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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11128号 判決 1980年7月15日

原告

遠藤松枝

ほか三名

被告

中島運送株式会社

主文

一  被告は、原告遠藤松枝に対し金五〇〇万一八三〇円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一に対し各金三三八万四五五三円及び右各金員に対する昭和五三年一一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告遠藤松枝に対し金二五五二万八七六九円及び右内金一七一二万六六九九円に対する昭和五三年一一月二五日から、内金八四〇万二〇七〇円に対する昭和五五年五月七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一に対し各金一五四〇万二五一二円及び右各内金一〇四六万七七九九円に対する昭和五三年一一月二五日から、各内金四九三万四七一三円に対する昭和五五年五月七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外亡遠藤清隆(以下亡清隆という。)は、被告の従業員であつたが、昭和五三年三月一八日午前九時二〇分ころ、千葉県市川市新井三丁目一番一八号所在オザワマンシヨン建築工事現場先路上において、日立油圧式クローラクレーンKH一八〇(以下本件クレーン車という。)をトレーラー車荷台から路上に降ろすため、右荷台から道路に道板を架けていたところ、訴外宍戸兼治(以下訴外宍戸という。)が本件クレーン車のレバーを操作してブームを上に挙げようとして逆にブームを降下させたため、その直下にいた亡清隆は右ブームの下敷きとなり、頭蓋骨骨折及び頸椎骨折の傷害を被つて即死した。

2  責任

(一) 被告は、本件事故当時本件クレーン車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 仮に右主張が認められないとするならば、訴外宍戸は、被告の従業員で、前記事故時は被告の業務の執行として本件クレーン車を操作していたものであり、亡清隆が本件クレーン車のブームの直下で道板を架ける作業をしていたにもかかわらず、亡清隆らに連絡することなく本件クレーン車に乗り込みエンジンを始動させ、しかもレバー操作を誤り、ブームを落下させて亡清隆を死亡させたもので、右事故は訴外宍戸の過失によるものであるから、被告は民法七一五条一項に基づき本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益

亡清隆は、昭和一六年六月一九日生まれ、死亡当時三六歳の男子で、当時被告会社に勤務し、昭和五二年には年間金二七一万六一〇〇円の給与を得ていたもので、本件事故により死亡しなければ六七歳まで稼働し、昭和五三年四月一日以降同人が五五歳で被告会社を停年により退職する直前の昭和七一年三月三一日までの間は、過去の現実の昇給率からみて少くとも前記給与額を基礎とし毎年平均五パーセントの割合による昇給を加算した収入額を、その後の昭和七一年四月一日以降六〇歳直前の昭和七六年三月三一日までの間は、毎年、昭和五三年賃金センサス第一表産業計、企業規模計、学歴計五五ないし五九歳男子労働者平均賃金と同額の収入を、その後昭和七六年四月一日以降六五歳直前の昭和八一年三月三一日までの間は、毎年、同センサス同六〇ないし六四歳男子労働平均賃金と同額の収入を、その後の昭和八一年四月一日以降六七歳直前の昭和八三年三月三一日までの間は、毎年、同センサス同六五歳以上男子労働者平均賃金と同額の収入をそれぞれ得られたはずであり、右額から同人の生活費として三〇パーセントを控除し、更に右のうち昭和五五年四月一日以降の分の収入金額については年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して昭和五五年四月一日現在の現価を求めると、その合計額は金六〇〇六万八五三七円となり、また、亡清隆が五五歳で被告を停年により退職した場合には被告から退職金として金二六二万四九八〇円の支給を受け得たはずであるところ、同人の右死亡に当たり被告から支給された退職金は金二〇万七二一〇円で、結局右差額金二四一万七七七〇円を得ることができなかつたもので、したがつて亡清隆の逸失利益合計額は、金六二四八万六三〇七円となる。

原告遠藤松枝は亡清隆の妻、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一は亡清隆の子であり、亡清隆の右死亡により、右損害賠償債権につき、法定相続分に従い、原告遠藤松枝はその三分の一である金二〇八二万八七六九円の債権を、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一はいずれもその九分の二である金一三八八万五八四六円の債権を相続により取得した。

(二) 慰藉料

本件事故が、被告の自己の従業員に対して尽すべき労働安全義務を継続的かつ意識的に怠つていた結果として発生したものであること、被告が本件事故後の損害賠償問題について不誠実極まりない態度をとつたこと、原告遠藤松枝が今後女手一つで小学生の児童三人を養育していかなければならないことなどを特に考えると、原告らが被つた精神的苦痛を慰藉するためには、原告遠藤松枝については金八〇〇万円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一については各金四〇〇万円が相当である。

(三) 損害の填補

原告らは、本件事故につき自動車損害賠償責任保険から金一五〇〇万円の支払を受け、右金員を法定相続分と同一の割合で、右(一)、(二)による各自の損害賠控債権に充当した。

(四) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、右手数料として原告遠藤松枝は金一〇万円、その余の原告らは各金五万円を支払つたほか、本件訴訟が勝訴のときは謝金として原告遠藤松枝は金一六〇万円、その余の原告らは各金八〇万円を支払う旨約した。

よつて、被告に対し、主位的には自賠法三条、予備的に民法七一五条一項に基づき原告遠藤松枝は金二五五二万八七六九円及び右内金一七一二万六六九九円に対する訴状送達の年の翌日である昭和五三年一一月二五日から、内金八四〇万二〇七〇円に対する同請求の準備書面到達の日の翌年である昭和五五年五月七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一は各金一五四〇万二五一二円及び右各内金一〇四六万七七九九円に対する右昭和五三年一一月二五日から、各内金四九三万四七一三円に対する右昭和五五年五月七日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、亡清隆が本件事故発生時に道板を架ける作業中であつたことは否認し、その余の事実は認める。亡清隆は当時既に道板を架け終り、訴外宍戸が本件クレーン車のエンジンを始動させた後に右ブームの直下付近に進入したものである。

2  同2(一)のうち、被告が、本件事故当時、本件クレーン車を所有していたことは認めるが、その余の主張は争う。本件クレーン車は、自走は可能であるが、これは専ら作業地内における移動の便宜のため走行装置を備えているにすぎないのであつて、元来、道路上の走行を目的としておらず、車両としての登録番号もなく、自動車損害賠償責任保険契約締結の必要もないから、自賠法にいう「自動車」には該当しないものというべきである。

同(二)のうち、訴外宍戸が被告の従業員であり、その業務の執行として本件クレーン車を操作中レバー操作を誤つた過失により亡清隆を死亡させるに至つたことは認めるが、その余の主張は争う。

3  同3のうち、原告らが自動車損害賠償責任保険から金一五〇〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の主張は争う。

三  抗弁

1  被用者の選任 監督上の無過失

訴外宍戸は、移動式クレーンの免許を有する正規のオペレーターで、専ら、訴外石川島播磨重工業株式会社製造のクレーン車(CH―五〇〇)を担当していたものであるが、事故当日、右クレーン車の作業予定がなく、被告から浦安モータープール(千葉県東葛飾郡浦安町砂田所在)に出勤して建築現場用鋼板の積込作業に従事するよう作業指示を受けて同プールに赴いたのに、右作業指示に従わず、後記2のとおりの次第で本件事故を惹起したものであるところ、そもそもクレーン車は、メーカーによつてその装置、操作方法が全く異なるため、自己の担当機種以外のクレーン車を操作するのは非常に危険であることから、被告会社においては従前からオペレーターは作業指示に正確に従い、担当機種以外のクレーン車を操作しないという習慣が確立しており、事故当日も本件クレーン車の移動、組立については後記2のとおり被告会社において訴外日立建機株式会社(以下訴外日立建機という。)に依頼ずみであつて、訴外宍戸も被告会社から同人が本件作業に赴いてはならない旨の指示のあつたことを知りながら本件作業に赴き、本件事故を惹起したものである。

右のとおりであるから、被告は訴外宍戸の選任、監督について相当の注意をなしていたもので、被告には民法七一五条一項に基づく損害賠償責任はないというべきである。

2  過失相殺

亡清隆は、自動車整備士の資格を有し、被告会社においては主として自動車、重機類の整備、点検及びブーム組立の立会の業務に従事していたもので、事故当日、被告会社は本件クレーン車のトレーラー車への積降し及び右ブームの組立て作業を、メーカーである訴外日立建機からオペレーター及び作業員の派遣を受けてこれを実施させることとし、亡清隆に対しては右組立て作業に立会うだけでよく一切手を出してはならない旨指示してあり、更に当日朝も本件クレーン車が置いてあつた前記浦安モータープールに来た亡清隆に対し、被告会社の重機課長訴外宮谷久義から亡清隆に対し電話で前記オペレーターらが同プールに到着するまでその場で待機しているよう再三にわたつて指示したのにもかかわらずこれをも無視し、如何なる理由からか右オペレーターらの到着を待たず、トレーラー車の運転手に命じて本件クレーン車を右トレーラー車に積込ませたうえ、前記1の用件で同プールに来ていた訴外宍戸に対し、同人が本件クレーン車の運転経験が皆無であるうえ、被告の作業指示もないことから、厭がるのを強引に説得して同行及び積降し・組立て作業の手伝いを承諾させ、共に右モータープールを出発して前記建築工事現場先路上に至り、そこで同人に指示してトレーラー車上で本件クレーン車を操作させているうちに事故に遭つたものであり、しかも右事故は、亡清隆が道板を架け終えて訴外宍戸が本件クレーン車のエンジンを始動させてから約五分経過後に亡清隆がブームの直下に進入する理由がないのに敢えて進入したことによるもので、同人の自損行為にも等しいというべく、損害額の算定に当たつては、右の各事実を亡清隆の過失相殺事由として、相当程度斟酌すべきである。

3  損害の填補

原告遠藤松枝は、昭和五五年二月五日までに(昭和五四年一二月末日までの分)労働者災害補償保険法に基づく保険給付として葬祭料金一二万八七八〇円、遺族特別支給金二〇〇万円、遺族特別年金四八万九一四〇円、労災就学援護費金一五万五〇〇円の各支給を受けており、更に同原告は、次の(一)ないし(三)のとおり、将来にわたつて保険給付を受けることが確定しているので、これらの給付金合計金一五一九万八四六八円を同原告の損害賠償債権額から損益相殺として控除するべきである。

(一) 労災就学援護費

原告遠藤松枝に対し、同遠藤智子分として昭和五五年一月一日以降昭和六〇年三月末日まで、同遠藤久美子分として同じく昭和五五年一月一日以降昭和六二年三月末日まで、同遠藤隆一分として同じく昭和五五年一月一日以降昭和六三年三月末日まで、毎月各金三五〇〇円の労災就学援護費が支給されるところ、同各金額から月別新ホフマン方式により年五分の割合に相当する中間利息を控除して昭和五五年一月一日現在の現価を求めると合計金七二万二五七五円となる。

(二) 遺族特別年金

原告遠藤松枝は昭和五五年一月一日現在で四〇歳であり、平均余命表によれば爾後三八年間生存すると考えられるところ、同原告に対し、遺族特別年金は終身支給され、右金額は前同日現在で年額金二六万六八〇四円であるから同各金額から新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して前同日現在の現価を求めると、その額は金五五九万四八八〇円となる。

(三) 遺族補償年金

原告遠藤松枝に対し、遺族補償年金が昭和五六年四月一日から、終身、年額金二九万六四四〇円宛支給されるところ、同原告は右支給開始時において四一歳であり、平均余命表によれば爾後三七年間生存すると考えられるから、同各金額から新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して昭和五六年四月一日現在の現価を求めると、その額は金六一一万二五九三円となる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  抗弁2のうち、亡清隆が自動車整備士の資格を有し、自動車の整備、修理等の業務に従事していたこと、亡清隆が訴外日立建機の従業員が到着する以前に、トレーラー車の運転手に命じて本件クレーン車を右トレーラー車に積込ませ、右運転手及び訴外宍戸と共に浦安モータープールを出発したことは認めるが、その余の事実は否認する。亡清隆の過失相殺の主張は争う。

被告会社が訴外日立建機に依頼したのは本件クレーン車のブームの組立作業の指導、援助だけで、クレーン車のトレーラー車への積降し作業の指導、援助は含まれておらず、事故当時準備された人員数等からみても訴外宍戸が被告会社から当日ブームの組立作業に従事するよう業務命令を受けていたとみるのが自然であつて、右は訴外宍戸が本件事故後業務命令違反による懲戒処分を受けていないことからも明らかであり、亡清隆が同訴外人を強引に説得したことはない。亡清隆が被告会社から、訴外日立建機の従業員が到着するまで待つようにとの指示を受けたことはなく、仮に右のような指示があつたとしても、それは訴外日立建機の従業員が本件建築現場の所在を知らなかつたためである。しかも本件事故は、前記のとおり亡清隆が、計四枚の道板のうち、三枚目の道板を架けているときに訴外宍戸が本件クレーン車のエンジンを始動し、亡清隆らの位置をよく確認しないでレバー操作をするという故意に近い重大な過失によつて生じたものであるから、亡清隆に過失相殺の対象とすべき過失のないことは明らかである。

3  抗弁3のうち、原告遠藤松枝が被告の既受領と主張する葬祭料、遺族特別支給金、遺族特別年金、労災就学援護費の支給を受けたことは認めるが、将来の給付については不知、損益相殺については争う。

被告主張に係る遺族特別支給金、遺族特別年金、労災就学援護費の各給付は保険給付というよりは社会保障的考えの下に支給されているものであるから損益相殺の対象とならず、また葬祭料については、原告遠藤松枝は、亡清隆の葬祭料として金三五万円を支出しているにもかかわらず本訴では一切請求していないのであるから損益相殺の対象とすることはできない。また、将来給付分の労災保険給付については、そもそもいまだ給付を受けておらず、右給付を受けることが確定しているものではないから、損益相殺の対象とすることは相当ではないというべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和五三年三月一八日午前九時二〇分ころ、千葉県市川市新井三丁目一番一八号所在オザワマンシヨン建築工事現場先路上において、訴外宍戸がトレーラー車の荷台から本件クレーン車を路上に降ろすに際し、本件クレーン車のレバーを操作してブームを上に挙げようとして逆にブームを降下させたため、亡清隆が右ブームの下敷きとなり、頭蓋骨骨折及び頸椎骨折の傷害を被つて即死したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告が右事故につき自賠法三条に基づく責任を負うか否かの点について判断する。

被告は、本件クレーン車が自賠法上の「自動車」に該当しない旨主張するところ、成立に争いのない甲第五号証、乙第二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の二、証人山田玄の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件クレーン車は原動機を備えカタピラで自力走行をすることができることが認められ、してみると、同車は「原動機により陸上を移動させることを目的として製作された用具」(道路運送車両法二条二項、なお同法施行規則二条別表第一参照)として自賠法二条一項にいう「自動車」に該当することは明らかで、同車が被告主張のように専ら作業地内のみ移動し、路上走行を目的とせず、車両としての登録番号もなく、自動車損害賠償責任保険契約締結の必要がないとしても、自賠法二条一項にいう「自動車」ではないとはいえない(自賠法一〇条、道路運送車両法二条、四条参照)から、被告の主張は失当というべきである。

そして、前記一の事実によれば、本件事故は、本件クレーン車の走行停止中に生じたものではあるが、右は同車の固有の装置であるブームをその目的に従つて操作中に発生したことは明らかであるから、本件クレーン車の運行によつて生じたものというべきである。

被告が、本件事故当時、本件クレーン車を所有していたことは、被告の認めるところであり、他に特段の主張立証もないから、被告は、本件事故当時、本件クレーン車の運行供用者であつたと認めるべきである。

以上によれば、被告は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三  そこで損害について判断する。

1  逸失利益

成立に争いのない甲第二、三号証によれば、亡清隆は昭和一六年六月一九日生まれ、死亡当時三六歳の男子で、右死亡前被告会社に勤務し(同事実は当事者間に争いがない)昭和五二年には金二七一万六一〇〇円の給与所得を得ていたことが認められるから、亡清隆は本件事故により死亡しなければ六七歳に至るまでその間毎年少くとも右の額に相当する収入を得ることができたものと推認するのが相当であるから、右の額から同人の生活費としてその三割を控除し更にライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して亡清隆の逸失利益の本件事故時における現価を求めると、合計金二九六四万六一二二円となることは計数上明らかである。

原告らは、亡清隆が生存していた場合、停年退職の昭和七一年まで過去の現実の昇給率からみて、少くとも毎年平均五パーセントの割合で昇給するはずであつたと主張し、成立に争いのない乙第一号証の一によると、被告会社では就業規則上原則として毎年一月に年一回の定期昇給が行われることになつていることが認められるが、一方右乙号証によると、右の昇給額は各人の勤怠、能力、実績等を考慮して決定され、しかも財政及び営業状態不振のときは定期昇給を行わないことと定められていることが認められるから、仮に亡清隆がこれまで現実に毎年平均五パーセントを超える割合で昇給してきた事実があつたとしても(右事実を認めるに足りる証拠はない。)その事実から直ちに亡清隆が今後昭和七一年まで少くとも毎年五パーセントを超える昇給を受け得るものと推認することはできず、その蓋然性が高いものとは認められないから、右主張は採用できない。

次に、前掲乙第一号証の一、成立に争いのない乙第一号証の二、甲第二五、第二六号証によると、被告会社では就業規則に附属して退職金規定が定められ、停年もしくは途中退職の場合退職金を支給することとし、そのため被告会社は中小企業退職金共済事業団と退職金共済契約を結んで中小企業退職金共済制度に基づく退職金を支払うことと定められており、被告会社は亡清隆のために右制度に基づく掛金として、昭和四七年三月以降本件事故による死亡時まで、金一〇〇〇円を一四か月、金二〇〇〇円を一二か月、金三〇〇〇円を二二か月、金四〇〇〇円を二〇か月それぞれ払い込んでいたため、本件死亡によつて被告会社を退職したことにより、金二〇万七二一〇円の退職金が原告らに支払われたこと、しかしながら、もし亡清隆が本件事故によつて死亡することなく、停年である五五歳まで勤務して退職するとすれば、少くとも金二六二万四九八〇円の支払を受け得たはずであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そこで、右金額の差額である金二四一万七七七〇円につきライプニツツ方式(年別)により年五分の割合による中間利息を控除すると、死亡時の現価が金一〇〇万四五八三円となることは明らかである。したがつて、亡清隆の死亡による退職金逸失利益損害は右の金一〇〇万四五八三円とみるべきである。

原告遠藤松枝本人尋問の結果によれば、原告遠藤松枝は亡清隆の妻であり、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一はいずれも同人の子であることが認められ、他に特段の主張立証もないから、原告らは亡清隆の死亡に伴い、右逸失利益損害賠償債権につき、法定相続分に従い、原告遠藤松枝において三分の一、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一において各九分の二ずつ、相続により取得したものとみるべきである。

2  慰藉料

原告遠藤松枝本人尋問の結果によれば、原告らは、本件事故により夫であり父である亡清隆を失い多大の精神的苦痛を被つたことが認められ、事故の態様(ただし亡清隆の過失の点は除く)等本件事案における諸般の事情を斟酌すると、右苦痛に対する慰藉料は、原告遠藤松枝につき金三五〇万円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一につき各金二五〇万円とするのが相当である。

3  過失相殺

前掲甲第二号証、第七号証の二、成立に争いのない同第九、第一〇号証、原本の存在及び成立に争いのない同第一五号証、証人土井憲明、同宍戸兼治、同町田裕、同宮谷久喜、同山田玄、同小平勝彦の各証言を総合すると、亡清隆は自動車整備士の資格を有し、本件事故当時、被告会社に勤務し(同事実は当事者間に争いがない。)、重機主任としてクレーンの分解、組立作業等の業務に従事していたが、事故当日の朝、被告会社の重機課長である訴外宮谷久喜から、当日の作業として被告会社の浦安モータープールに所在する本件クレーン車を本件事故現場まで輸送してブームを組立てるようにとの指示を受け、同日午前八時ごろ、右モータープールに赴いたところ、右作業指示を受けた際、訴外宮谷から、かねて派遣方を依頼してあり、当日右モータープールにくることになつている旨聞かされていた訴外日立建機の従業員(クレーン車のオペレーター一名と組立工二、三名)がまだ来ていないため暫時待つたが一向に見えないため、本件クレーン車運搬のため既にモータープールに到着していたトレーラーの運転手である訴外土井憲明(訴外小岩倉庫運輸株式会社従業員)に依頼して本件クレーン車を右トレーラー車に積んだが、それでも右訴外日立建機からの作業員が現われず、そこへたまたま被告会社の従業員でクレーン車のオペレーターである訴外宍戸が現われたので、亡清隆から右訴外人に対し、本件事故現場まで同行してブームの組立作業を手伝つて欲しい旨依頼したところ、同訴外人から日常自分が操作しているクレーン車と機種が異なり、本件クレーン車は操作できないうえ、本日は上司からモータープールで鉄板の荷役作業等に従事するよう命ぜられていることを理由として拒否されたが、亡清隆はなおも強く同行して手伝うことを求めて遂に承諾させたうえ、二、三度にわたる電話連絡の際、訴外宮谷から訴外日立建築機の従業員が到着するまで待つようにとの強い制止を振りきつて、そのまま同日午前九時ごろ、訴外宍戸、同土井とともに右モータープールを出発したこと(訴外日立建機の作業員が到着する以前にモータープールを出発した右の事実は当事者間に争いがない。)、そして、同日午前九時一五分ごろ、本件事故現場に到着し、右到着後亡清隆が訴外宍戸に対して本件クレーン車を操作してトレーラー車から路上に降すよう促したので、同訴外人は、トレーラー車荷台から道板を架ける作業を途中まで手伝つた後、本件クレーン車の運転席に入りエンジンを始動させたが、従来本件クレーン車の操作経験がなく同車の操作方法を殆んど知らなかつたため、暫く各種レバー類を眺めたりこれに手を触れたりしていたものの、運転操作盤の標示文字が不明確であつたため見当で操作をすることにし、先ず本件クレーン車を降し易いようにブームを上に挙げるべく、亡清隆が道板を架ける作業を終えてブームの作動範囲から外に退去したか否かを十分確認しないまま、幾つかのレバー類を動かしているうちにブームが急激に降下してしまい、このためブームの真下で道板を架ける作業をしていた亡清隆がその下敷きとなつて前記のとおり受傷、即死したものであること、前記訴外宮谷としては同月一四日既に訴外日立建機に対し本件事故当日のブーム組立てについて作業員の派遣を依頼しており、その際本件クレーン車の積み降しも含めて依頼したつもりであつたが、訴外日立建機としては単にブームの組立ての指導を依頼されたものと理解し、事故当日サービス員二名の派遣を予定し、同サービス具二名は打合せの時間より若干遅れ、当日の午前九時三〇分ごろ前記モータープールに到着したものであることが認められ、他に右認定を覆えす証拠はない。

以上の認定事実によれば、本件事故の発生については、亡清隆が道板を架ける作業を終了してブームの作動範囲外に退去したか否かを十分確認しないまま本件クレーン車のレバー操作を行つた訴外宍戸の過失が大きく寄与しているというべきであるが、それと共に、亡清隆が、本件クレーン車の操作経験がなく同車の操作方法を殆んど知らなかつた訴外宍戸に対し強く同行を求めて同行させたうえ、本件クレーン車の操作を命じた過失もまた、本件事故発生の一因を成していたことは否定できないから、これをも斟酌することとし、本件損害額につき、その三割を減ずるのが相当である。

そうだとするならば、原告らが被告に対し本訴において請求し得る損害賠償額は、原告遠藤松枝が金九六〇万一八三〇円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一が各金六五一万七八八六円となる。

4  損害の填補

原告らが亡清隆の死亡により自動車損害賠償保険金一五〇〇万円を受領し、原告遠藤松枝が金五〇〇万円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一が金三三三万三三三三円宛それぞれの損害賠償請求権に充当したことは原告らの自陳するところであるから、右各受給保険金は原告らの各逸失利益損害金から控除すべきである。

次に、原告遠藤松枝に対し、葬祭料金一二万八七八〇円、遺族特別支給金二〇〇万円、遺族特別年金四八万九一四〇円、労災就学援護費金一五万五〇〇円が支給されたことは当事者間に争いがない。

右のうち、遺族特別支給金、遺族特別年金、労災就学援護費は、いずれも労働者災害補償保険法七条所定の保険給付ではなく、同法二三条の労働福祉事業として支給されるものであり、同法一二条の四によると、同法七条の保険給付については政府は加害者に対し右保険給付をした場合には損害賠償請求権を代位取得する旨定められているが、同法二三条の労働福祉事業による支給金については右代位取得を定めた規定はなく、また、労働福祉事業による支給金は、政府が業務災害等によつて死亡した労働者の遺族に対し労働福祉行政の一環として支給するもので損害の填補を目的としたものではなく、被害者が加害者や自動車損害賠償責任保険等によつて損害の填補を受けた場合にもこれらとの調整を行わないで支給されるべきものと解するのが相当であり、右各支給金と損害賠償債権とは同一の事由に基づくものということはできないから、右遺族特別支給金、遺族特別年金、労災就学等援護費の支給をもつて当該遺族の損害賠償債権から控除することは相当でない。

また、葬祭料については同法七条の保険給付であるが、本件は使用主加害であつて損害賠償債権の代位取得を生ずる余地はないうえ、原告遠藤松枝が本訴において請求する逸失利益、慰藉料及び弁護士費用とその損害項目を異にするから控除の余地はなく、仮に過受領分があるときはその分を控除すべきであるとしても弁論の全趣旨により成立を認める甲第二七号証、証人岩下輝重の証言によれば、亡清隆の葬儀は昭和五三年三月二〇日及び同年五月八日の二度行われ、原告遠藤松枝は葬儀費用の一部として金三五万円を負担したことが認められるところ、過失相殺の割合による減額を考慮しても過受領分は存在しないから、原告遠藤松枝の請求する損害賠償債権から右葬祭料を控除することは相当でない。

更に、被告は、将来支給が予定される労災就学援護費、遺族特別年金、遺族補償年金について原告遠藤松枝の損害賠償債権額から控除されるべきである旨主張するが、労災就学援護費、遺族特別年金を控除すべきでないことは前記のとおりであり、遺族補償年金については、現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者の右のような将来の給付額を損害賠償債権額から控除するのは相当でないというべきである。

したがつて、原告らの損害賠償債権から控除すべきは、前記自動車損害賠償保険金のみということとなる。

以上によれば、原告らの各損害填補後の残債権額は、原告遠藤松枝が金四六〇万一八三〇円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一がそれぞれ金三一八万四五五三円となる。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額に鑑みると、賠償を求め得る弁護士費用は、原告遠藤松枝については金四〇万円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一についてはそれぞれ金二〇万円と認めるのが相当である。そうすると、右弁護士費用を加えれば、原告遠藤松枝の損害賠償額は金五〇〇万一八三〇円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一の各損害賠償額は金三三八万四五五三円となる。

四  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告遠藤松枝については金五〇〇万一八三〇円、原告遠藤智子、同遠藤久美子、同遠藤隆一については各三三八万四五五三円及び右各金員に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五三年一一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎 福岡右武 富田善範)

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