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分があるけれども、同供述部分は前掲乙第一号証の一と対比して措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。)、右答申書とは別に本件土地の買主である有限会社千葉工業の代表取締役千葉仁也から国税局の小松係官に対し昭和四八年一二月二〇日付で答申書と題する書面が提出され、同答申書には本件土地の売買代金額は九八七万円と記載されていること、以上の事実が認められ、これらの事実に照らせば、仮に本件修正申告書の記載内容に原告の主張する錯誤があつたとしても、その錯誤が客観的に明白なものと到底いえない。

したがつて、本件修正申告の一部の錯誤による無効を主張する前示原告の主張は失当といわねばならず、右修正申告の無効を前提とする本件決定の無効の主張もまた失当である。

三  よつて、原告の本訴各請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないことに帰するから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長 裁判官 三好達 裁判官 菅原晴郎 裁判官 山崎敏充)

別表一

<省略>

但し、右記載の修正申告に係る所得税額は源泉徴収税額二二万〇二五〇円を控除した後の金額である。

別表二

<省略>

別紙

<省略>

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