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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12839号 判決 1982年9月21日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当時者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、各金一、七六七万六、七一五円及びこれに対する昭和五四年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡佐々木進の略歴

一等空曹訴外亡佐々木進(以下「佐々木一曹」という。)は、昭和二五年四月二四日出生し、同四四年三月東京都立国立高等学校を卒業後、同月二四日航空学生第二五期生として航空自衛隊に入隊し、以後同自衛隊においてジエツトパイロツトの教育訓練を受け、同四六年九月二七日から静岡県浜松市高丘町所在の第一航空団飛行群第三三教育飛行隊に教育入隊し、基本操縦課程七二―A学生として教育履修中であつた。

2  本件事故の発生

佐々木一曹は、昭和四七年二月九日、第三三教育飛行隊長二等空佐中山幹雄の命令によりT―三三Aジエツト練習機(機番八一―五三四一、以下「本件事故機」という。)に搭乗して離着陸訓練に従事していたところ、同日午前一一時三八分頃、浜松市平松町先浜名湖上空において飛行中の本件事故機にエンジン出力不調事態が発生し、操縦不能となつたため機外に脱出したが、パラシユートが開かず浜名湖上に墜落し、頭蓋骨折による脳損傷のため即死した(以下「本件事故」という。)。

3  責任原因

(一) 本件事故機のエンジン出力の不調は、燃料警報灯、ギヤングロード又はギヤングスタートスイツチの故障、ウイングタンク又はリーデイングエツヂタンクの各ブースターポンプの故障、潤滑油の欠乏等のエンジン又は燃料系統等の不具合に基づくものであり、被告には安全配慮義務違反がある。

(二) 本件事故機の緊急脱出装置は、パイロツトと座席が七〇センチメートル以上分離しなければパラシユートの自動開傘装置が作動しない構造になつているところ、本件事故発生時に本件事故機の右パイロツト・座席分離装置は正常に作動しなかつたため佐々木一曹はその身体が座席から分離せず、パラシユートが開傘しないまま墜落したものであるから、右分離装置にはその性能に欠陥があつたものというべきであり、同装置の設置管理には瑕疵があつたから被告には国家賠償法二条一項所定の賠償責任があり、また被告には右装置の点検整備を十分に実施すべき安全配慮義務の違反がある。

(三) 仮に、本件事故機のパイロツト・座席分離装置が正常に作動したのにもかかわらず、佐々木一曹が座席の左アームレストを握つていたため座席から分離しなかつたのだとすれば、右脱出装置は、緊急脱出の際のパイロツトの不注意や恐怖、緊張等の事態をも予測したうえでのパイロツトと座席が七〇センチメートル以上自動的あるいは強制的に分離させるに足りる性能・安全性を欠いていたことになり、右は右脱出装置の設置の瑕疵にあたるから、被告には国家賠償法二条一項所定の賠償責任があり、またこのような性能の不十分な脱出装置を本件事故機に装備した点において被告は安全配慮義務違反の責任を負う。

(四) 仮に、本件事故が被告主張の原因で生じたものだとすれば、本件事故は佐々木一曹が操縦装置及び緊急脱出装置を十分に操作することができなかつたために生じたものであり、およそ佐々木一曹は航空機操縦士としては技術面はもちろん精神面においてもかなり未熟か又は不適格な状態であつて、未だ単独飛行訓練に十分たええない者であつたといわなければならない。第一航空団第三三教育飛行隊長二等空佐中山幹雄及び担当教官升田和重一尉は、航空学生に対し単独飛行訓練を実施するに際しては、航空学生の安全を配慮し、学生の心技両面の力量ないし適性を十分把握して単独飛行訓練に十分たえうる者に対してのみ右訓練を実施すべきであるが、佐々木一曹に対しては同一曹が右訓練にたえうる力量ないし適性がないのに、その力量を正確に把握せず、単に教育訓練スケジユールに従つて本件単独飛行訓練を実施させたのであるから、同教育飛行隊長らに過失があることは明らかであり、また被告の履行補助者たる同教育飛行隊長らの右行為は被告の安全配慮義務違反にあたるというべきである。

従つて、被告は国家賠償法一条一項及び安全配慮義務違反に基づく責任を負う。

(五) 仮に本件事故機のエンジン不調の原因が被告主張のとおりであるとしても、佐々木一曹は未だT三三A機操縦資格を取得していない基本操縦課程教育を受けている学生であり、航空機操縦に対する技術的未熟さ及び精神的不慣れから生ずる操作手順の失念や手落ち等が十分考えられたのであるから、寺沢信行一尉、升田和重一尉、松林誠吾二尉ら教官としては、被告の佐々木一曹に対する安全配慮義務の履行補助者として、本件事故機からの降下通報時及び着陸通報時に降下前点検及び着陸前点検の実施の有無を確認して、もし実施していなければこれを確実に実施させる注意義務を負つていたのであり、本件事故機のエンジン停止は同教官らが右義務を怠つた結果生じたものであるから、被告は安全配慮義務違反の責任を免れない。

4  損害

(一) 逸失利益

佐々木一曹は死亡当時二一歳であり、本件事故がなければその後六七歳まで四六年間稼働し、少なくとも一般男子労働者(高卒)の平均賃金に相当する収入を得る稼働能力を有していたものであるから、同一曹が本件事故により死亡したことによる財産的損害は次のとおり三、六〇九万六、四四九円である。

(1) 年収

佐々木一曹の稼働能力は次のとおり年額合計三〇六万七六〇〇円である。

(イ) きまつて支給する現金給与額

月額 二〇万五〇〇円

年額 二四〇万六〇〇〇円

(ロ) 年間賞与その他特別給与額

年額 六六万一六〇〇円

但し、賃金センサス昭和五四年第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者旧中・新高卒の平均給与額によつて算定した。

(2) 生活費控除

佐々木一曹は死亡当時独身であつたから、その生活費として右収入の五〇パーセントを控除する。

(3) ホフマン方式により年五分の割合で中間利息を控除して逸失利益の現価額を計算すると、次のとおり三、六〇九万六四四九円となる。

3,067,600×(1-0.5)×23.534=36,096,449

(二) 相続

原告らは佐々木一曹の父母として、法定相続分に応じ各二分の一の割合で前記佐々木一曹の権利を承継した。

(三) 損害の填補

原告らは被告から、遺族補償一時金として計二六八万二、〇〇〇円の支払いを受けたので、これを右逸失利益から控除する。

(四) 内金請求

原告らの有する逸失利益請求権は、各一、六七〇万七、二二四円となるが、原告らはこの内金として各一、二〇七万六、七一五円を請求する。

(五) 慰謝料

(イ) 佐々木一曹は高等学校卒業後、航空自衛隊に入隊して真面目に訓練並びに勤務に励み、ジエツトパイロツトとしての将来を嘱望されていたのであるが、本件事故により志なかばにして生命を失つた精神的苦痛は筆舌に尽くせるものではなく、この損害は八〇〇万円を下らない。原告らは佐々木一曹の父母として、同一曹の死亡により法定相続分である各二分の一の割合で同一曹の右慰謝料請求権を相続継承した。

(ロ) 仮に死者本人の慰謝料の相続が認められないとしても、佐々木一曹は原告ら夫婦の二男であるところ、原告らは、成人しその将来を期待していた同一曹を本件事故によつて失つたことによつて甚大な精神的苦痛を被つた。この損害は各自四〇〇万円を下らない。

(六) 弁護士費用

本件訴訟の弁護士費用は、損害賠償請求額の約一〇パーセントにあたる原告ら各一六〇万円が相当であるが、この費用は被告の不法行為もしくは安全配慮義務違反と相当因果関係にたつものであるから被告が負担すべきものである。

5  結論

よつて、原告らは、それぞれ被告に対し、国家賠償法一条一項、同法二条一項及び安全配慮義務違反に基づく損害賠償として一、七六七万六、七一五円及び右各金員に対する不法行為もしくは遅滞の後たる本訴状送達の翌日である昭和五四年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3(一)は否認する。

3  同3(二)のうち、本件事故機の緊急脱出装置は、パイロツトと座席が七〇センチメートル以上分離しなければパラシユートの自動開傘装置が作動しない構造になつていることは認めるが、その余は否認する。

4  同3(三)は争う。

T―三三A機の緊急脱出装置は、パイロツトと座席が分離するとオートマテイツク・パラシユート・アーミング・ランヤードが引張られてパラシユートの自動開傘装置が作動を始めるものである。右パイロツトと座席の分離を確実ならしめるため、パイロツトと座席の分離装置がとりつけられているのであり、低高度においてはパイロツト自ら積極的に座席を蹴るなどして座席から離れる努力をする必要があることは当然の前提となつている。そして、被告はパイロツトに対する技術指令書においてこのような装置であることを明示し、これを前提として段階を追つて脱出訓練を施しているのであり、いかに緊張のあまりとはいえ、座席アームレストから手を離さず射出ハンドルを握りしめることは、かかる脱出装置の機能を自ら妨害するものであり、訓練を受けたパイロツトの行動としては予想しえなかつたことである。被告の安全配慮義務はパイロツトに対し十分な訓練を施し、射出ハンドルを握りしめたりしないだけの知識と訓練をつませることで足り、異常緊張により握りしめることは予測外のできごとといわなければならないから、緊急脱出時のパイロツトの異常緊張を考慮した場合においても、本件事故機の脱出装置に設計上の欠陥があつたとは到底いえないものである。

5  同3(四)は争う。

被告は、(一)航空学生としての採用にあたつては、適性検査を実施してパイロツトとしての資質、能力を判定し、基準以上の能力、資質を有することを確認したうえで採用し、(二)航空学生基礎課程においては、操縦適性検査を実施してパイロツトとして必要な操縦適性を飛行資質並びに心身の適応性等の面から総合的に評価判定し、一定基準以上の適格性があると判定したうえで飛行教育課程に進ませ、(三)各飛行教育課程においては、毎日の飛行訓練を評価による技量の確認の場とし、操縦適性若しくは操縦技量上に疑問が生ずれば、直ちに操縦能力審査委員会にかけて爾後の教育の適否について審査し、適格性を欠くと判断された者はその時点で淘汰してゆくものである。

佐々木一曹は、航空学生として入隊以来どの課程の教育においても良好な成績で進んできており、その適格性において何ら問題となる事項はみあたらず、本件単独飛行の実施にあたつても、既に五回(五時間五〇分)の単独飛行を実施済みであつたこと、さらに本件単独飛行に先立ち担当教官による同乗飛行を行つた際も各操作手順及び力量に何らの欠点もないことを確認したうえで本件単独飛行を許可したものである。かかる具体的事実に照らして、佐々木一曹に本件単独飛行を命ずるに際しての被告の安全に関する配慮は十二分に尽されており、原告が主張するように単に漫然と教育スケジユールに従つて本件単独飛行を命じたものではない。

6  同3(五)は争う。

単独飛行訓練は、パイロツトが依頼心を捨て独力ですべての操縦操作を実施することを目的としているのであり、地上から飛行訓練中の航空機に対して逐一助言、指示を行うことを予定しているものではない。また、佐々木一曹は、第一初級操縦課程における単独飛行も、第二初級操縦課程における単独飛行も何らの問題もなく終了し、基本操縦課程においても第二回目までの監督下の単独飛行はもちろんのこと、本件単独飛行前に五回の単独飛行を何らの欠点もなく実施してきているのであつて、降下点検及び着陸前点検を実施したことを教官に通報させ、未実施の場合は学生に対し右手順の実施を指示する態勢をとつていないことをもつて被告に安全配慮義務違反があつたものということはできない。

7  同4(1)のうち佐々木一曹が死亡当時二一歳であつたことは認めるが、その余は不知。

8  同4(二)のうち原告らが法定相続人であることは認める。 その余は争う。

9  同4(三)のうち原告らが遺族補償一時金として計二六八万二、〇〇〇円の支払いを受けたことは認める。原告らは右のほかに特別弔慰金として二六〇万円の支払いを受けた。

10  同(五)、(六)は争う。

三  被告の主張

1  本件離着陸訓練の目的

本件で佐々木一曹が履修していた基本操縦課程は、第二初級操縦課程終了者に対しT三三Aジエツト練習機による操縦教育を実施し、T三三A機操縦資格者を養成することを任務としている。同課程終了者は航空従事者技能証明が与えられ、自衛隊パイロツトとしての資格を取得するのであるが、同課程の教育課目は、飛行教育集団司令官が定めた基本操縦課程教育実施基準(昭和四五年一月飛教団教第五号)にもとづくものであり、本件離発着訓練も同教育実施基準に定めた課目であつて、T三三A機離発着操縦技術修得の目的のために実施する訓練である。

2  本件離発着訓練の概要

本件離発着訓練は第一航空団第三三教育飛行隊長の発する飛行訓練計画にもとづき実施されたものであるが、同計画によると本訓練は午前一一時、浜松飛行場を離陸し、約三〇分間「A五空域」(浜松北方空域)において学生単独による空中操作訓練を実施した後、浜松飛行場で離着陸訓練を実施する計画であつた。右訓練は飛行場滑走路に着陸(接地)した後すぐ離陸操作に入り、エンジンを一〇〇パーセントにして離陸、上昇し、高度約一、七〇〇フイートで飛行場場周経路(着陸旋回コース)を一周し、再び着陸操作に入り着陸、そしてまた離陸上昇するという内容であつて、本件離発着訓練はこれを連続して二回ないし三回行う予定であつた。

3  事故発生までの経緯

第三三教育飛行隊訓練計画によると、佐々木一曹は、午前一一時から実施する単独空中操作訓練及び離発着訓練に先だち、担当教官升田一尉同乗により、単独飛行前の同乗飛行(単独飛行を行う学生の技倆の確認及び学生の技倆を慣熟させるために単独飛行を行う同日に先だつて行うもの)を行う計画であつたので、同計画にもとづき、前同日午前八時二七分升田一尉が同乗して浜松飛行場を離陸、K空域(浜松南方空域)において空中操作訓練を実施した後、浜松飛行場において離着陸訓練を実施したうえ、午前九時四三分着陸し、単独飛行前の教官同乗飛行訓練を終了した。同乗飛行においては、特に問題となる注意事項又は不適切なる操作は見受けられなかつたが、教官は、各課目の細部注意事項を説明した後、単独飛行訓練に関する全般及び細部事項を説明注意した。佐々木一曹は午前一〇時四九分、本件事故機の前席に搭乗し浜松飛行場を離陸した。同飛行予定時間は一時間一〇分であり、搭載燃料は六三三ガロン(一時間四五分飛行可能)であつた。離陸後、天竜川に沿つて北上し訓練空域(A五空域)に到着、約二五分間空中操作訓練を実施した後、離発着訓練を行うべく浜松飛行場に向つた。午前一一時二八分浜松管制塔に対し着陸要求を行い、午前一一時三五分第一回目の着陸訓練を飛行場西側から進入して実施し、滑走後、再離陸上昇した。進入時、最終進入経路への進入がやや低く、モーボ幹部(離着陸指導係幹部)から少し低い旨注意されたが、接地状況、接地点、再離陸とも良好であり、飛行状態に何ら異状は認められなかつた。

4  事故の状況

本件事故機は、再離陸後飛行場場周経路を飛行中であつたが、モーボ幹部は午前一一時三七分頃、佐々木一曹から早口の興奮した口調で「エンジン推力が不調のため不時着経路により着陸する」旨受信したので「落ちついて、ゆつくり云え」と求めたところ「エンジン推力が九〇パーセント以上あがらないので不時着経路により着陸する」と連絡してきた。モーボ幹部及び指揮所幹部は事故機に位置を尋ねたが応答がなく、まもなく(最初のエンジン不調の連絡から約四〇秒後)「エンジンフレームアウト(停止)」と送信してきた。モーボ幹部及び指揮所幹部は「ギヤングスタートを入れろ」と指示したが、約一〇秒後佐々木一曹から「ネガテイヴ(出来ない)ベイルアウト(脱出する)」、さらに五秒後「ベイルアウト」と送信した後、脱出した。午前一一時五〇分頃、佐々木一曹は浜松市平松町沖浜名湖上(飛行場西方約五・二キロメートル)において救助機S―六二ヘリコプターにより収容されたが、パラシユートは開傘しておらず、既に死亡していた。なお、本件事故機は浜松市平松町水田に墜落し破壊炎上した。

5  本件事故の原因

本件事故機墜落の原因は、エンジン停止並びにその際のエンジン再始動の失敗によるものであるが、このうちエンジン停止は、佐々木一曹がチツプ(翼端)タンクの燃料が「空」になつた後、ウイング(翼内)タンク又はリーデイングエツヂ(翼前縁)タンクの燃料スイツチを「オン」にせず、また降下点検時及び着陸前点検時になすべきギヤングロードスイツチオン(全燃料タンクスイツチ「接」)の操作をしなかつたため、ウイングタンク、リーデイングエツヂタンクからフユースレジ(胴体)タンクに燃料が流入せず、フユースレジタンクの燃料を消費し尽くし、エンジンへの燃料供給がとだえたため発生したものであり、エンジン再始動の失敗は、ギヤングスタートスイツチを「オン」にすべきところを誤つてエマージエンシーフユーエルスイツチを「オン」にしたことが原因である。

本件事故は、本件事故機のパイロツト・座席分離装置は正常に働いていたが、佐々木一曹が低高度であつたにもかかわらず、座席との分離に努めることなく、逆に射出座席のハンドルを握りしめていたため着地まで座席との分離が行なわれなかつたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1ないし4は認める。

2  同5のうち、エンジン停止の原因及びパラシユートが開傘しなかつた原因は不知。エンジン再始動失敗の原因は否認する。

第三証拠

一  原告ら

1  甲第一ないし第七号証

2  乙号各証の成立は全部認める。

二  被告

1  乙第一ないし第六号証、第七号証の一ないし一〇、第八号証、第九号証の一ないし三、第九号証の四の一ないし五、第九号証の五、第九号証の六の一、二、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第二一号証、第二二号証の一ないし四、第二三ないし第三一号証、第三二号証の一ないし三

2  証人升田和重、同有富義男、同新谷二三男

3  甲号各証の成立(第四号証は原本の存在も)は全部認める。

理由

一  請求原因1(佐々木一曹の略歴)、同2(本件事故の発生)及び被告の主張1ないし4(本件事故発生に至る経緯及び事故の状況)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告らの責任原因に関する主張3の(一)について検討するに、原告ら主張の各不具合が発生したことは、本件全証拠をもつてしても、これを認めることはできない。却つて、成立に争いがない乙第七号証の一ないし一〇、乙第九号証の一ないし三、乙第九号証の四の一ないし五、乙第九号証の五、乙第九号証の六の一、二、乙第一〇号証の一ないし三、証人有富義男、同升田和重、同新谷二三男の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故機のエンジン出力の不調に関しては、次の事実を認めることができ、右認定に反する的確な証拠はない。

1  本件事故機であるT―三三A機の燃料移送系統をみると、その燃料タンクは、チツプ(翼端)タンク(二個容量各二三〇ガロン)、ウイング(翼内)タンク(二個同各七七ガロン)、リーデイングエツヂ(翼前縁)タンク(二個同各五二ガロン)、フエースレジ(胴体)タンク(一個同九五ガロン)の四つのグループに区分され、容量合計八一三ガロンの燃料を積込むことができるが、チツプタンク、ウイングタンク、リーデイングエツヂタンクの燃料は、すべて各別にフエースレジタンクを通つてエンジンに送られる方式になつており、各タンクの燃料を移送するためにフエースレジタンク内に三個のフロートバルブ(浮子)が使用順序に合う高さに取付けてあり、フエースレジタンクの液面が下ると、フロートバルブが開いてチツプタンクからはエンジンの圧縮空気により、その他のタンクからはブースターポンプによりフエースレジタンクにそれぞれ燃料が送られ、フエースレジタンクからは同様にブースターポンプによりエンジンに送られることとなつている。右燃料供給のためのスイツチとしては、チツプタンクスイツチ、ウイングタンクスイツチ、リーデイングエツヂタンクスイツチ、フエースレジタンクスイツチの四個のスイツチが装置され、右各タンクの燃料は、チツプタンク、ウイングタンク、リーデイングエツヂタンク、フエースレジタンクの順で消費される仕組みとなつている。

2  パイロツトは、T―三三A機操縦のため次のようなスイツチ操作をすることとなつている。

(一)  離陸時には全燃料タンクのスイツチを「オン」にし(全燃料タンクのスイツチを「オン」にすることを「ギヤングロードオン」という。)、上昇点検で、チツプタンクから燃料が確実に供給されていることを確認した後、ウイングタンクとリーデイングエツヂタンクのスイツチを「オフ」にする。

(二)  チツプタンクの燃料が三ポンド以下になるとチツプタンクインジケーターランプ(警報灯)が点灯するので、この段階でウイングタンクスイツチを「オン」にする。

(三)  次いで、ウイングタンクの燃料が全部消費されるとウイングタンクインジケーターランプが点灯するので、ウイングタンクスイツチを「オフ」にすると共にリーデイングエツヂタンクのスイツチを「オン」にする。

(四)  リーデイングエツヂタンクの燃料が全部消費されるとリーデイングエツヂタンクインジケーターランプが点灯するので、リーデイングエツヂタンクスイツチを「オフ」にする。

(五)  降下の際には、技術指令書では降下継続中高度が五、〇〇〇フイートを切つたときに、降下点検として、(1)フエースレジタンクの燃料が「フル」であるか、(2)全燃料タンクのスイツチがギヤングロードオンのポジシヨンにあるか、(3)脱出時の開傘時期を早めるためのゼロセカンドランヤードのフツクが「オン」になつているかを点検すべきこととされているが(従つて、高度五、〇〇〇フイート以下では、タンクのスイツチは常時ギヤングロードオンのポジシヨンにあるべきことになる。)、訓練中の航空学生に対しては、高度の如何にかかわらず降下に移るときに降下点検をし、更に高度五、〇〇〇フイート通過時に再確認のための降下点検をなすよう指導されている。

(六)  なお、着陸を行うための最終点検として、着陸時点検では各飛行場所定のイニシヤルポイント(本件の浜松飛行場では主要滑走路延長線上三マイルの地点)通過時に、(1)フアイナル速度決定のための残燃料の確認、(2)降着装置(車輪)、油圧系統のチエツクをなすべきこととされている。

(七)  以上のほか燃料移送系統には燃料スイツチの誤操作等により胴体タンク内の燃料が欠乏したとき、又は、燃料系統の一部故障等によりエンジンが停止した場合、パイロツトが即座に空中で始動させることができる手段として「ギヤングスタート装置」があり、この装置は、エンジン始動に関係あるリレー(継電器)及び各回路を並列に連結し、一個のスイツチにまとめてあり、パイロツトはこのギヤングスタートスイツチとスロツトルの操作によりエンジンを始動することができる。すなわち、ギヤングスタートスイツチを「オン」にすれば、関連するスイツチの位置に関係なく緊急燃料制禦装置及び全燃料ブースターポンプが作動し、かつ、チツプタンクを与圧してチツプ、ウイング、リーデイングエツヂの各タンクの燃料がフエースレジタンクに移送され、同タンクからエンジンに送られエンジンの始動が行われる。

3  次に、本件事故後、事故調査委員会が、本件事故機の器材等を回収して調査した結果によれば、

(一)  エンジン部分に固着した形跡は認められず、その他主燃料系統及び緊急燃料系統には墜落前に不具合発生の形跡はないこと

(二)  各タンクの破損状態から推定して、リーデイングエツヂタンク及びウイングタンクには燃料があつたが、チツプタンク及びフエースレジタンクは「空」であつたと認められること

(三)  そのライトのフイラメントの変形状態から推定して、チツプタンク及びフエースレジタンクの「空」を示すインジケーターランプは点灯していたと認められること

(四)  フエースレジタンクのブースターポンプは回転していた形跡が認められるが、燃料圧力計は零を示しており、燃料室に行く燃料はなかつたことを示していること

(五)  また、残された損傷の状態からしてリーデイングエツヂタンクのブースターポンプは回転しておらず、ウイングタンクのブースターポンプも回転していなかつたと認められること

(六)  墜落時の衝撃によりスイツチボツクスは全体としてかなり変形していたが、ギヤングスタートスイツチは「ニユートラル」のままで、操作された形跡はなく、代りに近くのエマージエンシイフユーエルスイツチが「オン」のポジシヨンにあつたこと

が認められた。

以上認定したところを総合考察すれば、本件事故機のエンジン出力不調の原因は、エンジンに対する燃料供給停止によるものであり、右燃料供給停止は、チツプタンク及びフエースレジタンクの燃料が消費し尽されたにもかかわらず、ウイングタンク及びリーデイングエツヂタンクの燃料がフエースレジタンクへ移送されなかつたことによるものであると認められるところ、前述した事故前の飛行状況からして、前掲証人升田の証言によれば、佐々木一曹は、A五空域での空中操作訓練を終え、離着陸訓練を行うため浜松飛行場に向かつた時点で降下体勢に移つたものと認めることができるから、同一曹としては、その段階で降下点検をなし、スイツチをギヤングロードオンのポジションに操作すべきであつたのに、これを失念して降下を継続し、更には着陸前点検の手順も履まずに離着陸訓練に入り、すでに点灯していたチツプタンクのインジケーターランプの確認もせず、しかも、第一回離着陸訓練実施後、エンジン出力が不調となるや、モーボ幹部、指揮所幹部のギヤングスタートを入れろとの指示に対しても、誤つて同スイツチの近くにあるエマージエンシイフユーエルスイツチを「オン」に操作したにとどまつたため、エンジンの再始動に失敗し、エンジンに対する燃料供給停止の状態は改善されないまま、フレームアウトを招来するに至つたものであると推認することができる。

従つて、本件事故機のエンジン出力不調の原因は、これを操縦していた佐々木一曹の誤操作にあるものとみるべきであつて、この点に被告の安全配慮義務違反がある旨の原告らの主張は肯認できない。

三  次に、原告らの責任原因に関する3の(二)の主張について検討するに、前掲証人有冨の証言によれば、前記事故調査委員会の調査結果によると、脱出装置の回収された器材は、これに使用された火薬類も含めて、いずれも正常に作動したことを示していることが認められ、その他本件全証拠を精査するも、本件事故機のパイロツト・座席分離装置の性能に欠陥があり、同装置が正常に作動しなかつたことないし被告がその点検整備を怠つたことを認めることはできない。却つて、前掲乙第七号証の一ないし一〇、成立に争いのない乙第八号証、乙第二二号証の一ないし四、前掲各証人の証言によれば、次の事実を認めることができる。

1  T―三三A機に装備されている緊急脱出装置は、キヤノピー(操縦室天蓋)射出装置、ロケツトカタパルト(弾薬筒により座席を航空機外に射出させる装置)式射出座席及びパイロツト・座席分離装置で構成されており、これらの装置は、航空機が飛行不能となり緊急脱出する必要が生じた場合は、次の手順により作動するシステムとなつている。

(一)  射出座席の左肘掛を上げると肩バンドが固定され、座席に人体が固縛される。

(二)  右肘掛けを上げるとイニシエーター(他の品物を作動させるのに必要な発射ガス圧を作り出すための火工品)が作動してキヤノピーが射出し、次に右肘掛の握り手のところについているトリガー(引き金)を引くと座席はロケットカタパルトで射出される。

(三)  機外に射出されると座席ベルトがガス圧により自動的に解除され、座席の下部に取付けられているロータリーアクチユエーター(回転作動器)がイニシエーターからのガス圧により作動して勢いよく巻き込まれ、背当ての分離バンドが巻き上げられて座席からパイロツトを分離させる。この分離バンドの引張力は四五〇キログラム、加速度二・五G(重力加速度)、巻込時間〇・二六秒であり、分離バンドの引張により人体に作用する瞬間最大力は約四五〇キログラムである(ちなみに、搭乗者の装備重量は約三〇キログラムで、搭乗者の体重との和が作用を受ける側の重量である)。右分離装置の性能は、分離バンドが緊張することによつてパイロットが座席から浮き上がつて座つていられない状態になり、座席から滑り落ちるような格好で座席と分離し、座席と人体が離れるとオートマチツク・パラシユート・アーミングランヤードが引張られてパラシユートの自動開傘装置が作動を始めるシステムとなつているものであり、従つて分離装置が正常に作動して、パイロツトが座席から浮き上つても、パイロツトがアームレストを強い力で握りしめたままでいる場合は、人体が座席から滑り落ちることなく、それ以上の座席との分離が行われなかつたり、救命装具が座席にからまる可能性があり、また右緊急脱出装置ではパイロツトと座席が七〇センチメートル(座席とパラシュートをつないでいるアーミングケーブルの長さ)以上分離されなければパラシユートの自動開傘装置は作動しないので、右脱出装置の使用に際しては、パイロツトはアームレストから手を離し、フツトレストをけるなどして人為的に座席から離れる努力をしなければならない旨警告されている。

2  ところで、佐々木一曹は、高度約五〇〇フイートで本件事故機から脱出したが、脱出後もその身体と座席が分離せず、パラシユートは開傘しないまま約九秒間(この時間はパラシユートの開傘のためには十分余裕のある時間である)座席とともに落下を続け、浜名湖上に激突したものであるが、佐々木一曹の遺体を検案した結果によると、右上膊部骨折、右側胸部の多発性肋骨々折、右大腿部打撲、右下腿内側の開放性割創等総体的に右側面に損傷が多くみられるが、左側には左上膊部擦過傷と左手の第二ないし第四指に基節骨々折があるだけであり、左手指の右骨折の形状に佐々木一曹の右落下状況を勘案するときは、左手指の骨折は、同一曹が浜名湖の水面に激突落下したときまで、左手で座席のアームレストを固く握つていたために生じたものであると推定される。

以上認定したところからすると、他に佐々木一曹着装のパラシユートが開傘しなかつた理由を見出し得ない本件においては、佐々木一曹が本件事故機から脱出後もその座席が同一曹の身体と分離することなく、パラシユートが開傘しないままに終わつた原因は、機から脱出した佐々木一曹が緊急時における異常な緊張のため、座席のアームレストを固く握りしめていたことにあると推認するほかはないものというべきである。

従つて、この点の原告らの主張も肯認し難いものであるといわざるを得ない。

四  そこで、進んで原告らの責任原因に関する主張3の(三)について判断する。

T―三三A機の緊急脱出装置の構造・操作手順等は前認定のとおりであり、また緊急脱出に関する訓練については、成立に争いのない乙第二三ないし第三〇号証、前掲各証人の証言によれば、次の事実が認められる。

1  まず、パイロツト要員教育の一環として、飛行教育課程の履修に先立ち、パラシユート降下準備訓練が実施される。

同訓練は、後記認定の操縦英語課程教育中に陸上自衛隊空挺教育隊に委託し「空自落下傘降下準備集合教育」として実施されており、航空自衛隊のパイロツト要員に対しパラシユート降下に必要な知識・技能を修得させ、緊急脱出時における安全な降着のための能力と自信を付与することを目的としている。

2  次に、後記認定の第一初級操縦課程においては、同課程で使用されるT―三四型機には緊急脱出装置は装備されていないが、緊急脱出及びパラシユート降下要領について課程教育実施基準に基づき地上教育が実施されている。

3  そして、後記認定の第二初級操縦課程における緊急脱出訓練は次のとおり行われている。

(一)  同課程で使用されているT―一型機には緊急脱出装置が装備されており、この装置の使用に備えて課程教育実施基準に基づき緊急脱出に関する地上教育が実施されるほか、「緊急脱出装置練習台(大)」を使用した射出訓練及び「射出訓練装置三型」による訓練が実施される。

(二)  右緊急脱出装置練習台(大)は、T―三三A機に使用されている射出座席と同じ機能を備えた訓練装置であり、実際にロケツトカタパルトにより射出されたと同じ状態を体験できる模擬射出を行うものであり、同装置による訓練は、ジエツト機搭乗員に対して射出前の手順について適切な訓練を実施し、実際の射出時の感覚を与え、射出に対する不安を取り除き、射出に関する知識、技能を体得させることを目的としており第二初級操縦課程において必ず一回実施される。

(三)  右射出訓練装置三型は、実機に使用されている緊張脱出装置に準じた装置を備えており、飛行中の緊急脱出装置の操作要領を地上において訓練するものであり、飛行訓練開始前に二回以上、飛行訓練開始後は毎月一回以上を基準として実施される。

4  そして、最後に、後記認定の基本操縦課程における緊急脱出に関する教育訓練としては、課程教育実施基準に基づいて緊急事態対処(緊急脱出)要領についての地上教育が実施されるほか、射出訓練装置により飛行訓練開始までに五回、飛行訓練開始後は、一か月に一回を基準として緊急脱出要領の反復演練が実施されている。

ところで、緊急脱出時におけるパイロツトの精神的動揺及び緊張は相当高度なものというべきであるから、緊急脱出装置はこの点を考慮し、簡便な操作で脱出可能なものであることが望ましいことはいうまでもないが、本件事故機であるT―三三A機に装備されている緊急脱出装置は前記認定の如きもので、パイロツトは緊急脱出時においては、アームレストから手を離すとともに、自ら積極的に座席をけるなどして座席から離れる努力をする必要があり、このことは低高度においては特に心がけるべき重大な警告事項となつており、右のような装置であることは、パイロツトに対する技術指令書に明示され、さらに、右認定のとおり、被告は、このような装置であることを前提として各飛行教育課程において段階を追つて脱出訓練を施し、パイロツトとしての教育訓練に併せて緊急脱出装置の操作に習熟させる訓練をも実施し、さらに後に認定するとおり、パイロツト適性に対する監視体制を整えている以上、前記三に認定した佐々木一曹の行動は、通常予測される範囲を超える事態というべきであり、かかる事態を想定したうえでの性能・安全性を具備した緊急脱出装置を要求することは過大であるといわざるをえない。

してみると、本件緊急脱出装置は、その通常有すべき安全性に欠けるところはなく、また本件緊急脱出装置を装備したにすぎないことが被告の安全配慮義務違反となるものではなく、原告らの主張はいずれも肯認できない。

五  更に進んで、原告らの責任原因に関する主張3の(四)につき検討するに、成立に争いのない乙第一一ないし第二一号証、乙第三一号証、前掲各証人の証言によれば、航空自衛隊航空機操縦士(パイロツト)養成体系につき、次の事実が認められる。

1  航空学生の採用

航空学生の採用は、試験選抜制で、筆記試験、身体検査、適性検査及び口述試験が実施され、パイロツトとしての資質・能力について審査し、採否を判定する。

2  航空学生基礎課程及び操縦要員選抜適性検査

航空学生採用試験に合格した者は、航空自衛官(二等空士)に任命されるとともに航空学生基礎課程の教育訓練を受ける。同課程における教育は、航空自衛官及びパイロツトとして包括的、一般的に必要な基礎的知識及び技能の修得、特にパイロツトとしての資質の養成を目標として実施される地上教育課程であり、同課程の終期において改めて操縦適性検査が実施される。この適性検査は、課程学生を実際に航空機に搭乗させてパイロツトとして必要な操縦適性を、飛行資質並びに心身の適応性等の面から総合的に評価判定し、パイロツト要員の決定に資するものであり、飛行検査、心理検査及び医学検査に区分して実施される。この適性検査において一定基準以上の適格性があると判定された者のみが、以後の飛行教育課程に進むこととなる。

3  操縦英語課程

航空学生基礎課程を修了し、かつ操縦要員選抜適性検査に合格した者は、引き続き操縦英語課程の教育訓練を受ける。同課程では、航空機操縦に必要な英語の会話及び読解についての基礎的能力を修得させることを主たる目標とし、パイロツトとしての使命感の醸成、気力・体力の維持向上を図るとともに、航空整理訓練及びパラシユート降下準備訓練を実施する。

4  第一初級操縦課程

操縦英語課程を修了した者は、第一初級操縦課程の教育訓練を受ける。同課程は、最初の飛行訓練課程であり、プロペラ推進を主とする単発固定翼航空機T―三四型機により、主として有視界飛行の基本操縦法を修得させるとともにパイロツトとしての資質を養うことを目的としている。

5  第二初級操縦課程

第一初級操縦課程を終了した者は、第二初級操縦課程の教育訓練を受ける。同課程では、ジエツトエンジン搭載の単発固定翼航空機(以下「ジエツト機」という。)T―一型機により、有視界飛行及び計器飛行の基本操縦法を習熟させるとともに操縦者としての資質を養うことを目的としている。

6  基本操縦課程

第二初級操縦課程を修了した者は基本操縦課程の教育訓練を受ける。同課程は、ジエツト機T―三三型機により有視界飛行及び計器飛行の基本操縦法を完成させるとともに操縦者としての資質を養うものであつて、同課程修了者には「航空従事者技能証明及び計器飛行証明」が交付され、パイロツトとしての資格が与えられる。

7  右一連の課程教育の中途において、疾病あるいは成績不良等の理由により課程修了の見込みがない場合等には、当該学生に対する教育は停止される。そして、その理由が航空機の操縦に関する能力にかかわる場合は、操縦能力審査委員会による操縦能力審査を実施して、当該学生の飛行教育等の継続の可否について厳格に審査し、不適格と判定した場合は、パイロツト教育の中途でもその適格性を欠く者として淘汰されていくものである。

ところで、前掲各証言によれば、佐々木一曹は昭和四四年三月二四日航空自衛隊第二五期航空学生として入隊、第一、第二各初級操縦課程を修了し、昭和四六年一〇月一日以降七二―A基本操縦課程学生として教育履修中であつたが、総飛行時間は、一五二時間三〇分で、このうちT―三三A機の飛行時間は三四時間五〇分であつた。T―三三A機による単独飛行は昭和四七年一月一二日以降、五回実施し、うち二回は単独空中操作訓練であり、T―三三A機単独飛行時間は五時間五〇分であつた。操縦教育課程の操縦評価は秀、優、良、可、不可の五段階評価において、第一初級操縦課程「良」、第二初級操縦課程「優」であり、航空学生として入隊以来どの課程の教育においても良好な成績で進んできており、その適格性に問題はなかつた。本件単独飛行の実施に先立ち担当教官による同乗飛行を行つた際も各操作手順及び力量になんらの欠点もないことが確認されていることを認めることができる。

右認定の各事実からすると、要するに、被告は、航空学生としての採用にあたつては、適性検査を実施してパイロツトとしての資質、能力を判定し、基準以上の能力、資質を有することを確認したうえで採用し、航空学生基礎課程においては、操縦適性検査を実施してパイロツトとして必要な操縦適性を飛行資質並びに心身の適応性等の面から総合的に評価判定し一定基準以上の適格性があると判定したうえで飛行教育課程に進ませ、各飛行教育課程においては毎日の飛行訓練が評価による技量の確認であり、操縦適性若しくは操縦技量上に疑問が生ずれば直ちに操縦能力審査委員会にかけて、じ後の教育の適否について審査し適格性を欠くと判断された者はその時点で淘汰していくものであるところ、佐々木一曹は、航空学生として入隊依頼どの課程の教育においても良好な成績で進んできており、その適格性においてなんら問題となる事項はみあたらず、本件単独飛行の実施にあたつても、すでに五回(五時間五〇分)の単独飛行を実施済みであり、更に本件単独飛行に先立ち担当教官による同乗飛行を行つた際も各操作手順及び力量になんらの欠点もないことを確認したうえで本件単独飛行を許可したものであることが認められるのであり、これらによれば、被告において、佐々木一曹が単独飛行訓練にたえる力量ないし適性がないのに正確にこれを把握せず、単に教育訓練スケジユールに従つて本件単独飛行訓練を実施させたとの不当の廉は見当たらず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張も採用の限りでない。

六  終りに、原告らの責任原因に関する主張3の(五)について案ずるに、仮に被告が降下点検及び着陸前点検を実施したことを教官に通報させ、未実施の場合は学生に対し右手順の実施を指示する態勢をとつていなかつたとしても、前認定のとおり、佐々木一曹は、第一初級操縦課程及び第二初級操縦課程における単独飛行をなんらの問題もなく終了し、基本操縦課程においても本件単独飛行前に五回(五時間五〇分)の単独飛行をなんらの欠点もなく実施してきているものであるところ、前掲各証言によると、単独飛行訓練の目的はパイロツトに依頼心を捨てさせ、独力で操縦操作を実施することに自信をもたせることにあることが認められることを考慮すると、これをもつて安全配慮義務違反があるものとすることはできず、原告らの主張は肯認できない。

七  以上判示したところによれば、原告らの主張する被告の責任原因は、いずれもこれを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないので、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威 樋口直 杉江佳治)

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