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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12079号 判決 1980年11月17日

原告 洪呉振治

被告 国

代理人 石川達紘 金丸義雄 石戸忠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三四万五、〇七〇円及びこれに対する昭和五四年四月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告日本国は、いわゆる日華事変において、占領地における物資の調達費及び諸給与の支払い等軍費の支払いにあてるため、昭和一二年一〇月二二日の閣議決定及び大蔵大臣達に基づき軍用手票(以下「軍票」という。)を発行し、これを占領地(北支を除く支那地区)で使用した。

2  原告は、台湾に居住する台湾島民であるが、被告日本国発行にかかる前記1の軍票一四枚(額面一〇〇円六枚、額面一〇円八枚)を所持している(以下「本件軍票」という。)。

3  本件軍票の裏面には、「此票一到即換正面所開日本通貨」と記載されており、被告日本国は、本件軍票の所持人に対し、軍票をその額面と同額の日本国の通貨に換金することができる旨を定めたものである。

4  したがつて、原告は、被告日本国に対し、本件軍票を日本国通貨に換金することを求める権利を有するところ、本件軍票をその額面で日本国通貨に換金することは、終戦の昭和二〇年八月から今日までの甚だしい貨幣価値の下落に徴し、著しく公平に反するから、事情変更の原則を適用し、本件軍票(額面額六八〇円)を三四万、五、〇七〇円と評価すべきである。

(680円×670.8(昭和52年卸売物価指標)/3.503(昭和20年卸売物価指標)=130,215円…(イ)

130,215円×0.05(法定利率)×33(昭和20年12月から昭和53・12月までの33年)=214,855円…(ロ)

(イ)+(ロ)=345,070円…請求金額)

よつて、原告は、被告に対し、三四万五、〇七〇円及びこれに対する請求の日の後である昭和五四年四月二四日から支払いずみまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち原告が本件軍票を所持していることは認め、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は認め、同4の主張は争う。

三  抗弁

1  被告日本国は、ポツダム宣言を受諾した昭和二〇年八月一四日からサンフランシスコ平和条約が発効した同二七年四月二八日までの間、連合国による占領管理下におかれ、その間、日本国が行う諸政策は、連合国最高指令官の発する指令・覚書等に基づく法令等の形で実施された。

2  前記1のような状況下において、連合国最高指令官は、昭和二〇年九月六日、日本国政府に対し、「法貨ニ関スル覚書」を発し、日本国が発行した軍票を無効無価値とし一切の取引に使用することを禁ずる政策を実施することを指令した。

日本国大蔵省は、昭和二〇年九月一六日、右覚書に基づき軍票を無効無価値とする旨の声明を発した。

よつて、原告の所持する軍票は、右覚書及び声明によつて無効・無価値となつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告日本国が昭和二〇年八月一四日ポツダム宣言を受諾したことは認め、その余の事実は知らない。

2  抗弁2の事実は知らない。原告は、台湾に居住する台湾島民であり、前記覚書及び大蔵省声明になんら拘束されない。

第三証拠 <略>

理由

一  被告日本国が、いわゆる日華事変において、本件軍票を含む軍票を発行し、原告が本件軍票一四枚(額面一〇〇円六枚、額面一〇円八枚)を所持していること及び右軍票の裏面に「此票一到即換正面所開日本通貨」という記載があることは、当事者間に争いがない。

二  被告は、本件軍票は無効無価値となつた旨主張するので、以下この点について判断する。

<証拠略>によれば、被告日本国大蔵省は、日本国が連合国による占領管理下におかれていた昭和二〇年九月一六日、連合国最高指令官の「法貨ニ関スル覚書」に基づき、「日本政府及陸海軍ノ発行セル一切ノ軍票及占領地通貨ハ無効且無価値トシ一切ノ取引ニ於テ之ガ受授ヲ禁止ス」旨の声明を発したことが認められる。

右の声明は、軍票の発行者である日本国が自ら軍票の無効無価値化を宣言したものであり、このような発行者による宣言がされた以上、軍票の所持人が日本国民であると外国人であるとを問わず、軍票を無効、無価値とする効果は、その所持人に対する補償等の問題を残すとしても、絶対的に生じたものというべきである。

したがつて、本件軍票がなお効力を有することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

三  よつて、原告の被告に対する本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川嵜義徳 永吉盛雄 難波孝一)

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