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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12490号 判決

一 原告が本件特許権を有すること、本件発明の特許出願の願書に添附した明細書の特許請求の範囲の欄の記載が原告主張のとおりであること、被告らが被告茨城県を施行主とし、被告三省建設株式会社を請負人として本件構造体を建設したこと、本件構造体の構造が別紙物件目録記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。

二 右争いのない特許請求の範囲の記載に成立に争いのない甲第二号証(本件公報。別添特許公報と同じ。)並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、本件発明の構成要件は次のように分説できる。

(1) 波の来る方向に向けて置かれる水平に延びた鉛直海壁と前記海壁と平行で同じ長さに延びた鉛直の無孔風下壁とによつて境された大気に開放された室を有する一部水面下に没する構造体を含むこと

(2) 前記海壁がその鉛直面全体に一様に孔があけられて前記室をダクトによつて海と連絡させること

(3) 前記ダクトが前記海壁の外側の波動する水粒の運動エネルギーを実質的に前記ダクトを通ずる水平噴流としての水の集団移行運動に変換するように選択された長さ対直径比および間隔を有すること

(4) 防波堤であること

三 そこで、本件発明と本件構造体とを対比する。

1 被告らは本件発明の構成要件(1)にいう「大気に開放された室」とは上が開いた(天板がない)室を指称するものであり、本件構造体にはかかる「大気に開放された室」は存しないから、右構成要件を欠く旨主張するところ、原告は右に「大気に開放された室」とは、大気が自由に出入りすることができる室のことをいい、室が密閉されていることに対する観念であつて、上が開いた(天板がない)という態様に限定したものではなく、また開放の程度も波により室内の空気が外に押し出されうる程に開いていればよいのであるから、本件構造体は水位より上方にある透過孔(ダクト)により、また本件構造体を構成するケーソンとケーソンとの間に存する間隙によつても「室」は「大気に開放」されているといえる旨主張するので、まず右の「大気に開放された室」について考察する。

2(一) 本件明細書中の前記争いのない特許請求の範囲の欄の記載によれば

(1) 「大気に開放された室」を形成するものとして、波の来る方向に向けて置かれる水平に延びた鉛直海壁と、この鉛直海壁と平行で同じ長さに延びた鉛直の無孔風下壁の二枚の壁のみが示され、これにとどまること

(2) 鉛直海壁の鉛直面全体に一様にあけられた孔(ダクト)は「大気に開放された室」と海とを連絡させるものとしていること

が認められ、

(二) また、

(1) 前掲甲第二号証によれば、本件明細書中の発明の詳細な説明の欄には、従来の鉛直壁防波堤、砕石積防波堤の難点について述べた一節に引続いて、「本発明は重量が従来の岸壁あるいは石積に比較して軽くかつその上、水平に走る上の開いたタンクあるいは室の形を有し海側に向く鉛直壁がその表面に広い面積にわたつてタンクあるいは室の内部に通ずる孔を有して、波動周期の広いスペクトルを持つ波を非常に効果的に減衰する中空潜函防波堤構造にすることによつて防波堤の構築を非常に簡易化せんとするものである」(本件公報1頁右欄三四行ないし2頁左欄一行)との記載があることが認められ、この記載から、本件発明が上の開いたタンクあるいは室の形を有する中空潜函防波堤構造に関する発明であることを示しているものと理解することができる一方、同号証によれば、本件発明の実施例に関する説明は、右の記載部分とは項を異にする別の項(本件公報2頁左欄一三行以下)になされていることが認められるので、右記載をもつて本件発明の一実施例についての説明であるとみることはできないこと

(2) 同号証によれば、本件明細書に記載されている実施例や添附の図面は、いずれも室の上が開いたものであつて、本件明細書には、室を大気に開放する態様として右の態様以外の態様を示す記述や図面がないばかりか、右の態様以外の態様をとりうることを示唆する記述すら存しないことが認められるほか、

(3) 同号証によれば本件発明は、ダクトを通じて単位時間に比較的大量の水をスムーズに移動させることを前提とするもので、そのためには室内の空気を圧縮してはならず、室をできるだけ大きく大気に開放しておく必要があることが認められるのである。

以上の事実を総合すれば、本件発明の構成要件(1)にいう「大気に開放された室」とは、被告らが主張するように、「上が開いた(天板がない)室」を意味するものと解するのが相当である。

3 なお、原告は本件明細書中に海壁と風下壁の支えとして梁を用いる例が示されていることから、最も強固な梁はこの二つの壁の全長にわたつて梁を設けた場合であり、かつその設置位置を二つの壁の最上部とすることは単なる設計事項にすぎないから、二つの壁の最上部に壁の全長にわたつて梁を設けることは本件明細書に開示されている旨主張しているが、梁とは、本件発明において、鉛直海壁と鉛直の無孔風下壁との間に張り渡された突張りをいうものであること(このことは、前掲甲第二号証により認めうる本件明細書の記載から明らか)、そして、前掲甲第二号証によれば、本件明細書添附の図面の第4図ないし第10図には梁の上側にまでダクトが設けられている記載がなされていることが認められるところ、もし梁が板状のものをも含むことを想定しているとすると、まず、梁よりも上方のダクトは無意味な記載になつてしまうのみならず、次に、梁が板状に存在することによつて必然的に生じるであろう揚圧力に関する記載が本件明細書中にあつてしかるべきであるのに、その記載が前掲甲第二号証によると本件明細書中に存在しないことが認められること等を総合して考えると、本件発明において、梁は二つの壁の全長にわたつて板状に設けられることをも開示されているものとは断じ難いので、原告の右主張は採用することができない。また、原告は、『発明の詳細な説明中で「上の開いた室」の例を明記しているにも拘らず特許請求の範囲においては別の用語である「大気に開放された」という上位の概念を有する用語を用いているのであるから、「上の開いた」態様以外の、すなわち室を「大気に開放」する態様のすべてを特許請求の範囲とする』旨主張するが、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないのであつて(特許法第三六条五項)、本件明細書の発明の詳細な説明の欄に、前記認定のとおり、室を大気に開放する態様として「上が開いた」態様のものしか開示されていない以上、特許請求の範囲に記載したところのものが右詳細な説明で開示された発明以外のものまで含むものと解することはできない。原告の右主張は失当である。

4 そこで、本件構造体に右にいう「大気に開放された室」が存するかどうか検討するに、本件構造体を表示するものであることについて争いのない別紙物件目録の記載に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本件構造体の透過堤体が本件発明の構造要件(1)にいう「鉛直海壁」に、本件構造体の不透過土止め壁が同構成要件にいう「無孔風下壁」に、二つの壁によつて境された中間部分が同構成要件にいう「室」にそれぞれ該当することが認められるものの、本件構造体の右中間部分すなわち室の上部は天板によつて覆われていることも認められるのであつて、室は「上が開いた」という構造にはなつておらず、室が大気に開放されているとはいえない。したがつて、本件構造体には「大気に開放された室」は存せず、本件発明の構成要件(1)を充足しているとはいえない。

原告は、本件構造体における室は水位より上方にある透過孔(ダクト)により大気に開放され、また本件構造体を構成するケーソンとケーソンとの間に存する間隙によつても室は大気に開放されている旨主張し、本件構造体を構成するケーソンとケーソンとの間に数センチの間隙が存することは被告らもこれを争わないところである。

しかしながら、(イ)前記2で認定したように「大気に開放された室」とは「上が開いた室」を意味するものであること、(ロ)前記2(一)(2)で認定したとおり本件明細書の特許請求の範囲において孔(ダクト)は「大気に開放された室」と海とを連絡させるものとして規定されていること、(ハ)前記2(二)(3)で認定したとおり本件発明においては室をできるだけ大きく大気に開放しておく必要があり、したがつて開放の程度も波により室内の空気が外に押し出されうる程度では不十分であること等の事実からすれば原告の右主張が失当であることは明らかである。

四 以上のように、本件構造体は、すくなくとも本件発明の構成要件(1)を充足しないので、その余の点について判断するまでもなく、本件構造体は本件発明の技術的範囲に属するものとはいえない。

よつて、本件構造体が本件発明の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却する。

〔編註〕 本件に関する目録および図面は左のとおりである。

物件目録

一、名称

堤体消波護岸

二、図面の説明

別紙図面第1図乃至第3図は堤体消波護岸の一部であり第1図は正面図、第2図はそのA~A断面図、第3図は側面図である。図面中1は透過堤体、2は不透過土止め壁、3は透過孔、4は遊水室、5は天板、6はパラペツトである。

別紙図面第4図乃至第7図は堤体消波護岸右端の一部であり、第4図は正面図、第5図はそのA~A断面図、第6図は右側面図、第7図は左側面図である。図中7は側板である。

別紙図面第8図は据付けた状態を示す左側断面図であり、以上長さを表示した数字の単位はメートルである。

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