東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12754号 判決 1983年3月22日
原告
信和建設株式会社
原告
北信土建株式会社
原告
株式会社萩原工務店
原告
北村医科工業株式会社
原告
株式会社大晴建設
右原告五名訴訟代理人
岩崎淳一
被告
原木義清
右訴訟代理人
吉田暁充
主文
一 被告は、原告信和建設株式会社に対し三四万八、三三三円、原告北信土建株式会社に対し一六万六、六六六円、原告株式会社萩原工務店に対し一〇万円、原告北村医科工業株式会社に対し六万六、六六六円、原告株式会社大晴建設に対し一〇〇万円及びこれら各金員に対する昭和五四年二月一日以降完済まで年五分の金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一被告が「新日本建設工業協同組合」という名称の中小企業等協同組合法による事業協同組合の設立を企画し、その発起人代表の肩書及び新日本建設協同組合理事長の肩書を使用していたこと及び被告が企画した右協同組合は設立するに至らず不成立に終つたことは原告全員と被告との間に争いがない。そして、被告が新日本建設協同組合理事長名をもつて原告大晴建設を除くその余の原告四名に対し間もなく設立する新日本建設協同組合に組合員として加入するよう勧誘し、同原告四名からその主張のとおりの出資金の払込をさせたことは同原告四名と被告との間において争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、右出資金の払込は行政庁の設立認可があつたのちに発起人から事務の引継を受けた理事に対する正規の出資払込のためになされるところの正規の出資金の払込のためのものであつて、協同組合の不成立を遡及的解除条件とする預託契約であることが認められる。また、原告信和建設及び同萩原工務店から被告が新日本建設協同組合理事長名をもつて同原告らの主張するとおりの組合費を徴収したことは同原告両名と被告との間で争いがないところ、<証拠>によれば、右組合費というのは、被告らが後記のとおり協同組合の設立前に事実上行う営業活動等のための資金であり、設立準備行為の必要経費とは直接関係のないものであつて、協同組合の設立の有無にかかわらず被告らにおいて後記営業活動のために費消して返還する必要のない性質のものであることが認められる。また、<証拠>によれば、同原告は「新日本建設工業協同組合」から同原告主張のとおりの新築工事の紹介を受け、その工事を請負い完成したこと、同原告が新日本建設工業協同組合理事長の肩書の被告に対し、新日本建設協同組合名義をもつて右請負工事代金の取立をすることを委任し、右協同組合に工事紹介料及び代金取立手数料として同原告主張の金員を支払う旨約束したこと、被告は同原告の代理人として右新日本建設協同組合名義をもつて右請負工事代金全額を注文主から受領しながら、同原告主張の金員しか同原告に支払をしなかつたこと、しかし、他方同原告も右協同組合に対しその主張するとおりの紹介料等の未払分があり、これを対等額の限度で相殺すると、同原告は新日本建設協同組合に対し七四万五、〇〇〇円の返還を求めうる勘定になること、以上の事実が認められ、更にまた、原告大晴建設と被告との間において争いのない事実と作成名義人名下の印影が作成名義人の印章によるものであることは被告の認めるところであり、これと<証拠>を綜合すると、同原告は昭和五二年七月三〇日新日本建設協同組合理事長の肩書を使用する被告に対し三〇〇万円を交付したこと、右三〇〇万円は同理事長たる被告において右協同組合が他から融資を受ける資金から三億円を同原告が建設計画している西六郷マンションの建設資金に融通するとの約束のもとに交付されたものであり、それは三億円の融資を受けたときの礼金の前渡であつて、三億円の融資が得られないときは当然返還しなければならないことを内容とするものであつたこと、同原告に対する三億円の融資は実現しないまま終つてしまつたこと、以上の事実が認められる(もつとも、この三〇〇万円の交付の点について、被告は、原告大晴建設が西六郷マンションの建設に新日本建設工業協同組合の組合員を下請業者として使用することの保証金として差入れられたものである旨主張し、証人柏原健次及び被告本人は、原告大晴建設は西六郷マンション建設に当り附近住民との間で日照権の問題があり、その交渉を右協同組合に委任し、それが解決した時の報酬として三、〇〇〇万円から四、〇〇〇万円を支払うほか、西六郷マンションの建設にはその工事を右協同組合を通じて加入組合員に下請させることを約し、その保証金として三〇〇万円を交付したものであり、右日照権問題は右協同組合において解決したのに右西六郷マンションの建設する諸権利を一括して他に売却した旨供述しているが、右各供述は右西六郷マンション建設にあたつて問題となつた日照権問題の交渉を原告大晴建設が委任したのは株式会社鹿島一級建築士事務所であることを明らかに証する前掲各証拠に照らして到底採用することはできず、他にこの点についての前示認定を覆すに足りる証拠はない。)。
二ところで、<証拠>を綜合すると、被告は東京都大田区において配電盤等の板金を業とする清和工業株式会社の代表取締役であり、同業者で組織する東京都南工業協同組合の理事長をしていたものであるところ、東京都大田区及び品川区内のいわゆる公害工場と目される工場が平和島に移転されることになり、その工場移転による移転跡地や移転先地に建築工事が行われることが当然予測されたところから、中小企業等協同組合法による事業協同組合を設立して、その移転先地、移転跡地の建築工事の受注活動を有利に展開することを目論見、千葉県市川市所在の建設業者の石崎龍太郎、東京都大田区所在の建築設計業者の鹿島博らとともに、昭和五二年二・三月頃その協同組合設立のための準備会を開催し、約二〇名の建設業者の参加を得たこと、前記の「新日本建設工業協同組合」という名称はその頃被告らによつて名付けられたものであること、ところが、右準備会に参加した業者の殆んどが大田区、品川区以外の地区の業者であつたため、同準備会の来賓に招いた大田区選出の都議会議員から工場移転の跡地等の利用に関するものであるのに地元の大田区、品川区の業者が参加していないのでは話にならないと断られ、その準備会を母体とする協同組合の設立は頓挫のやむなきに至つたこと、しかし、被告、右石崎及び鹿島は事業協同組合の設立を断念することなく、その後大田区、品川区の建設業者を中心に協同組合の設立に賛同し、予め設立後に組合員として加入することの同意をするよう働きかけ、同年七月下旬頃原告信和建設、同萩原工務店及び同北信土建東京支店の三社に対し、同年一一月原告北村医科工業に対し、それぞれ被告らにおいて設立を企画している「新日本建設工業協同組合」に設立後組合員となるために出資の引受をするよう勧誘したこと、右原告四名はその勧誘に応じて出資の引受を約し、前示のとおり出資の払込(その性質については前示のとおりである。)をしたが、それ以上に設立の企画に参加したことはなかつたこと、設立企画に参画したのは被告、前記石崎及び鹿島の三名であり、同人らは事業協同組合の設立を共同の目的とし、被告を新日本建設工業協同組合発起人代表兼理事長、右鹿島を副理事長、右石崎を専務理事と定め、被告の関係筋から柏原健次を設立のための事務局長とし、被告経営の清和工業株式会社内に組合事務所を置き、右柏原をして東京都中小企業団体中央会との設立の相談にあたらせる等協同組合設立のための準備に着手したこと、同時に右被告らは設立準備行為とは別に新日本建設工業協同組合名義をもつて建築請負の仲介等の営業活動に力を入れ、その営業活動資金として組合費名目で原告信和建設、同萩原工務店等から金員を調達したが、力を入れた割には営業活動の成果は上がらず、また、設立を企画している事業協同組合の予定出資金の調達もできず、更にはまた、原告信和建設等から出資金として預つた金員や原告大晴建設から前示認定の条件で受領した金員等も被告、右石崎、鹿島、柏原らの給与とか営業活動費とか飲食費等に費消してしまつたため、結局、定款の作成すらなされぬままに事業協同組合の設立の企画は断念されてしまつたこと、なお、被告らの右設立企画者相互の関係については何んらの内部規則の定めもなく、業務執行に対する監督機関としての会議体の存在もない状態で営業活動がなされていたものであること、以上の事実が認められ、<反証排斥略>。
右認定の事実関係よりすれば、被告、石崎龍太郎及び鹿島博の三者間において事業協同組合の設立を目的とする民法上の組合契約が成立し、前記柏原健次を右民法上の組合の事務補助者として使用したものと認めることはできるとしても、事業協同組合の設立のための定款の作成さえなく、構成員相互の関係を定める内部規則も業務執行の監督機関もないものであつたのであるから、いわゆる権利能力なき社団としての設立中の事業協同組合の創立があつたとまで認めることはできないといわなければならない。そうすると、被告が新日本建設工業協同組合理事長の肩書をもつてした前示出資金の受領、組合費の徴収、請負代金の取立代理、条件付礼金の受領等は右民法上の組合を代理してなされたものとみるのが相当であり、また、弁論の趣旨からして被告がそれらの行為を組合名義でするについては他の石崎龍太郎や鹿島博も同意していたものと認められるから、それらの法的効果は右の民法上の組合に帰属するものといわなければならない。
しかるところ、原告信和建設及び同萩原工務店から徴収した組合費は前示のとおり事業協同組合の成立、不成立にかかわらず返還する必要のないものであるから、右民法上の組合が負担する債務は、右のうち、出資金の返還債務、取立てた請負代金の返還債務、前渡した礼金の返還債務ということになるが、これらの債務は、組合員たる被告、石崎龍太郎及び鹿島博の三者の間において損失分担の割合の定めがあつたことも原告らがその定めを知つていたことも証拠上認められないので、組合員たる被告、石崎龍太郎及び鹿島博において、均一の割合をもつて負担すべきものとしわなければならない。
そうとすれば、右組合が原告信和建設に対し負担する出資金の返還債務三〇万円及び取立による請負代金返還債務七四万五、〇〇〇円、原告北信土建に対し負担する出資金返還債務五〇万円、原告萩原工務店に対し負担する出資金返還債務三〇万円、原告北村医科工業に対し負担する出資金返還債務二〇万円及び原告大晴建設に対し負担する礼金返還債務三〇〇万円につき、被告はその三分の一の割合で分割した金員を支払う責任があることになるので、被告は原告信和建設に対し三四万八、三三三円(円未満切捨)、原告萩原工務店に対し一〇万円、原告北村医科工業に対し六万六、六六六円(円未満切捨)原告大晴建設に対し一〇〇万円を支払う責任がある。
三原告信和建設、同北信土建、同萩原工務店、同北村医科工業は、出資金及び組合費の返還について、被告には設立発起人ないしは擬似発起人としての責任がある旨主張する。しかし、中小企業等協同組合法による事業協同組合の設立発起人ないし擬似発起人に商法一九四条の規定する会社不成立の場合の発起人の責任の規定の類推適用を認めるとしても、事業協同組合にあつては出資の払込をさせるべき者は理事であつて(中小企業等協同組合法二九条一項)、発起人ではなく、発起人にはかかる権限もないのであるから、発起人が責任を負うべき設立に関する行為とみることはできないので、本件出資金について被告が発起人ないし擬似発起人として責任を負うべき筋合はないといわなければならず、また、本件組合費は前示のような性質のものであるから、同様に被告が発起人ないしは擬似発起人として責任を負うものではないといわなければならない。
また、原告信和建設は、代理で取立てた請負代金の返還についても被告の発起人ないし擬似発起人の責任を主張しているが、請負代金の取立等も協同組合設立に関する行為とみることはできないから、その主張も採用できない。
他方、被告は、「新日本建設工業協同組合」はいわゆる権利能力なき社団として実在し、活動していたもので、本件の出資金の払込受領等もその社団の行為であるから、社団の財産のみが引当てになるべきである旨主張し、また、原告大晴建設を除くその余の原告らは発起人若しくは擬似発起人の一員であつたから被告にのみ責任を負わせるのは不合理である旨主張しているが、右に主張する「新日本建設工業協同組合」が未だ権利能力なき社団とみられるものでないこと及び原告信和建設等が発起人とか擬似発起人と認めえないことは前示認定のとおりであるから、被告の主張もまた採用できないといわなければならない。
四以上の次第であるから、原告らの被告に対する本訴請求中、原告信和建設については三四万八、三三三円、原告北信土建については一六万六、六六六円、原告萩原工務店については一〇万円、原告北村医科工業については六万六、六六六円、原告大晴建設については一〇〇万円及びこれら各金員に対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和五四年二月一日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。
よつて、訴訟費用につき民訴法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。 (海保寛)