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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10762号 判決 1979年9月18日

原告 株式会社浅野精機

右代表者代表取締役 浅野豊吉

右訴訟代理人弁護士 前田知克

伊藤まゆ

被告 松井康子

右訴訟代理人弁護士 泉信吾

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、第二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四八年六月一日、被告に対し、別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を、期間昭和五三年五月三一日までと定めて賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、同日これを引渡した。

2  本件賃貸借契約は、以下のとおり、一時使用を目的とするものであることが明らかである。すなわち、

(一) 原告は、目盛機械、電々公社の各種機械装置等を製造販売している会社であるが、本件建物一階部分は、原告の右機械製造作業を行なう工場として建築され、構造上も、南西側に接する公道から、直接、製品運搬用の自動車が工場内に出入できるよう、右公道に接する本件建物部分南西側には、間口全面に亘るシャッターが設置されている。

(二) ところが、右建物が竣工した昭和四八年当時は、石油ショックによる不況の直中であり、原告会社も右不況の影響をうけ、工場新築による事業拡張というかねてよりの計画を断念せざるをえなかったばかりか、本件建物建築の借入金返済の資金繰りにも苦しむ状態となった。そこで、原告は、その間に経済情勢が好転するであろうと予測される五年間を限って、工場面積を一部縮小し、前記公道ぞいの本件建物部分を賃貸することとした。

(三) そのため、本件賃貸借契約締結に際し、原告は被告に対し、本件建物部分は本来工場の一部であり、五年後には当初の予定どおり工場として使用することを告げたところ、被告もこれを了承して前記のとおり期間を五年と定め、かつ、特約条項として、(イ)契約満了の翌日には無条件で明渡すこと、(ロ)契約の更新はいかなる事情があっても行なわないこと、を定めた。

(四) 被告は、右を承諾して、前記特約条項の記載された店舗賃貸借契約書に署名・押印したほか、昭和四八年六月八日、右契約についての公正証書作成にも立会っている。

3  仮に、前項の一時使用目的が認められないとしても、原告は被告に対し、昭和五三年以来しばしば口頭をもって、また、昭和五三年二月二七日付そのころ被告到達の書面をもって、本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をした。右更新拒絶には、以下のとおり、正当の事由がある。

(一) 原告会社は、計測機械製造に関し、特許を含む特殊技術を有しており、本件建物部分の賃貸は一時的な事業縮小をしただけで、長期に亘って賃貸する意思はなく、右賃貸期間経過後は、本件建物部分を含む工場全部において操業する予定で事業計画を立ててきた。近時、電々公社その他からの注文も漸増し、事業拡大の見込もついてきたため、機械配置も一新して、本来の業務に専念するつもりでいるところ、本件建物部分は、工場の出入口となっており、右明渡なくしては荷物の搬入にも支障をきたして工場としての機能を果しえず、ひいては事業拡大のために、原告は他に賃貸工場を求めなければならなくなる。

(二) 一方、被告は、本件建物部分においてスナックを経営しているが、右のほか、これに隣接する建物において食堂をも経営しており、必ずしも本件建物部分での営業に固執する必要性はない。現に、本件建物付近で、被告のスナック経営に適する場所が貸しに出されたことがあり、原告は右借入の斡旋をしたが、被告は、これに関心さえ示そうとせず、調停その他の際の原告からのいかなる申入れにも応じようとしない。

(三) 本件建物部分の賃貸借期間は、当初被告から三年間という申入があったのに対し、原告は被告の投下資本回収を慮って、わざわざ五年間を申出たものであり、その反面、被告に賃貸借契約書記載の特約条項を承認してもらい、期間満了後の明渡を確約してもらったものである。従って、原告には明渡してもらえる期待がある反面、被告には五年後には明渡さなければならないことが十分自覚されていた。

4  よって、原告は被告に対し、本件建物部分の明渡しを求める。

二  請求原因事実に対する認否と被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の本件賃貸借契約が一時使用を目的とするものである点は否認する。同項(一)のうち、原告会社の業務内答および本件建物部分にシャッターが設置されていることは認めるが、その余の事実は不知。同項(二)の事実は不知。同項(三)、(四)のうち、本件賃貸借契約の期間を五年と定めたこと、契約書に(イ)、(ロ)の特約条項が記載されていたこと、被告が賃貸借契約書に署名、押印したこと、ならびに昭和四八年六月八日公正証書作成に立会ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3のうち、原告が昭和五三年二月二七日付書面で本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同項(一)の事実は否認する。同項(二)のうち、隣接建物で食堂経営をしているとの事実は否認する、被告が本件建物部分での営業をする必要性がないとの主張は争う、その余の事実は認める。隣接建物で食堂を経営しているのは被告の妹である。同項(三)の事実は否認する。

4  なお、以下のとおり、更新拒絶の正当事由を阻害する事由がある。

(一) 被告は、本件建物部分でのスナック開店にあたっては、内装工事および什器備品の購入に、借入にかかる約八〇〇万円の資金を投入した。現在ようやく固定客もついて経営も軌道に乗り、右借入金の返済にも見通しがついてきた(昭和五五年末完済予定)段階であり、本件建物部分を明渡すことは、スナック経営によって生計を立てている被告が、即時、路頭に迷うことを意味する。

(二) 原告は、本件建物部分を工場として使用する必要性があると主張するが、右主張とは裏腹に、昭和五〇年ころ、それまで原告が事務所として使用していた本件建物部分の隣接部分を、第三者に美容院店舗用建物として賃貸し、今日に至っているし、かつて工場の一部をマージャン屋に改造し、原告代表者自らその経営にあたっていたこともある。

(三) 本件建物部分は、被告が賃借した当時から、工場部分とは厚いコンクリート壁によって隔てられており、構造上も、右コンクリート壁を破壊する以外工場への出入は全く不可能である。また、工場部分との連絡出入口が備えられていた事務所部分を前記のように第三者に賃貸していることからも、本件建物部分を工場として使用する目的でなかったことは明らかである。

三  被告主張4の事実に対する原告の認否

(一)の事実は不知。(二)の事実のうち原告が第三者に事務所部分を美容院経営用店舗として賃貸したこと、原告代表者が工場部分の一部でマージャン屋を営業していたことは認める。(三)の事実のうち本件建物部分が現状では工場部分と壁で隔てられている事実は認めるが、工場として使用する目的がなかったとの点は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告が被告に対し、昭和四八年六月一日、本件建物部分を、期間昭和五三年五月三一日までと定めて賃貸し、同日これを引渡したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件賃貸借契約が、借家法八条に定める「一時使用ノ為建物ノ賃貸借ヲ為シタルコト明ナル場合」に該当するか否かにつき検討する。

1  当事者間に争いのない事実ならびに《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

原告は、主として目盛機械等の精密機械の製造販売を業とする会社であるが、これまでの工場が狭隘となったので、昭和四八年四月、一、二階部分を工場・事務所とし、その余を住居部分とする五階建の本件建物を建築完成したこと、ところが、右完成当時、いわゆる石油ショックによる不況で受注が減少していたため、当初の工場拡張計画の一時的変更を余儀なくされ、そこで、当初の予定では製品の展示場ないし組立作業場として使用を予定していた工場道路添い一画(別紙添付図面赤斜線部分)をブロック壁により仕切ったうえ、これを賃貸し、他の一部をマージャン荘に改造し、これらの収入をもって本件建物建築資金の返済に充て、不況を一時切り抜けることを意図したこと、そこで、原告は、同年五月ころ、前記ブロック壁を完成させ、訴外城南観光株式会社(以下「城南観光」という。)に対し期間五年間に限定して借主を紹介斡旋してくれるよう依頼したこと、被告は、そのころから、本件建物裏手の現住所に居住していたが、以前からスナック経営を企画し、賃貸店舗を探していたところ、本件建物部分が貸しに出されていることを知り、同年五月二七日、城南観光に赴いたこと、被告は同所で、本件契約の斡旋にあたっていた城南観光の代表者飯村好納から、家賃、敷金、礼金、賃貸借期間等の基本的条件につき説明を受けて、本件建物部分を借りうけることとし、即刻手付金六万円を交付したうえ、原告代表者方へ案内してもらったこと、その際、原告代表者と被告は、本件建物二階で互いに紹介されたあと約五分ないし一〇分程度の世間話をし、二日後に正式に契約書をとり交わすこととしたこと、同月二九日、原告代表者と被告は城南観光において契約締結にあたったが、その際、原告代表者は、必要事項の記載のほか特約条項として、「契約期間の更新はいかなる事情等にても行わない。」と記載のある店舗賃貸借契約書を持参し、被告に署名押印を求めたこと、被告は、右特約条項を承認するにつき若干のためらいを感じたものの、立会っていた飯村から法的根拠はないからかまわないとの説明をうけ、いわれるままに右契約書に署名押印したこと、そして敷金一〇〇万円、礼金五〇万円を原告に支払い、さらに、同年六月八日、前記契約書に記載された他の特約条項に従って、建物賃貸借契約公正証書の作成嘱託にも立会ったこと、被告が借り受けた当初、本件建物部分には、水道、電気、トイレ等の設備はあったものの、内部のコンクリート壁が露出している状態であり、そのため被告は、訴外株式会社小林工務店に依頼して五五〇万円ないし五六〇万円をかけてスナック営業用の内装工事を行ない、約二〇〇万円で什器備品を購入して営業を開始し今日に至っていること、本件建物部分の家賃については、当初一ヵ月六万円であったが、二年後には一ヵ月七万円に、四年後には一ヵ月八万五〇〇〇円に各増額されたこと、ところで、原告は、本件賃貸借契約成立後の昭和四八年六月九日、本件建物の保存登記をしているが、その際、当初の使用予定に従って、本件建物部分を含む一、二階部分を事務所・工場として登記手続していること、昭和五〇年半ばころ、工場部分南西側を半分に仕切ってマージャン屋を開業し、原告代表者自身がその営業にあたっていたが、昭和五四年一月、廃業したこと、また、昭和五一年中に、本件建物部分に隣接する事務所部分を第三者に美容院店舗として賃貸し、右賃貸借は今日も続いていること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、借家法八条に「一時使用ノ為建物ノ賃貸借ヲ為シタルコト明ナル場合」とは、賃貸借契約締結の動機、目的建物の種類、構造、賃借人の貸借目的および契約後の使用状況、賃料その他の対価の多寡、期間その他の契約条件等の諸要素を総合的に勘案し、長期継続が予期される通常の借家契約をなしたものではないと認めるに足りる合理的な事情が客観的に認定される場合を指すものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定した事実によると、目的建物部分が本来工場用として建築され、その旨の保存登記もなされ、賃貸期間も五年間と比較的短期であり、契約書上に特約条項として満了後の更新は一切行なわない旨定められてはいるが、原告は、本件建物部分を賃貸するにあたり、該部分と他の部分とをブロック壁により仕切り、一応工場部分とは独立した区画とし外形上も通常の賃貸店舗と何らの区別がつかなかったものと認められること、原告、被告合意のうえ作成された契約書および公正証書も、表題はそれぞれ「店舗賃貸借契約書」、「建物賃貸借契約公正証書」とされ、「一時使用」の文言が用いられていないこと、敷金、礼金として合計一五〇万円の金員が支払われ、家賃についても二年毎の改訂が行なわれる等、通常の賃貸借関係と何ら異ならない対価関係にあること、また、賃借人の本件建物部分の使用目的が、当初からスナック営業にあり、右目的を原告も了知して賃貸したものであって、それ自体限定された期間中のものと認むべき事情がないばかりか、右営業開始にあたっては、その内装工事および設備費用として約七五〇万円の資本投入がなされており、本件建物の賃貸当時の形状からして、右内装工事等の必要性が当然予想されたのであるから、賃貸借期間がある程度長期に亘ることも予測されるのが通常であること、賃貸借当時、原告において五年の賃貸借期間満了後に必ず工場として使用するという具体的計画と右計画実現の見通しがあったとの事情を認めることはできないこと等の諸事情を総合勘案すると、本件賃貸借契約は、一時使用目的であることが明らかであることは認めがたく、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右一時使用を前提とする原告の主張は、結局理由がない。

三  そこで、さらに、原告の本件賃貸借契約の更新拒絶に正当の事由があるかどうかにつき検討する。

《証拠省略》を総合すると、原告は、本件賃貸借契約を締結するにあたりその期間を五年間に限定することを特に強調していたこと、原告の製造にかかる精密機械に対する注文が近時漸増していること、原告の有する特殊技術をこのまま眠らせておくのは原告代表者らの本意とするところではなく、同人らは注文増加を契機として本件建物部分を製品組立場所として使用したい意向を抱いていること、現在でも製品の搬出等にあたっては、本件建物部分を使用できない結果、細い工場脇道路を使用しなければならない不便を忍んでいること、一方、被告は、本件建物部分でスナック営業により自己の生計を維持しているほか、隣接建物を借りうけてレストラン経営にあたっている妹の営業不振により、実質的には同女の生計をも維持していること、さらに、スナック経営にあたり借り入れた資金を月々返済しているところ、右債務が未だ完済されていないこと、そのため他へ転出することは新たな借入資金および設備資金を要することになり、現状では困難な状況にあること、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定した事実と前記二2において認定した事実を総合すると、原告が、現在多少の不便を感じ、また、当初予定した事業を拡張するためには、本件建物部分を必要としていることは否定できないけれども、他方、被告の本件建物部分の継続的使用の必要性も無視できないところであって、これらのことと本件における原、被告の一切の事情を比較較量するときは、いまだ原告において被告に対し明渡を求めるだけの正当の事由が存するとは認め難いものというべきである。

従って、原告のこの点に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  以上のとおり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井田友吉 裁判官 林豊 裁判官三代川俊一郎は代行期間終了のため署名押印することができない。裁判長裁判官 井田友吉)

<以下省略>

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