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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)194号 判決 1981年10月23日

国籍 中華民国

原告 趙雪男

住所 東京都杉並区

被告 不在者 趙碧炎 不在者財産管理人 山本忠義

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、神奈川県足柄下郡○○町○○○字○○○××××番×××原野×××平方メートルを引渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡趙碧炎、生前請求の趣旨1記載の土地を所有していた。

2  亡趙碧炎には亡夫趙欣伯並びに同人との間に二人の子長男原告及び二男亡趙崇陽がいたが、亡趙碧炎及び亡趙崇陽は昭和一九年九月二五日台湾の○○においてアメリカ軍の空襲にあつて死亡し、また亡趙欣伯も同二〇年八月二〇日何者かに殺害された。

3  被告は、昭和四八年七月一九日東京家庭裁判所により亡趙碧炎の不在者財産管理人に選任され、右1記載の土地を占有している。

4  よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づき、右1記載の土地の引渡を求める。

二  被告の本案前の主張及び請求原因に対する認容

1  本案前の主張

(一) 家庭裁判所による不在者財産管理人の選任は、それが取消されない限り利害関係人は勿論民事裁判所をも拘束するのであるから、原告は、家庭裁判所に対し、右選任の取消を求めるべきであつて、それ以外に本件のように自分が不在者の相続人であることを理由として右管理人に直接引渡を求めることは不適法であり、却下さるべきである。もし右のように解さないと、一方で不在者として財産管理人を選任しておきながら、他方で不在者とされた者の死亡あるいは失踪宣告等と身分関係を前提とした相続の発生を認定するという国法秩序の破壊を招来することになる。

(二) なお、原告は、諸種の事情をあげ超法規的救済を云々するが、現在家庭裁判所に不在者財産管理人選任の取消が申立てられ審理継続中であつて、原告には救済の道があるのであるから、右主張は失当である。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実のうち、1、3を認め、2は不知。同4は争う。

三  原告の反論(被告の本案前の主張に対して)

1  被告は、原告に財産を引渡すべき実体的義務を負つており、家事審判規則三七条は、不在者の相続人が不在者財産管理人に対して財産の引渡を求める民事訴訟を提起した場合において、裁判所がその実質関係を審理し実体判決をなすことを禁止するものではない。特に本件においては、趙欣伯及び趙碧炎が生前指定した財産管理人として鈴木弥之助がいたが、同人がその後死亡したため、東京家庭裁判所は被告を不在者財産管理人に選任したものであるところ、原告が右私選の管理人である鈴木弥之助に対して財産引渡請求権を有したことは明らかであるにもかかわらず、右請求権が不在者財産管理人の選任によつて認められなくなるというのは不合理である。

2  原告は、昭和五一年一二月一七日東京家庭裁判所に対し、被告につきされた不在者財産管理人選任の取消を申し立てたが、同裁判所は未だに右取消をしない。また、趙欣伯夫妻はいわば戦争の犠牲者であり、本件は種々特殊性を有する渉外事件であること、日本国内において趙欣伯の相続人と偽つて画策する者が多々存在すること、原告が重篤な肝臓病に羅患していて一日も早い解決を望んでいること、被告は公正さに欠け不在者財産管理人として不適任であることなどの諸事情を考慮すれば、超法規的救済をしなければならない。

3  従つて、本訴は適法である。

第三証拠〔省略〕

理由

一  本件訴訟は、不在者趙碧炎の所有に係る土地について、同人のため東京家庭裁判所において選任された不在者財産管理人である被告を相手方として、原告が右不在者の死亡により右土地を相続により取得した旨主張してその引渡を請求するものであるところ、まずかかる訴えが許されるか否かについて判断する。

不在者の財産管理制度は、従来の住所または居所を去つて容易に帰来する見込みのない者(不在者)が従来の住所または居所に財産を放置し、財産の管理人を置かなかつたかあるいは置いても本人の不在中にその権限が消滅した場合に、不在者の残務を整理し、もつて本人の利益のみならず同人の相続人・債権者など利害関係人の利益を保護するため、法が設けた利益制度である。そして、家庭裁判所によつて選任された財産管理人は、家庭裁判所の後見的監督の下、不在者の法定代理人として不在者の財産の管理にあたり、不在者の債権者が提起した訴訟につきこれを追行するべき地位にあるものというべきである(例えば、不在者財産管理人が家庭裁判所によつて選任された場合においても、もとより不在者は従来の住所または居所に放置した財産につき、所有者としての処分権限を喪失すべき理由はないから、不在者から買い受けた第三者は、不在者財産管理人を被告として所有権に基づき買受物件の引渡しを訴求することができるからである。)。

ところが、不在者またはその包括承継人たる相続人が、不在者財産管理人の占有する財産の引渡を求めるにつき、法は不在者は、家庭裁判所に対し、自己が当該不在者であることを証明して、不在者財産管理人選任の取消を求めて同裁判所の取消を受け(家事審判規則三七条)、そして、右管理人に対し、財産の引渡を求める(家事審判法一六条、民法六四六条)べきものとしている。また不在者の相続人は、不在者が死亡したことまたは失踪宣告を受けたこと及び自己が当該不在者の相続人であることを証明して、右同様管理人選任の取消を求めるべきとし、家庭裁判所は、右の全てが明らかであると判断すれば、選任取消の審判をなし、また、不在者が死亡したことまたは失踪宣告を受けたことは認められるものの、申立人が不在者の相続人であるか否か明らかでなく、しかも他に相続人があることが明らかでないと判断した場合には、選任取消の審判と同時に民法九五二条により相続財産管理人を選任すべきこととなる。法は右の如き不在者財産管理制度の下にあつて、不在者及びその相続人に対し、特別の権利確保の手続を設け、権利確保の方途を右手続によつて実現しようとしているものということができるから、右手続に委ねることなく、直接地方裁判所に対し不在者財産管理人を相手方として不在者が従来の住所または居所に放置した財産の引渡を求めることはできず、結局こうした訴訟上の請求は法の定める権利実現のための救済制度にもとる不適法なものといわざるを得ない。

二  次に、原告は、超法規的救済を主張しているけれども、結局いずれも原告独自の見解に立脚するものであり、当裁判所はこれを採用しない。

三  叙上の次第で、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官 中路義彦 池田光宏)

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