東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2435号 判決 1981年3月31日
原告 株式会社八興企画
被告 森田紀七 外一名
主文
一 被告らは原告に対し、連帯して金四五〇万円及びこれに対する昭和五三年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨
二 被告らの請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 被告らに対する請求の原因
1 被告森田は、昭和四八年一月一六日から昭和四九年三月二七日まで訴外株式会社智紀興業(本店東京都港区新橋五丁目三三番九号、以下訴外会社という)の取締役兼代表取締役であり、被告古田島は、昭和四八年二月一三日訴外会社の取締役に就任し、昭和四九年三月二七日から同五二年七月二七日まで代表取締役の地位にあつたものである。
2 訴外会社は、「高柴パークカントリー倶楽部」の名称で福島県田村郡小野町大字浮金地区に左記計画のゴルフ場(以下、本件ゴルフ場という)を建設し運営するために、昭和四八年一月一六日設立された。
総面積 一四八万五〇〇〇平方メートル(四五万坪)
コース 二七ホール
工事着工 昭和四八年三月
工事完成 昭和四九年八月 一八ホール完成予定
同五〇年四月 九ホール完成予定
総会員数 二〇〇〇名
コース・ハウス施工 東急建設株式会社
3 被告らは右計画中、用地買収費用と総工事費用のうち金三億円の資金を自ら用意したが残りの資金については建設会社がゴルフクラブの会員募集を行い集めた資金から工事代金の支払いを受けるとの立替工事により賄えるとして右計画を実行に移し、未だ契約の締結に至つていない東急建設株式会社の名を掲載した会員募集パンフレツトを利用して会員募集を始めたが、東急建設株式会社、次いで株式会社地崎工業も立替工事を認めなかつたため、本件ゴルフ場建設の契約締結はできず、その後須佐建設株式会社に訴外会社振出の金三〇〇〇万円分の約束手形を、同様に東亜建設株式会社に金四億円分の約束手形を詐取され、これにより、昭和五〇年六月七日、訴外会社は手形不渡りを出して倒産した。
4 被告らは訴外会社の取締役として本件ゴルフ場建設を行うにつき十分な調査を行い、最も重要な建設資金の調逹については客観的で合理的な裏付けをもつた計画にもとづいてあたるべきである。
しかるに、被告らにおいてはまず総工事費用を建設会社と請負契約の締結あるいはそれに近い段階の正確な見積りをとつて検討することが必要であるのにこれを行わず、結局総工事費用は金一八億ないし一九億円を必要とし、更に用地買収費用金六億七五〇〇万円を加えて総額で金二四億ないし二五億円を必要とするものであつたところから、前記工事費用の算出を大きく誤まつたものであること、工事費用についてはほとんどの部分について立替工事が可能であるとみて独自の資金源の用意を怠つたこと、工事費用も確定せず従つて建設会社も決まつていないのにパンフレツト類に東急建設株式会社の名を記載して第三者を信用させ会員募集を行なつたこと、高額の約束手形を詐取され会員から集めた資金を失つてしまつたことにより訴外会社を倒産せしめるとの取締役としての職務を行うにつき重大な過失があつた。
5 原告は、昭和四八年四月二八日、訴外会社から「高柴パークカントリー倶楽部」のゴルフクラブ会員券五口を訴外朝比奈正三名義入し、 右代金五〇〇万円を訴外会社に支払つたが、訴外会社の倒産により右代金相当額の損害を受けた。
よつて、原告は被告らに対し商法二六六条の三第一項前段にもとづき連帯して損害賠償金五〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金のうち、先に訴外会社から弁償をうけた金五〇万円をのぞいた損害賠償金四五〇万円と被告森田から弁済をうけた金一〇万円を昭和五二年一二月末日までの遅延損害金に充当した分をのぞいた昭和五三年一月一日から支払ずみまでの遅延損害金の各支払を求める。
二 被告森田に対する予備的請求原因
被告森田は原告会社代表取締役雨宮鋭夫に対し、昭和五〇年五月二日原告の本件ゴルフクラブ会員券五口を額面額金五〇〇万円で買取る旨を約束した。
よつて、原告は被告森田に対し右売買代金五〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金のうち前記同趣旨により残代金四五〇万円とこれに対する昭和五三年一月一日からの遅延損害金の支払を求める。
三 被告森田の請求原因に対する認否
請求原因1、2の事実、同3のうち、東急建設株式会社及び株式会社地崎工業の間で契約締結に至らなかつたこと、須佐建設株式会社及び東亜建設株式会社に手形を詐取されたこと、訴外会社が倒産したことを認める。
本件ゴルフ場の当初の計画は数々の障害に遭遇し計画どおり進行しないのみならず、数年来の経済不況も加わつて会員募集も著しく困難になり、訴外会社も手形決済に翻ろうされ倒産のやむなきに至つた。
請求原因5の事実は知らない。
予備的請求原因事実を否認する。
四 被告古田島の請求原因に対する認否
請求原因1のうち、被告古田島が昭和四八年二月一三日に取締役に、昭和四九年三月二七日に代表取締役に就任したことを認め、その余の事実を否認する。同被告は、昭和五〇年一月三一日、取締役及び代表取締役を辞任したが、訴外会社にその登記手続の履践を請求するも昭和五二年七月二七日までなされなかつたものである。
請求原因2の事実を認める。
請求原因3の事実は知らない。
訴外会社の倒産は石油シヨツク等、予知し得ない世界的経済変動の影響をもろに受けたものであつて、経営、企画のそろうによるものではない。また、被告古田島が代表取締役在任中は被告森田によつて代表取締役印を収奪されたまま、業務の執行を完全に妨害され職務を遂行することが全く不能であつた。
請求原因5の事実は知らない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実のうち、被告森田が昭和四八年一月一六日から昭和四九年三月二七日まで訴外会社の取締役兼代表取締役であつたこと、被告古田島が昭和四八年二月一三日に訴外会社の取締役に、昭和四九年三月二七日に代表取締役に就任したことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない丙第三号証によると被告古田島は昭和五〇年六月一〇日に訴外会社の取締役及び代表取締役を辞任したとしてその旨の登記手続がとられているので、同日訴外会社を辞任したことがうかがわれる。これに対し被告古田島が昭和五〇年一月三一日に辞任したとする乙第一号証の一ないし五は被告古田島本人尋問の結果によるといずれも昭和五〇年一二月一八日以降同被告が作成したものであることが認められ、同内容の乙第五号証は被告古田島の下書きにより、昭和五二年六月二三日被告森田がこれを作成したことが被告森田本人尋問の結果により認められるにすぎず、これらをもつて前記認定を左右できるものでない。
二 請求原因2の訴外会社の設立および本件ゴルフ場の建設概要についての事実は当事者間に争いがない。
三 請求原因3の事実、同4について検討する。
成立に争いのない甲第三、四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証、証人森田秀貞の証言、被告森田、同古田島の各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第四号証、成立に争いのない丙第五号証、被告森田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第六号証の一ないし三、第七ないし一〇号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一、二、第一五号証の一、二、証人森田秀貞、被告森田、同古田島の各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
被告森田は建築金物の卸売及び小売等を業とする会社を経営していた者であるが、訴外会社の設立をはかり自ら代表取締役として本件ゴルフ場の建設と運営全搬を統括し、銀行重役の経歴のある被告古田島を取締役に加えて同人にゴルフクラブ発起人の選任交渉を委ね、実兄の森田秀貞を取締役として現地での用地買収、小野町への協力依頼、福島県の事業認可申請(昭和四八年九月二六日認可)をまかせて、それぞれがその実行にあたつたこと、被告森田は本件ゴルフ場建設のため、用地買収費用のほかにコース・ハウス工事費用を一ホール当り金五〇〇〇万円、二七ホールで総額金一三億五〇〇〇万円を必要とすると見積り、この資金として金三億円用意したが、その余は建設会社に工事代金を立替えて工事を進めさせるとともにゴルフクラブの会員募集を行わさせこれにより集まつた資金を工事代金にあてるとのいわゆる立替工事の方式によつて本件ゴルフ場を建設できると確信していたこと、訴外会社は右資金を潤沢にするとの目的で昭和四八年二月から新日本ゴルフ株式会社を通じて一口金七〇万円の縁故会員募集を、同年四月から一口金一〇〇万円の第一次会員募集を始めさせ、この募集パンフレツトに契約交渉中の東急建設株式会社の名を記載してなしたこと、東急建設株式会社は工事費用を金一九億一四〇〇万円と見積つたところ被告森田は他の業者より割高とみてこれを受け入れなかつたため工事請負の成約に至らず、次いで金一八億五〇〇〇万円と見積つた株式会社地崎工業との間で訴外会社は本件ゴルフ場建設の工事請負仮契約をなし、昭和四八年一二月一日現地で起工式を挙行したが、その後株式会社地崎工業は、会員券販売の体制がとれないとして工事代金の現金払いを要求してきたため正式契約に至らず、更に被告森田は本州ビルデイング株式会社と工事請負方を接渉したが立替工事の方式では承諾を得ることができなかつたこと、この間も訴外会社は用地買収と会員募集を継続していたが昭和四八年一一月の石油シヨツク後は会員募集は不調となり訴外会社の資金繰りが困難となつてきたこと、被告森田紀七と森田秀貞は、昭和四九年三月二〇日に被告古田島との間で「会社の代表者印の押捺は両人の責任の負担において押印する事に致します」との誓約をなし、同月二七日被告森田は別件の不動産取引に関し背任罪の嫌疑を受けたとして取締役及び代表取締役を辞任し、替つて被告古田島が代表取締役に就任したが、その後訴外会社の業務一切は取締役森田秀貞とその指示にもとづいた被告森田紀七が運営し、被告古田島は全く関与しなかつたこと、訴外会社は、昭和四七年三月一六日須佐建設株式会社に対し本件ゴルフ場の進入路開設、基盤整備との部分工事を金八五〇〇万円で請負わせたが同会社は倒産し、次いで右工事を東亜建設株式会社に請負わせたが同会社も倒産し、結局、本件ゴルフ場建設は右進入路が完成したのみであること訴外会社は、昭和四七年七月一七日須佐建設株式会社に対し同会社取引銀行の割引枠を利用して手形割引により資金調達をはかろうとし訴外会社振出の額面五〇〇万円の約束手形六枚(合計三〇〇〇万円)を交付したところ、須佐建設株式会社は右手形を詐取して他に流用したため訴外会社は相当額の出捐をなして右手形を回収したにもかかわらず、その後、右同様の理由により訴外会社は東亜建設株式会社に金四億円分相当の約束手形を詐取されて他に流用されたまま右手形を回収できず、昭和五〇年六月七日手形不渡りを出して事実上倒産したこと、このときまで訴外会社は合計四六〇名ないし四七〇名の会員募集をなし金三億七〇〇〇万円ないし三億八〇〇〇万円の資金を集め、他方ゴルフ場用地買収費用として金三億八〇〇〇万円を支払い約三〇万坪買収したが、訴外会社の倒産時に財産保全の目的で被告森田が代表者である日本セールスマンユニオン株式会社の所有名義に変更してあるとするが、右土地には税金の滞納処分による差押と前記手形事故の際に担保権が設定されているのでその価値はほとんどない。
以上の認定事実によると、訴外会社倒産の直接的原因は取締役森田秀貞及び被告森田紀七が東亜建設株式会社に訴外会社振出の手形を軽率にも交付して詐取されたことにあることは明らかであるが、当時の代表取締役被告古田島は、その就任時に訴外会社の業務執行一切を取締役森田秀貞と被告森田紀七に委ねてついに右両名の任務懈怠を看過し訴外会社を倒産せしめるに至つたものであるから、被告古田島みずからもまた重大な過失によりその任務を怠つたというべきである。
被告森田は、訴外会社の最初の代表取締役として本件ゴルフ場建設計画を立案し遂行せんとしたものであるが、右計画自体実現可能性のある合理的なものであるべきところ、工事費用の見積りを低額にみてこのための資金調達の大部分を建設会社の立替払いをあてにしていたが建設会社からは見積りを超えるものを呈示され、さらに工事代金の現金払いを求められ右計画を受け入れてもらえない事態となつたこと、そこで被告森田としては工事費用の見積りと立替方式についての再検討、資金調達の尚一層の努力により本件ゴルフ場建設に向けて訴外会社の経営維持をはかるべきところ当初の計画を盲信し見るべき方策をとらないまま被告古田島に業務一切に関与しないことを許して代表取締役の地位を譲つたため訴外会社は責任者不在の状態となり前記手形事故を誘発したこと、以上の経過の中でゴルフクラブ会員から集めた資金、買収した用地等会社資産を費消し散逸してしまい訴外会社の倒産に至つたものである。
そして被告森田の右任務懈怠は、その退任後の訴外会社の倒産と相当因果関係があり、かつ、当時の状況において業務執行の任にあたる代表取締役一般に求められる判断と努力に照らして重大な過失があつたというべきである。
四 請求原因5事実を検討するに、証人朝比奈正三の証言により真正に成立したものと認められる甲第一、二号証、第五号証の一ないし五、第五、六号証、証人朝比奈正三の証言によると原告会社代表者雨宮真也は、昭和四八年四月二八日朝比奈正三の紹介により訴外会社総務部長立見某から「高柴パークカントリー倶楽部」の会員資格証金五口分金五〇〇万円を一〇年間据置くとの条件で預託して会員資格を取得し、この際、原告から右会員権を買受けた者が直接訴外会社から会員券の発行をうけて名義書換料を節約することを相互の了解事項とし、あえて会員券を発行しなかつたこと、昭和四九年七月一七日に至り、原告会社は訴外会社に経営不安をみて同会社から紹介者朝比奈正三名義により会員券の発行を受けたことを認めることができ、右認定に反する証人森田秀貞の証言、被告森田、同古田島の各本人尋問の結果は採用しない。そして訴外会社の倒産により原告が会員資格保証金相当額金五〇〇万円の損害を受けたことは明らかである。
したがつて、被告らは、商法二六六条の三第一項前段により、連帯して原告の損害を賠償すべきことになる。
五 よつて、予備的請求原因につき判断をなすまでもなく、原告の被告らに対する右損害賠償金五〇〇万円のうち金四五〇万円とこれに対する記録上明らかな訴状送達の翌日である昭和五二年三月三一日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金のうち昭和五三年一月一日から支払ずみまでの遅延損害金を求める本訴各請求は理由があるのでいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大淵武男)