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東京地方裁判所 昭和52年(特わ)80号 決定

被告人 小佐野賢治

主文

検察官は、弁護人に対し、保管にかかる一九七六年一〇月二二日付送付書を以てアメリカ合衆国司法省から当庁裁判官あてに送付されたジヨン・W・クラツター提出の日記抄本(Copies of pages from the diaries produced by John W. Clutter.)中、一九七二年九月一六日、同年一〇月五日、同月六日、同年一一月三日、同月六日、一九七三年一月三日ないし同月五日、同年三月三日ないし同月六日、同月一二日、同月二三日、同年五月一日、同年七月二七日、同月二八日、同年一〇月一五日、同月二四日、同月二九日ないし同月三一日、同年一一月二日、同月三日、一九七四年一月二四日、同年三月一八日、同年七月一六日、同年八月六日分の各記載(但し、日本国及びアメリカ合衆国以外の第三国の利害に関する記載部分を除く。)を閲覧する機会を与えよ。

理由

一  本件申立の趣旨及び理由

1  本件申立の趣旨及び理由は、主任弁護人黒澤長登作成名義の昭和五三年一二月二一日付「証拠開示の申立」と題する書面並びに昭和五四年二月二二日付及び同年三月二二日付各意見書記載のとおり、これに対する検察官の意見は、昭和五四年一月二五日付「クラツターの日記抄本を開示できない理由」と題する書面及び検察官検事小林幹男作成名義の同年三月二二日付「証拠開示の申立に関する意見書」記載のとおりである。

2  弁護人が開示を求める証拠のうち、「支払請求書」二通及び「小切手」二通(SECNo.19、20)については、検察官において自発的に開示に応じたので、とくに判断の要を見ない。

3  検察官が自発的な開示を拒否している主文掲記のジヨン・W・クラツター提出の日記抄本に関する弁護人の申立は、開示を求める目的及びその対象となる範囲に照らし、次の二種にこれを大別することができる。

4  その一は、ジヨン・W・クラツターに対する嘱託尋問調書中において同証人に対して示され、尋問、供述中に引用されている記載部分であつて、嘱託尋問調書中における同証人の供述の信用性をテストする目的によるものであり、開示を求める範囲は、一九七二年(昭和四七年)七月一日から一九七四年(昭和四九年)一二月三一日までの分である。

5  その二は、同調書中に引用されていない記載部分であつて、被告人に有利な証拠の発見を目的とするものであり、開示を求める範囲は、(一)第一次的には、右と同様、一九七二年七月一日から一九七四年一二月三一日までの分、(二)第二次的には、一九七三年(昭和四八年)一月一日から同年一二月三一日までの分、(三)第三次的には、同年一〇月一五日から同年一一月一七日までの分、(四)第四次的には同年一一月三日分である。

二  証拠開示を命ずべき根拠及び基準

6 最高裁判所昭和四三年(し)第六八号、同四四年四月二五日第二小法廷決定(刑集第二三巻第四号二四八頁)は、「裁判所は、証拠調の段階に入つた後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類及び内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができる」としているのであつて、右に示された基準は、本件申立を契機とする職権発動の可否、範囲を決するについて十分参酌されて然るべきところである。

三  嘱託尋問調書中に引用されている記載部分について

7 この開示を求める目的は、嘱託尋問調書中におけるクラツターの供述の信憑性のテストにあるものと解される。前示判例に示された基準に照らし、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要である典型的場合として、「検察側証人に対する反対尋問準備のため、当該証人の主尋問終了後反対尋問開始前において、当該証人の捜査機関に対する供述調書等の開示を求める場合」が一般に考えられているが、本件の場合は、その変型として、同一の思考方法の延長線上にこれを捉えることができる。この場合の開示は、あくまで検察官の積極的立証活動に対する消極的防禦(反対尋問による証明力のテスト)に役立てるためであつて、被告人側の積極的防禦(反証の提出)を直接の目的とするものではない。

8 本件が右の典型的場合と様相を異にする点は、本件においては既にクラツターの嘱託尋問調書が取調済みであり、従つて、同人に対する反対尋問の準備ということはあり得ないことである。しかし、反対尋問は、尋問することそれ自体に意義がある訳ではなく、それによつて証言の信憑性をテストすることに意義があるのであるから、たとえ証人尋問終了後であつても、そのテストを可能とする方法が他にあるならば、できる限りその機会を弁護人に与えるのが相当である。本件日記抄本は、証人自身の作成にかかる公判外の供述調書にほかならないから、これと対比することによつて証言の信憑性をテストすることはある程度可能であると考えられ、その機会を与えるため弁護人にこれを閲覧させるのが相当である。

9 右のように考えると、嘱託尋問調書中に引用された部分に限らず、日記抄本全体を閲覧させるべきではないかとの疑問を生じようが、前示のとおりクラツターに対する証人尋問は既に終了しており、開示を認める目的は将来における反対尋問の準備(検察側の再主尋問に対する再反対尋問の準備を含む。)のためではなく、既になされた供述(尋問調書の形で固定化されている。)の信憑性のテストのためであるから、現に供述に顕われた部分に限定する方がむしろ筋道なのである。本件嘱託尋問においては、尋問中で日記全体を引用するような方法は取つておらず、証人も日記全体によつて記憶喚起をするようなことなく、必要な事項に限つて部分的に日記の記載を示しての尋問、供述がなされているに過ぎないのである。

10 日記の引用の態様はさまざまであり、(一)日記に記載された文言、記号をそのままの形で引用している場合が多いが、(二)記号等で記載された趣旨を尋問者の側で自らの文章に直したうえで尋問していると見られる場合、(三)証人において数日分の記載を閲読して記憶を喚起したうえ、その間の出来事を物語式に要約して供述している場合等も含まれている。右(一)の場合であつても、その引用の正確性をチエツクする必要があるほか、引用された文書を抹消、削除、訂正、変更するような文言ないし記号が附記されていないか検討の必要があり、右(二)、(三)の場合は、尋問者又は証人による要約ないし文章化が正確になされているか吟味する必要のあることは言うまでもない。検察官は、引用部分は、クラツターに示し、同人がその正確性を確認したうえで証言しているのであるから、正確性をテストする必要はないと主張するが(昭和五四年三月二二日付意見書二1)、今はクラツターの供述の信憑性が問題なのであるから、同人自身による正確性の確認を引合いに出すことは全く意味をなさないものと言うべきである。

11 検察官は、開示による弊害として、本件日記中には、クラツターがアジア地域の責任者であつたことに伴い、第三国における活動状況の記載があるところ、米国司法省は日米司法取決めにより提供した資料から第三国に関する秘密の情報が暴露されることのないよう細心の配慮を求めており、開示を認めることはかかる第三国の利益を害するおそれがあることを挙げている(「クラツターの日記抄本を開示できない理由」と題する書面)。もとより、米国との国際信義は尊重すべきであり、また、第三国の利益を害することは当裁判所の意図するところではない。ところで、嘱託尋問調書第七巻五八二頁ないし五八三頁によれば、クラツターの日記の少数のページ(a small number of pages)について、その記載を証言記録に含ませることが相当であるか疑問とされ、話合いの結果、証言終了後クラツターにおいて適当な削除を施したうえ残存部分を記録の一部とすることに訴訟関係人及び執行官の間で合意がなされたことが窺われる。しかし、検察官によれば、証言終了後関係者間でその作業を行なつた際、尋問に引用した記載のあるページから問題となる記載を削除する方法に技術的困難を生じ、結局、再協議の結果、かかる記載を削除しない代りに日本国の検察官において問題性を十分に配慮した慎重な取扱いをすべきであるとの合意に達し、その条件付きで、かつ、証言調書と一体とならない形で、右のような問題のあるページ全部のコピーの交付を受けるに至つたものであると言うのである(昭和五四年三月二二日付意見書一)。この点に関しては、何らの疎明はないが、嘱託尋問に直接関与した日本国検察官の経験に基づく主張と解されるところ、証言終了後の限られた時間内で所論のような作業を行なうことに困難を伴つたことは容易に推認できるが、現時点においては、そのような時間的制約はなく、かつ、開示すべき部分も主文掲記の範囲に限定されているので、その範囲内における少数のページにつき問題部分を削除することが不可能ないし困難であるとは考えられない。かくて、第三国の利益を害するおそれのある事項の記載があるとすれば(その範囲につき争いを生じた場合の解決は別論として、少くとも第一次的には検察官の判断において)、これを削除することにより、検察官主張の弊害は杞憂に帰し、開示を妨ぐべき事由とはなし得ない。

12 なお、検察官は、開示によつて第三者の名誉を不測に傷つけるおそれについても言及しているが、クラツターの供述によれば、本件日記抄本はそもそも「日記」と言えるほどのものではなく(They were not diaries per se.)、自分の面会事項を書き込む手帳(engagement books in which I normally wrote down what my appointments were.)に過ぎないものであり、職務上記帳していたものである(嘱託尋問調書第三巻六七頁)から、第三者(その範囲を厳密に確定することは困難であるが、それが可能としても)の恥辱に帰し、あるいはその公表がその者の名誉を傷つけるような私生活上の具体的事実の記載が含まれているものとは到底考えられない。よしんばそのような記載が含まれていたとしても、それは被告人の防禦とは関係のないことであるから、弁護人の良識ある処置を期待すれば足りることがらである。

13 この関係において開示を相当と認める範囲は、主文掲記中、一九七三年一一月三日分を除くその余の記載部分である。

四  嘱託尋問調書中に引用されていない記載部分について

14 この開示を求める目的は、被告人に有利な証拠を探索し、積極的に反証として利用するにあるものと解される。当事者主義の訴訟構造においては、自己に有利な証拠の探索は、ほんらい当事者がそれぞれに行なうべきであつて、有利な証拠の発見を目的として相手方当事者の手の内を覗き込むようなことは許されない。強大な権限を有する検察官と被告人との実質的当事者対等、公益の代表者としての検察官の立場等を考慮に容れたとしても、「何か有利な証拠が見つかるかも知れない」程度の漠然たる期待のもとに検察官手持証拠の開示を求めることは、典型的なフイツシング・エキスペデイシヨンとして、許容さるべきではない。

15 このような関係において開示を相当とする典型的場合は、検察官が公権力によつて押収中の証拠物の開示を求める場合である。第三者の手中にある証拠物は、検察官の押収行為さえなければ、被告人側においてもアクセシブルであつたはずであり、検察官がこれを押収することによつて被告人側の証拠への接近を遮断しておきながら、その証拠調を請求することもなく(請求すれば、刑事訴訟法第二九九条第一項により開示義務を生ずる。)、還付、仮還付もせず(同法第二二二条第一項、第一二三条、刑事訴訟規則第一七八条の一一参照。)、そのまま証拠物の占有を継続するような場合にこそ、これを被告人側に利用させるため、その開示を命ずる必要性が肯認されるのである。

16 本件が、右の典型的事例と決定的に異る点は、本件日記の原本は提出者であるクラツターに返還され、検察官の手中にあるのはその抄本に過ぎないという点である。従つて、検察官が公権力の行使によつて被告人側の証拠への接近を妨げているという事情はなく、被告人側としては、欲するならばクラツター自身に対し、日記原本の提示を要請し、証拠として利用したい旨を申し出ることが可能なのである。然るに、弁護人において、クラツター自身からこれを取得するための可能な法的手段ないし事実上の要請等の措置に出た形跡は、これを窺うに由ないところである。この点は、本件開示要求をなすに当つての弁護人の最大の弱点と言わざるを得ない。

17 しかし、この点を過度に重視し、裁判所が検察官に対する職権発動を一切行なわない場合には、被告人側に酷に失する結果を招きかねない。蓋し、被告人側においてクラツター自身に対し証拠としての利用方を申し出たとしても、同人が快くこれに応ずる保障はないからである。むしろ、同人が、執行官やクラーク検事に対してすら原本の引渡に応ぜず、引用部分のコピーについてさえも第三国に関する記載の存在を理由に難色を示していること、引用されていない部分に被告人に有利な記載があるとすれば、クラツター自身の証言と矛盾し、偽証罪の嫌疑を招きかねないこと等を考え合わせるならば、被告人側の申出は拒否される公算がきわめて大であると認めざるを得ない。弁護人が可能な手段を尽くさなかつた点を責めるのはよいとしても、だからと言つて現時点においてあらためてこれを尽くすべきことを要求するのは(ことにその成果を得る見込に乏しい本件については)、徒らに訴訟経済に反することとなろう。また、本件証人尋問は、我国の裁判所に対し刑事訴訟法第二二六条所定の証人尋問として請求し、我国裁判所の嘱託により米国の裁判所によつてこれを実施したものであつて、本件日記抄本は、いわば日米裁判所の合作によって取得したものであり、検察官のワーク・プロダクトとしての性格が薄く、従つて右嘱託尋問手続に参加し得なかつた弁護人にも利用の機会を与えたとしても必ずしも不合理ではない点も、考慮に容れる必要がある。

18 叙上の如く、自己に有利な積極的証拠の発見を目的として相手方手持証拠の開示を求めること自体厳格な制約のもとに置かれ、弁護人において尽くすべき手段を尽くさなかつた落度はあるにせよ、開示を求める事項が被告人の防禦のため特に重要であり、その具体的必要性が高度に認められる場合にまで、職権発動を拒むべきいわれはない。右の観点から弁護人の主張を検討するに、開示を求める範囲の第一次ないし第三次の分(前記5参照。)については、その必要性に関する縷々の所論(昭和五四年三月二二日付意見書一、二参照。)にもかかわらず、開示を必要とする具体的理由に乏しく、それが被告人の防禦のため特に重要であるとは認め難い。

19 そこで、弁護人の第四次的主張である一九七三年一一月三日の分について検討する。この日(現地時間)は、ロスアンゼルス空港においてクラツターと被告人との間に現金二〇万ドルの授受がなされたと主張されている当日である。この授受に関して、クラーク検事は、クラツター日記中同年一〇月一五日、同月二四日、同月二九日ないし三一日、同年一一月二日の各記載を引用しつつ尋問しているが、授受の当日である同月三日分の記載については何らの引用もしていない。同人の日記(前述の如く、同人はこれはengagement booksであつて、diariesではないと供述しているので、「日記」という訳語は適切ではないが)は、いわゆるアポイントメントを記載したものであるから、その準備打合せのための会合や電話連絡等について頻繁な記載が見られるのに、肝腎のロスアンゼルス空港における待合せについて何らの記載がないとすれば、きわめて不合理であり、記載のないこと自体が一種の証拠としての意味を有する可能性すら否定し得ない。また、弁護人指摘の如く、被告人がロスアンゼルス空港に到着したのは同日午後四時過ぎであるのに、クラツターが授受の時刻を昼間(midday)と供述している点(第五巻三五八頁)との関連も解明を要する点である。“midday”は“midnight”に対する言葉で、漠然たる「日中」、「昼間」(daytime)よりは「正午」、「真昼」(noon)に近く、前後の供述と照合しても、後者の意味で用いられているように見受けられる。この点がクラツターの単なる記憶違いによるのか何らかの作為的供述であるのか、クラーク検事はこの矛盾に気付かなかつたのか否か等は、同日のアポイントメントの記載(もし有るとすれば)と重大な関連を有することは疑いを容れないところである。ロスアンゼルス空港における待合せが同日正午頃と記載されている場合、同日午後四時過頃と記載されている場合、待合せに関する記載が存在せず、同日午後四時過頃右待合せと両立し得ないような他の行動予定が記載されている場合等によつてさまざまな解釈を生じ得るのであつて、その記載の如何(記載を欠く場合を含めて)は、二〇万ドルの授受を極力否認している被告人にとつて、防禦上きわめて重要な意義を有することは明らかである(授受それ自体が犯罪として訴追されている訳ではないが、授受の有無は本件偽証容疑の中核をなしていると言つても過言ではない)。ことに、前示の如く、クラーク検事が一〇月一五日から授受の前日である一一月二日に至るまでの間の記載(なかには、授受との関連が判然しないものも含まれている。)を詳細に引用して尋問していながら、当日の記載については一切言及しないという一見不可解な尋問方法によつている点に鑑みると、開示を求める必要性は一層高度のものと言うべきである。

20 開示を認めることによる弊害の除去に関しては、さきに11、12に説示したところと同様である。

五  結論

21 よつて、当裁判所は、主文掲記の範囲内において、検察官に対し、その保管にかかるクラツターの日記抄本を弁護人に閲覧する機会を与えることを命ずるのが相当であるとの結論に達し、訴訟指揮権を発動して、主文のとおり決定する次第である。

(裁判官 半谷恭一 松澤智 井上弘通)

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