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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9244号 判決 1982年1月29日

原告

片野タカ

右訴訟代理人

村下武司

橘高郁文

右訴訟復代理人

柏木義憲

被告

片野光子

右訴訟代理人

瀬戸丸英好

主文

一  別紙物件目録記載の建物を競売に付し、その売得金を原告及び被告にそれぞれ二分の一の割合で分割する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し別紙物件目録<省略>記載の建物を別紙図面<省略>のイロハニ点を順次直線で結んだ線をもつて別紙区分後の建物目録<省略>記載のとおり区分した建物A及びBに分割し、建物区分の登記手続並びに区分した建物Aにつき共有物分割を原因として持分移転登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し区分した建物Aを引き渡せ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録<省略>記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと片野彦太郎の所有であつた。

2  片野彦太郎は、原告被告両名に対し昭和二八年一二月ころ本件建物を持分割合を定めず贈与し、現在、本件建物の保存登記の名義は、原被告両名の共有とされている。

3  原告は、被告に対し右共有物の分割を請求したが、分割の協議は、調わない。

4  本件建物は、一個の建物であるが、現況からして請求の趣旨1記載のとおりに分割することが可能であり、右分割により各部分に価額の不均衡は生じない。

5  よつて、原告は、被告に対し共有物分割請求権に基づき、本件建物を別紙図面<省略>のイロハニ点を順次直線で結んだ線をもつて別紙区分後の建物目録<省略>記載のとおり区分した建物A及びBに分割し、右建物区分の登記手続並びに区分した建物Aにつき共有物分割を原因として持分移転登記手続及び区分した建物Aの引渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実の内、本件建物につき原被告両名の共有の保存登記がされていることは認めるが、その余の事実は否認する。片野彦太郎は昭和二八年一二月本件建物を建築する際、被告に本件建物を贈与したのであり、原告は、本件建物につき共有持分権を有しない。

3  同3の事実は、否認する。

4  同4の内本件建物が一個の建物であることは認めるがその余の事実は否認し、主張は争う。なお、本件建物を別紙図面<省略>イロハニ点を順次直接で結んだ線でもつて分割すると、各部分の間に隔壁がなく、建物Bには台所、便所及び風呂場がないことになる。したがつて、右各部分は、構造上及び利用上の独立性を欠き、区分所有権は成立し得ない。(右事実等に対する原告の認否)

建物Bに台所、便所及び風呂場がなくなる事実は認めるが、その余の主張は争う。

三  抗弁

仮に、請求原因2の事実が認められるとしても、被告は、本件建物を時効により取得している。

1(一〇年の取得時効)

(一)  被告は、本件建物に昭和二八年一二月から居住し、本件建物全体を占有しており、一〇年が経過した昭和三八年一二月においても占有を継続していた。

(二)  被告は、原告に対し本件建物が被告の所有物である旨の黙示の意思表示をした。すなわち、次のような事情がある。

(1) 被告は、昭和二八年一二月に本件建物が建てられてから被告の子供二人を連れて居住し、その名義で二階の部屋を他人に賃貸し、公租公課も被告名義で納付してきた。

(2) 原告は、右のような被告の行為につき何ら異議を述べなかつた。

(三)  被告は、本件建物に居住し、これを占有するに際して、本件建物が被告の所有であると信じるにつき過失がなかつた。すなわち、次のような事情がある。

(1) 片野彦太郎は、被告の父であり、被告が昭和二七年に離婚して二人の子供を連れて片野彦太郎のもとへ戻つてきたことに同情して被告のために本件建物を建てた。

(2) 片野彦太郎は、被告に対し本件建物を建てるに際して、本件建物を被告に贈与するからこれに居住し、被告の子供を育て、二階の部屋は賃貸して、部屋代を生活の糧にしたらよい旨述べた。

2(二〇年の取得時効)

仮に、抗弁1の(三)の事実が認められないとしても、被告は、二〇年の取得時効を主張する。

(一)  被告は、本件建物に昭和二八年一二月から居住し、本件建物全体を占有しており、二〇年が経過した昭和四八年一二月においても占有を継続していた。

(二)  抗弁1(二)の(1)(2)の記載と同じであるから、ここに引用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁は争う。同1(一)の事実の内、被告が昭和二八年一二月から本件建物に居住していたことは認めるが、その余の事実は否認する。しかし、本件建物全体を被告が占有していたわけではない。同1(二)の主張は争い、その内(1)、(2)の各事実は、否認する。同1(三)の主張は争い、その内(1)の事実中、片野彦太郎が被告の父であること及び被告が昭和二七年に離婚して右彦太郎のもとへ戻つてきたことは認めるが、その余の事実は否認し、(2)の事実は否認する。

2  抗弁2の主張は争い、その内(一)の事実の認否は、同1(一)の事実の認否と同じであるからここに引用する。

その内(二)の事実の認否は、同1(二)(1)(2)の事実の認否と同じであるからここに引用する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二(本件建物の帰属について)そこで、本件建物が原告及び被告両名の共有に属するか又は被告の単独の所有であるかの点につき判断するに、まず、本件建物については原告及び被告の共有の保存登記がされていることは、当事者間に争いがない。<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和二八年以前には、原告の亡夫であり、被告の亡父である片野彦太郎は、港区高輪三丁目に家を借りてパンの製造販売業をしており、当時は右彦太郎、原告、独身であつた長男清、昭和二七年に婚姻した次男勉夫婦が同居していた。ところが、昭和二七年には長女である被告が小川繁雄と離婚して(このことは当事者間に争いがない。)すぐ近くに住むようになり、また、翌年には次男勉夫婦に子供ができたので、右彦太郎は、昭和二八年一二月すでに所有していた土地に本件建物を建築し主として被告の生活及び育児の場として使用させたが、独身である清にも二階の一室に居住させたほか、自らも一階の六畳間にその所持品を持ち込み、週に一回はそこに滞在したほか、しばらくの間自らの客室としても使用していた。本件建物の保存登記名義については、右彦太郎は、原告と相談の上、被告と原告との共有とするものとした(原告及び被告の共有の名義で保存登記がされていることは、当事者間に争いがない。)。彦太郎は、当初本件建物の他人に間借りさせていた二階の三部屋の賃料を被告が生活のために取得することを許諾し、週に一度被告の手料理で夕食等をとるなどし、被告に対して感謝の念をもらすことがあつたが、一方、原告に対しても同様の心情を有しており、その旨表明していた。また、公道に面している本件建物の玄関には当時「片野清」の表札が掲げられており、昭和三十一、二年頃には本件建物に電話を引いた際にも加入権の名義は片野清とされていた。昭和三三年に長男清が婚姻する際、彦太郎は、清の妻の両親に対していずれ公道に面した本件建物に清夫婦を住まわせ、被告らは、本件建物の奥に建てられた建物(現在清夫婦が居住している。)に移転させることを考えている旨告げた。

<証拠判断略>

右の事実によれば、彦太郎は、被告の立場に同情を示し、その生活を心配するとともに親近感、信頼感を有していたことは十分推認できるが、同時に長男清及び原告の将来の生活の問題についても考慮に入れた上で本件建物を建築したものと推認できるのであり、これらの事情に前記認定事実を総合すると、彦太郎が当時本件建物を被告のみに贈与する意思を有していたと推認することはむつかしく、むしろ、その登記名義のとおり被告と原告双方に持分の割合を定めることなく贈与する意思を有しており、その旨黙示的に原告及び被告両名に表明し、原告及び被告も暗黙の内にそれを了解して生活していたものと推認するのが相当である。よつて、請求原因2は、これを認めることができる。

三(被告の時効取得について)次に、被告の取得時効の抗弁につき検討するに、前記認定事実によれば、本件建物の一部の部屋については清又は彦太郎に占有があつたことは明らかであるが、<証拠>によれば、本件建物全体の管理については、専ら被告がそれにあたつていたことが認められ(右認定を覆すに足りる証拠はない。)、これによれば、なお被告にも本件建物の全体の占有があつたものと認めることは妨げられないから、結局、抗弁1(一)の事実は、これを認めることができるというべきである。

ところで、共有者の一人が共有物全体につき取得時効を完成させるためには、新権限による占有がある場合を除き、共有物全体につき単独所有の意思を有し、かつ、それが他の共有者に表示されていなければならないものと解されるところ(民法一八五条参照)、被告の右占有につき、単独で本件建物を所有する意思を有し、かつ、その旨共有者である原告に表明していたか否かにつき判断するに<証拠>によれば、本件建物の固定資産税等の公租公課は、当初から被告が支払つており、原告及び彦太郎もそれに対して格別の異議を述べていないこと、本件建物の二階の貸室の貸主の名義は、いずれも被告とされていたことが認められるが(右認定に反する証拠はない。)、一方、昭和二九年頃の本件建物の玄関に掲げられた表札及び本件建物に設置された電話の加入権の名義は、いずれも片野清名義であつたこと、彦太郎自身も本件建物の一階の六畳間に私物を持ち込み、週一回立ち寄るなどして自らの部屋としても使用していたことは、いずれも前認定のとおりであり、<証拠>によれぱ、本件建物の修理、改築の費用は、被告のみが支出したわけではなく、彦太郎夫婦も負担していること、原告ら及び被告の間で居住場所の点で問題が生じていた昭和四五年頃には、彦太郎夫婦はその解決のために主として被告の転居先として適当な物件をさがすようになり、新聞等の広告により駒場、祐天寺方面等に物件を見つけた際には、被告をして物件の調査に出向かせたことがあつたことが認められ(<証拠判断略>)、以上の事実を総合すると、被告自身が確定的に本件建物が自らの所有であるとの意識を有していたと認めることには疑問が多く、結局、被告において、本件建物につきその共有持分を越えて全体につき所有の意思を有し、かつ、それを共有者たる原告に表明していたものと推認することはできないといわなければならない。

したがつて、その余の点を判断するまでもなく、被告の時効取得の抗弁はいずれも採用できない。

四(共有物の分割について)以上のとおり、本件建物は、原告及び被告の共有に属するところ、前認定のとおり各共有持分の割合の定めはないので、その共有持分はそれぞれ二分の一と認めることができる(民法二五〇条参照。なお、被告本人尋問の結果(第一回)によれば、本件建物には、その建築後若干の増築が行われていることが認められるが、民法二四二条の規定により、その点は右共有持分の割合に何ら影響を及ぼさないものと解するのが相当である。)。

1  請求原因3の事実は、<証拠>によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、現物分割の可否につき検討するに、仮に、原告が主張するように、別紙図面記載のとおりに本件建物を分割したときは、一方の区分建物に台所、便所、及び風呂場が存しなくなることについては、当事者間に争いがない。また、<証拠>を総合すると、本件建物は、一階には玄関、台所、便所、浴室、三畳間、六畳間及び畳に換算して約一五畳に相当する和裁教室用の部屋があり、二階には、六畳間二部屋、四畳半二部屋があるところ、いずれの階においても、完全に均等に二分割することは物理的に相当困難であること(分割のために多額の費用を要すること)、特に一階においては、最も均等分割に近いと考えられる別紙図面記載のとおりに右和裁教室及び玄関を一区分とし、六畳間、台所、便所、浴室を一区分として分割することは、仮に物理的に可能だとしても、分割後の建物、とりわけ和裁教室の方の区分建物は更に多額の費用をかけて大はばな増改築をしなければ生活の用に供し得なくなること、二階に通じる階段を二つに分割することはその位置及び形状からして物理的にも不可能であるから、必ず一方の区分建物は二階へ通ずる階段を欠いた建物にならざるを得ないこと、及び別紙図面記載の分割以外の分割を行つても、概ね右同様のことがいえることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、いずれの階においても本件建物を均等に二分割することは、実際には相当な困難を伴うのみならず、分割された各区分建物は、それぞれほとんど生活の用に供し得ないものになることは容易に推認できるところであるから、本件建物を各共有者の共有持分に応じて妥当に分割することは、ほとんど不可能であると認めるべきであり、少くとも、強いて分割した場合には、その分割によつて著しくその価値を減ずるおそれがあるものと認めるのが相当である。

3  してみると、本件建物については、民法二五八条二項の規定により、裁判所が競売を命じて、その代金を原告及び被告にその共有持分に応じて分割するという方途による以外に適当な分割方法はないものというべきである。

五以上の次第であるから、本件建物については競売を命じ、その代金を原告及び被告に均等に分割することとし、原告のその余の請求(移転登記手続等の請求関係)は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。 (慶田康男)

物件目録、区分後の建物目録<省略>

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