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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4636号 判決 1981年5月26日

原告

理工産業株式会社

右代表者

山崎啓生

右訴訟代理人

山下寛

外一名

被告

三久化工株式会社

右代表者

永田隆英

右訴訟代理人

岡和彦

外三名

主文

一  被告は、原告に対し、金四四〇万四七五〇円並びに内金二四七万五六五〇円に対する昭和五一年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員及び残金一九二万九一〇〇円に対する昭和五二年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、報告は、金三〇〇万円の担保を供したときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1(一)の事実(原、被告の営業)中、被告の営業<編注、化学建築材の製造及び販売>については争いがなく、<証拠>によると、原告会社も、もと化学建築材の製造及び販売を目的としていたが、後記のとおり被告の販売代理店となつてからは、化学建築材の製造は行わなくなり、床仕上工事と耐酸工事を主たる営業としていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

二そこで先ず、請求原因1(二)の事実(いわゆる販売代理店契約)について検討する。

<証拠>を総合すれば、

1  本件商品は訴外八幡製鉄株式会社の有する特許に基づき被告が製造するステンレス微粒屑を含む耐磨耗床強化剤であり、これをコンクリート床に散布接着させ、固定して初めてその効用を発揮するものであるため、その施工技術の優劣により商品としての評価が大きく左右される特殊牲を有するが、床強化剤としては他社製造の競争商品の多いものであること、

2  被告は、大阪に本社、北九州市に支店を有し、関西以西に営業の主力を置いており、関西及び九州地域においては大きな施工実績がみられるが、名古屋以東、特に関東以北の地域には支店や特定の施工業者をもたず、新日本製鉄の君津製鉄所関係の工事以外には営業実績が大きいとはいえないこと、

3  被告は、昭和四三年ころ、新日本製鉄君津製鉄所から床仕上工事を請負い、これを原告に下請させて施工させたことがあつたが、関東以北地域における床仕上工事を自ら受注し施工することは、被告にとつて不便であり、しかも原告の施工技術が優秀で本件商品に関する専門知識も有していることを考慮して、被告の営業体制の手薄であるこの地域における販売施工は原告に全面的に委ねるとともに、自らは右工事に用いる材料たる本件商品を原告に販売することによつて、その販路の確保と売上げの促進を図るのが得策だと判断するに至つたこと

4  そこで、被告は原告に対し、関東以北地区において本件商品を一手に販売する権利を原告に認める旨口頭で申入れ、これを受けた原告は、昭和四七年ころから自社製品の製造、販売を中止するとともに、本件商品を用いてする床仕上工事の受注活動(これは、他面では本件商品販売の営業活動ともいえる。)に専念するようになり、被告から回された顧客や自ら開拓した顧客から受注した工事について、自ら契約当事者となつて当該工事に使用する本件商品を被告に注文して仕入れるという形態の取引を開始するに至り、この原、被告間の取引関係は、その後昭和五〇年九月三〇日付書面をもつて被告から中止の申入れがされるまで継続した。しかも、被告は、原告が本件商品を単に販売するだけではなく、これを用いてする床仕上工事の施工まで行なうことで関東以北の地区における本件商品の需要をたかめて実績をあげることができ、かつ、メインテナンスやクレームのリスクを負わずに売上げ増加を見込むことができることから、原告に対し、一般の建材店に対するよりも安い価格で卸していたこと、

5  原告は、本件商品の販売活動の一環として、建設会社等を訪問し、本件商品のカタログとサンプルを提供して、注文の勧誘を行つていたが、そのカタログやサンプルは、被告から原告に対し、予め大量に送付されていたものであり、しかも被告の承諾の下に、右カタログには原告の商号が付記されていたこと、

6  原告の右販売活動について、その当時被告会社の営業課長であつた桐山正俊が援助、協力しており、同人が上京した折には原告代表者と一緒に建築会社等を回つていたが、このような協力活動はカタログ・サンプルを大量提供とともに被告にとつて異例のものであつて、原告以外の者に対して行なつたことはほとんどなかつたこと、

の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実を総合すれば、原、被告間に右のような取引が本格的に開始された昭和四七年ころ、原告が被告の関東以北区の販売代理店として、将来にわたり、自己の計算で本件商品を一手に販売するとともに、被告は原告に対し、本件商品の販売活動に協力し、かつ原告の求めに応じて本件商品を一般卸売価格より低廉な価格で原告に継続して供給する旨の契約(いわゆる特約店契約とみられる販売代理店契約)が成立したものと認めることができる。

ところで、被告は右契約の成立を否認する事情として、第一に、販売代理店契約を締結する場合、販売会社としては代理店との取引条件を明確にした書類を作成し、あるいは代金回収を担保するための法的手続をとるのが通常であるのに、本件においてはこれらの措置が全くとられていない旨主張し、原告代表者の供述によれば原被告間に右措置がとられていないことが認められるが、しかし当時の原、被告間の緊密な利益協同関係にかんがみると、格別異とするに足らないものであり、右事実の存否によつて契約の成否が左右されるものではないというべきであるから、被告の右主張は採りえない。

また、被告は、元来本件商品が右1に認めた特殊性を有するところから、被告としては本件商品の販売代理店を軽々しく設けることはできず、右施工技術の研修を終えた被告会社の従業員による直接の指導・管理の及ぶ範囲で本件商品の販売促進に努めるという営業方針をとつており、右見地からは原、被告間の取引は極めて変則的なものであつて、これは原告会社の代表取締役である山崎啓生を被告の施工業者として育成するためであつた旨を主張するが、本件商品を用いた床仕上工事の施工につき、被告会社の従業員による直接の指導ないし管理が行なわれていた事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができないばかりでなく、前記認定のとおり、原告は床仕上工事の施工業者として優れた技術を有しており、その原告の工事受注活動によつて、被告は本件商品の販売促進を図ろうとした事実に照らし、到底採ることはできない。

三次に、本件販売代理店契約に基づく取引の停止及び右停止に至つた経緯について検討する。

被告が原告に対し、昭和五〇年九月三〇日付の書面をもつて本件商品の販売を中止する旨の申入をしたことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば、

1  原、被告間の本件販売代理店契約に基づく取引は当初両社の協力体制の下に順調に行なわれたこと

2  その後、昭和四八年に発生したいわゆる石油ショックに起因する不景気の進行に伴い企業の設備投資意欲が冷え込んだことに影響されて、被告会社における本件商品の売上げが低下し始めたこと

3  そこで、昭和四九年末から同五〇年にかけて、被告会社の内部では、原告との取引形態を見直し、関東以北の地区においても本件商品を単に原告に販売するのみでなく、直接床仕上工事そのものを被告自ら受注することで施工利益を含め売上げの増大を図ろうという動きが出るに至つたこと

4  その結果、関東地区における被告の営業活動は積極化し、原告との競業的な状況も生じ、被告のために原告の工事受注活動を遠慮させたこともあつたが、被告会社の桐山課長は、原告との従来の協力関係を重視して被告会社の行き方に消極的であり、被告の受注活動の成果を原告に回したりしていたこと

5  被告会社の代表取締役である永田隆英は、昭和五〇年九月一五日、同社の桐山営業課長とその部下である宮川晃とを伴つて原告会社に赴き、その当時原告が受注しようとしていたプリマハム土浦工場の工事の受注を遠慮してほしい旨の申入をしたが、被告の右申入の意図は、右工事を被告が請負うことによる実績をもつて、当時被告が行つていたプリマハム三重工場の工事受注活動に資するとともに、今後原告には本件商品を用いる床仕上工事をさせまいという狙いも含まれていたこと

6  被告は、今後は原告に工事をさせないという意図を明確にするために、原告に対し、昭和五〇年九月三〇日付の書面をもつて本件商品の販売を中止する旨の申入をしたが、これに対し、原告会社の代表取締役である山崎啓生は、直ちに被告会社に電話で本件商品を出荷してくれるよう依頼し、被告会社の桐山課長は検討する旨返事をしたが、結局被告からはそれ以上の回答はなかつたこと

7  そこで、原告会社の山崎社長は昭和五〇年一〇月七日付で被告会社の永田社長宛に手紙を出し、その当時原告が売込みに成功して設計指定がされている工事及びすでに受注していた工事に使用する本件商品の出荷を依頼したが、これに対し被告は、同月一六日付書面をもつて原告の受注した工事名、設計事務所名、建設会社名、平米数、商品種類、納期、契約価格等の詳細を報告することを求め、右要求に応ずれば本件商品の出荷をすることもあり得る旨回答してきた。それ以前において、原告の被告に対する注文に対し被告から右のような内容の照会がされたことは一度もなく右照会には出荷の拒否ばかりか被告が受注を横取りする意図さえもうかがわれることから、山崎社長は立腹して直ちに右書面を被告に返送したこと

の各事実が認められ<る。>

判旨ところで、本件のようないわゆる特約店契約の性質を有する販売代理店契約においては、代理店は当該商品の販売のために多額の投資を行い、あるいは犠牲を払い、相当の営業努力をもつて販路の維持拡大に努め、商品供給者の利益のためにも貢献しているのであつて、期間の定めのない場合においても、公平の原則ないし信義則上、代理店に著しい不信行為、販売成績の不良等契約の継続を期待し難い特段の事情が存しない限り、商品供給者は一方的に解約を申入れて商品の供給を停止することはできないものと解すべきである。本件においては、右認定のとおり、被告は自己の利益のみのために取引中止の申入(本件販売代理店契約の解約申入)をしているのであつて、右申入には何ら正当な理由がなく、他に本件取引の継続を期待し難い特段の事情は認められないから、本件商品の供給停止は不当というほかはなく、したがつて、被告は原告に対し、本件商品の出荷を拒否し本件取引を中止したことによつて原告に生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四進んで、原告の被つた損害について検討する。

1  <証拠>を総合すれば、

(一)  原告は、本件契約が成立した昭和四七年から本件商品の供給停止に至る約四年間に年間平均約金四三〇万円相当の本件商品を被告から仕入れ、これを用いて床仕上工事を請負うことによつて、右期間中年間平均金一四六八万二五〇〇円の売上げを得、その三割に相当する金四四〇万四七五〇円の純利益を得ていたこと

(二)  原、被告間の本件取引の継続中、原告は耐酸工事のほかには床仕上工事のみを業とし、床仕上工事のためには被告以外のところからの商品は一切取扱つていなかつたこと

(三)  原告は、建設会社等のいわゆるユーザーを訪問し、本件商品のカタログ及びサンプルに基づいて本件商品の宣伝を行い、発注方を勧誘する営業活動を行なつていたが、右営業活動の成果として床仕上工事の設計仕様に取入れられるまでには若干の時間がかかり、更に正式に工事の注文を受けて納入、施工をするまでは半年から一年かかるのが普通であり、他方、右営業活動の効果が持続するのはおよそ二年内に限られ、それ以上の期間が経過した場合には、ユーザーから直接に本件商品のメーカーである被告宛に注文がなされることが多いこと

の各事実が認められるが、他方、原告が当初本件商品を用いて施行を行なつていた伊藤ハム食品の柏市工場の床仕上工事について被告がその施工を引継いだところ、その施工技術の拙劣さのために、伊藤ハム食品からの要請により原告が、三田化工株式会社の製造にかかる床強化材ウエスコンを使用して、再度施工に当つた事実をも認めることができ、右認定事実に加えて、原告において本件商品の使用を打切り他社の製品に切替えて床仕上工事を受注するに要する期間をも併せ考慮すると、原告は本件取引を中止されたことにより昭和五〇年一〇月から少なくとも一年間は、右得べかりし利益を喪失し、右金四四〇万四七五〇円相当の損害を被つたものというべきである。

2  次に、原告は被告が一方的に本件取引を破棄したことによつて、慰謝料額金一〇〇万円相当の精神的苦痛を受けた旨主張するが、財産的損失をてん補されてもなお残るほどの精神的苦痛を受けていると認めさせるに足りる証拠はない。

五以上の事実によれば、原告の請求の趣旨1記載の請求は、右認定の損害額から請求原因2で認められる損害金一九二万九一〇〇円を控除した額である金二四七万五六五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年三月一一日から支払済みまで商事法定利率金六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

六次に、請求原因2(一)の事実について判断するに、<証拠>によれば、原告は訴外高森建設株式会社(以下高森建設という。)との間で、昭和五〇年六月から一〇月にかけて、高森建設が柏市から請負つた柏市公設綜合地方卸売市場及び水産物卸売市場等の建設工事のうち床仕上工事(床面積三八二〇平方メートルを床強化材を用いて仕上げる工事)を一平方メートル当り金一一〇〇円合計金四二〇万二〇〇〇円で請負う旨の契約を締結しようとしていたことを認めることができ<る。>

七そこで、請求原因2(二)について検討する。<証拠>を総合すれば、

1  原告が、高森建設から受注しようとしていた本件工事には、本件商品(ノンウエヤ)ないしこれと同等以上の材料を使用することが設計仕様書に指定されており、実際には、両者間においてノンウエヤを使用するという暗黙の了解があつたこと

2  ところが先に認定したとおり、被告が原告に対する本件商品の販売を中止したために、原告はノンウエヤを入手することが不可能となり、やむを得ず原告会社の山崎社長は昭和五〇年一〇月半ばすぎころ、高森建設に赴き、ノンウエヤと同等の材料としてウエスコンを使用することの許可を求めたところ、本件工事についての高森建設の責任者であつた浜原公輝は、それで結構だが、一応本件工事の設計を担当している石本建築事務所の許可を得てから回答する旨答えたこと

3  そのころ、被告は、高森建設を訪れ、原告にはもはや本件商品(ノンウエヤ)を販売しないことにしたので、本件工事は被告に請負わせてほしい旨の申入を行なつていたこと

4  その後、原告会社の山崎社長は浜原公輝と一緒に石本建築事務所に赴き、本件工事についての担当者である牛山幸雄に会い、ノンウエヤが入手できなくなつた事情とともにウエスコンを使用することの許可を求めたところ、牛山幸雄は検討した上で後日連絡する旨答えたこと

5  その後、山崎社長は高森建設に再度浜原公輝を訪ねて牛山幸雄の返答を問うたところ、浜原は、ウエスコンの欠点を詳細に記したノートを示し、これを被告から交付されたために、牛山が拒絶の回答を出したと伝え、結局、本件工事は、原告が受注できずに被告が高森建設から受注するに至つたこと

6  <証拠>は、被告の競争会社である三田化工によつての製品ウエスコンを市場から放逐するために、被告によつて作成されたものであるが、ウエスコンは、六万平方メートルの面積を有する三菱重工工場の床仕上工事に使用された実績もあり、<証拠>中のウエスコンがノンウエヤの偽物である旨の記載は真実に合致するものではないこと

の各事実を認めることができ、これらの事実と被告の供給停止の経緯を併せ考えると、被告は、原告の受注しようとしている本件工事を横取りする意図をもつて、原告がウエスコンを用いて本件工事を受注しようとしているのを知りながら、高森建設及び石本建築事務所に対し、ウエスコンがノンウエヤの偽物であり、その性能が劣悪である旨虚偽の事実を告げた上で、本件工事を受注したことが認められ、しかも被告の右行為がなければ、原告はウエスコンを使用して本件工事を施工する旨の契約を締結できることは必至であつたと認められるから、結局被告は、原告が本件工事を請負うことによつて得られる期待利益を違法に侵害したものというべきである。従つて、被告は原告に対し、右不法行為によつて生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

八進んで、請求原因2(三)(原告の被つた損害額)について検討する。

<証拠>によれば、原告は本件工事を代金四二〇万二〇〇〇円で請負う旨の契約を締結しようとしていたのであり、本件工事に際し支出する諸経費は、床強化材購入費として金一三一万七九〇〇円(一平方メートル当り金三四五円に本件工事面積三八二〇平方メートルを乗じて得た額)及び床仕上工事施工手間代として金九五万五〇〇〇円(一平方メートル当り金二五〇円に同じく三八二〇を乗じて得た額)合計二二七万二九〇〇円であるから、差引き金一九二万九一〇〇円が本件工事の施工によつて原告の得べかりし利益であり、原告は右相当額の損害を被つたものと認めることができる。

九以上の事実によれば、原告の請求の趣旨2記載の請求は、金一九二万九一〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年六月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。(なお、右請求は不法行為に基づく損害賠償請求権であるから、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求める原告の附帯請求は、主張自体失当である。)

一〇以上のとおりで、原告の各請求は、前示の各理由ある請求の限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条、九二条本文、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(三宅弘人)

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