東京地方裁判所 昭和53年(ワ)241号 判決 1980年12月18日
原告(反訴被告) 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 坂本英雄
同 竹田実
被告(反訴原告) 乙山春夫
右訴訟代理人弁護士 金子作造
同 中村裕一
同 伊田若江
主文
一 被告(反訴原告)と原告(反訴被告)との間において、被告(反訴原告)が別紙第一目録一記載の土地につき賃借権を有することを確認する。
二 原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する本訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
1 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙第二物件目録一、二記載の建物を収去し、別紙第一物件目録一記載の土地を明渡せ。
2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
(反訴)
三 請求の趣旨
1 主文第一項と同旨
2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
四 請求の趣旨に対する答弁
1 被告(反訴原告)の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
第二当事者の主張
(本訴)
一 請求の原因
1 原告(反訴被告、以下原告という)は、原告所有の別紙第一物件目録一、二記載の土地(以下本件賃貸土地という)を、昭和二四年四月一三日、被告(反訴原告、以下被告という)に対し左記条件で賃貸し、引渡した。
(一) 目的 普通建物所有
(二) 期間 昭和四四年四月三〇日まで
(三) 特約 賃借人は、賃貸人の承諾なしに本件賃貸土地上の建物につき質権、抵当権を設定してはならない。
2 本件賃貸借契約は、昭和四四年四月三〇日に期間満了により終了するところ、原告は被告の更新請求に対し更新拒絶の意思表示をなし、更に被告が引き続き使用を継続するのに対し、遅滞なく異議を述べた。そして右異議を述べるについては左記のような正当な事由(3(一)は自己使用の必要性、3(二)ないし(六)は被告の不信行為)が存する。
3(一) 原告(昭和二年一月二日生)は現在株式会社A新聞社に勤務しているが、同社の停年制は満五五才である。原告の家族構成は、妻と子供三名であるが、原告が停年になった場合には、別紙第一物件目録記載の土地(以下、本件土地一という)にマンション又はアパートを建築して他人に賃貸することにより生計を建てていく計画を有している。今回契約が更新されると、昭和四四年から最低二〇年間は引き続き賃貸せざるを得ないことになり、右生活設計に支障が生ずる。
(二) 被告は昭和二七年頃、本件賃貸土地のうち別紙第一物件目録二記載の土地(以下本件土地二という)を原告に無断で丙川松夫に転貸し、昭和二七年頃から同四〇年七月頃迄の間、右丙川から本件賃貸借契約で定められた賃料よりもはるかに高い賃料を徴収していた。
(三) 本件賃貸借契約には、原告の承諾なしに地上建物に抵当権等を設定してはならない旨の特約があるにもかかわらず、被告は、右特約に違反して、昭和三五年四月一五日、訴外東京信用金庫から二〇万円を借受け、その担保として別紙第二物件目録一記載の建物(以下本件建物一という)につき根抵当権を設定し、その旨の登記をした。
(四) 被告は、昭和二八年頃、別紙第二物件目録二記載の建物(以下本件建物二という)を建築し、昭和三三年七月一五日右建物を養女の乙山夏子に贈与し、同建物の敷地を右訴外人に無断で転貸した。また、夏子は、右建物の所有権保存登記をした後、昭和四一年九月同建物につき中央信用金庫と抵当権設定契約をし、その旨の登記をした。
(五) 本件賃貸借契約が終了する以前の昭和四〇年九月頃、被告の申出により本件賃借人を被告の婿養子乙山夏夫に変更することにし、その名義書換の更改料を八〇万円と定め、昭和四〇年九月二八日に四〇万円、同四一年一一月一日に残四〇万円を支払う旨の契約をしたが、被告及び夏夫は原告に対し四〇万円を支払ったが、残四〇万円については、期日を経過するも支払わず、原被告間の信頼関係を破壊した。
(六) 被告は原告に対し、昭和四二年一一月頃、本件賃貸借契約の更新と賃料の値上げにつき話し合いたいので、その日時、場所を指示して欲しい旨申し入れてきたので、原告が日時、場所を指定したにもかかわらず、被告はこれに応じなかった。被告のこのような不誠実な態度は信頼関係を破壊するものである。
4 仮に右正当事由による異議が認められないとしても、被告は左記(一)、(二)のような信頼関係を破壊する背信行為をしたので、原告は被告に対し、本件訴状(被告に昭和五二年三月一〇日に送達された。)をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
(一) 昭和四九年五月一六日、原告方でセントラルヒーティングの配管工事をした際、右工事の様子をみるために原告の妻甲野花子が被告方の庭先に入りかけたとき被告の母乙山ハルと養女夏子が突然被告方勝手口から走り出して来て、両名が手拳等で花子の右頭頂部などを十数回にわたって殴打し、同人に「右頭頂部に拇指大の腫脹」を生ぜしめる傷害を加えた。
(二) 昭和五〇年五月頃、原告方北側と被告方南側との敷地の境界に設置してある板塀(被告が設置したもので高さ約一・八メートル)を、被告は、原告に事前に交渉することなく、また何等その必要性がないのに単にいやがらせの目的で、更に約一・八メートル位高くしようとした。増高されると、原告方の日照、採光が妨げられ、通風も阻止され、かつ圧迫感を生ずるので、原告が工事中止を求めたところ、被告は「構わないからやってしまえ」と毒づいて強引に工事を完成させようとした。原告は、更に交渉をしようとしたが、被告の粗暴な性格から傷害、暴行などの被害を受ける危険を感じたため、付近の交番に通報し、警察官の制止によりやっと工事を中止させた。
5 仮に前記4(一)(二)の事実のみでは、信頼関係を破壊するに足らないとしても、前記3(二)ないし(六)及び4(一)(二)の事実を総合すると、信頼関係を破壊するものである。
6 被告は本件土地一上に本件建物一、二を所有している。
7 よって原告は被告に対し、本訴請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1事実は認める。
2 同2事実は認める。
3(一) 同3(一)事実は不知。
(二) 同3(二)事実中、丙川からはるかに高い賃料を徴収していたことは否認し、その余は認める。
被告は、昭和三一年七月原告に一万円を支払い、右転貸につき事実承諾を得ている。その後原被告は本件土地二の部分につき本件賃貸借契約を合意解除し、原告は直接右土地を丙川に賃貸した。
(三) 同3(三)の事実中、被告が本件建物一につき原告主張の根抵当権を設定し、その旨の登記をしたことは認め、その余は否認する、その後被告は右登記を抹消している。
(四) 同3(四)の事実中、被告が本件建物二を建築したこと、右建物につき夏子名義で保存登記をなしたこと、右建物につき原告主張の抵当権を設定し、その旨の登記をしたことは認め、その余は否認する、その後夏子は右設定登記を抹消し、右建物の所有名義を被告に移転している。
(五) 同3(五)の事実中、被告及び夏夫が原告に対し四〇万円を支払ったが、残四〇万円については支払わなかったことは認め、その余は否認する。昭和四〇年九月になされた合意は、本件賃貸借契約が昭和四四年四月三〇日期間満了になるので、事前に更新料の額及びその支払方法を定め、あわせて更新後は賃借人名義を乙山夏夫にすることをきめたものであり、八〇万円は更新料を定めたものである。
(六) 同(六)の事実中、被告が原告に対し、原告主張の如き内容の申し入れをしたことは認め、その余は否認する。被告の右申入れにもかかわらず、原告は日時、場所の指定をしてこなかった。
4(一) 請求原因4(一)の事実は否認する。
原告主張の日時頃、原告の妻花子は、無断で被告方の木戸を開け、何らの挨拶もなく、わが物顔をして、二人の職人を連れて被告方庭先へ入ってきた。被告の妻ハルは、原告らのこれまでの度重なるいやがらせに堪えてきたが、この際花子に反省を求めるため、同人に対し、無断で入ってきては困ると言ったところ、花子はハルに対し、「何言ってるの。地代も払わないでずうずうしい。」といった趣旨の返事をし、連れてきた職人に対し仕事を続けるように指示した。そこでハルは職人のもってきた梯子をおさえてもどそうとしたところ、花子は突然ハルの右側こめかみあたりを手拳で一回殴り、更に平手でハルの手をはたくなどした。そこでハルも対抗上花子の頭を二、三回殴ったことはある。
(二) 同4(二)の事実中、原告主張の頃、被告が板塀を高くしようとしたこと、原告が制止したこと、原告が中板橋駅前交番に通報したこと、被告が警察官の制止によって右工事を中止したことは認め、その余は否認する。
被告が原告主張の板塀を高くしようとしたのは、次のような事情による。すなわち、原告が昭和四九年春頃、原告所有の建物を増改築し、その結果、右建物が被告の敷地から近いところでは、約四五センチメートル位に接近し、同建物の北側窓から被告建物及び敷地がのぞかれる状態になったため、目隠しのために、右工事に着工したのである。
5 同5は争う。なお請求原因3(二)ないし(六)、同4(一)(二)の認否は、前記請求原因に対する答弁3(二)ないし(六)、同4(一)(二)の通りである。
6 同6は認める。
7 同7は争う。
三 被告の主張
1 原告は、昭和四三年七月、東京地方裁判所に本訴請求原因3(二)の無断転貸、同3(三)の特約違反を理由に本件賃貸借契約を解除したとして、本件土地一の所有権に基づき被告に対し本件建物一を収去し本件土地一の明渡を、被告の養女夏子に対し本件建物二を収去し本件土地一の明渡を請求する旨の訴え(東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第七七二〇号建物収去土地明渡請求事件)を提起した。右事件は、右裁判所において原告の被告に対する請求を棄却し夏子に対する請求を認容する旨の判決がなされたが、原告及び夏子共に控訴をした。右控訴審(東京高等裁判所昭和四五年(ネ)第二九〇四号、同第二八八八号建物収去土地明渡請求控訴事件)は原告の控訴を棄却、夏子に対する部分の原判決を取消し、原告の夏子に対する請求を棄却する旨の判決をなした。更に原告は、昭和四八年四月一二日、最高裁判所に上告したが、上告を棄却する旨の判決が確定した(以下一連の訴訟を前訴という)。
2 右前訴における控訴審の口頭弁論終結時は昭和四六年一二月二日であり、右基準時以前に存在していた事由は、本件訴えにおいて主張できない。従って、原告は被告に対し、前訴における攻撃防禦方法にすぎない正当事由による更新拒絶を本訴において主張することは許されない。
四 被告の主張に対する答弁
1 被告の主張1は認める。
2 同2は、前訴の口頭弁論終結時が昭和四六年一二月二日である事実は認め、その余は争う。
(反訴)
五 請求の原因
1 被告は、昭和二四年四月三〇日、原告から本件賃貸土地を左記条件で賃借した。
(一) 目的 普通建物所有
(二) 賃料 一ヵ月 六九六円
(三) 期間 昭和四四年四月三〇日まで
2 被告は、昭和四〇年、原告の要求により本件賃貸借契約のうち本件土地二に関する部分を合意解除し、同土地を原告に無償で返還した。
3 被告は、本件土地一上に本件建物一、二を建築し、同土地を占有使用してきたところ、昭和四四年四月三〇日本件賃貸借契約の期間は満了したが、その後も被告は本件土地一を占有使用を継続し、本件賃貸借契約は昭和四四年五月一日以降法定更新された。
4 原告は被告に対し、本件建物一、二を収去して本件土地一の明渡しを求め、本件賃貸借契約の存在を争っている。
5 よって被告は原告に対し、本件賃貸借の存在の確認を求める。
六 請求の原因に対する答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実中、被告が本件土地一上に本件建物一、二を建築し、本件土地一を占有使用している事実は認め、その余の主張は争う。
4 同4の事実は認める。
5 同5は争う。
七 抗弁
1 原告は、被告の更新請求に対し、更新拒絶の意思表示をなし、更に被告が引き続き使用を継続するのに対し、遅滞なく異議を述べた。右異議を述べるについての正当事由の主張については、本訴請求原因2(一)ないし(六)と同旨である。
2 仮りに本件賃貸借契約が法定更新されたとしても、原告は被告に対し、信頼関係の破壊を理由に本件訴状をもって解除する旨の意思表示をした。信頼関係破壊の主張については、本訴請求原因4(一)(二)、同5と同旨である。
八 抗弁に対する答弁
1 抗弁1に対する答弁は、本訴請求原因に対する答弁3(一)ないし(六)及び被告の主張1、2と同旨である。
2 抗弁2に対する答弁は、本訴請求原因に対する答弁4(一)(二)、5と同旨である。
第三証拠《省略》
理由
(本訴についての判断)
一 本訴請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、本件賃貸借契約は昭和四四年四月三〇日に期間が満了し、原告の異議により更新されず消滅したものであるとし、異議を述べるについての正当事由として本訴請求原因3(一)ないし(六)の事実を主張するが、原告が被告及び夏子を相手方として、昭和四三年七月頃、東京地方裁判所に被告に対して本訴請求原因3(二)(三)記載の債務不履行を理由に本件賃貸借契約を解除したとして本件土地一の所有権に基づき本件建物一の収去、本件土地一の明渡を、夏子に対して本件建物二を所有し本件土地一を不法に占拠しているとして本件建物二の収去、本件土地一の明渡を、各求める旨の訴えを提起したこと、右訴えに対し、被告に対する請求を棄却(被告の本件土地一につき賃貸借契約が存在している旨の抗弁が認められた)、夏子に対する請求を認容する旨の判決がなされたこと、そして原告及び夏子双方とも控訴(東京高裁昭和四五年(ネ)第二九〇四号、同第二八八八号事件)をし、右控訴に対し、原告の控訴を棄却し、夏子の敗訴部分を取消し、夏子に対する請求を棄却する旨の判決(最終口頭弁論期日は、昭和四六年一二月二日)がなされたこと、原告は更に上告(昭和四七年(オ)第四四七号事件)したが、結局右上告は棄却され、右事件は確定したことはいずれも当事者間に争いがない。
そうすると、原告の前訴の訴訟物は本件土地一の所有権に基づく返還請求権であるから、原告が本訴において主張する正当事由による更新拒絶の主張は、前訴における被告の賃貸借契約が存在している旨の抗弁事実に対する再抗弁事実にあたる。そして正当事由として原告の主張する各事実は、前訴の事実審の最終口頭弁論期日以前の事実であることは明らかであるから、原告の本訴における右主張は、前訴において再抗弁として主張できた攻撃、防禦方法といわなければならない。してみると、原告の右主張は、前訴の既判力に抵触し許されないものである。
三 次に原告は、本訴請求原因4(一)(二)記載の所為は、本件賃貸借契約における信頼関係を破壊する背信行為である旨主張するので判断する。
賃借人がその義務に違反し、信頼関係を裏切って賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような行為をした場合には、賃貸人は催告を要せず賃貸借契約を解除することができ、右義務違反には、必ずしも賃貸借契約の要素をなす義務の不履行のみに限らず、賃貸借契約に基づいて信義則上当然当事者に要求される義務に反する行為も含まれると解される。そして右信義則上要求される義務に反する行為とは、客観的にみて賃貸借契約上の権利義務を遂行する上で密接な関係を有する行為と解される。
1 右観点からみると、原告主張の如き偶発的な暴行行為が、右義務違反に該当するかどうか疑問のあるところであるが、仮に右の如き暴行行為がその態様等からみて信頼関係を破壊する一事由になり得る余地があるとしても、《証拠省略》によれば、原告方で、昭和四九年五月一六日、セントラルヒーティングの配管工事をした際、原告の妻の花子が梯子をかけるため職人を連れて被告方庭に入ったので、被告の母ハルが花子に対し無断で庭に入らぬように注意をしたところ、日頃から本件賃貸借をめぐる紛争で感情的に対立していたため、両者の間で紛争が生じ、互いに相手の頭部等を殴る等の暴行を加えたこと、その際、夏子も加わりハルに加勢をしたこと、花子、ハル、夏子の三名は、右事件につき警察から事情を聴取されたが、双方とも相手方を告訴せず、刑事事件となっていないこと、当時事情を聴取した警視庁板橋警察署に保管されている任意捜査簿には右三名特に花子が負傷したとの記載はないことが各認められる。原告は、花子が工事の都合で被告方の庭に入ったところ、突然ハル及び夏子から頭部を一方的に十数回殴られる等の暴行を受け、その結果「右頭頂部に拇指大の腫脹」を生ぜしめる傷害を受けたと主張し、証人甲野花子は、右主張に副う証言をするが、右証言は前掲各証拠に照らし信用できず、《証拡省略》はその診断した日付からみて前記事件によるものかどうか疑問があり、他に原告主張の右事実を認めるに足る証拠はない。
以上によれば、右事件は本件賃貸借をめぐる長年の紛争により感情的になっていた花子とハル、夏子とが、偶発的な原因でお互いに殴り合う等の暴行をなすに至ったものであり、ハル及び夏子に一方的に責任があるとはいえず、右行為をもって本件賃貸借契約における信頼関係を破壊するものとはいえない。
2 次に原告は、被告は必要もないのに単に嫌がらせの目的で原被告方の境界に設置してある板塀の上部にベニヤ板を打ちつけ更に一・八メートルも高くしようとした旨主張するので判断をする。《証拠省略》によれば、被告が昭和五〇年五月頃原被告方の境界に設置してある高さ一・八メートルの板塀上部に更に〇・九メートル幅のベニヤ板を打ちつけ高くしようとしたこと(被告が右板塀の上部にベニヤ板を打ちつけようとしたことは当事者間に争いがない)、これをみた原告は、被告に中止を求めたが、被告が応じないため警察に通報し、かけつけた警察官の忠告により、被告は右工事を中止したこと(警察官の忠告により被告が右工事を中止したことは当事者間に争いがない)、被告が右工事をするに至ったのは、原告が昭和四九年春頃原告所有の建物を増改築した結果、原告建物が被告方敷地から近いところでは、約四五センチメートル位に接近し、同建物の北側窓から被告建物の内部、庭がのぞかれる状態になったため、目隠しをするためであること、その後現在に至るまで、被告は右工事に着工していないことが各認められ、右認定に反する証拠はない。以上によれば、被告は原告に対し、その必要もないのに単に嫌がらせの目的で本件工事に及んだものではなく、目隠しをする必要上なしたものであり、警察官の中止勧告を受け入れ、その後は右工事に着工していないのであるから、被告の本件所為は、本件賃貸借契約における信頼関係を破壊するものでないことは明らかである。
3 よって原告の右1、2の事由を理由とする解除の意思表示はその効力を生じないものである。
四 更に原告は、本訴請求原因3(二)ないし(六)及び同4(一)(二)記載の各事実を個別的にみれば本件賃貸借契約の信頼関係を破壊するに足りないとしても、これを包括的総合的にみれば、被告の右各不信行為は、信頼関係を破壊するものである旨主張するので判断する。
1(一) 被告が昭和二七年頃本件土地二を丙川に転貸したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は昭和三一年七月原告に一万円を支払うことにより、右転貸につき事後承諾を得た事実を認めることができ、その後、同四〇年七月一六日、原告は、被告と右土地に関する賃貸借契約を合意解除し、右土地につき丙川と直接賃貸借契約を締結したことは当事者間に争いがない。
(二) 《証拠省略》によれば、被告が、昭和二八年頃本件土地一上に本件建物二を建築し(右事実は当事者間に争いがない)、同人の養女でその相続人である夏子に昭和三三年七月一五日右建物を贈与し、右土地を原告に無断で夏子に転貸したこと、夏子は、右建物につき自己名義で保存登記をしたが(右保存登記をした事実は当事者間に争いがない)、昭和四四年一一月に真正な登記名義の回復を登記原因として被告名義に所有権移転登記をしたことが各認められ、右認定に反する証拠はない。
(三) 《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約には、賃借人は賃貸人の承諾なく、賃貸土地上の建物につき質権、抵当権を設定してはならない旨の特約があることが認められ、被告が昭和三五年四月一五日東京信用金庫を権利者として本件建物一につき根抵当権を設定しその旨の登記をしたこと、夏子が昭和四一年九月二二日中央信用金庫を権利者として本件建物二につき抵当権を設定しその旨の登記をしたことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右根抵当権設定登記は昭和三七年一月に、右抵当権設定登記は同四三年一一月に、各抹消されていることが認められる。
(四) 《証拠省略》によれば、被告が丙川に転貸した本件土地二の部分に関する賃貸借契約を原被告間で合意解除し、原告が昭和四〇年七月一八日に右土地につき直接丙川と賃貸借契約を締結したのを機会に、原告と被告の婿養子である乙山夏夫は、当時本件賃貸借の期間は残っていたが、右契約の更新に関し折衝した結果、昭和四〇年九月二八日、原告と夏夫間で、本件賃貸借を更新することを前提にして更新後の借地人を夏夫名義にすることにし、夏夫が原告に対し、更新料として、右同日四〇万円、昭和四一年一一月一日に四〇万円を支払う旨の合意をしたこと、夏夫は右合意成立時に四〇万円を支払ったが、残四〇万円を支払わなかったこと(夏夫が残四〇万円を支払わなかった事実は当事者間に争いがない)が各認められる。なお《証拠省略》には、更改料と記載されているが、《証拠省略》によれば更新料の趣旨と認められ、右文言は前記認定事実と抵触するものではない。
一方《証拠省略》によれば、原告が昭和四一年六月頃被告に対し、同年六月分から地代を従前の一・五倍に増額する旨の請求をしたところ、被告は、右のような大幅な増額は納得できないとして、原被告間で話し合ったが、結局合意に至らず、昭和四一年七月三日付で同年六月分の賃料を供託をしたこと、夏夫は、右賃料の交渉がうまくいかなかったこと及び更新時期がまだ到来しなかったこともあり、昭和四一年一〇月二四日付内容証明郵便で残金支払いの資金繰りがつかないことを理由に支払延期を通知し、約定期限迄に残四〇万円を支払わなかったこと、それに対し、原告は、特段催告することなく、昭和四三年七月頃、前訴を提起したが、右訴えにおいても、本件賃貸借解除の原因として右不払いの事実を主張していないこと、前訴は昭和四八年四月一二日に上告棄却の判決により確定したが、前訴係属中及び右判決確定後も被告は原告に対し、適正賃料及び適正価額の更新料を払うので話し合いたい旨申し入れたが、原告はこれに応じなかったことが各認められ、右認定に反する証拠はない。
(五) 被告が原告主張の如き趣旨の内容証明郵便を原告に出したことは当事者間に争いがない。原告は被告の右要求に応じ話し合いの場を設定したが、被告はこれに応じようとしなかった旨主張し、証人甲野花子及び原告本人は右主張に副う供述をするが右各供述は、《証拠省略》に照らし信用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
2 以上によれば、丙川に対する無断転貸については、原告は事後に右転貸を承諾し、その後原告は右丙川と直接本件土地二につき賃貸借契約を締結しているのであるから、この点についての原、被告間の信頼関係は一応回復したものとみることができる。夏子に対する無断転貸については、夏子は当時被告と同居しており、また養女として将来被告を相続する地位にあること、転貸のなされた時期が昭和三三年七月頃であり、且つ本件建物二の所有名義は、昭和四四年一一月に被告名義に移転され、現在に至っていることを考えると本訴において、右行為を本件賃貸借契約の解除を招来するような重大な信頼関係の破壊事由とみることは相当でない。また被告及び夏子が各(根)抵当権を設定した行為は、前記特約に反することは明らかであるが(被告が本件賃貸土地の一部を転貸した場合においても、被告は原告に対し転借人が転借した土地上の建物につき質権、抵当権を設定しない義務を負うべきである)、右いずれの違反も、設定された時期違反によって原告に及ぼす影響の程度及び右各設定登記は既に昭和三七年及び同四三年にいずれも抹消されていることを考えると、右違反行為もまた、本訴において、本件賃貸借の解除を招来するような重大な信頼関係の破壊事由とみることは相当でない。更新料不払いの点については、更新料は、地主の更新拒絶権もしくは異議権放棄の対価と解せられ、更新後の賃貸借契約の成立基盤ともみられるものであり、一般的にいえば、更新料不払は地主に対する不信行為と解せられる(本件においては、夏夫の前記契約の債務不履行は、賃借人である被告側の行為と評価できる)。しかし、本件においては、夏夫は、更新料として四〇万円を支払っており、残四〇万円については、賃料額につき紛争が生じたため、右紛争が解決してから支払う予定でいたところ、右問題が解決つかない間に、原告は前訴を提起し、右事件は最高裁判所に上告され確定したが、その間原告は被告に対し、右残額の支払いの催告をしていないこと、一方前記のように被告は原告に対し、適正賃料及び更新料を支払う用意のある旨申し入れていることを考えると、被告側で当初更新料の残額を約定期限までに支払わなかったことは、前記合意に違反するものであるが、右経緯に照らすと昭和四一年の右違反は本件訴えにおいて信頼関係破壊の一事由として重要視することは相当ではない。被告が原告が指定した話し合いに応じなかった事実が認められないこと及び原告主張の暴行の点及び板塀の高さを増す工事をした点が信頼関係を破壊するものではないことはいずれも前記のとおりである。
結局、以上の点を総合すれば、右に認定した諸事実のみでは、被告に右賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめるような不信行為があったとは認め難いから、これを理由とする原告の前記解除の意思表示は、効力を生じない。
五 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから失当である。
(反訴についての判断)
六 反訴請求原因1、2の事実及び本件賃貸借は昭和四四年四月三〇日期間満了したが、被告は、引き続き本件土地一の使用を継続していること、原告が本件賃貸借の存在を争っていることは当事者間に争いがない。
七 被告の反訴請求に対する各抗弁は、いずれも前記本訴についての判断二ないし四で判示したように理由がない。
八 従って、原告と被告間の本件賃貸借契約は、昭和四四年四月三〇日の経過後、法定更新されたものである。
九 以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、被告の反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 満田忠彦)
<以下省略>