東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10448号 判決
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【判旨】
2 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、設立の翌年である昭和三一年度から市街地住宅の建設に着手しているが、市街地住宅の建設敷地は施設の譲受を希望する土地の所有者又は借地権者の提供にまつこととし(この点は当事者間に争いがない。)、これらの人々の申込を受けて、被告が適地の判定、申込者の資格等を調査し、所定の基準に合格した場合には申込者に対し施設の譲渡承認を与える。その後、被告は、譲受人の委託を受けて地質調査と建物の設計を行い、その完了後施設の譲渡契約を土地提供者との間で締結するが、敷地については土地の提供者が所有者であるときは被告を賃借人とする土地賃貸借契約を、又借地権者であるときは借地権者と被告が借地権を共有する旨の契約を締結する。このようにして各契約が締結された後、被告が建物の建設に着手し、建物が完成した後施設の譲受人との間で譲渡代金を確定して割賦金総額確定契約を締結し、譲受人から譲渡代金の償還を受ける。
(二) ところで、被告は、昭和三一年度以降各年度毎に市街地住宅の建設方針を定め、これに従つて建設を進めてきた。而して、昭和三一年度及び昭和三二年度の建設方針においては、市街地住宅については「土地の提供者が施設の譲渡を受けた後、一〇年経過後に住宅部分の譲渡を希望すれば、当該住宅部分譲渡の際定める価額でこれを譲渡することができるものとする。この場合必要があれば被告は土地の提供者と覚書を交換するものとする。」と定められ、昭和三二年度のパンフレットには右方針に従い「一〇年後の譲渡、公団のアパートは一般の人達に賃貸しますが、一〇年経ちましたら、その時に決める価額でアパートのままあなたに譲渡してもよいことにしますから譲受けられるご希望がありましたら必要な覚書を交換いたします。」と記載されていた。
そして、被告は、右方針に基づき、昭和三一年度及び昭和三二年度においては、土地提供者のうち賃貸住宅の譲受を希望する者との間で、施設譲渡契約締結日より一〇年後に賃貸住宅の譲渡を約するといういわゆる一〇年後譲渡の契約を締結していた。
(三) ところが、昭和三三年度には右建設方針は好ましくないとして変更され、同年度以降、将来被告が賃貸住宅を処分することになつた場合には当該施設の譲受人に優先的に譲渡することができるといういわゆる将来譲渡の方針に変更された。例えば、昭和三四年度の建設方針においては「公団は賃貸住宅を他に処分することになつた場合は、当該施設の譲受人に優先的に譲渡することができるものとし、公団は譲受人と覚書を交換してもよいものとする。ただし、譲渡の条件等は譲渡の際に定めるものとする。」と定め、同年度のパンフレットには「公団アパートを将来処分するようなことになりました時には、あなたがご希望ならば優先的に、その時に決める条件でアパートのままお譲りすることにいたします。」と記載されている。そして、この建設方針はその後も踏襲され、昭和三七年度の建設方針においても右同様賃貸住宅の譲渡についていわゆる将来譲渡とする旨定められており、またパンフレットも昭和三五年度分から市街地住宅処分に関する項目は一切削除された。その結果、遅くとも昭和三五年度以降においては、被告の本所や東京支所の担当職員らは、施設譲受の希望者に対し明確にいわゆる将来譲渡の趣旨を説明していた。
(四) 原告らは、昭和三七年一月一〇日被告に対し施設譲受の申込をし、被告は、同年四月二八日右申込に対する承認をした。そして、同年六月二八日原告節は、被告との間で、別紙第一目録記載の土地上に被告が施設を建設した後譲渡代金を確認する割賦金総額確定契約締結と同時に施設の所有権を原告節に移転する旨の特定分譲施設譲渡契約を締結し、その後昭和三八年一一月二六日原告らは、被告との間で、右譲渡契約に基づいて被告が建設した後譲渡する施設の所有権は原告らが二分の一宛取得するものとする旨の特定分譲施設一部再譲渡契約を締結した。そして、同日原告らは被告との間で、前記土地について賃貸借契約を締結し、次いで同月二八日被告との間で右譲渡代金を確定する割賦総額確定契約を締結した。(本項の事実は当事者間に争いがない。)
(五) その後、昭和三九年五月二七日、被告は、原告らとの間で、「日本住宅公団(以下「甲」トイイマス。)ハ、甲所有ノ末尾表示ノ建物(賃貸住宅)ヲ他ニ譲渡スルコトニナツタ場合ニオイテ一宮節オヨビ一宮勝也(以下「乙」トイイマス。)ガ甲ノ定メル期間内ニ当該建物ノ譲渡ヲ希望スルトキハ、当該建物ヲ他ニ優先シテ乙ニ譲渡スルコトニ致シマス。……(建物ノ表示)割賦金総額確定契約書別紙物件目録ニ表示スル建物及ビ附属物件ノウチ、乙ノ所有ニ属シナイ部分」という内容の覚書を取り交わした。
(六) その後、被告は、前記土地上に別紙第三目録記載の建物(住宅部分、以下、本件建物という。)及び別紙第二目録記載の建物(施設部分)を建築完成させた。
そして、原告らは被告との間で、昭和四〇年五月一二日前記割賦金総額確定契約の内容を一部変更する旨の第一回変更契約を、さらに昭和四六年一月一一日第二回目の変更契約を締結した後、昭和四八年一〇月二五日までに割賦金総額の支払を完了した。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
3 そこで、前記認定事実に基づき、原告ら主張の本件売買の一方の予約が成立したかどうかについて検討する。
原告らは、要するに、昭和三六年一〇月四日被告前総裁加納及び被告東京支所市街地住宅部長木村肇の両名から賃貸住宅の譲渡についていわゆる一〇年後譲渡の確約をとつたので、昭和三七年一月一〇日施設譲受の申込をするとともに賃貸住宅についていわゆる一〇年後譲渡の申込をし、次いで、同年二月一九日被告担当職員らと会つて正式にその手続を開始したことにより同日賃貸住宅につきいわゆる一〇年後譲渡の合意すなわち本件売買予約が成立した、仮にそうでないとしても被告が施設譲渡の承認をした同年四月二八日には本件売買予約が成立した、仮にそうでないとしても被告と施設譲渡契約を締結した同年六月二八日には本件売買予約が成立したと主張し、木村肇が当時原告ら主張の役職にあつたことは当事者間に争いがなく、原告勝也が原告ら主張の日ころ右木村と会い、同人から市街地住宅の建設に関して説明を受けたことは証人木村肇の証言によつて認められるが、その際原告勝也が右木村や被告前総裁加納からいわゆる一〇年後譲渡の確約を得たとの同原告の供述部分は、前記2の認定事実及び証人木村の証言と対比して、にわかに信用できず、さらに右供述に続いて、同原告は、被告と原告らとの間で本件建物についていわゆる一〇年後譲渡の合意が成立した趣旨の供述をするが、この供述部分も、前記認定のとおり原告らが施設譲受の申込をしたのは被告の担当職員が土地提供者に対しいわゆる将来譲渡の趣旨を明確に説明するようになつた後の昭和三七年一月であることや原告らと被告との間ではいわゆる将来譲渡の覚書が取り交わされていることからすると、これまたにわかに信用できず、他に原告らの右主張を認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて前記2で認定した事実に徴すれば、原告らと被告との間で賃貸住宅の譲渡についてはいわゆる将来譲渡の合意が成立したものと認められる。
(池田克俊)