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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10932号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

四1 次に、頸椎損傷についての診断及び診断書作成並びに病状照会回答中の、石田につきX線検査にて第四、五頸椎部靱帯の剥離を認める旨の、高宮につきX線検査にて第四、五頸椎間連結の開を認める旨の記載には、故意又は過失に基づく誤りがあつた旨の主張について検討する。

2 <証拠>を総合すると、一般にレントゲン写真から骨部以外の靱帯等の組織の変化を直接判読することはできず、骨部以外の組織の変化は、骨部の異常可動性がある場合に間接的に推測することができるにすぎないこと、第四、五頸椎部靱帯の剥離を推測するには、第四、五頸椎棘突起の開き過ぎの所見がなければならないが、被告の撮影した前記レントゲン写真からは、その所見は判読できず、他にも頸椎の異常可動性は見られないこと、第四、五頸椎間連結の開を推測するには、第四、五頸椎体間の異常可動性が見られるべきであるが、被告の撮影した高宮の前記レンドゲン写真からはその所見は判読できないことが各認められる。被告本人尋問の結果中には、石田のレントゲン写真から頸骨のずれが判続でき、従つて靱帯剥離を推測できる旨の、また高宮のレントゲン写真から第四、五頸椎の亀裂を判読でき、従つて開を推測できる旨の各供述部分があるが、右供述部分は、<証拠>によれば、被告が右判読ができるとして指摘したレントゲン写真の部分は、いずれも気管の影にすぎず、なんら異常はないことが認められること及び前記認定事実に照らし措信できず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

さらに、前記認定事実、<証拠>を総合すると、頸椎損傷とは、頸椎に骨折あるいは脱臼がある症状であること、本件事故における原告車の衝突時の速度は毎時約三キロメートル程度であつたこと、前記各レントゲン写真からは頸椎に異常は認められないこと、石田及び高宮は頸部挫傷を負つた場合に通常見られる程度の入通院期間を経た後完治したことが認められる。右各事実を総合すると、頸椎に骨折あるいは脱臼を生ずるほどの頸椎損傷は生じなかつたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3 以上によれば、前記四の1の診断、診断書作成、病状照会回答には誤りがあつたことになるので、次に右誤りについての故意又は過失の存否について検討する。

原告は、被告の過剰診療によつて利益をあげようとの意図のもとに、ことさらに症状をねつ造して右誤つた診断をした旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。被告が検察官に対する回答書を作成した時点においては、その記載に照らし、既に石田、高宮両名に対する治療は終つているのであるから、特に過剰診療により不正の利を得るためことさら虚偽の記載をする必要があつたとは認め難いし、その他特に、故意に虚偽の記載をなすべき事情があつたものと認められない。却つて被告人尋問の結果によれば、被告は頸椎損傷の存在並びに靱帯剥離及び開がレントゲン写真から推測できることを確信していたことが認められるので、故意の主張は理由がない。

次に過失について検討するに、前記認定事実及び<証拠>を総合すると、前記のように問診等により石田、高宮両名につき認めた圧痛、頸部運動障害等の症状を参考にしたうえで石田、高宮両名の前記レントゲン写真を見たとしても、それに異常がないことは開業医としての知識及び能力を有する医師であれば容易に判断できることが認められる。そして医師がレントゲン写真の判読をするについては、それが診断するうえで重要な参考資料となることが多いのであるから、正しく判読できる知識を身につけたうえで慎重にレントゲン写真を判読すべき注意義務があるところ、被告は、右注意義務を怠り判読を誤つたものであるから過失があるというべきである。

五次に、四で判断した過失行為と本件起訴との因果関係について検討する。

<証拠>によれば、本件起訴は石田に治癒約七週間、高宮に治癒約六週間のいずれも頸部挫傷を与えたものとして起訴し、被告が前記回答書に記載した頸椎部靱帯剥離、頸椎間連結開の傷病名では起訴していないことが認められる。検察官において、本件起訴に際し被告の回答書中から右傷病名を除外してこれを採用しなかつた理由は全証拠を検討してもこれを明らかにすることはできないが、少くとも本件起訴において、事故により発生した結果(傷害の内容)の決定につき、被告の右誤つた判断部分は採用されず、本件起訴の内容の決定について原因をなしているものとは認められない。

また、本件起訴において傷病名が単に頸椎挫傷とされ、回答中の右傷病名を採用していないこと、傷病名の如何に拘らず、石田、高宮両名の治療に要した期間が前記認定のとおりであることに照らすと、被告の回答書中の傷病名が単に頸椎挫傷とされていれば、事案軽微として不起訴処分にされたと推断することは到底できないし、更に検察官が右回答書中の傷病名をもつて、本件事故の追突の態様、程度を推認し本件起訴を決定したと認めるに足りる証拠はない。却つて、本件起訴の傷病名を頸椎挫傷に止めていること<証拠>を総合すると、検察官は、頸部挫傷の記載のある診断書、回答のほかに、「衝突の際首がガクンと後にいつた、その後頭や首が痛かつた趣旨」の供述がある石田、高宮両名の捜査機関に対する供述調書、本件事故の発生状況を示す実況見分調書、本件事故による原告車の破損状況を示す事故車両撮影報告書等の証拠資料を有していたことが認められるから、仮に、頸椎損傷、靱帯剥離、開についての記載がなかつたとしても、右の証拠資料を総合考慮して本件起訴を決した可能性が十分あるものと認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、被告がレントゲン写真の判読に当つて誤りをなし、その結果検察官に対する回答書に誤つた記載をしたことと本件起訴との間には相当因果関係を認めることはできないものというのほかない。

六、次に、四で判断した過失行為と本件有罪判決との因果関係について検討するに、<証拠>によれば、第一審裁判所は、被告作成の診断書及び病状照会回答書を証拠の一つとして証拠の標目に掲げていることが認められるが、<証拠>によれば、第一審裁判所が認定した傷害としては頸部挫傷であるに過ぎず、右回答書中の頸椎損傷、靱帯剥離、開の記載も右第一審裁判所がどのように評価し、有罪判決の判定にしたかは右判決書の記載からは明らかでない。その他の証拠を検討しても、被告の作成した診断書、回答書の記載が頸部挫傷のみであれば有罪判決に至らなかつたであろうと認めるに足りる証拠は見当らない。

七原告は、被告の偽証の結果、第一審裁判所の判断を誤らしめ本件有罪判決を受ける結果となつた旨主張するので判断する。被告が検察官に対する回答書を記載した段階で、レントゲン写真から頸椎部靱帯剥離、頸椎間連結の開の判断ができると確信していたと認められることは既に判示したとおりであり、その後刑事被告事件の第一審裁判所における証言までの間においてその誤りであることを他から指摘され域は自らこれに気付いたと認めるに足りる資料はないばかりでなく、右証言の内容及び、被告本人尋問の結果を検討しても、既に判示したとおり、その内容は誤つた判断に基くものではあるが、被告の確信に基づくものでことさら虚偽の供述をしているものとは認め難い。

よつて、原告の右主張は理由がない。

八最後に原告は、被告の誤つた診断行為により、石田、高宮両名との間で和解の止むなきに至り和解金を支払つた旨主張するので検討する。

<証拠>によると、原告は石田、高宮両名との間で昭和四八年六月二二日和解契約をし、石田に対し休業補償、慰藉料、交通費、入院雑費等として四六万六五〇〇円、石田が運転していた車両の修理費として七万七三七〇円を、高宮に対し休業補償、慰藉料、交通費、入院雑費等として二〇万円を各支払う旨合意しその支払いをしたことが認められる。

しかし、右支払いの内訳をみると、慰藉料のほかはいずれも、実費であり、うち慰藉料の額をどのように定めたかは明らかでないが、右和解の趣旨に照らし、付せられた傷病名の如何には直接左右されず、現実に生じた症状、入院日数、休業日数等に基づいて決せられたものと認められるのであつて、被告の診断の誤りと相当因果関係があるものということはできない。

(川上正俊 満田忠彦 山田俊雄)

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