東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10417号 判決 1980年4月14日
原告 安尾守
右訴訟代理人弁護士 川村武郎
右訴訟復代理人弁護士 古城春実
被告 協和住宅株式会社
右代表者代表取締役 奥山長太郎
右訴訟代理人弁護士 小川利明
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金二九四万二九八〇円及びこれに対する昭和五二年四月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告と被告とは、昭和五一年六月一〇日、原告を注文主、被告を請負人とする次の内容の建築請負契約(以下本件契約という)を締結した。
(一) 被告は東京都小平市天神町一―二二九―五二の場所(以下本件土地という)に建築面積一一二・七五平方メートルの四世帯用アパート(以下本件アパートという)を着工の日から七五日以内に建築、完成する。(以下本件工事という)
(二) 本件工事の請負代金は九九七万円とする。
(三) 次の各号の一にあたるときは、原告は本件契約を解除することができる。この場合原告は被告に損害の賠償を求めることができる。(第二二条第二項)
(1) 本件工事が著しく遅れ、工期内または期限後相当期間内に被告がこれを完成する見込みがないことが明らかになったとき(同項第二号)
(2) 被告が本件契約の解除を申出たとき(同項第六号)
2 被告は昭和五一年九月二五日本件アパートの基礎工事に着手したが、その直後に本件工事を中断し、前記約定工期よりはるか後の昭和五二年四月に至るも本件工事を再開しない。
3 さらに被告は、(本件契約第二三条第二項の各号の一に該当する事由がないのに)昭和五二年四月三日到達の書面をもって原告に対し本件契約を解除する旨の意思表示をした。
4 そこで原告は、本件契約第二二条第二項第二号及び第六号に基づき、昭和五二年四月三日被告に対し、口頭で、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
5 被告の前記2、3記載の各所為により原告は次のとおりの損害をこうむった。
(一) 税金追加支払分 金五二万二九八〇円
原告は国分寺市本多五丁目(首都圏整備法第二条第三項の「既成市街地」にあたる)に土地、建物を所有し、右建物を第三者に賃貸していたが、昭和五〇年八月にこれらの土地、建物を金八〇〇万円にて第三者に売却した。そして原告は昭和五一年六月本件土地(同条項の「既成市街地」にあたらない)を金一二二〇万円にて第三者から買受け、さらに右買受け後一年以内に前記1記載のとおり本件土地上に本件アパートを建築してこれを第三者に賃貸する計画であった。
この様に既成市街地内の事業(賃貸)の用に供している土地、建物を譲渡し、一年以内に既成市街地以外の地域内の土地を取得し、さらに右取得の日から一年以内に右土地を事業の用に供するときは、租税特別措置法(昭和三二年法第二六号)第三七条第一項、表の一により譲渡所得に対し免税措置がとられている。
ところが、前記の様に被告が本件アパートを完成しないため、原告は本件土地を昭和五二年六月までに事業の用に供することができず、右免税の特典を失い、昭和五二年九月二九日国に対し修正申告をして前記国分寺市本多五丁目の土地、建物の譲渡の所得税金五二万二九八〇円を納付し、右同額の損害をこうむった。
そして被告は右の免税の事情を知っていた。
(二) 賃料収入 金一九二万円
原告は本件アパートを第三者に賃貸し、一か月金一六万円(四部屋分)の賃料収入を得ることができたはずであるが、本件建物の完成が予定工期の昭和五一年一二月一〇日ころより少なくとも一年間は遅れたので、一年分の得べかりし賃料収入を失った。
そして被告は右の賃料収入の事情を知っていた。
(三) 工事費の増加 金五〇万円
被告が本件アパートを完成しないため、本件アパート建築工事の実施は少なくとも一年間は遅延したが、その間に工事費の値上がり分は金五〇万円を下らず、原告は右値上り分相当額の損害を蒙った。
6 よって、原告は被告に対し、右損害合計金二九四万二九八〇円及びこれに対する本契約解除の日の翌日である昭和五二年四月四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、工事代金額を否認し、その余は認める。工事代金額は九五〇万円である。
2 同2の事実中、工事着手の日を否認し、その余は認める。工事着手の日は昭和五一年九月二九日である。
3 同3の事実中、被告が原告に対し昭和五二年四月三日到達の書面をもって本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは認める。
4 同4の事実は否認する。
5 同5(一)の事実中、原告が国分寺市に土地、建物を所有し右建物を第三者に賃貸していたが、これらの土地、建物を売却したこと、原告が本件土地を買受け右土地上に本件アパートを建築しようとしたこと、及び原告が国分寺市の土地、建物の譲渡につき免税措置が受けられる旨を被告において聞知していたことは認め、その余は不知。
同5(二)、(三)の事実は否認する。
三 抗弁
1 被告が本件アパート建築工事を中断したのは、以下のとおり、被告の責に帰し得ない事由によるものである。
(一) 本件土地がある小平市天神台団地(以下本件団地という)には下水道の設備がなく、小平市は同団地の住民に対し、各戸に吸込槽のほか汲取槽を設置し、風呂水、洗濯水等の雑排水は吸込槽に、便所又は浄化槽の汚水は汲取槽(一五日に一回程度の汲取で処理できる容積量の汲取槽)に流すように指導していた。ところが、本件団地の先住者である約三〇世帯は、それぞれ浄化槽の汚水を吸込槽に流し込んでいたので、各戸の吸込槽の満水が早くなり、各世帯とも平均一〇日に一回の割合で小平市に汲取を依頼していた。そこで、多摩東部建築指導事務所は、本件アパートの建築についても、既設の吸込槽(雑排水用)のほかに汲取槽を設置するよう指導し、本件アパートの便所は汲取式として建築確認を得た。
しかし原告の希望により、原被告間では、実際には、右建築確認の趣旨と異り、汲取槽を設置せず、雑排水のみならず便所の汚水をも既設の吸込槽に流す方式によることを合意していた。
(二) ところが被告が本件アパートの基礎工事に着手した直後から、地元の「天神台自治会」が「下水処理及び環境の悪化」すなわち、本件土地に既設の吸込槽はもともと個人住宅用であり、ここに四世帯用の本件アパートを建築すれば、雑排水、汚水等の下水処理事情はさらに悪化し、小平市のバキュームカーの出動回数が増加し、本件団地の個人住宅地としての環境が害われることを主たる理由として、本件アパートの建築に反対し、右の改善策等について合意に達しないかぎり、工事の続行を停止せよと迫り、実力による建築工事の妨害を含む強硬な反対運動をおこした。そのため、本件工事の続行は、以後事実上不可能になった。
(三) そこで、被告は右反対者と数次にわたり折衝したが、工事続行について了解を得られなかったので、昭和五二年二月二八日、原告の妻を介して原告に対し、「本件アパートの世帯数を減じて反対運動者の了解を得るか、建築確認通知書どおり汲取槽工事を施工するように工事内容を変更すること、ただし、後者の場合は原告においてこれに要する工事費を負担すること」等の解決案を示して協議を求めた。(なお、簡易水洗方式は四世帯では無理であり、これによることを合意したことはない。)
ところが原告は、あくまで当初の計画どおりの工事の実施を被告に求め、反対運動者の実力行使による本件工事の阻止に対しては、法的措置を講じてでも排除すべき旨を要求した。
(四) しかし、このような場合、被告には裁判所に対し建築工事妨害禁止の仮処分を申請すべき義務はない。なぜならば本件契約中の第一一条は被告がそのような義務までを負う旨の規定ではないし、また仮に仮処分申請義務があるとしても、本件契約は前述のとおり、汚水処理方法の点で建築確認に反した違法建築を目的としたものであり、被保全権利が違法なものとなるから、仮処分決定を得ることも法的に不可能だからである。
2(一) 本件契約第二二条第二項第六号の約定解除権については、「被告が本件契約第二三条第二項の各号の一に規定する理由がないのに契約の解除を申出たとき」に生じるものとする条項が原被告間に成立した。(第二二条第二項第六号)
(二) そして本件契約には次のような特約がある。
(1) 工事施工にあたり、設計図及び仕様書と工事現場の状態が一致しない場合、或いは地盤等について予期せざる状態が発生し、設計図及び仕様書どおりの工事が困難となった場合は、原告、被告協議のうえ設計図及び仕様書を変更して工事する。この変更により請負代金を変更する必要があるときは原告、被告協議して定める。(第八条)
(2) 原告が正当な理由なく第八条の協議に応ぜず、被告が相当の期間を定めて催告してもなお原告に解決の誠意が認められないときは、被告は工事を中止することができる。(第二三条第一項第二号)
(3) 原告の責に帰する事由による工事の遅延または中止期間が三分の一以上または二月以上になったときは、被告は契約を解除できる。(第二三条第二項第一号)
(三) 被告は抗弁1記載の事情により本件工事を続行することが困難であった。
(四) そのため、被告は昭和五二年二月二八日ころ原告に対し、設計図及び仕様書の変更の協議を申込み、建築確認どおり汲取槽設置工事を実施するか、あるいは汲取槽設置工事を省略するのであればアパートの世帯数を四世帯から二世帯に減じて反対派の了承を得ることを提案したが、原告はこれを受け入れず、被告に対し、あくまで当初の計画どおりの工事の実施を求めた。
(五) そこで被告は本件契約第二三条第一項第二号により本件工事を中止し、右中止の期間が工期の三分の一(二五日)を超えた後の昭和五二年四月三日に、本件契約第二三条第二項第一号により本件契約解除の意思表示をしたものである。したがって右解除は正当な理由に基づくものである。
四 抗弁に対する認否等
1 抗弁1冒頭の、被告に帰責事由がないとの点は争う。
同1(一)の事実中、本件アパート附近の住宅の汚水処理は全て浄化槽方式であったこと、本件アパートは汲取槽を設置することとして建築確認を得たこと、しかし実際に行う工事は汲取槽を設置せず、浄化槽を設置することを原告が希望し、そのとおり施工することを合意していたことは認める。ただし、原告は浄化槽方式が不可能であれば汲取式でも差し支えないと考えていたが、被告が浄化槽方式が可能であると断言したものである。多摩東部建築指導事務所の指導内容は不知。
同1(二)の事実中、被告が本件アパートの基礎工事に着手した直後から、下水処理の悪化等を理由とする本件アパート建築反対運動が起きたことは認め、その余は否認する。右反対運動は相当多数の者が参加している形をとってはいるが、実態は本件土地の隣に居住している訴外小川文雄のみが行っているものであり、被告が本件工事を続行することは十分可能であった。右反対運動は、その理由として、共同住宅としての汚水処理の具体的方法、共同住宅居住者用の駐車場確保、同ごみ置場の設置及びプライバシー確保のための目隠し設置の四項目を掲げていたが、その真意は要するに、個人住宅なら良いが、アパートを造られたらいやであるという無理無態なものであった。
仮に右反対運動が工事の続行を事実上不可能とする程度のものであったとしても、同反対運動は昭和五一年一〇月中旬には実質的に消滅したからそれ以後は工事を再開することが可能であった。
同1(三)の事実中、昭和五二年二月二八日被告から原告に対して、被告主張のような解決案の提示があったことは認めるが、その余は争う。被告は、汲取式の便槽であってもコップ一杯の水で処理しうる簡易水洗方式があるので、これによって施工したい旨を申入れ、原告も了承したこともあったのに、昭和五二年二月二八日突如として、汲取槽工事には約三〇〇万円必要であると言い出して、本件工事を続行する意思を放棄するに至ったものである。
同1(四)の事実中、本件アパートが違法建築となることは認め、その余は否認する。本件契約中には「施工のため第三者の生命、身体に危害を及ぼし、財産などに損害を与えたとき、または第三者との間に紛議を生じたときは、被告がその処理、解決にあたる。ただし、被告だけで解決し難いときは原告は被告に協力する。これに要した費用は被告の負担とし、工期は延長しない。」(第一一条第一項)旨の規定がある。したがって、被告は右規定により建築工事妨害禁止の仮処分を申請すべき義務がある。仮に右規定が被告自身の仮処分申請義務を定めたものではないとしても、被告は紛争解決のため原告に対し仮処分を申請すべきことを積極的に助言すべき義務があることは明らかである。なお、本件工事が建築確認に反する違法建築であるからといって、私法上の被保全権利がないことにはならないから仮処分決定を得ることは可能である。
2 同2(一)の事実は認める。
同2(二)の事実は認める。
同2(三)の事実は否認する。
同2(四)の事実は認める。
同2(五)の事実は工事の中止及び契約解除の意思表示の点を除き否認する。
前述のとおり被告が本件アパート建築工事を続行することは事実上も法律上も可能であったから、本件の事態は本件契約第八条の「設計図及び仕様書どおりの工事が困難となった場合」に該当せず、従って原告は被告の設計図及び仕様書の変更協議の申込みに応じる義務はない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実(請負代金の額の点を除く)は当事者間に争いがない。
二 請求原因2の事実は工事着手の日を除き当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると工事着手の日は昭和五一年九月二九日であると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 被告が原告に対し昭和五二年四月三日到達の書面をもって本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
四 そこで抗弁1について判断する。
1 前記一ないし三の各事実と《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は昭和五一年六月に本件土地を購入し被告との間で本件契約を締結したが、本件契約の下水処理の仕様は、汲取槽は設置せず雑排水(風呂水、洗濯水等)と便所(水洗式)の汚水の両方を本件土地に既設の吸込槽に流して処理するというものであった。この工事仕様は以下のとおり建築確認に反する違法なものである。
すなわち、本件団地には下水道の設備がなく、このため小平市は各戸に雑排水は吸込槽に、便所汚水は汲取槽に流すように指導していた。しかし現実には同団地の居住者の大部分は、汲取槽を設置せずに雑排水と便所汚水の両方を吸込槽に流しており、原告自身も工事代金の高額化を招く汲取槽の設置には難色を示したこと、本件土地の既設の吸込槽は直径約一・二メートル、深さ約八メートルであるがこれを深さ約一二メートルまで掘り下げることにより容量の増大をはかることが可能であること等の理由により、原告と被告とは汲取槽を設置することとして建築確認をとりながら、真実は汲取槽を設置しない仕様に基づく工事を行うことを合意したものである。(本件契約の下水処理の仕様の内容及び建築確認の内容との相違は当事者間に争いがない。)
(二) 本件団地は、西側地区は小金井建設が全区画に個人用住宅を建築して分譲し、東側地区は山九運輸機工が一区画おきに個人用住宅を建築し、残区画は更地のまま分譲したものであり、本件土地は右の更地のまま分譲された区画のうちの一つである。ところで、山九運輸機工もしくはその仲介者は、右の家付の区画を分譲する際に、更地の区画は工場やアパートを建てる予定の人には売らない旨を口頭で説明したため、本件団地の住民のなかにはこの言を信じ、本件団地内には個人住宅のみが建築され、良好な住環境が形成されると信じた者が多かった。(もっとも、原告に本件土地を売却したときは、売主はそのような制約を告げていない。)
(三) 前述のように天神台団地の住民の大部分は、汲取槽を設置せず、雑排水のみならず便所汚水までも吸込槽に流していたため、各戸に吸込槽は短期間で満水になり、本件団地内へのバキュームカーの出動はきわめてひんぱんであり、衛生、交通安全の面でも同団地の居住者にとって問題となっていた(早い家で四、五日に一回、平均して一〇日に一回程度)。
(四) 本件団地の住民で組織されている天神台自治会(約三〇世帯、会長山内正名、以上いずれも当時)は昭和五一年夏ごろ本件土地上に本件アパートが建築されることを知り、総会を開催し、(二)、(三)記載の各事情に照らし本件アパートが建築されると個人用住宅団地としての環境が悪化すること及びアパート四世帯の下水(汚水及び雑排水)処理はまず不可能であることを理由に、本件工事に反対することを決議し、また山九運輸機工にも抗議することを決めた。
(五) 被告は昭和五一年九月二九日本件アパートの基礎工事に着手したところ、直ちに天神台自治会の役員及び本件土地の隣に居住する小川文雄の妻ら近所の主婦約一〇名が現場に集まり、本件工事反対と叫んで、コンクリートミキサー車の前面に立ちふさがり、コンクリートの搬入を阻止した。さらに右反対者らは、被告がもし工事を続行すれば、スクラムを組み、あるいは自分達の自動車を道路にならべコンクリートミキサー車が入ってこないようにするなどと騒ぎたてた。
このため被告はやむを得ず工事を中断し、とりあえず原、被告と天神台自治会が本件工事について話し合いをすることにした。(被告が本件アパートの基礎工事に着手した直後に反対行動があったことは当事者間に争いがない。)
(六) 右話し合いの席において、自治会は原、被告に対し、個人用住宅団地としての環境の悪化、アパート四世帯分の排水、汚水を処理することが不可能であることを主たる理由として本件工事に反対するとして、これらの問題点の改善方を要求し、かつ、この点で合意に達するまで本件工事は中止すべきであり、もし中止しなければ自治会をあげて妨害すると重ねてその態度を明らかにした。また反対運動の中心的存在である小川文雄は、個人的要望として本件アパートの世帯数を二世帯に減らすことを求めた。
その後、自治会側は小川を窓口とし、原、被告側は被告社員の関口堯を中心として、ひんぱんに交渉を重ねたが合意に至らなかった。
(七) 被告は昭和五一年一〇月八日、本件アパートの基礎工事が中途半端であるので区切りの良い所までやらせてほしいとして、本件工事を再開し、ベース生コンクリート打ち込みと仮枠組までは完了したが、その後の工事は現場に集まった自治会役員及び主婦約七、八名によって阻止された。特に、小川の妻は右阻止行動の際、コンクリートミキサー車の下にもぐり込み、地面に寝ころんだまま「死んでも反対する」などと叫んで騒いだ。かくして被告は本件工事を再び中断せざるを得なかった。
(八) 以後原、被告は自治会、小川と再三にわたり話し合いを重ね、原、被告は排水、汚水の処理事情を改善すべく既設の吸込槽を深さ八メートルから深さ一二メートルに掘り下げるほか、新たに別の吸込槽を設置することを提案したが、自治会は右の提案では承諾できないとし、結局もの別れに終った。
(九) そこで原、被告は昭和五一年一二月二〇日天神台自治会に対し、「工事再開予定のお知らせ」と題する書面を郵送し、原、被告は自治会の要望に対しては話し合いの過程においてできうる限りの譲歩をしたことを主たる理由として、本件アパート建築工事を再開すること及び自治会があくまで反対、妨害をする場合は第三者に良否を判断してもらう所存であることを通知した。
これに対して、天神台自治会は昭和五二年一月五日付の書面を郵送し、原告に対し自治会として本件アパートの建築に反対する旨を返事した。
(一〇) このため被告は、自治会の反対運動がある以上工事の再開は事実上不可能であると判断し、事態を打開するため、昭和五二年一月から二月二八日にかけて原告に対し、(1)約三〇〇万円の費用をかけて建築確認申請書どおりの汲取槽設置工事を実施するか、(2)アパートの世帯数を二世帯に減らすように工事規模の変更を求めたが、原告はいずれの提案についても工事代金額の点を不満として右各提案を受けいれず、却って被告に対し本件契約の仕様どおりの工事を早急に実施するように強硬に申し入れ、もし実施しなければ損害賠償の請求をも辞さないとの態度を示した。(被告が昭和五二年二月二八日原告に対し(1)、(2)の内容の提案をしたが原告がこれを拒絶したことは当事者間に争いがない。)
(一一) そこで被告は昭和五二年三月ころ、最後の手段として、反対運動の中心的存在と目される小川文雄と直接交渉を行い、反対者を説得する道を探ろうとして、原告に対しては同年三月末日までの猶予を乞い、他方小川文雄に面会を申し入れたが、同人より面会を拒絶され交渉することができなかった。
(一二) これより前被告の社員関口は昭和五二年三月一七日原告の本件訴訟代理人である弁護士川村武郎の許に、原告の妻と共に出向いたところ、被告において反対運動をする者に対して工事妨害禁止の仮処分を申請し、本件工事を続行しないときは、原告から損害賠償を請求されてもやむをえないと告げられていた。
(一三) かくして被告は、その本件訴訟代理人を通じて原告に対し、本件契約解除の意思表示をした。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
2 右事実によると、反対運動は地元の自治会ぐるみの実力行使を伴う激しいものであり、被告が昭和五一年九月二九日及び同年一〇月八日の二度にわたり工事を中断したのはやむを得ないことである。また自治会の反対運動は昭和五二年三月に至るも継続しており、被告が工事を再開すれば直ちに従前のような実力による妨害を受けることが十分に予想される情況にあったものと認められるから、本件工事を再開するときは人命、身体に対する不測の事故を惹き起す危険が現実に存在したものであり、結局、被告が本件アパートの建築工事を実施することは社会通念に照らし、事実上不可能であったというべきである。
3 原告は、本件契約中の第一一条の規定により、被告にかかる建築工事妨害に対処して、その妨害禁止の仮処分を申請すべき義務があり、この法的措置を講じない以上、責に帰し得ない中断とは言えないと争う。
《証拠省略》によると、本件契約の第一一条には
(1) 施工のため第三者の生命、身体に危害を及ぼし、財産などに損害を与えたとき、又は第三者との間に紛議を生じたときは、被告がその処理、解決にあたる。
ただし、被告だけで解決し難いときは、原告は被告に協力する。これに要した費用は被告の負担とし、工期は延長しない。(第一項)
(2) 被告の責に帰することのできない理由によって生じたときは、その費用は原告の負担とし、必要によって被告に工期の延長を求めることができる。(第二項)
と規定されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。(右(1)の条項の内容は被告が明らかに争わない。)
ところで、右条項は「施工のため」という限定が付されており、かつ、第一項では被告を費用負担者とし、工期も延長しない旨の定めがあることから考えれば、第一一条は全体として、施工に伴う騒音、振動、粉塵、土砂崩れ等を原因として第三者との間に紛議が発生した場合に限定して、これを規定したものであることは文理上明らかである。けだし、第一一条が請負人である被告に紛議解決の第一次的責任を負わせたのは、施工方法の如何は請負人の処分、選択の可能な領域であることに由来すると解されるからである。
そうだとすると、天神台自治会との間の前示認定の紛争は、本件アパートの建築計画自体の是非、世帯数の妥当性、下水道設備の内容、規模に関して発生したものであり、本件契約の注文主にのみ処分権がある事柄をめぐるものであるから、右に言う施工に関する紛議には該当しないし、また被告において処分、選択の可能な領域における紛議でもないから、本条項によって被告が原告主張のような保全処分をなすべき義務を負うものではないというべきである。
他に原告との関係で被告に仮処分申請義務の成立を認めるに足りる証拠はない。
4 なお、原告は「被告はすくなくとも原告に対して仮処分を申請すべきことを助言する義務がある」と主張するが、《証拠省略》によると原告及び原告の妻の園子は昭和五一年中に弁護士と相談し、被告において仮処分を申請すべき法律上の義務があるとの考えを抱き、昭和五二年に入り被告に対し仮処分を申請すべきことを要求したところ、被告から拒絶されたことが認められ(右認定に反する証拠はない)、被告が仮処分申請の助言をしなかったことと、原告が自ら仮処分の申請をしなかったこととの間に因果関係がないことが明らかであるから、原告の主張は助言義務の当否につき判断するまでもなく理由がない。
5 以上の事実によれば、被告が本件アパート建築工事を続行しなかったことにつき、被告に帰責事由がないというべきであり、他に被告の帰責事由を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告の本件契約第二二条第二項第二号に基づく解除並びに損害賠償の主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
五 次に本件契約第二二条第二項第六号に基づく解除の当否(抗弁2)につき判断する。
1 抗弁2(一)、(二)及び(四)の事実は当事者間に争いがない。
2 被告が本件アパート建築工事を続行することは反対運動のために事実上不可能であり、これが被告の責に帰し得ないものであること、他方原告は自ら建築工事妨害禁止の仮処分を申請する意思がなかったことは前記認定のとおりである。
3 右の2記載の事情は本件契約第八条の「地盤等について予期せざる状態が発生し、設計図及び仕様書どおりの工事が困難となった場合」に該当するから、被告の設計図及び仕様書の変更の協議の申入れは正当である。そして、本件アパートは建築確認手続上、汲取槽を設置すべきものとされていたこと、天神台自治会の原告、被告に対する主たる要求が本件アパートの下水処理設備計画の改善にあったこと、小川文雄が原告に対し本件アパートの世帯数の削減を個人的に要望していたこと、被告には原告主張のような仮処分申請義務はないこと等の前記認定の諸事情に鑑みれば、被告の抗弁2(四)記載の各提案の内容はいずれも事態の解決をはかるものとして一応合理的なものと認められる。したがって、原告が右提案を拒絶し、前記四1認定のとおり、あくまでも本件契約に定められた当初の計画どおりの工事の再開、さらには弁護士を通じて損害賠償請求の予告をなし続行を求めたことによって、原告は第八条に基づく設計等の変更の協議には応じない意思を明示したものであり、しかも、右の意思は飜意の余地がないことをも確定的に明らかにしたものと言うことができる。
したがって、被告は、本件契約第二三条第一項第二号に基づき、本件工事を中止する正当な事由があり、原告が飜意して協議に応じる余地のないことを確定的に示した以上、同項同号に定める相当の期間を定めた催告はもはやこれを要しないものと解して妨げない。
そうすると、原告の右拒絶の日の翌日である昭和五二年三月一日以降の本件アパート建築工事の中止については原告にも、その責に帰すべき事由が生じたものというべきであり、その期間が工期の三分の一である二五日を超えた後になされた被告の本件契約の解除は、本件契約第二三条第二項第一号の要件を具備する正当なものである。してみると、第二二条第二項第六号に基づく解除権行使の主張もまた失当に帰する。
六 以上のとおり、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官松尾政行、裁判官瀧澤泉はいずれも転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 山本和敏)