東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10022号 判決 1982年11月25日
原告
柳田銀次郎
外四名
原告
星野秀松
原告
塩田あや子
原告
山越誠治
原告
森一男
右原告五名訴訟代理人
浅香寛
新居和夫
被告
関ふく
被告
関隆子
被告
関孝弘
右被告三名訴訟代理人
田辺恒貞
稲葉泰彦
関根裕三
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
一 被告らは、各自、原告柳田銀次郎、同森一男、同山越誠治、同塩田あや子に対し各金七〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同星野秀松に対し金五〇万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行宣言。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 原告柳田銀次郎(以下「原告柳田」という。)は、別紙図面一①記載の位置に二階建居宅(床面積一階259.2平方メートル、二階199.26平方メートル)を、同森一男(以下「原告森」という。)は、同図面④記載の位置に二階建居宅(床面積一、二階各194.4平方メートル)を、同山越誠治(以下「原告山越」という。)は、同図面⑧記載の位置に二階建居宅(床面積一、二階各97.2平方メートル)を、同塩田あや子(以下「原告塩田」という。)は、同図面⑨記載の位置に二階建居宅(床面積一階252.72平方メートル二階191.16平方メートル)を、同星野秀松(以下「原告星野」という。)は、同図面⑩記載の位置に平家建居宅(床面積265.68平方メートル)を所有し、原告塩田を除き、これに居住している。
二 1 被告関ふく、同関隆子、同関孝弘(以下「被告ふく、同隆子、同孝弘」という。)は、昭和五三年一月ころ、訴外株式会社天建(以下「天建」という。)に対し、被告ふく、同隆子が共有する別紙第一物件目録記載の土地上別紙図面一赤斜線部分に、別紙第二物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築を請け負わせたが、天建は、同年六月ころ、本件建物の建築に着工し、同年七月二五日棟上げし、同年九月初めころ、本件建物を完成し、被告らに引渡した。
2 そして、被告らは本件建物の外壁、屋上部分を共有するほか、同孝弘は二階部分(鉄骨造一階建居宅、床面積68.08平方メートル)を、同隆子は三階部分(鉄骨造一階建居宅、床面積75.45平方メートル)を、同ふくは四階部分(鉄骨造一階建居宅、床面積64.68平方メートル)及び五階部分(鉄骨造一階建物置、床面積5.49平方メートル)をそれぞれ所有している。
三 被告らは、本件建物を建築完成させたことにより、以下のとおり、原告らの日照利益を違法に侵害するものであるから、原告に対し、四の損害額を賠償すべきである。
1 同意書の詐取
被告らは、昭和五三年三月四日、足立区役所建築主事に対し、本件建物の建築確認申請をなしたが、被告ふくは、原告ら五名ほか一三名に対し、真実は本件建物が四階建(一部五階建)であるのに、本件建物が三階建である旨の虚偽の事実を申し述べてその旨誤信させ、同人らから本件建物の建築工事計画に異議がない旨の同意書を詐取し、これらを用いて、同年五月一三日、足立区役所建築主事から建築確認を得た。
2 建築基準法上の違反
被告ふく、同隆子が共有する右三筆の土地は、準工業地域・準防火地域に属し、建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセントである。そして、右三筆は合計145.25平方メートルあり、被告らは、右土地に別紙第三物件目録記載の建物を共有していたが、右建築確認申請においては本件建物を建築するため右建物を除去するものとしていたため、右建築確認を得たにもかかわらず、これに反して除去することなく、本件建物の建築に着工し完成させた。従つて、本件建物は、建ぺい率、容積率の点において建築基準法に違反するものである。
なお、被告らは、昭和五三年一二月一日訴外芹沢武雄に対し、右建物を譲渡した。
3 民法及び慣習上の違法
民法によれば、建物を建築するには当該建物と境界との距離を五〇センチメートル以上はなすことを要し、また、原告らの居住する地域には、右と同様の慣習があるところ、本件建物は原告柳田の土地との境界までの距離が公道側で四六三ミリメートル、北側で四〇〇ミリメートル、同塩田の土地との境界までの距離が西側で四三〇ミリメートル、東側で三〇〇ミリメートル、同星野の土地との境界までの距離が公道側で四七八ミリメートル、北側で四〇〇ミリメートルにすぎない。
4 合意違反
被告らは、昭和五三年五月一三日、原告らとの間で、双方の間に話し合いが成立しない限り、被告らは本件建物の建築工事の着工を行わない旨の合意が成立したにもかかわらず、同年六月中ごろ、突然本件建物の建築に着工した。
5 日照利益の侵害
(一) 原告柳田が所有する二階建居宅(以下「①建物」という。他もこれにならう。)は、別紙図面二記載のとおり東側に開口部があり、本件建物が建築される以前は、冬至の日にも終日十分な日照を得ていたが、本件建物が建築されたことにより、午前中は日影となつた。ただし、午前一〇時から一部日照を受けはじめ、午前一二時には日影被害は消失する。
(二) 原告森が所有する④建物は、別紙図面三記載のとおり東側に大きく開口部があり、本件建物が建築される以前は、冬至の日にも終日日当りが良かつたが、本件建物が建築されたことにより、午前中は日影となつた。ただし、午前一〇時から一部日照を受けはじめ、午前一一時三〇分ころには、日影が消失する。
(三) 原告山越が所有する⑧建物は、別紙図面四記載のとおり南側に開口部があり、本件建物が建築される以前は、冬至の日にも終日十分な日照を得ていたが、本件建物が建築されたことにより、午前一〇時から午後三時までの間、日影となつた。
(四) 原告塩田が所有する⑨建物は、別紙図面五記載のとおりの開口部があり、本件建物が建築される以前は冬至の日にも終日日照を得ていたが、本件建物が建築されたことにより、終日全日影となつた。
(五) 原告星野が所有する⑩建物は、別紙図面六記載のとおりの開口部があり、本件建物が建築される以前は、冬至の日にも終日日照を得ていたが、本件建物が建築されたことにより、午後三時ころから日影となるに至つた。
四 原告柳田、同森、同山越、同塩田が被告らの違法な日照侵害により被つた精神的損害は、少なくとも金七〇万円を原告星野の被つた損害は少くとも金五〇万円を下らない。
五 よつて、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告柳田、同森、同山越、同塩田は金七〇万円、同星野は金五〇万円、及び右各金員に対する不法行為後である昭和五五年一月二六日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。(被告らの主張に対する認否)<以下、省略>
理由
一<証拠>によれば、原告らは請求原因一記載のとおり各建物を所有し、原告柳田、同山越、同星野は本人及びその家族が、同森はその家族が各所有建物に居住していることが認められる(右事実は、被告ふく、同隆子と原告らとの間では争いがない。)。原告塩田の所有関係についての被告関ふくの供述部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
1 被告らは、別紙第一物件目録記載の土地の別紙図面一赤斜線部分に昭和二三年頃から木造二階建の建物を所有していたが、これを取毀して本件建物を建築することを計画し、昭和五三年一月頃、天建との間で、本件建物(耐火構造)の建築を目的とする請負契約を締結し、天建は、右旧建物を取毀したうえ同年六月頃本件建物の建築に着工し、同年七月二九日棟上げをし、昭和五四年三月頃本件建物を完成し、被告らに引渡したこと、(被告らが請負契約を締結し、天建が本件建物の建築に着工したことは被告ふく、同隆子と原告らの間に争いがない。)。
2 被告らは本件建物の外壁、屋上部分を共有する外、被告孝弘が二階部分(居宅、床面積68.08平方メートル)を、同隆子が三階部分(居宅、床面積75.45平方メートル)を、同ふくが四階部分(居宅、床面積64.68平方メートル)及び五階部分(物置、床面積5.49平方メートル)をそれぞれ所有していること(以上の事実は、被告らが外壁、屋上部分を共有するとの点を除き、被告ふく、同隆子と原告らの間に争いがない。)、本件建物の一階は車庫になつていること。
三そこで、被告らの本件建物の建築が、原告らに対し、受忍限度を超える日照被害を与え、不法行為を構成するかどうか判断する。
1 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件建物の敷地である別紙第一物件目録記載の土地は、都市計画法上の準工業地域内に存在し、建築基準法により建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセントと定められていること、被告らは、本件建物を建築するに際して、被告らが共有している別紙第三物件目録記載の建物を除却するものとして建築確認を得たにもかかわらず、右建物を除却することなく、昭和五三年一二月一日、これを訴外芹沢武雄に売渡したので、本件建物は右建ぺい率及び容積率の点で建築基準法に違反していること(被告らが右建物を昭和五三年一二月一日訴外芹沢に売渡したことは、被告ふく、同隆子と原告らとの間に争いがない。)。
(二) 本件建物の建築工事に関しては、その是非や迷惑料等の支払をめぐり原告らと被告との間に争いが生じ、同年五月一三日被告らが建築確認を得た際、足立区役所の仲介で話し合いがもたれ、その結果原被告ら間に今後話し合いを続け、被告らは原告らの意にそうよう努力した後着工するものとする旨の合意が成立した。なお、その直後原告柳田から被告らの方に一戸当たり二七〇万円程度の補償金を支払うよう要求が出されたが、被告らはこれを拒否した。そして右合意に基づき同月一六日、請負人天建が被告らを代理し原告らと話し合いをしたが、合意に至らず、被告らは建築資金の融資の条件である着工期限が迫つたため、同年六月話合いを打切つて本件建物の建築に着工したこと(被告らが五月一三日建築確認を得たこと、六月に本件工事に着工したことは、被告ふく、同隆子と原告らの間に争いがない。)。
(三) 本件建物と原告柳田の建物の敷地との境界までの距離が西側南端が約四六センチメートル、同北端で約四〇センチメートル、同塩田の敷地との境界までの距離が北側西端で約四三センチメートル、同東端で約三〇センチメートル、同星野の敷地との境界までの距離が東側南端で約四八センチメートル、同北端で約四〇センチメートルであること。そして原告らの各建物及び本件建物は、いずれもほとんど敷地いつぱいに建てられていること。
(四) 原告柳田の建物は別紙図面二記載のとおり東側に開口部があるが、本件建物によりその部分は冬至において、午前九時頃から午前一一時過ぎまで日影に入ること。原告森の建物は、別紙図面三記載のとおり東側に開口部があり、その部分は冬至において、本件建物により、午前九時頃から午前一一時頃にかけて一部日影に入ること。原告山越の建物は、別紙図面四記載のとおり南側に開口部があるが、右建物の南側約一メートルの距離(軒と軒の距離は約一〇〜二〇センチメートル)に軒を接して右建物と平行して原告塩田の二階建建物があり、従前から冬至のころには右建物により特に一階部分について終日日照阻害を受けていたが、本件建物建築後は二階部分も含め午前一〇時頃から午後三時過ぎまでの間、本件建物の日影に入ることになり、全体として日当たりが悪くなつたこと。原告塩田の建物は、別紙図面五記載のとおり東側、南側に開口部があり、その部分は本件建物により、冬至において、午前九時頃から午後四時頃まで日影に入ること。原告星野の建物は、別紙図面六記載のとおり西側に開口部があるが、その部分は冬至において本件建物により午後二時頃以降日影に入ること。
(五) しかし、他方本件建物が建築される以前においても、原告柳田、同森、同塩田、同星野の各建物の前記各開口部は、被告ら所有の前記二の1認定の旧建物により冬至において前記と同時間帯に日照阻害を受けていたこと。原告柳田、同星野の各建物は別紙二、六の図面のとおりいずれも南側に開口部があるが、その南側は幅約7.2メートルの道路に面していていずれも日照阻害は受けていないこと。なお、原告塩田の建物はアパートであるが老朽化し現在入居者もいないこと。
(六) 被告ふくは、昭和二三年頃、現在地に居住するようになつたが、その当時近隣に居住していた者は原告らのうちで、原告星野(昭和二二年頃居住)だけであること。被告ふくは、老後の生活を考え、子供と円満に同居するため本件建物の建築を計画したこと。
(七) 被告らは本件建物の建築を天建にすべてまかせており、同建物が前記のように建築基準法に違反する結果となつていることは認識していなかつたこと。
また右別紙第三物件目録記載の建物の存在は原告らの受ける日照利益には格別影響を与えないこと。
(八) 被告ふく、同隆子は、昭和五三年三月頃、原告らに対し、一階は車庫でその上に三階建の住居部分を建てる旨の本件建物の建築計画を告げ、原告ら(原告星野を除く)から、本件建物の建築工事計画に異議がない旨の同意書を得たが、その時点では原告らのうち右建物の建築を問題にする者はいなかつたこと(同被告らが原告らから同意書を得たことは被告ふく、同隆子と原告らの間に争いがない。)。本件建物は登記簿上は五階建であるが、実際は四階建の建物にペントハウス(屋上階)の附随したものであること。
(九) 本件建物の周辺は、建物が密集した地域であり、まだ二階建以下の建物が多いが、本件建物と道路を隔てて南側約二〇メートルのところには五階建のマンションがあること。
以上の事実が認められる。<証拠判断略>
2 原告らは請求原因三の1記載のとおり同意書を詐取した旨、また同三の4記載の合意がある旨主張し、証人柳田進、同星野信雄、同森幸治及び原告山越誠治本人は右主張にそう供述をし、<証拠>には右主張にそう記載があるが、被告ふくらが同意書を取得した経緯は前記1の(六)ないし(八)認定のとおりであり、また、被告らが原告ら近隣住民に差入れた念書(前掲甲第三号証)は、着工前に原告らの意にそうよう努力するという趣旨のもので、それを超え、原告らと合意ができなければ着工しないことまでも約束した趣旨のものとは解することはできず、右各供述は右認定に照らしてにわかに措信できず、他に右原告ら主張事実を認めるに足る証拠はない。
3 また、民法第二三四条によれば、建物を築造するには境界線より五〇センチメートル以上の距離を存することを要する旨定められているところ、本件建物が右要件を満たしていないことは前記3認定により明らかである。しかしながら、建築基準法第六五条によれば、防火地域又は準防火地域内にある建築物で外壁が耐火構造のものについては、その外壁を境界線に接して設けることができる旨、民法第二三四条の特則が規定されているのであつて、本件建物は準防火地域内にある耐火構造の建築物であるから、それは右民法の規定に違反しているとはいえない。また本件建物の存する地域において右建築基準法の規定にもかかわらず、なお境界との距離を五〇センチメートル以上とるべきであるとの慣習が存在することを認めるに足る証拠はない。
4 以上認定した事実によれば、原告らの各建物は、本件建物により日照阻害を受けることは確かである。しかしながら、もともと原告柳田、同森、同塩田、同星野の各建物は被告らの所有の旧建物により、同山越の建物は同塩田の建物により日照阻害を受けており、日照阻害の程度はいずれも(原告柳田、同森、同塩田、同山越の建物の場合特に二階部分について)若干増大したことは容易に推認できるが、それが著しく悪化したものとは認め難いところである。しかも、原告柳田、同星野の各建物は南側開口部より日照を享受できるので、本件建物による日照被害が同原告らの生活に与える影響は比較的少ないといえる。また、本件建物は建築基準法に違反しているが、それは被告らが意図的にしたものではなく、右違反の原因である別紙第三物件目録記載の建物を除去すれば解消する性質のものであり、同建物の存在は、原告らの建物の受ける日照には影響を与えていないものである。なお被告らは原告との間で話合いを継続し、原告らの意にそうように努力した後に着工する旨合意しながら、その後一回しか話合いの機会を持たず、合意に至らないまま着工し、計画通り建築したことは前認定のとおりであるが、本件建物は実質四階建で、被告らは前記二の2認定のとおりこれを利用する計画であるから、建物の階数を減らせとの要求は被告らにとつて受け入れにくいところであり、また、金銭的補償については原告柳田から相当高額な要求がでたので両者間に話し合いによる歩みよりの余地は少なかつたと認められ、したがつて、被告らのとつた措置はやむを得ないものであつたという他はない。その他本件土地が準工業地域、準防火地域に属しているなどの地域性、被告ふくは昭和二三年ころより本件土地に居住し、本件建物も被告らの居住用に供されるものであること、原告塩田の建物の場合、現在入居者がいないこと等を考えると、原告らが本件建物により受ける日照被害は原告らにおいて受忍すべき程度のものであると認めるのが相当である。
四したがつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(根本久 青柳馨 都築民枝)
第一物件目録<省略>
第二物件目録<省略>
第三物件目録<省略>
図面二ないし六<省略>