東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)56号 判決 1980年7月17日
原告 山形屋興業株式会社
被告 国税不服審判所長 大宮税務署長
主文
一 被告大宮税務署長が原告に対し昭和五〇年六月三〇日付けでした原告の昭和四七年八月一日から昭和四八年七月二〇日までの事業年度分の法人税の更正及び重加算税賦課決定のうち、所得金額を七八六一万七二二四円として計算した額を超える部分は、これを取り消す。
二 被告大宮税務署長が原告に対し昭和五〇年六月三〇日付けでした昭和四七年一二月分給与に係る源泉所得税五五六万三五八四円の納税告知及び不納付加算税五五万六三〇〇円の賦課決定のうち、原告代表者に対する賞与を四八〇万三二〇〇円として計算した額を超える部分は、これを取り消す。
三 原告の被告大宮税務署長に対するその余の請求及び被告国税不服審判所長に対する請求は、いずれもこれを棄却する。
四 訴訟費用中、原告と被告大宮税務署長との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告大宮税務署長の負担とし、原告と被告国税不服審判所長との間に生じたものは原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
1 被告大宮税務署長が原告に対し昭和五〇年六月三〇日付けでした原告の昭和四七年八月一日から昭和四八年七月二〇日までの事業年度分の法人税の更正及び重加算税賦課決定は、これを取り消す。
2 被告大宮税務署長が原告に対し昭和五〇年六月三〇日付けでした昭和四七年一二月分給与に係る源泉所得税五五六万三五八四円の納税告知及び不納付加算税五五万六三〇〇円の賦課決定は、これを取り消す。
3 被告国税不服審判所長が原告に対し昭和五二年三月一六日付けでした1及び2記載の各処分の審査請求を棄却する旨の裁決は、これを取り消す。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
1 原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、不動産売買業を営む青色申告者であるところ、昭和四七年七月一八日、株式会社丸武倉庫から千葉県市川市南行徳第二土地区画整理組合保留地街区番号一三四仮番地二の土地三二〇〇・四七平方メートル(九六八・一四坪。以下「本件土地」という。)を一億一一三二万円で購入した。
2 原告は、同年八月ころ、有限会社光栄建設(以下「光栄建設」という。)の社員と称する三名の者から本件土地の売却を斡旋させてほしいとの申出を受けたので、坪当たり一七万円以上で購入する買手を年内に斡旋すれば仲介料九八〇万円を支払う旨答えた。これに対し、右社員三名は、九八〇万円という金額は仲介料として高額すぎるし、また、本件土地の整地工事も十分行われていないので、光栄建設において整地工事を行つたうえ坪当たり一七万円以上の買手を見付けるから、整地工事代金の名目で九八〇万円を支払つてほしい旨申し出た。そこで、原告は、これを了承し、同年一一月三日、光栄建設との間で右整地工事の請負契約書を交わすとともに、いずれにしても坪当たり一七万円以上の買手を年内に斡旋すれば、九八〇万円を支払う旨約した。光栄建設は、右整地工事を行つたうえ、買手として浅上航運倉庫株式会社(以下「浅上航運」という。)を原告に斡旋した。
3 原告は、同年一二月二七日、浅上航運に対し本件土地を坪当たり一七万円に相当する一億六四五六万円で売却した。
4 そして、原告は、同月二八日、右光栄建設の社員に対し、右整地工事代金及び仲介料として、振出人原告、支払人富士銀行千束町支店、金額九八〇万円の線引小切手を交付し、同金額を支払つた。原告は、右整地工事及び浅上航運の斡旋をしたのは光栄建設であり、九八〇万円の支払先も光栄建設と認識しているが、光栄建設の社員が会社の名義を使用しながら個人の立場で右整地工事及び斡旋をし、九八〇万円を収受した可能性はある。しかし、いずれにしても、右九八〇万円は、原告の支払つた経費であり、所得金額の計算上損金に算入さるべきものである。
5 そこで、原告は、昭和四七年八月一日から昭和四八年七月二〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の所得金額の計算上右九八〇万円を損金に算入したうえ、同年九月二〇日青色申告書により本件事業年度分法人税の確定申告を行い、更に昭和四九年七月三〇日青色申告書により所得金額を七三八一万四〇二四円、法人税額を二八二五万二七〇〇円と修正する修正申告を行つた。しかし、被告大宮税務署長(以下「被告税務署長」という。)は、右九八〇万円の損金算入を否認し、昭和五〇年六月三〇日付けで、所得金額を八三六一万四〇二四円、法人税額を三一〇八万八七〇〇円とする更正を行うとともに、重加算税八五万〇八〇〇円の賦課決定を行い、更正通知書に「経費中損金不算入額九八〇万円。昭和四七年一二月二八日に千葉県市川市行徳地区の宅地造成費用として東京都板橋区成増四―二五有限会社光栄建設に支払つた九八〇万円は次の理由により損金となりません。(1)造成現場を実地に確認した結果造成の事実がないこと。(2)上記有限会社光栄建設において代表者ほか関係者に対し造成の真否を確認した結果、造成工事を請負つた事実がないこと。」との理由を附記した。更に、被告税務署長は、原告代表者の佐藤長八が前記小切手金を取得しているとして、右九八〇万円は同人に対する賞与であると認定し、昭和五〇年六月三〇日付けで原告に対し、昭和四七年一二月分給与に係る源泉所得税五五六万三五八四円の納税告知及び不納付加算税五五万六三〇〇円の賦課決定を行つた。原告は、被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)に対し、右法人税の更正及び重加算税賦課決定について昭和五〇年八月二一日、右源泉所得税の納税告知及び不納付加算税賦課決定について同年九月一七日、それぞれ審査請求を行つたが、被告審判所長は、昭和五二年三月一六日付けで右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を行つた。
6 しかし、右九八〇万円は、光栄建設又はその社員に対し本件土地の整地工事代金及び仲介料として現実に支払われているのであるから、被告税務署長の右各処分は違法である。また、同被告は、本件訴訟において、右九八〇万円の支払自体が架空であつて、九八〇万円は原告代表者の佐藤長八に対する賞与であるとしたうえ、役員賞与の損金不算入の原則により右金額の損金算入は否認さるべきである旨主張するが、本件更正の通知書には右主張のような理由は記載されておらず、単に宅地造成の事実がないから損金に算入できない旨が記載されているのみであつて、この記載から右主張のような理由を了知することはできない。したがつて、右通知書の記載は、法の要求する更正理由の附記として不十分であるから、この点からも本件更正は取り消されるべきである。
7 また、原告は、被告審判所長に対し、原告の主張にそう書証として、原告と光栄建設との間の本件土地の埋立工事請負契約書並びに光栄建設の同工事代金の請求書及び領収証を提出したのであるから、同被告としては、本件裁決書の中において、右書証と他の証拠資料とを対比のうえ、いずれの証拠を採用し又は採用しないかの証拠価値の判断を示すべきであるにもかかわらず、これを怠つた。このように、証拠の価値判断を怠つた本件裁決は、違法として取り消されるべきである。
二 請求原因に対する被告両名の認否
1 請求原因1、3及び5の事実は認める。
2 請求原因2の事実は知らない。
3 請求原因4の事実は否認する。
4 請求原因6及び7の主張は争う。
三 被告税務署長の主張
1 原告は、昭和四七年一二月二八日光栄建設に対し本件土地の宅地造成工事代金九八〇万円を支払つたとして、所得金額の計算上右金額を損金に算入したうえ、本件事業年度分の法人税の確定申告及び修正申告を行つたが、原告が右九八〇万円の債務を負担したことも、また、その支払をなしたこともなく、右は架空の経費である。原告は、本訴において、右九八〇万円を本件土地の整地工事代金及び仲介料として光栄建設に支払つた旨その主張を変更したが、その事実もない。したがつて、右架空の経費である九八〇万円の損金算入を否認し、四金額を所得金額に加算した本件更正は適法である。そして、本件更正に基づき納付すべき法人税額二八三万六〇〇〇円に一〇〇分の三〇を乗じて計算した金額八五万〇八〇〇円を重加算税とした賦課決定もまた適法である。
2 被告税務署長は、本件更正の通知書において、本件土地につき宅地造成工事が施行された事実のないこと及び光栄建設が右宅地造成工事を請負つた事実もないことの二点を摘示し、原告が宅地造成工事代金として損金経理した九八〇万円は架空の経費であり、損金にならないことを具体的に明示しているから、本件更正は理由附記の点においても欠けるところはない。
3 原告は、その主張のとおり昭和四七年一二月二八日金額九八〇万円の小切手を振り出しているが、この小切手は、同月三〇日原告代表者が受取の裏書をなして小切手金の支払を受けている。そして、右小切手金は、その後において原告に受入れ経理されておらず、原告の社内に留保されたり、原告の資産の取得、負債又は経費の支払に充てられた事実もない。したがつて、右小切手金九八〇万円は、原告代表者が個人で取得したのであつて、同人に対する昭和四七年一二月分の臨時的給与すなわち役員賞与というべきである。しかるに、原告は、右賞与に対する源泉所得税五五六万三五八四円を正当な理由なく法定納期の昭和四八年一月一〇日までに納付しなかつたので、被告税務署長は、右五五六万三五八四円の納税告知を行い、かつ、同金額(一〇〇〇円未満の端数切り捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて計算した五五万六三〇〇円を不納付加算税として賦課決定したもので、いずれも適法である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、3及び5の事実については、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実によれば、原告は昭和四七年七月一八日株式会社丸武倉庫から本件土地を一億一一三二万円で購入し、同年一二月二七日これを浅上航運に対し一億六四五六万円で売却したものであるが、原告は、同月二八日光栄建設に対し、本件土地の整地工事代金及び右売却の仲介料として九八〇万円を支払つたから、所得金額の計算上右九八〇万円を損金に算入すべきであると主張する。
成立に争いのない乙第三号証及び乙第五号証並びに証人富永光江の証言によると、光栄建設は、倒産した建築下請業の富国興業株式会社の仕掛工事を完成させるため富永光江を代表取締役として昭和四七年六月一九日設立され、昭和四八年三月ころ事実上解散した有限会社で、本件土地の整地工事や売却の仲介を行える態勢にはなく、実際にも会社としては右整地工事や売却の仲介を行つておらず、その代金として原告から九八〇万円を受領した事実もないことが認められる。甲第三号証の一は昭和四七年一一月三日付けの本件土地の埋立工事請負契約書で、請負人として光栄建設名義の記名印及び社印並びに富永光江名義の印が押捺されており、同号証の二は同年一二月二五日付けの右埋立工事代金九八〇万円の請求書で、作成者として光栄建設名義の記名印が押捺されており、同号証の三は同月二八日付けの九八〇万円の領収証で、作成者として光栄建設名義の記名印及び社印が押捺されており、乙第一号証は原告が振り出したことについて当事者間に争いのない金額九八〇万円、振出日右同日、支払人富士銀行千束町支店の線引小切手で、裏面に光栄建設名義の記名印が押捺されているところ、証人富永光江の証言によると、右光栄建設名義の記名印及び社印は光栄建設の印章によるものであり、また、富永光江名義の印は富永光江のいわゆる実印によるものではあるが、いずれも富永光江の意思に基づき押捺されたものではなく、何者かが右各印章を冒用したものであることが認められるので、右各書証をもつて、光栄建設が右整地工事や売却の仲介をなし、原告から九八〇万円を受領したとすることはできず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。
したがつて、光栄建設が本件土地の整地工事及び売却の仲介をなし、これに対し原告が九八〇万円を支払つたということはできない。
三 そこで、光栄建設の社員が光栄建設の名義を使用しながら個人の立場で本件土地の整地工事及び売却の仲介をなし、これに対し原告が九八〇万円を支払つたものであるとの原告の主張につき検討を加えることとする。
1 まず、本件土地につき右社員により整地工事がなされたか否かを検討するに、成立に争いのない乙第二号証の一及び二並びに証人佐藤哲男、同松田六郎及び同赤神敬太の各証言によると、原告が本件土地を購入してから売却するまでの間において、本件土地につき整地工事、宅地造成工事ないし埋立工事のなされた事実はないことが認められる。原告代表者は、その尋問において、宅地造成工事を「多少やつたと思います。」と供述しているが、現地で右工事を確認したものでないことは同人の自認するところであつて、右認定の妨げとなるものではなく、また、前掲甲第三号証の一ないし三並びに原告の会計帳簿である甲第五号証及び乙第一一号証も、その記載内容や作成経緯に後述のような疑問があるので、前掲各証拠の証明力に勝るものではなく、右認定を左右するものとはいえない。そして、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 次に、本件土地につき右社員により売却の仲介がなされたか否かを検討する。
成立に争いのない甲第四号証、証人赤神敬太の証言により成立の認められる乙第一二号証及び乙第一六号証並びに同証人の証言によると、不動産仲介等を業とする株式会社ゼネラル大勝(以下「ゼネラル大勝」という。代表者赤神敬太)は、不動産仲介のグループが出入りするホテルで、「栄」という文字の付く社名の会社の社員や外国語の社名の会社の社員から、原告が本件土地を坪単価一七万円以上で売りに出していることを知らされるとともに本件土地の図面を渡され、買主の斡旋を依頼されたこと、ゼネラル大勝は、右買主として浅上航運を原告に斡旋し、両者間の売買契約を仲介し、契約書の作成等の事務処理にあたつたこと、ゼネラル大勝は、原告から原告としては原告の依頼した仲介人に対し仲介料を支払わなければならないので、ゼネラル大勝には仲介料を支払えない旨を告げられ、浅上航運からのみ三〇〇万円の仲介料を受領したことが認められ、以上の事実によれば、原告は、ゼネラル大勝が仲介に入る前に「栄」という文字の付く社名の会社の社員に本件土地の売却の仲介を依頼していたことがうかがわれる。他方、前述のとおり甲第三号証の一ないし三及び乙第一号証に押捺された光栄建設名義の印影はすべて光栄建設の印章によるものであり、また、甲第三号証の一の富永光江名義の印影は光栄建設の代表取締役のいわゆる実印によるものである。これらの印章を容易に使用し得る者は、光栄建設の社員以外に考えられないから、光栄建設の社員が原告との間において本件土地にかかわつていたことは確実といえる。これらの事実に原告代表者尋問の結果の一部を総合すれば、原告は光栄建設の社員に対し本件土地の売却の仲介を依頼し、光栄建設の社員は更にゼネラル大勝に本件土地を紹介して買主の斡旋を依頼し、これに基づきゼネラル大勝が買主として浅上航運を探し出して直接原告に紹介し、両者の間において売買契約が成立したものと認めるのが相当である。右認定を覆すに足る証拠はない。
3 右のとおり、原告が光栄建設の社員に対して本件土地の売却の仲介を依頼し、その橋渡しでゼネラル大勝が浅上航運を買主として原告に斡旋し、両者の間で売買契約が成立したのであるから、特段の事情のない限り、原告において右社員に対し報酬を支払うのが通常の例であるということができる。しかしながら、右報酬として支払つた額が九八〇万円であつたとの原告の主張は、次に述べる諸事情に照らし、とうてい是認することができない。
(一) 前記のように、本件土地について整地工事等のなされた事実がないにもかかわらず、証人松田六郎の証言により成立の認められる乙第八号証、成立に争いのない甲第一号証、甲第七号証、乙第六号証及び丙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一一号証、並びに証人佐藤哲男、同松田六郎及び同細野春雄の各証言によると、原告は、その銀行勘定元帳、仕入勘定元帳等の会計帳簿に本件土地の整地工事代金として九八〇万円を支払つた旨記載し、本件更正前に被告税務署長の調査を受けた段階から本件審査請求手続の途中まで一貫して本件土地の宅地造成工事代金として九八〇万円を支払つた旨主張し、その後になつて本件土地の整地工事代金及び売却仲介料として九八〇万円を支払つた旨主張を変更した事実が認められる。もつとも、甲第五号証には原告が昭和四七年一二月二八日「土地製地代及び仲介料」として九八〇万円を支払つた旨の記載があり、証人小池りつ子、同細野春雄及び原告代表者は、右甲号証は原告の仕入補助簿で、右記載は右日付のころなされたものである旨供述している。しかし、右甲号証には右九八〇万円についての利息計算が記載されており、証人細野春雄は右は土地の譲渡益に対する特別課税の税額計算のためのものである旨供述しているが、右特別課税の制度は昭和四八年四月二一日公布施行の租税特別措置法の一部を改正する法律により昭和四九年四月一日以降の土地譲渡に適用されることになつたものであり、また、右甲号証の記載のうち「及び仲介料」の部分のインクは、他の部分に比べやや新しい感じを与える。これらの事実に、原告が当初仲介料の主張を全くしていなかつた事実、本件更正前の調査の際には仲介料の記載のある会計帳簿が被告税務署長所部係官に提示されなかつた旨の証人佐藤哲男及び同松田六郎の各証言、並びに前掲乙第八号証及び乙第一一号証を照らし合わせれば、右甲号証の全部又は少なくとも「及び仲介料」の部分は、原告の右主張の変更に合わせて後日記載されたものと認めざるを得ず、証人小池りつ子、同細野春雄及び原告代表者の右各供述は措信できない。したがつて、甲第五号証は前記認定の妨げとなるものではなく、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。前記のように宅地造成工事が実際には行われていないにもかかわらず、原告が九八〇万円について当初宅地造成工事代金と説明したのは、九八〇万円という多額の経費を説明するには宅地造成工事以外に適当な名目がなかつたためであり、それが被告税務署長の調査によつて虚偽であることが判明するに及んで、整地工事代金及び仲介料と説明を変更し、甲第五号証を作成したと認められるのであつて、このような経緯に照らせば、名目のみならず九八〇万円という支払額自体も架空のものである可能性が強いといえる。
(二) 前掲甲第四号証、証人松田六郎の証言により成立の認められる乙第一〇号証並びに同証人及び証人赤神敬太の各証言によると、原告は本件土地の買主である浅上航運から契約当日の昭和四七年一二月二七日手付金三二〇〇万円を受領し、昭和四八年一月二四日残金一億三二五六万円を受領したこと、前記の経緯で浅上航運を買主として原告に紹介したゼネラル大勝は、浅上航運から右仲介料として昭和四七年一二月二七日に一五〇万円、昭和四八年一月二四日に一五〇万円、合計三〇〇万円を受領したことが認められる。原告が九八〇万円を支払つたという光栄建設の社員は原告の依頼を受けて本件土地をゼネラル大勝に紹介しただけである(本件土地に整地工事のなされていないこと前述のとおりである。)から、仲介人としての光栄建設の社員の貢献度は、ゼネラル大勝のそれに比してかなり低いものというべきである。そのうえ、弁論の全趣旨によれば、本件土地は宅地建物取引業法の適用を受ける宅地、すなわち建物の敷地に供せられる土地であることが認められるが、同法四六条及び同規定を受けた「宅地建物取引業法の規定により宅地建物取引業者が受けることのできる報酬の額(昭和四五年一〇月二三日付け建設省告示第一五五二号)」によると、宅地建物取引業者が代金一億六四五六万円の宅地売買の仲介につき当事者の一方から受けることのできる仲介料の最高額は四九九万六八〇〇円である。右最高額や貢献度の高いゼネラル大勝でさえ浅上航運から三〇〇万円の仲介料しか支払われていないことを考えると、九八〇万円という金額は仲介料としては異常に高額というべきである。この点につき、原告代表者は、本件土地の売買が半年間で約五〇〇〇万円の利益をあげるものであつたから、その程度の仲介料の支払はやむを得なかつた旨供述するが、九八〇万円という数額が取り決められた根拠は全く明らかでないし、また、右原告代表の供述するところによれば、当時はいわゆる土地ブームで土地の売行きが極めてよく、原告が本件土地の売却斡旋を光栄建設の社員に依頼したのは、従来面識のなかつた右社員が原告の土地を売らせてもらいたい旨申し出てきたことが端緒であるというのであり、坪単価一七万円の売買を成立させるのに特別の尽力、才幹を要したとも認められないことを考慮すると、自ら不動産売買を業とする原告が、右のような事情の下で、十分な信用も置けない一回限りの非業者に仲介を任せるにつき、初めから前記のごとき異常に高額な仲介料の支払を約することは著しく不自然というほかなく、原告代表者の右供述は採用し難い。更に、昭和四七年一二月二八日の時点では、原告は浅上航運から手付金の支払しか受けていないのであるから、この時点で九八〇万円の仲介料全額を支払うというのも通常ではない(ちなみに、ゼネラル大勝は、右三〇〇万円の仲介料を、契約成立日と残代金完済日の二回に分け、半額ずつ受領しているのである。)。
(三) 原告は、昭和四七年一二月二八日に九八〇万円を支払つた証拠として、甲第三号証の一ないし三を提出しているが、このうち甲第三号証の一は、光栄建設が同月二五日に本件土地の埋立工事を完成させ、完成の日から三日以内にこれを原告に引き渡し、原告が右完成引渡しの日に光栄建設に対し九八〇万円を支払うという内容の同年一一月三日付けの工事請負契約書であるところ、埋立工事完成の日から三日目は同年一二月二八日であるから、実際の工事は何らなされていないにもかかわらず、右日付のみが原告主張の九八〇万円の支払日に一致するという不自然さを有している。また、甲第三号証の二は、右埋立工事代金九八〇万円に関する昭和四七年一二月二五日付けの請求書であるところ、実際の工事は何らなされていないのであるから、甲第三号証の一の工事請負契約書で工事完成日として指定された一二月二五日の日付に合わせて作成された内容虚偽の請求書であることが明らかである。したがつて、原告と光栄建設の社員とが意を通じたうえで、昭和四七年一二月二八日に九八〇万円を支払つたという原告の主張に合わせ、甲第三号の一及び二を作成し、更に領収証たる同号証の三を作成したという疑いが強い。なお、原告は、右九八〇万円の支払のため、光栄建設の社員に対し乙第一号証の小切手を交付したと主張し、右小切手の裏面に光栄建設の記名印があることは明らかであるが、後に触れるとおり、この小切手自体によつては誰れが小切手金の支払を受けたか明らかでなく、次の(四)に認定するところをも考え合わせれば、原告が右九八〇万円の支払を仮装するために右小切手を振り出し、裏面に光栄建設の記名印を押捺させながら、原告自身が現金化したという可能性も蔵しているのである。
(四) 前掲乙第八号証及び乙第一一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一四号証の一ないし三並びに証人佐藤哲男及び同松田六郎の各証言によると、原告は、架空の経費を作るため、昭和四七年一一月三日増田建築株式会社に対し東京都足立区平野町二の一二三〇の土地の埋立工事代金として八八〇万円を支払つた旨会計帳簿に記載し、また、増田建築株式会社に右に符合する工事請負契約書、請求書及び領収証を作成させ、いつたん同額の小切手を振り出したうえで後にその返金を求めるという方法により、本件事業年度分の所得金額の計算上右八八〇万円を損金に計上して法人税の確定申告を行つたが、四谷税務署の調査により右埋立工事代金八八〇万円が架空の経費であることをつきとめられ、法人税の修正申告をしたことが認められる。原告代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できない。この増田建築株式会社に対する八八〇万円の架空支払の件と、原告が本件で主張する光栄建設に対する九八〇万円の支払の件とは、<1>支払年月日が接近している、<2>原始記録として工事請負契約書、請求書及び領収証が作成されている、<3>しかも、工事請負契約書(甲第三号証の一と乙第一四号証の一)には同一様式の用紙が使用されている、<4>工事請負契約書の工事名は埋立工事である、<5>支払のために小切手の振出が行われているという点において、極めて類似している。
以上(一)から(四)までに述べたところを総合すれば、原告は、光栄建設の社員に対し本件土地の売却仲介料としても九八〇万円という高額を支払つた事実はなく、真実の仲介料はこれを下回るにもかかわらず、九八〇万円を経費として仮装するため、光栄建設の社員をして甲第三号証の一ないし三及び乙第一号証に光栄建設及び光栄建設の代表取締役である富永光江の印章を押捺させたものと判断せざるを得ず、証人小池りつ子の証言及び原告代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四 原告が光栄建設の社員に支払つた仲介料が九八〇万円を下回つていたと認めるべきことは三で述べたとおりであるが、実際の支払額がいくらであつたかを確定することは、本件全証拠によるも困難である。しかし、原告の浅上航運に対する本件土地の売却を正規の宅地建物取引業者が仲介した場合でも、当該宅地建物取引業者が一方当事者から受けることのできる最高額は宅地建物取引業法の規定により四九九万六八〇〇円と制限されているのであり、不動産売買業者である原告はこのことを十分知つていたと考えられ、また、本件土地の売買契約の成立につき光栄建設の社員以上に貢献のあつたゼネラル大勝が浅上航運から支払を受けた仲介料でさえ三〇〇万円であつたことを考えれば、原告が光栄建設の社員に支払つた仲介料が右最高額たる四九九万六八〇〇円を超えるものでないことは確実というべきである。ところで、宅地の売主が仲介人に仲介料を支払つたことが認められる以上、宅地建物取引業法の規定による最高額の範囲内においては、通常の経費として税務署長がその具体的支払額を立証する責任を有すると考えられるところ、本件においては結局その立証がないのであるから、右最高額四九九万六八〇〇円をもつて経費と認め、その損金算入を認容するのが相当である。そして、九八〇万円のうち右最高額を超える四八〇万三二〇〇円は仮装経費として損金算入を否認すべきであり、かつ、右仮装したところに基づき納税申告書を提出したものとして重加算税の賦課を免れないものというべきである。したがつて、本件更正及び重加算税賦課決定のうち、所得金額を七八六一万七二二四円(本件更正による所得金額八三六一万四〇二四円から四九九万六八〇〇円を減じた額)として計算した額を超える部分は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。
五 原告は、更に、本件更正には理由附記不備の違法があると主張する。
原告が、本件土地の売却に関し昭和四七年一二月二八日光栄建設に対し九八〇万円を支払つたとして、所得金額の計算上右九八〇万円を経費として損金に算入したうえ、本件事業年度の法人税の確定申告をしたこと、及び、これに対し、被告税務署長が、右九八〇万円の経費を否認して本件更正を行い、その通知書に請求原因5に記載したとおりの理由を附記したことについては、当事者間に争いがない。
右附記理由によれば、被告税務署長が光栄建設に対する本件土地の宅地造成工事代金九八〇万円の損金算入を否認したこと、その理由は原告と光栄建設との間において右宅地造成工事の請負契約が締結されておらず、右宅地造成工事も現実になされていないからであること、同被告がそのように認定したのは光栄建設に赴いて代表者ほか関係者に確認し、更に本件土地に赴いてその状況を実地に確認した結果であることが明記されている。したがつて、被告税務署長は、更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけでなく、更正をした根拠を原告の帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することによつて明示しているものということができるから、本件更正の理由附記に欠けるところはない。
なお、原告は、本件更正の理由には右九八〇万円の支払自体が架空であるとは記載されていないと非難するが、被告税務署長は右のとおり請負契約自体が締結されておらず、工事もなされていないと附記しているのであつて、同被告が支払自体を架空と認定していることは右附記理由から容易に読み取ることができるから、原告の非難は当たらない。
六 したがつて、本件更正及び重加算税賦課決定の取消しを求める原告の請求は、所得金額を七八六一万七二二四円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の請求は棄却することとする。
七 次に、被告税務署長は、原告が光栄建設に支払つたと主張する九八〇万円は原告の代表者において取得しているので、右は同人に対する賞与と認定すべきであると主張する。しかし、九八〇万円のうち四九九万六八〇〇円は、前述のとおり原告の経費と認定すべきであるから、九八〇万円を役員賞与と認定した本件納税告知及び不納付加算税賦課決定のうち、役員賞与の額を四八〇万三二〇〇円として計算した額を超える部分は、その余の点を判断するまでもなく取消しを免れない。そこで、残り四八〇万三二〇〇円を役員賞与と認定すべきか否かを検討する。
1 原本の存在と裏面の手書部分以外の部分の成立に争いのない乙第一号証、前掲乙第八号証及び証人松田六郎の証言によると、原告は昭和四七年一二月二八日金額九八〇万円、支払人富士銀行千束町支店の線引小切手を振り出し、同小切手は同月三〇日に支払われていることが認められる。
2 そこで、右小切手金の受取人を検討するに、右小切手(乙第一号証)の裏面には、光栄建設の記名印が押捺されているのと並んで「山形屋興業株式会社代表取締役佐藤長八」と手記され、また、原告名義の印影が押捺されているところ、同印影が原告の押捺したものであることについては当事者間に争いがない。原告は、この記載から、光栄建設の社員が振出人たる原告の銀行届出印による裏判を得て小切手金の支払を受けたものであると主張するが、原告が光栄建設の社員に九八〇万円を支払つたとするのは、前記三において詳述したとおり、原告の仮装行為であつて、光栄建設の社員が受取人とは認められない。かえつて、証人佐藤哲男及び同松田六郎の各証言並びに原告代表者尋問の結果によれば、本件事業年度当時、原告の株主及び取締役は原告代表者とその妻及び長男の三人であり、妻は株式会社インペリアル及び山形屋商事株式会社の代表取締役を兼ね、長男は学生で、原告代表者が原告の経理、営業等経営の一切を一人で掌握していたことが認められ、このことに、右小切手の裏面に原告の銀行届出印が押捺されていること、更には原告が光栄建設に九八〇万円を支払つたとするのは架空経費を計上するための原告の仮装行為であることを考え合わせれば、右小切手金の支払を受けたのは原告代表者又はその命を受けた者であり、したがつて右小切手金を入手したのは原告代表者と認めるのが相当である。そして、原告代表者は、右小切手金の一部(その額が四九九万六八〇〇円を超えるものでないことは前述のとおりである。)を光栄建設の社員に支払つたと考えられるが、証人佐藤哲男及び同松田六郎の各証言によれば、右以外に、右小切手金が原告の資産の取得や経費又は負債の支払に充てられたり、原告の預金又は現金として受け入れられた形跡はないことが認められる。原告も、光栄建設の社員に支払つたとする以外の主張はなしていない。
3 前記三の3の(四)で述べたとおり、原告は、本件事業年度の法人税の確定申告に際し、増田建築株式会社に対する架空の埋立工事代金八八〇万円を損金に算入し、四谷税務署の調査によつて右が架空の経費であることをつきとめられ、法人税の修正申告を行つたものであるが、原本の存在及び成立に争いのない乙第一五号証の一の一及び二、二の一及び二、三の一及び二、四並びに五の一及び二、証人佐藤哲男及び同松田六郎の各証言、並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、右の修正申告に当たり、原告代表者、その妻及び長男、並びに原告代表者が代表取締役を兼ねる山形屋佐藤長八商事株式会社取締役飯村喜市の四人の個人名義になつていたゴルフクラブ会員権五口を原告の資産として受け入れ計上したことが認められる。
4 以上のように、原告はその代表者が一人で経営の実権を握つているいわゆる個人会社であるところ、その代表者において原告振出小切手の小切手金九八〇万円を昭和四七年一二月三〇日に入手しながら、光栄建設の社員に支払われた可能性のある四九九万六八〇〇円を除く四八〇万三二〇〇円については、原告の資産の取得や経費又は負債の支払に充てられたり、預金又は現金として受け入れられた形跡がなく、原告自身も光栄建設の社員に支払つたという以外の主張はなしていないところ、右支払は原告の仮装行為と認められるのであり、また、本件事業年度の別口の架空経費が発覚したことに伴い、原告が代表者等の個人名義とされていた資産を急きよ会社資産として受け入れ計上した経緯のあることを考えれば、少なくとも右四八〇万三二〇〇円は、原告代表者において個人資産として取得したものと認めるのが相当であり、したがつて、これを昭和四七年一二月分の原告代表者の賞与と認定するのが相当というべきである。
5 よつて、本件納税告知及び不納付加算税賦課決定のうち、原告代表者に対する賞与の額を四八〇万三二〇〇円として計算した部分は適法としてこれを是認すべきである。
八 したがつて、本件納税告知及び不納付加算税賦課決定の取消しを求める原告の請求は、原告代表者に対する賞与の額を四八〇万三二〇〇円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の請求は棄却することとする。
九 最後に、原告は、被告審判所長が本件裁決書の中で、原告の提出した書証(甲第三号証の一ないし三)に対する価値判断を行つていないから、本件裁決は違法であると主張する。
しかし、前掲丙第一号証によれば、被告審判所長は、本件裁決書の中で、原告指摘の右書証を標目を挙示して積極的に取り上げてはいないものの、原告が九八〇万円の性質について右書証を根拠に本件土地の宅地造成工事代金と主張し、更にその主張を本件土地の整地工事代金及び売却仲介料と変更したことを摘示したうえ、光栄建設の代表者及び本件土地の転得者に当たり、また、本件土地を実地に調査し、更に原告が光栄建設に対する九八〇万円の支払のため振り出したという小切手及びその控えを調査した結果等により、光栄建設又はその社員が原告から本件土地の整地工事や売却仲介を依頼された事実のないこと、原告が本件土地を所持している間に整地工事のなされた事実のないこと、右小切手金も原告の代表者が受領していること等を認定し、これらの事実に照らし原告の主張は認められないと判示しているのであつて、この判示からすれば、同被告が右認定事実に照らし原告提出の右書証を信用できないものとして排斥していることが明らかであり、原処分を正当として維持した判断の根拠が不服の事由に対応して審査請求人たる原告にも十分理解できる程度に具体的に記載されているということができる。
したがつて、本件裁決には原告主張のような判断遺脱ないし理由附記不備はないから、その取消しを求める原告の請求は、理由のないものとして棄却を免れない。
一〇 よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九二条本文の規定を適用したうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤繁 泉徳治 岡光民雄)