東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4318号 判決 1981年5月25日
原告 為定弘
右訴訟代理人弁護士 遠藤義一
被告 渋谷信用金庫
右代表者代表理事 道広栄
右訴訟代理人弁護士 馬場正夫
被告 国
右代表者法務大臣 奥野誠亮
右指定代理人 石原明
<ほか五名>
被告 埼玉県
右代表者知事 畑和
右指定代理人 湯本義仁
被告 東京都
右代表者知事 鈴木俊一
右指定代理人 坂野格
<ほか一名>
主文
一 原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告渋谷信用金庫が、訴外株式会社国栄建設に対する東京地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第二七五号不動産仮差押申請事件の仮差押命令の執行力ある正本に基づいて、昭和五〇年一月二五日、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)についてなした仮差押は許さない。
2 被告国は原告に対し、本件不動産について、別紙登記目録一記載の登記の抹消登記手続をせよ。
3 被告埼玉県は原告に対し、本件不動産について、別紙登記目録二記載の登記の抹消登記手続をせよ。
4 被告東京都は原告に対し、本件不動産について、別紙登記目録三記載の登記の抹消登記手続をせよ。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
各被告とも
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四八年四月一三日、訴外株式会社国栄建設(以下国栄という)から、本件不動産を次の約定で買受けた。
(イ)代金、二三、五〇〇、〇〇〇円
(ロ)買戻約款、国栄は、昭和四八年七月二二日までに、右代金とこれに対する同期日まで月一分五厘の割合の金員の合計額で、買戻すことができる。
国栄は右買戻代金の支払いを担保するため、金額二三、五〇〇、〇〇〇円満期を右買戻期日と同一期日とする約束手形一通を原告に振出した。
原告は右売買代金全額を国栄に支払い、昭和四八年四月一九日本件不動産について浦和地方法務局春日部出張所受付第一一八六四号所有権移転登記を経由した。国栄は前項の買戻期日に買戻しができず同年一〇月三一日まで延期を求めたので原告はこれを認めた。しかしその後も再三延期され、最終的に昭和四九年二月二八日を買戻期日とし約束手形はこれに応じて書き替えられた。国栄は右二月二八日にも買戻し代金を原告に支払えず約束手形を不渡りにした。右により国栄は買戻権を喪失し、原告は本件不動産の所有権を確定的に取得した。
2 原告と国栄間の契約は本件不動産の買戻約款付売買契約であるが、仮にこれが認められないとしても、原告は国栄に二三、五〇〇、〇〇〇円を貸し渡し、これを担保するため国栄は本件不動産を譲渡担保に供したものであり、右譲渡担保はいわゆる強い譲渡担保で非精算型のものであるところ昭和四九年二月二八日の弁済期に支払いができなかったので原告は本件不動産の所有権を確定的に取得した。
3 ところが昭和四九年七月二三日国栄の代表取締役林国雄(以下林という)は、本件不動産を他に売却してやるといって額面四〇、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形を持参し原告に、買主を安心させるため原告の印鑑証明書・委任状を見せなければならないので貸してほしいと申しいれた。原告は一応断ったが、林は書類は相手に見せるだけで手形が全部決裁されてから登記する、それまで自分が責任を持つというので書類を林に交付した。ところが林は昭和四九年八月七日原告の意思に基づかずに前記原告と国栄間の本件不動産の売買契約は錯誤であるとして勝手に所有権移転登記の抹消登記をした。
4 そこで、原告は昭和四九年一〇月二八日、国栄を被告として東京地方裁判所に抹消された登記の回復登記を求める訴を提起し、同年一一月七日所有権移転回復予告登記がなされた。その後国栄が昭和五二年二月一七日原告の請求を認諾したので、原告は同年四月一三日真正なる登記名義の回復を原因とする自己への所有権移転登記を了した。
5 ところが本件不動産について、
(一) 被告渋谷信用金庫の国栄に対する東京地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第二七五号不動産仮差押事件の仮差押命令の執行力ある正本に基づいて昭和五〇年一月二五日付仮差押の登記
(二) 被告国の別紙登記目録一記載の差押の登記
(三) 被告埼玉県の同目録二記載の参加差押の登記
(四) 被告東京都の同目録三記載の参加差押の登記
がそれぞれなされている。
6 しかし右各登記は、本件不動産の所有権は原告にあって国栄にはないのに、勝手になされた原告の名義の所有権移転登記の抹消と、これに基づく国栄名義の所有権の登記という無効な登記を前提としてなされたものであるから無効である。
7 よって原告は所有権に基づき、
(一) 被告渋谷信用金庫に対し同被告の国栄に対する前記仮差押事件の執行力ある正本に基づいてなした仮差押の執行不許を、
(二) 被告国に対しては別紙登記目録一記載の
(三) 被告埼玉県に対しては同目録二記載の
(四) 被告東京都に対しては同目録三記載の
各登記の抹消登記手続を
それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
各被告の認否は同一、
1の事実のうち原告が昭和四八年四月一九日所有権移転登記を了したことは認めるが、その余の事実は争う。国栄は昭和四八年四月一三日原告よりその主張の金員を弁済期三ヶ月後利息月一分五厘で借り受け、本件不動産を譲渡担保として差し入れたものである。
2の事実のうち本件不動産について譲渡担保契約が設定されたことは認めるが、その所有権を二月二八日確定的に取得したとの主張は争う。
3の事実のうち所有権移転登記の抹消登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
4の事実のうち、昭和五二年四月一三日原告への所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
5の事実は認める。
6の事実は争う。
三 抗弁
各被告とも同一、
1 原告と国栄間の契約は、二三、五〇〇、〇〇〇円の金銭消費貸借契約にもとづく本件不動産の譲渡担保契約であり、担保の目的で国栄から原告に所有権移転登記がなされたものである。
2 右の譲渡担保契約は特段の事情がないのでいわゆる精算型でかつ請求帰属型である。その後、原告と国栄間で、本件不動産の所有名義を国栄に戻し、国栄が本件不動産を任意に売却することによりその売得金から二三、五〇〇、〇〇〇円の原告に対する債務を弁済する旨の合意が成立した。これは本件不動産になされた譲渡担保契約を原告と国栄が合意で解除したものであり、これに伴い担保物件は返還され、被担保債権の弁済期も国栄が本件不動産を売却しその中から支払うまで猶予されたものである。
3 仮りに前記合意が譲渡担保契約の解除でないとしても、本件不動産の登記名義を国栄に戻し、国栄がこれを任意に売却し、被担保債権を弁済する旨の合意であるから、原告からの国栄の抹消登記は原告の真意に基づいてなされた有効な登記である。
4 右2、3のいずれの場合であれ、本件不動産について抹消登記が経由されているのであるから結局は民法第一七七条の対抗要件の問題に帰着することになり、原告は被告らの各登記に対抗力を有しない。
5 右のとおり本件不動産が国栄の名義になったので、被告らは以下に記載するとおりの国栄に対する請求権に基づいて原告主張の各登記を経由した。
(イ) 被告渋谷信用金庫
被告渋谷信用金庫と国栄間の昭和四八年一月二〇日付手形貸付等の金融取引契約にもとづき、昭和四八年一月二〇日割引をした訴外日本総業株式会社振出、国栄が裏書をした満期が昭和四八年五月五日の額面一千万円の約束手形の割引代金返還請求を保全するため、被告渋谷信用金庫を債権者国栄を債務者とする東京地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第二七五号不動産仮差押命令事件の同年一月二三日付仮差押決定に基づき、原告主張の登記を経由した。
(ロ) 被告国
被告国は国栄に対し、昭和五〇年三月二〇日現在既に納期限を経過した法人税一九、六二四、一〇〇円の租税債権を有しており、所管庁の淀橋税務署長は右滞納金徴収のため本件不動産を差押え、原告主張のとおり差押登記を了した。
(ハ) 被告埼玉県
国栄は本件不動産を売買により取得したので、被告埼玉県は国栄に不動産取得税一三一、三一〇円を昭和四八年六月一四日課税したところ、国栄はこれを納付しなかったため本件不動産について参加差押えをし、原告主張の登記をした。
(ニ) 被告東京都
国栄は昭和五二年三月一五日現在既に納期を経過した法人事業税・都民税八、四一一、八二〇円(ただし未確定延滞金を除く)の租税債務を負担していたので所管庁である新宿都税事務所長は右同日右滞納税金徴収のため本件不動産について参加差押をし、原告主張の登記をなした。
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は認める。抗弁2、3、の各事実はいずれも否認する。抗弁5の事実のうち被告らが国栄に対し各主張のような請求権を有することは知らない。登記の事実は認める。
五 再抗弁
仮に各被告らが抗弁2、3において主張する合意があったとするならば右の合意は通謀虚偽表示で無効である。即ち原告と国栄の間には本件不動産について、昭和四八年四月一三日付売買に錯誤がなく、かつこれを原告から国栄に所有権を移転する法律上の原因もないのに、原告と国栄が通謀の上、右売買に錯誤があったように装い抹消登記手続をしたものであるから通謀虚偽表示により無効である。そして原告は請求原因4記載のとおり国栄を被告として訴を提起し、本件不動産には所有権移転回復予告登記が経由されているのであるから、被告らは差押えに先立ちその権利関係を当然調査し、右予告登記の存在を知っているとともに、原告から国栄への抹消登記が瑕疵に基づいていることを知っていたもので善意の第三者とはいえない。
六 再抗弁に対する認否
各被告の認否は同一、
訴提起ならびに予告登記の事実は認めるがその余は否認する。被告らは善意の第三者であり、原告は被告らに対抗することはできない。
第三証拠《省略》
理由
一 昭和四八年四月一九日、本件不動産について、浦和法務局春日部出張所受付第一一八六四号所有権移転登記が原告名義で経由されていることは当事者間に争いがないところ、原告は、右登記は原告と国栄間の同年四月一三日付買戻約款付売買契約に基づくものである、と主張するのに対し、被告らは、これを否認し、右は両者間の二三、五〇〇、〇〇〇円の債権を担保するため、国栄が原告に譲渡担保の趣旨で登記したものであると争うので、この点について判断する。
1 《証拠省略》によると、次ぎの事実が認められる。国栄は、土木建築請負、不動産売買仲介等を業とする不動産業者で、昭和四六年一二月頃から原告の妻が所有する建物の一室を事務所として賃借して営業したことから国栄の代表取締役の林は原告と知り合った。林は昭和四八年二月一九日、本件土地を前所有者の訴外ヤマダイ実業株式会社から売買により取得したが、その代金を自己で調達することができず、原告に融資を求めた。林は、国栄の業務内容のとおり本件土地を分割し、地上に五棟ないし七棟の建物を自分で建築して、土地付の建売住宅として分譲し、利益を得てこれにより代金・経費等を捻出する予定であり、原告から融資を受け、その利息、謝礼等を支払っても充分採算にのると計算していた。林から依頼を受けた原告は、自己の信用で、取引先の東京三協信用金庫に二三、五〇〇、〇〇〇円の融資を申し込み、利息年九・四パーセント、遅延損害金年一八・二五パーセント、昭和四八年一〇月を初回とする毎月五〇〇、〇〇〇円宛五三回の分割払とする内容で融資を受けられる見通しを得た。これを前提に、原告と林が相談し、原告は国栄に二三、五〇〇、〇〇〇円を貸すこととし、返済期は建物の建築と売却に必要な三ヶ月位先の同年七月二二日、利息は金庫の利息が月一パーセントなのでこれに若干額を上乗せして一ヶ月一・五パーセントの約で貸し渡し、国栄は返済期日に元金利息の外に、九、〇〇〇、〇〇〇円の金員を付加して支払うこととし、これに見合うよう額面二三、五〇〇、〇〇〇円と、九、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日を同年七月二二日の約束手形二通を振出して原告に交付することとなった。同年四月一四日(登記簿上は同月一三日、)原告が東京三協信用金庫から融資を受ける必要のため便宜、原告が国栄に貸付ける二三、五〇〇、〇〇〇円と同額で原告が国栄から本件不動産を買受け、同日手付金一一、〇〇〇、〇〇〇円を交付し、残額は同月二三日支払う旨の売買契約書を作成し、同月一九日これに基づいて原告名義に所有権移転登記を了した。同月二三日、原告は右信用金庫から二三、五〇〇、〇〇〇円の融資を受け、これを国栄に交付し、引換えに前記約束手形二通を受領した。国栄は当初の計画通り建売り住宅の分譲をするため道路査定を関係官庁に申し入れたところ、現地と公簿で地番に差異があり、隣地の石原智恵子所有地との間で紛争が生じてその許可が得られず、予定が完全に狂い、分譲して利益をあげることができなくなったので、原告に弁済することも不可能となり、返済期日の延期を求め、了承を得た。その後も、林は右の解決に努力したが成功せず、原告に事情を説明し、再三返済期日の延期を求め了解を得て、その度毎に約束手形を書き替え、昭和四八年一二月二四日には、翌四九年二月二八日迄の猶予を得た。しかし、国栄は右期日にも借受金を返済することができず、約束手形は不渡となった。
右の事実によれば、原告と国栄間の契約は、原告主張の買戻約款付売買契約ではなく、被告ら主張のとおり、原告から国栄に対する消費貸借とこれを担保するための本件不動産の譲渡担保と認められる。
2(イ) 原告本人尋問の結果中には、本件不動産について、原告が従業員の寮の用地として、実地を見分して買ったもので、買戻約款付としたのは林の要請によるものである等、その主張に副う供述があるが、原告は税理士で、職業上本件土地を取得する必要性があまりなく、国栄の返済金額は、貸付元金以外に銀行利率を上廻る利息と付加金九、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを約束しており、約束手形を徴する等、通常の不動産売買ではなく、貸付金の担保手段と目される方法をそなえている事実に対比して原告の前記供述は遽に措信し難い。
(ロ) 原告は、国栄との契約後、訴外ヤマダイ実業株式会社と和解したり、隣地所有者石原智恵子と本件土地の一部について交換契約を行う等、土地の所有権者として、それに相応する行為をしていることからみても、国栄との契約は売買契約であり、土地所有権を取得したと主張する。《証拠省略》によると、右の各主張事実が認められる。しかし、右の各事実は、原告が所有権者であることを認定するに足る事実であるが同時に又、原告が譲渡担保権者であることを認定するに足る事実であってもこれを妨げ、覆す事実ではないから右の事実のみで原告がその主張の売買により本件土地の所有権を取得したと認めることはできない。
(ハ) 原告は、林や国栄の顧問であった訴外宮尾修に本件不動産の売却方を依頼し、その仲介手数料として多額の金員を交付しており、この事実は原告が所有権者である証左である、旨主張し、《証拠省略》によると、原告の主張事実が認められ(る。)《証拠判断省略》しかし、これらの事実は、原告は登記簿上の所有名義人であり国栄に対する金銭の貸主である以上実質的に本件不動産の処分権を有しているものであり、自己の国栄に対する貸付金を回収するのには本件不動産を処分し、その売得金から徴集する必要があるのであるから、仲介人として斡旋行為をする者に、相当の手数料、経費、雑費等を交付することは、譲渡担保権者としても通常行い得ることであり、これらは所有権者に独自の行為とはいえない。
(ニ) 原告は、林が《証拠省略》に記載されているとおり、原告の所有権を認諾していることは、当初の契約が売買であることを証明すると主張するが、《証拠省略》によると、林がその当時の情勢、殊に、別件の詐欺事件で起訴され公判中であり、訴外五城観光から告訴されることを強く心配し、これを免れるために認諾したものと認められるので、原告の主張は当を得ない。
(ホ) 以上の外、原告の主張を認めるに足る証拠はなく、他に前記1で認定した事実を覆すに足る証拠はない。
二 原告は仮りに買戻約款付売買契約ではないとしても国栄に二三、五〇〇、〇〇〇円を貸し渡し、これを担保するため本件不動産に譲渡担保を設定したが、国栄が期日に債務を弁済しなかったので所有権を確定的に取得した旨主張する。しかし、前記一1において認定した事実によると、原告と国栄間の譲渡担保契約は、いわゆる精算を必要とする弱い譲渡担保で、債務者が期日に弁済しない場合、当然に所有権が確定的に原告に移転する内容とは認められないのでこの点の原告の主張は理由がない。
三 請求原因4のうち昭和五二年四月一三日原告名義の所有権移転登記があったことおよび請求原因5の被告らのため各登記が経由されていることは当事者間に争いがない。そこで被告らの抗弁について判断する。
1 被告らは、原告と国栄との間で、本件不動産についてなされた譲渡担保契約は合意で解除され、目的物は返還された旨、主張するが、これを認めるに足る証拠はない。原告は、国栄が格別の資産もなく、買受物件の代金すら自己調達できない会社であることを知っていたのであるから、本件不動産に相応する他の物件の提供を受けることなく、国栄を全面的に信用し、基本の担保権を解除したということは格別の事情の認められない本件では到底首肯できない。
2 次ぎに被告らは、原告と林との間で、本件不動産の登記名義を国栄に戻し、国栄がこれを任意に売却して被担保債権を弁済する旨の合意が成立し、これにより国栄は原告主張の抹消登記をしたものであり、被告らの各登記は原告に対抗できる旨主張するのでこの点について判断する。《証拠省略》を綜合すると、次ぎの事実が認められる。国栄は、本件不動産について建売分譲で利益をあげ、原告に弁済しようとしたが地番の差異で不可能となり、返済期日を再三延期したことは前記一において認定したとおりであるが、昭和四九年春頃原告と林は国栄の計画が進展しないので、本件不動産を他に売却し、その代金から原告が優先して約定の金員を受領することに話が纒り、林と国栄の顧問をしていた訴外宮尾が買主を探し交渉することになった。その準備として、本件不動産には原告名義の所有権移転登記が経由されているので、先ずこの登記を抹消して一旦元の所有者である国栄名義に戻し、その後、国栄が買主に直接売却したとする形態をとり、登記もそれに見合うように移転登記をすることが、原告にも国栄にも、それぞれ利点があるのでその手続をとることにした。原告は、昭和四九年四月一〇日頃、知人の渡部司法書士に右の自己名義の所有権移転登記の抹消登記手続に必要な委任状、印鑑証明書等の書類を交付したが、権利書は盗取されて所持しないので、保証書による登記を依頼した。渡部司法書士は、保証書による登記であるから地元の金子司法書士に頼むのが便宜と考え、原告に話しをして了解を得た。金子司法書士は、必要書類が整ったので登記簿を閲覧したところ、右抹消登記申請を妨げる登記が二、三あり、前記の登記が不能なので原告にその旨連絡したところ、その事由が間もなく解消するので解消次第手続をとるよう依頼された。その後同年五月八日、登記申請が可能となったので金子司法書士は、必要書類を揃え、原告名義の所有権移転登記の抹消登記手続を申請した。ところが、右登記は保証書による申請であるため、登記官吏は規定により、原告宛に右登記申請に間違いがないか否かを確認する葉書を送付し回答を求めたのに対し、原告は、回答欄に自己の住所と氏名を記載し、名下に実印を押捺して金子司法書士に送付した。金子司法書士は右の原告名下の印影が不鮮明なので再度原告に送付して明瞭な印影の顕出を求めたが、原告は所定の期日迄に送付しなかったので、金子司法書士は書類不備で前記申請を取下げた。この間林は、買主を見つけ国栄名義で売買契約をし、手付金を受領し原告に交付したが、買主の資力不足で契約解除となったこともあったが、同年五月二二日訴外大新工業に三二、〇〇〇、〇〇〇円で売却し代金全額を約束手形で受領し原告に引き渡した。ところが、隣地の石原智恵子との間に紛争が発生し、同人が処分禁止の仮処分の登記を了したため大新工業との契約も実行できなくなり、又金子司法書士も前記の登記申請が不能となった。そこで原告は一旦金子司法書士に右抹消登記手続に要した費用を支払い、預けてあった金員の返還を受けて登記申請を断念した。その後同年七月一〇日石原智恵子との間で、本件不動産について、土地交換の契約が成立し、障害事由が解消した。そこで原告は、再び七月二三日印鑑証明書、委任状等の必要書類を金子司法書士に送付して前記登記申請を再度依頼し、金子は同年八月一日本件不動産について、錯誤を原因とする原告名義の所有権移転登記の抹消登記を申請した。登記官吏は、右登記申請を確認するため、原告宛に回答書を送付し、原告は右回答書に署名押印して回答したので、前記登記申請は完了した。その後、林は訴外有限会社パイオニア雑貨商会に本件土地を四〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却し、同額の約束手形四枚を受領して原告に交付したが、右手形は同年一〇月二〇日の期日に支払われず原告への債務の弁済も履行できないでしまった。更らに林は、訴外五城観光株式会社に対し、原告が本件不動産の譲渡担保権者で、実質上の処分権があることを秘したまゝ右訴外会社宛に抵当権を設定し借金したため、原告は自己の権利を確保するため国栄を被告として前記抹消登記の抹消を求める訴を提起した。
3 以上各認定した事実によると、原告は、国栄に融資した二三、五〇〇、〇〇〇円の債権を優先的に回収するため、本件不動産の売却を林等に依頼し、その実行の便宜上原告名義の所有権移転登記を抹消することを充分了承していたものと認められる。原告が、本件不動産に設定した譲渡担保契約自体を全面的に解除する意思のないことは、先に認定したところであるが、原告は譲渡担保契約を存続させながらたゞその公示方法としてその登記のみを便益上解消することを承認したものと認められる。この場合原告は譲渡担保権者として契約は存続しているものの、登記の公示を欠き、設定者の一般債権者には対抗できず、従って、優先権を主張することはできない、と解すべきである。原告は、右は原告と国栄が通謀の上錯誤があったように装い、抹消登記手続をしたもので、通謀虚偽表示であるから無効である、と主張するが、前認定の事実によると、原告の主張は到底認められない。
《証拠判断省略》
4 そうすると、被告ら主張の各抗弁は理由があり、本件不動産について、原告が請求原因5において主張する各登記((一)ないし(四))が各被告らのため存することは当事者間に争いがないが、右に述べたとおり、原告は譲渡担保権者ではあるが、その旨の登記を欠くため、設定者の一般債権者に対抗できないのであるから右各登記の抹消を求めることはできないというべきである。
四 そうすると原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田潤)
<以下省略>