東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3489号
原告
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
重国賀久
同
笠井治
同
五百蔵洋一
同
戸谷豊
被告
株式会社大久保製壜所
右代表者代表取締役
大久保實
右訴訟代理人弁護士
中村健
同
飯塚義次
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
1 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し、昭和五二年四月以降毎月末日限り金九万八五一四円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 被告は、肩書地(略)において薬用びんの製造販売を業とする株式会社であり、多数の精神薄弱者や身体障害者を雇用してきた。
原告は、身体障害者であって、昭和四五年四月から被告に期限の定めなく雇用され、検査課に所属しており、昭和五二年三月当時の賃金は月額平均金九万八五一四円であり、毎月末日支払の約定であった。
二 被告は原告に対し、昭和五二年三月二八日付書面により原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。
右懲戒解雇の理由は、右書面によると、原告が、昭和五二年三月一四日午後九時五〇分ころから午後一〇時四〇分ころまでの間において、作業衣のまま、しかも退出タイムカードの打刻前に、大学興業株式会社の精神薄弱の従業員A子とB子を「食事にいこう」といって近所の文福食堂に誘い出したうえ、B子を食堂に残し、A子に対し「コーラを買いに行こう」と申し向けて同女を誘い出し、墨田区八広二丁目バス停際の空地に同女を連れ込み、意思能力なく抗拒不能状態の同女に対し強制わいせつ行為を行ったもので、その行為が職場規律を乱すものとして懲戒解雇処分に付したというものである。
三 しかし、右懲戒解雇は無効であるから、原告は被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び昭和五二年四月以降毎月末日限り金九万八五一四円の賃金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項は争う。
(被告の抗弁)
一 原告は、昭和五二年三月一四日午後九時五〇分ころ、被告の関連会社である訴外大学興業株式会社の精神薄弱の女子従業員A子及びB子を食事に行こうと会社近くの文福食堂に誘い出し、B子を右食堂に残して、A子に対してわいせつ行為をする目的で「コーラを買いに行こう」といって同女を誘い出し、同日午後一〇時一〇分ころ墨田区八広二丁目バス停際の空地に同女を連れ込み、同所で同女のズボンやパンティを脱がせ、同女の胸部、陰部を手で触り、口でなめる等してもてあそび、更に、同女に原告自身で露出させた陰茎を触らせる等して、同女に対してわいせつ行為をした。
二 A子は、昭和三一年二月七日生の成人女性(当時二一歳)であるが、東京都心身障害者福祉センターの精神科医が昭和五一年七月二二日に測定した同女の知能検査の結果は鈴木ビネー式による知能指数三〇であり、また、同女の出身養護学校の資料によると、同女の中学校時代の知能検査の結果は、言語性IQ四七、動作性IQ四〇、全検査IQ三六以下(ウエクスラー児童用知能検査)であって、同女は、強度の精神薄弱者である。それ故、同女には性的行為について正常な判断能力がないから、原告のした前記一記載の性的行為について通常の社会生活上信頼されうる同意を与えたものではない。従って、原告は精神障害により意思能力なく心身喪失ないし抗拒不能の状態にある同女に対し前記のようなわいせつ行為を行ったものである。
三 被告は、原告の右の行為に対して、昭和五二年三月一七日、就業規則一〇一条に基づき原告に対し自宅待機を命じたが、その後の原告の言動には全く改悛の情はなく、逆に自己の行為を正当化しようとして事実を歪曲して宣伝する等悪質なる行為がされた。そこで、被告は、原告の処分歴、勤務態度等を総合判断して、多数の精神薄弱の女子従業員を雇用している会社の社内秩序を維持するため、やむなく就業規則九二条一項七号、九五条一号、三号、五号、六号、九号により原告を懲戒解雇することに決定し、同年三月二八日付で処分通告書と解雇予告手当を原告に送付した。
なお、就業規則の関係条文は、次のとおりである。
第九二条 懲戒は次の区分によるものとし、懲戒の事由およびその程度に応じてその一または二以上を併科することがある。(ただし書省略)
(7) 懲戒解雇
解雇予告手当を支給して即日解雇する。但し、行政官庁の認定を受けて予告手当を支給しないことがある。この場合の退職金は支給しない。
(第二項省略)
第九五条 次の各号の一に該当する行為があった場合は原則として懲戒解雇とし、情状によっては諭旨退職とすることがある。
(1) 前条各号の事由による処分を受けても、改悛の情なく再度違反したとき
(3) 会社の諸規則、諸規定に違反し、それが極めて悪質と認められるとき
(5) 会社および個人に関し、事実を歪曲して発表または宣伝、流布しあるいは誹謗したとき
(6) 会社の名誉または品位を著しく傷ける行為をしたとき
(9) 公序良俗に違反しまたは法規に触れ、従業員としての体面を著しく汚したとき
四 以上のとおり原告に対する本件懲戒解雇処分は、その内容、手続ともに正当なものである。
(抗弁に対する原告の答弁)
一 抗弁第一項の事実中、原告が被告主張の日時ころ被告の関連会社である大学興業株式会社従業員のA子及びB子とともに食事に行ったこと、その後A子と性器愛撫等の愛撫行為を行ったことは認める。
右愛撫行為は恋愛関係にある原告とA子との間の自由な意思に基づく行為であって、被告のいうようなわいせつ行為ではない。すなわち、原告とA子とは被告会社検査課の同じ職場で働いているうちに昭和四七年ころから互いに病気の見舞に行く等親密の度を増し、昭和四九年ころから結婚を前提として真摯な態度で交際をし、原告は、A子との結婚について職場の同僚に相談する等し、昭和五〇年夏ころからは愛撫行為を行なってきた。被告が解雇の理由とする昭和五二年三月一四日の出来事についても、原告は、勤務時間終了後、A子から食事に連れていってくれといわれたので、いつものように同人とその友人であるB子と一緒に食堂へ行き、その後A子と自由な意思に基づき愛撫行為をしたものであって、何ら問題とされる点はない。
二 同二項については争う。
精神薄弱者の能力について知能指数を唯一あるいは最大の基準とすることは相当でなく、社会的適応能力と知的能力の両面から考えるべきだとするのが現在の学界の多数意見である。精神薄弱者は、社会と接触する中でその社会的適応能力を高めていくが、知的能力が一般的には相当低いと見られる者であっても(ただし、A子については能力はそれほど低くない。)、ある特定の異性を愛し、更には結婚にまで至る中で急激にその社会的適応能力を高めていくのが通例である。従って、精神薄弱者に対する愛撫行為がわいせつ行為にあたるか否かは、精神薄弱者の知能指数を基準とした承諾能力の有無といった抽象的、機械的な判断によるべきではなく、精神薄弱者の知的能力と社会的適応能力の両面から考えた承諾能力及び二人の関係の親密さ(能力が相当高いときは、それ程親密な関係は要求されなくてよいが、能力が相当低ければ恋愛の程度も相当深まっていることが必要であろう。)等を総合的に考慮すべきである。A子は、被告の主張するような強度の精神薄弱者ではなく、「軽度に近い中度」もしくは「中度に近い軽度」の精神薄弱者であり、男性と恋愛関係を持ち性行為や愛撫行為を自らの意思で行なう能力を有しており、かつ、原告とA子とは前記のように結婚を前提とした交際をしている関係にあったのであるから、準強制わいせつの成立する余地はない。被告の主張は、精神薄弱者である女性の恋愛、結婚の自由を無視した議論である。
三 同三項中、被告が、昭和五二年三月一七日、原告に対して自宅待機命令を出したこと、更に同月二八日付書面で原告を懲戒解雇することを通告したことは認めるが、その余の事実は争う。
原告とA子との関係は、お互いの自由な意思に基づくものであり、かつ、恋愛、結婚という職場の秩序とは全く関係のない私的生活にかかわるものであるから、懲戒処分の理由とならない。
(再抗弁)
原告は、大久保製壜所検査課労働組合(以下「検査課労働組合」という。)の組合員であるところ、被告は、同組合及び原告の組合活動を嫌悪し、その弱体化ないし崩壊を意図して本件解雇をしたものである。
被告会社は、多数の身体障害者、精神薄弱者を雇用し、身体障害者雇用促進法による身体障害者及び精神薄弱者を多数雇用する事業所(いわゆる福祉モデル工場)であるが、被告会社における身体障害者らの労働条件は「福祉モデル工場」の名に値しない劣悪なものであった。このような状況の下で、昭和五〇年一一月、検査課の管理職員が検査課の精神薄弱労働者に暴力を加えたことを契機に、検査課を中心とした三六名の従業員(その中には精神薄弱者及び身体障害者が多数含まれる。)は、日常的な人権侵害に強く抗議するとともに労働条件の改善を要求して検査課労働組合を結成した。原告は、障害者労働者としてこの組合結成に積極的に関与し、組合結成後書記長に就任した。
検査課労働組合が結成され公然と活動を始めると、被告は、従業員の親元へ連絡をして組合脱退を強要したり、組合員に対して不当な配置転換を行ったりするなど、数々の団結権侵害行為を行い検査課労働組合の切崩しを企てた。原告も、被告が原告の家族を通じて組合脱退の圧力を加えたため、一時組合脱退を余儀なくされたが、被告の提示した労働条件の改悪に対して再び検査課労働組合の仲間とともに活動することを決意し、昭和五一年九月二四日、組合に再び加入した。
このような経緯の中で本件懲戒解雇が行われたのであるが、その理由は、前記のように全く私的なしかも三年も前から続いて職場においても公然たるものであった男女間の交際の事実を、この期に及んで取り上げ、しかも不当に歪曲して解雇の理由としたものである。本件懲戒解雇は、原告の組合活動を嫌悪し、検査課労働組合の崩壊を意図してされた不当労働行為であるから、無効である。
(再抗弁に対する被告の答弁)
再抗弁事実中、被告が多数の心身障害者を雇用していること及び原告が検査課労働組合の組合員であることは認めるが、その余の事実は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件懲戒解雇処分の効力について検討する。
1 被告会社の職場の事情及び原告とA子との交際の状況
前記争いのない事実に(証拠略)を総合すれば、次の各事実が認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠は存しない。
(一) 被告会社は、薬用びんの製造販売を業とする株式会社であるが、多数の身体障害者及び精神薄弱者を雇用し、なかでも、原告の所属する検査課は、特に身体障害者や精神薄弱者が多い職場であって、課員の大部分が身体障害者又は精神薄弱者であった。同課では、被告会社の製造している薬用びんの完成品の中から割れたりひびが入ったりしている不良品を取り除き、完成したびんをダンボール箱に詰める作業等を行っていたが、この作業は終日間断なく続けられ、同課の従業員は第一部勤務(午前七時から午後三時まで)、第二部勤務(午後三時から午後一〇時まで)、第三部勤務(午後一〇時から午前七時まで)の三部に分けられて、交替制で勤務についていた。また、同課では、被告の関連会社である大学興業株式会社の女子の精神薄弱者である従業員も、同じ場所で被告の従業員と一緒に右作業に従事していた。
(二) 被告及び大学興業株式会社の精神薄弱者である従業員は、全員が男女別の社員寮に居住しており、昭和五二年当時、女子の精神薄弱者である従業員の寮は被告会社構内にある倉庫の四階部分と五階部分とがこれに充てられていた。同寮は一部屋二人ないし三人が居住し、各階それぞれ一〇数人が入寮していた。当時、寮には専属の管理人はいなかったが、精神薄弱者である寮生の中には衣類の整理等身の回りのことが自分独りでは十分にできない者もいたため、被告会社従業員が各階にひとりづつ寮監をかねて住み込んで、被告会社の工場の作業をするかたわら、寮生の身辺の世話や監督をしていた。寮生は、部屋の片付け、洗濯、日用品の買物などは原則として自ら行っていたが、自炊は許されておらず、食事は出入りの弁当屋に注文したり、すぐ近くにある「八広軒」、「文福食堂」等の食堂へ出かけて外食をしたりしていた。寮生は、外出するときは必ず寮監の許可を受けること、また、二人以上で一緒に外出することとし一人では絶対に外出しないことを寮監から厳しく指導されていた。
(三) A子は、昭和四六年に中学校を卒業と同時に被告会社に入社し、その後大学興業株式会社に転籍し、昭和五二年当時、被告会社の検査課工場で就労しており、前記の精神薄弱者の従業員寮に居住していた。A子は昭和三一年二月七日生の成人女性であるが、東京都心身障害者福祉センターの精神科医が昭和五一年に測定した同女の知能検査の結果は鈴木ビネー式による知能指数が三〇であり、また、同女の出身養護学校の資料によると、同女の中学校時代の知能検査の結果は、言語性IQ四七、動作性IQ四〇、全検査IQ三六以下(ウエクスラー児童用知能検査)であり、知的能力は通常人に比べて著しく劣っていた。しかし、同女は、日常生活においては相当に適応性があり、食事その他身の回りの始末は独りでできたほか、洗擢や簡単な買物、編物なども独りででき、他人との会話も概ね支障なくできた。
(四) 原告とA子とは、昭和四六年ころ同じ職場で働くようになったことから知り合い、グループで散歩に出かけたり、ボーリングに行ったりするうちに、原告は同女に対して好意を抱くようになった。そして、原告は、同女が病気で入院した際にはテレビや漫画本などを持って見舞に行ったこともあり、一方、原告が入院した際には同女が見舞に行ったこともあり、また、両者は、しばしば一緒に食事に出かけるなど個人的な交際もするようになり、同女も原告の好意ある態度を嫌うような様子もなかった。
2 本件懲戒解雇事由発覚の経緯
本件において原告の懲戒解雇事由とされているところの、原告が昭和五二年三月一四日午後一〇時ころ墨田区八広二丁目のバス停際の空地においてA子に対して性器愛撫等の愛撫行為を行なったことについては、当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 右行為の翌日である昭和五二年三月一五日にA子が前夜の同女の帰寮が遅かったことを心配した寮監の斉藤安枝に問われて前夜原告から愛撫行為をされたことを話した。そして、そのことをA子から聞かされた原告は、同日午後三時ころ、自分から進んで被告会社の人事部長尾上八郎に面会を求め、尾上に対し、昨夜A子と性的な関係を持ったことを申告し、これについて始末書を書くことを自ら申し出た。一方、斉藤安枝は、A子から原告に愛撫行為をされたことを聞いてすぐこれを大学興業株式会社の大久保明総務部長に報告し、大久保明総務部長は、これを被告会社の能登谷明人事部課長へ連絡した。
(二) 被告会社は、昭和五二年三月一五日、原告自身からの申告及び大学興業株式会社の大久保総務部長からの連絡により、前夜の原告とA子との間の出来事を知ったので、能登谷明人事部課長において、早速A子を被告応接室に呼んで同女から事情を聴取した後、寮監の斉藤安枝を付き添わせてA子に医師の診察を受けさせ、更に斉藤安枝からも事情を聴取した。
(三) 被告会社は、同月一七日、原告から二回目の事情聴取を行ったが、原告は、一五日に尾上人事部長に申告した時とは全く異なり、一四日の出来事は原告とA子との個人の恋愛問題であり会社は関係がない旨主張して、被告会社の事情聴取に応じない態度を取るに至った。そこで、被告会社は、同日とりあえず、原告に処分決定まで訂宅待機を命ずることとしたうえ、最終処分の検討を進めることとした。
(四) 一方、被告会社から連絡を受けて上京してきたA子の母が同月一七日、被告会社を訪れたが、同人は原告の行為につき立腹するとともに、被告会社に対しても精神薄弱者の保護責任に欠けるところがあるとしてその非を責め、原告を警察に告訴したいとしたので、被告会社の人事部課長能登谷明がA子及び同女の母に付き添って警察署に同行した。また、翌一八日、A子の母と被告の指示を受けて上京してきた原告の母とが能登谷明立会いのうえ話合いをしたが、A子の母は激昂して、原告の母の謝罪を全く受け付けず、示談には至らなかった。
(五) 被告会社は、原告の行為は被告会社の職場秩序を維持するうえで放置することができない悪質な行為であるうえ、改悛の情も見られないとして就業規則九五条一号、三号、五号、六号及び九号に該当すると判断し、原告を懲戒解雇に処することとし、同月二八日付の書面で原告に対しその旨の通告をした。
3 原告がA子に対して行った愛撫行為の具体的態様とこれについての評価
(証拠略)によれば、原告は、昭和五二年三月一四日は、午後三時から午後一〇時までの第二部勤務であったが、午後九時四五分ころに第三部勤務者との交替が終ったので、午後九時五〇分ころ、A子とB子とを食事に行こうと会社近くの文福食堂へ誘い出したこと、原告はその後、A子と二人きりになって同女に愛撫行為を行いたいと考えて、コーラを買いに行こうといって同女を文福食堂の外へ誘い出し、墨田区八広二丁目のバス停際の空地へ引っぱって連れていったこと、同所において、原告はA子のズボンとパンティを脱がせ、同女の胸部や陰部を手で触わったり、口付けをするなどし、更にいやがる同女に強要して原告自身の露出させた陰茎を手に触わらせ、原告の陰茎を同女の陰部に入れるなどの行為をしたこと、同女は原告の行為をやむをえず受け入れていたにすぎず、このような行為を受けることを快く受容していたとはうかがわれないこと、以上の各事実が認められ、(証拠判断略)、他にこれらの認定を左右するに足りる証拠は存しない。
原告は、当時原告とA子とは恋愛関係にあって、将来結婚の希望を有していたのであって、右の行為は両者の合意に基づいた正当な行為であって何ら非難される点はないと主張する。
たしかに、原告がA子の意思を抑圧して前記のような愛撫行為をしたことを認めるべき証拠はないから、同女が右のような行為の意味を理解し、これを承諾する能力を有していたとする限り、右の行為につき同女の性的自由を犯したとして原告が非難されるべき筋合いはないであろう。しかし、A子は前記認定のように知能が通常人に比べて著しく劣った精神薄弱者であることを考えると、同女が右の行為を承諾したというだけでは、直ちにこれが社会通念上非難されるべき行為でないと即断することはできない。原告の行為については、A子の知能、社会的適応能力、原告と同女との従前の交際の程度、右行為の行われた時間、場所、態様等を総合考慮したうえ、これが同女の性的自由を犯し、良俗に反するか否かを決すべきである。
このような観点から検討すると、前記認定のように、A子の知能の程度は通常人に比し著しく劣っていたこと、行為が行われた時間が春なお浅く寒さが残る三月一四日の午後一〇時ころであること、行為の行われた場所がバス停際の空地という恋愛関係にある男女間でこのような行為をするのには不自然な場所であること、行為の態様は原告の方が積極的に行動し、同女はこれに受動的に従ったにすぎず、同女はこのような行為を受けることを快く受容していたとはうかがわれないのみならず、同女が嫌悪の情を示したところもあること等の事実を考え合わせると、同女が中学校卒業以来六年間被告会社又は大学興業株式会社で勤務を続け、社会生活にある程度の適応力を有していたこと、原告と同女とは個人的な交際を続け、原告は同女との結婚を考えたことがあり、同女も原告の好意ある態度を嫌うような様子がなかったことを考慮に入れても、原告の行為は、これが直ちに刑法上の準強制わいせつ罪に該当するか否かはともかく、自己の性欲を満足させるための一方的な行為であって、同女の性的自由を犯し、良俗を害するものと評価されてもやむをえないというべきである。
原告は、精神薄弱者と合意のうえ愛撫行為を行うことが社会的に非難されるとするならば、それは精神薄弱者である女性の恋愛、結婚の自由を無視することとなると主張する。しかし、精神薄弱者である女性に恋愛、結婚の自由があるからといって、精神薄弱者である女性と合意のうえで性的な行為を行うことが常に許容されるものでないことは、刑法一七八条の規定をまつまでもなく明らかである。その行為の評価は、当該女性の知能、社会的適応能力、両者の交際の程度、行為の時間、場所、態様等その行為に関する一切の事情を総合考慮して、健全な社会通念により決すべきであって、このように解したからといって、精神薄弱者である女性の恋愛、結婚の自由を奪うことにならないことは当然である。
4 本件懲戒解雇処分の効力について
使用者がその雇傭する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であるところ、企業秩序の維持確保は、通常は、従業員の職場内又は職務遂行に関係のある所為を対象としてこれを規制することにより達成しうるものであるが、従業員の職場外でされた職務遂行に関係のない所為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものや企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものについても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうると解するのが相当である(最高裁昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁参照)。
ところで、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告の就業規則九五条は懲戒解雇事由を列挙し、六号は「会社の名誉または品位を著しく傷ける行為をしたとき」と、九号は「公序良俗に違反しまたは法規に触れ、従業員としての体面を著しく汚したとき」とそれぞれ規定していることが認められるが、右のような懲戒の性質を考えると、これらの規定は、職場内又は職務遂行に関係のある所為のほか、職場外の職務遂行に関係のない所為であっても被告会社の企業秩序に直接の関連を有するものや被告会社の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められるものをも包含する趣旨であると解され、また、このように解する限りにおいて、これらの規定は有効なものと認められる。
本件についてこれをみると、本件処分の対象とされている前記行為は、職場外で行われた職務遂行に関係のないものではあるが(<証拠略>によれば、本件行為のあった当日、原告とA子とは共に第二部勤務であって、就業規則上の勤務時間は午後一〇時までであるが、実際上は第二部勤務者は午後九時四五分ころには第三部勤務者との交替が完了して就労から解放され、以後は食事に出かけたり帰寮するなど私的な用事に時間を過ごしていたのが常態となっていたことが認められるから、前記行為が就業時間中にされたものとしてこれを問責することは妥当でない。)、A子の性的自由を犯し、良俗を害する行為であると評価しうるものであることは前示のとおりであり、かつ、また、本件行為が被告会社の就業時間に極めて接着した時間に被告会社のすぐ近くで行なわれたこと、被告会社及び大学興業株式会社は、多数の精神薄弱者を雇用し、精神薄弱者である従業員に対しては就業時間内のみならず就業時間外においてもその日常生活について保護、指導、監督すべき立場にあり、これら従業員につき全寮制をとっているのもこのことの故であることなどを考慮すれば、これが企業秩序を乱し、被告の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる行為であることが明らかであり、前記の被告の就業規則九五条六号及び九号に該当するものということができる。
次に、被告が本件行為を理由に原告を懲戒解雇に処したことの相当性について見ると、(証拠略)によれば、当時の被告会社の職場の状況は、精神薄弱者や身体障害者である従業員にとって必ずしも快適なものではなく、他の従業員や、時には管理職の者が、精神薄弱者や身体障害者である従業員に対して、暴力を振ったり、性的ないたずらをしたりすることが職場の内外において絶えず、男子従業員の女子精神薄弱者である従業員に対するわいせつ行為や姦淫行為も毎年一、二件起こるという好ましくない状態であったこと、昭和五一年に被告会社の人事部長に就任した尾上八郎は、このような事態を非常に憂え、社内の秩序維持のためにはこれら従業員の非行に対しては厳しい処分で臨む必要があると考えていたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、更に、多数の女子の精神薄弱者を雇用し、寮に居住させている被告会社としては、その身上についての保護をすべき責務を負っているのであるから、風紀の維持に特に意を用いる必要があるものというべきである。これらの事情を考慮すれば、前記のような行為に及んだ原告に対して懲戒解雇処分という厳罰をもって臨んだ被告の処置は必ずしも合理性を欠くものとは断定できず、裁量の範囲内のものとして相当性を是認しうるものといわなければならない。
5 不当労働行為の主張について
原告は本件懲戒解雇処分が不当労働行為に該当すると主張するので、以下判断する。
被告が多数の身体障害者及び精神薄弱者を雇用する会社で、原告の所属する検査課は被告会社の中でも特に身体障害者や精神薄弱者の多い職場であったことは前示のとおりである。いずれも、(証拠略)を総合すれば、原告ら被告会社検査課の従業員らは、労働条件が劣悪であるとして、また、賃金面で身体障害者や精神薄弱者の従業員は他の従業員に比べて極端な差別を受けているとして、更には、精神薄弱者である従業員は会社の経営者や管理職員らから日常的な差別、虐待、侮辱をうけているとして、被告会社に対して強い不満を抱いていたところ、検査課の管理職員が精神薄弱者の従業員に暴力を振い、暴言をはいたことを契機に右の不満が爆発し、精神薄弱者や身体障害者を主体とする従業員三六人が日本基督教団堀切教会にたてこもり、労働条件の改善を要求して昭和五〇年一二月初めころ、検査課労働組合を結成したこと、原告は、同組合結成後、同組合の書記長に就任したこと、検査課労働組合は、労働条件の改善等を求めて被告に団体交渉の開催を要求し、また、所轄の向島労働基準監督署に訴えて被告会社に対する職場環境や労動条件についての勧告、指導を同署にしばしばさせるなど、活発な活動を続けたこと、一方、被告会社は、右組合の結成に対抗して、組合員に直接脱退を強要したり、郷里の両親や家族に連絡して組合脱退の説得に当たらせたりして、団結権を侵害する行為を行なったこと、原告自身も被告の意を受けた原告の母の組合脱退の強要により、昭和五一年三月、一旦右組合を脱退したものの、同年九月、被告会社の労働条件の変更の提案に反対するため、再び同組合に加入したこと、同年九月二五日、被告会社と検査課労働組合の組合員との間で勤務体制の変更についての団体交渉ないし説明会の開催をめぐって紛争が生じ、被告会社は、原告を含む右組合員らに対して出勤停止等の懲戒処分をしたほか、右紛争に関して被告会社と右組合員との間で訴訟が提起される等、被告会社と検査課労働組合とは激しく対立していたことが認められ、これらの事実からすれば、被告会社が原告の組合活動について心良く思っていなかったであろうことが推認される。また、尾上八郎が昭和五二年三月一五日に原告から前日の行為につき申告を受けた際に原告に無断で原告との会話を録音したこと(証人尾上八郎の証言により認められる。)も不明朗な事実として指摘することができる。しかし、原告は検査課労働組合へ復帰後はその役員ではなかったし(原告本人尋問の結果により認められる。)、一方、原告に対する本件懲戒解雇処分は、処分理由とされている行為の内容及び被告会社の当時の職場事情からしてそれなりの相当性を有するものであることは既に判示したとおりである。
これらの事情を考え合わせると、本件懲戒解雇処分が検査課労働組合の崩壊を意図してされ、又は、原告の組合活動を理由としてされた不当労働行為であると認めることはできないというべきである。
三 以上によれば、本件懲戒解雇処分は無効なものとすることはできない。よって、本件懲戒解雇処分の無効を前提とする原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 原啓一郎 裁判官杉本正樹は転任につき署名押印できない。裁判長裁判官 今井功)