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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1333号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

二被告は、本件所有権移転登記は原告の代理人平沼と被告との間になされた譲渡担保設定契約に基づくものである、と主張する。

しかしながら、原告が平沼に対し、契約締結の相手方を具体的に被告と特定し、これとの間に譲渡担保設定契約を締結することの代理権を授与した事実は、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。

三被告は、仮定的に、民法一〇九条又は一一〇条の表見代理の成立を主張するので、これについて判断する。

<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。

平沼が代表取締役の地位にある三晃運輸は、昭和五一年六月ごろ以降数回にわたり、無担保で、金融業者である被告から経営資金の融通を受けてきたが、同年一〇月ごろ、累積借入額が金五九二万円の多額に達したため、被告から担保の提供を求められるに至つた。

ところが、当時三晃運輸及び平沼には、担保として提供すべき資産がなかつたところから、平沼は、三晃運輸の従業員である原告から担保の提供を得ようと考え、そのころ、原告に対し、三晃運輸が銀行から経営資金一〇〇万円の融資を受けるについて本件建物に抵当権を設定してほしいこと、原告がこれに応じ銀行からの借入が奏功したときは三晃運輸は原告に対し右借入金の中から原告に対する二か月分の未払賃金を即時に支払うほか当分の間一か月につき金二万円の謝礼金を支払うこと、を再三にわたり申し述べて、担保の提供方を懇請した。

そこで、原告は、右要請に応じ、平沼に対し、三晃運輸の銀行に対する金一〇〇万円の借受金債務の支払を担保するために、平沼が原告を代理して、銀行との間に本件建物につき抵当権設定契約をなすこと及びその旨の登記手続をなすことの権限を授与し、同人に対し、右手続に使用する目的のもとに、原告の白紙委任状及び印鑑証明書各二通、本件建物の登記済権利証一通、本件建物のいわゆる住宅ローンの債権者であり本件建物についての一番抵当権者である株式会社平和相互銀行作成の融資金残高証明書一通等を交付した。

ところが、平沼は、そのころ、被告に対し、原告から交付を受けた右各書類並びに原告の署名捺印があり三晃運輸の第三者に対する借受金債務につき原告が本件建物を担保として提供することを承諾する旨の文言が平沼によつて記載された三晃運輸宛の承諾書一通及び原告自筆の履歴書一通を示し、三晃運輸の従業員である原告が三晃運輸の被告に対する既存及び将来の借受金債務について本件建物を担保として提供する意思を有すること、同人が原告を代理して本件建物につき担保権を設定する権限を有していること、を述べた。

そこで、被告は、原告とはそれまでに面識がなく取引もなかつたが、平沼の右言動と右各書類とにより、同人に右代理権があるものと信じて、そのころ、同人との間において、口頭により、被告の三晃運輸に対する既存及び将来の貸金債権を被担保債権として、本件建物につき、担保権の形式及び内容は被告の選択による旨の担保権設定契約を設定し、同人から右各書類の交付を受け、その後、担保の形式及び内容は譲渡担保を選択し、右各書類のうち、登記済権利証、印鑑証明書及び白紙委任状を使用して、自己のために、譲渡担保を原因とする前記所有権移転登記をなした。

以上のとおり認められ、<る>。

以上の事実に基づき、表見代理の成否について判断する。

一般に、本人から銀行との間に抵当権設定契約を締結する代理権を授与された他人が、権限を踰越して、銀行以外の第三者との間に譲渡担保権設定契約を締結した場合において、その他人が、契約締結にあたり、右第三者に対し、本人所有の不動産の登記済権利証、本人の白紙委任状、本人の印鑑証明書を提示し、代理権を有する旨を告げたときは、特別の事情がない限り、右第三者には、その他人が自己との契約締結の代理権を有すると信ずるにつき、正当の理由がある、というべきである。

これを本件についてみると、被告は、平沼から原告所有の本件建物の登記済権利証、原告の白紙委任状、原告の印鑑証明書の提示を受け、同人から代理権の存在を告げられたのであるから、他に特別の事情がない限り、同人に自己との契約締結の代理権ありと信ずるについて、正当の理由があつたものというべきこととなる。

しかしながら、本件においては、被告は、平沼から、原告は三晃運輸の従業員である旨を告げられたのみで、原告とはそれまでに一面識もなかつたこと、被担保債権は新たな貸金のみではなくすでに発生している金五九二万円もの高額の貸金債権を含むものであること、また、被担保債権は極度額が無限定で存続期間が無期限であること、担保の形式は債権者に所有権を移転する形式のものであること、自称代理人は主債務者の代表取締役であつて、代理行為である譲渡担保設定契約は実質上は代理人の利益のためのものであること、等の事情が存したのであるから、金融業者である被告としては、右代理行為によつて、代理人が実質上の利益を受けるのに対し主債務者の単なる従業員にすぎない原告が著しく不利益な内容の担保提供をなすことについて疑念を抱き、原告に照会をなすなどして、原告の担保提供意思及び代理権授与の有無を確認すべき義務があつたものといわなければならない。

しかるに、前示のとおり、被告は、右確認手続を怠つたものであるから、被告には、平沼に代理権があると信じたことについて過失があり、したがつて民法一〇九条又は一一〇条適用のための正当の理由がなかつたものというべきこととなる。

なお、平沼が被告に対し右無権代理行為をなすにあたり、原告作成名義の承諾書一通を提示したことは前示のとおりであるが、たとえ右書面が真正に成立したものであつたとしても、右書面は、原告が三晃運輸に対し自己の三晃運輸に対する約定を証するために差し入れたものであつて、被告ないし第三者を名宛人としこれらに対する約定を証するために作成されたものではないことが、その記載自体から明らかであるから、被告は、平沼から右書面の提示を受けたものであつても、原告に対する前示確認手続の履行を怠つたことについて過失の責を免れうるものではない。

(山口忍)

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