東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7925号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二1 <証拠>によれば以下の事実が認められ、<証拠判断略>。
(一) 昭和五一年九月末頃、原告黒羽工場工事長である益子正夫(以下「益子」という。)は本件工事現場の川田建設の事務所へ来てほしい旨の電話があつたことを事務員から聞き、翌日、自から本件工事現場に出向いたこと、
(二) 当時、本件工事現場には建物が三棟あり、そのうち二棟は川田建設が、一棟は篠崎組がそれぞれリースした建物であつたが、対外的な発注等にはそのうちの篠崎組リースの建物が事務所として利用されており、益子は、この篠崎組リースの事務所で大森と会つたところ、その時、当事者間に争いのないとおり大森の注文があり、その注文の内容は残土八〇〇立方メートルであつたことから、益子は右注文を受け入れ大森との間にその代金を金三七万円とする旨の約束をしたこと、<証拠判断略>。
(三) 昭和五一年一〇月一五日、訴外松本一夫(以下「松本」という。)は益子の命令により本件工事現場に右注文の残土を一〇トン積みトラツクで運搬納入し、大森は右残土を確認したうえ異議なくこれを受領し、松本の差し出す原告の納品書にサインをしたこと、
三そこで次に原告主張の名板貸責任について判断する。
1 <証拠>を総合すれば以下の事実が認められ、<証拠判断略>。
(一) 大森と益子が本件売買契約を締結した前記事務所の内外には昭関興産を表示するものは一切なく、事務所の二階には四名分の机が設備され、被告社員大高俊雄が所長として常駐しているほか、大森を含めて三名が常駐しており、この四名は共に仕事をしていたこと、
(二) 右事務所において益子が大森と本件売買契約を締結した際、大森は被告のマーク入りの制服(これは、被告と篠崎組の間の本件工事の請負契約に基づき、被告が篠崎組に貸与したものである。)を着用しており(当時、本件工事現場で被告の制服を着用していたのは、大森を含めた前記事務所に常駐する四名のみであつた。)、右大高は、それを知りながら何ら異議を述べていなかつたこと、
(三) 本件売買契約締結の際、大森は益子に対し「川田建設株式会社栃木事業所工事課、大森永治」という記載のある被告のマークの入つた名刺(被告が篠崎組に交付し、篠崎組が大森に支給したもの。)を渡し、自分は被告の社員である旨を告げ、その後もずつと益子に対して自己を被告の社員であると称していたが、右大高は右事実を知りながらあえてこれを許していたこと(なお、大森は被告の従業員ではなく昭関興産の従業員であつたことは当事者間に争いがない。)、そのため益子は大森は被告の社員であると思つていたこと、
(四) また、右契約締結の際、大森は被告の名入りの注文書用紙を使用して注文し、右大高はこれを黙認していたこと、そのため益子は右残土の注文主は被告である思つていたこと。
2(一) 前記各認定事実に、当事者間に争いのない本件工事現場入口には「川田建設作業所」という大看板が立てられていたものの他に看板がなかつた事実を合わせ考えると、被告は昭関興産に対し自己の商号を使用して建築営業をなすことを許諾していたものと認めるのが相当である。
(二) また、<証拠>によれば同年一一月末頃、益子は大森に対し、右代金の請求をしたところ、当初の約束では被告振出の約束手形で支払うという約束であつたのに、大森は、万が一のときは自分の方で責任をもつからと昭関興産振出の約束手形で支払わせて欲しい旨益子に頼み、同人もこれを了承し、後日宇都宮の昭関興産の本社に赴き、同社振出しの約束手形を受領したが、右手形は昭和五二年一月四日不渡りとなつたので、益子は被告の経理部に手形が不渡りになつたが代金の支払いはどうしてくれるかと電話をしていることが認められ、右事実に前記二1、三1各認定の事実を合わせ考えると、原告は本件工事に係る営業の営業主を被告であると誤認し本件売買契約を締結したものと認めるのが相当である。
(三) なお、<証拠>によれば、被告は篠崎組に対し本件名刺を交付する際、この名刺は官庁関係に対してのみ使用すべき旨告げていたこと及び大森もこれを了承していたことが認められるが、前記認定のとおり右大高は本件売買契約締結の際大森が右名刺を益子に交付するのを黙認していたのであるから、名刺の使用方法がその制限を超えていたものであるとしても、被告は善意の第三者である原告に対し、名板貸人としての責任を免れえないものと解するのが相当である。
(古屋紘昭)